59 騒動終わってまた騒動
心配事がなくなり快眠をむさぼっていた平太は体を揺らされて起きる。
目を開くと腹に馬乗りになっていたミナと目が合った。寝たまま頭を撫でると満面の笑みを向けてくる。
「おはよーパパ!」
「ん、おはよ。ママはどこ?」
「おといれ」
部屋の中にはロナの姿はなく、お座り状態のグラースがいるだけだ。
ミナをおんぶしてベッドから降りる平太。リヒャルトに挨拶して、パーシェに救出できたことを知らせてから家に帰ろうと思っていると扉が開く。
ロナが戻ってきたかと思ったが、そこにいるのは神官と以前王都に連れてきてくれたエラメルト神殿の転移の使い手だった。
「アキヤマヘイタさん、こちらの方が急用だということで案内しました」
神官はそう言うとエラメルト神殿からの客に一礼して去っていく。
「えっと、お久しぶりです。なにかあったんですか?」
「エラメルトに魔物が押し寄せてきていまして」
「以前と同じく?」
城壁を再現して進行を止めたときのことを思い出し聞く。
それに転移の使い手は頷く。
「戦力として戻すためあなたが来たってことですよね。急がないと。ミナたちはここでもうしばらく預かってもらえるよう頼まないといけないな」
用件を察して動こうとする平太を、転移の使い手は止める。
「いえ、エラメーラ様からはエラメルトからじゃなくて別のところに行ってほしいとの伝言です」
「え、どうして。理由は聞いてます?」
「はい。エラメーラ様が魔王デッケルバーダを封印していたことはごぞんじですか?」
「たしか聞いたことが。勇者が倒しそこねたとかなんとか」
「その封印に異変が起こっているようです。魔物がエラメルトに向かって動き出したのと同じタイミングらしく、無関係とは思えないとエラメーラ様は言っていました。その封印の様子をあなたに見てきてもらいたいと」
エラメーラからの頼みなら、無茶ぶりでなければ受けることに否はない。平太は頷き、行ってほしいという場所を聞く。
転移の使い手はビー玉のような赤い玉を差し出す。
「バラフェルト山の北にある小さな林に石碑のように立つ大岩があると言っていました。そこにこれを持っていけば隠してある入口が開くと。ただしこれが必要ない場合もあると。すでに開かれているかもしれないそうです」
林の詳細を聞き、帰ろうとした転移の使い手に伝言を頼む。内容はミレアたちに救出成功を知らせるというものだ。
「パパ、これからおしごと?」
「そうだね。ミナたちはもうしばらくここで過ごすことになると思う。ここなら安全だろうし。仕事が終わったら迎えに来るよ」
「おうちにかえったらダメなの?」
「危ないらしいからね」
「ミレアお姉ちゃんとおじいちゃんはだいじょうぶなのかなぁ」
「ミレアさんは自分の身を守れるくらいは強いし、バイルドはしぶとそうだから大丈夫だろうさ」
そんなことを話しているとロナが戻ってきた。そのロナに平太はエラメルトのことやエラメーラからの頼みを話し、しばらくここに滞在してほしいことも伝える。
少し離れている間に、予想もしない大事になっていたのかと驚くロナ。
「そんなことになってるの向こうは。大丈夫かしら」
「大丈夫じゃなければ、エラメーラ様は町に戻ってほしいと言うと思う。だから大丈夫だと信じよう」
「そうね」
三人はリヒャルトのところに向かう。廊下を歩いていた孤児院の職員に居場所を聞くと、玄関前に庭にいるということでそちらに向かう。
ベンチに座っているリヒャルトが、三人の方へ顔を向ける。
「おはようございます」
「おはよう。エラメーラからの手紙で大変なことになったと知ったよ」
「すでにごぞんじでしたか。そのことでエラメーラ様から頼みごとを一つされまして、それが終わるまで二人を預かってもらいたいのですがよろしいでしょうか」
「ああ、かまわんよ。頼まれごととはなにか聞いていいかな」
「封印の様子を見てきてくれと」
「あれに異変が起きたのか」
リヒャルトも封印のことは把握していて、監視の手伝いをしていた。エラメーラのようになにかあればすぐにわかるわけではなく、兵の巡回ルートに入れてもらっていたのだ。前回の報告は半年前で、そのときには異常なしと報告されていた。
「封印が解かれているとすると、最悪強い角族の討伐をすることになると覚悟しておいた方がいい」
長い封印で力が削がれていて、魔王として動いていたときの力はないだろうと考え、角族相当の相手と戦うことになるとアドバイスする。
「封じられた魔王は死人語りの能力が変化したものを使ってたんでしたっけ」
「その通りだ。勇者の知人が生前の姿で操られてな。魔王を倒せば、その者もまたいなくなると思うと勇者には魔王を攻撃できても、とどめを刺すことはできなんだ」
「エラメーラ様もそんなこと言ってましたね」
ロナたちのことと情報の礼を言い、平太はロナたちに大人しくしているように言ってからグラースと一緒に孤児院を出る。
組織残党がいる可能性をロナも心配していて、あまり孤児院から出るつもりはなかった。
グラースを護衛として残そうかと平太は思っていたが、ロナが連れて行くように言ってきたのでその言葉に甘えた。
平太はすぐに王都をでずにファイナンダ家へと向かう。パーシェに助け出したことを話し、エラメルトのことも話しておいた方がいいと思ったのだ。
平太の顔を覚えていた門番に、パーシェへの取次を頼んで、少し待つとメイドが案内役としてやってきた。そのメイドについていき、リビングに通される。
「おはようございます、ヘイタ様。ここにいらしたということは救出成功したのでしょうか」
「おはよう。昨夜のうちに救出できたよ」
それはよかったと心底喜んだ表情を見せるパーシェ。
「あとはもう帰るだけですね。ミレアさんたちも心配しているでしょうから早く知らせてあげたいわ」
「それがもう一つ仕事があってそちらに行かないといけないのですよ。パーシェさんももう少し王都にいた方がいい」
「どうしてです?」
「いまエラメルトは魔物に襲われているとエラメルト神殿からの使いが来て知らせてくれました」
和やかだった雰囲気は一変し、パーシェは真剣な表情となる。
「魔物に? 今町はどうなっているのでしょうか」
「詳しいことはわからない。城の人間ならエラメルト神殿からの使者が報告に行っているかもしれない」
「お城ですか。聞きに行ってみるのもいいですね。その前に物資の手配をしないといけません。薬などはいくらあっても困ることはないでしょうから。あ、それでヘイタ様の仕事というのは?」
「エラメーラ様が封印しているものがあるらしく。魔物が襲ってきたタイミングでそちらにも異変が起きたと。それの確認に行ってほしいと頼まれた」
「なにか封印されているか、聞いていますか?」
「聞いてるけど、話していいことかはわからないから」
パーシェは素直に諦める。聞いてはいけないことがあるとパーシェもわかっているため詳細を聞くことはしない。
「ヘイタ様はすぐにでるということでいいのでしょうか」
「うん。ここでの用事は終わった。あとロナたちはリヒャルト様の孤児院にいるから」
「わかりました。お気をつけて」
神が封印していたものが安全なものなわけはなく、封印が解けているかもしれないとなると危険度は増している。
せっかく再会できた愛おしい人との別れにならぬようパーシェは祈る。
平太も手に負えないとわかると一度退くつもりだ。それをパーシェに伝えると、少しは安心したように微笑む。
パーシェに玄関まで見送られて、平太とグラースは大通りに移動し、パンといった食料を買ってから王都を出る。そのまましばらく歩いて、人がいなくなると車を出して、グラースと一緒に乗り込む。運転の邪魔になるので鎧などは助手席だ。
今日一日は南方への移動で終わると予想しているので、車を出し続ける。休憩を入れて九時間半。夕暮れといった時刻に、バラフェルト山が遠くに見えた。そのまま日が暮れても運転を進め、使える再現の残り四回になったところで車を止めて野営と夕飯の準備に入る。
グラースに魔物の狩りを頼み、平太は火の準備などを進めていく。戻ってきたグラースから獲物を受け取って処理をすませていく。作業を進める間に内臓をグラースにおやつとして与える。
肉の串焼きとパンという簡単な食事を終えた平太は今日の鍛錬を始め、グラースは散歩に出る。
翌朝、朝食を食べて平太たちは再び車に乗って移動する。一回の再現だけで目的地らしき林に到着した。外からは大岩は見えず、足を踏み入れる。丘というには低いなだらかな起伏を進んでいるとグラースが右の方を見て唸る。
「そっちになにかいるのか?」
平太が聞くとグラースは肯定だと小さく吠えた。
平太は剣を抜いて警戒し、グラースが見ている方向へとゆっくり移動を始める。一分ほど進むと、人影が二つ木々の向こうに見えた。
(まだ気づかれてないかな)
平太たちを気にする様子を見せず歩いている。
近くにある木に息を殺して身を隠して、人影を観察する。グラースもその場に伏せて気配を押さえている。
「あ!」
人影が顔のわかる位置まで来たとき、平太は思わず声を上げ、それに向こうも気づく。
「誰だ?」
問いかけに平太は答えず、どうするか考える。グラースも人影が誰か気づいていて、いつでも動けるように体に力を込めていた。
平太が動かないでいると、相手は敵だと判断したのか、炎を飛ばしてきた。
平太たちはその場から動いて、相手に姿を見せる形となった。
「おまえは」
炎を飛ばしてきた男シャドーフは平太の姿を見てわずかに驚いた様子をみせる。平太もここでシャドーフに遭遇したことに驚いているので、お互い様だろう。
互いをじっと見て固まる平太たちを見て、シャドーフの同行者であるネメリアは首を傾げている。
「シャドーフ、どうしたのよ。知り合い? どう見ても人間だから親しいわけじゃなさそうだけど」
ネメリアに肩をゆすられ、シャドーフは以前戦った再現使いだと返す。
「へー再現使い……はあ!? 再現使い!? 実在したの!?」
珍獣を見るような目でネメリアは平太を見て、その視線に平太はシャドーフに対する緊張感がいくらか削がれた。
「こんなところで何してるんだ。というか封印を解いたのはお前らか」
「なにしてるのかと言いたいのはこっちなんだがな。封印とやらは知らん。というかこの気配は封印とやらが解かれたからか。どうりで突然強い気配が感じられたわけだ」
「いきなり行くぞとか言ったの、その気配を感じたからなの!? 少しは説明してよ!」
修行の途中でなんの説明もなく連れ出され、休みだと浮かれていたネメリアはシャドーフをして強いと断じた気配の主のもとへ向かっていたということに逃げ出したい気持ちが湧きあがる。
「おい、この先になにがいる」
「それに答える必要はない。邪魔だからどっか行ってくれ」
シャドーフの問いかけに、平太はそっけなく返す。
このやり取りからネメリアはこの二人が親しい仲であるというわずかな可能性を捨てた。
「ほう、力づくで聞きだしてもいいんだぞ?」
「やれるもんならやってみろ」
シャドーフが拳を握り、平太が剣を握る手に力を込める。
平太が強気なのは魔王の力を使えるため慢心している、というわけではない。シャドーフの力量を見抜いて、自分よりも上と見て、それでもなお過去に戦った魔王よりは下でなんとかなると判断したからだ。
シャドーフも平太が以前よりも格段に強くなって自身に迫る強さを持っていることを察し、戦いが楽しみになる。
戦闘狂の笑みを浮かべたシャドーフと表情を鋭い物に変えた平太の間に、顔を引きつらせたネメリアが割って入る。
「はい! やめやめ! シャドーフもそっちの人もなにか用事があってここに来たんでしょ! こんなところで無駄に争って消耗していいの!?」
これを言うだけでもそれなりに消耗したようでネメリアはぐったりしている。それだけ平太とシャドーフの空気が緊迫感に満ちたものだったのだ。
先に戦意を解いたのは平太だ。強い角族と戦闘になることを考えると、ネメリアの言うようにここで消耗するのは避けたかった。平太がひくと、グラースも戦意をいくらか収める。
それを見てシャドーフはやる気が削がれたようにしらけた表情となった。
「で、ここになにがあんだよ」
「神に封印された魔王。その封印に異変があったから見てきてくれと頼まれた」
平太は答えながら封印を目指して歩き出す。それにシャドーフたちはついていく。
「魔王か」
「といっても長い封印で弱体化してるらしいが」
「弱体化してこの気配か。いいね、戦いがいがある」
「魔王と戦うのか? お前たちの王だろうに」
魔王の気配に惹かれてここに来たと考えていた平太は、シャドーフからでた意外な言葉に少し驚く。
「昔の王のことなんざ知ったことかよ。強い奴と戦えればそれでいいんだ」
「ああ、そういえば力を求めてたな。久しぶりだから忘れてた。まあ、こっちとしては戦力が増える形だからいいが」
「お前と共闘するとは思わなかったな」
「こっちもだ」
シャドーフの強さには信が置けるので、これからの戦いにおいて心強くはあった。
「二人はどんな関係なのよ」
「二度戦った。一勝一分け。今戦ったらどうなるか」
「まあ、最初のようにボロ負けはしないさ。俺だっていくつもの戦いの経験は積んでいる。仲間と一緒にお前以上の敵とも戦った」
「シャドーフ以上の強さの敵ってそうそういないと思うんだけど、なにと戦ったのか」
ネメリアの質問は答えられることはなかった。平太がシャドーフの仲間を嫌って答えなかったというわけではなく、封印をみつけ、そこに角族がいたからだ。傘を差した少女の角族で、片目に花飾りのついた眼帯をしている。
封印の目印である大岩のすぐ近くに地下への穴が開いている。その先にエラメーラが封じた魔王がいるのだろう。
シャドーフはその角族を見て口を開く。
「あいつ、生きてたのか」
その声音に生存を喜ぶ感情はなく、ただ見たままを口に出したといった感じだ。
「何者?」
「以前負けた奴だ。強くなってから、エラメルトにちょっかいかけておびき寄せて、ボロボロにしてやった」
ボロボロにして、貶して、見逃すという以前やられたことをそのまま返したのだ。
ちょっかいとはカテラが病気になったときのことだ。ボロボロにされた礼に少女の角族を探そうと思ったが、エラメルトに近づくなと言われたことを思い出し、探すよりもおびき出す方が早いと考え、エラメルトに病気を撒き散らしたのだった。
格下相手に隠れる気もなく、シャドーフは堂々とその角族の前に姿を見せる。
シャドーフを見た少女の角族は、驚いたあと、怒りと憎しみに顔を歪ませた。
「あんたっよくもよくもよくもぉっ!」
シャドーフを気が弱い者ならば気絶しそうな視線で見る。
それをシャドーフは気にせず、ただ邪魔だなとだけ思う。相手は再戦を望んでいそうだが、執着心は感じるものの強くなった様子はないのだ、興味はまったく湧かず戦ってみたいとは思わない。
「そこどけ邪魔だ。弱い奴はどこかでこそこそしてろ」
しっしっと手を振ってどかそうというシャドーフに、少女の角族の怒気はさらに増した。
怒りのまま少女の角族はシャドーフへと突進する。それをシャドーフは突き出された右腕を掴んで、突進の勢いを殺さず放り投げた。
それなりに遠くへと飛んでいく少女の角族を見ながらシャドーフはネメリアに話しかける。
「ネメリア、あれを相手しとけ。背後から何度も突っかかられても邪魔だ」
「はあ!? あんなに怒ってる奴を相手しろって」
「今日の鍛錬はあれとの戦いだ。わかったな?」
「……わかったよ」
ネメリアは肩を落として了承する。なにを言っても拒否は無理だと察したのだ。
「グラース。ここを頼める? あれが背後からっていうのはたしかに面倒だし」
任せろとグラースは吠える。そのグラースに平太はカレルの宝珠を再現して差し出す。
「使い方はわかるだろ?」
グラースは吠えて宝珠を咥える。口の中に入れておいて、隙ができれば冷凍砲を叩き込むつもりだ。
平太の言葉にネメリアはパァッと顔を輝かせる。グラースの実力はわからないが、一人よりはだいぶましだと思えた。この助力にシャドーフがなにか言うかとネメリアはそちらを見るが、なにも言わず穴の方向に視線を向けていたことで、協力者の存在はありだとほっと胸をなでおろす。
「行くぞ」
用事はすんだと判断しシャドーフが歩き出し、平太はグラースを一撫でして追う。
二人が地下へと穴に入ると、すぐに少女の角族がネメリアたちの前に姿を見せる。
「あいつはどこ行ったぁっ!」
「先に進んだわよ。私たちにあなたの相手を任せて」
「そこをどけ! あいつにこの怒りを叩きつけなくてはいけないのよ!」
「できないわね。通すと後が怖いもの」
「だったら押しとおるまでよ! さっさと潰れなさい!」
「グラースだっけ? 頑張ろうね」
「ガウ」
怒りのまま突っ込んでくる少女の角族へ、ネメリアとグラースも突っ込んでいく。
外で戦いが始まった頃、平太とシャドーフは明かりの札を使い先の見えない穴を早めのペースで歩いていた。
通路はわずかにカーブを描いているようで、背後に見えていた入口は見えなくなっていて、前後ともに真っ暗だ。
二人の間に会話はなく、静かな通路に足音のみが響く。そうして体感で三十分弱といったところで前方に明かりが見える。
明かりから目をそらさずシャドーフが口を開く。
「あそこだな。気配も強くなっているし」
「気配は角族のものなのか、それとも魔王のものなのかわかるか?」
足を止めず二人は口を開く。
「質の違いまでは判断つかん。ただしそこらの角族より強いってのはわかる」
「そうか」
平太はすでに魔王の封印が解けているつもりで気合いを入れる。剣を抜き、盾を左手に持つ。
シャドーフに武具はなく、拳を握り、戦いが楽しみだと薄い笑みが口元に浮かんでいた。
すぐに封印の大本に着く。そこは正方形の空間で、縦横百メートルほど、高さ八メートルほどだ。四方に石の柱があり、地面には石畳が敷かれていた。奥には祭壇のようなものがあり、そこにエラメーラに似た大人の女性の石像がある。その石像にはいくつかのひびが入っていて、黒い湯気のようなものがわずかに漏れ出ていた。
石像の前に誰かいて、封印の間に入ってきた二人に気づいたようで振り返る。
その人物に平太は見覚えがあった。
「いつだかの行商人?」
エラメルトやローガ川の町で会ったことのある行商人だった。行商人の額には以前にはなかった黒角がある。
「もう来たのか。それも角族と一緒に。いや角族か、そいつは?」
シャドーフを見て、不思議そうな顔となった角族。
「普通の角族からはずれて、人間に近くなってんだろうよ。まあ俺は自身がどうであろうと気にしちゃいないが」
「再現使いに、角人とでも呼べる存在か。主復活を邪魔されないため策を弄して遠ざけたというのに。あいつら役に立たなかったな」
「策?」
角族の言葉に心当たりがないと平太は首を傾げる。
「子供をさらわせてエラメルトから遠ざけたことだが?」
「あれ、あんたのせいだったのか!?」
「主復活に際して準備は万端にしておきたかった。障害となりうるものは排除しようとしていろいろと調べたのさ。神や人は簡単だ。町から動けないように魔物を仕向ければいい。だがお前はあの町に縛られているとは言い切れない。現にお前はいなくなっていた。それでも戻ってくる可能性はあると考えた。だからお前をエラメルトから遠ざけるための手段として子の縁を動かした。解決にもっと時間がかかると思ったのだがな」
「俺一人遠ざけるためにそこまでするのか」
警戒しすぎだろうと、驚きと呆れを平太は抱く。
「するとも。再現使いはかつて魔王を倒したと伝わる。復活を目立つ形で行えば確実に立ちふさがるのは君だと考えたさ」
「誰もかれも、どうにも特別に考え過ぎじゃないか。そりゃ再現はとても便利だが、一人でなんでもやれるわけじゃない。魔王だって頼れる仲間と一緒に倒した。一人で戦っていれば確実に負けた」
「まるで魔王と戦ったことがあるような物言いだな」
角族は若干不思議そうだ。過去に行ったことを知らなければ無理もないことだろう。
平太はそこに気づいたが説明などはしない。
「まあいい。こうして目の前に現れたのだから、いまさらなにを言っても無駄だろう。もう少しで順調に復活は叶ったのだが、無理矢理起きていただくとしよう」
「させると思うか」
まだ復活していないならこのままにしておく方がいい。そう考えた平太が突っ込もうとして、シャドーフが平太の腕を掴んで阻止した。
「なにすんだ!?」
「せっかく強敵と戦える機会を奪うんじゃねえよ」
「馬鹿言うな! 弱体化しているだろうが、魔王は魔王だ。戦わないにこしたことはないんだぞっ」
平太がシャドーフに文句を言っている間に、角族は考えていたことを実行する。石像を背にして、自らに剣を突き立てる。胴を突き抜けた刃の切っ先が、石像に食い込む。刃を伝って、角族の力が石像に注がれていく。それにともない石像のひびが広がっていった。
「それが無理矢理起こす策なのか?」
平太を掴む腕を振り払われながらシャドーフが聞く。
「封印は強固だ。力任せに破るには硬すぎる。主は死に関連した力を持っていた。だから死を媒介にした力が、封印を解くきっかけとして一番適している。感じるだろう? 主の力が膨らんでいくのを」
シャドーフだけではなく、平太も以前感じた魔王と似た力が封印の間を満たしていくのを感じる。同時に平太はエラメーラの力も感じた。慣れ親しんだ力で、間違えようもないはずのものだ。
封印に使われていたというものならば、この部屋に入った時点で感じていてもおかしくはない。けれど感じたのは封印が大きく崩れてからだ。
「どういうことだよ。魔王が復活するなら魔王の力を感じるのはわかる。けどなんでエラメーラ様の力も感じるんだ?」
それに誰かが答える前に石像が壊れた。
石像の中には誰かがいて、剣を胴に刺したままの角族が振り返る。その表情は致命傷を負っている苦しさなど感じさせない、復活を喜ぶものだ。しかしすぐに喜びから困惑へと表情が変わる。
「誰だ? 我が主はどこだ!?」
演技ではない心底戸惑った声が平太とシャドーフの耳に届いた。
誤字報告ありがとうございます




