56 森林散歩と登山
フォルウント家のできごとから数日ほど時間が流れ、平太はガブラフカの使いに呼ばれてフォルウント家を訪れる。
数日留守にしていた平太に使用人たちは不思議そうな視線で挨拶しながら仕事に戻っていく。当主就任が嘘だとまだ教えられていないのだ。
執務室につき、ノックして返事を聞き扉を開く。部屋の中にはガブラフカのほかにブルナクと見たことのない男がいた。
四十才手前くらいの坊主頭の男で、とても緊張した様子だ。
「ヘイタ様、お待ちしていました」
立ち上がり平太を歓迎するガブラフカ。
嫁候補の主治医から話を聞けるようになり、平太に来てもらったのだ。
「やあ、数日振り。そちらの男は初めて見るけどどちらさん?」
「こちらは彼女の主治医です」
「ああ、例の。薬草などの返答を聞かせてもらえるんだね」
ガブラフカは頷き、主治医に話しかける。
「私にもした話を、あちらの方にも頼む」
主治医は恭しく頷いて、平太へと体を向ける。ガブラフカが格上の者として扱っているため、平太に対しても緊張した様子だ。
「初めまして。私はセレンノア嬢の主治医をしているへルートと申します」
「丁寧にどうも。秋山平太と言います。セレンノア嬢の体質改善に使えるかもしれない薬草を取りに行く者ですね」
「そのように聞いています。その薬草について詳細をお願いできますか?」
「ええ、地元の斡旋所から聞いたものですが」
草の形、いつどこで生えるのか、どのような薬に使われているか、その効能。そういったことを知るかぎり話す。
主治医は真剣な表情でときおり頷き聞いていく。平太の話が終わり、少し考え込んでから口を開く。
「聞いて判断したところ、その系統の薬草に拒絶反応を行す可能性は低いと思われます。絶対とは言い切れないので、一度薬を作り少し飲ませて反応をみるといったことをしなければなりません」
予想済みのことでガブラフカは頷く。
「あとはセレンノア嬢は病気ではないため、一度薬を飲めばそれで回復といったこともありません。飲み続ける必要があります。さらに作られた薬は効果が強いと思われます。ですので彼女にとっては毒にもなりえます。一つの薬を一ヶ月に少しずつ飲み、徐々に回復といった手段をとった方が無難かと。飲み続ければ必要な薬の量は減り、十年後には半年に一回薬を飲むだけで、普通の暮らしができるようになると思います。最後にこれは私の診断なので、念のためほかの医者にも診断してもらった方がいいでしょう」
言いたいことを言い終えてへルートはほっと胸をなでおろす。
「なるほど、わかった。薬作りはあなたに任せた方がいいのかな?」
ガブラフカが聞くと、へルートは首を横に振る。へルートも薬を作ることはできるが、フォルウント家ならばもっと腕のいい薬師にあてがあるだろうと思ったのだ。へルート自身はその薬師に、セレンノアの体質などについて説明するだけのつもりだ。
そう説明されてガブラフカは納得する。
「では薬師が手配できたら、また来てもらいたい」
「わかりました。では今日は帰ります」
「礼はのちほど届けてもらう」
へルートは頭を下げて部屋から出ていく。へルートは患者を取られた形になるが、十分な礼ももらえることが確定していて、この方がセレンノアが元気になるとわかっているので気にしない。
「説明は終わったし、薬草を取りに行ってくるよ?」
斡旋所からの許可はすでに得ている。そのとき採取したものは一度どこの斡旋所でもいいから持っていってくれと言われていた。どれくらい採取したのか、今年の植物の様子はどんな感じなのか調べるためだ。買い取り所を通さずに売ると、盗みと同罪になることも付け加えられた。
平太は了承した。採取したものはいくらか国に渡さなければならないと覚えていたので、斡旋所には最初から行くつもりだったのだ。
「はい、お願いします。どれくらい時間がかかるかわかりますか?」
そうだねと平太は移動にかかる時間などを脳内で予測していく。車での移動は過去で散々やっているため、それを基準にする。バラフェルト山での移動は、買い取り所で聞いたことを元にして、おおよその時間をわりだす。
「早くて五日。ハプニングがあっても一ヶ月くらいだろう」
バラフェルト山の周囲にある森まで、エラメルトから徒歩三日だ。車を使えば一日で到着でき、そこから徒歩で森を抜けて山に入るのに一日。山に入って必要なものを探すのに三日もあれば十分だろうという計算だった。
「わかりました。それに合わせるようにこちらも準備を進めておきます」
その準備にはセレンノア嬢との使い魔ごしではなく、直接対面も含まれていて緊張がガブラフカの中にある。
手紙を通しての交流では、好意は感じられ嫌われていないと断言できる。だが直接会ってから嫌われるかもと思うと、出向くのに足が竦む。
そういった思いを心の中に隠し、ガブラフカは平太にお願いしますと頭を下げた。
用事は終わり帰ると言う平太をガブラフカが止める。
「もう一件、お伝えしたいことが」
なんだろうかと視線で先を促す平太。
「この国の王があなたと一度会いたいと連絡をしてきまして。断ることもできますが、どうされますか」
「断るととでこの家に不利益が生まれることは?」
「ありませんね。貸しが一つ減るくらいでしょう」
「じゃあどういった目的で会いたいと言っているのか、そこらへんはわかる?」
「あなたを取り込めたらという考えはあると思いますが、絶対にそうしたいとまでは思っていないかと。王族にはフォルウント家の血も混ざっていますから、一度くらいは先祖に会ってみたいという好奇心もあると思います」
百三十年ほど前の王子とフォルント家直系の娘が恋仲となり、嫁いでいったのだ。王子は王となり、その子孫が現在の王だ。
「仕えないかという誘いは断るとして、好奇心か」
悩む様子を見せる平太に、ガブラフカは判断の一つといて付け加える。
「私としては一度くらいは会ってあげてほしいというところですね」
「それはまたどうして」
「彼にも息抜きが必要だと思うのです。若くして王位を継ぎ、いろいろと大変な思いをしていますから」
「まあ、一度くらいならいいかな。あ、大げさに場を整えたりしないでね。ちなみに王は今何歳?」
「私の二つ下、二十歳ですね」
王になったのは何歳かという平太の質問に、十六才だと返ってくる。
「若いな。なんでまた、そんなに若く」
「病弱な第一王子と思慮の足りない第一王女で、王位継承の問題が起きかけまして。それを見た王が、年の離れた第三王子を次期王に決定しました。第二王子は他国に婿入りしていたので、第三継承権を持っていたのが第三王子だったのです」
「争うような奴にはやらんってことか」
「いやまあ、第一王子自身は争うつもりはなかったと思うのですよ。その周囲が張り切りすぎてまして」
第一王子は王としての仕事に耐えきれそうにないと辞退を考えていたが、母親とその実家が欲に目が眩んだのだ。
第一王女の方は、第一王子の権勢が弱いと見て、第一王女を煽てて権力を得ようとした者たちが集まっていた。
第一王女にまともな人材が集まっていれば王もそちらを指名したが、不安がある者たちが多かったのだ。
フォルウント家にも両陣営から協力の要請がきていたが、きっぱりと断っていた。そういったものに関わらないと建国当初から告げているのだ。
こういった流れをガブラフカは平太に話す。
「第三王子は問題なかったということか」
「これから問題ない方向に育てられるという考えもあったと思いますよ」
「育てるって考えていたのに、さっさと王にしたんだな?」
「第一王子と第一王女の周辺に文句を言わせないため、さっさと交代を進めたと聞いてますね」
教育不足で王となり、苦労しているというのが王の現状だ。先代王がまだ生きていて頼りにできるとはいえ、一国を背負う重圧はかなりのものなのだ。
「大変そうだな」
「ええ、大変だと思います。私が背負ってるフォルウント家でも重いと思いますから、国という重みはどれくらいのものか」
平太も想像できない重さだ。そういった重さを背負ったことのない平太が想像したとしても、王が背負っているものに到底及ばないだろう。
気晴らしになるようなことができればいいがと思いつつ、平太はエラメルトへと帰る。
エラメーラの部屋ではなく、エラメルトの町入口に転移し、家に帰る前に斡旋所に寄る。
職員に近々バラフェルト山に向かうことを伝えると、職員からできればいいのでと前置きされてから、いくつかの採取を頼まれる。積極的に探しはしないがそれでもいいならと平太は受けた。採取物のリストを受け取り、家に帰る。
「ただいまー」
「おかえりー」
平太の声を聞いたミナが駆け寄って抱き着いてくる。
そのミナの頭を撫でながらリビングに入ると、住人が勢ぞろいしていた。
「明日からグラースを連れて、バラフェルト山に行ってくるから」
椅子に座り、膝に乗せたミナに構いながら以前から言っていた予定を話す。
「供はグラースだけで大丈夫?」
ロナの疑問に、平太は頷きを返す。
「聞いた話だと魔物の強さは問題なく対処できるものだから。注意するのは毒を持った草や虫の方。それもあの山に何度か入った人から話を聞けて、経験と知識を再現できるようになっているし大丈夫。付け加えて、帰りは転移だから行きだけ気合いを入れればいいからね」
「聞けば聞くほど便利な能力よね」
「便利なだけならよかったんだけどね。始源の神に目をつけられて過去に飛ばされたりするし」
トラブルが生まれるのだからプラスマイナスゼロだったかとロナたちは思う。
「けがしないでね?」
「うん、ありがと」
危ないところにでかけるのだろうとミナが心配そうに見上げてきて、髪を撫でながら平太は礼を言う。
昼食後、ミナがグラースと一緒に昼寝をしてから平太は家を出る。向かう先はファイナンダ商店だ。
店員にこんにちはと声をかけて、パーシェがいるか尋ねると頷かれ、客室に案内される。
「いらっしゃいませ、ヘイタ様」
「こんにちは。今日は以前から頼んでいたバラフェルト山に入るのに必要な道具を受け取りにきたんだ」
「用意していますよ。帰る際にお渡ししますね。そろそろ向かわれるのですか?」
「うん。明日からね」
「怪我などには気を付けてくださいね?」
「怪我とかしないために、準備はきちんと整えてるから」
平太はパーシェを安心させるように笑みを浮かべる。それにつられてパーシェも笑む。
「山で採取してくるもののリストはできてる?」
「はい。こちらになります」
持ってきていた封筒を平太に渡す。渡されたそれの中身を平太は確認する。
三十ほどの名前と特徴がずらりと並ぶ。それは斡旋所でもらったリストとかぶるものが多かった。
「それをすべてとは言いません。三種類は確実に、五種類あったらありがたい。といった感じですね」
「三種類は少ないと思うんだけど」
「そうでもないです。山の素材が直接手に入るというわけでも十分ですからね。それに実家の方でも人を雇って入手していますから」
「ああ、俺以外にもいるなら少なくてもいいか」
納得し、封筒にリストを戻す。
山に関しての話はそれで終わりとして、話は雑談に移る。
一時間ほどいろいろと話して、シューサに行ってみたいというパーシェとデートの約束もして、店から出る。
忘れずに頼んでいた軽量符や山にある毒草などに聞く薬なども受け取っている。その代金は採取してきたものを店に売ったときに引かれる予定だ。
翌日、エラメルトを出た平太はグラースと一緒に少し歩き、町から十分離れたところで車を再現し乗り込む。すぐに東南東へ車を走らせる。
馬車やバスとすれ違いながら走っていると、前方に森と山が見えてきた。山は全体が木でおおわれていて、ぽつんぽつんと開けた場所が見える。
森に入る前に休憩をとっているらしいハンターたちのテントも三つほどあった。
そういったテントから離れたところで車を止めて、荷物をおろす。 車は目立ち、テントにいた者たちから注目を浴びていたが、平太は気にせず荷物を持って森へと向かう。
これから森に入ると、山に着く前に夕方になり、夜を過ごすことになるかなと歩きつつ平太は考える。
「グラース、しばらく自由に動いていいよ。動けなくて退屈だったろ」
そうするとばかりにグラースは短く吠えて、一足先に森に入っていった。
「俺ものんびりいくかなー」
アロンドたちと一緒に行動していたときやサフリャと村作りをしていたときに、何度も森歩きはしていていまさら緊張などせず、森に足を踏み入れる。
自身の経験とここに入った者の知識を再現したおかげで、どこが危ないか、どのように歩けば危険を回避できるかわかり、平地を歩くようにすいすいと進む。
森の中はやや騒がしい。前方から魔物の騒ぐ音が聞こえ、それにつられて虫や鳥が騒いでいた。
「グラースはりきってるなー」
グラースは散歩ついでに平太の邪魔になるような魔物を追い払っているのだ。ついでに強くなるための戦闘も行っている。そのおかげで平太は戦闘なく楽ができていた。
ファイナンダ商店と斡旋所のリストに載っていた植物などが進路上に見えたら、少し立ち止まり採取して進む。
スムーズに進んでいるので、予定していた森の踏破速度よりも早く山に入ることができるだろう。
外で森に入る準備をしていたハンターたちが知れば、その速度に驚くこと間違いない。
そうして日が暮れ始め、ここらで野営をと考え、足を止めた平太にグラースも気づき戻ってくる。
「お、魔物の鹿をとってきたのか。ちゃっちゃと処理して、夕飯に使おう」
手慣れた様子で血抜きや皮剥ぎを行っているうちに日が完全に暮れる。
火をおこし、明かりの札も使って明かりを確保して、鹿の処理をすませる。
「先にこっちを食べててな」
内臓をグラースに渡し、腿肉などに塩コショウで下味をつけて串に刺し、火のそばに置く。
じりじりと肉が焼けている間に、簡単なスープも作っていく。
周囲に焼けた肉やスープの匂いが漂いだし、グラースもそれらをじっと見ている。
「そろそろかな。熱いから気をつけてな」
肉から串を外して、皿と一緒にグラースの前に置く。それをグラースは弱い冷風をあてて冷ましていく。
平太も少しだけ肉を冷まし、かじりつく。肉汁と脂があふれ、串を伝って指につく。それをなめて、平太は頷く。
「強めの魔物の肉だけあってシンプルな味付けでも美味いな」
「ガウ」
同意だとグラースが吠えた。
笑った平太は汚れていない手でグラースの頭を撫でて、手に持つ肉をいっきに食べていく。
スープはインスタントスープみたいなもので味はそこそこだが、口の中に残る肉の旨味と合わさって良い感じに味が引き上げられた。
「ごちそーさんっと。ミレアさんの料理も美味しいけど、たまにはこうした野外料理もいいな」
串や鍋をささっと洗い、火に枯れ枝をくべて、グラースの毛を梳く。
周囲に魔物の気配はあるが、明るいうちに暴れたグラースを警戒して近寄ってくることはない。
「これだとリストにある魔物の素材は無理だろうなぁ」
まあいいけどと思いつつ、ゆっくりと毛を梳いていく。
静かな時間が流れていき、魔物の襲撃もなく夜が更け、朝が来る。
朝食は昨日の肉の残りを食べて、火の始末をきちんとすませて出発する。グラースはどこかに行くことなく、平太の隣にいる。
一緒に進んで一時間ほどで、平太たちは山のそばに着く。
「再現した記憶によると、整備されていない道があるんだっけ」
人が何度も通って道のようになったもので、歩きやすいものではない。
それを平太は周辺を見渡し探すがみつからず、このまま登るかと山に踏み入る。目指すは山頂ではなく、中腹より上だ。目的の薬草はそこらに生えている。
三十分ほど歩いて森から離れると、魔物の注目が集まり出す。
「またグラースに暴れてもらうのもいいけど、魔物の素材もほしいからね」
グラースにはこのまま平太のそばにいてもらうつもりだ。
魔物の気配に囲まれつつ、平太たちは山を登り続ける。しばらくすると木々の向こうから黒地に黄色の斑点の山猫のような魔物が姿を見せ、濃く深みのある青い目で平太たちを見ている。大きさは雌のライオンほどだろう。再現した記憶から名前はトパーズキャットだとわかった。
敵意を平太たちに見せて、今にも飛びかかってきそうな体勢だ。
「ハンターを始めたばかりの頃だと震えて逃げ出しそうな気配だなぁ」
今の平太に逃げ出そうという気持ちは皆無で、向けられた敵意を平然と受け止めている。
平太が剣の柄に手を動かすと、それに反応しトパーズキャットが飛びかかってくる。グラースもほぼ同じタイミングで飛び跳ね、迎撃する。
「隙ができたら斬りつけるよ」
戦っているグラースにそう声をかけて、抜いた剣を片手に持ち、戦いの推移を見守る。
山で育ったトパーズキャットの動きに乱れはなく、木々も足場にしてあちこちへと動き回る。
それに翻弄されることなく、グラースは動きを読み、対応していく。平太を守りながらだと傷を負っていたかもしれないが、今の平太は自身の身を守ることができる。そのため戦いにのみ集中できるのだ。
グラースの爪と放つ冷気がトパーズキャットを傷つけていく。このままでは負けると察したトパーズキャットは逃げるそぶりを見せる。
「今だ、あ」
動こうとした平太は止まる。グラースが追撃していたのだ。このまま任せていいなと判断した平太は剣を納めて、解体用のナイフを取り出す。
空中でトパーズキャットの首に食らいついたグラースはそのまま地面へと着地し、落下の衝撃でトパーズキャットの首の骨が折れた。
甲高い悲鳴を上げて事切れたトパーズキャットから口を離し、グラースは平太を見る。
近づいた平太はグラースの背をかくように撫でて、解体を始める。
「必要な部分は内臓だったか」
特に重要なのは心臓や肝で、胃腸はリストには載っていなかった。
心臓と肝をグラースに冷やしてもらい、軽量符と縮小符と時間操作符を使って小袋に入れる。一緒にトパーズキャットと書いたメモも入れて口を縛る。次に剥いだ皮を丸めて、こちらも三種の札を使い袋に入れる。
腿肉を昼食用に切り分けて、残った部分はグラースのおやつとして渡す。
グラースが食べている間に、平太は解体でついた血と脂の汚れを落として、ナイフなどの手入れも行っていく。
一通りの処理が終わり、血の匂いで魔物たちの注意も集まる。
「さっさと離れよう」
「ワフ」
食べ残しを放置して平太たちは先を進む。残った肉に魔物が群がる気配が後方からしていた。
トパーズキャットのように向かってくる魔物のみを相手して、その魔物の素材や他の素材を回収して進むため、昨日ほど進みは早くはないが、昼過ぎには目的としていた中腹には到着していた。
開けた場所で止まり、そこから見える景色を楽しんだあと、目的の薬草を探す。
目的の薬草はビーインサトという名前で、ヒマワリに似た植物だ。開花はもう少し先のことで、今は真っ直ぐに立つ茎と葉があるだけだ。見た目はヒマワリよりも小さく、薄紫の花を咲かせる。
平太が周囲を見渡すと、高さ一メートルほどの植物を四本見つけることができた。
「あれかな」
そう言いつつ近寄り、茎や葉の特徴を調べていく。斡旋所で得た情報や再現した記憶の特徴を持っていて、間違いないと判断する。
二本を丁寧に引き抜いて、根についた土を落とす。もってきていた薄い布を広げて、その上にビーインサトを置き、包む。
「もう三本見つかればいいけど」
全てを持っていくのは禁じられていて、持っていくは半分までと斡旋所から注意されている。全て持って行っても斡旋所に確認のしようはないため、儲け優先のハンターはとれるだけとっていくが、やりすぎると真偽鑑定の能力持ちを呼ばれることになるのだ。そして規則を破ったとばれると、その地方の斡旋所では仕事ができなくなる。
平太はエラメルトから動く気はないので、規則を破りいらないトラブルを発生させる気はない。
残った二本のビーインサトに赤い紐を結びつける。このヒモはここで採取しましたよというサインだ。
「移動しよう、グラース」
ビーインサトはここのような開けた場所に生えていて、次の移動先は同じく開けた場所になる。
次の場所でもビーインサトはあったが採取されていて、ほかの場所を探すことになった。三時間ほどかけって数ヶ所の開けた場所を巡り、必要分のビーインサトを入手できた。
それを探すついでに、リストに載っている薬草などもみつけていて、収穫はそれなりのものになっている。
「これだけ採取すれば稼ぎも十分だな。グラース、帰ろう」
一吠えしてグラースが平太のそばに寄る。
忘れ物がないか確認して、平太は転移を再現し、エラメルトのそばに出る。
時刻はそろそろ夕方になろうかという頃で、早めに狩りを切り上げたハンターや夕飯の材料を買うため主婦が通りを歩いている。
それらに混ざって平太とグラースも歩き、斡旋所前でグラースと別れる。先に家へと帰したのだ。斡旋所に入り、買取のカウンターに行くと職員が不思議そうな顔をしていた。平太がバラフェルト山に行くことを知っていて、町を昨日出たことも知っている職員で、なにか急用があって戻ってきたのかと思ったのだ。
「確認お願いします」
バラフェルト山から採取してきたものを袋ごとカウンターに置く。
「アキヤマさん、バラフェルト山に行ったはずでは?」
「行ってきましたよ? これが採取してきたものです」
「え? 出発したの昨日ですよね? いやいやいやないです、早すぎる」
「移動手段があるんで、行き来が早いんですよ。まあ中身を確かめてもらえれば山に行ってきたとわかるはずです」
やや納得してなさそうな顔で職員は袋を開けていく。だが出てきた素材を見て、目を見開いたあとにわずかに呻く。すべての袋の中身を確認し、困惑した顔で平太に視線を向けた。
「すべてバラフェルトのものでした」
「うん。じゃあ返してもらいますよ?」
確認してもらった品を国に渡す分だけ残し袋の中に戻していく平太を見て、職員は売却しないのかと思う。バラフェルト山の素材はいつでも歓迎なのだ。
「えと、ここで売っていかないのですか? 状態もいいし、高めで売値がつきますよ」
「ファイナンダ商店にほとんど持っていくつもりですね。こっちで売る用もありますけど、少ないですよ」
斡旋所用にカウンターに残ったのは苔とキノコと蔓がそれぞれいくつかだ。
「これだけ買取お願いします」
「もう少し売っていただけるとありがたいのですが。ビーインサトとかどうでしょう? 通常より上の買取額を出しますが」
ちょうど金持ちからの依頼が入ってきているのだ。早い受け渡しは斡旋所に対する高評価にも繋がるのでほしかった。
「あー、それだけは駄目なんですよ。ビーインサトを手に入れるために入山許可をもらいましたから。ファイナンダ商店にも売らない素材ですね」
「そうでしたか。残念です」
職員は肩を落として、カウンターに残っている素材の買取額を計算し、お金を平太に渡す。
これだけでも平太が宿暮らししたら一ヶ月は働かず暮らせるだけの額があった。国に渡したものも後日お金が渡される。
斡旋所を出た平太は、ファイナンダ商店に行き、店員に素材を預けてすぐに店を出る。次は神殿だ。オーソンが喜んでくれるといいなと思いつつビーインサトを持って神殿の敷地内に入った。
オーソンは医務室にいるか、それとも訓練場で体を動かしているか、どちらに行こうか考えている平太の近くに、小さなエラメーラが現れた。
「あ、お久しぶりです」
そう言う平太に、エラメーラは深呼吸をしたあとに返事をする。
「ええ、久しぶりね。私に気をつかってしばらく会いに来なかったのでしょう?」
「そうですね。なにがあったのか聞いても大丈夫ですか?」
「まだちょっと無理ね。あなたが悪いわけじゃないから気にしないでいいわ。それよりも伝えないといけないことがある」
「なんでしょう」
「ミナがさらわれたわ」
え?と平太は首を傾げた。予想外の情報に聞き間違いかと思った。




