54 動いた者
大広間入口に立っている警備が一行を見て、扉を開ける。
大広間の中は歴史の授業で見たような、貴族たちがパーティーを開いている様相とかわりなかった。天井にはシャンデリア、ガラスの窓は磨き上げられ、カーテンも豪華な飾り付けがされていた。いくつもの長テーブルが置かれていて、そこに配置されている椅子に皆座っている。
視線がガブラフカに集まったあと、その隣にいる平太にも集まる。そこには歓迎の感情はなく、誰だというものと拒否のものが多かった。
魔王が放っていた気配に比べればなんてことのないもので、平太が動じる理由はなかった。
(当然だわなぁ)
それらの感情に納得した様子を見せる平太。詳しい情報説明は今日行うということなので、平太が復活したと知らせてもいないという話だ。なんらかの実績がある人物ならともかく、いきなり現れた人物に当主を譲ると知らされて歓迎できる者はそうはいないだろう。
部屋にいる者たちの視線をうけて上座に位置するところへ移動し、ガブラフカは参加者を見渡す。
(やはり来てはいないか。まあ、いいか)
招待状を出した父の姿がないことを確認して口を開く。
「皆、よく集まってくれた。本日は知らせていたように当主交代を行う。正統なる後継者が現れ、口伝に従い、私は快く譲ることを宣言しよう」
「おまちください! 我らに何の相談もなく当主を譲るなど納得いきませぬ!」
五十才ほどの男が抗議の声を上げ、何人もの人間が頷く。
「納得もなにも、当主就任に関してはもともと分家に相談なく行っていたことだと聞くが」
ガブラフカの確認の視線を受けてブルナクは頷いた。
「相談役のブルナクも肯定している」
「ですが! それはこの家の血を引く者が候補と上がっていたためで、今回は違うでしょう!」
「なにを言う。血という意味ならば、この方が一番濃いぞ」
「それはどういう?」
「敷地内に祠があるのは知っているな? そこに初代が眠っているという話も聞いたことあるだろう。教育課程で教わることだからな。最近祠の水晶が消えて、その中から現れたのがこの方だ」
「そ、そんなことあるわけが!」
皆一様に驚いた反応を見せた。その話は知っていたが、よくある伝説ようなもので復活など眉唾ものと考えていた。一度は祠を見学するが、その一度で興味を失う者がほとんどで見張りといった仕事以外で訪れる者はほぼいない。
近年では何度も訪れたのはミレアくらいなものだろう。
「今から全員で祠に行ってみるか? 水晶がなくなっているのをその目で確かめれば信じるだろう」
「移動させた可能性だってあるでしょう!」
「あんな大きなもの運び出すのに目立たないわけがない。そういった様子がなかったのを使用人たちに聞いてみては?」
疑問の声をあげていた男や疑いを持っている者たちは大広間にいる使用人たちに視線を向ける。
使用人たちは皆、首を横に振り運び出し工事など見ていないことを態度で示した。
「使用人たちに命じた可能性だって!」
「なにを言っても疑うなら絶対的な証拠を示せばいいだけだ。というわけでヘイタ様、再現の使用を願えますか」
使えるのかと全員の視線が平太に集まる。
「使えと言われてもなにを再現すりゃいいのか。炎とかありきたりなものを再現してもそういった能力なだけと思われるだろうし」
「簡単ですよ。そこらにある菓子などを再現してみせればいい。食べかけが最善かな」
その意図を考えて、ああ、と平太は納得した様子を見せ、すぐに近くにあった菓子の盛り合わせを再現する。本来あったものの横にまったく同じものが現れた。
おおっとどよめきの声が上がる。
そんな中あがった「能力で取り寄せただけでは?」という疑問の声をガブラフカは鼻で笑う。
「ここにあった菓子は俺たちが入ってくる前に手がつけられたもの。菓子の盛り合わせが準備されていること自体は俺からヘイタ様に伝えられるが、どれだけ減ったかまではわからない。それをこうして完璧に再現してみせたのだ。どこに疑う余地がある? なんならもう少し減らしたものを再現してもらおうか?」
ガブラフカはタルト三つを小皿に移動し、再現を頼む。
頷いた平太はもう一度再現を使い、そこにはさらに三つ減った菓子盛りが現れた。、
これには男たちは唸るしかなかった。
「そ、それでもなにか仕掛けがっ」
苦し紛れに放たれた言葉を、ガブラフカはいっそ憐れむかのような表情を浮かべる。
「逆に問う。その仕掛けとはなんだ?」
「それは能力者が連携してそれっぽく」
「その能力者はどこにいる? 広間の外か? いたとしてどうやって能力使用の合図を送った? 俺たちの仕草にそれらしきものはあったか? では魔術具か? どこに魔術具を持っている? いつどうやって使った? さあさあさあ! 答えて見せろ」
「……っ」
早く早くと煽るガブラフカに男たちは答えられなかった。もとより考えなしに放たれた言葉だったのだ、自身の言葉を裏付ける証拠などどこにもない。
「納得したな? そもそもの話、再現使いに関して我が家は探し求めていた。現れたのならばそれが復活したヘイタ様でなくとも厚遇する。当主の座を求められれば応えるくらいにはその待遇は良いものにするというのが先祖代々の考えなのだ。それがヘイタ様ご自身が現れたのだから、当主の座を渡すことくらいむしろ当然なのだよ」
腕を広げて言いきった。
そんな今のガブラフカが平太にはのりにのった楽しそうな状態に見えた。
「ガブラフカ」
「なんです母上?」
上座に近い位置に座り静かに状況を見ていた女が口を開き、ガブラフカはそちらを見て聞き返す。
母と呼ばれた人物は、気の強そうな凛とした容姿だ。気の弱い者ならば、視線を向けられるだけで怯んでしまいそうだ。
「腕輪はどうしたのです」
「お返ししました」
ガブラフカの母は即答された言葉に軽く目を動かす。
皆もガブラフカが当主に就いたとき身に着けた当主だと示す腕輪がないことに気づく。
それで皆、ガブラフカが本気だと悟る。
「というかですね。あれは当主の腕輪などではなかったようで。出自を聞いて驚きましたよ。ヘイタ様が持たなければただの飾りだったのですね」
「どのような物かは興味ありません」
ないのかと母の言葉にガブラフカは驚く。出自を知っているため、そう言えることをすごいと思えた。
「あなたがそれを手放したということは本気ということなのでしょう。今後はどうするつもり?」
「リーネ様!? 当主交代を受け入れるのですか!?」
声を発した分家を見て、視線でそれ以上の発言を抑え、ガブラフカに向き直る。
「利益からはじかれた奴らに担ぎ上げられないように家から出て、そこで結婚でもしましょうかね」
「……そう」
リーネは視線を外すとそれ以降はなにも話さず黙ったままだった。近寄りがたい雰囲気から誰も話しかけることができなかった。
「俺からの話はここまでにして、新当主からの挨拶を」
頼みますというガブラフカに頷き、平太は口を開く。集まる視線を睨み返すように挨拶を始める。
「話にあったように新しく当主となった秋山平太だ。顔を見れば納得していない者が多いのはわかる。だがガブラフカの言葉を覆せなかった時点で交代は決定している。文句があろうとなかろうと決定したことだ。余計な騒ぎは起こさないように。当主としての初めての仕事が分家といった関係者の処分など面倒だ」
以上だと言い、平太は口を閉じた。
できるだけ神経を逆なでするように心がけた挨拶で、うまくいったかはわからない。
微妙な雰囲気の大広間に、使用人たちが料理を運びこんでくる。
これが茶番だと知っている平太たちは、気分を切り替えて食事を楽しもうと料理に集中する。平太たち以外に食事を楽しめたのは、状況をあまり理解できなかった子供たちだけだろう。
食事を終えて、誰か話しかけてくる者がいるだろうかと平太たちは雑談しながら待つ。
話しかけるのを待っていると理解した分家の当主たちは、挨拶だけでもと手短に話しては去っていく。そのような挨拶では怪しいと思える者はいなかった。
挨拶を終えて、平太はガブラフカたちと一緒に部屋に戻る。
◆
平太がいなくなり分家たちは今後のことを話し始め、リーネはその話し合いに参加せず大広間を出る。
無言で歩く後ろをメイドが付き従い、母の実家から来た者たちは分家たちの話し合いに混じり、今後の動きを探る。
「そちらはどう思われましたか」
「当主が言うように交代には分家は関わっていなかったが、それでも分家の働きが主家を支えているのも事実。なんらかの相談があってしかるべきだと」
「そうですわね。主家中心で何事も進んでいると考えられるのは困ります」
「もう一度当主様に上申いたしますか」
「すぐはしなくていいのではないのだろうか」
「といいますと?」
「彼が当主としての仕事をこなせるとは思わない。なんらかのボロをだすだろうから、そこを指摘しながら交代取りやめを申し出ればガブラフカ様も納得せざるを得ないと思う」
これを聞いた者たちは納得したように何度か頷く。
「では待ちましょう」
「そうしましょう。それまで彼には短い当主生活を楽しんでもらいましょう。われらも十分に盛り立てますよ。短くはありますが」
「そのあとは再現という能力を十分に役立ててもらいましょうか。伝承通りならばいくらでも活用できるしろものですからね」
それはいいと笑みを浮かべる。
どのように使っていくのがいいのか、思いついたことを楽しそうに語り合っている。
そういった様を様子見をしていたグループに混ざってカーレスが見ていた。
平太に害を及ぶような発言があればすぐに報告しようと考えていたのだが、ひとまずは様子見ということでカーレスも様子見を続ける。
分家たちが話し合う一方で、リーネは静かなまま自室に戻り椅子に座る。そしてなにかを考えるかのように目を閉じる。
「奥様、なにかお飲みしますか?」
メイドが尋ねる。それに反応し目を明けた。
「今夜、あの男に能力を使いなさい」
「……ほかの人たちになんの相談もなく勝手に動くのはいがなものかと」
命じられたことを少し理解するのが遅れ、数秒おいて尋ねる。
メイドをリーネは強い意志のこもった目で見返す。その目は反論せずにやれと物語っていた。
「よろしいのでしょうか?」
本当に実行してよいのか確認する。
このメイドはリーネの実家から仕事を世話してくれと送られてきたという設定になっているが、ロナと似たような出自で汚れ作業を行える者だ。といってもこの家に来て一度もそういったことはしておらず、ここぞという機会があるまで怪しまれないようメイドとして働いてきた。
「何度も言わせないで。やりなさい」
「……承知いたしました」
わずかに迷いを見せつつもリーネの口調に潜む激情に押される形で頷いた。
一人になりたいと命じられたメイドが部屋から出て、リーネは血が流れそうなくらい強く手を握りこむ。
「あなたまで私のを捨てるの?」
怒り、悲しみ、憎しみ。それらが混ざった声が誰に聞かれることもなく部屋に消えていった。
分家たちを戸惑わせた食事会が終わり、皆与えられた部屋で眠りについた時刻。
起きているのは夜番の警備や使用人くらいで、平太もグラースと一緒に眠りについていた。
そんな中、陰から陰へと移動する人物がいる。リーネの命を受けたメイドだ。迷いは見せていたが、一度やると決めたら、迷いは消して命令に集中している。
目立たないように黒服に身を包み、頭部もフードで隠して見張りをしなやかな挙動で音もなくやり過ごす。
メイド仕事で立地を把握していた彼女は、目的地である部屋の真下までくることができていた。
ここのような大きな家に雇われる警備が素人なわけはなく、そういった者たちの目を掻い潜り目的地までやってきた彼女は腕がいいのだろう。
周辺の気配を再度探って、メイドはいっきに二階のベランダまでするりと登る。
「……」
ここまでこれたことに小さく小さく安堵の息を吐く。
扉の前まで移動すると、右手の手袋を外し、ポシェットから小瓶を取り出して蝶番に油をさす。そしてゆっくりと扉を開く。いつもならば一瞬で開けられる扉を一分かけて開いた。おかげでかすかともいえない音がでただけで、屋内に入ることができた。
メイドは暗い部屋を見て、ベッドで寝ている平太とその近くの床に伏せているグラースをみつけた。
よりいっそうの注意を払い、ゆっくりと空気の動きにも気をつけて移動し、平太のそばまでやってきた。
メイドは能力を発動してから右手を平太の掛布団からでている腕へと伸ばす。
彼女の能力は「傀儡化」。触れた人物や動物を操ることができるようになる能力だ。誰でもすぐに操れるわけではなく、条件がある。手のひらで相手に最低でも五秒触れなければならない。さらに相手に実力がある場合、触れなければならない時間が伸びる。
(十秒くらいだろうか)
メイドは、平太が大広間に入ってきて歩く姿を見たときからかなりの実力を有していることを察していた。
そんじょそこらのハンターなどとは比べものにならない。それはわかったが、詳細な実力まではわからず、これまで傀儡化してきた相手を元にしておおよその秒数を割り出す。
十五秒でもいいかもしれないと考えはするが、長く滞在すればするほど起きられる可能性はあり、余裕を持ってというわけにはいかない。
「んぅ」
平太が軽く身じろぎし、メイドは動きを止めた。気付かれたと心臓が跳ねる。
少し待ち、起きたわけではないとわかると、再び腕に手を伸ばす。そしてそっと手のひらが腕に触れた。
(あとは時間の問題)
難関を乗り越えたと安堵したその瞬間、メイドはバチッという音と閃光を見て、ベッドに倒れこんだ。
意識を失うことはなかったが体が動かず、なにが起きたのか理解する前にもう一度同じ衝撃がはしり、今度は気絶した。
◆
黒づくめのメイドが平太の上に倒れこみ、平太は彼女をおしのけて身を起こす。倒れこんだときに胸が当たり、あまり大きくはないその感触を残念に思う。
平太がいつ気づいたかというと、メイドが屋内に入ってきたときには起きていたのだ。
グラースがベランダ下に到着したメイドに気づき、小さく声を出して平太を起こしたのだった。
こうして起こされることは珍しく、そうするだけの理由があるのだろうと明かりをつけることなく理由を考えていたらベランダに通じる扉が開いたことに気づけた。
怪しすぎる誰かを警戒し、寝たふりを続け様子をうかがっていると、手を伸ばしてきたため、一度小さく身じろぎしてみて反応を探る。
再度、手を伸ばしてきたため、触れることで効果を発揮する能力なのだろうとあたりをつけて、反撃にうってでたという流れだった。
メイドを気絶させたのは、以前カランを狙った女が使っていた電気の能力だ。
「ありがとうな、グラース」
起こしてくれた礼とともに頭をなでると、気分よさげに喉を鳴らす。
「んで、これはどういった意図で来たんだろうか」
考えても仕方なしとすぐに記憶を再現してみることにする。
フードを外し、ペタペタと顔に触れる。触ったくらいではリーネのそばにいたメイドとまでは気づけなかった。
そろそろ記憶を再現できるだろうと思い、能力を使う。
数分ほどかけて、得た情報をまとめていく。
「メイドさんだったかー。しかも奥方付きの。さらにはロナと似た感じ。しまいには奥方がどうして傀儡化を指示したかまでは知らないときた。うん、どうすりゃいいんだろうね」
困ったと考えているとグラースが扉の方を見て、すぐにノックされる。
フェローという名のメイドを掛布団で隠して、扉を開く。そこにはメイドが立っていた。
「夜分遅くに申し訳ありません。お客様の部屋から光が発せられたという警備からの報告がありまして、確認にきました」
「うん、ああー、寝ぼけて能力を使っちゃったんだよ。なにかあったわけじゃないから。余計な仕事をさせてすまないね」
「そうでしたか。安心しました」
特に怪しむ様子もなくメイドは「良い眠りを。おやすみなさいませ」と言って扉を閉めた。
足音が遠ざかり、平太は気絶させているメイドに猿ぐつわをかませてから縛り上げ、これからのことを考える。
「やっぱり俺だけじゃいい考えは浮かばないな。ガブラフカに相談するのがいいかな。朝にだと遅いか?」
リーネがフェローからの報告を朝に受ける手はずになっているようなので、フェローが朝に現れないと怪しまれるということはさすがに平太もわかる。
今からでも動いて対策を考えた方がいいだろうと、ガブラフカの部屋に向かうことに決めた。
堂々と出歩いても大丈夫だろうが、相談はこっそりと行いたいのでフェローと同じくこっそり行動することにして、フェローの技術も再現する。
「ちょっと出てくるからグラースはその人の見張りを頼める?」
小さく了承の返事があり、礼を返して平太は部屋を出る。
使用人たちの見回り時間や経路を常に頭の中に浮かべて、ガブラフカの部屋を目指す。
同じ階のそこまで離れた位置にあるわけでもないため、使用人たちにみつかることなく到着し、気づいてもらえるかと廊下に響かない程度にノックして扉を開ける。
ガブラフカも寝ていたようで部屋の中は暗かった。
「すまない。ガブラフカ起きてほしい」
扉の位置から動かず声をかけると、ガブラフカはすぐに身を起こし、部屋に明かりをつける。
すぐに起きたのは、ドアノブに手をかけられた時点で枕元で警告音が鳴り起きたからだ。
「ヘイタ様ですか。こんな時刻にいらしたということはなにか急用でも?」
「こんな時間にすまんね。言うとおり急いで相談した方がいいと思ったんだ。俺の部屋にメイドに扮した工作員だか諜報員がやってきたんだ。能力は傀儡化で、俺を操るのが目的だったらしい」
「……え? 本当ですか?」
驚きを隠さずに聞き返す。それに平太は頷きを返した。
「いくらなんでも早い」
反感を持たれるように、煽るような言動をしたとはいえその日のうちに動くのはさすがに短慮。そこまで馬鹿な真似をする者がいるとは思っていなかった。
「それは彼女自身もそう思ったらしい。でも命じた者に従い動いたようだったよ」
「ある程度の情報を得ているようですけど、すでに尋問しました?」
「記憶の再現したよ。自分を狙ってきた奴に遠慮はしなくていいし」
「あ、そういえばそういったこともできるのでしたね。仲間の技術などを再現して訓練相手を務めたと聞いたことが。城を再現したり、物資を再現したり、車を発案したりといったことが有名でそちらは忘れがちに。とすると誰が命じたかもわかっていますか?」
「わかってはいる」
迷いを見せた平太に、ガブラフカは不思議そうに顔を傾げて、すぐに気づく。もしかすると自身に近しい人が命令を出した者なのではと。予想に当てはまる者を頭の中に思い浮かべていく。同時に疑問もわく。思い浮かべた者たちが早急に動く事情が思いつかなかったのだ。
「教えてください」
「いいのか?」
「はい。誰であろうと知りたいのです」
「……君の母親だ」
「……そうですか。予想した一人ではありましたが、やはりどうして今動いたのかわからない」
「動いたこと自体には疑問はないの?」
「ないですね。母というよりも生家が主導という意味ですが」
ガブラフカはそこらの説明を話し出す。
リーネの生家はこの国の伯爵家だ。先々代フォルウント家当主と伯爵家との話し合いで、ガブラフカの父とリーネの間に婚約がなされた。政略結婚というよりは、友人同士の約束という婚姻で、本人同士の意思を確認していない婚姻でもあった。
これまでのフォルウント家の歴史で貴族との婚姻は何度もあったため、珍しいことではなかった。
こうした婚姻でフォルウント家側には思惑は特になく、貴族の血を取り入れることで国政に関わっていこうといった考えはなかった。せいぜい繋がりを得て、そこにある鉱物や木材といった物資を購入しやすくしたいといった考えだ。
その一方で貴族側は、財力や権力や技術を目当てにしていた。ほかに貴族の血を混ぜることで独立性を削ろうという思惑もある。
国内に独立した都市があることを危険視したのだ。高位貴族よりも、下手すると王家に並ぶ力を持つ家が暴走すれば国が荒れる。それを心配したのだった。
リーネの生家はこれを機会に、フォルウント家の持つ技術と権力の一部を手に入れたいという考えだった。
そのためガブラフカが生まれて教育を、伯爵家から派遣した者に任せようという考えがあったのだが、それはブルナクなどに内政干渉だとはねのけられている。
「生家が再び手を出してきたということか」
「おそらく本腰にはなっていないと思いますけどね。現状でもそこそこは向こうにも利益はでていますから、なにがなんでもという気分にはならないかと」
強欲な人がいるとガブラフカも理解しているため、不意打ちを受けないよう情報収集を怠ってはいない。
「だとすると奥方個人の思惑で動いた可能性もある?」
「ありえますけど、俺にはどういった考えで動いたのかさっぱりです」
「そっか。で、これからどうする? 俺は奥方を捕まえればいいのか、放置すればいいのか判断つかなくてここにきたわけだが」
「厳しく罰すると決めたので急ぎ捕えて、事情聴取、そののち罰を与えるという流れですね」
ガブラフカはそう言っているが、迷いも表情に浮かんでいる。
「どういう罰がいいかは、直接害のあったヘイタ様の意見を取り入れたいと」
「とりあえずはどうして動いたのか知りたいから罰とかは後回しかな。それでいいかな」
「わかりました」
現状積極的に罰しようという意思を見せないことにガブラフカは小さく安堵の息を吐く。
ここで部屋の扉がノックされる。ガブラフカは誰かわかっているようで、すぐに入れと返した。
扉を開けて入ってきたのは警備兵だ。
「知らせを受けてまいりました」
平太はいつそんなことをと首を傾げた。
その平太の顔を見てガブラフカは起きたときに念のため合図を送っていたのだと説明する。
「よく来てくれた。合図自体は誤報といっていいものだが、用事はある。そのまま待機してくれ」
「了解しました」
「それでヘイタ様のところにいった侵入者は今どうしています?」
「縛ってグラースに見張ってもらっている」
「まずはそいつを捕えにいきましょうか。ついてきてくれ」
警備に声をかける。声をかけられた警備はよく事情がわかっていないが頷き従う姿勢を見せる。
ガブラフカを先頭に平太の部屋に向かう。
扉を開けるとわずかに冷気が中からでてきた。
「部屋の中を冷やすように指示を出してはいなかったはずですが」
「グラースだろうね。能力を使った理由はわからないけど」
中に入ると寒さで震えているメイドの姿があった。
「おそらく起きたメイドが逃げようとしたから冷気を使ってとどめたとかそんな感じかな」
平太の言葉に正解だというようにグラースが吠えた。
平太はグラースを褒めて、メイドを起こそうとする警備に傀儡化のことを伝える。
「たしかにこのメイドは母上付きの者ですね。こいつを詰所地下の尋問室へ。情報を吐かせるように」
「はっ」
メイドを抱えて、警備は去っていく。




