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64 宗樹の行動

「私の家は武器職人の家なの。代々職人の家系で、この町でもそれなりに名が知られてる。この町は駆け出しが集まるからそういった人たち用に安い材料で質のいいものを作ろうとしてる。地域に合った方針で武器を作ろうって考え」


 ここからが本題と言って女は続ける。


「この国では三年に一度とある大会があってね。それは各地方の代表が武具を持ち寄って王も見る品評会に臨むというもの。私の家もそれを目指しているんだ。でもね、当然だけどほかにも目指している職人はいる。その中の一つが邪魔をしてくるんだよ。どういうツテを使ったかわからないけど、質のいい材料の仕入れ値を上げたり、材料そのものが届かなかったり」

「偶然ではない?」


 宗樹が思わず口を挟み、女は頷いた。


「一度だけなら偶然だと思うよ。でも三度四度と続くとさすがにね。ここらを治める領主に訴えたけど、そういった事前準備も競争の一つだろうってとりあってもらえなくて」

「事前準備か、それ」


 なんとなく違うような気がする平太に、同意だと宗樹も頷く。


「準備ってのは質のいい材料を優先して回してもらうとか、そういった感じなような気がするんだけどな。邪魔をするのは相手よりも自分が下だから、競争しないですむようにしてるって感じだな」


 戦う前に負けを認めているから、相手の参加を阻止して戦わずにすませようとしている。平太はそう思えている。


「対戦相手がいないから一位になりましたって感じで、競争の意味がないと思う。それで品評会にでても、ほかの地方の武具に負ける」


 宗樹は物作りに関して素人だが、それでも競争せずに提出したものが目に止まる作品になるとは思えなかった。

 一応はこの地方で一番という栄誉は手に入れるのだろうが、この程度の物しか作れないと広く知らしめることにもなりかねない、と口に出す。

 それに女は頷いた。


「頑張っている職人はうち以外にもいる。そういった人たちの努力や積み重ねを否定することになる。それは避けたい。避けるにはどうすればと私は考えて、自分にできる範囲で動くしかないと思った。だから強くなって質のいい材料を手に入れられるようになろうとハンターになった」

「ちなみに試合はいつ?」


 平太の問いかけに「冬」と返ってくる。


「正直時間が足りないと思うんだけど」

「わかってる! でも私がやれるのはこれくらいしかっ。邪魔してくる犯人を捜そうにも向こうは巧妙に隠れているし、頼みの領主は動かなかった。仕入れ関係は私がどうこうできない。だったら自力で材料入手くらいしかできないのっ」


 自分でもわかっていることを平太に指摘され、また感情が高ぶって怒ったように返す。

 うっすらと涙目の女に平太は謝る。


「……平太さん。この人に協力できませんか。向こうのやり口が気に入らないってのもあるけど、こうやって必死な人を見ると手を貸したくなるというか」

「んー協力といってもいくつか手を貸す方法があると思うけど、どういったことを考えてる?」


 平太がぱっと思いついたのは女の修行に付き合うこと、再現で材料を出すこと、招きの神殿のツテを使って領主よりも上の人間に現状を伝えること。この三つだ。犯人捜しは情報が少ない現状なんともいえない。


「えっと平太さんが魔物を倒して材料を手に入れてくるのはどうかって思ったんですけど」

「それは可能だけど、どうせならどうにかしたいと思った君が主体で動くことを勧めたいかな」


 話を聞いて思うところがあったのは平太も同じではあるが、絶対どうにかしたいとまでは思わなかった。そんな自分よりもどうにかしたいと考え口に出した宗樹が動く方がいいのではないかとなんとなく思う。

 招きの神殿に帰ることも考えている宗樹は、近隣であるこの町でも過ごすことが多くなるだろう。ならば解決に動くのは今後のことも思うと宗樹の方が向いているはずと考える。今後過ごす上で繋いだ縁がなにかしらの役に立つだろうと。


「俺が? 俺になにかできることありますか?」

「それを探すことすらせずに俺に全部放り投げるのはなし。その人だって自分にできること考えて、正直無駄になるかもとは思いつつも動いている。だったらなんとかしたいと思った宗樹君もまずは自分になにができるか考えよう」

「なにができるか」


 宗樹は考え始める。

 静かになった宗樹から女に顔を向ける。


「そういうわけで君に彼が協力することになった」

「え、えと、ありがとうございます?」

「それは宗樹君に言ってあげて。それと本格的に協力できるのは十日後からだけどね」

「どうして十日後なんですか?」

「明日から十日間巡回依頼を受けてるからね。放り出すわけにはいかない」


 なるほどと女は納得する。

 平太は考えている宗樹の肩を叩いて、一度中断させて自己紹介させる。

 宗樹たちが名乗ったあと、女はブラシュと名乗り、協力してくれると言ってくれたことに礼を言う。


「領主が動かなかったから誰の手も借りれないと思っていた。手を貸したいと言ってくれて嬉しかった」

「でもなにができるか思いついていない」

「そうかもしれない。でもその心が今の私にはとても嬉しかったから」


 宗樹は照れたように頬をかく。


「一緒に狩りに行ってくれるだけでもありがたいの。だから深く考え込まないでいい」

「とりあえずはなにか思いつくまで一緒に狩りに行ったらいい。俺はちょっと別行動するし」


 平太がそう言うと宗樹は首を傾げる。


「別行動?」

「うん。ここらの魔物は宗樹君一人でも大丈夫だろう? そこまで俺がついていかなくてもいいだろうし、俺の用事をすませようとね」

「そっか」


 宗樹は納得したように頷く。

 実のところ平太は招きの神殿に報告に行って、そのあとに今回のことについて調べてみようと思っていた。それを伝えると、宗樹がなにができるかという考えを中断させてしまうかもしれないので誤魔化したのだ。


「狩りはしばらく夕方前出発になるだろうけど、それでもいい?」

「巡回の依頼があるんでしょ? いいよ」


 宗樹が聞き、ブラシュが頷く。

 二人は待ち合わせ場所などを話して、解散という流れになった。


「ちょっとサービスだ」

「え?」


 帰ろうとしたブラシュの肩に触れて、治療を再現する。

 ブラシュは自身を包んだ温かなものとヒリヒリしていた擦り傷などがなくなったことに驚く。

 治療は触れずともよかったが、ブラシュがどうして足手まといだと追い出されたのか知るため触れたのだ。そこを修正できれば宗樹にとって足手まといにならないだろうと平太は考える。


「ありがとうございます」

「さっき怒らせた詫びだから気にしなくていいよ」


 パタパタと手を振って気にするなと示す。

 しっかりとした足取りでブラシュが去っていく。怪我が治ったこともだろうが、宗樹という協力者を得たことが精神的負担を和らげ元気が湧いたのだろう。

 二人も宿に帰るかと歩き出す。宗樹は再びなにができるかと考え始め、静かに時間を過ごすことになる。

 平太もブラシュの狩りの様子を見て、改善点などを考えていったため、同じように静かに過ごす。

 翌日、朝食を終えて二人は初仕事に向かう。


「「おはようございます」」


 挨拶をしながら詰所に入り、巡回依頼で来たことを告げる。


「おはよう。出発はもう少しあとだから椅子に座ってるか、詰所前で自由に過ごしてくれ」


 兵に頷きを返し二人は空いている椅子に座る。

 その二人にすることがない兵が話しかける。


「二人はこういった巡回の依頼はやったことはあるのか?」

「俺はないです」


 すぐに宗樹が答え、平太はあると答える。シャドーフに初めて襲われたときに、町の外を怖がって町中の依頼ばかりを受けていた頃にやったのだ。


「神殿の手伝いでやりましたね。ほかに掃除や神殿が主導している祭りの手伝いなんかも」

「小神のいる町出身か。神が身近にいるってことで治安はいいんだろうな」

「いいとは思いますけど、悪さする人がいないってわけでもないですね。スリやら誘拐やらなんかありましたよ」

「そっか。どこでも馬鹿やる奴はいるんだな」

「この町の治安はどうなんですか?」


 今後も来ることになるであろう場所が気になる宗樹が聞く。


「そうだなぁ……特別荒れてるってことはないな。良くも悪くも一般的なもんだと思う。ほかの町に行ったときも似た感じだったしな」

「駆け出しハンターを利用しようって人とかいなかったんですか?」


 力づくで脅し、金を巻き上げる。そういった悪事はあるかもと思いついて聞く。

 兵は少し考えて首を振る。


「聞いたことはないな。駆け出しでも戦う力を持ってるわけだし、ただの悪党は手を出しづらい。一般人相手に脅迫した方がやりやすいんじゃないか? 悪党のハンターはそういったことじゃなくて、もっとほかの金になることをやりそうだ」


 それを聞き、平太は人に雇われ誘拐をしようとしていたケラーノのことを思い出した。

 話しているうちに時間が来て、平太たちのほかに三人の参加者が集まる。

 兵は依頼を受けた五人に深紅のベレー帽と同色の腕章を渡す。


「これは詰所からの依頼を受けて巡回中だと示すものだ。仕事中は必ず身に着けるように。これをつけて町中を歩くことで、悪さを考えている奴らは見られていると思って活動を自粛する。大きな効果があるとはいえないが、決して小さくはない効果を望める」


 皆が配布されたものを身に着けたのを見て、兵は続ける。


「今日は北回りと南回りの二手にわかれてもらう。わけるのはこっちの二人とそっちの三人だ。昼になったら一度ここに戻ってきてくれ、昼食を準備してある。巡回中になにか犯罪を見つけたら犯人と被害者をここに連れてきてくれ。説明はこれくらいだ」


 出発だと兵は手を叩き、五人は詰所を出る。

 平太たちが北へ、三人組が南へとわかれて歩き出す。

 宗樹は巡回よりも、町の暮らしを見ることを重視して歩いていく。サボってるわけではなく、平太も真面目にやっているので、それでも問題なかった。

 何事もなく昼を知らせる鐘を聞き、詰所に戻った五人はパンと汁物と果物を昼食として渡される。この一食で食費を節約できるので、ありがたがる駆け出しは多い。

 昼食後は町を半周して終わりになる。詰所に帽子などを返し、解散となって宗樹はブラシュに会いに行き、平太は町の外に出る。招きの神殿に転移し、ハーネリーに会いに行く。


「こんにちは、ハーネリーさん」

「こんにちは、アキヤマ様。なにか急な知らせでもありましたか?」


 向かいあって座り、挨拶をかわす。


「宗樹君の報告と聞きたいことが」

「ソウキ君はどういった様子でしょうか。町に馴染めますか?」

「はい。今のところはなにも問題なく。今日から十日ほど巡回の仕事を受けて、町中の様子を見ていくといった感じですね」


 人々の暮らしぶりを見るにはちょうどよい仕事だとハーネリーは頷く。


「今は昨日知り合ったブラシュという同年代の女性と狩りに行っている頃合です」

「一緒にいる人もできましたか。それはよいことですね」

「それで聞きたいことはそのブラシュに関連することなのです」

「なにか問題ある人物でしたか?」

「いえ、彼女自身にはなにも。ハンターをやるには直した方がいい癖がありますが、性格的には問題なしです」


 平太はブラシュから聞いた話をハーネリーに伝える。


「これを聞いて俺が思ったのは、邪魔している奴と領主は繋がっていそうだなと」

「そうですね。私もそう思いました。領主の言っていることはおかしいです。事前準備に妨害が含まれているとは聞いたことがありません」

「そこで領主よりも上の人にこれを伝えたいのですが、俺にそのツテはありません。この神殿ならばどうだろうと思い、本日訪ねてきたというわけです」


 ハーネリーは納得したという表情を見せる。


「この神殿の性質上、王に話を通せるツテはあります。ですがもう少し証拠がほしいところではあります。領主と誰が繋がっているか、その情報があればもっと動きやすいかと」

「……なるほど。今回動いているのはブラシュの家の同業者と見てよさそうですよね?」

「同業者を懇意にしている貴族の可能性もありますよ。親しい鍛冶師の格が上がれば、それを利用して利益を得ることができる」

「貴族かぁ、めんどうな」

「まあ推測にすぎませんし」

「それを考慮して動きます。とりあえず領主近辺の情報を探ってみてみます。領主はどこにいるんですか?」

「カーザナルから馬車で東へ一日足らず行ったところにフォグムという町があります。そこにシテケルン家があります。その当主ゼード・シテケルンが領主ですね。男で五十才ほどでしたか。文官一本で争いごとはやらない人だったかと。これといった悪評は聞こえてきませんね」


 情報を忘れないように覚えていく平太に、ハーネリーは諜報員のようなことは可能なのか聞く。


「それ向けの能力をいくつか再現できるのでやれるだけやって、これ以上はプロの力が必要だと思ったら手を引くつもりです」


 ロナの技術と経験はもちろん、ミナ救出で行動を共にしたカリエルたちの技術と経験は役立つだろうし、ガブラフカの使い魔の能力も同じくだ。

 きっちりと引くべきところを把握していると判断し、ハーネリーはひとまず心配することをやめる。

 神殿での情報を得た平太は、森からでて車を再現してカーザナルに帰る。

 それから十日間は巡回を真面目にこなしながら、この町でゼードの評判を聞いていく。結果はハーネリーから聞いたものと同じで悪評はなく、また良い噂も聞かなかった。

 そういったことのほかに二度ほど狩りに同行もして、三度家にも帰った。ミナとの約束だったのだ。


「じゃあ俺は用事があるからこの町から出るけど、宗樹君はどうする? 一度報告に戻るのもありだと思うけど」


 この町に来て十二日目の朝、平太たちは部屋を片付けて食堂で向かい合い、今後の予定を話す。


「そうしようかと。ブラシュとの約束があるからすぐにこっちに来ると思いますけど」

「大丈夫とは思うけど、魔物に気を付けて」

「はい。平太さんも」


 ありがとうと答え出ていく平太を見送り、宗樹も荷物を持って宿を出る。

 ブラシュが住んでいる家は聞いていて、そこに向かう。少しばかり歩いてカンテン堂と書かれた看板がでている店を見つける。掃き掃除をするためか、箒を持ったエプロン姿のブラシュが出てきた。


「おはよーブラシュ」

「あ、おはよ。あら? 大荷物だけどどうしたの」

「ちょっと世話になったところに戻ろうかなって」

「え? そう、寂しくなるわね」


 手伝ってくれるという約束は?と思ったが、もともと無関係なのだからと不満と不安は押し殺す。


「いやすぐに戻ってくるから寂しくはならないと思うけど。ここを留守にするのは三日くらいだよ」

「そうなんだ」


 明らかにほっとしたブラシュの様子に、宗樹は約束を放棄するつもりだったと勘違いさせたと察する。


「ヘイタさんはどうしたの?」

「あの人は用事があるって先に町を出たよ。もともと俺がこの町で過ごす少しの間だけ付き合ってくれる契約だったからね」

「そうなんだ。あの人の力を借りれないのは残念だわ」

「たしかにすごく助かったんだろうね。まあ、用事があるなら仕方ないよ」

「そうね。アドバイスもらえただけでもラッキーと思うことにしとこう」

「なんとかなりそう?」

「難しい。言われたことには納得いったから、なんとかなるとは思うのよ」


 平太が送ったアドバイスはもっと大雑把になれというものだった。それを言われたブラシュはなにを言っているのかと思ったが、理由を聞いて一応の納得はできたのだ。

 ブラシュの能力は置き目というものなのだが、これが普段からブラシュに影響を与えているというのが平太の言葉だった。

 置き目というのは能力版監視カメラというのか、視点を自分を中心に一キロ先までなら好きなところに一定時間いくつか置くことができる。ゆえに人よりも入ってくる視覚情報量が多い。それを受け止めるために、ブラシュは自然と普段から様々なものに注意を払うようになっていた。これが注意散漫に繋がり、多くのミスを引き起こしていたのだ。

 だから平太はもっと大雑把になって、あちこちから入ってくる情報をスルーできるようになれとアドバイスを送った。ブラシュの感覚ならば大雑把になってようやく人並みの注意力だろうと。

 ちなみにこのアドバイスは修練所にいた小神カレルの知識を再現してのものなので、素人の助言ではない。


「がんばれとしか言えないなぁ」

「私ががんばるしかないからね。帰ってきたらまた一緒に狩りをお願い」


 現状この二人は仲間というよりは依頼者と請負人という関係だ。互いの強さが釣り合っていないし、強くなることを第一として考え付き合ってもらっているので、一緒に狩りをしているというよりは鍛錬に付き添ってもらっているという感覚だった。

 ブラシュの問題点が改善すれば実力差は縮む。それまでは関係はこのままだろう。


「じゃあ、もう行くよ」

「気を付けて」


 ブラシュに見送られて宗樹は町からでる。そのまま北へ。気配を察するのはまだ甘く、何度か魔物の接近に気付かなかったが怪我するようなことはなく神殿に戻る。

 神官たちにお帰りなさいと出迎えられ、ほっとしながら荷物を自室に置いて、お土産のクッキーや飴を調理場にいる者たちに渡す。

 

「ただいま帰りました」


 仕事をしているハーネリーに声をかける。

 ハーネリーは書類作業を止めて宗樹に笑みを返す。親が子に向けるような慈愛のこもった笑みで、宗樹はちょっとした照れと嬉しさが心にあふれる。


「おかえりなさい。よければ町でどう過ごしたのか聞かせてくれる?」


 向き合って座り、宗樹が話すことにハーネリーは相槌を返していく。

 悪い出会い、心傷つける経験をしてこなったことを改めて宗樹の口から聞けて、ハーネリーはほっとしていた。


「それで明日はここで過ごして、明後日にまた町に行こうと思うんです。ブラシュとの約束があるから」

「いいと思うわよ。悪さをするのではなく、人助けをするのだから私たちは喜んで送り出します」

「ありがとうございます。そういえば平太さんがいないことを聞きませんでしたね」

「彼があなたの様子を報告にきたとき、今後の予定も聞きましたから」

「あの人のそんなこともしてたんですか」

「それも仕事のうちということらしいですよ」


 品評会関連のついでのような感じだったが、そういうことにしておいた。


「あの人の用事はどんなことか聞いてます? どこか大事でも起こっているのかと少し心配だったんです」

「うーん、詳しいことは聞いてないの」


 品評会の件について動くことは秘めておいた方がいいだろうと、詳しく聞いていないと答える。


「でもどこかで多くの犠牲が発生するような事件とは言っていませんでしたね。私用なのでしょう」

「そっか」


 一安心だと胸を撫で下ろす。

 ハーネリーの仕事の邪魔をしないようにと宗樹は部屋を出て、神官たちの仕事を手伝う。

 心穏やかになれる時間を過ごした宗樹はまたカーザナルへと出発する。いってらっしゃいと多くの声が見送ってくれることに嬉しさを感じた。

 町に戻った宗樹は、午前中に終わる簡単な仕事を受けて、午後からはブラシュと狩りに出るという生活を六日続けて、また三日ほど神殿に戻る。

 それをもう一巡繰り返し、町に戻ってきた次の日の午後。カンテン堂に向かった宗樹は店の前に平太と見知らぬ誰かと顔見知りの店員がいるのを見つけた。


「お久しぶりです、平太さん」

「やあ、元気そうだね」

「こっちに戻ってきたんですね」

「うん。用事が終わったからね。その仕上げにここに用事があったんだ」

「アキヤマ殿、こちらの少年は?」


 育ちのよさそうな青年が宗樹に視線を向けて尋ねる。


「ここの娘さんと一緒に狩りをしている少年がいると話したろう? その少年が彼だよ」

「ああ」


 納得したように頷き、笑みを浮かべて一礼した。それに宗樹も礼を返す。


「店の前であれですから、中へどうぞ」


 挨拶が終わったと見た店員が三人を中へ誘う。

 応接室に通されて、すぐにブラシュとその父親が入ってくる。


「品評会について話があるとか。詳しく聞かせていただきたい」


 部屋に入ってくるなり父親がそう口にする。

 宗樹は驚いたように平太と青年を見る。用事が品評会のことだったとは予想もしていなかったのだ。そして驚いているのはブラシュもだった。品評会のことで客が来ていると聞き、父と一緒に応接室に入ったら、平太がいたのが予想外だった。


「まずは座りましょう。悪い話ではありませんから」


 青年が椅子を勧め、ブラシュたちは座る。


「さて最初に謝らないとなりませんね。うちの主家が品評会に関わる悪事に加担し、皆様に迷惑をかけたこと真に申し訳ない」


 頭を下げた青年の言葉を補足するように平太が口を開く。


「彼は領主であるシテケルン家の分家筆頭マルガナル・シテケルン。王都に連行された元領主ゼード・シテケルンの代わりに迷惑をかけた各店へ謝罪と説明を行うため動いている方だ」

「領主が今回の主犯だったと?」


 父親が尋ね、顔を上げたマルガナルは首を横に振る。


「主犯はパッセイ・フィドムという男です。ゼードとは強い繋がりがあり、パッセイに繋がりのある鍛冶師を代表にするため協力していました」

「フィドムというのは大金持ちの家だと聞いたことありますな」


 父親の言葉をマルガナルは頷き肯定する。


「ええ、領主のいる町フォグムに腰を据えた国内有数の商人です」

「そいつと領主が繋がっていたか、そりゃ領主に訴えてもとりあってもらえないはずだ」

「領主に訴えるだけでも勇気がいったでしょう。それなのに訴えが握りつぶされることになってしまい申し訳ない」


 父親は首を振る。悪いのはゼードであって、マルガナルではないのだ。


「あなたからの謝罪はこれ以上必要ない。今後は邪魔など入らないと考えていいのだろうか」

「ええ、ゼードもパッセイも彼らに関わりのある鍛冶師も捕まりました。このことは領内に知らせ始めています。いまさら邪魔をしようと考える者はいないでしょう。あと確定情報ではありませんが、おそらくこうなるだろうという情報があります」

「それは?」

「品評会開催が半年延長されるということです。邪魔が入ったことにより、準備が遅れていますからね。その分の準備期間が必要だろうと」

「それは助かる」


 マルガナルは最後にと懐から小袋を取り出し、テーブルに置く。チャリと金属音が袋の中から聞こえてきた。


「こちら邪魔が入ったこととにより無駄になった費用の補填となります。すべてとはいきませんがお受け取りください」

「ありがたい」


 受け取る父親を見て宗樹は疑問を口に出す。


「全額補填ではないんですか?」

「通例に従ったのだろう。今回のような邪魔が入らずとも頼んだ品が届かないということはたまにあるんだ。そんなとき全額ではないが、ある程度の金が返ってくる」


 父親の説明に、マルガナルはその通りだと頷く。

 なるほどと納得した宗樹から父親はマルガナルに顔を向ける。


「こちらから聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」


 どうぞとマルガナルに返され、父親は続ける。


「どうして領主の悪巧みがばれたのだろうか」

「ああ、それですか。発端はあなたの娘さんとこちらのアキヤマ殿の出会いからですね。話を聞いた彼が調べてみようと動いたことで、今回の事態になりました」

「そんなこと一言も言ってなかった」


 思わずそう漏らす宗樹。


「今回の件でなにができるか考えてたろ。その邪魔をしないようにこっそりこそこそと動いたんだ」

「正直、領主や繋がりのある者たちの家に侵入し証拠を集めてまわるというのはこそこそという範疇に入るのか疑問なのですが」


 やや呆れたようにマルガナルが言う。王から派遣されてきた文官に聞いた話から、こそこそで確保できる証拠の量ではないと思えたのだ。


「本職がやらなくていい程度にはガードが甘かったしね。集めた証拠は知り合いを通して王族へ流して、騎士たちが動いてゼード以下数名を逮捕という流れ」

「俺がなにかしようとしたのは無駄?」

「なにかするにはなにもかも足りてなかったしな。でも無駄と言うつもりはない。問題解決の力になることはなかったけど、ブラシュの精神的フォローをしていたろ。今回の件の功労者を労わっていたと考えたらわりと仕事していたぞ」


 宗樹はなにか納得いかないという表情になる。


「おそらくなにもできなかったようでもやもやとしてるんだろ?」


 平太の問いかけに宗樹は頷いた。


「だったら次誰か困っている人がいたら助けられるよう強くなったり、人との縁を繋いで協力してもらえるように今から適度に頑張ればいいさ。誰だって最初からなんでもできたわけじゃない。その最初が君にとっての今だった。今後の成長次第によっては自分の力とそれまでに手にしたもので、誰かを助けられる。そうしたいと願い、焦ることなく頑張るならね。今回俺が解決に動けたのも、そうして得たものを使ったからだ」

「自身の今後次第か……うん、やろう。今度こそすっきりと終わりを迎えられるように」

「じゃあ早速狩りにでも行っといで、ブラシュと一緒に」

「私も?」

「今回宗樹君が君に協力したんだから、その恩返しに今後狩りに付き合うくらいしてやらないと。すべて終わったからあとは元の生活に戻りますってのはちょっと恩知らずじゃない?」


 違うお礼の仕方もあるんじゃないかと思いつつブラシュは宗樹と一緒に部屋を出ていった。


「んー強引だったか?」


 二人の気配が遠のいて平太は呟く。そうですねとマルガナルが頷き、どうしてと理由を聞く。


「せっかく宗樹君にできた仲間だし、このままお別れというのはちょっとね。もうしばらく、ほかに仲間ができて抜けても大丈夫になるまでは一緒にいてあげてほしかった」

「アキヤマ殿が一緒では駄目なんです?」

「俺はずっとは無理だね。地元での生活があるし、予定も入っている。今回一緒に行動したのは依頼されたから」

「地元はどこですか?」

「ウェナの南西部」

「遠い。そちらでの生活があるのに、ここにずっと滞在は難しいですね。さて少し話がそれましたが、これで品評会については終わりです。なにかほかに聞きたいことはありますか」


 父親は少し考えて、地方代表を決める日の詳細について聞いたり、ルール変更の有無を確認して質問を終える。

 ここでの説明を終えて、平太とマルガナルは次の説明先である村に向かうため町を出る。

 車を出して、乗り込み少し進むと遠目に宗樹たちの姿が見えた。


「がんばってますね」


 マルガナルが言い、平太は頷く。


「ですね。努力が実ることを祈ってますよ」

「そうなってくれると私も嬉しい。優秀なハンターはこの領地にとっても国にとってもありがたいですからね」


 今日頑張ろうと誓った宗樹は、それを果たすため努力を重ねていく。

 精力的に人を助けようと動く彼のそばには、ブラシュをはじめとして何人もの仲間が集まった。

 やがてこの国で五本指に入るハンターとして名を広める宗樹は、初心を貫いて誰かを助け続け、解決に伴う人々の明るい笑みを好んだことから「喜色」の二つ名を得ることになる。

 求められた勇者としての活躍に決して劣らぬ活躍が広まるのはもう少し先のことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう話大好きです。 宗樹よかったね…
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