61 勇者誤召喚
平太たちがいる国ウェナの近くにセランという国がある。
元はウェナと一つだったその国にとある森がある。大きめな森ではあるが危険な場所というわけではない。むしろ魔物の質は低い。
森の恵みあふれるここに入る者は多く、奥へ奥へと足を踏み入れることも珍しくない。だが実際に奥へと足を踏み入れる者は少ない。いつのまにか進行が逆になっているのだ。このことから地元の人間は、入れずの森と呼んでいる。
隠されたものに興味を抱く者は多く、何人ものハンターや学者が足を踏み入れたが結果は変わらず、ならばと俯瞰といった見る能力で秘密を暴こうとしたが、それも無駄だった。
ここのことを国は把握しており、神によって隠された地と書庫に眠る本に書かれている。それ以上の情報はなく、触れてはならぬ場所と考えていて国がその森に干渉することはない。
そんな場所に魔王に対抗する勇者を招く神殿はあった。
昨日から招きの神殿は騒がしかった。普段は周辺の森の空気に合わせるように穏やかに時間が流れるここだが、異常が起きたのだ。
魔王の発生にともない反応する石碑が神殿中に大きく音と振動を発生させたのだ。
その報が神殿内に広がると、皆慌ただしく動き出した。ある者たちは日頃から練習している召喚の準備を始め、ある者は歓迎の準備を進め、ある者は魔王発生の知らせを各国に行う準備に取り掛かる。
忙しい彼らは気づくことがなかった。石碑が不安定なことに。反応しているということだけに気を取られて、音がしたりしなかったりを繰り返すことのおかしさに。そういったことは文献に載っていなかったことを彼らは気づかなかった。
無理もないのだろう。彼らの役割は魔王発生を知り、希望を呼び寄せること。それが彼らの役目であり、平穏を導く誇るべき役目。それが果たせるとなれば気もそぞろにもなる。
そうして召喚の準備は整った。
そろいの衣装を着た召喚の儀式担当者が、召喚陣のある大部屋に集まり、緊張した面持ちでいる。
そこに神殿長がやってくる。四十才を過ぎた落ち着きのある女性で、わずかながら緊張した様子を見せている。
「みなさん。準備はできていますか? 私たちが失敗しては犠牲となる人が増えるのです。不備なく落ち着いて行わなければなりませんよ。一度作業を止めて、深呼吸しましょう」
神殿長の言葉に部屋にいる者たちは作業する手を止めて、深呼吸を繰り返す。
まだまだ緊張感は漂うのものの、ある程度の落ち着きも表れる。
神殿長はその様子に頷く。
「よろしい。では進展報告をお願いします」
「はいっ。まずは陣の再点検を行い、異常がないことを確認しました」
一度だけではなく、三回の点検をメンバーを代えて行っていた。少しのミスも見逃さないためだ。
「次に陣の起動テストを行い、スムーズに起動できることが確認されています」
「よろしい」
「最後に陣起動後の召喚手順を一通りテストしているところでした」
「なるほど。では続けなさい」
「はいっ」
神殿長が見守る中、召喚担当者たちは力を使わず、陣を囲むように立ち、練習通りに召喚を進めていく。
神殿長から見ても問題なく終わり、十分の休憩ののちいよいよ召喚が行われることになる。
そして待ち望んだ召喚が始まる時刻になり、神殿内は緊張と静寂で満たされていた。
「始めます」
「ええ、お願いしますね」
召喚担当者の一人が開始の宣言を行い、神殿長が頷く。
陣を囲んでいた一人がしゃがんで、陣になんらかの文字を指で描く。すると陣がほのかに光を放ち、床に紋様が現れる。
それを見て陣を囲む他の者たちが両手を掲げ、力を陣に注いでいく。紋様の輝きが強くなり、陣から光の粒が発生し、陣の二メートル上に集まっていく。やがて光は天井に届く柱となった。
「神殿長、仕上げをお願いします」
呼ばれ頷いた神殿長が陣に近づく。首にかけていたネックレスを外すと、それを通して力を陣に注ぐ。真っ白だった光の柱が黄金の輝きに変わる。眩しさを感じさせない輝きに見惚れる者は多く、神殿長もその一人だった。
けれど見惚れたのも一瞬で、表情を引き締めた神殿長は口を開く。
「こいねがいます。我らは危機にあり、助けを求めます。異界にて我らの声を聞き届けた気高き方、どうかその力をお貸しください」
形式的なものでなく、心の底からそう願っているという声音が響く。最後にネックレスについている宝珠を陣に触れさせる。
これで召喚の儀式は完了で、成功していれば黄金の柱の中に召喚された人がいるはずだった。この儀式は無理やり召喚するものではなく、語りかけ了承を得て呼ぶものだ。断られたらそれを示す色へと柱が変化するのだ。
広間にいる者たちは固唾を飲んで陣を見守る。やがて柱の中に影が現れた。
成功だと皆が安堵し、黄金の柱が細くなっていき、影のみだった人物の姿が見える。
その人物は呆気にとられた表情で立ち、固まっていた。
「ようこそおいでくださいました、勇者様」
神殿一同が片膝をついて、歓迎の意を示す。
「ほ、ほんとに召喚されちゃったよ」
年若い男の声が静かな広間に響く。自身に起きたことが信じられないという戸惑いの感情に隠れて、純粋な期待感も男の声にはあった。
男の年頃は十六才くらいか、深い緑の髪に同色の目。メガネにパーカーにチノパン姿という平太と似た文化をにおわせる。
「チートキターって喜んでいいのかこれ!? 活躍して人々に称賛されちゃう?」
テンションが上がり、わくわくした雰囲気を漂わせる少年と青年の狭間を感じさせる男に、立ち上がった神殿長が近づく。
「初めまして勇者様。私はこの神殿の長ハーネリーと申します。お名前を伺ってもよろしいですか」
「え、あ、うっんん」
はしゃいだところを見られて少し恥ずかしそうにしていた男は喉の調子を整える。
そうき
「名前ね。俺はシャダクラ・宗樹。よろしくお願いしますハーネリーさん」
表情を引き締めて遅すぎず速すぎずといった作法にのっとった礼をして、育ちの良さを感じさせる宗樹に、ハーネリーは微笑みを返す。
「はい、よろしくお願いします。いろいろと説明は必要かと思われますが、まずはここから移動しようと思います」
「わかりました」
頷いた宗樹は歩き出したハーネリーについていく。その後ろを二人の神官が歩く。
(うおぉーっ異世界召喚ものを読んでた身としては現実になるとテンションが上がるっ。この後の展開はどうなるんだろうか。この世界なら上手に生きていけるはず。とりあえず傲慢な王様に召喚されたってことはなさそうだし、ここから追い出されて苦労するってことはないかな? 欲をいえば、召喚主は同年代の美少女がよかった。ハーネリーさんも美人だけど、三十過ぎみたいだし夫がいそうなんだよな。残念っ。寝取りに興味ないし、リアルで寝取りはあかんよ)
こういったことを考えながらハーネリーの後ろを歩き、神殿の中を見回す。
神殿の住人も召喚された宗樹に興味があるようで、何度も目が合う。少し動物園の動物の気分を味わいつつ、目が合うと軽く会釈をしておいた。
「とりあえずここの応接間で話しましょう」
扉を開き、中に入る前についてきていた神官たちにお茶などを頼むハーネリー。
向き合うように椅子に座り、ハーネリーが話し始める。
「このたびは召喚に応えていただきありがとうございます。召喚の際にお伝えしたとおり、この世界に危機が迫っています」
「どういった危機なんですか?」
「魔王が発生しました。この世界には角族という者たちがいまして、人々の生活を脅かしています。魔王はその角族の王と考えてください。魔王の下に角族は集まり、一丸となって暴れるのです。生まれる被害は一人の角族が暴れる比ではありません。前回現れた魔王は巨大なミミズで、もう一つの大陸を荒らしまわったそうです」
「巨大なミミズ。毎回そういった巨大生物なんでしょうか」
だとしたら対応が困難だと考える。
「いえ、残ってる記録だと人型が多いそうです。前回のような魔王は珍しいのだそうで」
それはよかったと宗樹は胸をなで下ろす。
「前回も俺のように勇者と呼ばれる存在が対応したんですか?」
「ええ、薬作りの勇者が毒を使って倒したと記録に残っています。勇者は魔王を倒すに至る能力を持つようです」
「能力……俺はなにかしらの特殊な技能を持ってないんだけど」
「この場合の能力は、習い覚える技術ではなく、神から祝福として与えられるものを言います」
「おおーっ!」
感激した様子の宗樹をハーネリーが不思議そうに見る。
「あ、すみません。俺のいたところだとそういった能力は物語の中だけにしかなくて、自分が使えるということに感動が」
そうでしたかと微笑ましそうに見られて、宗樹は照れる。
「もう使えるんですか?」
興奮や好奇心を隠せない宗樹に、ハーネリーは首を横に振る。
「残念ですが、まだですね。神がこちらに来て勇者に祝福を与えることになっています。神が来るまではこの世界のことや自身を鍛えることを優先してもらいます。能力だけで戦っていけるわけではありませんから」
神と会えるということに驚く以上に、実戦があるということ気づき、それに対する動揺が大きく、能力に対する気持ちが鎮まり緊張した顔になった。
「あ、当然戦うんですよね。俺のいたところは命がけの戦いとかもうずいぶんと前のことで、俺は喧嘩の経験もないんですが」
「こちらからフォローはします。召喚して放り出すということはいたしません。まずは武具を身に着けての動きになれてもらうことから始めましょう」
「重いんだろうなぁ」
「そこは大丈夫らしいです。勇者様はもともとの世界よりも身体能力が上がっているようで、武具の重さに苦しんだという記録はありませんから」
平太にはなかった召喚のフォローが宗樹にはあるのだ。召喚の負担を陣が肩代わりして、召喚という貴重な経験は成長へきちんと流れている。
今の宗樹は経験不足で手間取りはするだろうが、よほど油断しなければラフドッグに負けるようなことはない。
宗樹は自身の体を不思議そうに見ている。身体能力が上がったという自覚はないのだ。
「いつから訓練を始めるんですか?」
「明日からを予定しています。今日はこの世界の基本的な知識や皆への紹介をしようと考えています」
早速講義を始めていいですかと聞いてくるハーネリーに宗樹は頷く。
新しい人生の始まりを汚す気はなく、宗樹は真面目にハーネリーの講義を受けていく。
◇
エラメーラの封印に関する事件が終わり、三日過ぎて戦いの疲れが抜けた頃、家でグラースと一緒にミナの相手をしていた平太に小さなエラメーラが話しかけてくる。
「ヘイタ、いいかしら?」
「ミナ、ちょっと待ってて」
ミナに断りを入れて、平太はエラメーラを見る。
「はい、なんでしょうか」
「大神からあなたへの依頼が私経由できたのよ」
「大神からですか。またなにか封印が解けたとかの大事でしょうか」
騒動が続くなと少しだけ表情にげんなりとしたものが浮かぶ。疲れはとれているので荒事でも大丈夫で、そういう時期を見計らっての依頼だろうかと思う。
「依頼としては私が依頼したことの続きになるのかしら」
「もしかして封印していたものの一部を逃がしていたとかですかね? それならこっちに話がくるのも理解できますけど」
「そうじゃないわ。魔王が現れると招きの神殿という場所で勇者が召喚されるという話はしたことあったはず」
聞いたことあると平太は頷いた。
「封印が解かれたことで魔王出現とみなされ、勇者が召喚されたの」
「でも魔王っぽいの倒しましたよ」
「それは私も大神に伝えた。しかしあの場には角族が、いえ今は角人だったわね、魔王に届いた存在がいた」
「シャドーフが魔王認定されたと」
「完全にそう判断されたわけではなさそうよ。訓練時に戦いのことを思い出し、そのときの再現を行おうとして招きの神殿にある道具が反応しているのだとか」
神殿にある石碑の不安定な反応は、これが原因だった。技を再現しようとして魔王級の威力に石碑が反応し、通常時は無反応ということを繰り返していた。
「大神はシャドーフをどう思っているんでしょう」
「様子見と言っていた。魔王として暴れるなら討伐の必要があるけど、今は力を高めることをに夢中。それは討伐理由にはならないと」
修行している者はいくらでもいて、それを罪とはいえない。
修行のために悪事と言われることを行うこともあるが、それは大規模といえず、人間でもやるようなこと。
それらを踏まえ大神たちはシャドーフに対し、様子見という判断を下したのだ。
そう決めたのには、シャドーフが神を相手に戦える域に達するまでまだまだ時間がかかると見たからだ。確実に危険と思えるまで様子を見て、どうするか改めて考えるつもりだった。
「なるほど。それで俺に依頼とは?」
「招きの神殿に行って、勇者に魔王はもういないから帰っても大丈夫といったそこらへんの事情を説明してくれということよ」
「んー……大神から直接説明では駄目なんです?」
「平時ならそうしていた。でも今は堕神への準備で手が離せないそうよ。そこで直接あれと戦ったあなたに依頼が来たの」
エラメーラは堕神への準備という部分で頬を赤く染めて、平太から視線をずらす。その反応になぜと平太は内心首を傾げた。
咳払いしたエラメーラが話を続ける。
「どう? 依頼を受けてもらえるかしら」
「神からの説明ではなくて信じてもらえますかね?」
「そのブレスレットが代理という証になると聞いているわ」
「ああ、これがあるから依頼が来たともいえるんですね」
袖の上からブレスレットに触れる。任せてというふうに振動が返ってきた。
「わかりました。それで招き神殿まではどう行けばいいんでしょうか」
「明日の朝、あなたの部屋に一度だけ転移できる陣が現れるようになっているわ。帰りは自力で帰ってきてちょうだい」
「了解です」
用件が終わったエラメーラは「邪魔したわね」と言って姿を消した。
すぐにミナが平太の袖を引く。
「でかけるの?」
「そうなったね」
「ついていっちゃダメ?」
駄目だろうと言いかけて止まる。やることは説明くらいで荒事とは聞いていない。招きの神殿から出ることもなさそうなので、判断つきかねた。
まだエラメーラが近くにいるかもと平太は呼びかけてみる。その声が届き、エラメーラが再び姿を現した。
「どうかした? なにか疑問でも湧いたの?」
「招きの神殿にミナがついていきたいって言ってるんですけど、連れて行って大丈夫なんでしょうか」
「あー……」
誘拐されたことで親から離れたくないのだろうとエラメーラは推測し、それは大きく外れてはいなかった。
エラメーラは目を伏せて少し考え、口を開く。
「大丈夫でしょう。でも子供が行って楽しいところではないわよ? 平太の仕事がいつ終わるかわからないし、それまで暇だと思うのだけど。それでも行きたいの?」
ミナの顔近くに移動し尋ねる。ミナはそれにコクコクと頷いた。
「念のため護衛にグラースを連れて行って一緒に行動させた方がいいわね」
「わかりました」
平太は回答に礼を言い、ミナも一緒に頭を下げる。
エラメーラは笑みを返して消えていった。
夕食時に平太は明日のスケジュールを皆に告げる。一番興味を示したのはバイルドだ。本物の召喚陣を見たいと思ったのだ。さすがに何人も連れて行くと向こうに迷惑だろうと平太に断られ、バイルドも納得する。
ロナはあまりわがまま言っては駄目よとミナを軽く叱る。
ミレアは勇者や招きの神殿には興味はなく、無事に帰ってきてくださいねと平太に声をかけるだけだった。
翌日、朝食を終えて身支度を整えた平太とミナとグラースは、ミレアに見送られて陣を踏み転移する。
ミナは普段着で、平太は戦いに行くわけではないので剣のみ持って防具は家に置いて行った。
一行が出現したのは、神殿の者たちが洗濯物を干している庭の端だ。
「誰ですか!?」
神の結界に守られたここに突如現れた平太たちに神官たちは警戒の視線を向ける。
「神の代理として勇者に伝言を持ってきた。勇者もしくはここの責任者に取り次いでもらいたい」
視線を気にせず落ち着いて言う平太に、神官たちは顔を見合わせる。一人が警戒を緩めて話しかける。
「そうだと示す書状などはありますか?」
「今から見せるけど、少しきついだろうから耐える準備はしておいて」
「耐える、ですか?」
「うん。神から授けられた装身具がある。それを見せるとプレッシャーがかかるんだよ」
「はあ、わかりました」
神官たちが頷き、表情を引き締めたのを見て平太は袖をまくりブレスレットを見せる。
その瞬間神官たちだけではなく、神殿全部を始源の神の気配が包んだ。
自然と跪きたくなる気配に、神官たちの疑いは消えた。どこの神の気配かまではわからないが、たしかに敬意を払うべきものだと理解できた。
ちなみにブレスレットの方で手加減したのか、ミナとグラースには気配は届いていなかった。
平太がブレスレットを隠すと、神官たちは大きく息を吐く。
「たしかに神の代理のようです。応接室に案内しますので、ついてきていただけますか?」
「わかりました。ああ、神殿の中にこの子が入っても大丈夫ですか?」
平太はグラースの頭を撫でながら言う。駄目ならばミナと一緒に外で待っててもらおうと思う。
「屋内で暴れないのなら大丈夫ですよ」
「それなら大丈夫ですね。無暗に暴れる子ではないので」
神官に先導され平太たちが屋内に消えると、神官たちは神ではなくどうして代理が来たのだろうと話し合う。愛し子なのだろうか、子供もどうして一緒なのだろうかと話は広がっていった。
応接室に通されて、五分ほどでハーネリーと宗樹がやってくる。
宗樹は朝食後に神官たちと一緒に使う武具を選んでいて、ハーネリーは陣の点検などの報告書を読んでいるところだった。ともに神殿を包んだ気配に警戒は抱かなかったが、何事かと驚きはしていた。
ハーネリーと宗樹は隣り合ってソファーに座り、神の代理という平太たちを見る。
「ようこそいらっしゃいました。私はこの神殿の長、ハーネリーと申します。こちらは昨日召喚にお応えしていただいたシャダクラ・宗樹様です」
「ん? シャダクラ? 佐田倉とかの聞き間違いではなく?」
宗樹が日本人と似たような風貌なので、聞き間違えたかと思い尋ねてみる。
「はい。シャダクラで間違ってないです」
宗樹は間違いではないと頷く。
それに平太は詫びを入れて、自身も名乗る。
「秋山平太。エラメーラ様という小神を親神に持つ、隣の国に住むハンターだ」
「あきやまへいた……この神殿の人たちから自己紹介を受けたときは聞かなかった感じの名前ですね。隣の国ではそういった感じの名前が普通なのでしょうか」
宗樹も平太の名前に疑問を感じ尋ねた。
「いや、俺の名前はこっちでは珍しいだろう。俺も宗樹君と同じくこの世界の人間ではないから」
「そう、なのですか?」
教えてもらった話と違うと思いつつ宗樹は平太をまじまじと見る。
「この神殿で近年召喚されたのは宗樹様だけですよ? 誰かがこっそり召喚を試してみてもすぐわかるようになっていますし」
「俺はここじゃなくて、召喚を研究していた色人によって召喚されました。好奇心から研究して実践に至った。それによって俺は三年前に召喚された」
召喚ができるのは自分たちだけだと思っていたハーネリーは心底驚いていた。
そこらへんの話を初めて聞いたミナはよく理解しておらず、不思議そうな顔で平太を見る。平太は誤魔化すように、その頭を撫でる。かまわれたことが嬉しくミナの関心は話題から平太の手に移る。
「そのような人がいたのですか。その研究は隣国では広がって?」
「いやエラメーラ様が止めました。あの召喚はこっちに比べると不完全で、誘拐となんらかわらないから」
「誘拐ということは無理矢理こちらに呼び出されたということでしょうか」
「そうなりますね。言葉は通じず、力も常人のまま、魔導核も能力行使に不十分といった散々な状態でしたよ。事情を知ったときは、召喚を行った爺さんになんてことしてくれたのかと怒り心頭でしたね」
「それはそうでしょうね」
召喚された当初のことを想像するとハーネリーも宗樹も平太の感情が容易に想像できた。
宗樹はそうならずよかったと安堵してもいる。
「そんな俺を拾っていただいたエラメーラ様には感謝しかありません。とまあこちらはこんな感じですね。ちなみにこの子たちはただついてきたがっただけですので、本日の用事と無関係です」
平太の手を両手で触っているミナと床に伏せるグラースに、ハーネリーたちは視線を向けて、平太に戻す。
「神の代理ということですが、エラメーラ様からここに来るよう命じられたということでしょうか」
「大神からの依頼がエラメーラ様ごしに届いたということになります。通常ならば大神たちがここに直接来るということらしいのですが、今神々は忙しくかわりに今回の召喚に関わりのある俺に説明してくれという流れですね。とりあえず説明しますから、質問は後回しでお願いします」
二人の頷きを見て、平太は魔王発生から討伐、シャドーフに関してを話していった。
倒すべき魔王がすでにおらず、魔王となりうる者は様子見ということに、話を聞いていた二人はなんともいえない表情になっていた。
ハーネリーは役割を果たせたと思っていたら、果たさずともよかったと聞いて落胆や嘆きと一緒に平穏が続く安堵を感じ、ごちゃまぜの思いが胸にある。
宗樹は自分がやらねばというやる気で満ちていたが、やるべきことが終わっていたとやる気が空回りする音が聞こえてくるようだった。
「世界が平和なのは喜ぶべきことだと思うのですが、どうにも素直に喜べないというか」
「長年の使命を果たすため動いていたのですから、思うところがあって当然だと思いますよ」
「ええとその、じゃあ俺はどうすれば?」
困ったように、迷子のように惑いの表情を見せて、宗樹が聞く。やる気が削がれたというだけの表情ではない。
「元の世界に帰るってことでいいと思うけど。召喚されたばかりの今ならズレがないだろうし」
この世界の常識に馴染んだ自分は両親に負担を与えた、宗樹はそうならずにすんでよかったと平太は思う。
だが宗樹は帰ると聞かされ、歪んだ表情を浮かべた。何事もなく無事に帰れることを喜んでいる様子ではない。また勇者という立場を惜しんでいる様子でもなかった。希望が断たれすがるものをなくした者が浮かべる表情だろうか。
「ここでもなにもできずに役立たずだったということか」
視線を落とし思わずこぼれたという感じで宗樹の口からでた言葉に、平太とハーネリーは顔を見合わせる。
この世界に来る前になにか取りこぼしたことがあるのかと思わせる感情の発露、それに触れていいのか迷う。
「帰還準備はいつ整うのでしょうか」
部屋に入る前までの溌剌とした明るい少年の様相はなく、沈んだ雰囲気にハーネリーは口を開く。
「宗樹様は帰りたくないのですか? 帰りを待つ者がいるのではないのですか?」
「……俺の代わりはいる。帰りを待つ者などすでにいない。いなくなった」
この世界に来て説明を受けた宗樹が思ったことは、自身にしかできないことがあり、やり遂げれば喜んでくれる人がいるという希望に満ち溢れたものだ。多少の欲もあったが、大部分は「自分にやれることがある、自分は必要とされる」という喜びだった。
チートを喜んだのも、すごい能力が嬉しいのではなく、自分だけのものが嬉しかったのだ。
「でしたらこの世界でやり直す……いえ違いますね。生きてみてはいかがですか。生まれ育った場所でなにがあったかはわかりませんが、機会を得たと考えてはいかがでしょう。ほしいと思ったものを探し、手に入れる。誰もあなたのことを知らない世界です。ゼロから築き、得ることも可能だと思います」
勇者に対してではなく年長者としてのハーネリーの言葉を、宗樹は自身の中に受け入れて噛み砕き、口を開く。
「……やっていいんだろうか。できるんだろうか、この俺に」
「やってみなければその答えはわかりません。きっと成功も失敗もあります。ですが生まれ育った場所とは違う、新たななにかがあると思うのです」
「……やってみたい。でも怖くもある」
「恐怖は当然。それを乗り越えて行けとは言えません。一度目をそらしてもいいのです。解決を後回しにしてもいいのです。それは今すぐに解決しなければいけないことははない。ですが逃げ続けることもできません。いつかきっとあなたに突きつけられます。同じことを繰り返すのかと。そのときに今より成長したあなたが立ち向かえるよう、今のあなたは英気を養う時期なのだと思いますよ」
「……ありがとう、ありがとう、ありがとう」
相変わらず平太とハーネリーは宗樹になにがあったのかはわからない。だがハーネリーの言葉が宗樹に必要だったものだとはわかった。
顔を伏せてありがとうと繰り返す宗樹に、二人は労わりの視線を向けた。
なんとなく話を聞いていたミナも口を開いてはいけない雰囲気だと察し、平太の手を抱えて静かにしている。
三分ほどそうした静かな時間が過ぎて、宗樹が顔を上げる。




