66 新誕・創造
平太は神殿に入り、一直線にエラメーラの私室に向かう。ノックをして返事を待ち、中に入る。
穏やかで清浄な雰囲気に満たされた部屋の中には、リンガイとメイドといつもとは違った服装なエラメーラがいた。
「おはようございます。その恰好は?」
「おはよう。これは神としての正装なの」
少しばかり照れたように笑みを浮かべたエラメーラ。結婚には正装でというのが決まりなのだ。この衣服を身に着けたことでいよいよ結婚なのだと意識させられて、どうしても照れがでてしまう。
赤花の花冠に、薄紅色の天女の羽衣のようなもの、肘近くまである薄手の白手袋、小さなルビーのあしらわれたネックレス、踝まであるワンショルダーの白ドレス、ヒールの低い白のパンプス。これらを身に着けたエラメーラをリンガイたちは眩しそうに見ている。
「とても綺麗ですよ」
見たまま感じたままを言った平太から、エラメーラは視線をそらす。
「ありがと」
照れからほんの少しだけぶっきらぼうな返事になってしまう。気に障ったかと平太を見て、微笑みを返され、エラメーラはほっとする。
表情を引き締めてリンガイたちを見る。
「これから私たちは堕神撃退に向かいます。留守の間、よろしくね」
「はっ。無事の帰還を祈っております」
「お気をつけて」
リンガイとメイドにエラメーラが頷き返す。
それで出発準備が整ったとみたのか、床に転移陣が現れた。これに入り、島まで来いということだ。
エラメーラが陣に乗り、その横に平太が並ぶと二人の姿が消え、陣も消えた。
転移した二人はララの部屋の前にある廊下にでた。そこには大神たちがそろい、現れた二人を見ている。その背後に以前平太が見た深紅の扉が変わらずにある。
微笑み歓迎の意思を感じさせるネージャスが口を開く。
「ようこそ。ヘイタには自己紹介が必要だろう。私はネージャス」
「私はカルテラジよ」
緑の長髪の女神が続き、最後に猫目の初老に見える男神が名乗る。
「私はファグオニカ。此度の結婚見届け人として我ら三神が同席する。よろしく頼む」
一応平太も名乗り返し、ネージャスが扉を開けて、ララの私室に入る。
部屋に入ってきた平太とエラメーラを見て、ララが立ち上がり近づく。
「待っていたわ。いよいよなのだと。今日この日をどれだけ待っていたか」
興奮や喜びといった感情をはっきりと感じさせるララに、神たちは驚きを隠しきれない。平太にとっては驚くに値しないことだ。以前の会話でそういったものは見ていた。
神たちが驚く中、平常通りの平太が口を開く。
「約束とは違うけれど、あのときの話を実現させるためエラメーラ様と来ました」
「ええ、あなたもだけどエラメーラもよく来てくれた。そしてヘイタをこれまで正しく導いてくれてありがとう。おかげで待ち望んだ今があり、未来がある」
「恐縮です」
エラメーラは緊張し頭を下げる。感謝されることではなかった。自身がそうやりたいと思い、心のおもむくまま接してきただけなのだから。これまでの行動がこうもララに感謝されることに繋がるのかいまだもってわからない。
「早速始めましょう。この世界にとっても、神々にとっても、私にとっても、待ちわびた時が来た」
ララが片手を真上へと振ると部屋の中が煌めいた。
いつにないララのことは気になるが進行役としての役割を果たすためネージャスが平太とエラメーラに向かい合うように言う。
「それぞれの手を重ねるように」
いよいよ結婚となると緊張した様子で平太とエラメーラは指示に従い、右手と右手、左手と左手を触れさせる。
「次は額と額を触れさせる」
間近にある互いの顔を見て、ぎこちないながらも笑みをかわす。
「宣言せよ、この先共にあると」
「……エラメーラ様と一緒に」「平太と共に」
二人の言葉に合わせるように周囲の煌めきが増す。祝福しているようで、愛し合っての儀式ではないのにいいのだろうかと二人は思わず疑問を抱く。
「宣言はなされた! 祝え、謳え、新誕双生である!」
ネージャスが言い切ると同時に、二人は互いの手や額をすり抜ける。見えない何かに背を押されるように互いへと近づいて、あるはずの肉体接触はなく、されど重なり合う感覚はたしかに感じながら、互いが肉体を超えてどんどん近づいていくのを感じた。魂が重なり合うのをこの時たしかに感じたのだ。
眩い煌めきに消えた二人は、ネージャスたちから見ても捉えることはできない。
やがて煌めきが消えていき、そこには一人のみが残っている。
白く艶のある革のような鎧をまとい、同じく白の首に巻きつけるマントを身に着けた、肩辺りまで伸びた黒髪の男。平太の面影はあるが、顔の造形から鋭さが減って曲線が増え、十代前半の少年感へと変化していた。肌と目はエラメーラが影響を与えたか、白肌に赤い目だった。
現れた少年は不思議そうに自身の体を見ている。
「……これは」
「父上!」
もう我慢できないとララが、聞いた者も言われた者も驚く発言とともに不思議そうな少年に抱きついた。
同世代の少女が嬉しそうに少年を父と呼ぶことは違和感を与えるだろうが、それ以上にララ以外の者たちはララの発言に驚き戸惑うしかなかった。
満面の笑みで少年の顔にララは自信の顔をすり寄せる。
放っておけば飽きることなく抱きついたままだろうララにネージャスが声をかける。
「ララ様。父上とは?」
呼ばれたララは抱きついたままネージャスに顔を向ける。
「正確に言うと先代である父様とは違う。でも父様と同じなの」
「同じ、ですか」
わからないというネージャスたちに説明を続ける。
「父様にはあって、私にはないものがある。それはなにかを生み出すということ。能力でいうなら創造という無から有を生み出すもの。いえ、ちょっと違うかな。とても少ない力で、とても大きななにかを生み出す。それが父様の持っていた能力で、父上が持っている能力。私が受け継ぐことができなかったものであり、世界の誰もが持ちえない。父様と父上だけの能力。それを持つということは私よりも上と示す。だから父上」
そう言ってララは再度顔を寄せる。あまりにも幸せそうで、誰もが違うのではとは言えなかった。
ネージャスは少年に視線を向ける。
「あー、なんと呼べばいいのかな?」
「ヘイタとしての意識が表に出ているので、ヘイタと」
再現を昇華させるため、主として平太が前面に出る必要があったのだ。エラメーラが主となっていれば、黒髪の二十才手前くらいの女性になっていただろう。身に着けているものもドレスだったはずだ。
今の状態でもエラメーラの意識は消えておらず、きちんとある。
「そうか、ではヘイタ。創造の能力はララ様が言ったとおりのものなのだろうか」
「はい。ほんの少しの力を使って、これまで見たことないものや現象を生み出せます。現実にない想像上のものなんかも生み出すことができそうです」
「それは制御が大変なのでは?」
ファグオニカがと尋ねる。考えたことが実現してしまうことの危険性を思う。天変地異などを考えてしまって被害が広がるなんてことがありうると心配したのだ。
「創造を使う際には、俺とエラメーラが二人して承諾し、合言葉を口にしないと使えないみたいです。おそらくですが先代の始源の神がそういったふうに仕掛けを施していたのではないかと」
平太とエラメーラは無意識に自分たちで制御をかけたのかとも思ったが、それにしては整然としているのだ。ならば第三者の手が入っていると考えた方が自然だった。
「そうか、安心した」
「私からもいいかしら。ヘイタが表に出ているとのことだけど、エラメーラは溶けてしまっていない? 過去に少数だけど結婚して取り込まれたっていう事例があるの」
「それは大丈夫です。きちんとエラメーラの意識はあります」
『ご心配ありがとうございます。このとおり受け答えできる状態です』
ヘイタの口からエラメーラの声で存在を主張したのを聞き、カルテラジは安心したように頷いた。声音をまねただけではない、意思のある声に大丈夫だと確信が持てた。
「これからすぐ堕神撃退に動くのでしょうか?」
「そこらへんはララ様のお考えに従うのだが」
どうなのだろうとネージャスはララに声をかける。
「ん、もう少しこのまま」
「甘えたいだけならすぐに動いた方がいいと思いますけど」
ヘイタが離れようとして、強く抱きついて離れまいとするララ。
「そうだけど、それだけでもない。あなたたちは一つになったばかり。もう少し落ち着く必要がある。存在を馴染ませると言ってもいい。存在が若干不安定だから、創造の制御に乱れが生じる可能性がある。はっきりとはわからないけれど創造は堕神撃退において重要な位置にある。そんな不安を抱えたまま向かわせるわけにはいかない」
「そういうことでしたか。どれくらいの時間を必要とするのでしょうか」
ネージャスが聞き、ララから一日ほどと返される。
「では私どもは先に天へと上がり、行動間近だと伝えてきます」
「ええ、そうして」
「できればララ様も一緒だとありがたいのですが」
「や。私はまだまだ甘えてる」
そうですかとやや引きつった顔でネージャスは言い、カルテラジたちと一緒に遥か上空、星の満ちる天上へと向かう。
ここにきてネージャスたちはララへの接し方を間違えていたのかと考える。ああして甘えて感情を発露させているところを見ると、一個の存在として認識せざるを得ない。しかしながらこれまでの自分たちはララを特別な存在として畏敬の念を持ち接してきた。それに対しララはほぼ感情を感じさせることなく反応を返していた。もしかすると心を殺していたのではと思う。甘え頼る誰かがおらず苦しませていたのならば申し訳なかった。大神と称される自分たちでも誰かに寄りかかりたくなることはあるのだ。ララもそうであっておかしくはないと、あの姿を見て思えるようになった。かといって今さら態度を変えるのは難しいが、このことはきちんと覚えておこうと天上に着くまでにカルテラジとファグオニカと話す。
「父上ー」
ヘイタは幸せそうに甘えてくるララから再度離れようとするができずに、そのままにすることにした。
本気で離れようとすればできたのだろうが、どうにも力が入らない。それはエラメーラが持つララへの畏敬の念のせいであり、こうして幸せそうなララのやりたいようにやらせたいという平太とエラメーラの思いのせいでもある。
ヘイタはそのまま放置して、自身の内に意識を向ける。
イメージ的には裸の平太とエラメーラが間近で向かい合っているような感じだろう。
互いのなにもかもが見えてしまう状態で、隠しておきたい心情なんかも知ってしまった。長く付き添った夫婦以上に互いのことを理解していると言っていいだろう。
隠そうと思ってもできず、恥ずかしく悶えたい思いも理解し、互いに苦笑いを向け合っている。
「これが神の結婚なんですね。一つになるってこういうことだったんだなぁ」
「私も話に聞いていて覚悟はしていたのだけど……うん、こうなるとは」
「こうなってしまっては」「仕方ないわね」
『末永くよろしくお願いします』
互いに頭を下げて、笑みを交し合う。
こうまで理解し合って、二人に別れたときにこれまでどおりの関係でいられるとは思えなかった。経緯はどうあれ、互いを受け入れていて、それが嫌ではない現状に形だけではない、本当の結婚をと二人は同じことを考えた。
「まあ、それも」「堕神撃退を乗り越えて」
言葉にせずとも互いに言いたいこと伝えたいことは通じる。それが当たり前であり、違和感などなく、嬉しさすら感じる。
このまま浸っていたい、その欲望に流される前に意識をヘイタとして戻した。
内に意識を戻していたのは短い時間だけと思っていたが、窓から入ってくる光は夕焼け色のもので、思った以上に内で時間を過ごしていたのだとわかる。
ララは抱きついたままで、表情は変わらず幸せそうだった。
「仕方ないな」
そうねと返ってくる意思を感じながら、ヘイタは大きなベッドを創造し、ララを抱きかかえてそこに横たわる。
胸元に顔を寄せたララの背中を軽くぽんぽんと叩いて、ゆったりとした時間を過ごす。
「ララ」
ぼんやりしていたヘイタはふと湧いた疑問を問うことにする。
「なあに?」
「俺に頼みたいことがもう一つあると言っていたろ。あれはなんなんだ?」
「この世界と周辺には力が満ちている。人間が魔導核で取り込んでいる力。神も同じく利用している力。それはどこからともなく生じるものじゃない。有限なの。このまま使い続ければいずれなくなる。そのときを伸ばすため、父上に堕神撃退のあとに力を増やしてもらう」
「創造なら可能だな。納得だ」
それができると自然に思えた。そして創造で力を図る能力を創り計ってみると、たしかに現状膨大ではあるが有限でもあるとわかる。
必要なことだろうなとヘイタが思っているうちに、ララの寝息が聞こえてきた。ヘイタはララから離れることなく目を閉じた。ただくっついて甘えるだけではなく、堕神撃退のため英気を養っているのだろうと考えて共に眠る。
夜が明けて、太陽の光が部屋の中に注がれ、その明るさでヘイタは起きる。ララは抱きついたまま幸せそうな寝顔でいる。
「起きなさい。天上に行かないと」
もういいだろうとララを離してベッドから降りる。
「もっと寝ていたかった」
「あまり猶予はないのでしょう? 皆を待たせては駄目ですよ」
「もっと口調砕けてくれたら行く」
丁寧な口調のままでも行かないということはないのだろうが、テンションの差で世界への被害に差がでてはたまらないとヘイタは言い直す。
「皆が待ってる。行くぞ、ララ」
「うん!」
腕を組んできたララと一緒にヘイタは島から宇宙へと飛ぶ。
空の色が変わり、世界の全容が見える位置までくると大きく暗く朱色に輝く塊が遠くに見えた。あれが堕神なのだとヘイタもわかる。
堕神から目を離すと小神たちが集まり、世界を守るための結界を張っているところが見える。
近づくララの気配で、やってきたことを知った小神たちは作業する手を止めて歓迎のため敬意を示そうとしたが、嬉しそうな様子で見知らぬ神と腕を組んでいる姿に驚き固まる。
当然の反応だと大神たちは、皆を動かすため軽く力を放ち、その衝撃で正気に戻していく。
我に返り、再度ララを見て動揺する小神たちに、大神たちはわかっていることを説明していく。
「ということは今後我々をまとめるのは始源の神ではなく、先代の後継者ということに?」
誰かから疑問が上がる。ヘイタがトップに立つということに不満があるというわけではなく、純粋に今後どうなるのかと思っての質問だ。
ヘイタはそれをないないと手を振って否定する。
「この姿は一時的なもの。必要な状況以外はなるつもりはないです。だから今後もトップはララと考えてください」
「呼び捨てで大丈夫なの?」
カルテラジが聞く。
「こう呼ばないと拗ねるんですよ」
「……拗ねるの。そうなんだ」
これまでのイメージとまったく違うララに戸惑いは隠せない。ララも誰かに甘えたいのだろうとは思ったが、やはりまだまだ慣れない。
「ええと、これから堕神撃退なんだけど、その様子で大丈夫なのかしら」
気合や意気込みの感じられない緩みきったララに若干の不安を感じる。カルテラジの言葉に同意という意思があちこちから感じられた。
「英気を養うために好きにさせてます。さすがに撃退戦が始まったら気を引き締めると思いますよ? そこらへんどうなんだ、ララ」
「始まる前にはきちんとする」
「だそうです」
「それなら問題ない、のかしらね?」
おそらくとしかヘイタも答えられない。
「ひとまずララのことはおいときましょう。これからどうするのか俺は知らないんですが、スケジュールとか決まってるんですか?」
「説明は必要ね。撃退準備はずっと前から始まっていて、そろそろだろうと各自が思ったときから体調を万全に保つように指示を出していた。そしてあの堕神が発見されて、小神をここに集めて結界を張る準備や怪我したときの治療場所の準備といったことを行ったわ。その準備は順調に進んで今日に至った。もう半日くらいでララ様と私と戦闘担当の小神がここから出発して堕神に接近し交戦。結界指揮はネージャス、治療指揮はファグオニカが行うことになっているの。こんな感じ」
「俺はフォローに回るって聞いていたんですが、戦闘についていけば?」
「そうね、戦闘班についていって少し下がったところから能力を振るってくれってことなのだと思う。ララ様、このような予想ですが合っていますか」
「それで合ってる。能力の使い方は父上の自由に」
「自由……本当に?」
それでいいのだろうかとヘイタは思う。
「創造の使い方は私たちじゃ説明とかは無理。だから自由に父上がやりたいと思ったことをやって」
「たしかに創造という能力を元にして作戦を考えろと言われてもどうしようもないわ」
ララの説明にカルテラジは頷いた。
「だったら今二つ思いついたのでどうなのか聞きたいです」
「どうぞ」
「一つ目は戦闘班を強化する術を作って、それを使う。二つ目は結界を強化する術を作って、結界に使いたい。どう思いますか?」
「一つ目は助かるわ。自力で強化できるけど、やってもらえるなら余った力を攻撃に回せるし。ただどれくらいの強化度合なのか疑問がある。自分でやった方が強いのなら自力でやりたいし」
「じゃあ、一番強化が得意な神の強化を元にして術を作って皆に使えばいいかなと思うのですけど」
「それでいってみましょうか。いきなり本番でやるのも問題あるだろうから、一度この場で体感してみたい。一番得意なのはララ様だから、お願いできますか」
カルテラジの頼みに、必要なことだと判断したララがヘイタにくっついたまま自己強化を行う。
それを調べるためヘイタは観察用の術を作り、すぐに使う。
じっと見られることに嬉しそうで恥ずかしそうなララ。
「わかった。カルテラジ様に使ってみますね」
頷いたカルテラジにヘイタは手を向ける。
「始源強化」
ほのかな光がカルテラジを包む。術の効果が発揮しているとわかり、カルテラジはヘイタたちから離れて動いてみる。かなりの高速で、されど速さに振り回される様子もなく動き回っている。
三分ほどで確認を終えたカルテラジがヘイタたちのところに戻る。
「大丈夫だったわ。動作が速いだけじゃなくて、その速さに感覚も追いついていって思ったように動けた。自分で強化するよりも断然こっちの方がいい。注意点としては戦闘班に一度経験してもらって、これだけ動けるのだと慣れてもらいたい。消耗が大きいなら頼めないけど、どう?」
「大丈夫ですよ。ほとんど消耗していませんから」
戦闘班を集めてくると言ってカルテラジは、作業を手伝っている戦闘班に声をかける。すぐにヘイタたちの周りに戦闘班が集まった。
カルテラジが行うことを説明し、了承の返事があり、ヘイタが皆に術を使う。
「じゃあ各自離れて確認!」
カルテラジの合図で、小神たちは離れていき思い思いに動き確認していく。
それを見ながらカルテラジは効果時間がどれくらいか尋ねる。
「正確なところはわかりません。感覚的には一日は確実にもつといったところです」
「なるほど一日を過ぎる前にあなたの周りに集まるようにした方がいいかしらね。こっちは大丈夫だから、結界の方に行ってきたら?」
そうしますとヘイタはララを連れて、ネージャスのいるところへ移動する。すぐに接近に気付いたネージャスが微笑みを向ける。
「おや、なにか用事かな?」
ヘイタは結界を強化したいのだと用件を告げる。戦闘班に術を使ったことも話す。
「ほうほう。助かる話ではあるが、どのように強化するか考えているかね」
「なんとなく結界そのものを強化しようかと思っていました」
少し考えてネージャスは首を横に振る。
「……その方向はなしでいこう。強化された結界の維持に担当の小神たちが苦労するかもしれない。強化すれば今以上に硬くなるのだろうが、受けた衝撃を補填する力もその分多いかもしれないからね。代案として今張っている結界を重ねるというのはどうだろうか」
今張っている結界もかなりのものだ。それを二重三重に重ねてしまえば、最終ラインの結界にかかる負担はかなり減ると考えた。負担が減るということはその分長く結界を張り続けることができるということでもある。
その意見にヘイタはすぐに頷いた。
「それでいきましょう。実際に作業している皆さんの意見を優先した方が確実でしょうし」
結界の状態を術で観察し、小規模の結界をヘイタは自身の周りに張る。
「確認用に一度使ってみました。強度などの確認お願いします」
「任された」
頷いたネージャスはまずは結界に触れる。冷たくもなく温かくもない薄い壁。薄くはあるが、触れて変形することもなく、そのまま力を込めて押してもびくともしない。
「思いっきり殴るから万が一を考えて、すぐに下がれるようにしておいてほしい」
「わかりました」
ヘイタはいつでも下がれるように構える。それを見てネージャスは拳に力をまとわせて振りかぶって、目の前の結界に叩きつけた。かなりの衝撃が拳に返ってきて、それを気にせずすぐに結界を観察する。どこかに穴が開いていたり、脆くなっている様子はない。
「うむ。強度に問題はないようだ。あとはすぐに消えてしまわないかだが」
「なんの衝撃も受けなければ、そのままあり続けると思います。どれくらいの衝撃で消えるかまではちょっとそのときにならないとわからないですね。ちなみに今のパンチだと千発で消えるんじゃないかと」
「それだけもては十分のような気もするが……とりあえず二枚張ってくれるかな。撃退戦が始まって余裕があれば再度張ってもらえると助かる」
「わかりました」
ヘイタは現在張られている結界の数十センチのところに同じ規模の一枚目、そこからまた少しはなれたところに二枚目を張る。
「これで俺がやろうと思ったことは終わりです。ネージャス様はなにか事前にやれることは思いつきますか?」
「ふむ……治療に関してもなにかやれないかとは思うが、ここは経験者に聞くとしよう。ララ様、前回なにか治療関連で問題など起きましたか?」
「疲労」
ララは端的に答える。
ヘイタもネージャスも疲労がどのように問題となったのかわからない。
「それだけじゃわからないから、もっと詳しく」
「戦いが進むと疲労が溜まって、怪我しやすくなった。ミスも多発して、死んでいく神も後半になって増えた。だから疲労を回復する方法があればいい」
「ということらしいが、用意できるかね?」
「疲労回復ですか」
考え込もうとしたヘイタにララが話しかける
「難しく考えない方がいい。創造は無茶がきく。こういったものが疲労回復させるという考えで作れば、性能はどうかはわからないけど、とりあえず形になる」
創造の使い方は説明が無理と少し前に言ったララは、そのものずばりな方法を示すのではなく、扱いやすいように助言を送る。これは先代始源の神が言っていたことだったのだ。
「こんな感じかな」
ヘイタは思いつきをその場で形にする。現れたのはベッドだ。神にとって疲労回復は時間経過によって行うものだが、人間としての考えも持つヘイタにとって疲労回復は寝て行うものという意識の現れだった。
「どういった効能かわかるかい」
「ええと……使い方はベッドと同じで、一時間いやもっと短いかな。それくらい横になっているとどれほどの疲労であっても回復する感じでしょうか」
神用に調整されているが、人間が使った場合でも一日の睡眠量が三時間ですむ。肉体的な疲労も精神的なものも、その三時間で完全回復だ。
「一時間の休憩か、それを考慮してローテーションを組むようにすれば疲労に関しては心配が減るだろうか。これをファグオニカのところに持って行ってほしい」
ヘイタは頷き、現場から高度を下げる。神々の島のはるか上空が治療の場として開放されているのだ。軽傷者はここで治療し、もう動けそうにないという重傷者は神々の島に運ぶ手筈になっている。
薬の材料を運んでいる年若く見える神に声をかけ、ララが近くにいることにギョッとされながらも、ファグオニカの居場所を聞くと島に戻っているとわかる。
礼を言って、島に戻ると指示を終えて上空に戻ろうとしてたファグオニカに会えた。ヘイタは用件を告げながら、実物を見せる。
「ララ様が疲労に関して指摘し、君がそれを創ったか。わかった、設置しよう。一応薬は準備しておいたが、効能はそれほど期待できないのだ」
「そうなんですか?」
「一度目は想定通りの効能を発揮するだろうが、二度三度と使っていくたびに大きく想定値を減らす。対してこれは何度使っても変わらないのだろう?」
「はい。そんな感じですね」
「緊急時は薬で、余裕があるうちはベッドでという使い方でいいと思う。どれくらいの数を用意できそうだ?」
「いくらでも」
「では五十個をここに出してくれ、指示を出して運ばせる」
ヘイタが腕を振るとズラリと寸分違わぬベッドが並ぶ。一応求めたものかの確認をして、ファグオニカに視線を戻す。
「ほかになにかやることはありますか」
「消耗しているのではないか? これ以上は動かず休息した方がいいと思うが」
「消耗はたしかにしていますが、全体の一割もしていません。創造を使うことに関してはまだ余裕がありますね」
「聞いたようにかなり効率がいいのだな。それならば二種類ほど数に不安のある材料がある。それぞれ百ほど追加してもらいたいのだが」
これだといいながらどこからか飛んできた透き通った翠玉と真っ白な木の枝を見せる。
ヘイタはその二つを貸してもらい、観察して返す。まずは箱を作って、それに翠玉と枝を入れる。
「確認をお願いします」
頷いたファグオニカは箱の中からそれぞれを取り出して、サンプルに渡したものと同じものだと確認できた。
「ありがとう。ここは大丈夫だ。上に戻って休んでてくれ」
指示を出し終えたら自分も行くと言ってファグオニカはヘイタから離れていく。
「とりあえず思いつくことはやったし、あとはなにか頼まれたら対応する感じかな。上に戻ろう、ララ」
上に戻るついでに自分とララに始源強化を使い、速さなどの確認をする。
宇宙に戻ると戦闘班は確認を終えており、それぞれ体を休めていた。そんな彼らから目を離して堕神を見張っていたカルテラジが近づいてくる。
「戻ってきたわね。どういったことをしてきたか教えてもらえるかしら」
「結界と疲労回復に関してやってきました」
詳しく聞いたカルテラジはふんふんと頷く。どちらも助かるものだった。戦闘していると必ず取りこぼす敵はいる。それらを阻む結界の強化は助かる。戦い続ければ疲れ果てるのも当然だ。
「疲労回復に関して考慮して動かないとね」
「それはネージャス様も言ってました」
「だったら交代のタイミングはあっちに任せようかしら。少し話してくる」
そう言うとカルテラジはネージャスのとことへと飛んでいった。
残ったヘイタは堕神をよく見てみようと、遠視の術を作って発動させる。ぐんぐんと視線が進み、遠くに見えていた堕神の全容をはっきりと捉える。
「でかいな」
全長はおよそ二十メートル。見た目は帆のない造形の粗い船の船首に人型の上半身がくっついているような感じだった。すべて岩石でできているようで、色はうっすらと緑の混ざった灰色だ。
先端の人型はもとになった女神ののものなのか浮かべた歓喜の表情は美しさがあるものの、発せられている仄暗い朱色の光が不気味さを感じさせ近寄り難くさせている。
堕神の周囲には似たような岩石の化け物が付き従う。地球で見た角と尾と羽を持つ裸身の悪魔のような造形のほかに動物型のものもいた。その数は多い。堕神の背後にも見えていて千を軽く超す数がいた。
神の数はどう見ても千を超すことはなく、戦闘班となるとさらに数を減らす。
「これは大変だ」
「うん。でもやらないと駄目だから」
堕神を見ていたと察したララが言う。放置などできないし、先代始源の神が愛し守ったこの世界を壊されるわけにはいかないのだ。なにより負けるということは、せっかくそばにいられるようになった新たな父との時間がなくなるということだ。まだまだそばにいて甘えたい。そのためにも堕神撃退は必須なのだ。




