53 当主対面
「封印が解けたときは中をちらっとしか見てないから、しっかりと屋敷を見るのはこれが初めてだ。あそこまででかかったんだな」
平太が俯瞰の能力を使うと、およそショッピングモールと同じくらいの敷地があるとわかる。
あそこはフォルウント家の住居という以外に、治めている者の象徴という面もあるため立派でなければならないのだ。
「何人くらい住んでるんだろ」
「正確にはわかりませんが、フォルウント家の人間と使用人を合わせて百人足らずといったところでしたか」
「百人って聞くと多いけど、あの広さの敷地にその人数は少なくも思えるね」
「自宅から通う人もいますから。働いている人数と言い換えるともう少し増えますね」
ほほーと平太が感心しているうちにバスは開いていた門を通り、敷地内に入って止まる。
止まったバスにの近くにはブルナクと黒スーツを着た五十才過ぎの男、同じく黒スーツを着た十代半ばの少年、メイドが二名立っている。
運転手に礼を言い、平太が降りるとブルナクが頭を下げ、続いて他の者たちも頭を下げた。
「ようこそ、フォルウント家へ。歓迎いたします」
顔を上げたブルナクが笑顔で言う。待ちわびたこの日の到来が本当に嬉しかった。
「どうも五日ぶりです。世話になります」
「あなたの生家と同じくくつろぎいただけければ幸いです」
そう言ってからブルナクはミレアへと顔を向ける。
「ヘイタ様の世話役ご苦労だった」
「苦労などとんでもない。とても名誉なお仕事でした」
本当に誇らしそうに言いきったミレア。
そのミレアの態度に、そうかそうかとブルナクは満足そうに頷く。
そんな二人のやり取りを見て、ミレアとはこれでお別れなのかと心配になった平太は、そこら辺はどうなのか尋ねた。
「ミレアの世話が余計なものであるならばやめさせますぞ。しかし報告を聞いていたかぎりではそうではない様子。今後も世話役としてそばに置いておく予定ですな」
「それはよかった。いろいろと世話になっているし、その礼もまだなのに別れるのは寂しいし困るから」
「ヘイタさんが望むならばいついつまでもそばに侍ります」
「これからもよろしくたのむ」
ミレアは微笑み、ゆっくりと頭を下げた。
そばにいて役立てる、それだけでも嬉しい。そのことがよく分かる態度と雰囲気をまとっていた。
平太のことをよく知らない執事たちには、ミレアの心境はわからないことでもあった。使用人にまで平太のことは細かく教えていないのだ。封印が解かれるという話も執事がちらっと聞いたことがあるだけで、メイドたちのような存在には聞いたことのない話だ。
ゆえに彼らにとって主は現当主で、敬意はそちらに向いている。当主に言われたため表面上平太にも敬意は示しているが、心の中ではいまだよく分からない存在として敬意を持つべきか判断つきかねていた。
「ささ、当主が待っていますぞ。屋敷に入りましょう」
ブルナクが先頭に立ち、歩き出す。その後ろを平太とミレアがついていき、執事たちは最後尾を歩く。
屋敷に入ると執事たちは平太がどういった反応を見せるか、それとなく注視する。一般家庭とは比べものにならない内装で、貴族の客人でもたまに感心の声を漏らすことがある。内装は自分たちの仕事成果の一つなのだ。
ゆっくりと見渡す平太の反応は感心といったものではなく、懐かしげといった執事たちが初めて見るものだった。
「いかがなさいましたか」
平太の様子を見たミレアが尋ねる。ミレアも懐かしそうな様子は気になったのだ。
「こういった内装の雰囲気は久々だなと。神殿はこういった感じじゃないし、以前城を作るために城の内部を歩き回ったときと似てるかな」
「ああ、役目を果たしたあとに作られたのでしたね」
「今も残ってるのかな」
「跡地は残っていると聞いたことがありますな」
ブルナクが答えた。
「ブルナク様、どこにあるのですか?」
ミレアの興味がありますといったことがよく分かる声音の質問に、ブルナクは苦笑を浮かべ情報を思い出す。
こんな会話を聞いていた執事たちは平太についてよくわからない情報が増えただけで態度を決めかねたままだった。
一行は二階に上がり、廊下を進む。
そこに一人の女性が現れ、一行の進行を邪魔するように立つ。
年齢は四十才手前といったところか、首や手に宝石が煌めき、衣服も装飾の凝ったものだ。
「そこをどかないか、レゼリム」
表情を引き締めたブルナクに、立ちはだかるレゼリムと呼ばれた女は首を大きく横に振る。
「いえ、どくわけにはいきませんわ。どこの者ともしれない輩を当主に会わせるわけにはいきませんもの」
「どこの誰かは知らせたはずだが? まさか聞いていなかったとでも言うつもりか」
「聞きました。ですがっ信じることなどできません」
「わしがこの目で確かめたと言ってもか」
鋭い目つきで見られたレゼリムは怯んだ様子を見せるも、その場からは動かずにいる。
しばし見つめ合いのあと、レゼリムが舌打ちしそうな雰囲気で去っていった。
「すみませんな、ヘイタ様」
「向こうの言い分も理解できるから。封印から復活したとか普通は信じられない話だし」
「あの者はそう信じているのでしょうが、背後にいる者は違うでしょう」
「背後?」
「ええ。レゼリムはあなたの反応を探るため、誰ぞにおだてられたか煽られたかして、あのような態度をとったのだと思いますよ。ようは利用されたのですな」
「俺の反応って。そんなもの探ってどうするんだか」
「あなたを歓迎する者だけではないということですな。使用人たちもあなたという存在に戸惑いを感じているですしね」
ブルナクは執事たちの考えを察していて、ちらりと執事たちを見る。
視線を向けられた執事たちは思わず背筋を伸ばす。
そんな彼らをブルナクは叱責するようなことなく、案内を再開する。無礼な態度を取っていれば罰しただろうが、そのようなことはなかったため今後の態度次第ということなのだろう。
そうして一行は二階のとある部屋の前で止まる。
ブルナクがノックして、返事を聞いてから開ける。
その部屋は日当たりのよい場所で、本棚が多く、机もいくつかある。その中に一際立派な机があり、立ち上がったばかりの男がいた。
年齢は平太と同じくらいか。体格は華奢ではかなさを感じさせ、亜麻色の髪に、碧の目を持つ。
平太がその男に持った印象はどこぞの王子かなといったものだ。
「彼が現当主のガブラフカだ」
平太とガブラフカは互いに近寄る。ミレアとブルナクは平太と現当主の出会いを感慨深そうに見ていた。一方で執事たちは信用できていないため、何事かあったときにすぐ動けるようそれとなく身構えていた。
数秒互いに見て、ガブラフカが一礼し、握手のため手を伸ばす。伸ばされた腕には平太がララからもらった後見人の印であるブレスレットがあった。そして平太が握手のため手を伸ばすとブレスレットがほのかに光り、するりとガブラフカの腕から抜けて平太の腕に移動する。
そうして以前のようにララの気配を放つ。
息苦しそうにしている皆を見て、平太はブレスレットを押さえ、気配を消す。
「……これは驚きました。今までこのようなことはなかったのに」
心底驚いたという目でガブラフカはブレスレットを見る。
これが当主の証だと知っているミレアとブルナクのみならず執事たちも驚いていた。平太もまた別の理由で驚いていたが。
「これを作った存在が存在だし、元の持ち主が近くにいればこうなるよな。というかまだこれが残っていたことが驚きだ。剣といい、結構残ってるもんだな」
「そのブレスレットは代々当主の証として継承されてきたものです。その出自までは知りませんが、あなたが大事にしていたという記録は残っています」
「当主の証になっていたんだなぁ。俺が死んだら消えてなくなっても不思議じゃないのに」
心の中でおかえりと言うと、それに応えるようにブレスレットは鈍く光る。
「では改めまして、初めましてヘイタ様。初代様とお呼びした方がいいのかもしれませんが、どのように呼んだらいいのかわからないので名前を呼ぶことをお許しください。ヘイタ様こうしてお会いできてとても嬉しく思います」
「初めまして当主様。知っていると思いますが、一応名乗りましょう。秋山平太、このフォルウントの始まりを生きた者です。ちなみに初代はサフリャで俺は補佐だったので、初代という呼び方ではなく名前でよろしいかと」
「わかりました。以後、ヘイタ様と。そして私に対して敬語は必要ありませんよ」
「こっちこそ敬語を必要とする人間ではないのだけどね」
「フォルウントの基礎を築いた方なので、敬って当然です」
これにミレアとブルナクがうんうんと頷いた。
自分への敬意が標準装備なところ見て、平太は小さく溜息を吐いた。
フォルウント家の始まりについて少し話したところでガブラフカは執事たちを下がらせる。
執事だけが渋る様子を見せたが、ブルナクからも出るように言われ部屋から出ていった。
足音が遠ざかり、ガブラフカがミレアに近くに人の気配があるか確認する。それに対しミレアは首を横に振って答えた。
「私はあなたが復活したら家督を譲ろうと思っていたのですが、ブルナクさんからそのつもりはないと聞きました」
「うん。サフリャたちがもういないこの都市でやることはないと思っているから。今この都市で生きている人たちがやっていくべきだ。俺にできることは、本当に困っているときに相談にのるくらいかな」
「では今後はどうなさるので?」
「とりあえずはエラメルトでハンター生活。頼まれごともあるし。ほかには始源の神から頼まれていることもある」
「始源の神?」
ミレアからの報告では始源の神のことなど、少しも出ておらずガブラフカは首を傾げた。
「過去で俺の後ろ盾になっていた。このブレスレットも始源の神が作ったもの。俺はこのことを話したことがあるけど、記録に残ってないのか?」
「大神が親神だったらしいという記録はありました」
平太が死に、時間が流れるにつれて、始源の神が親神であることが信じられなくなったのだ。
記録は間違いだろうと修正が入れられ、大神が親神であるとされ、その記録もあやふやなものとなって今に伝わっていた。
「まあ、エラメーラ様がいる現状では、親神はもとに戻ってる。もう始源の神とは関係性は薄くなってる」
それに抗議するようにブレスレットが震えた。
「一時的とはいえ始源の神が親神だったとはさすがです」
尊敬の念を高めた様子でガブラフカは頷く。
そんな様子を見て、これは言わなかった方がよかったやつだと平太は少しだけ後悔した。
「話を戻そうか、俺が当主にならないってことだったろ」
「ええ、そうでしたね。そのことで一つ頼みがあるのです」
「聞くだけ聞こう。無理だと思ったら断る」
「この家も先祖のおかげで長い歴史があります。その長い歴史の中には善人ばかりではなく、悪人と呼べる人もいました。そして現在も悪人とまでは言いませんが、私欲を優先する人はいるのです」
平太はふんふんと頷きつつ、頼みの内容を推測する。
記憶の再現を行い、悪人を探してくれというものかと考えたが、ガブラフカの言葉は違った。
「そういった人たちをあぶりだすため、ヘイタ様には当主就任を頷いたと偽ってほしいのです。私の領地経営で甘い汁を吸っていた者は必ずなんらかの反応を見せるはずです。表立っての抗議かこそこそと裏で動き回るか。それらの反応から情報を集め、対応策を練っていきたいと」
「それくらいなら大丈夫だけど、時間はどれくらいを予定してる? 約束があるから長くは滞在できないけど」
「最初に行動を起こした人に過剰なまでの罰を与えようと思ってます。それによってほかの人が自粛するようになればと。なのでその人が捕まるまで滞在していただければ」
一罰百戒というやつだなと平太は対応することわざを思いつつ、疑問を尋ねる。
「どれくらいで行動を起こすと思う?」
「今日の夕方にあなたと家の者の顔合わせを行いますので、気が早い者は今夜にでも動く可能性はあります」
「誰が怪しいのか見当はついてる?」
「そうですね。普段の行動から怪しんでいる人はいますね。今回のことでそれ以外の人物も動きを見せてくれればラッキーでしょうか」
さすがに用心深い者たちが簡単に尻尾を掴ませるとは思っていないため、ガブラフカは言葉通り幸運を願う程度だ。
頼みに関しての話はそこまでになり、ガブラフカは平太が封印される前の話などを聞いていく。そうして時間が流れて、昼食をともにとり、ガブラフカは仕事に戻る。
昼食後、平太とミレアとブルナクは平太にと用意されていた部屋に移動する。
質の良いもので統一された部屋で、ここにある家具を売るだけで一財産になるだろう。
「ここはもとは来客用だったのですが、今はあなたの私室になっています。今後は自由に使ってください」
ブルナクが言い、平太はすぐには頷かなかった。
「あまり滞在はしないと思うから、部屋まで準備せずともよかったと思うんだ」
「どうせ部屋はあまっていますから、一部屋を専用のものにかえたところで問題はなにもないのです。どうぞ受け取ってください」
「そういうことなら」
エラメルトの家で十分だったが、受け取れというならば受け取ろうと頷いた。
ブルナクが会食の準備のため部屋を出ていき、ミレアは持ってきていた荷物をしまっていき、平太は窓から見える景色を眺める。よく手入れをされている庭を誰かが歩いている。着ている衣服からこの家の親類か客人だろうとわかる。
そこから視線を動かし庭中を見ていると部屋の扉がノックされた。
ミレアが扉を上げると、そこにいたのは以前南門町で会ったカーレスだ。
部屋に通されたカーレスは平太を見て軽く驚き、深々を頭を下げた。以前とは比べものならない強さを持っていると驚いたのだ。
「お久しぶりですヘイタ様。こちらにおこしになったと聞いて挨拶に参りました」
「久しぶりです。大会以来ですかね」
「ええ、そうなります」
「たしかケラーノたちに指導していたんでしたっけ、今も彼らと付き合いがあるんですか?」
ポインがカーレスに執着心を見せていたので、一緒に行動した可能性もあると聞いてみる。
それにカーレスは頷きを返す。
「ええ、この町に滞在していますよ。会いたいのでしたら案内いたしますが」
「んーいいや、気が向いたらそのときに」
「いつでも申し付けください」
少しカーレスと話し、その流れで敷地内の案内をしてもらえることになる。
三人と一匹は部屋を出て、近場から案内していく。
平太にとっての重要施設はそうはなく、関係ない場所は簡単な説明で終わる。平太としても使用人部屋をどんな人が使っているのか、客室がどうなっているかなど紹介されても意味はないし興味もなかった。
「現在客室は呼び出された分家たちで埋まっている状態ですね」
そう言うカーレスに続けてミレアが「満室状態は珍しく、いつもは静かなこの区画もここ数日は賑やかそうです」と付け足した。
客室の次は大食堂、大浴場、大広間と見ていく。そこでは夜の会食のため使用人たちが慌ただしく動いていた。
それらを横目に屋外に足を運ぶ。手入れされた生垣や花壇があり、ちょっとした広場では子供たちが集まり遊んでいた。彼らにとっては平太が復活したことなど関係なく、久々に集まる親戚との遊びが大事なのだろう。
遊んでいた子供たちがグラースをみつけ、興味深そうにしていたが怖いのか近寄ってくることはなかった。
そこから離れた屋敷入口から見えないところには、私兵たちが訓練する広場がある。
日頃は鍛錬風景が見られるが、今日は警備のため鍛錬をする者はいない。敷地内警備と町の警備と休日のどれかに当てはまっている。
さらに歩いて体育館よりもやや小さい倉庫がある。
「あそこに初めて作られた車や再現された車が入れられていますね。ほかに宝石や絵画といった方面でない貴重品も保管されています。展示のような形で保管されていますから、この家の者ならば見学できます。見てみますか?」
「少し興味あるな。できるなら寄ってもらってほしい」
では行きましょうと倉庫に近づき、警備をしていた人間にこの家の者だと示す家紋を見せて開けさせる。
カーレスは警備として動くこともあり、顔は知られているため家紋を必要とはしないのだが、きちんと規則に従う。こういったことをいい加減にすませていると、下の者たちも真似ていろいろとおろそかになってくると考えているためだ。
中に入り、過去の当主が使っていた物などを見ながら、地下への階段を下りて一番歴史の古い区画につく。
そこにはカーレスが言ったように車が置かれていて、平太が使っていた武具やサフリャの武具もあった。
それらは掃除されているようで、埃が積もっている様子はなかった。
「懐かしいものばかりでしょう?」
「じつのところそうでもない」
この返答にカーレスたちは不思議そうな顔になる。
「どうしてか聞いても?」
「なんと言っていいのか。俺の記憶は村作りを始めるまででそこから十年先がふんわりとした感じ。その十年は記憶としてもってるけど自身のものだという自覚が薄い。んで、この前起きたところから続いている。村作りをしてた頃はこれらの武具はまだ使ってたんだ。だからつい最近まで使っていたものがいきなり古くなってるって感じかなー。車に関しても似たようなもん」
魂を分割して今の体に入れたのが体を封印して十年後くらいなのでその十年間の記憶はあるのだが、肉体の持つ感覚とのずれがどこか違和感を感じさせていた。
「なるほど」
「でも時間を重ねているのはわかるから。俺の知らない時代をあり続けたことへの感動、いやそう言うとおおげさか。感じ入るものはあるね」
「私たちとはまた違う感じ方なのですね」
うんうんと頷きカーレスは言う。
カーレスたちにとっては敬意を感じるものだ。この家を作り上げた者たちが使っていた代物ということで宝物のように感じる。これがこの家に関係ない者ならば価値のなさそうな骨董品という感想だろう。もっともこの家の関係者でも古臭い品という感想しか持たない者はいる。
「この武具たちはあの時代を生きた俺の相棒で、俺のこれからの相棒は完全再現で出したものだな」
過去で作ってもらった武具は、ゲームでいうところの最強装備といった代物なのでよほどのことがなければ別の武具を使うことはない。
魔王に挑むときに身に着けていたものが、そこらの武具に負けるわけないのだ。これ以上は神によって祝福や加護を受けた武具くらいだろう。
見物を終えて一行は倉庫を出る。
「案内できそうなところはこれで終わりですかね。行きたいというのであれば、宝物庫もいけますが」
「さすがにそこはいいかな」
綺麗なものが見られるかもしれないが、絶対に見てみたいという関心はなかった。
「わかりました。この後はいかがなさいます?」
「んー、部屋に戻るというのもどうかと思うし、少しばかり町を歩いてみようかな。バスでの移動で見落とした光景とか見れるかもしれないし」
「ではこのまま引き続き案内いたしましょう」
「仕事は大丈夫? ミレアさんがいるから大丈夫だと思うけど」
「大丈夫ですよ。ヘイタ様の案内もきちんとした仕事ですから」
警備や兵の指導が主な仕事だが、平太の案内をしてくるとブルナクたちに伝えてあるのでさぼったと思われることはないのだ。
正門から外へと出て、のんびりと大通りを歩く。カーレスはそれなりに顔を知られているようで、注目を浴びたり挨拶されることがある。
家具などは洋風といった感じだが、食事処はエラメルトと比べると和食を出しているところが多い。
公園と思われる広場では、仕事を終えた子供たちが遊んでいる様子も見える。ブランコや滑り台といったよそでも見かけた遊具以外に、ジャングルジムにターザンロープに大型のアスレチックネットなどがある。それらは村を発展させる途中で、平太が再現したものがモデルとなっていた。
町のはずれには作られたバスなどの試運転用広場がある。平太が望めば隣接している車の組み立て工場とともに見学できただろうが、またいずれと平太が言ったため寄ることはなかった。
ぶらぶらと歩いて戻る頃には、夕方手前といった感じであと一時間もすれば平太のお披露目が始まるという時間だ。
カーレスと別れて自室に戻ると、仕立てのいい服が用意されていた。臙脂色のスーツ上下に、シルクシャツ、フリルタイ、何らかの魔物の革を使った靴。それらはミレアからサイズの報告を受けて作られたものだ。
「かたっくるしいのは苦手なんだけど、演じるためには着ないといけないのか」
手に取ろうとした平太を止めてミレアが先に確認する。
「毒針などが仕込まれている可能性もあります」
「そこまでする?」
「ヘイタさんを不審に思っている人もいるので、念のためということで」
しわをつけないようささっと点検し、異常がないと判断して着替えも手伝おうとするミレアを、さすがにそこまではと止める。
一通り着たあとに点検してもらうということで、一度部屋を出てもらう。
手早く着替えて、ミレアにつけ方のわからなかったフリルタイを頼む。
少しでも手伝えることがあるとミレアは嬉しそうにフリルタイをつける。そのあと全体を少し手直しして、髪を整える。
もう一度点検して、これでよしとミレアが頷く。
貴族としての風格はないが、歴戦の強者としてみれば十分に服に負けていない。本当に大丈夫なんだろうかと首を傾げている平太とは対照的にミレアは見惚れているといってもいい表情だった。憧れの人物が、仮初とはいえ一族のトップに立つことは夢のような出来事だった。
ミレアが自身の準備のため少し外し、平太はグラースの毛をとく。
ノックがされて、平太が返事をするとガブラフカとミレアが入ってくる。ガブラフカは平太と似たような恰好で、色は白だ。髪は左半分を後ろへと流している。美男子っぷりに平太は感心の視線を向けた。
「そろそろ時間となります。家の者たちは大広間に集まったようなので、私たちも行きましょう」
「何人くらいいるのかな?」
「そうですね……分家が十で、家族だけではなく執事といった世話する者もいますから、六十人は超えているはず」
ガブラフカはミレアに視線を向けて確認する。それを受けたミレアは肯定するように頷いた。
「だいたいそれくらいかと、分家以外にも客がいますから。分家のみが集まるより多めになっているはずです」
「分家以外?」
どこから来たのだろうかと平太は疑問に思う。
「国からと当主様の母方の家からいらっしゃっています」
「国はなんとなくわかるかな。ここがすごい家だとは聞いているから、当主交代には関心があるんだろう」
「ええ。そのような感じです。当主様のお母君の実家も似たようなものでしょう」
「そういった人たちにも本当のことは伝えてない?」
平太がそう聞くとガブラフカは頷く。
彼らのことも疑いの対象なのだろうかと思っていると、ガブラフカに誘われ部屋を出る。




