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55 用事ひとまずの終わり


「さて次は母上のところへ行きましょう」


 ガブラフカが平太を促し、部屋を出る。グラースに留守番を頼み、平太もその後ろをついていく。

 リーネの部屋はガブラフカとそう離れていない場所にあり、すぐに着く。

 ガブラフカはノックをして、返事を待たずに扉を開けた。礼がなっていない行為だが、犯罪者として接することに決めているため最低限の礼ですませたのだろう。


「何者……あなたですか」


 ベッドから身を起こしたリーネはネグリジェ姿で、つけられた明かりをやや眩しげにしている。


「このような時刻に何用です」

「私とヘイタ様がいる時点で言わずとも用件はわかるはずです」

「ああ、新当主もいたのですね。ならば失敗したということですか」

「そう言うということはなにを企てたか認めるのですね」


 少しだけ否定することを期待していたガブラフカは気落ちするが、それを表に出すことはなかった。


「傀儡化の能力持ちを送り込み、新当主を操ろうとしていましたよ」

「素直に認めるのですね。ではなにを考えて動いたのか、それも素直に教えてほしいものです。私たちではそこがわかりませんでしたから」

「必要ありません。私が命じ、命じたことが失敗し、命じたことを認めた。罰するにはそれで十分でしょう」

「たしかに十分ではありますが」


 なにをしたのか素直に認めたため、ここで口を閉ざされるとは思っていなかったガブラフカは若干の戸惑いを見せている。


「ではよいではありませんか。さあ、どこへなりともお連れなさい。それともここで命を絶ちますか」

「母上?」


 どこかなげやりになっているようにも感じられ、ガブラフカは余計に事情が知りたくなった。

 命を失うことよりも、事情を語らぬことが優先される。自身の知らないこの家の秘密でもあるのかと思う。

 事情を知りたくなったのは平太も同じで問いかける。


「あなたがよくてもこちらはよくありません。なぜ傀儡化させられようとしたのか、その理由が知りたいのですよ」

「あなたが当主を継ぐにあたって関係のないことです。話す必要はありません」


 きっぱりと断られ、これはいくら言葉を重ねても無理だろうと思えた。

 だが平太は語りかけることを止めない。


「必要はなくとも、知っておきたいのですが」

「くどいです。なにを言われようが語る気はありません。早く処罰すればいいでしょう」

「あなた聞くことは難しいようですね。ではほかに事情を知っている人はいるんですか?」

「いませんね。誰かに話したことはありませんわ」

「あなたが死ねば事情を知ることはできなくなると」

「ええ」


 その返事を聞いて、これくらい言葉を交わせば大丈夫だろうと考え、あとは触れるだけとリーネに近寄る。

 ガブラフカもリーネも処罰のため近づいたと考え、前者は止めようと思わず手を伸ばし、後者は受け入れたように背筋を伸ばしそのときを待つ。


「失礼」


 そう断り平太はリーネの細い肩に手を置き、すぐに離す。


「なにを?」


 少し触れるだけの行為がなにを意味するのかわからずリーネは思わず尋ねた。

 一方でガブラフカはもしかしてという考えを持った。


「読めるのか?」

「……読める? っ!?」


 ガブラフカの漏らした言葉で、予想がついたリーネは怒りや屈辱や羞恥が混ざった視線を平太に向けた。

 リーネが平太に出会い、一番感情を乱したのはここだろう。それほどまでに事情を知られることが耐えきれないことなのだった。

 立ち上がり止めようとするリーネをガブラフカが止める。


「母上がそんなふうに感情を乱すのは久しぶりに見た」

「放しなさいっ」


 どうにか止めようとするリーネが押さえられたまま三分ほど時間が流れる。

 そして事情を把握した平太から同情や生暖かい視線を向けられて、リーネは悔しそうに表情を歪めた。


「わかりましたか?」

「うん。乙女チックというか、貴族としては珍しいのか。女としてのプライドっていうのが一番合ってるのかな」


 リーネは無言になり、肯定も否定もしない。


「とりあえず動いた原因もわかった。計画的に利益を求めたんじゃなくて、衝動的に計画なんてなく動いたんだよ」

「衝動的に? どうしてそんな考えなしなことを」

「ガブラフカが原因だね。この家を出て、家庭を持つという部分が奥方の心情を刺激したんだ」

「へ? そんなこと?」

「まあ、本人以外からしたらそんなことなんだろう」


 平太はこのまま自身が語るかと視線を向けた。それを受けてもリーネは無言を貫いたため、平太は続ける。


「今回の大本は結婚なんだ。ガブラフカのではなく、奥方とロフタルさんのね」


 ロフタルというのはガブラフカの父親で、現在この屋敷では暮らさず町中で過ごしている。

 そこで家庭を持ち、ファルウント家とは距離をとっている。

 ロフタルがフォウルント家を出たのは、なにかしらの失態を犯してその責任をとったとかではなく、自らの意思で出た。

 愛した女性と穏やかに過ごすため、それを選んだのだ。ガブラフカとリーネを捨てて。


「奥方はロフタルさんとの結婚については政略的なものと捉えて嫁入りした。だからといって打算だけではなく、幸せな夫婦生活も望んでいたんだよ」


 リーネの両親が同じく政略結婚でありながら、上手く夫婦生活を続けていることが理由だった。そんな夫婦を見ていれば、自分もと思ってしまうのは無理もない。


「そうなのか」


 意外なことを聞いたとガブラフカは驚きをあらわにする。小さい頃から父はおらず、母もまたそのことに触れることはなかったため父との結婚生活は冷たいものだったのだろうと考えていた。


「でもね、そう考えていたのは奥方だけだった。ロフタルさんは奥方のことを後継者を生み出すだけの存在と見ていた。だから日常的に奥方と接することはなく、後継者作りのため褥を共にするだけで、妊娠がわかるとさっさと家から出ていった。奥方はロフタルさんと共にあろうと、コミュニケーションを欠かさなかった。笑顔での挨拶は当然として、相手の趣味や好きなものを知り会話を楽しめように注意し、それでいて積極的になりすぎないよう距離感にも気を付けた」

「父上はそれらを無視したのか」

「そうだね。なんらかの反応を返せば、まだ救いはあったんだろうけど。気にも留められていない。そのことが奥方を傷つけたんだ。一番の存在でなくてもよいと、本命の妾がいてもいい、それでも少しでも愛情を向けてくれれば。そう思っていたけど、ロフタルさんは妾に迎えるのではなく、奥方も家も捨てた。徹底的に相手にされず、自身はそこまでとるに足らない存在なのかと思ったんだよ」


 嫌われているならそれでもよかった。嫌いという理由を得て、離れていったのは仕方ないことなのだと納得する材料にできたのだから。

 関心を向けることもされないのでは、得られるのはむなしさだけだった。


「……」


 リーネのことを思うと、ガブラフカはなにを言っても慰めにはならないと考え無言で平太の言葉を聞く。


「そんな奥方に残ったのは当主の母親という立場だ。自身の価値を示すものはそれだけで、そんなときにガブラフカが家を捨てる発言をした。母親としての立場もなくなり、自分は何者でもなくなると思ってしまった。そりゃー感情的にもなるわな」

「……そうだな。話を聞いて納得できた。一つ疑問なんだが周囲からのフォローはなかったのか?」

「少しはあったみたいだね。ロフタルさんの予定を使用人とかが教えてくれたり、ブルナクさんたちは趣味嗜好について助言をしていた。生家の両親とも手紙のやりとりはしていたね。そういったフォローはロフタルさん相手には役立つことはなかったけど」


 ちなみに離婚後のフォローは完璧とはいえなかった。あまり触れられたくないことだろうと皆が遠慮したためだ。そういった配慮がリーネには距離感と感じられ、皆も自分から離れていくのだと思えてしまった。


「俺の結論としてはロフタルさんが悪いと思えてしかたない」

「仮面夫婦というのは貴族間ではよく聞く話ではあるんだが。母上の実家がそうではなかったことが期待を抱かせてしまったんだな」


 ちらりと自身の母を見ると、観念したように目を閉じて静かに座っていた。


「同情すべき点はあるけど、当主に対して行ったことはなかったことにはできない」

「失敗したけど?」

「行ったという事実を私たちが把握してますから。誰も知らなければ罰しようがなかったのですけどね。なにか望む罰はありますか?」


 ガブラフカは行う罰について問う。

 フォルウント家と主家が軽くみられるため、母親のやったことだから成功していないからと罰なしにはできない。


「未遂だからね。事情もあってあまり気はすすまないな。要望としては命をとるような罰はなしの方向で」

「命をもっての処罰はなしと……」


 ガブラフカはどういう罰が重くなるのか考え込む。


「決めました。母上」

「なんです?」


 どのような罰でも受け入れましょうと覚悟を決めた様子で息子の言葉を待つ。


「あなたの行ったことと事情を主家と分家に説明。同時に親子の縁、フォルウント家と生家との繋がりを絶ちます。あなたは今からただのリーネとなります。そしてこの敷地からでることを禁じます。住居も離れに移動です」


 ほかにリーネの生家にも責任追及を行い、関係を絶つ。ロフタルにも同様に罪を問い、これまでやってきた資金援助といった優遇をなくすつもりだ。

 これらを聞いてリーネは取り乱すことはなかったが、手が白くなるほど力を込めて握りしめショックを耐えていた。

 衝動的に動いたことで守りたかったものが一夜にしてなくなり、死んでしまおうかとも考える。だがガブラフカは自殺を予想しており、常に見張りを配置するつもりだ。

 

「隠しておきたかったことをばらされ、立場もなくす。奥方にとっての一番の罰となるか」

「分家たちには権力をすべて取り上げて幽閉とみられるでしょうね。これで分家の悪さが収まればいいんですけどね」

「母親にも情を見せず罰したとわかれば、少しは自粛するんじゃない? これでガブラフカの当主としての仕事もスムーズになるかな」

「だといいんですけどね。ああ、母上には言っておきましょうか。私が当主を退くというのは嘘です。ヘイタ様が当主になることを拒否されましたので、交代はありません。よって家から出ていくというのも嘘になります」


 よからぬ考えを持つ輩を誘い出すため芝居をうったという説明を、リーネがどう受け止めているのか二人にはわからなかった。

 外見上は聞いていないようにも見えて、すべてを失った今となっては関心を持てることではないのだろうと結論付ける。

 これ以上ここですることはないと、ガブラフカは平太に自室に戻っていいと告げる。


「ガブラフカは?」

「俺はもう少しすることがありますね。兵を置いて見張りを命じたり、尋問結果を聞いたりと」

「あまり眠れなさそうだね。明日の仕事が大変そうだ」

「仕方ないですよ。たまたに似たようなことはありますから慣れてます」

「書類仕事だけなら記憶や考え方を再現すれば手伝えるけど、やろうか? 少しは睡眠時間が増えると思う」

「迷いますね。とても魅力的な提案です」


 常々自身が二人いればもっと時間が有意義に使えるのにと思っていたのだ。

 だが自身のすべてを他人に知られることの不安もある。

 自身に使われる可能性がでてきて、母の精神的なダメージが理解できた。


「……ううう、悩みます」

「まあ、そのときになったら判断すればいいよ。俺は部屋に戻る。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 平太が出ていき、ガブラフカは人を呼ぶ前にリーネの前に椅子を持ってきてそれに座り声をかける。

 母の考えを聞いて、少しばかり話したいことができたのだ。


「母上、相談にのってもらいたいことがある。相談というにはちょっと違うか? とにかく話を聞いてもらえないか」


 親子の縁を切るとは言ったが、まだ書類や報告を行っていないからセーフだと自身に言い聞かせる。

 そういった考えにリーネは気づかず視線をガブラフカに向けて口を開く。


「……なにかしら」


 当主としてではなく、息子として話しかけていることを察して聞き返す。


「交際を考えている人がいるんだ。顔は合わせたことはないけど、手紙でのやりとりを始めてそれなりにたつ」


 ロフタルと離婚してなにも感じていないように見えたリーネには相談しなかっただろう。しかしリーネの結婚への考えを聞いた今ならば、交際や結婚というものについていい加減な答えは返ってこないだろうと思った。


「いつのまに、そんな様子はなかったはず」

「俺の能力は?」

「簡易的な使い魔の作成」


 平太が聞けば式神だと考えただろう。


「それを使って常日頃から町中を観察していたんだ」

「そんなことをしていたのね」


 最初にやろうと思ったきっかけは記憶にない父を探すためだったが、言わなくてもいいだろうと秘める。

 ノーヒントで探すにはこの町は広く、当主の仕事に関して重要なこと聞くため手紙を出したときに、ようやく住所を知れるまで見つけることはできなかった。

 見つけたときは十代半ばもすぎて父恋しいという年齢でもなかったため会いに行く気は起きなかった。


「小鳥の使い魔をとぱして観察していたとき、とある家で窓の外をきらきらと目を輝かせて眺めている人を見つけてね。なにをそんなに楽しそうに見ているのか気になって窓に着地させたんだ。それが交流のきっかけで、使い魔に手紙をもたせて文通を始めるのにそう長い時間はかからなかった」


 小鳥は能力で生み出していると手紙に書いたとき、すごいすごいとただ感心してもらえ、当主としてではなくガブラフカ自身を褒めてもらえたことはとても嬉しかった。これが恋愛感情の始まりだろう。

 そういった微笑ましい交流にリーネは羨ましさを感じた。自身が欲していた心温まる交流を息子はできていた。そのことがとても羨ましい。そして自身とは違うことに少しだけ安堵も抱いていた。


「その交流で彼女がなにを好きなのか、普段なにをしているのかを知った。体が丈夫じゃないことも知った。外にでて長時間歩き回れる体力がなくて、外の風景を見るだけでも楽しいんだそうだよ」

「あなたも自身のことを書いたの?」

「驚かせて寝込ませたくないから、フォルウントの当主だってことは黙っているよ」

「交際するなら告げなければならないわ。結果、離れていくこともありえるわよ。それに周囲の人間が当主の妻として認めない可能性もある。体が丈夫でないなら、そういった反応は負担にしかならない。子供を作ることも同じく負担になるでしょう。それに陰口を叩く者もでてくるはずよ」

「そうなんだよね。うん、そう言ってもらえて助かる。やっぱり話してよかったよ」


 助言めいたものをもらえたことで、結婚に関してリーネの言葉は信じられると思えた。

 一方でリーネはガブラフカの言いたいことがわからなかった。


「なにが言いたいの」

「特になにかを狙った会話じゃないよ。ただ俺はこういったことを考えていると言いたかった。今後接点は減るだろうから、今のうちに話しておきたかったという考えだと思ってくれればいい」

「そう」


 言いたいことを言いガブラフカは椅子から立ち、リーネに背を向ける。


「今後世話は母上が動かしたあのメイドにやらせることにする。あと来客を制限する。最後にしばらくしたらあまり体が丈夫そうではない明るい茶色の髪の女性が訪ねてくるかもしれない。そのときは話し相手になってくれたら助かる」


 縁を切ることになる自分は母に近づけない。そのため母の様子を見てもらうことを、彼女に頼むつもりなのだ。交際を承諾されるかわからないので、もしもの話なのだが。断られたらネズミの使い魔を離れに潜り込ませるつもりだった。

 言うだけ言ってリーネの返事を聞かず、扉を開ける。

 扉の前には能力を使って呼んだ警備が立っていて、リーネの見張りを命じると自室に戻る。


 夜が明けて、朝食の場でリーネ以外の皆がそろいガブラフカは大人だけ朝食後に残るよう告げる。大事な話があると言われれば聞かないわけにはいかず、なにを話すのだろうかと分家や客人たちは小声で話しつつ朝食をとる。

 朝食が終わり、子供たちが食堂からでていき、残った大人たちへとガブラフカが語りかける。


「朝食前にも言ったように重要な話がある。ここにいない母上のことに関してだ」


 分家たちはリーネがいないことには当然気づいていたが、体調を崩したのだろうと考えられていた。


「昨夜のことだ。母上の命令を受けた傀儡化の能力の持ち主が、当主の寝室へと侵入した」

「っ!?」


 皆一様に驚きをあらわにする。

 平太の隣にいたミレアも事情を今知って驚き、大丈夫だったかと不安を表情に浮かべ平太に尋ねている。


「当主自身が侵入者を捕え、今は地下牢へと入れている。母上は部屋に監禁中で面会禁止にしている」

「当主様!」

「俺は引退した身だが?」


 当主と呼んだリーネの生家からの客にガブラフカはそう返す。


「あ、いえっ今はそんなことを言っている場合ではありません!」

「当主に害をなしたことをそんなこと呼ばわりとはな」


 ガブラフカの冷たい視線に加え、周囲の人間の視線も呆れを含んだものになる。

 その客は慌てたせいで配慮が足らなかったことを自覚したがもう遅く、そのまま質問を続けることにする。


「そのことの詫びは後程。今はリーネ様のことです! きちんと調べたうえでの報告なのでしょうか!? 新当主様の虚言ということはありませんか!」

「調べないでこのようなことを言うわけがないだろう。昨晩のうちに母上本人から詳細を聞き、自白も得ている」

「そんな……」


 客は力なくうなだれる。


「今言ったように母上から自白を得ている。どうしてこのような犯行に及んだのか、それを話す」


 リーネが隠しておきたかったことをすべて話していく。

 皆の反応は、そのようなことで犯行に及んだのかという反応がほとんどだった。


「皆が理解できないのも無理はないだろう。個人の心情で行われたことだ。心など本人以外に理解するのも難しい。私も母上に聞くまではどういった事情で犯行に及んだのかわからなかった」

「心とは難しいものですな。それで罰としてはどのようなものに?」


 分家の一人が尋ねる。


「処刑は当主様から止められたためなしだ。なのでふさわしい罰を考え、母上が隠しておきたかった心情の公開、母上の権力の取り上げを罰とした。この話以降、母上は前当主の母という立ち場をなくし、生家との繋がりも絶つ。ただのリーネとして敷地内に監禁。面会も制限される」

「勝手に生家とのつながりも絶つというのはさすがに横暴なのでは? 向こうが認めないでしょう?」

「向こうにも罪はある。そこを突かれれば納得せざるを得まい」


 そのようなものはないとリーネの生家からきた客たちが声をあげる。


「本当にないのか? 生家から送られてきたメイドが傀儡化などという危険な能力を持っていたのだぞ? それは新当主に使われたが、俺に使われる可能性もあった。そうすればこの家はあちらのなすがままだ。能力や背後の調査をしていないとは言わせない。知っていて送り込んできた問題のある家ということだ」


 分家たちもこの家がよその家に乗っ取られる可能性を知り、客に険しい視線を送る。

 客としてはあのメイドの能力までは把握していなかったため乗っ取りは否定できるのだが、使用人の背後関係などの調査についてはガブラフカの言う通りなため黙るしかなかった。

 

「リーネ様の言うことが正しいのならば、前当主様の父にも問題があったのでは?」


 分家が疑問を問う。


「父上がきちんと対応していれば今回のことは起きなかったということだからな。当然あちらへの罰も行う。といっても直接害をなしたわけではないから、重いものは無理だ。本格的に当家との縁を切ってもらい、支援を切るということくらいだろう」


 後日この通知を受けたロフタルは支援打ち切りに不満を持ち、フォルント家に考え直しの手紙を送ったのだが、縁を切られているため手紙は通常処理の仕事として扱われ、素早い対応にはならず、さらに却下された。

 フォルウント主家関係者として優遇されていた彼は、コネをなくし楽ができていた部分が減り、本当の一般人として町の住民に埋もれていく。生活は少々苦しくなったが、不幸になったわけではないことは断言できる。


「報告は以上だ。ないと思うが、ほかにもヘイタ様に害をなそうとする者がいれば処刑も考慮した罰を与える」


 肉親にもきっちりと罰を与えているため、ガブラフカの発言を疑う者はいなかった。

 そんな分家や客を置いて、ガブラフカは平太たちを誘い、執務室へと移動する。


「これで彼らがどう動くか。母上関連で利益を得ていた者がいなくなることですし、空いたところに入り込むか、利益を取り戻すこと目的にヘイタ様に接近する者がでてくるでしょう。早ければ今日にでもでてくるでしょうね」

「接触しやすいように屋敷にいた方がいいかな?」

「そうですね。部屋に閉じこもりっぱなしというのも動きを待っているようで怪しまれるでしょうから、たまに敷地内を出歩いてもらえればありがたいですね」

「あいよ。とりあえずはここで仕事を教えてもらうふりでもしてから部屋に戻るか」


 ガブラフカは仕事を始めだし、平太はミレアから世話されつつ、グラースの毛をといたりと時間を潰す。

 一時間三十分ほどそうして、一度ミレアとグラースを伴って部屋を出る。

 特に目的なく屋内から出て、東屋で風に当たる。

 そこに三組ほど分家が現れて、軽く挨拶して去っていく。これといって踏み込んだ会話はなかった。


「顔合わせ目的だったのかな」

「私から見てもどこかおかしいということはありませんでしたし、それであってるかと」

「このまま何事もなければいいんだけどね。ミナも待たせてるし」

「今頃はまだ帰ってこないのかなと言っていますね」


 それを想像しミレアは微笑ましそうな表情を浮かべた。

 東屋から自室へと移動し、そこにも分家と客が訪ねてくる。今後頼るなら自分をと推薦する者やどういった経営をしていくのか尋ねる者がいた。

 それらしい返事をして対応し、こちらからもそれとなく彼らの考えを探る。しかし能力を使ったわけでもないため詳しい情報はわからなかった。

 昼食をガブラフカと一緒に執務室でとり、昼も部屋にいたり散歩したりしてすごす。

 夕食後に、ガブラフカの私室で今日の報告をする。


「特に目立った動きをする人はいませんでしたか。母上のような例外はなかったということですね」

「心の中まではわからなかったから、悪事を考えていた人がいたかもしれないけどね」

「そういった者たちには、ゆさぶりをかけられたと期待しますよ」

「それぞれの家に戻ってから動き出すとして、そこらの調査はできる? あ、能力を使うのか」

「能力も使いますけど、人を雇って見張らせたりもですね」


 分家はほとんどがこの町に住んでいるため能力を使っての見張りも楽だ。

 分家の者たちもガブラフカの能力は知っているが、近くにいる小動物や虫が使い魔かどうかの判断はできないのだ。

 使い魔の能力がどういったものか興味のあった平太は使ってもらい、実際に小鳥の使い魔に触れて再現可能になる。

 

「こんな感じなんだな」


 再現して飛ばした小鳥の視界が、俯瞰と似た感じなことにうんうんと頷く。

 平太は目を閉じて操作に集中しているが、長時間かけて訓練したガブラフカは作業をしながら操作することができる。加えて二体までならば同じように操作でき、操作に集中するなら四体まで操作できる。調査という面において、優れた能力を有している。

 使い魔を消し、飛ばせる距離と時間を聞いて、別の話題に移る。


「そういや仕事の手伝いはどうするか決めた?」

「ああ、寝る前に考えて、すっごく忙しいときはやっぱり人手があった方が嬉しいと思いましたね」


 そう言って手を差し出す。

 平太は握り返し、いつでも再現できるようになった。


「知ったことをよそで言わないでほしんですけど」

「秘密を言い触らして楽しむ趣味はないよ。そんなことしたら信用なくすだろうしね。ただでさえ記憶とかを再現できるって警戒されると思うし」

「私としてはヘイタさんへの思いを知ってもらえると喜ばしいことなのですが」


 強い憧れを持っているミレアがそう言い、ガブラフカはミレアならばそうだろうなと思う。


「皆がミレアのような人ばかりではないからな。それで少し頼みがあるのですがいいでしょうか」

「とりあえずどんな頼みが聞いてみるよ」

「俺の記憶を見たらわかると思うんですが、交際をしたい人がいるんですよ」


 照れたように言うガブラフカに、あらまぁとミレアが微笑ましそうにして、平太はまだ再現していないためそうなのかと頷く。


「その人は体が丈夫じゃなくて、子供も産むのも命がけとみてよさそうで。一時的にでも体を丈夫にできませんかね?」

「交際の手伝いじゃなくて、子供のことまで考えてるってことは断られることはないのか」

「あ、いえ、そこもまだわからないんですけどね。先のことを考えると準備だけでもと。なにかいい方法はあります?」

「んー……大怪我ならなんとかなるけど、丈夫にってのは聞いたことないかな。穏便じゃなければ魔物と戦って成長くらいか。そっちはなにか知ってる? 手段が難しかったりで実現不可なことでもいいけど」


 と言う平太はふとなにかがひっかかり、ん?と首を傾げた。

 その平太にミレアがどうかしましたかと声をかける。


「いや、なにか思い出しそうで」

「これまでの会話で記憶が刺激されたとすると……手伝いとか使い魔とか交際とか虚弱とかでしょうか」


 ミレアはこれまででた会話で特徴的だったことを単語にして並べていく。


「……あ! そうそう虚弱だ」

「虚弱関連のなにを思い出したんです?」


 自身の用事に関わりのかることで興味深そうにガブラフカは尋ねる。


「知り合いが体力低下するっていう病気になったんだ。近々それの治療用の薬草をとりにいく約束をしたんだよ。その薬草がなにか役立つかも? 交際予定相手の主治医に話を聞いてみたいところだけど」


 できるかと尋ねた。


「彼女の主治医については直接会ったことはない。でも名前は手紙に出たことがあるからすぐに探せる。けどうちの主治医に話を聞くんじゃだめなんです?」

「実際に診察している人の方が体に合わない薬とか知っていてそうだと思ったんだけど」

「ああ、そういう理由で。だとしたら彼女の主治医の方が適役か。主治医の調査したのちに呼んで話を聞くとしようか」


 平太は調査が必要なのか首を傾げる。


「腕はたしかなのか、人柄に問題ないのかとか一応は調べておきたいですね。人柄に問題があると彼女を利用してうちの権力を使おうとするかもしれません。利用のため体調に関していい加減なことを言われたり、悪化させるような調薬をされる可能性も」

「フォルウント家は大きな家ですから、よからぬことを考える人もでてくるのです」


 ミレアも付け加える。


「いろいろと大変だねぇ。俺たちが再建したときは活気はあったけど長閑なところだったよ」


 平太やサフリャに関する権力のいざこざは多少あったが、村自体には権力がらみの出来事はなかったのだ。


「先祖様方ががんばってくれたおかげでしょう」

「ここまで続いているとか俺たちは想像もしなかったけどな。サフリャも嬉しがる前に驚くことだろうさ」


 そして驚いたあとに、一度終わった場所が自身に続く人々の努力でそこらの国を軽く超えるほどに存続したことを嬉しそうに微笑むのだろう。

 そう言うとガブラフカとミレアも嬉しそうに笑みを浮かべた。


 翌日となり、分家や客は平太とガブラフカに挨拶し、帰っていく。

 仕事の報告の関係でもう一日滞在する者たちもいるが、明日で彼らは全員帰ることになる。それで平太の仕事はひとまず終わる。

 今日も平太は相手の反応を待ってすごし、ガブラフカは仕事をこなし、こっそりと情報屋と呼べる者に依頼を出した。

 分家や客の思惑はともかく穏やかに時間は流れ、さらに次の日残っていた分家たちも午前中に帰っていった。

 当主の執務室に昨日のメンバーに加え、ブルナクとカーレスがいる。


「ご苦労様でした」


 裏方の仕事を終えたブルナクが平太を労う。


「そこまで大変だったわけじゃないけど。むしろこれから調査とかあるガブラフカとかが大変なんじゃないかな」

「それが仕事ですから頑張ってもらいましょう」


 ブルナクの言葉にガブラフカは苦笑を浮かべる。わかってはいるが、そう言葉にされるともう苦い笑みしかでてこない。


「本当に大変になったらヘイタ様に手伝ってもらえることになっているから」

「そうなのですか?」


 ガブラフカの返答を聞き、ブルナクは平太に尋ねる。もしそうならば今後もフォルウント家と繋がりをもってくれるということで喜ばしいことだった。


「そういう約束はした。ただいつでも手伝えるわけじゃないよ、俺にも用事があるから。新婚生活の間はできるだけ手伝ってもいいと思ってるけどね」

「結婚するとは聞いていないが」


 ブルナクはガブラフカを不思議そうに見る。


「かもしれないというだけで確実にするとは言えない。もろもろ上手くいくといいのだけど。ああ、この件で町医者を家に呼ぶかもしれないことを言っておく」

「わかりました。ですが理由はあとで聞かせてくれるのかね」


 ガブラフカは頷く。

 こまごまとした話を終えて、ガブラフカはヘイタに今後の予定を尋ねる。


「とりあえず今日は一度家に帰ってミナを連れてこないと。状況が落ち着いたらこの町に連れてくるって約束したし」

「ああ、例の子ですな」


 ブルナクが訳知り顔で頷いた。


「ブルナクさんはミナのこと知ってるんです?」

「はい。ミレアからの報告にその子のことはありましたから。ついでに聞いておきましょう。ミナという子の扱いですが、当家に繋がりを持たせますか?」


 平太は首を横に振った。


「特にそういったことは考えていない。あの子はあの町で普通に育っていけばいいと思ってる。そういうわけだからこの屋敷にも連れてこないと思う」

「ではそのように」


 ここで平太がミナのフォルウント家入りを望めば、多少の波乱があるだろうと思っていたが、そういうつもりはないとわかり根回しの予定を脳内から消す。

 平太の当主就任と違い、まったく無関係のミナをフォルウント家に入れるにはいろいろと手間をかける必要があったのだ。ただ家に入れるだけではなく、平太という存在の子だと継承権も視野に入ってくるため簡単にはいかないことが予想できた。


「じゃあ行くかな」

「送らせましょう」


 カーレスがそう言うが、平太は自力で帰れるからと断るが、そこにミレアが言う。


「ヘイタさんの転移だとエラメーラ様の部屋に直行ですから、私としてはうちの人間に送ってもらった方がありがたいです」

「ああ、そっか。じゃあ送ってもらおうかな」

「手配してきます」


 カーレスは部屋を出ていき、転移の能力者を呼びに行く。

 カーレスが戻ってくるまでガブラフカの結婚について話し、やってきた転移の能力者に送ってもらい平太たちはエラメルトに戻る。

 家に帰ると昼食ができるのを待っていたミナに大歓迎を受ける。

 ニコニコと上機嫌に平太の膝の上に座り、留守にしていた間にあったことをミナは話していく。

 午後からは一緒にでかけるということで機嫌はさらに上向きになり、はしゃぎすぎて落ち着きなさいとロナに叱られることになった。叱りなれた様子に親の雰囲気がある。

 昼食を終えて、食器も洗い終えて、出発する。

 グラースは留守番だ。フォルウント家に滞在中はおとなしくしていたため、午後は町の外で走り回りたいということだった。

 一行の観光はトラブルなど起こることなく穏やかに終わり、夕食の買い物をしてエラメルトに帰っていった。

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