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52 約束と出発

 翌朝ロナは仕事に行き、ミレアが弁当の準備を済ませると平太たちは町を出る。

 畑からも離れたところで車を再現した平太は、見慣れぬ車にはしゃぐバイルドを車に放り込み、全員が乗ったことを確認すると出発する。

 とりあえずは平太が知っている見晴らしのよい場所へと向かう。そこに行きながら、ミレアとバイルドにどこかよい景色の場所を知っているか尋ねた。

 町から出たことのないミナは窓にはりついて、草原やハンターやラフドッグなどを見ていた。

 そうして一時間ほど走り、小高い丘に到着する。三十分もせずにたどり着けた場所だが、ミナが喜んでいたので遠回りしたのだ。


「うわぁ」


 遠くに見える町を目をまん丸にしているミナをバイルドが微笑ましそうに見ている。

 ミナの横には護衛としてグラースが立ち、周囲を警戒している。

 平太は荷物を下ろし、ミレアはシートを広げ、荷物を移動している。


「グラースから離れるんじゃないぞ」

「うん!」


 周囲を見ているミナに平太は声をかけ、シートに座る。

 車は消しておこうかと思ったが、バイルドが見てみたいということなのでボンネットを開けて残している。

 その車にバイルドがいそいそと近づいていった。


「お茶飲みますか?」


 お湯を沸かしていたミレアがコップを片手に尋ねる。

 お願いと平太が返すと、すぐに茶の準備を整えていく。

 差し出されたお茶を飲みつつ、平太は俯瞰の能力で周辺を観察する。すると遠くに人の集団を見つけた。鎧や馬具にエラメーラ神殿の紋章が入っている。


「あれは」

「どうしました?」

「俯瞰の能力で周辺を見てたんだ。北にエラメーラ神殿の兵がいた。オーソンさんもその中にいたね」

「周辺警邏に兵が出たらしいですから、その集団なのでしょうね」

「こっち方面に進んでるっぽいし、挨拶でもしておこうかな」


 ゆっくりと進んでいるようで、集団が近くに来るまでおそらく一時間弱といったくらいか。

 その一時間を、平太は再現したフリスビーをミナとグラースに与えて、遊ぶ様子を見て過ごす。ミレアも同じように微笑みながら見ていて、バイルドは理解できない車の仕組みを楽しそうに見ていた。

 そうしてミナが少し疲れて休憩した頃に、肉眼で見える距離まで兵の集団は近づいていた。

 平太はちょっと行ってくると言い、歩いて丘を下りる。

 近づいてくる平太に兵たちも気づいて、なんだろうかと首を傾げる。中には顔見知りの兵もいたので、平太に気づいて驚いた表情を見せる者もいる。

 兵の一人が馬に乗ったまま平太に近づき、声をかける。


「なにか用事か?」

「こんにちは。オーソンさんの姿を見つけたんで挨拶にと」

「緊急の用事があったわけではないんだな?」

「ええ、ここらはいたって平和ですよ」


 そうかと頷いた兵はオーソンを呼んで、入れ替わるように自身は戻る。

 近づいてきたオーソンは馬から降りて、懐かしそうな表情を平太に向けた。


「久しぶりアキヤマ君。こっちにまた来たんだね」

「昨日来たばかり。今日は知人を連れてちょっとしたピクニックだね」

「ピクニックにしては町から離れすぎてないかい?」

「能力を使って移動手段を準備したんだ」

「ああ、なるほど」

「ところであの中にカテラさんがいないけど。外に出るなら一緒に行動しているものだと思ったけど、そうじゃないときもあるんだね」


 カテラの名前を出すとオーソンの表情が曇る。

 なにか悪いことがあったのだろうと、わかりやすい変化だった。


「大怪我でも?」

「いや。やっかいな病気にかかってしまってね。君が襲われた角族がいたろう? あれがまたやってきてなにを考えてか病をばらまいたんだ。感染力の強い病気ではないから多くの人が倒れるようなことはなかったけど、三十人ほどが病気になって今も入院生活中だ。その中にカテラもいてね」

「それは気の毒に。治療法はないんです?」

「幸いにして治療法は確立されている。ただ治療に必要な薬の材料が通常手段では手に入らなくてね。バラフェルト山にあるんだよ」


 ここらでは危険度が一番高い場所だと平太は思い出す。

 同時にどうして通常手段で手に入らないかも察することができた。山で手に入れた薬草や魔物の素材は基本的に国が全て買い取るのだ。

 この知識が間違いないか確認すると、オーソンは頷く。


「国から買い取ろうにも高いし、ほかに欲している人もいて買い取る機会もない。だから僕はもう一つの手段をとることにしたんだ。山に入って自分で手に入れたものは、いくらか自分のものにできるんだよ。でも今の僕はまだ実力不足でね。鍛えるためこうして警邏を手伝って、魔物と戦う機会を増やしているんだ」

「そうだったんだ……かわりに俺が山に行こうか? 実力は足りてるんで、入山許可さえもらえれば大丈夫だと思う。カテラさんには俺も助けられたからその恩返しにもなる」

「その気持ちはとても嬉しいんだけど、本当に大丈夫なのかい? 無理をさせる気はないんだけど」


 平太の提案は本当に嬉しいが、初めて出会ったときのラフドッグに負けている印象があり、心配する思いを抱く。

 もしこの場にいるのがカテラならば、平太の実力を察して心配するようなことはなかっただろう。オーソンは本来戦いを専門にする者ではないため、そこら辺の見極めはまだ甘いのだ。


「あそこより強い魔物たちと戦ってきたんで。油断しなければ大丈夫だと思う」


 なんの気負いもなく言う平太に、とりあえず嘘を言っているのではないとオーソンも察する。


「本当にその実力があるか確かめて、大丈夫とわかったら頼めるかな?」

「いいよ。それで確かめるってどうすんの」


 もしかするとオーソンと模擬戦でもするのかと平太は思ったが違った。


「バラフェルト山に入るには、肉の買い取り所とエラメーラ神殿に認められる必要がある。そこで戦闘や探索の実力を確かめる試験があるから、それに参加してほしい。合格したら許可証を発行してくれるんだ」

「わかった。あ、でも予定があってね。すぐにってのは無理なんだけど、カテラさんの容体が悪いようなら予定の方を先延ばしにしてもらえるよう頼むよ?」

「すぐに死ぬような病気でもないから、予定をこなしてからでいいよ。さすがに数ヶ月かかるようなら、こっちを先にやってもらった方がありがたい」

「さすがに数ヶ月はかからないはずだよ。んで、どういった病気なの?」

「体力を低下させるというものでね。一般人がかかると寝たきりになるんだけど、カテラは鍛えてあったからなんとか動くことはできるんだ。でも戦いとなると武具を着て動くのも厳しい。家事なんかも少し動くと息切れする。あと風邪とかにもなりやすい」


 体力が低下しているところに病気になると治す体力もなく、それが原因で死ぬこともある。

 だからカテラは動くことができる状態ではあるが、病気になってもすぐ対処できるように入院しているのだ。


「戦うのが好きなカテラさんにとっては嫌な病気だね」

「うん。ストレスも溜まってるようだ」


 寝たきりならば戦えないことに諦めもつくが、なまじ動けるだけにイライラもつもるのだ。

 そのストレスの吐き出し口はオーソンが引き受けている。たまに八つ当たりで辛辣な言葉も飛んでくるが、付き合いの長いオーソンは本心からのものではないと理解できる。

 こうしてオーソンが防波堤になっているため、医師や看護師には多少扱いにくい患者といった程度の認識だった。


「ストレスから別の病気が併発しそうだな」

「そこら辺は僕もほかの医者も気をつけてるよ」

「そっか。話はかわるけど、どうしてあの角族は病気をばらまいたんだろう? 以前遭遇したときは強くなりたいとか言ってたけど」

「理由についてはわからないね。病気になった人たちの確認に来ることもないし。病気のもとをばらまいた後は放置だよ」


 事情を知らない者には意味不明な行動だろう。しかしシャドーフにはきちんと意味あっての行動だ。以前ボロボロにされた女の角族をおびき出すという理由がある。

 まだ町を観察していた女角族は見事に誘い出されて、シャドーフと再会していた。


「なにが目的だったんだろうな」


 そう言う平太に、オーソンはほんとにと頷く。

 話が一段落したと判断した兵が、そろそろ出発しようとオーソンに声をかける。


「呼ばれてるんでもう行くよ」

「入山許可証はこっちで勝手に取得に動くけど大丈夫?」

「うん。取得できてもできなくても知らせてくれると助かる」

「あいよ。じゃあまた」


 平太が手を振ると、オーソンも手を振り返し兵たちのところに戻っていった。

 平太も丘の上に戻り、そのままそこで昼過ぎまで時間を過ごす。

 

 ピクニックの次の日、平太はグラースと一緒に神殿へと向かう。入山許可をもらうためとエラメーラに会うためだ。

 ミナもついてきたがったが、話の邪魔になるだろうとロナとミレアが止めた。

 以前のようにエラメーラの部屋に直行しようとしたが、自分のことを知らない兵が入口に立っていたら止められるだろうと考え、リンガイに同行してもらうため兵舎に向かう。

 兵にリンガイに用事があると言い、居場所を聞くと訓練しているということだった。

 広場に行くとリンガイは兵たちの訓練指導をしていた。


「こんにちは、リンガイさん」

「アキヤマか。なにか用事でもあるのか?」


 エラメーラに会おうと思ったが止められる可能性を思いつき、こっちに来たことを話す。


「そういうことか。たしかにありえるな」

「神殿に来たのはもう一つ理由があって、バラフェルト山の入山許可をもらいにきたんだ」

「ほう。稼ぐためか?」

「いんや、昨日オーソンさんに会って、カテラさんの病気を治すのにあそこの薬草が必要なんだって聞いたからね」

「なるほどな。オーソンは喜んでいただろう。俺からも礼を」


 部下の治療に動いてくれることがありがたかったのだ。


「礼といってはなんだが、早速入山の試験を行おう」

「神殿の試験は強さを測るんでしたっけ。となると模擬戦ですかね」

「ああ、俺と一戦してもらおう。約束していたしちょうどいいだろう?」


 平太としても都合がよく、提案に頷いた。

 早速準備を始め、平太は木製の片手剣と丸盾と革鎧を借りて、リンガイも木製の両手剣を持ってくる。

 ほかの兵は休憩となり、模擬戦を見物したり、水を飲んでのんびりしたりと思い思いにすごしている。グラースも端によって見物だ。

 

「準備はいいか」

「いつでも」


 腰をやや落とし、盾を前に出して、剣はだらりと下げたままの平太がそう返す。

 十秒ほど見合って待ちの体勢だと判断したリンガイは、こっちから攻めることにして近づき上段から振り下ろす。

 

「ふんっ」


 風を斬り頭上から迫る大剣を平太は左に半歩ずれて避け、リンガイの手を狙って剣を突き出す。

 それをリンガイは腕を下げて、剣の根本で受けた。

 平太は剣を引いて、もう一度剣を突き出そうとしたが、そのときにはリンガイは一歩引いて届かない距離だった。同時に次の攻撃の体勢を整えつつあった。


「もう一度だっ」


 今度は左からの横薙ぎの一撃が平太に迫る。

 避けるか受けるか、平太はある程度この一撃の威力を予測し、受けることを選ぶ。

 剣の軌道上に盾を動かし、剣を持った右手を左手首に添えて、しっかりと攻撃を止める。

 すぐに平太はその体勢のまま前に出て、大剣を思いっきり押す。そして開いた胴に今度は平太から横薙ぎの攻撃を行ったが、リンガイが力に逆らわず素直に下がっていたため空振ることになった。

 一分弱、交互に攻撃し、避けるということが繰り返された。


「そろそろ体も温まっただろう? 本気を出して動いていいんだぞ」


 こう言ったリンガイの言葉に、見学していた兵たちは驚きの表情を見せた。

 彼らからすれば十分に本気の動きに見えたのだ。

 声をかけられた平太は頷きを返した。


「では遠慮なく」


 グッと地面を踏みしめて、先ほどまでとはまるで違う速度でリンガイに迫る。

 その平太へと上段から大剣を叩きつけようとするリンガイ。

 まっすぐに進んでいた平太は左へと跳ねてコースを変えて、そこからリンガイへと直進し剣を振る。

 速度負けしていると判断したリンガイは避けることを諦めて、片手を大剣から離して、籠手で迫る剣を受ける。

 

「っ」


 小さく呻いたリンガイは思った以上の衝撃を腕に感じていた。ジンジンと痺れるような痛みが残る。

 腕にリンガイの注意が腕にそれている間に、平太はくるりと回転してリンガイの背後に周り、その勢いのまま剣を振って鎧の背部へと当てた。

 先ほど以上の衝撃を背中に感じ、少し咳き込むリンガイはここで負けを認める。平太が能力を使った様子もなく、完全に実力のみでやられ、素直に負けを認めた。


「まいった」


 その言葉で周囲はどよめく。この神殿では最上位と言っていい実力者があっさりと負けたことに驚きがあった。

 今の平太の実力であれば驚くような結果ではない。アロンドたちの方が強いのだ。そんな彼らとたっぷり模擬戦をしていたのだから、リンガイの動きは見きれないものではなかった。


「強くなったな」

「この強さを得るだけの経験と努力はしましたから。というかしないと駄目でしたから」

「この三年でなにがあったのか聞いても?」


 過去に行って魔王と戦ったと言っても信じられないだろうと平太は判断し、少し誤魔化すことにする。


「ここら辺にはいない強さの魔物と戦って勝てないと帰れない状況になってましたよ。そのために神様に稽古つけてもらったり、自身よりも強い人と模擬戦しまくったりして鍛えました」

「身体能力が上がるだけなく経験も積めたか、強いはずだ。しかし神に稽古とは贅沢だな」

「わりと命懸けでしたけどね。その稽古のおかげで気迫負けすることなく戦えました」

「神が力を貸すほどの魔物がいたとは噂でも聞いていなかったが、もう倒されたのだろうか?」

「はい。しっかりと滅んだところを見届けました」

「それを聞いて安心した」


 模擬戦はこれで終えて、神殿の入山も認められた。

 ちょっとした書類を作る必要があるため今すぐに許可が出せるわけではないが、すぐに行くわけではないため平太もそれで承諾し、後日家に書類を持ってきてもらうことになる。

 リンガイは自身の補佐に少し席を外すと伝えて、平太と一緒にエラメーラの部屋へと向かう。

 着くまでの間、リンガイはどこか上機嫌に見えた。それはエラメーラを守る頼もしい盾が現れたことを喜んでいたのだ。

 もちろんリンガイもエラメーラを守る気持ちに一切の陰りはないが、以前やってきたシャドーフよりも強い角族が現れないともかぎらない。そんなとき平太という強者がいるのは安心できる。

 リンガイの考えを知れば平太も否定はしないだろう。エラメーラには世話になっているし、困っていたら助けになりたいと思っているのだ。


「エラメーラ様は部屋にいらっしゃるだろうか?」


 リンガイが部屋へと繋がる通路に立っていた兵に声をかけると、肯定の返事がある。

 返事をした兵は平太の見知らぬ者だったので、リンガイと一緒に来て正解だったのだろう。

 リンガイは今後も平太は自由に行き来できることを伝えて、部屋に向かう。

 ドアをノックすると返事があり、リンガイは開けて入る。


「なにか用事かしら……ヘイタ?」


 リンガイについて入ってきた平太を見てエラメーラは固まった。


「いかがなさいました?」


 リンガイが不思議そうに尋ねるが、反応はない。

 皆がエラメーラに注目すると、平太を見たままだったその表情がいっきに赤く染まった。


「わ、わるいんだけど皆出てくれる?」


 そう言い、そばにいたメイドも含めて部屋から追い出した。

 

「……なんで?」


 平太がそうこぼすと皆は首を傾げる。

 

「私の目にはエラメーラ様が照れていたように見えました」


 メイドが思ったことを口に出した。


「照れた、か。アキヤマ、お前エラメーラ様になにかしたのか?」

「なにも。一昨日別れてから一度も会ってませんし。力の欠片を飛ばして俺の様子を見てたとしても、照れさせるような行動はとってませんよ」


 家族団欒の微笑ましい光景しか展開してなかったと断言できる。それを見て照れるというのは考えにくかった。


「突然俺に惚れたとかそんなかすかな可能性が」

「どうでしょうね。同性の私から見て、惚れたという表情には見えなかったんですが」


 平太の冗談交じりの言葉をメイドが斬り捨てた。


「ですよね」

「ですが、嫌がるような感情もなかったように思われます。純粋に困惑していた?」


 推測でしかありませんがとメイドは付け加えた。

 皆少し考えてみたが、これといった思いつきはでなかった。

 解散となり、それぞれ仕事に戻っていく。平太も神殿から出る。

 次に平太は肉の買い取り所へと向かった。

 カウンターにいる職員に入山許可をもらいに来たと告げると、応接室に通された。そこで入山に際しての注意事項などを説明され、神殿からは許可を得たと答えるとバラフェルト山の資料を渡された。

 そこに載っているのは生息している魔物に加え、注意すべき毒草や虫や危険な場所で、資料は貸し出すのでまずはこれらを覚えてくれということだった。後日、神殿からの入山許可書類を持ってきたら、そのとき口頭でテストする。それに合格したら探索経験者を連れて来て、講義を行うという話をして今日のところは終わりになった。

 その買い取り所からの帰り道、懐かしい人と出会う。ローガ川の町で、凧や独楽を売っていた商人だ。向こうが平太の顔を覚えていて、声をかけてきたのだ。今回も商売に寄ったようで、少ししたらまた別の町に行くということだった。

 懐かしい出会いもあったりして家に帰る。ミナが出迎えるだろうと思っていたが、出てこなかったことが少し不思議でミレアも尋ねると、友達が遊びに来て外に出ているとのこと。

 暇ができた平太は、ミレアにレシピ本の再現を頼まれて、それの解説をしつつ時間を過ごす。

 フォルウント家に行くまでの数日を平太はミナの相手をしたり、遊びに来たパーシェの相手をしたり、グラースを洗ったりと何事もなく平穏に過ごすのだった。


 フォルウント家に向かう日に、ブルナクが言ったとおり家に迎えが来る。

 フォルウント家の家紋が入った外套を身に付けた男で、平太のことを聞いているのだろう目に敬意が現れていた。


「準備はできていますか?」


 平太とミレアは頷く。

 平太は普段着だが、ミレアはスーツ姿だ。胸にはフォルウント家の家紋がある。平太にはできるキャリアウーマンに見えた。

 向こうに行くのはこの二人とグラースだ。ミナも行きたがったが、ミナの相手をする時間がとれない可能性があるため、落ち着いたら迎えにくると約束するも、まだ不満そうなミナにロナが話しかける。

 

「最近ヘイタの相手ばかりでお爺さんと遊ぶことが少なかったでしょう? 寂しがっていると思うわよ。この機会に相手してもらいなさいな」

「あ、そうだね。うん、わかった」


 実際にはバイルドはバイルドで、平太の話や車を調べたりして楽しい時間を過ごしていたが、それは言わなければ気づかないことだろう。

 ミナも納得したことで、平太は迎えの男と一緒に転移でフォルウント家のあるイライア国の都市シューサに移動する。

 一行が現れた場所は都市出入口から少し離れたところで、そこから歩きで都市入口に向かう。


 シューサは元々村のあったところから西に徒歩三十分歩いた場所にある。村のあった場所とグラースたちの住んでいた森はフォルウント家の土地で、村には分家の者が建物の維持のため住んでいて、森には狼の魔物たちが今もいる。

 今のシューサ自体は住人が多くなり、お金も余っていたので新たに作った町だ。発案されたのは平太が寿命で死んで五十年後のことだった。

 都市には二重の石壁がある。最初に町を作ったときの石壁と、人口増加に対応して町を広げたときの石壁だ。外壁は高さ六メートル、内壁は三メートルほど。外壁の東西南には畑が広がり、北には貧民が集まっている。

 都市の入口は東西の外壁に大きな門があり、ほかに小さな入口が作られては潰されている。

 東西の門からはバスが行き来できるアスファルト製の道路が内壁まで続き、このほかに内壁と外壁のちょうど真ん中に都市を一周する道路、外壁の内側にそった道路がある。

 その道路は観光用や荷運び用のバスが行き来する以外に、新たに作ったバスの試運転で使われる。

 建物のおおよその配置は南と中央に住居、東西に商店と倉庫、北部にバスといった地球由来の乗り物工場と兵士たちの施設となっている。ほかに大きな施設だと、大浴場や野外舞台のある公園に劇場だ。


 西門から入った一行は内門に向かうバス乗り場まで歩く。

 都市の内部はエラメルトよりも多くの自転車が行き来している。人を載せたリヤカーを牽引した自転車の姿もあった。

 車を個人所有できない住民にとっては重要な足になっている。そんな光景を見ながら歩き、バス乗り場に着く。

 そこにはフォルウント家が客を招待するときに出す、特別仕様の小型バスが停まっていて平太たちを待っていた。

 

「これに乗って都市を一周してから中央に向かいます。町の光景をお楽しみください。私は一足先に屋敷へと戻り、到着を知らせてきます」


 案内してきた男はそう言い、平太たちが乗ったバスの出発を見送ってから転移で屋敷に戻る。

 バスはゆっくりめの速度で、一時間ほどかけて外壁そばの道路と内側の道路を一周する予定だ。

 町の規模としてはエラメルトをはるかに超える大きさだろう。


「こうして見てると活気のある平和なところだな」

「はい。大きな問題なく安定した町です。詐欺や恐喝など小さな問題は起きていて、頭を悩ませられていますね」

「人が多いから、どうしてもそこらへんはおきちゃうんだろうね」


 全く問題のない町ですと言われたら平太は信じられなかっただろう。神のいるエラメルトですらそういった問題は起きているのだから、人のみで統治しているここに問題が起きていないわけはない。


「そういった問題はフォルウント家の兵が見つけたりしてんの?」

「兵もですが、フォルウント家が出資している自警団も動いていますね」

「その自警団と犯罪者が結託することはあるのかな」

「まれに。ですので事前報告なしの検査を行ったりして汚職を減らすようにしています」


 捜査には当主直属の捜査員があたる。荒事も潜入捜査も得意な者が都市の内外からスカウトされて所属しているのだ。


「汚職とかが完全になくなったら、それはそれで問題あるんだっけか」

「どうなのでしょう。少々住みにくそうではありますが」

「白河の清きに魚も住みかねて、だったかな」


 歴史の授業で習ったことを思い出し口に出す。

 それについてミレアが尋ね、平太は外の風景を眺めつつおぼろげながら覚えていることを話していく。

 説明を終えて、平太の視線が再度外に向く。


「町の外のことなんだけど。エラメルトと同じようにハンターが狩場にしているところあるの?」

「駆け出しは町の周囲、主に南で芋虫の魔物や鶏の魔物を相手します。そこに慣れると北部でイタチの魔物などを狩ります。次に西か北を目指します。西には森が、北には湿地帯があります。その次は湿地帯の先に高原が。そしてバラフェルト山と似た危険度のカリガ洞窟とウルムナの森といったところですね」

「最後の二つは肉買い取り所の許可が必要なのかな」

「はい。興味がおありなら、フォルウント家から働きかけて許可を出すようにしますが」

「いや、いいよ」


 当たり前のように言うミレアに、やはりそんなことができる権力はあるんだなと思いつつ断る平太。

 話しているうちにバスは内壁に到着し、門番をしている兵に先導されてゆっくりと門を通る。

 都市の中央部にはバスが通れる道路は、この門からフォルウント家までの一本しかない。バス使用もフォルウント家にしか許可されない。ゆえにバスが走っているということはフォルウント家の人間か客人が乗っているとわかり、道行く人の注目を集める。

 そしてバスの前方にフォルウント家が見えてくる。

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