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62 宗樹の今後

「恥ずかしいところを見せました」

「気持ちを吐き出すことも大事だと思いますよ」


 ハーネリーに微笑まれて、宗樹は照れくさそうに視線をそらす。慈愛あふれる母親とはこういう存在なのかもしれない、そんなことを思う。

 宗樹は平太に顔を向けて疑問を聞く。


「滞在したい、そう思ってるんですけど、神々は反対しないでしょうか」

「異世界の人間が留まることをどうこうは言わないと思う。少なくともそう決めたとき、俺は言われなかった」


 なにか問題あるならばエラメーラがなにか言ってくるはずなのだ。


「直接神に質問してみるといい。この国にも小神はいるだろうし」

「能力を使えるようにするため、神様がここに来るって話だったけど」


 来ないのだろうかと宗樹は聞く。


「最初に言ったように自由に動ける神は忙しいからね。今すぐ祝福をもらいたいなら、三ヶ所、神のいるところに転移で連れていけるよ。転移について説明いる?」

「いえ、わかります」


 宗樹は連れて行ってもらうのはありなのだろうかとハーネリーに聞いてみる。


「あり、だと思います。この世界で生きていくなら能力はあった方が便利ですし、使いこなすためにも早くに獲得しておいた方がいいはずです。アキヤマ様、三ヶ所とはどこですか?」

「一つは俺の住んでいる町。もう一つは俺のいる国の首都。最後に神々の島」

「……最後は行って大丈夫なのですか?」


 人間が足を踏み入れていい場所なのか、ハーネリーには判断つかない。


「住むつもりじゃなく、短時間行くだけなら大丈夫じゃないですかね? いつでも来ていいと言われてますし」

「それは誰でも来ていいと言っているのではなく、あなただけに言ったのでは? 私としては神々の島はなしで願いたいところです」

「ハーネリーさんがそう言うなら、俺は前二つのどちらかにしようかなと思う……町でいいかな。まずはそこそこの広さの場所を見てみたい」

「それがいいと思います。能力をもらい向こうで活動することになるのでしょうか?」


 ハーネリーの問いかけにどうなんだろうと宗樹は平太に視線で問う。


「え? 俺に聞かれても。宗樹君がどうしたいかじゃない? 俺はとりあえず町を簡単に案内して能力をもらってここに戻ってくるつもりだったけど」

「俺が決めていいのか……だったらもうしばらくはここで過ごしたいと思う。ここの人たちと会ったばかりだし、交流したい。それが新たななにかを得る一歩になると思う。それにハンターで行こうと思ってるから、ここらの弱い魔物で戦闘訓練もしたいし」


 世話になってもいいだろうかと宗樹はハーネリーに尋ね、ハーネリーは微笑み頷く。勇者としてではなく、子供である宗樹をまだまだ見守っていきたいと思うのだ。

 早速転移することになり、ハーネリーは生活に必要な小物などを買うお金を宗樹に渡す。


「いいんですか? 俺は勇者じゃなくてただの一人の人間ですけど」

「大丈夫ですよ。このお金は先代勇者たちが困った人のためと残したものですから。後輩であるあなたが使うことに文句などでないでしょう」

「ありがたく受け取らせていただきます」

「いってらっしゃいませ」


 ハーネリーに見送らて、一行は招きの神殿から消える。

 食器をひとまとめにして洗い場に持っていったハーネリーは、片付けを頼み執務室に向かう。宗樹が帰ってくるまで今回の件についてを国に報告するため書類作りを始める。


 エラメルトの入口に転移し、宗樹はそこから周囲を見る。自身の住んでいた場所とは違う景色に改めて異世界を感じた。

 宗樹がじっと見ている間に、平太はミナとグラースを家に帰す。ついでに昼は外で食べると伝言をしてもらう。

 グラースに乗ったミナが雑踏に消えて、平太は宗樹に声をかける。


「行こう。神殿まで少し歩くよ」

「うん。あれ? あの女の子と大きな狼は」

「帰した」

「あんな小さい子を一人で歩かせて大丈夫なんですか?」

「グラースが一緒だから。グラースはそこらのチンピラや魔物をものとはしないし」


 歩き出した平太についていき、宗樹は町に足を踏み入れる。

 これが異世界の生活風景かと、宗樹があちこちを見回しながら歩くためペースは遅い。

 珍しく思う気持ちはわかるので平太もそのペースに合わせる。


「宗樹君のところの文化水準や生活様式はどんな感じだったんだい。俺のところは電気というものが生活を支えていたよ。それを使っていろいろなものが動いていた」

「俺のところもです。テレビ、電話、電車、守護柱などなど。いろいろなものに電気は使われました」


 聞きなれた単語の中に一つだけ初めて聞く単語があった。


「もしかして俺の出身世界と同じかと思ったけど、聞いたことのないものが出てきたな。守護柱ってなにかな?」

「守護柱は町にあちこちに立つもので、たちの悪い幽霊とか妖怪とかを町に近づけさせないものです」

「そっちは幽霊とか実在するんだな。俺のところはいるとは言われてたけど、実在するとは断言できなかったよ。見えない人がほとんどだった」

「そうなんですね。俺のところは誰でも幽霊を見ることができた」


 宗樹の世界は、当たり前のようにいる幽霊や妖怪に対応する職が存在する。誰でもなれるわけではなく、ある程度の素質が必要となるが、そのような職はプロスポーツを見れば珍しくもないだろう。


「神も身近だった? 俺はこの世界に来て初めて神を身近に感じたけど」

「身近というわけでは。世界各地の王家といった国のトップに神託を下すことがあると聞いたことありますね」

「そういったことも俺のところはなかったよ。俺が知らなかっただけかもしれないけどね。表向きは神も幽霊も遠い存在だった」

「完全に人間主導の世界ですか……止めどころを間違えてやりすぎることもあったんでしょうね」

「心当たりはあるな。ああ、見えてきた。あそこがエラメーラ様のいる神殿だ」


 話しているうちに、遠目に神殿が見えてきた。

 神殿に到着し、まっすぐエラメーラの部屋を目指す。どんどん奥まったところに入ることに宗樹はいいのだろうかと疑問を抱くが、平太の足が止まらないのでついていくしかない。

 そうして一つの扉の前で止まる。


「ここがエラメーラ様の部屋。たぶんここにいると思うよ。いなかったら庭に出てるかな」


 平太はノックして入りますと声をかけて、扉を開ける。

 返事を待たないのかと思いつつ宗樹も一緒に入る。

 

「いらっしゃい。そちらは召喚された子なのね?」

「はい。シャダクラ・宗樹というそうです」


 微笑んでいるエラメーラに視線を向けられて、宗樹は背筋を伸ばし一礼する。


「初めまして、私はエラメーラ。ここエラメルトに腰を据えた小神。歓迎するわ」

「ありがとうございますっ。本日はお世話になりますっ」

「お世話? ヘイタ、彼をどうして連れてきたの?」


 エラメーラとしては、勇者はこういう人物だと紹介するために連れてきたのだと思っていた。


「祝福をいただけたらと思いまして」

「魔王はもういないから能力は必要としないはずだけど、もしかしてこの世界にとどまるのかしら」


 小首を傾げて言うエラメーラ。

 そんなエラメーラを見て、宗樹は一抹の不安を抱く。安住の地とすることを拒否されるかもと思った。


「はい。あの、召喚された者は帰らないと駄目なんでしょうか?」

「いえ、そんなことはないわよ。ただヘイタはすごく帰りたがったし、勇者たちも帰った。同じようにこちらに来たあなたも帰りたいのではと思っただけ。こちらの世界で生きていくことを私もほかの神も否定しません」


 その言葉に安堵して宗樹は礼を言う。


「それで祝福だったわね……ヘイタ」

「はい?」

「あなたがやってみてくれないかしら。最初に祝福を受けたときのことを覚えているならできるはずだけど。失敗したら私がやるからやってみるだけやってみて」

「わかりました」


 なにが狙いで頼んできているのか少しだけ疑問に思いつつ、平太は召喚初日のことを思い出し再現を使う。

 かつてエラメーラの手から放たれた光の粒と同じものが部屋に降り注ぐ。

 それを見て平太は懐かしそうにして、宗樹は自身の中に生じたものに集中し、エラメーラはどこか納得したという面持ちになる。

 こちらに来て、地球へ帰るまでの平太ならば不完全に発動したであろう神の業。それが完全に再現されていた。


(可能かもとは思ったけど、実際に成功している。確定したわね、ヘイタの魂の格はギリギリだけど神に届いている)


 条件は揃ったのだなと、エラメーラは覚悟を決める。求められていることを行うことにまだ恥ずかしさはあるが、これも世界のため。そのときが来れば受け入れようと思う。


(私はそういったことをしないと思ってたんけどね)


 長く生きているとやはり予想外のことは起こるものだと小さく笑みを浮かべた。


「エラメーラ様、なにかおかしな部分ありました? 成功したと思うんですけど」

「ん? ああ、失敗を笑ったわけではないの。あなたがここに来たときのことを思い出して、ここまで成長したことに感慨深いものがね」

「最初は能力の発動すらできませんでしたからねぇ」

「ええ、ほんとに立派になった」


 エラメーラは頷いたあと、宗樹に顔を向ける。


「生じた能力を教えてもらえるかしら? 名前はわかるはずよ」

「賦活です。効果としては強化になるのかな。誰か一人を対象に使うことができるようです」


 宗樹から詳細を聞いて、エラメーラはどのようなものか記憶を探る。


「たしか単純な強化とは少し違うものなのよね。強化は身体能力を上げるのに対し、賦活は精神的な部分も強化される。その分、肉体強化倍率は下がるのだけど。復活した魔王は死者に関した能力だから、生者を心身ともに強化する能力が生まれたといったところかしら」


 平太たちが戦った角族は死者の魂を操っていたので、鎮魂に関した能力を得るかもとエラメーラは考えていた。実際には封じた魔王に対する能力で、これは魂を使う方が倒されたためか、それとも以前の勇者が失敗したからか、などと思考する。

 その間に平太がよかったなと声をかける。


「癖のない扱いやすいものだ。少しばかり新生活を怖がっていた宗樹君には精神的な部分の強化は良い能力じゃないかな。それに自分一人でやるんじゃなく、誰かとともに乗り越えていけることを目指せる。そんな能力だと思うよ」

「そうだと嬉しいな」


 宗樹は片手で胸を押さえ、能力とともに進む未来に思いをはせる。


「今後ソウキがどうするか聞いてる?」


 エラメーラの問いかけに平太は頷く。


「しばらく招きの神殿で暮らすそうですよ。ハンターとしてやっていくようで、神殿の周囲にいる魔物と戦ったり、神殿でこちらの生活に慣れることを目的にすると聞きましたね」

「やっていけそう?」

「向こうの人も親切だったので、大丈夫だと思います。たまに様子を見に行った方がいいですかね?」

「同じ境遇のあなたでないとわからない問題もあるかもしれないし、たまに行ってあげた方がいいとは思うわ」


 平太はそうしますと頷く。

 エラメーラに別れを告げて、二人は神殿を出る。

 

「このあとは買い物して、昼食べて、招きの神殿へって感じにしようと思うけど。それでいい?」

「はい」

「まずはどこに行こうか」


 服や皿といったものは神殿にあるようで、手鏡や下着や鞄といったものを求めて店を回る。

 肉買い取り所がどういったところか興味あると宗樹が言い、そこにも寄って依頼を見てみたりする。

 肉買い取り所を出て、平太は自分が初めて行った食堂へと宗樹を連れて行く。

 店の前で久しぶりにドレンと会う。


「おっ久しぶりだな」

「ドレンさん、久しぶりです」


 再会を喜ぶドレンに平太も笑みを返す。


「こっちに戻ってきたんだって? ロナから話を聞いて会いたいと思ってたんだ。元気そうでよかった」

「ドレンさんも。俺もロナから聞いたけど、パエットさんと結婚したんだとか。おめでとうございます」

「ありがとよ。そっちは?」

「シャダクラ・宗樹です」


 宗樹がぺこりと頭を下げる。


「薬師のドレンだ。よろしくな」


 三人で店に入り、テーブルを囲む。お勧めに魔猪の角煮があったので、それのセットメニューを頼む。

 平太は店内を見回し、パエットがいないのを見て、店を辞めたのかとドレンに聞く。


「いや結婚しても働いていたぞ。時間は減らしているけどな。今はそろそろ子供が生まれるんで、休みをとっているんだ」


 平太と宗樹からの祝いに、ドレンは嬉しそうに礼を言う。


「この前魔物の襲撃があったけど、パエットさんはストレスとか溜まってません?」

「少しは不安もあったようだけど、この町にはエラメーラ様がいるからな。致命的なことにはならないって安心感がある。ハンターたちも頑張ってくれたし」

「ここらでは襲撃とかよくあるんですか?」


 宗樹が聞く。そういった話はハーネリーから聞いていなかった。ここら特有のものなのか、町や村では当たり前にあるのか気になった。


「頻繁にはないな。三年前にもあったが、それより以前は覚えがないし」

「エラメーラ様も同じように言ってたよ。角族関連じゃないかとも言ってたから、普通はごくまれに起こることなんだろう」


 角族の仕業と断定するとドレンたち一般住民が怖がるだろうと平太は多少誤魔化すように言う。


「どこの町でも珍しい出来事だってことだね。今後ハンターとしてやっていくうえで、そういったことが起こるか心配だった?」

「ですね。滞在するであろう町か村が悲劇に見舞われるかもしれない。その可能性を思うとちょっと」


 ドレンが励ますように宗樹の背を軽く叩く。


「どこでもそういったことは起こり得る。でもそれをそのまま受け入れるわけじゃない。誰だって生きたいから抗う。この前だって三年前だって、襲いくる魔物に立ち向かって平穏を勝ち取った。想定して事前に備えておくこともできるし、常に心配せず頭の片隅に置いとくくらいでいいんだよ」

「魔王が復活したなら常に心配しとかないといけないけど、現状それはないからね。とりあえずは自身のことを優先して、いざってときのため鍛えておくって感じでいいと思うよ」


 ドレンと平太というこの世界で生きてきた者たちの言葉に宗樹は頷く。そのときが実際に来るかはわからない。だが来たときに後悔しないよう鍛錬はまじめにやろうと改めて決意する。幸い能力も人々を助け励ますことに向いているのだから。

 そう考えている宗樹を見て、平太とドレンは少しばかり真剣すぎるかと考える。もっと力を抜くくらいでちょうどいいと思うのだ。

 平太はこの会話などをハーネリーに伝えて、宗樹が過剰な鍛錬をしないように伝えておこうと考える。

 昼食を終えて平太と宗樹は町を出て、招きの神殿へと転移する。


「部屋に荷物を置いてきます」

「俺はハーネリーさんに挨拶してから帰るよ。少ししたらまた来るからそれまで無理はしないようにね」


 宗樹は頷いて、与えられた部屋に向かう。

 平太は神殿の者にハーネリーの居場所を聞いて、教えてもらった執務室に向かい送り届けたことと町であったことを話してから帰る。

 平太が帰ってから宗樹もハーネリーに帰ってきたことを伝え、早速鍛錬を始めようとする。

 それをハーネリーは止める。


「武器の振り方などわからないでしょう? 戦える神官たちに話を通して教われるようにしますから、今日のところは周辺の魔物について学ぶことと、能力の使用感を試すだけに止めてください。おかしな癖がつくと修正が大変ですからね」


 鍛錬をこちらで主導し、無理しすぎないようコントロールするという狙いでの提案だった。

 宗樹はハーネリーの言葉に納得し、頷いて外で能力を使ってみると出ていった。

 ハーネリーは近くにいた神官に、自らの考えを話し、その考えを教官役に伝えてくれるよう頼む。

 翌日から宗樹は教官役の神官と一緒に鍛錬を始める。話が通っていた神官は宗樹を甘やかすのではなく、現状の限界を見極めて、そこの一歩手前で鍛錬を止めるという具合に指導していく。

 それなりにきついおかげで、宗樹はコントロールされていると気づかず素直に指導に従い、鍛錬に励んでいった。


 宗樹と会ってから十日ほど平太は四つの用事をすませていた。

 エラメルト神殿にいる転移の能力者にあちこち連れて行ってもらって行ける場所を増やした。そして気軽に行けるようになったガイナー湖に行き、約束の肉をリヒャルトに渡す。

 あとの二つは一度に済ませられるため、都合のよいを日をパーシェに聞いて、その日にシューサに向かう。

 デートの約束の日、おめかししたパーシェと一緒にシューサに転移する。


「ここが世界最古の都シューサですか」


 初めて来る町を興味深げに見ている。少しだけ開いた口を手が隠す。

 そのパーシェから少し離れたところを周回バスが通り過ぎた。


「さすがバスを作ることができる町ですね。町中をバスを走っているなんて」


 パーシェにとってバスとは町々と繋ぐもので、町の中を移動するものではない。シューサにとってはこの光景が当たり前だが、多くの町では珍しい光景だ。

 平太に促され、町を歩く。エラメルトやウェナ王都にはないものをパーシェは珍しげにしながら歩く。


「そうやって楽しげな表情を見れただけでもここに来たかいがある」

「そ、そこまで表情を変えてました? 恥ずかしいです。でも褒めてくださったことは嬉しいです」


 若干赤く染めた頬に両手を当てるパーシェ。


「照れたところもいい。美人はどんな表情でも綺麗でいいね」

「どうしたんですか。いつになく褒めてきます」

「デートだしね。それにちょっと思うところがあって、好意はきちんと伝えておこうって」

「思うところですか? なにか危ないことをやるから言い残すことのないようにとか考えてはいませんよね?」


 不安そうに聞く。それに平太は笑って違う違うと手を振る。


「ミナが誘拐されたときのことでね。関係を考えて、まだミナを子供と受け入れきれないけど、だからといって不幸になってほしいわけじゃなく、幸せにしたいと思ったんだ。そのときにパーシェさんのことも幸せにしたいなって思った」

「それはとても嬉しいです」

「ただパーシェさんだけじゃなくて、ロナやミレアさんも一緒に思い浮かべた気の多い駄目男だけどね」


 ちゃかすように言った平太に、パーシェも困ったものだと笑みを返す。

 パーシェとしても彼女たちを差し置いて自分だけがとは思っていない。彼女たちの気持ちも知っているのだ。平太が全員を選ぶという可能性も考えていた。

 もちろん一人だけに想いを向けてもらいたいという気持ちもある。わりと実現可能という気もしている。ミレアはそばにいられれば幸せ、ロナはミナという幸せをすでに手に入れていて必ずしも平太を欲していない。

 自分の気持ち次第という気がして、どうしようかなと思っていた。

 今平太が全員を欲していると言って、それもありかなと考えた。もちろんそれで決定ではなく、今後も考えて結論を出したいと思う。


(今はこのデートを楽しみましょう。はっきりと好意を告げてくれたし前進してる。慌てる時期は過ぎた、だから幸せに続く道をゆっくり探っていいじゃない)


 そう決めて、パーシェは平太の腕に自身の腕をからませる。微笑みを向けると平太も笑みを返した。

 これだけでも嬉しく楽しいのだ。あとはこの幸せを逃さぬよう壊さぬよう生きていく。

 上機嫌なパーシェを見て、平太はデートは成功かなと胸をなで下ろす。

 一通り町を見て回り、平太はフォルウント家に向かう。ビーインサトを届けるのだ。

 大陸に名高い名家にお邪魔するということで緊張したパーシェに、どこかで待っているか平太は聞くが、一緒に行くということで共に屋敷に入る。

 執務室まで来て、ノックしてから扉を開ける。


「あ、ヘイタ様でしたか。中へどうぞ」

「邪魔するよ」「失礼します」


 パーシェを見て、ガブラフカは少しだけ驚いた表情を見せる。ミレアから平太に近い人間として報告があった人物だと気づいたのだ。


「そちらはパーシェさんで間違いないですか?」

「は、はい。パーシェ・ファイナンダと申します。お初にお目にかかります」


 緊張し少し動作を硬くして頭を下げる。パーシェにとっては王家に匹敵する相手だった。それだけフォルウント家の名は大陸に響いている。


「そう硬くならず、ヘイタ様と親しいのなら私どもにとっても好ましいのですから」

「ありがとうございます」


 そう簡単に緊張は解けず、まだまだ硬いが仕方ないとガブラフカは流す。


「今日はパーシェさんを紹介しに来たのですか?」

「違う違う。これを届けに来たんだ」


 ビーインサトを完全再現し、ガブラフカに差し出す。


「採取したビーインサトを完全再現した。時間が経っても消えることはないよ」

「これが」


 差し出しされたビーインサトをそっと受け取り、傷つけぬよう抱きしめる。

 すぐにガブラフカは人を呼び、もらったビーインサトを家の医者に届けさせる。


「ヘイタ様、ありがとうございます。これで彼女が日常を謳歌できるようになります」

「相手のお嬢さんとはもう顔を合わせた?」

「はい。正体を明かしたら信じてもらえませんでしたし、なんの冗談かと疑われましたけど。でもじっくり話して信じてもらえました。両想いということもわかりました。体のこともなんとかするために動いていると話したら泣かせてしまいました」

「おそらく嬉しさからだろう?」


 ガブラフカは頷いた。


「だったらいくらでも泣かせていいだろうさ。このまま順調にいくといいな」

「はいっ。薬である程度体調がよくなったら結婚を申し込みたいから順調にいってほしいですね」

「結婚後少しくらいはこっちに仕事を回して二人で温泉とか名所に行ってくるといい。それくらいは当主がいなくても大丈夫だろうしな」

「そうしたいですねぇ」


 楽しみだという表情になったガブラフカは、話題を変えるため表情を引き締める。


「実は伝えておいた方がいいことがありまして」

「その表情だとなにか悪い知らせか」

「最悪というわけでもないんですけどね。少し前に魔王が発生したということが招きの神殿から各国へ伝えられました」


 初耳だったパーシェは顔を青褪めさせ、平太を見る。だがその平太はあっけらかんとしていた。その平太の様子にガブラフカはさすが討伐経験者と考える。


「ああ、そのことか。ウェナ国内でだろ?」

「ええ、そうです。知っていましたか」

「というか、討伐したの俺たちだからなぁ」


 ガブラフカはそう返ってくるとは思わず呆気にとられ、パーシェは驚いたあとなにかに気付いた様子になる。


「エラメーラ様の封印がどうとか言っていたときのことですか?」

「そうそれ。まあ、あのときは戦う可能性は半々くらいと思ってたんだけどさ。角族が封印を解いて、復活したものと戦ってなんとか倒せたんだ」

「あ、あははは。さすがです」


 ガブラフカは驚きつつも称賛の言葉を向ける。


「楽というわけでもなかったけどね。復活したてだったからなんとかなったけど、復活から時間がたってたら手がつけられなかったかもしれない」

「そんなにですか」

「封印に使われた神の力を取り込んで魔王とはまた別のなにかになってたらしい。新たに生まれた状態で、だからか知識や経験が足りない状態だった。戦いながらいろいろと学んでいたよ。あの速度ほどじゃなくでも、復活に気付かず学ぶ時間を取られていたらどれだけ厄介になっていたか」


 そうならずにすんでよかったとガブラフカとパーシェは思う。実際に戦った平太が厄介というのだから自分たちが想像する以上の事態になっていたのだろう。


「それで知らせに関してですが、ヘイタ様がおっしゃられたように討伐されたという報告もありました。だから最悪ではないと言ったんですね。悪い知らせは、一時的とはいえ魔王が発生したので、魔物や角族の動きが活発になるかもしれないというものです」

「なるほど」


 ふんふんとパーシェが頷く。治療関連の品の注文が増える可能性や護衛料金が増加する可能性を思い、店に帰ったら対応しておこうと決める。


「ウェナは魔王が発生した国ですから特に注意が必要かもしれません。それは国のトップも理解しているでしょう」

「うちの国の王様になにかしらの問題はなさそうだったし、知らせが入れば対策はきちんととるだろうさ」

「ええ、王は特段優れているという評価をされてはいませんが、国内の安定を長く保ち、荒れさせる様子もありません。心配する必要はないと思います」


 ウェナ国王の国家運営はパーシェの言うように可もなく不可もなくというものだが、安定した状態が続いているということで民からも貴族からも上々の評価だ。このまま問題なく次代に繋いでくれるという信頼感は高い。

 太平の世ならば評価の高い王も、乱世では愚王とされることもある。魔王が暴れていたらウェナ国王もそうなっていた可能性はないと言い切れないが、その可能性は潰れていてこれまでどおりの政治で問題ない。


「それはなにより。ヘイタ様がいる国が荒れるのは心配ですからね」


 ガブラフカはウェナが荒れた場合を考えて、いつでも兵を支援として送れる準備をしておこうと思っていたが、二人の言葉を信じ今のところは計画段階で止めておこうと思う。

 この後少し話して平太たちはデートに戻り、夕方にエラメルトへと帰っていった。

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