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65 報告と出発

今回を含めて三話で最終話です

 極寒の地にあり世界で一番高いとされる山。常に雪で覆われたそこは白王の山と呼ばれ、生物もほとんどいない不可侵の領域とされていた。

 その山頂には常に小神がいる。日々を眠り過ごし五日に一度起きて一晩中空を眺めて、また眠るということを長いこと繰り返してきた。

 眠ることが好きで、空を眺めるのも好きというわけではない。前者はそのとおりで、後者は役割で行っていた。

 その小神に課せられた役割はいつか必ず戻ってくる堕神の接近をみつけること。


 この山に来て何日たったか数えるのも馬鹿らしいくらい長い時が流れたある日。今日もまた太陽が地平線の彼方に落ちて空が夜闇に染まってから、彼は目を開く。座っている岩から見える周囲は雪の白さと夜の暗さの二色。

 視線を空へと向けると、頭部の雪が地面へと落ちていく。

 多くの星が視界いっぱいに飛び込んでくる。常に光る星、瞬く星、強い光を放つ星、ひっそりと光る星。それらをずっと眺め続けていた彼に変化が起きる。動作には表れない表情のみの変化ではあるが、たしかに真剣な表情で空の一点を見続けている。わずかな変化も見逃す気がないとばかりに、そこのみを見ていた彼は空の端が明るくなり始めて立ち上がる。

 ここに来て以来初めてふわりと浮かんだ彼は神々の島へと飛び去って行った。


 いつも穏やかな神々の島が今日はざわついている。それもそのはず、白王の山で見張りをしていた小神が姿を見せたのだ。すなわち堕神来訪の知らせだった。

 さすがの神々もこの知らせには落ち着きをなくす。

 見張り役の小神の来訪に気付いた大神たちが、彼と一緒にララのもとへ向かう。


「ララ様。見張りをしていたカーガモが島に戻ってきました」

「報告を」


 ララに促されカーガモは見たものそのままを話す。


「昨夜、天空に見慣れぬ朱光が生じました。先代より聞いていたことに似ていたため一晩中観察を続けたところ、朱光は徐々に強くなっていました。またその周囲に非常に弱弱しいものではありますが、似たような朱光も確認。以上をもちまして報告に値すると判断。こうして参った次第にてございます」

「そう。今夜私も確認しましょう。時期的にもそろそろでしょうから、ほぼ間違いないとみていいでしょうね」

「ではララ様が確認したのちに、神々に通達を入れてよろしいでしょうか」


 象顔の大神ネージャスが尋ねる。ララは頷きを返した。

 そうして夜になり、自室から外に浮かび出たララは空を見る。同じように他の神々も空を見上げていた。


「あった」


 ララはぽつんと夜空に浮かぶ朱光をみつけた。カーガモには感じられなかった、暴虐の念も感じる。以前堕神と対面したときに感じたものと同じで、あれを堕神と断定する。

 上空から島を見下ろし口を開く。


「聞け」


 大きな声ではないが、ララの声は神々の島の隅々にまで届く。一言も聞き逃さないようにしていた神々はララの真剣な声音の中に、隠しきれない喜びも感じ取り内心首を傾げる。


「あれを堕神と確定。今日これより、エラメーラを除いたすべての神々は島に集まるように。堕神撃退を開始する」


 即座に神々は動き出す。各地にいる小神に連絡を入れる者、超高度に陣を敷く準備を始める者、戦闘で怪我した神を癒す準備を整える者と様々だ。

 動く神々から視線を外し、ララは再び空を見る。


「いよいよ。やっとこのときがきた。もうすぐなんだ、楽しみだなぁ」


 心弾むララの声は誰かの耳に届くことなく夜闇に消えていった。


 ◇ 

 

 マルガナルを連れての仕事も終わり、エラメルトに帰った平太はエラメーラに勇者召喚関連の流れを話す。

 思ったよりも長い話になり、出されたお茶は冷めた。


「向こうの事件解決までしてくるとは思わなかったわ」

「俺もこっちに来た当初はいろいろと世話になりましたから、彼にも手助けは必要だろうと思いまして。これ以上勝手に動くのは成長の邪魔になるでしょうからやりませんけどね」

「そうね。いつか頼られたとき力を貸すくらいでいいと思う」


 エラメーラは頷いて冷めたお茶を飲み、真剣な表情で平太を見る。

 平太は別の話題があるのだろうと考え、エラメーラを見返す。


「以前あなたの口から出た堕神。その接近が神々によって確認されました」

「いよいよですか」


 夜に空を見上げれば、人の目でも少しずつ明るくなっていく星が確認できるはずだ。


「今日明日というわけではありませんが、近いうちに小神も含めてすべての神が超高度に集合し、堕神とその配下を討つための最終準備に入ります」

「始源の神に聞きました。多くの犠牲がでるということも」


 エラメーラが犠牲になるかもと思うと平太としては行ってほしくはない。だがそう思う人間は平太だけではなく、それぞれの小神に世話になっている者たちが同じように思うことだろう。


「覚悟はしています。この世界を、この世界に生きている子たちを守るため我ら神は力を尽くすのです」

「……その手伝いのため俺の能力を四段階目に上げる必要があると聞いています」


 平太の表情が歪む。本人から覚悟があると聞けても、そうなってほしくないのだ。


「その方法はわかっています。なので」


 そこでエラメーラは言葉を止める。顔が赤らみ、明らかに恥ずかしがっているとわかる。

 エラメーラを助ける力になれるのなら、どのような難事にも挑んでみせると考えていた平太は、その反応に首を傾げる。

 自分が思っているような大変な試練とは違うのだろうかと考える平太は、意を決したエラメーラの口から思いもよらぬ単語を聞く。


「私と結婚して」

「は?」


 思考が止まる。試練とか考えていたところに結婚という単語が発せられ、能力を上げることと結婚の繋がりがわからず、好きではあるがやはり神とそういった関係になることへの戸惑いやら畏れ多さで固まる。

 固まった平太を見て、慌てて両手を横に振りエラメーラは説明する。


「え、えっとね。結婚というのは間違いじゃないんだけど、こう人間同士がやるものとはまた違っていてね? 愛し合う神と生物がやるものではあるんだけど」


 あたふたとしてるエラメーラを見て、少しだけ落ち着けた平太はほかほかと湯気の立つお茶を再現して、これで落ち着いてくれればと差し出す。


「ありがと。あっちゅい!?」


 落ち着くために渡されたお茶を慌てて口に含み、思った以上の温度に驚く。

 少し涙目のエラメーラに、今度は小さな氷を再現して差し出す。

 それを口に含んでいるうちにある程度落ち着いたようで、一度深呼吸してから話を再開する。


「動揺とか緊張できちんと説明できなかったから、今から説明するわ」

「おねがいします」


 どう説明しようか頭の中で考えをまとめて、口を開く。


「結婚で能力が上がるのは副次的なものでね。ずっと一緒にいるために神と生物が合体するの。新たな神として生まれ変わるというわけでなく、一つになり共にあり続ける。誰とでもそういったことができるわけではなく、互いに好意を持っていなければ無理」

「好意、ですか。たしかにエラメーラ様のことは好きですけど、愛しているとは言い切れないような」


 愛しているという部分にエラメーラは照れたが、咳払いして続ける。


「愛とまではいかなくてもいいの。私もあなたのことは好きよ? でも結婚しようとまでは思っていなかった。互いの好意は親愛が一番近いと思う」

「それでもいいんですか?」

「大丈夫。前例があるからね。あと一つになったままということなく、いつでも二人にわかれることができるから安心して」

「ああ、元に戻れるんですね」

「でもその状態で結婚しても四段階目には上がらない」


 能力が大幅強化されるだけというのは、これまで行われた結婚でわかっていた。


「え? それじゃ結婚の意味がないような」

「そこであなたの現状が関わってくる。あなたは気づいていないでしょうけど、あなたの魂は神の域に手をかけている」

「そう、なんですか? 俺自身はこれまでと同じだと」


 平太は自身の体に触れて変化を確かめてみる。大きな変化が起きているとは思えなかった。

 その様子をエラメーラは微笑ましそうに見て、すぐに表情を引き締めた。


「私が確信したのは、私の祝福を再現できたとき。神の力を完璧に再現していたあれを見て、あなたの力と魂が磨かれ強まっているのを確信した」

「宗樹君のときのあれにはそういった意味が……。神の持つ知識を再現できましたけどあれも関係ありますかね?」


 エラメーラは頷いた。


「ええ、その魂に私の魂が溶け合い一つになったとき、能力は四段階目という前人未踏の域に上がるの」


 なるほどと平太は頷き、少しだけ戸惑いというか納得しづらいものが心に残る。


「結婚という大事なものを、能力を上げるためだけにやるのはいいのでしょうか? なんというかたとえとして的確かわかりませんが、気持ちよさだけを求めて娼館に行くのとかわらないような」

「んー的確でないような、本質はあってるような。私もこの話を聞いたときはとても迷ったし恥ずかしかった。一時期はあなたの顔を見ることもできなかったしね。それでも必要なことと判断し、交流のあるあなたとならばと考えた」


 まったく見知らぬ者とやれと言われていたら、一応受け入れても心にしこりが残ったままだっただろう。

 平太というこの世界に来てから見守り続け気にかけてきた存在だからこそ、事情がある結婚をしてもいいと思えたのだ。

 しっかりと自分の目を見てくるエラメーラに平太も目をそらさず見返す。

 エラメーラの赤く澄んだ瞳の中には真摯な感情があり、そこに少しばかりの照れが見え隠れしていた。平太の瞳にはまだ迷いや照れがある。しかしエラメーラが決して目をそらさずに自分を見つめ続けてくれることで、受け入れられているのだと思えた。

 エラメーラにも照れがあるのは目を見れば一目瞭然で、それでも平太ならば大丈夫だと言ってくれた。その信頼に応えたいと平太は思う。


「なんというべきか、不束者ですがというのは違う気がする。とにかくよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」


 互いに思わず笑みを浮かべてしまう。


「しかし擬似的とはいえ、パーシェたちよりも先に結婚してしまうのは悪い気がするわね」

「あ……そうなるんですよね。そういったプロポーズは堕神の件が終わってからって思ってたから、かといって急いで結婚を申し込むというのも……事情を話しても大丈夫でしょうか」

「広めないように言い含めておけば大丈夫と思う」

「ではそうします。今日はこれで帰りますね」


 平太が部屋を出ていき、エラメーラは緊張から解き放たれたように背もたれに体重をかける。

 顔は照れから赤く染まり、その熱を冷ますように両手で押さえる。メイドが部屋に入ってくるまでそのままだった。


 神殿を出た平太も照れから顔が赤く、ベンチに座り落ち着くのを待つ。

 熱が引いたのを確認した平太はパーシェに会うためにファイナンダ商店に向かう。

 会いに来たことで嬉しそうなパーシェに、平太は今夜時間あるか尋ねる。


「今夜……デートのお誘いですか?」

「いや、大切な話があるんだ。よければうちに来てもらえないかな。都合が悪いなら別の日でも大丈夫」

「予定はないので大丈夫ですよ。なにを話すんですか?」

「わりと驚かすことになるし、将来のことでもある」


 将来と聞きパーシェの鼓動が跳ねる。そういうことなのだろうかと期待して、平太を見る。


「詳しいことは夜に。ここでは話せないこともあるから」

「わかりました」

「じゃあ夕食後にでも迎えにくるよ」

「おまちしてますね」


 平太が店から出ていき、パーシェは今から期待が膨らんでいる。しかし一つの疑問もあった。自身が思ったとおりならばプロポーズといったことだろう。それならばここでも伝えることはできたと思うのだ。

 ロマンチックな場でやりたいと思ったのだろうかと思いつつ仕事に戻る。

 そして夜になり、店を閉じて夕食も済ませた頃、平太がパーシェを迎えにきた。オシャレした方がいいのかと迷っていたパーシェは軽い化粧ですませていた。

 二人は夜道を歩き、バイルドの家に向かう。

 最初に出会ったときのこと、その後エラメルトでの再会、デート、別れ。それらを思い出として語るうちに到着した。

 リビングにはロナとミレアがいる。


「ミナちゃんたちは?」

「ミナは爺さんとグラースに任せた。この場にいる人だけで話し合いたかったからさ」


 四人で一つのテーブルを囲む。酒とつまみがテーブルの上にある。


「それで大事な話って?」


 準備が整ったとみたロナが早速聞く。


「うん。今から話すことは本題に関わること。すごく驚くことになるだろうけど静かに聞いてほしい」


 平太にいいかなと聞かれ、三人は頷く。


「ロナは少しだけ聞いたと思うけど、堕神という存在がいる」


 平太は堕神について話し、神々のそれへの対応、平太も協力することまでを話した。

 三人は口を押えて驚いている。そのような存在がいるとは伝承にも残っておらず、神々ですら倒れることになる戦いがあり、それに平太も参加するというのは驚かずにはいられなかった。

 途端に心配そうな視線が平太に向けられた。


「絶対に参加しなくてはいけないのですか? 断ることは?」


 パーシェの質問に追従してロナとミレアもこくこくと頷く。平太には断ってほしいという思いがありありと伝わってきていた。


「始源の神からの要請だしね。それにこのまま参加するわけじゃない。ここからが本題」


 そういえば本題にまだ入っていなかったと三人は気づかされる。


「聞かされたことの規模が大きくて本題ではないと忘れていました」


 ミレアが口に手を当てたまま言う。これ以上のなにが話されるのだろうとミレアたちは身構える。


「参加にあたって能力を四段階目に上げることになっている」

「能力ってそこまで上がるものなの?」


 ロナが聞き、平太は上がるらしいと返す。


「自力では無理で、エラメーラ様と協力して上げるんだそうだ。その協力というのが、神との結婚というものらしい」


 何度驚かされることになるのか。平太の発したことは三人を驚かし、動きを止める。神との結婚ということ自体に驚いたし、平太がエラメーラと夫婦になるということにもショックを受けた。


「驚くのは無理もない。俺も今日聞いて驚いた。神との結婚は人間がやるものとは違って合体して一つになることらしい。その副次的な効果で能力が四段階目になる」


 平太はそこで話を止めて、三人の反応を待つ。

 最初に反応したのはパーシェだ。ポロポロと大粒の涙を流し始めた。


「将来のこととはエラメーラ様と結婚するということでしたのね。だから私との結婚は無理だと」

「違う違う違う。そうじゃない。勘違いさせた」


 慌てた様子の平太は泣いているパーシェを抱きしめて背中をゆっくりさする。


「ここに来てもらったのは事情を話すため。もともとは堕神の件が終わって落ち着いたらプロポーズしようと思ってたんだよ。だけどエラメーラ様とそういうことをする必要があるって聞いて、説明は必要だろうと思ったんだ。エラメーラ様本人からもパーシェたちよりも先にそういうことをするのは悪い気がするって言われている」


 パーシェは平太の胸に手を置いて、顔と顔を向い合せるだけの距離を得る。涙で濡れた瞳で平太を見る。


「本当にプロポーズを?」

「うん。嘘じゃない。俺と結婚してほしい」

「は、はいっ」


 平太の胸に顔を当てて、今度は嬉しさから涙を流す。そのパーシェを落ち着かせるようにゆっくりと背中を撫で続ける。

 しばしその状態が続き、嬉しそうなパーシェが離れて、ロナとミレアへと平太を押す。

 もしかしてと二人は思うが、とりあえず平太からの言葉を待ってみようと静かなままだ。


「この場に二人に一緒にいてもらったのは堕神のことを聞いてもらうことだけじゃなくて、パーシェへのプロポーズを見届けてもらうだけでもない。二人にもプロポーズをしようと思ったから。三人一緒にってのはどうかと思うけど、でもいい機会だとも思ったんだ」


 少々勢い任せのところはあるが、三人を幸せにしたいと思ったことに偽りはないのだ。地球にいた頃の平太ならば考えられない願望で、こちらの価値観に染まったということなのだろう。

 あとは心のどこかで万が一を考えてもいたのだ。堕神という脅威に対して無事でいられるのかという思いはあり、今言っておかなければという考えが背を押したのだ。

 求められることに戸惑いと嬉しさを感じさせて二人は顔を見合わせる。

 最初にロナが口を開く。


「私でいいの? 勝手にミナの父親にしたんだよ? ミナの父としてありたいって思ってのプロポーズならしなくても大丈夫だよ?」

「ロナでいいじゃなくて、ロナがいいんだよ。そう思ったんだ」

「あなたは本当に嬉しいことばかり。あなたのおかげで組織から抜け出せて、一般人の生活を取り戻し過ごすことができた。今度は共に人生を歩いてくれるって言うの? ありがとう、どんなに感謝しても足りない」


 微笑むロナの瞳からすぅっと静かに涙があふれて床へと落ちていった。ロナは涙が流れていることに気付くと、恥ずかしそうに顔をそらす。

 平太はミレアを見る。


「ミレアさんは受けてもらえますか」

「私は小さい頃からあなたのことを聞き、憧れを抱いて育ってきました。そんな私ですからあなたのそばにいられることになり、家に伝わっていないあなたの様子を見ることができて、それだけで楽しい日々を過ごすことができました。それ以上は望むべくもない生活だったのです」


 流れから断られる方向へと進んでいると思った平太は口をはさむ。断られる可能性も考えてはいたが、素直に頷く前に考えを伝えておこうと思う。


「ミレアさんはフォルウント家で言ったよね。今後ずっと一緒にいると。あれを聞いて俺は嬉しかったんです。そして俺だけが嬉しいだけじゃなくて、ミレアさんも嬉しいと思えるような今後になってほしい。そばにいるだけで嬉しいと言いましたね? ならもっと距離を詰めたら、もっと嬉しく幸せになれるんだと思う」


 どうですかとミレアの両手を平太は自分の両手で包んで問う。


「え、ええと」


 視線をあちこちに向けて迷う様子のミレアからは返答が出てこない。

 そこに追撃だと平太は続けた。


「俺はっあなたが欲しいっ」


 ド直球の言葉がミレアの心を貫く。目が大きく開かれ驚きの表情となる。憧れた人から欲せられたことが夢のようで、夢ではないと理解しカァーッとミレアの顔がいっきに赤くなった。


「……はいぃ」


 それだけ答えるのが精一杯だという様子で、顔を俯かせる。


 憧れだった。子供の頃から平太の話をせがみ、平太の眠る祠に足を運び、飽きることなく訪れ続けた。

 初めて会ったときは平静を装ったが、感動で胸がいっぱいだったし、その後の町を案内していたときは浮かれた足取りにならないよう必死に挙動を押さえた。

 ハンターとして駆け出しの頃から見守って、成長していく様は伝説をこの目で見ているという高揚感を得ていた。そして地球に帰還し、過去へと移動して偉業を成した平太と再会できたときが最大の感動だと思った。しかし平太はミレアの予想を裏切って、復活した魔王討伐というさらなる偉業を果たし、そして神々と新しい伝説を作ろうとしている。

 そのような人から求められてはもう無理だった。このように幸せでいいのだろうかと思いつつも嬉しさから頷くしかなかったのだ。


 了承をもらえて平太は手を放す。やりきったという達成感が心に溢れる。求婚は魔王との対面とはまた違った緊張があり、無事終えられてよかったと心底思う。

 そしてふと思う。ラストバトル前のプロポーズは死亡フラグだったのではないかと。しかしすぐにこうも思った。死亡フラグも立てまくれば壊れたはずだと。三人にプロポーズというフラグ乱立がそれに当てはまるから大丈夫だろうと。


「三人に話すことはこれで全部。用件は終わったからパーシェを送ってくる」


 パーシェに腕を組まれた平太が家を出ていき、残った二人は何も手につかないという様子だ。


「私は部屋に戻るね」

「私もそうします。片付けは明日でいいでしょう」


 今洗い物をしようとしたら落として皿などを割ってしまいそうだった。

 ロナは残った酒を一気飲みして、水を張った桶にグラスを入れ、部屋に戻る。ベッドに寝転び、先ほどの会話を思い返し、にへらと自然と笑顔になる。

 ミレアも残った酒を飲んで、同じように桶に入れ、部屋に戻る。寝間着に着替えて仰向けにベッドに倒れる。先ほどの会話を思い返したのはロナと同じだが、枕に顔を押し付け表情を隠していた。しかし耳が赤くなっていて、ばたばたと足を動かしている様子から不快感を感じているようには見えなかった。

 翌朝、顔を合わせた三人はややぎこちなく、ミナとバイルドとグラースは不思議そうだった。

 プロポーズしたとはいえ、いきなり関係が変わることもなく、日々を過ごす。距離感が近くなって、照れを見せる初心なそれぞれが見られたが、しだいに落ち着きを取り戻していった。

 そうなって平太はミレアとパーシェの両親に挨拶に向かうことに決める。

 まずはミレアを連れてフォルウント家に行く。

 来訪の知らせを聞いたガブラフカは、ビーインサトの件かなと考える。


「おはようございます」


 入ってきた二人にガブラフカが挨拶し、二人から挨拶が返ってくる。平太は普通に見えるが、ミレアはやや緊張しているように感じられた。

 最近あったことなどを互いに話し、平太は本題に入るため背筋を伸ばす。


「今日来たのはミレアとの結婚報告なんだ。ミレアの両親にも挨拶に行くつもりだけど、当主にも報告をと考えた」


 ガブラフカは少し驚いたように表情を変えて、ミレアを見る。照れたような笑みを浮かべたミレアがいて、本当のことだとわかる。


「ミレア、おめでとうっ」

「ありがとうございます。こうなるとは私自身予想しておらず」

「近くで過ごせるだけで嬉しそうだったもんな。それ以上は望まず、一生を側仕えですませるんだろうって思っていた」

「そのつもりだったのですけどね」

「俺が押し通した」

「とまあ、このような感じで押し負けてしまいました」


 負けたとはいうが幸せそうで、無理矢理ではないとガブラフカも思えた。

 そうかそうかと何度か頷くガブラフカはふと気づいたように尋ねる。


「ヘイタ様にはパーシェという方もいたはず。その方はどうしたんですか」

「パーシェにもプロポーズしたよ。あとはロナにも同じく。三人との結婚ってことになる。一応エラメーラ様とも結婚することになるんだけど、あっちは正式にというわけではないし」

「三人という部分にも驚きですが、エラメーラ様というと小神じゃないですか!」


 基本的に一夫一婦ではあるが、複数婚姻が認められないわけではない。そういった家庭は、どの国でも探せば簡単にみつかる。だからガブラフカは複数婚姻への驚きはそう大きなものではなかったが、さすがに神との結婚は驚かずにはいられなかった。


「うん。ちょっとした事情があって、結婚する必要があるんだ」

「神と結婚しなきゃいけない事情ってなんですか!?」


 詳細を語るつもりはないと前置きして、この先大きな危機が迫り、それに対処するためどうしても結婚が必要となったとだけ話す。

 あまり聞かせられない類の話なのだろうとその話しぶりからガブラフカは判断し、それ以上のことを聞かずにすませる。


「これだけ聞かせてください。その危機に対してなにか被害への準備などやっておいた方がいいでしょうか?」

「正直なところ俺にはわからない。以前同じことがあって神々に被害がでたとは聞いた。だから神が守っていた場所は自力で守るよう対策をとらないといけないとは思う」

「神が死ぬというふうに受け取れるのですが」

「その可能性はある」


 断言された返答にガブラフカはまさかという思いを抱くが、覚悟をしておくことに決めた。


「……この国にも小神が腰を据えている場所はあります。そこに支援できるよう準備だけしておきます」

「それがいい。もしかしたら何事もなく終わる可能性もあるけどね」

「そうだといいのですが」


 心の底からそれを願うガブラフカ。結婚というめでたい報告から続いて、このような重い知らせを聞くことになるとは思っていなかった。

 平太たちが去ってすぐにガブラフカは私兵を動かす準備を始める。ふと手を止めて王に連絡を入れようかと考える。しかし止めた。余計な混乱を引き起こすかもしれず、大変な時期が迫る神々の手を煩わせるべきではないと判断した。


 ミレアの結婚報告をすませた次の日、今度はパーシェと一緒に王都に向かう。

 平太と一緒にやってきて大事な話があると告げたパーシェに、母親は内容を推測し仕事中の父親を呼び出す。

 向かい合うように座った四人はわずかに緊張した様子だ。平太たちは結婚報告ということに。両親たちは万が一予想が外れ今後の付き合いをなくすというものだったらどうしようというものだ。

 パーシェの表情が明るいものなので、そうではないと思っている。だが以前部屋に篭ったあとの悲しみを乗り越えた笑顔を忘れていないのだ。だからわずかな可能性も捨てきれなかった。


「そ、それで話とは?」


 父親が意を決して口を開く。


「パーシェさんにプロポーズを申し込みましたので、その報告をと」

「そ、そうか!」


 予想が外れていなかったことに両親は胸をなで下ろし、その後すぐに喜ぶ。


「よかったわね、パーシェ。ええ、本当に」


 涙ぐむ母親の横で父親がよかったよかったと本当に嬉しそうに連呼している。

 平太が故郷に帰ったと聞いたときはまた娘が悲しむことになったと思っていたのだが、必ず帰ってくるから待つと断言した娘の想いが報われて心底嬉しかった。


「これまで心配かけたけど、それでも急かさず見守ってくれてありがとう」

「うんうんっ。それで報告のパーティーはいつ開くかね? うちで開いてもいいだろうか?」


 ようやくやってきた長女の祝い事だ。大々的にやりたかった。


「どこで開くかについてはそちらにお任せでいいと思います。ただいつ開くかに関してはこちらで決めたいと思うのです。実はこの後大きな仕事がありまして、そちらが終わったあとにやりたいと思っていまして。あと言っておかないといけないことがもう一つ」

「なにかな?」

「プロポーズした相手はもう二人いまして」

「複数婚姻は珍しくはあるが、話に聞いていたことから予想はできていた。むしろ大きな仕事という方が気になるな。先にパーティーを開くのでは駄目なのか?」

「きちんと片づけておきたい仕事ですので。あれが無事終わらないと気が気でないといいますか。神からの頼み事なので詳細は話せませんということも言っておきます」

「神からの仕事か。それなら人間の都合でどうこうは無理だな。しっかりと終わらせてくるといい」


 どのような仕事か知っているパーシェは心配する思いを隠して、父親の言葉に同意する。


「パーティーは先のことだが、今夜内輪で祝うのは問題ないだろう? シェルリアにも知らせてこっちに来てもらおう。きっと喜ぶぞ」


 どうかねと問われ平太たちは頷く。今日一日はパーシェのための時間ということにしてあるのだ。

 早速父親は部屋を出ていき、城へと知らせを走らせる。

 知らせを受けたシェルリアは嬉しい報に驚き喜んで、夫であるロディスに話して帰宅の許可を得る。

 両親が使用人たちに宴会を指示し、屋敷内がいっきに慌ただしくなる。

 主役である平太とパーシェは宴会の準備が整うまで町に出て、エラメルトの家で待つ皆へのお土産を買いながらのデートをしていた。

 夜、家族と使用人たちに祝われてパーシェは、本当に幸せそうに笑っていた。


 それぞれの家族への報告を終えて、タイミングを計ったかのようにエラメーラから誘いが来る。

 堕神がいよいよこの世界に迫り、平太たちも神々の島へと向かう時期が来たのだ。

 パーシェも加えた、バイルドの家に住む者たちが見送るため集う。


「じゃあ行ってきます」


 役に立つかはわからないが、過去の魔王戦での装備に身を包んだ平太が言う。


「パパ、ちゃんとかえってきてね?」


 抱きついたミナが不安そうに言う。

 ミナには詳細を伝えていない。しかしロナたちの雰囲気でなんとなく危ないところに行くのだと察したのだ。

 そのミナの頭を平太はゆっくり撫でる。


「俺の帰るところはお前たちのいる場所だからね。ちゃんと帰ってくるさ」

「ん、約束だよ」


 強く抱きついてから離れたミナのかわりにグラースが身を寄せてくる。

 そのグラースの背を平太は身をかがめてガシガシと撫でる。気持ちよさそうにグラースは目を細める。


「俺がいない間、ミナのこと頼むな?」

「ガウ」


 わかっているといった返事に、平太は笑みを浮かべて再度撫でる。初めて出会ったときから頼りになったグラースに任せておけばミナの身の安全は保障されたも同然だと信頼し安心して出かけられるというものだ。

 立ち上がり今度はバイルドを見る。最初に会った頃とは違い、穏やかな表情で声をかける。


「爺さん、いい年なんだからあまり無茶すんなよ」

「お前さんもな。なにをしてくるか聞いてはいないが、いつもとは違う雰囲気だ。きっと大事件なんじゃろ。無事に帰ってこんとミナが泣く、さっさと終わらせて帰ってこい」

「あいよ」


 平太の視線はミレア、ロナ、パーシェに向く。事情を知っている三人は心配や不安が心の中に生じるのを抑え込み、笑みを浮かべている。難事に挑むのは平太なのだ。自分たちが不安を表に出して、元気づけられる立場ではいけないと安心して行けるよう笑みを浮かべていた。

 そんな硬い笑みの三人に平太は声をかけず、一人ずつ抱きしめていく。ちゃんと帰ってくるから安心しろと態度で示す平太に、三人は隠しきれなかった不安から生じた体の震えが伝わりはしなかったかと思いつつも、体温の温かさに安堵も湧いた。


「行ってきます」


 これからのことに不安など感じていないかのように笑って家から出ていった平太。

 無事の帰還を全員が祈る。

 家から出た平太は笑みを消して、神殿に向かう。平太も不安はあったが、ミレアたちが考えていたように心配をかけないように明るく振舞っていた。そして抱きついた者たちの体温の温かさに緊張が解れていた。この温かさを手放したくないと思えた。

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