58 救出
調査が終わったのは王の予測通りの三日後で、平太たちは再びリヒャルトと一緒に城へ上がる。
先日と同じ執務室に案内され、そこで王たちが待っていた。
平太たちが部屋に入ると全員そろったということか宰相が口を開く。
「リヒャルト様、準備は整いました。説明を始めたいと思いますがよろしいでしょうか」
「頼む」
リヒャルトの短い返事に、宰相は早速話し始める。
「では始めさせていただきます。前準備として殺し屋組織の有無、そして出入り口の確認を行いました。結果、以前と同じように殺し屋組織はそこにあるとわかりました。次に出入り口は四ヶ所みつけてあります。これですべてかどうかは不明と言わせていただきたい」
「うむ。調査時間が短いということで、すべて見つけたと言えんのは理解できる」
リヒャルトが理解を示し、平太たちも頷く。
「ご理解ありがとうございます。続いて救出および殺し屋組織壊滅の日時ですが、今日明日で準備を整えて明後日に開始したいと思います」
いかがかと宰相は平太たちを見る。
これも短い調査時間の都合ということで、平太たちも承諾する。
「明後日で確定しました。では次に、当日の計画です。おおざっぱに言いまして、先に救出人員を送り込み、一定時間が過ぎると確認できている出入り口から兵たちを突入させるという感じになります」
「救出人員はどういった能力や技能を持っているのでしょうか?」
ロナにとって所属していた組織がどうなろうとかまわず、気になるところはミナを救出する人たちのことだ。
「隠れ潜む。そういったことが得意な者たちだ。向こうに侵入が知られれば娘さんを連れ出されるかもしれず、目的が娘さんとばれると人質にとられる可能性もある。ばれないことを第一に考えての人選だ」
「そういった技能はあちらの得意分野だと思うのですが、用意する人材はあちらに侵入を悟らせずにいられるのでしょうか」
「そこは難しいところだ。あなたが言うように相手の得意分野に対抗するのだからな」
平太が手を上げ発言する。
「そこに関して力になれるかもしれません」
「あなたが?」
「ええ。三段階目まで上げた隠密行動用の能力を再現できる。侵入人員と一緒に入れば、能力面からならば互角か上になるんじゃないでしょうか」
「そのようなことまで可能なのですか」
まだまだ再現という能力を甘く見ていたと宰相は思い知らされた。
「魔王討伐にはこういった能力も必要だったということです。ほかにも能力を三段階目まで上げた人はいましたよ。そういった人たちの能力も使用可能です。今回必要とされるのは隠密行動のほかに治癒の能力でしょうか。死んでいなければ胴体が千切れかけても治療可能です」
「魔王との戦いはそこまでできなければ駄目だということか」
王が感心と戸惑いを混ぜた感想を漏らす。今の世界で魔王と戦える人間はどれくらいいるのか、想像してみたが善戦するとは言えない。むしろ苦戦する光景の方が容易く想像できた。
「ほかにどのような能力があったのか聞いてもいいか?」
王の質問に平太は頷き、反射や鼓舞や強化された水の能力について話す。応用や細かな使い方は省いて、どういったものだけかを話していった。
それらを話して宰相に顔を向けて、同行についてどうかと尋ねる。
「隠密行動はできるのですか? 彼らの足を引っ張るようならば」
「それに関しても再現でどうにかできる」
「……再現というものはほんとに」
宰相は呆れたように言い、咳払いして続ける。
「のちほど侵入人員と顔合わせしていただけると助かるのですが」
「わかりました。そのときに能力も体験してもらいましょう」
話し合いは続き、作戦開始時刻や捉えたアサシンの処遇など話して解散になる。
ロナとグラースはリヒャルトと一緒に孤児院へと先に帰り、平太は宰相と一緒に諜報部署に向かう。
宰相は諜報部署の長に声をかけて、用件を告げる。話していた長がちらりと平太に視線を向ける。好奇心が表情に現れていたが、宰相が窘めたことで好奇心を消す。
用件を聞いた長は、少し待つように言って部下に人を呼ぶように伝える。
応接用のスペースで宰相と平太を待たせて、十五分ほどで長に呼ばれた者たちがやってくる。三人の二十才から三十才の男女だ。男が二人に、女が一人。動きが洗練されていて、戦いの経験のない宰相から見てもある程度の戦闘能力があるとわかる。
仕事の続きをしていた長が呼んだ理由を話して、宰相と平太の方へ向かわせる。
「お呼びと聞きました」
リーダーらしき三十才の男が宰相に一礼してから声をかける。
「うむ。明後日の仕事に関して話があるのだ。訓練場へと向かいながら話すのでついてきてくれ」
「わかりました」
宰相が立ち上がり、平太もついていく。
宰相は明確な主語を使わず、侵入の日時、同行者が加わること、同行者の能力をこれから体験してもらうことを話していく。
侵入人員たちも平太が同行者なのだと話の流れで理解して、平太にちらりと視線を向ける。
いくつかある訓練所のうち人の少ないところに到着し、宰相は少し下がる。かわりに侵入人員の長が平太の正面に立つ。
「俺はカリエル。今回の侵入作戦でリーダーを務めることになった。あっちの二十才過ぎの男はハロッド、二十才半ばの女はチャシー」
「俺は平太。救出対象の父親みたいなものだ」
その自覚はまだないが、こう名乗った方が話は早いだろうと考えた。
「ヘイタが同行すると聞いたが、できるのか?」
「アサシンの技術を再現できる。足手まといにはならないだろう」
「再現使いということは聞いた。本当に存在するのかと疑問に思ったよ。だからこの目で確かめないことには信じることはできん。侵入に使う能力とついでに強さも見せてもらいたい」
「じゃあ能力から。使うものは複数人を潜ませることができるもの。使われている対象には効果は実感しにくいだろうから、誰か一人離れて効果を観測してほしい」
「では私が」
チャシーが宰相の隣に移動する。
平太は離れたことを確認し、自分を含めて三人を対象に能力を使う。
「……!」
チャシーがわずかに驚きを表情に表す。
離れていたチャシーには目の前にいる三人の気配がかなり薄くなったのがわかる。明るい状況だからいることがわかるが、暗ければ三人がどこかに移動しても見逃しそうだった。気配を捉える鍛錬はかかしていない。その自分がこうまで察知しづらいことに驚く。これが能力の極地の一つかと人の可能性に感心した思いを抱いた。
宰相にはそこにいるはずの三人の姿が薄くなったように見えた。瞬きすれば消えていそうに思えるくらいに、存在感が感じられない。
「どうだ、チャシー?」
「すごいと言い表すしかありません。それを使われた状態であれば、駆け出しの諜報員でも一人前の活動ができそうです」
「それほどまでか」
チャシーがこういった場でお世辞を言わないことはカリエルもよく知っている。
「能力に関しては十分以上ということらしいな。では次に戦闘能力だ。争いになったら自分くらいは守れるかどうか」
合図もなしにカリエルは平太に殴りかかる。それに平太はしっかりと反応し体をそらして避けた。
カリエルは続けて両の拳で殴りかかり、平太は落ち着いて避けたり腕でガードしたりと対応していく。
攻めている途中でカリエルはちらりとハロッドに視線を向ける。視線を受けたハロッドはポケットに手を入れて、そこにあるコインを握る。そうして平太がハロッドに背を向けたところで、握っていたコインを投げつける。
避ける仕草もない平太にハロッドは当たると思ったが、コインはなにかに弾かれて地面に落ちた。
「当たりませんでした」
ハロッドがそう口に出したことで、カリエルは攻撃を止めた。
「ハロッドに攻撃をしかけるよう合図を出したことに気づいたのか?」
「誰かになんらかの合図を出したことは気づきましたよ。どういったことをしてくるかわからなかったので、死角にシールドの能力を使ってました」
平太も見えない位置からの攻撃は避けられない。だから防御できるように避けながら能力を使っていた。
「戦いの方も実力は十分にあるか。俺としては同行に異論はない」
アサシンや諜報員の得意とする闇討ちに関してはわからないが、真正面からの戦いは自分以上だと実感できた。これならば足手まといにはならないだろうとカリエルは同行を認める。ハロッドとチャシーはリーダーの判断を信じるため、異論はない。
この後は、作戦開始当日の夕暮れに孤児院に迎えに行くといったことを話して解散となった。
去っていく平太を見ながら宰相は平太の実力についてカリエルに尋ねる。
「能力なしの真正面からの戦いは国有数、もしくはトップもありえます。突き抜けた強さというわけでもないですがね」
「能力ありだと?」
「手がつけられないと思いますよ。どういったことができるかわかりませんが、とれる手段が多すぎることはわかります。戦いの経験も豊富そうで、対応力も高そうですしね」
「彼は魔王との戦闘経験があるそうだ。それだけの強さがあって初めて魔王との戦いに臨めるということなのかもしれんな」
「魔王が出現したとは聞いたことありませんが、別の大陸でのことですか?」
情報を司る部署に所属する自分が知らないなら、この大陸の話ではないのだろうとカリエルは聞く。
宰相は平太が話したことをカリエルにも省略して話す。
「過去で戦ったと、本当なんでしょうかね」
「さてな。始源の神が行ったことならば本当かもしれぬ。それだけのなにかを感じた」
「……最後に魔王が生まれたのは二百年弱くらいと聞いています。その強さは本やおとぎ話に残るのみ。魔王というのは我々が思った以上の強さなのかもしれませんね」
角族や魔物は暴れているものの比較的穏やかな時代が続き、人の強さは低下している。そんな現代で魔王が出現したことを考えると、その被害はどれほどになるのか。宰相たちは想像し顔を顰める。
「いつ現れるかもわからん。軍備に予算を割いた方がいいのだろうか?」
他国から見るとどういった理由で軍備強化したのかわからず、警戒を抱かれることにもなりかねない。魔王が出現するという前兆があるわけでもないため、侵略のための誤魔化しと受け取られることも考えると、安易に軍備強化を行えない。
「実力者か筋のいい若手を集めて、鍛錬できるよう予算を組むか。これなら他国を刺激せずにすむだろう」
「うちの部署からもハロッドを鍛錬に出していいですか?」
カリエルの現場引退後に自身のかわりを任せられそうな人材と考えていた。いろいろと経験させるため、ハロッドを連れまわしているのだ。そのハロッドの強さを上げる機会は逃したくはない。
「部署の長の了承はもらえよ」
「わかりました」
酒の場ではあるが、長とも現場の今後については話しているのでほぼ確実に承諾してもらえると考える。
そういったことを話しつつ、宰相たちも訓練場から去る。
救出当日、その夕刻にカリエルたちが孤児院に来る。
準備するものなどは特にないと聞いていた平太は身軽さを優先して剣のみを持ち、防具は身に着けていない。
カリエルたちも住人に紛れるように私服だ。ハロッドのみ、リュックを背負っている。音の対策はされているようで、リュックから大きな音はでない。
「もう少し暗くなってから向かおう。それまでは町をうろつくかここで待つか、どっちでもいいぞ」
カリエルが言い、平太としてもどちらでもよかった。
「ここでいろいろと再確認してようか」
「わかった」
平太たちは孤児院の庭のベンチで、侵入してからの動きを話していく。そうしているうちに日が落ちた。
魔法の明かりがあちこちに灯る町中を平太たちは殺し屋組織の出入り口を目指して歩く。カリエルの話では、兵たちも少しずつ殺し屋組織の出入り口近辺に集まり潜んでいるということだった。
平太たちが目指すのは倉庫の一つ。そこに隠された出入り口がある。
人気のない倉庫街に到着し、カリエルが倉庫を指差して小声であそこだと示す。
殺し屋組織の本拠地は王都にある大きな店だ。百年以上前からある店で、そこが所有する倉庫の一つが今平太たちが見ている倉庫だ。
「見張りはいないが、侵入を知らせる罠があると思っていいだろう」
「能力はここから使った方がいい?」
「頼む」
平太は能力を使い、効果がでたことをカリエルたちに頷くことで知らせる。
一行は足音を忍ばせ、周囲を警戒し、倉庫に近づく。
カリエルが平太に待つように手で指示を出して、チャシーとハロッドと一緒に罠などを調べていく。扉には罠はなく、中に人もおらず、問題なく入ることができた。中は暗く、カリエルたちはほのかに光る石をポケットから取り出す。その石は紐で縛られていて、床に近い位置までぶら下げて歩き出す。明かりは膝までをぼんやりと照らしていた。
地下への階段を見つけた一行は、カリエルを先頭に地下に降りる。地下室の奥に棚があり、カリエルたちがそこを調べる。
棚は横にスライドするが、侵入者を知らせる罠もあった。罠の一部の鉄線を慎重に外してから、棚をスライドさせる。棚の後ろに真っ暗な通路があった。
入る前にカリエルが平太を見る。
「明かりはつけずに行く。暗闇の中での行動は慣れているか?」
「行動はしたことはあるけど、慣れてはないよ」
「だったらハロッドの後ろを歩いて、肩を掴んで移動だ。ハロッドいいな?」
「はい」
平太がハロッドの後ろから肩を掴んだのを見て、カリエルたちは光る石をポケットにしまう。すると周囲は真っ暗になった。
行くぞ、とカリエルが小声で言い、ハロッドが歩き出す。
暗闇の中をゆっくりとした速度で歩く。平太にはわからなかったが、カリエルたちには通路が少しずつ下りながら曲がっているのがわかる。十分くらい歩くと、遠くの方にぼんやりとした明かりが見えた。
「一度止まるぞ」
カリエルの小声が聞こえ、ハロッドが止まり、それに合わせて平太も止まる。
カリエルはこの場から明かりのある場所を探る。影が動いていないか、人の声がしないか。そういったものを探って、大丈夫だろうと判断し、軽く壁を叩いて動く合図とする。
再び通路を進んだ一行は、明かりが頭上から入ってきていることをしる。見上げると空が見えた。
「どうやら枯れ井戸らしいな。ご丁寧にはしごもつけられているし、ありがたく使わせてもらおう」
カリエルが壁に設置されたはしごを握って、軽くゆすり音がでるかなど調べて、登っていく。はしごの終わりで一度止まり、そこから周囲の様子を探る。町の雑踏が遠くから聞こえてきて、近くに人がいる気配はない。
カリエルは音もなく井戸から出て、平太たちを手招きする。
チャシーが上がり、平太が次に、最後に背後を警戒していたハロッドが上がる。
一行は物陰に移動し、そこから周辺を探る。
「俯瞰の能力で敷地内を見てみる?」
小声での平太の提案にカリエルは頷く。
ここはそれなりの広さを持っている。店と家と倉庫と庭、それらが合わさりサッカーコートよりやや小さいといった広さだろう。
日も暮れて時間が経っていることで、屋外に出ている者は少ない。見回りとして三名ほどが明かりを手に歩いていて、倉庫の前にも二人見張りがいる。
いくつかの窓から明かりが漏れていて、そこそこの人がいることがわかる。倉庫の中からも明かりが漏れていて、誰か作業中なのかもしれない。
こういったことを平太はカリエルに伝えていく。
「そうか。誘拐された子供がいるなら家か倉庫のどちらかと見ている。先に倉庫の方を探ってみることにする。これまでとかわらず周辺を警戒したまま移動するぞ」
カリエルが方針を決定し、三人は頷く。
一行は影から影へと移動し、倉庫の入口反対へと到着する。格子のはまった小さな窓からはまだ明かりが漏れていて誰かがいるのがわかる。
カリエルはチャシーに手のみで指示を出す。
それに頷いたチャシーは能力を使い、掴むところのない垂直の壁を四つん這いの形で上がっていく。
チャシーの能力は、移動制限排除だ。今使っているのは最初の能力で、二段階目は移動時のみ水の上や火の中でも問題なく移動できる。子供の頃はまだ発現していない能力の影響で、いろいろなところに簡単に上り、追いかけっこで無敗を誇っていた。
「……」
窓に着いたチャシーは無言で中を覗く。倉庫内には木製の家具や陶製の壺などがたくさんある。それらを動かしながら店員らしき者たちが話しつつ品物の確認作業をしていた。
特に声を潜めているわけでもないため、チャシーの耳まで内容が届く。
「ロッテッタの椅子の数はどうだ?」
「あるぞ。さっきの机の数と一緒だから問題ないな。傷とかも大丈夫だったよな?」
「大丈夫だった。以前からついている小さな傷以外はなかったぞ。確認は終わったから、もとに戻して終わるとするか」
「そうだな」
「あ、そうそう。お前、聞いたか? 何日か前から次期店長になる子供がここに来ているんだと」
「聞いたな。聞いただけで姿を見たことはないが」
「俺もだ。まだ五才かそこらの子供らしくて、現場に出さないのはわかるが、まったく姿を見せないのもおかしいなって思ったんだよ」
「人見知りでもしているんじゃないか? 親と来たって話は聞いてないし、周りは知らない人間ばかりなら怖がるだろうさ」
「一人で来てるのか。そりゃ心細いだろうな。親も一緒に来たらよかったのにな」
「女どもの会話で聞いただけだが、両親は既に亡くなっているらしい。祖父母も同じくだ。ここだと仕事で忙しく構える人間がいないだろうから、よその人間に預けてたんだろう」
「家族が残したこの店を一度見に来たのかねぇ」
「かもしれんな。さて元の位置に戻したし、外にでよう」
「おうさ」
作業をしていた店員たちは明かりを消して倉庫の外に出る。暗くなった倉庫の中からはなんの音もなく、誰もいなさそうだとわかる。
ここにミナがいるとすれば隠し部屋でも作られていて、そこに閉じ込められているのだろう。
チャシーはこれ以上の情報は手に入らないだろうと地上に降りて、聞いたことを話していく。
「ここは外れの可能性が高いか。いるとすれば家の奥。さて上手く侵入できるだろうか」
難しくともやらないという理由はなく、どこからが入りやすいかカリエルたちは建物を見ていく。見回りを避けて、建物の周囲を見て、窓から中の様子も確かめていく。
そうして二階の部屋の一つを侵入場所と決めて、ささっと建物に入る。
まずは壁や扉に耳を寄せて、周囲の声を聞いていく。廊下に人がいないことを確認すると、チャシーだけが廊下に出て、天井を移動して周辺調査を行っていく。
残った平太たちは部屋で息を潜める。そのまま三十分ほど時間が過ぎて、部屋にチャシーが戻ってきた。
「おそらくこの二階に救出対象はいます」
「その理由は?」
「扉の前に見張りが一人、ほかの部屋には見張りはなしです。そこに食事を持った者が近づいていました。食事の量が大人一人分というには少なかったです。部屋の位置から考えると、あそこは窓がなかったはず。外からの救出などを警戒しているのではと思います」
「そうか。ありえるな」
行ってみようとカリエルが言い、全員で行動を開始する。先頭は再び天井を移動するチャシーで、彼女の合図に従い三人はついていく。
廊下の突き当たりにその部屋はあり、今四人がいるそこから七メートルほどか。角に隠れて暇そうな見張りを見ているというのが現状だ。
カリエルが無言で天井を指差し、頷いたチャシーがゆっくりと天井を移動して見張りの真上で止まる。それを確認しカリエルは床を軽く踏んで音を立てる。それを見張りの気をひくつもりだったのだが、平太の使っている能力のせいで気づかれなかった。
カリエルが少し困った顔になり、大きめの足音を鳴らすか考える。そのせいで見張り以外の気をひくかもしれないと思ったのだ。
「すまんが一度能力を消してもらっていいか」
カリエルの頼みに平太は頷いた。彼のやりたいことを邪魔しているとわかったのだ。
平太が能力を消しハンドサインで知らせると、カリエルは再び足音を鳴らす。
今度は見張りも誰か来たのかと顔を。平太たちが潜んでいる方向へ向ける。
その隙にチャシーが廊下へ着地して、見張りを絞め落とした。次に見張りを静かに廊下に寝かせると、扉の罠を知らべる。扉にアラームの罠があり、侵入がばれるのは避けたい。
「罠は?」
「ないと思います」
チャシーが断言しないことでカリエルもざっと調べて罠がないことを確認すると扉を開ける。
見張りを担いで四人で中に入り、すぐにハロッドが扉に能力を使う。能力は頑丈化で、扉の強度を上げたのだ。侵入がばれたときのため扉を破られないようにという考えだ。
部屋に入った平太はすぐにベッドに体育座りしているミナを見つけた。ミナは入ってきた者たちに関心がないのか、顔を上げない。
「ミナ」
平太が声をかけるとミナはばっと顔を上げて、くしゃりと表情を歪ませた。近づいてきた平太に、勢いよく抱き着いて声を上げて泣き始める。
その背をポンポンと軽く叩いて、ミナのしたいようにさせつつカリエルに話しかける。
「このあとはこのままここで待機ですか? 脱出するなら王都の入口に転移できますけど」
「そういったこともできるのか。外の騎士や兵たちが突入したのを確認してから頼めるか?」
「わかりました」
平太はベッドに座り、まだ泣いているミナを太腿に座らせる。
そうして三十分ほど時間が流れ、外が騒がしくなってきた。ドタドタと廊下を走る音も聞こえてきた。すぐに「見張りがいない」という声も近くから聞こえてきて、ドアノブがガチャガチャと音を立てる。だが扉はハロッドが押さえていて開かない。
「脱出する。転移を頼む」
頷いた平太は静かに震えるミナを抱き上げて、ハロッドの近くに行く。カリエルとチャシーも同じくだ。
全員が一ヶ所に集まり、平太は転移を使った。
平太たちが消えるとすぐに壊れるかという勢いで扉が開き、男と女が中に入る。「いないぞ!」「逃げられた!?」「いつ侵入された!?」といった会話を交わし、ミナを連れてくるように指示を出した者に知らせるため走り去っていった。
その後、ミナと救助に来た者が能力で隠れている可能性を考え、もう一度この部屋に戻ってくる者がいた。そしてそのせいで脱出が遅れ、兵たちに捕まるのだった。
殺し屋組織の関係者はそのほとんどが捕まった。準備時間の短さゆえに見逃していた隠し通路はあったもののそれは一つのみで、そこから逃げた幹部は一人のみだ。
急な脱出だったため本拠地にあった資金などを全て持ち出すことは難しく、再起を図るには資金面でも人材面でもそれなりの期間を覚悟しなければならなかった。
その幹部にとっては幸いといっていいのか、ついてきた部下は幹部直属のものばかりで、それ以上人材が減る心配はなかった。あとは本拠地以外に隠してある資金回収や現状仕事中のアサシンの呼び戻しなど今後について考えながら、王都から離れていく。
逃げた幹部はミナのことも考えたが、再びの誘拐を考える前に組織の体裁を整えることが最優先で、優先順位はかなり下がっていた。
転移した平太たちは、王都の入口で見張り兵に一度止められたがカリエルのとりなしで中に入ることができた。
カリエルたちは上司に救出が成功で終わったことを知らせるため城へと直行し、孤児院に向かう平太たちとはわかれた。
平太はしがみついてくるミナを抱いたまま、孤児院に向かう。その途中でミナが平太に話しかける。
「パパ」
「なに? ママのいる孤児院まではもうすぐだよ」
「ママとパパがほんとうのママとパパじゃないってほんとう?」
平太は少しばかり驚き足を止める。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「あの人たちがほんとうのママとパパはしんだって。今のママたちはにせものだって」
「……」
余計なことを言いやがってと平太はアサシンたちに心の中で舌打ちする。
ロナがいないここで話してもいいものか迷う。ロナに任せた方がいいのではと思ったが、ロナの口から聞きたくないからここで聞いてきた可能性もありえると悩む。このまま黙っていても悪い方向にいきそうな気がして、良い考えが浮かばないまま平太は歩きながら口を開いた。少しだけ早足になっているのは、ロナにこの話題をぶんなげたいという思いの現れか。
「その人たちの言うことは少しだけあってる」
「どこがあってるの?」
「ほんとうのママたちは死んだってこと。今のママたちはミナのお爺さんからあとは頼むと託されたんだよ」
「バイルドおじいちゃん?」
「いやそっちじゃなく、本当のママたちの方のおじいちゃんだよ」
「ほんとうのかぞくはいない?」
また泣きそうになりながらミナが聞く。
続く人生相談に平太は溜息を吐きたくなる。そんな様子を見せると傷つけることはわかりきっているので、溜息を吐いたりはしないのだが。
「本当の家族ってのはどんなのだろうね? もちろん血の繋がり、ミナを生んでくれたママとパパは本当の親なんだろう。でもロナだって生みの親に負けないくらい愛を注いでいたはずだよ」
「そうなのかな」
平太は足を止めて、ミナを抱きなおし、真正面から向かい合う。ミナの不安に揺れる目が平太から視線を外そうとして、そうする前に平太は続けて視線を固定させる。
「俺よりもミナ自身が知ってると思うんだけどな。思い出してごらん、一緒に遊んで楽しくて、褒められて嬉しくて、怒られて泣いて、隣にいないと寂しい。違うかい?」
「……ちがわない」
「そういった思い出は、いやなもの?」
ミナはゆっくり首を横に振る。楽しい思い出は当然として怒られて泣いた思い出すらも、思い返してみると大事なものだった。
「ロナはミナを大事にして、一緒に過ごしてきた。楽しいことも寂しいことも全部ひっくるめて、その思い出を大切にしている。ミナもロナと同じように思い出を大切に思っているなら、家族っていっていいと思うんだけどな」
「いいのかな?」
「もうロナがママなのは嫌だって思ってる?」
ミナはすぐに首を横に振った。
「そんなことない。ママがいい、ママといたい」
「だったらロナも本当のママなんだよ。それでなにも問題ない。これまでどおり甘えていけばいい。ロナはそれが嬉しいだろうから」
そう言いながら平太はミナを抱きしめた。ようやく見えてきた孤児院にほっとしたものを感じる。
もうすぐママに会えると言いながらミナをあやし、足早に孤児院に入る。
与えられた部屋に向かい、扉を開けると平太の気配を察知していたグラースが扉の方を見ていた。つられてロナも顔を向けている。
平太に抱っこされているミナを見ると、心配そうな表情からいっきに安堵の表情へと変わり、駆け寄ってきて平太ごとミナを抱きしめる。
「よかった! 本当に無事でよかった!」
「ママ、ママ!」
ロナもミナも泣きながら互いに再会を喜び合う。
抱き着かれている平太は感動的とは思うものの、場違い感もある。ミナのことを我が子と受け入れられていないからだろう。身内という感覚はあるのだが、子供と認めるにはまだ時間が足りなかった。
ミナをロナに渡して、リヒャルトに会いに行く。救出できてたら顔を出してくれと言われていた。
リヒャルトの部屋の扉をノックして、返事を聞いて扉を開く。
「無事救出できたようじゃの」
「はい。どこも怪我はなかったようでよかったです」
「見た目は大丈夫でも、ショックを受けているだろうからそこらへんのケアは忘れぬようにな」
「そこはロナがしてくれますから大丈夫でしょう」
「ふむ?」
首を傾げたリヒャルトを平太はなにかおかしなことを言ったかと疑問を抱く。
「ミナといったか。その子に関してなにか思うところでもあるのかね?」
「……わかりやすいですかね」
「なにかしらの複雑な思いがあることはわかるな。どういった思いを抱いているのかはわからないが」
平太はミナとの関係を話し、帰り道で家族についてミナに伝えたことも話す。
ミナを子供と受け入れきれていない自分が、家族について話したことはよかったのか、本当にあの説得でよかったのか、なにか正解だったのかと考えを吐露する。
「難しい話だな。ここは孤児院だ。ほとんどの子供はハンターの親が死に、引き取る親類もいないことでここにやってくる。しかし親に捨てられたという子供もいる。血の繋がった親でもそういったことをする。かと思えばロナとミナのように血の繋がりがなくとも幸せな家族となれるものもいる。ヘイタの問いに正解などないのじゃよ。それは自分でもわかっておるだろう?」
「こういった話に正解はないと聞いたことはあります。実感する日がくるとは思っていませんでしたが」
「一緒にいて幸せで、必要としている。互いにそうなりたいと思っているのならば、それだけでも家族といっていいと思う。わしも孤児院の子供たちとは血の繋がりなどないが、家族と思っておるよ」
「……ありがとうございます」
誰かから間違っていないと言ってもらいたかった平太は、それを見抜いて肯定してくれたリヒャルトに頭を下げる。
リヒャルトも平太を肯定するためだけに家族観を述べたのではなく、たしかにそういった考えを持っていた。
「ミナとの関係はいまだ悩む時期なのだろう。今すぐに結果をだすべきものでもない。ゆっくりと時間をかけて接していけば、なるようになるだろうさ。ミナのことを嫌いというわけではないのだろ?」
「はい。戸惑いはありますが、嫌いではないです」
「ならば父としてでなくともよい。血の繋がった親でも子が生まれた瞬間から親として切り替わるわけでもないしの。身内が幸せになるように思い動けば、問題なかろうさ。子供というのは思いのほか賢いものだ。思い悩んだまま接すれば、そこを見抜いてくる。変に気負わず、これまでどおりでいいと思う」
「……そうします」
父親であれ、悩むことは許されない。そう言われず平太は肩の荷が下りた気分になる。そしてとりあえずミナが幸せに過ごせるように動こうと思えた。
幸せと考えて、平太はパーシェやロナやミレアの顔が浮かぶ。彼女たちのこともそうしたいと思う。エラメーラのことも思い浮かんだが、自分が神を幸せにするなど思い上がりもいいところだと人間の三人について考えることにした。
「ありがとうございました」
「なんのなんの。若者の話を聞くのは年寄にとって楽しいことでもあるからの」
好々爺の笑みを浮かべたリヒャルトに再度礼を言い、ロナたちの部屋に戻る。
ロナとミナはすでにベッドの中で一緒に寝ていて、離れたくないと抱き合っているように見えた。
部屋に入ったことに気づいたグラースの頭を撫でてから、平太も隣のベッドに寝ようと横になる。起きたら平穏な日々が過ごせると思っている平太の予想を裏切ることが、朝に待ち受けているとは思いもせず、睡魔に身を任せる。




