63 宗樹の第一歩
十日ほどかけて私用を一通りすませた平太は再び招きの神殿に向かう。
洗濯物を干していた神官が転移に驚き、それに詫びを入れ挨拶するついでに、宗樹やハーネリーの居場所を聞く。宗樹は鍛錬しているということで、鍛錬に使われている広場に足を向ける。
そこでは十人ほどの神官に混ざって双剣を振るっている宗樹がいた。
集中している様子の宗樹の邪魔をする気はなく、平太は指導役らしき女神官に声をかける。
「おはようございます。彼の腕前はどんな感じですか?」
「おはようございます。勇者様ですか……ここらの魔物では苦戦もしないでしょう。強い魔物はいませんからね。対人戦は経験の差もありさすがにこちらの方が優勢ですが、すぐに追い抜かれると思います。私たちもすごく強いというわけではありませんし」
この神殿で暮らす者の生活はここと近くの町で終わっている。ここらの魔物も人間も強者と呼べる者は少なく、彼女たちもあまり強くなる必要がないのだ。駆け出しハンターがスタートするのに適した場所ということもあり、そういった者たちが集まる。
「一度自分がどれくらいやれるのか経験させたいところですね。今そこらへんは漠然とした感じですから、強さの目標というものが見えてないと思います。ほかには戦いの経験だけではなく、トラブル解決の依頼をなど受けてもらって対応力というものも自覚してもらいたい。こんな感じで神殿長とも話しています」
「そうですか。近々町に行ってみることを勧めようと考えてます?」
「はい。知識も与えらえるものは与えています。あとは実践あるのみですね」
ふんふんと頷く平太に、素振りを終えた宗樹が気づく。
「あ、来てたんですね」
「おはよう。元気そうでなによりだ」
「うん。ここでの暮らしに不自由はしてないし、皆親切だ。過ごしやすいところだよ」
「そりゃよかった」
自然な笑みを浮かべた宗樹を見て言葉に嘘はないと思う。生き急ぐように鍛える可能性を感じていただけに、穏やかに暮らせていることを安堵する。
「ちょっと頼みがあるんだけどいい?」
「どんな頼みか話してみて」
「俺は魔王討伐に呼ばれたと聞きました。だったらどれくらいの実力を持っていなければいけなかったのか、それがちょっと気になった。だから実際に戦ったあなたと手合せしてみたいと思いまして」
「ふむ……いいよ。ただし真剣はなし、木剣で。あとは強さを測っても急いで強くなろうとしないこと。俺は二三年ほど先に鍛錬を始めてる。だから差があるのは当たり前。急いで強くなる理由もないしね」
提案された条件に宗樹は頷く。
平太は木製の剣と盾を借りて、宗樹から五メートル離れた位置に立つ。
宗樹と平太の間に神官が立ち、模擬戦の開始を告げる。
平太は剣と盾をだらりと下げて、宗樹の動きを見る。宗樹はそれを見て待ちの態勢と判断し、自身から動く。
「せいっ」
宗樹は試しにと右の剣を先に、そのすぐあとに左の剣をという上段からの二連撃を放つ。それを横に掲げた木剣で受け止められ、空いた胴に軽く盾を当てられる。
「こっちに来て筋力上がったのに片手で止められるとか」
「単純に俺の方が筋力が上だからね」
宗樹は生半可な力押しは無理だと下がって距離をとり、前かがみになり足に力を込めて突進する。ある程度近づくと少し跳ねて、速度と自重を持っての上段からの同時振り降ろしを叩きつける。
「よっと」
それすらも軽い口調で、同じように木剣で受け止められる。
宗樹にとっては同じに感じられたが、違いはある。最初の攻撃は棒立ちから腕一本で防いで、二度目は勢いに耐える体勢になっていた。
「これだけでも差が感じられましたけど、まだまだいきます」
「遠慮せずにどんどん打ち込んできていいよ」
自身が指導する立場になっていることに平太は少しばかり可笑しさがあった。これまでは自身よりも上の者に相手してもらうことばかりで、こうして誰かに指導する立場になるとは思ってもなかった。
平太に浮かんだ笑みを余裕の表情と宗樹は受け取り、攻めていく。力押しは無駄だと速度と手数でいく方針に変える。
「だっららららららぁっ!」
近距離からの乱舞。縦横斜めと息を止めて歯を食いしばっての連撃。実戦でも出さなかった全力をここで出す。
ガガガガガッと木と木がぶつかる音が周囲に響く。
音が示すように宗樹の剣はすべて、平太の剣と盾に防がれていた。
宗樹が今出せる最高速度も平太からすればまだまだだ。アロンドたちの攻撃の方がまだ速い。何度も鍛錬に付き合い、それに見慣れた平太が未熟な宗樹の剣を受ける道理はない。
いつまでも息を止めていられるわけはなく、空気を求めて口を開き、動きが鈍った隙を突いて平太の剣が宗樹の頭にコンッと当てられた。
呼吸を荒げた宗樹は下がり、深呼吸して少しでも体力回復に努める。そしてこれで最後だと賦活を自身に使う。
呼吸を整え、活力も満ちた。右の剣を平太に向ける宗樹。
「今出せる最高の攻撃を!」
「こい!」
駆け出した宗樹は先ほどは違い跳ねることなく、左右の腕を体の前でクロスさせる。平太が間近に迫ると、腕を振り剣を交差させつつの同時攻撃を繰り出す。
対する平太は剣を真上から振り降ろして、交差に合わせてぶつける。
ガンッと大きな音を立てて両者が止まる。互いに力を込めて、宗樹が劣勢だった。数秒そうして宗樹が力を抜き、平太もすぐに力を抜く。
「今の俺自身を軽くあしらえないといけない程度には強くならないと魔王に立ち向かえないんだな」
なるほどと宗樹は頷く。その宗樹に平太は追加情報を渡す。
「言っておくと俺はサポート側で、メインアタッカーはほかにいたからね?」
「……それだけ強くてサポートですか?」
意表を突かれたと宗樹は目を見開く。
「俺の強さは努力して得たもので、凡人が到達できるもの。才ある者が努力して得たものはこんなものじゃないよ。君も時間をかければ俺と同じところなら到達できる」
「到達できるのか。強さってのは求めると際限ないんだな」
「一度俺の知る限りで一番強い人間の動きとか見てみる?」
「見れるなら見たいですけど、できるんですか?」
「俺の能力はそういうものだから」
お願いしますと言ってくる宗樹に、少し離れるように言って、平太はアロンドの肉体と技術を再現する。さらにアロンドの愛用していた剣も再現する。
「武器を作り出す能力? その持ち主の技術を使えるって感じかな」
「考えるのはあとにして、まずは見ているといい。俺には到達無理な天賦の剣、見逃すともったいないよ」
そう言って平太は意識を剣舞に集中する。
張りつめた雰囲気が放たれて、宗樹だけではなく、見物していた神官たちもぞくりと背筋が凍るものを感じた。
平太が動きだし、皆その動作に見惚れる。一つの動作を見ても自分たちとはまったく違う。重心の保持安定性、動作と斬撃のキレ、体中へ向ける意識の度合い、次の動作への流れ、どれを見ても一級品だった。
自分たちのような発展途上の者ではなく、鍛錬を積んだ強い者がお金を払ってでも見たがるような剣舞が披露されていく。力強くあり美しい、苛烈であり流麗であるものが皆の心に刻まれていった。
十分があっという間に感じる剣舞が終わり、自然と拍手が起こる。
それに平太は一礼して応え、再現を切る。
「これが俺の知る一番だ。もっと強い人もいるんだろうけど、見たことないから俺が使うのは無理」
「すごかった。ただそれがだけに尽きる。こう言っちゃ悪いんでしょうけど、模擬戦したあなたが格下に感じました」
決して褒められてはいないが、平太は怒ることなく頷く。その評価は当然だった、自分でさえそう思っているのだから。
「あれが英雄と呼ばれた人間の強さ。その一端しか見せれてないけど、強いのはわかったろ。そしてあの強さがあったとしても一人では魔王には勝てなかった」
「英雄というのは二種類ありますよね? なにか偉業をなした人。勇者が召喚される前に魔王と戦っていた人」
あの剣舞は前者のものだろうとは思いつつも、指導役は疑問に思ったことを聞かずにいられなかった。あの剣舞が誰ものか知りたかったのだ。
「俺が言う英雄は後者。俺は色々あって過去に移動したことがあります。そこは魔王が暴れている時代で、そのときに活躍した英雄たちと行動を共にし、魔王と戦ったのです」
「そんなことがあり得るんでしょうか」
「それには始源の神が関わっていますからね。あの神ならば人を過去に移動させることは可能」
「ああ、たしかに始源の神が関わっているなら納得できます」
始源の神の名を出しただけで神官たちはあっさりと納得した。それを見ていた宗樹はそんなもんなんだと感心する。
「英雄の名前はなんと言うのででしょうか」
「アロンド・カータン。千年以上前に存在した俺たちのリーダーにして父思いの剣士」
「父思いって部分いる?」
思わず宗樹が聞く。
「強くなった原動力の一つだからね。言っておこうかなって」
「あそこまでになった原動力」
「うん。魔王を倒して世界を平和にしようってだけじゃなくて、自身の欲というのかな? 望みも持って叶えるため強くなった。ほかにも自身の幸せを求めたとか家族たちの仇討とか自身の名前を世界に刻みたいといった望みを持った人たちもいたよ」
「純粋に世界平和を望んだ人はいなかったんですか?」
「いたかもしれないけど、一つ二つ欲を持っていた方が頑張れるもんだと思うよ。世界平和だけで心満たされるってのは無欲すぎる。もっと執着心が必要。俺だって世界平和よりもこの時代に帰ってくるために頑張ったんだしさ。そういった心に確固たるものを持ってないと魔王の恐怖に打ち勝つのは難しいんじゃないかな」
これは自論で神や他の人はまた違うことを言うのではと最後に付け加えた。
「最初はただ強くなることだけを考えていてもいいと思うよ。でもいつか強くなったそれをどう使いたいのか考えるときがくるかもね」
今考えて答えを出せることではないと宗樹は小さく頭を振って考えるのをやめた。かわりに気になったことを聞く。
「平太さんの能力ってなんなんですか?」
「俺のは再現って言うんだよ」
効果を説明されて、その汎用性を羨ましがる宗樹。
その一方で、一緒に聞いてた神官たちは世界有数で有名な能力に言葉もなく驚いていた。そんな反応に気付いた宗樹が不思議そうにしている。
「なんで皆そんなに驚いてんの?」
「世に一度だけでた能力で、フォルウント家という名家を興した人も再現使いだったんですよ……ん? あれ?」
言いながら指導役はこれまでの話を思い出す。過去に移動し、魔王と戦った再現使い。そんな人物なら有名になってもおかしくない。しかし指導役たちが知っていた再現使いはフォルウント家の一人のみ。ということはその一人がと思いつつ平太を見る。
「もしかしてフォルウント家の?」
「ええ、あそこを復興させた一人ですね。復興が形になったあとは車とかを開発発売の手助けをしました」
平太の肯定に指導役たちは再び声もなく驚き固まる。
「そんなに驚くこと、なのか?」
「らしいよ。俺自身も聞かされて驚いた側だけど。当時を生きていたときは有名になることとか考えずにやれることをやっていただけだし」
「そうなんだ。死して評価されたとかそんな感じなのかな」
「たぶん?」
今の平太は正確には当時を生きて死んだ平太とは違うため、推測でしか答えられない。
いまだ驚いている者たちをよそに、宗樹に当時のことを聞かれ、それについて答えていくうちにハーネリーが顔を見せる。
「あら、いらしていたのですね」
「おはようございます」
「はい。おはようございます。ところであの子たちの様子がおかしいのですけど」
さすがに驚き固まる状態からは戻っていたが、どう接すればいいのかわからず戸惑ったままだった。
「平太さんが再現使いだとかフォルウント家うんぬんって話したら、ああなりました」
「再現使い!?」
ハーネリーも驚きをあらわにするが、深呼吸してすぐに落ち着きを取り戻す。一組織のトップというだけあって、そこらの心情操作はお手の物なのだろう。
「そ、そうでしたか。驚くのも無理はありませんね。有名な能力ですから」
「そんなに有名なんです?」
「フォルウント家というのは名家なのですが、その権力は各国の王に準ずるものを持っています。今あるどの国よりも長い歴史を持ち、安定した統治を行い、主力の車販売はその勢いを衰えさせることなく長く続いています。そのような家を作り上げたのが再現使いなのだと伝わっているのですよ。再現使いがいれば、自国も発展させられると考えた人は少なくありません」
「俺一人の力じゃ無理でしたよ。あの村を復興させようと考えたサフリャという女性。彼女を手伝い働いた人々の力もあって、フォルウントの村は大きくなっていったんです」
見てきたように言う平太に、ハーネリーは首を傾げ、宗樹が理由を話す。
再度驚いたハーネリーは神官たちの様子に納得した。偉人と伝わる人が目の前に突然現れたらどうしたらいいのかわからないだろうと。
「あなたには驚かされてばかりですね。ええと接し方を改めた方がよろしいですか?」
それを望んではいないだろうと理解しながらも問う。どうしてそう聞いたか? 問いかけ、そうではないと口に出してもらうことで、周囲の者たちにもはっきりと理解してもらうためだ。
案の定平太から否定の言葉がでる。どう対応すればいいかわかったことに周囲からほっとしたような雰囲気が生まれた。
狙いが成功したことにハーネリーは小さく頷く。
「では今までどおりで……そうですね、ちょうどいいので少し頼みたいことがあるのですが」
「なんでしょ」
「近々ソウキ君を町に向かわせようと思っていました。それに同行してフォローを頼みたいのですが。もちろん依頼として処理して報酬はお渡しします」
「それ一度くらいなら大丈夫ですよ。何度もというのはこちらにも予定があるので無理ですが」
「ありがとうございます。いつから大丈夫でしょうか?」
「今日からでも」
その返答にハーネリーは頷き、宗樹に顔を向ける。
「ソウキ君は今日からでも大丈夫かしら」
「あ、えと……ここを追い出される?」
不安そうな表情の宗樹にハーネリーは首を横に振る。
「違うわ。ここにいたいのならいてもいいのだけど、ここしか知らないというのはもったいない。まだ若いのだから色々なものを見て、世界を広げてはと思って町に行ってもらおうと神官たちと話したの。町での経験をへて、ここにいたいと思ったらいつでも戻ってきていい。とりあえず一度行ってみて、なにかしらの仕事を一つこなしてみることを勧めるわ」
「そういうことなら行ってみます」
嫌われているわけではないとわかり、安堵した表情で頷く。
宗樹は準備をするため部屋に戻る。
平太もここから町までどれくらいの距離なのか、どういった魔物がでるかといったことを聞き、準備のため家に戻る。
平太がいなくなり、ハーネリーは大きく溜息を吐く。表面上は平静を保っていたが緊張していたのだ。神の代理に魔王討伐に過去移動とどめの再現使い、ハーネリーとしてもキャパシティーを超える話だった。
出発を昼にしていた平太と宗樹はそれぞれ昼食を食べてから神殿を出る。
宗樹は譲り受けた革鎧と腕防具とロングブーツ、腰の両側にショートソードを佩き、背に荷物をいれたリュックという格好だ。平太は首元にマントを巻き付け、腰に使い慣れた剣、マントの下に小さめのリュックという軽装だ。
目指すは森の南にあるカーザナルという町だ。ゆっくりと進んでも、夕方前には到着するとハーネリーたちから聞いていた。
訓練で暴れた宗樹がいるので魔物は警戒して近寄ってこず、戦闘なく森を抜ける。
森の外はなだらかな勾配のある平原で、青々とした草が風に揺れている。注意深く見れば魔物の姿も見え隠れしていた。
足を止めて周囲を見ていた宗樹は、これが世界に踏み出す第一歩だと期待と不安を胸に抱き、平原に足を踏み入れる。
その様子を平太はえらく慎重に進むなと思い見ていた。エラメルトで初めて草原に進むときの自分も似たようなものだったと忘れていた。
今回は宗樹の旅なので、急かすことなくそちらにあわせて平太も進む。
三度ほど魔物に襲われたが、平太が接近を知らせて、宗樹が倒すという流れで問題なく対処できた。魔物の強さは聞いていたように強いものはおらず、また宗樹もハンターとして動き出したばかりの頃の平太よりも強いのでかすり傷を負うくらいでどうにかなった。
体感時間と太陽の傾きでおそらく十六時前といった頃、二人は丘の上から町を見る。
「あれがしばらく滞在するところなんだな」
「いい人がいるといいね。今後ともにハンターとして働く仲間がいればさらによしってところか」
「そうですね。ほんとにいい人がいればいいなぁ」
どういった時間を過ごすことになるのかと思いつつ宗樹は町を目指して歩き出す。
町に入った二人は露店でジュースを買い、店主に肉買い取り所やお勧めの宿について聞く。コップを返し、最初に狩ったものを売るため肉買い取り所へ向かう。
処理された魔物を売り、そこにどのような仕事があるか依頼書を見ていく。
「ゲームにでてくるような依頼もちらほらと」
行商人護衛や採取といった内容の依頼書を眺めて宗樹が言う。
「護衛はまだやらない方がいいだろうね。護衛に関した知識が足りないだろうし」
「どんなことが向いていると思います?」
「様々なことを経験することが目的だから、畑警備や町巡回補佐や外壁修理補佐で人々の暮らしぶりを見るとかどう」
「それハンターの仕事?」
「駆け出しは狩りだけで生活していくのは厳しいし、そういったこともやるんだよ。俺は事情が事情だったから狩りを中心でやってきたけどね」
宿賃に困っておらず、ハンター業は一時的なもので今後の仕事としていく気はなかった平太にとって、ハンターとしての経験を積む必要はなかったのだ。
今はハンターとしてやっていく気はあるが、これまで読み取った人々の記憶からハンターとしてのあれこれは知っているので、いまさら経験を積む必要もない。今の平太ならば危険な狩場に行って帰ってこれるので、それだけでハンターとしてやっていけるのだ。
しかも完全再現で、過去アロンドたちと戦った魔物を出すだけで一ヶ月分の生活費を楽に稼ぐことが可能なため、ハンターをやらなくてもいい。ミナにニート一歩手前の姿を見せる気はないのでそれはやらないが。いやミナにしたら平太が常に家にいるのは嬉しいことなのかもしれない。
「そんなに厳しいんですか?」
「俺や宗樹君と違って、なにかも自分で準備するのが普通だからね。最初は武具をそろえるため生活費を節約してお金を貯めて、武具がある程度そろったら狩りをしてって感じらしい。狩りのやり方も自分で覚えていくか、運良く先輩に教わる。俺も最初の狩りのやり方は、先輩の世話になったよ」
シューラビを狩るのに四苦八苦していたことを思い出し、平太は懐かしく思う。
「俺は恵まれている方なんですね」
「だね。ハンターとして成長したら、その幸運を駆け出しに少しでもわけてあげるといい。基本的な知識でもありがたいし」
「そうしようと思います」
頷く宗樹に、平太はどんな仕事をやるか決めたか聞く。
宗樹は町巡回補佐の仕事を指差す。
「どうしてそれを選んだのか聞いてもいい?」
「壁修理よりは人々の暮らしぶりが見れると思ったからですね」
なるほどと頷く平太に促され、宗樹は職員に依頼受理を頼みに行く。
「はい、巡回補佐ですね。明日からで大丈夫ですか?」
頷く宗樹を見たあと、職員は平太に視線を向ける。
「そちらの方もご一緒ですか?」
「……そうですね。一緒に受けます」
「いらない説明かもしれませんが、強いからと報酬が上がることはありません。よろしいでしょうか」
平太がここらに適した実力を超えていることを見てとり、職員は注意事項として説明する。それに平太は頷く。
平太と宗樹の名前を聞き、書類に書き込んで職員はそれを宗樹に渡す。
「では明日から十日間の巡回警備受理しました。明日の朝、二つ目の鐘が鳴ったあとくらいに警備詰所へと向かってください。場所は町の東入口そばにあります」
書類をもらい肉買い取り所を出た二人は、教えてもらった宿へ向かう。
山の頂と書かれた看板の出ている宿で、個室二部屋をとってそれぞれ荷物を置く。とりあえず町の中を散歩してみようと話しており、すぐにロビーに集合し外に出た。
日は傾き、町を夕焼け色の染め始めている。そろそろ仕事を終えた人が多くなっていて、帰路へと着く人たちの姿が見える。
夕食が楽しみだと母親に聞く子供、どこに飲みに行こうかと話す男たち、夕食のメニューに悩む主婦、仕事を終えて疲れた様子の若者などなど様々な人たちがいる。
「こうして見ると、俺のいた世界と人間の暮らしぶりに違いはありませんね」
「俺のところともだよ。世界は違っても人は人なんだろうさ」
のんびりと歩きながら二人は初めて来た町を見物していく。ついでによさげな食堂も探す。夕食は外で食べてくると伝えてあるので宿では準備されていない。
自分の目で警備詰所を確かめておこうと東に歩を向けて進み、確認を終えると住宅街という南ではなく、北回りで進む。
肉を食べたいという宗樹の意見で、ハンバーグがメニューに出ている食堂に入り、特別メニューだという煮込みハンバーグを頼む。
人参キノコタマネギとともに煮込まれたハンバーグがデンッとそれぞれの前に置かれる。
さっそく宗樹がナイフをハンバーグに入れ、あふれだした肉汁とソースが混ざる。それをハンバーグにかけて口に運ぶ。ちょうどよい塩梅に煮込まれたハンバーグは固くなっておらず、柔らかく解けた肉とソースが口の中に広がった。
美味いと口にせずとも表情を見ただけでわかる。
平太も切り分けたハンバーグを口に運び。頷いて食べ進める。
一緒に出されたパンにソースをつけて食べても美味しく、満足できた夕食だった。
軽い腹ごなしに日暮れ直後の町を散歩し、遠回りに宿に戻る。
西入口を見てから大通りを歩いて宿に戻ろうとしたとき、二人はよろよろと歩く革鎧の人物を見る。何かに躓いたかこけたところで、宗樹が心配そうに近づいていく。その後ろを平太が歩く。
「大丈夫?」
宗樹に声をかけられ顔を上げた人物は、宗樹より少し年上に見える女だった。体中を土で汚し、かすり傷などもあちこちにある。
「なにか強い魔物と戦った?」
手を貸し立ち上がらせながら宗樹は聞く。
「ありがとう。強い魔物はいなかったよ。私にとっては強敵だったけど」
「ここらの魔物と戦ってそうなったの?」
「ええ、情けないかぎりだわ。話に聞くかぎりじゃ、ここらは駆け出し向けなのにね」
「最初は誰だってそんなもんじゃない? 俺も最初は駆け出し向けの狩場でラフドッグっていう弱い魔物に殺されかけたよ」
そう言う平太に宗樹は驚く。あれだけ強い平太が弱いが殺されかけたという話がいまいち信じられなかった。
「その表情は信じてないな? 俺だって最初は苦労したんだぞ。一般的な成人よりも弱かったし、魔導核の成長が不十分で能力も使えなかった」
「能力も使えなかったとは、苦労なさったのでしょうね」
今の自分よりもひどい状態の人がいるとは女も思いもしなかったのか同情的な視線を向ける。
「そこを乗り越えたらあとは順調だったから、最初だけに目を瞑ればあとは羨ましがられると思うよ」
ロナやグラースという頼れる仲間もいた。苦労したのは最初とシャドーフに襲われた頃くらいだろう。
「私は順調にいける気がしないですね」
溜息を吐きつつ言う。駆け出しの狩場でこんなでは、先が思いやられた。
「仲間とかいないの? フォローしあえたらましになると思うけど」
「いたんですけど足手まといということですぐに追い出されて」
「そりゃ大変だ。ハンターを止めるってことは考えなかった?」
それを聞いていいものかと平太は思ったが、駄目なら答えないだろうと思い聞く。
女は思わずといった様子で平太を睨むように見て言う。
「強くなる必要があるんですっ。強くなるにはハンターとして活動するのが一番の近道だからっ」
「ああ、否定しているように聞こえたか、ごめんね」
「あ、いえ、こちらこそ」
「理由は聞いてもいい?」
強くなるという意味をまだ得られていない宗樹は理由が気になる。
「立派な理由じゃないよ? それでもいいのなら」
宗樹の顔を見て、聞きたいという意思を感じ取った女は話し出す。




