50 過去からの帰還
バイルドたちが二度目の平太召喚を行ったときとほぼ同時刻。
大陸西部にあるイライア国、その中でもっとも繁栄している都市シューサで人々が知らぬ間に、過去からの帰還者が目を覚ました。
フォルウント家の庭に建てられている祠は、三年ほど前から扉が開いたままになっていた。それより以前は一ヶ月に一度の掃除以外に開けることは禁じられていた祠だ。
祠の中央には、透明度の低い大きな水晶がある。ララが平太の再現体を封印したときのものだ。
その祠は開かれたときから交代で見張りが立つようになっていて、今も六十を過ぎた老人が椅子に座って本を片手に見張りをしていた。
老人が本に集中している間に変化は起きる。
水晶が空気に溶けるように消えていった。風が起こることも、音が立つこともなく、最初からなにもなかったように消えて、残ったのは白の半袖シャツに、ダークカーキ色のズボンをはいた平太だけだ。
水晶が消えてすぐに平太も意識を取り戻し、現状の確認やここがどこかの確認をしている。
そんな動作に気づき、老人は本から顔を上げて、平太を見る。そして声もなく驚いた表情を見せた。
平太は驚いている老人を刺激しないようにゆっくりと近づく。
「こんにちは。封印から目覚めたのはわかるんだけど、ここはどこなんでしょう?」
「え、あ?」
若干混乱状態にある老人が落ち着くまで平太は祠入口から外を見ることにする。
目に入ってきたのはきちんと刈り込まれた生垣に、綺麗に咲く花々、魚が悠々と泳ぐ濁りのない池。離れた位置にある建物は以前見た貴族の屋敷に風格が負けていない。
どこかの金持ちの敷地内ということはわかったが、どうしてここに封印があるのかは平太にはさっぱりだった。
「そろそろ落ち着いたかな。まだだったらエラメーラ様のところに転移しようかね」
そう言いつつ振り返ると、膝を床について頭を下げている老人がいた。
「うお!?」
そんな態度を取られることは予想しておらず、平太は一歩後ずさる。
「お目覚め、嬉しく思います。すぐに一族を集め、偉大なる先人の復活を祝わせていただきます」
「なんで祝うとかそんなことに!?」
顔を上げた老人は膝を床についたまま答える。
「なにをおっしゃる。大陸に名を響かせるフォルウント家の祖ですぞ。復活を祝うのは当然のこと」
「ああ、そういえばフォルウント家ってすごいところだっけ」
エラメーラやミレアから聞いたフォルウント家の知名度の大きさを思い出し、わしわしと戸惑った様子で頭をかく。
平太はたしかにフォルウント家というか村作りを手伝い、村の代表の一人として働いた。
そう平太の意識では村なのだ。大陸に名を響かせると言われても実感がない。
平太が生きていた頃から村が有名だったのは事実なのだが、それは車を売り出したときからで、平太が四十才を過ぎた頃だ。
今の平太は、この体を再現したところまでの記憶を持ち、そこから十年先のことを知識として持っているだけなので、名が広まったときのことは記憶にも知識にもない。
だから敬われても戸惑うしかない。
「祝いとかいらないって言ったら中止になります?」
「大きく催しを開くことはなくなりますが、各所の代表者との顔合わせは行いますね」
「大きく催しって」
どんなだという考えが顔に現れ、表情を読んだ老人が行われるであろう催しを話す。
「あなたが復活するということを知っている分家などを集めて、祝いのパーティーを開きますな。住民には再現の能力使いが見つかったとお触れを出し、パレードで顔見せし、食事や酒を無料で振る舞うことになるでしょう。王城からも招待状が届くかもしれませぬ。そうしたことが終わったら当主として振る舞ってもらうことになるでしょう」
「当主とか無理なんだけど」
「最初は周囲の者がフォローし、じょじょに慣れていってもらえれば」
「今も当主はいるんだろう? その人が交代に納得するかどうかわからないじゃないか」
「……納得するでしょう」
すらすらと答えていた老人が少しだけ言いよどむ。
交代になにかしらの問題が生まれるのだろうと、平太は受け取った。
「万事上手くいくとはいかなさそうだ。ならばこのままそっとしておくのがいいんじゃないかな」
「しかし昔からの言い伝えです。先祖の活躍があるからこそ、今の我等の繁栄があるのです。それを無視するわけにはいきませぬ」
「そこが疑問なんだよな」
「どこがでしょう?」
「当主にしろって言葉を俺が残すのはおかしいと思う。便宜を図ってくれってならわかるんだけどもさ」
本当に自身がその言葉を残したのならば、後年になにか性格や考え方が変わるような出来事でもあったのかと平太は考える。
「あの時代を生きた俺が死んでもう千年以上でしょ。言い伝えが変わっていてもおかしくはない」
「……否定はできませんが、私共にとっては今伝わっているものが事実」
「あ、そっか」
困ったなと言う平太の様子から当主になる気がないとわかる。
老人はひとまずこのことは置いておくことにして、復活を祝うことだけに集中しようと考える。時間をおけば平太の考えがかわる可能性もあるだろうと思ったのだ。
「当主に関しての話はまた後日ということで、今はあなたの復活を知らせることだけにしましょう」
「親戚一同が集まったときって、その場に俺がいる必要があるよね?」
「ええ、でなければ信じない者が出てくるでしょう」
「俺は早く親神に挨拶に行きたいんだけど。ほかに会いたい人もいるし」
「ああ、それは行ってもらってかまいませんよ。一族の者を集めて、会食の場の準備をするのに五日ほど時間をいただきたいですからな。行く先はエラメルトでしょう?」
「うん」
「それなら転移で行き来できる者がいますから、準備が整ったらミレアが滞在している家に向かわせますよ」
こなくてもいいのになとそんな考えが平太は思わず脳裏に浮かぶ。次に疑問が浮かぶ。
「ミレアさん?」
「ええ、あなたがこちらに来たときの世話役として派遣した者ですね」
「そんな目的であの町にいたの!?」
ミレアはバイルドの出資者が、お金管理やバイルドの世話役としてつけた人物だと平太は思っていた。
それは違い、過去の年を取った平太自身が未来の自分について家族に話し、できればフォローしてほしいと願ったのだ。
そのときの話はきちんと文書に残されて今も重要文献として保存され、当主とその近辺の者だけが見ることができる。
「ミレアさん、そういったこと一言も言ってなかったような」
「あなたが過去に移動することは、あなたがこちらに来たばかりのときは知らないことですからな。言わないようにと命じられエラメルトに向かったのですよ」
無事平太の召喚を見届けたミレアはフォルウント家にきちんと伝えていた。
一度平太がミレアを町の外で見かけたことがあるが、あれは連絡役と会っていたのだ。
「あの子は分家の者でしてな。向こうではミレア・キュールと名乗っているはずですが、キュールは母親の旧姓で、本当はミレア・K・フォルウントが正しい名前です」
ミレアが平太との関係を遠い親類と称したことがあったが、あながち間違いでもなかったのだ。年代が千年以上離れているので、遠いどころではないが。
「たしかにキュールって名乗ってた気がする」
自己紹介したときにそう聞いていた。
「とりあえず話すことはこれくらいか。さっさと会いに行きたいし転移しよう、とその前に今さらだけどお爺さんはどういった人なんです? 話していた感じだとそれなりの決定権を持ってそうな人だけど」
「わしは先々代当主の弟で、補佐をしておった者ですな。今は隠居の身ですがのう。名前はブルナクと言います。あなたのことはよーく聞かされた」
「どんな話か聞くのが怖いね」
「素晴らしい話ばかりでしたよ」
平太の表情が苦いものへと崩れる。美化された話ばかりな気がしたのだ。
迎えを無視して逃げ出したくなった。自身を称える者ばかりだと居心地の悪さから本当に逃げ出すかもしれない。
ブルナクにひとまずの別れを告げて平太は転移を使う。
消えた平太に一礼したブルナクは、これから忙しくなると気合いを入れる。
「まずは現当主に知らせるべきだろうな」
誰もいなくなった祠の今後の利用法を考えつつ、持ってきていた本と椅子を持って屋敷へと戻っていった。
◆
エラメルトに転移した平太は、久々となるエラメーラの私室を見回す。
部屋には誰もおらず、庭で寝ているのだろうかとそちらに移動してみたが、いなかった。
用事でいないのだろうと再会できないことを残念に思いつつ、神殿内を移動する。
「あ、ヘイタじゃないか!」
声をかけてきたのは平太に戦いのイロハを教えてくれたベールだ。
懐かしい顔に平太の顔も綻ぶ。
「久しぶりです」
「ほんとだな。故郷に帰ったと聞いたが、こっちに戻ってきたのか?」
「はい。その予定はなかったんですけどね。ちょっと予定外のことがありまして。またしばらくこっちで過ごすことに」
「ほー、そりゃ難儀なことだ。まあ、お前さんが来たことはエラメーラ様もお喜びになるだろう。今日はなにか用事で出ているみたいだから、明日にでも会うといい」
「やっぱり用事だったんですか。会いに行ってみたんですけど、いなかったんですよね」
「隊長たちと一緒にどこかに行ったようだ」
ベールと少し話して別れた平太は、医務室に顔を出す。
オーソンに挨拶していこうと思ったが、こちらも出かけていた。神殿警備の副隊長が率いる小隊が町周辺の魔物討伐に出ていて、それに同行していたのだ。
タイミング悪いなと思いつつ神殿を出て、ミレアたちの家に向かう。
久々の風景にあちこちと視線をやっている途中で、リンガイたちとそのそばにいるフードで顔を隠した小柄な人物と遭遇する。小柄な人物は、初めて会ったときと同じ格好なのでエラメーラだとすぐにわかる。
平太を見たリンガイたちは驚いたように足を止める。
エラメーラはフードを少し上げて、笑顔を平太に向けた。
以前と変わらぬ歓迎の意思を感じて平太は嬉しくなり、駆け寄って頭を下げた。
「お久しぶりです、エラメーラ様」
「ええ、約三年ぶりになるかしら」
心なしかエラメーラの声音も弾んでいるように思える。
「それくらいですか。俺の体感だと二年くらいなんですけどね。地球に帰って九ヶ月、過去で一年以上で合計二年」
「過去?」
「ええ、こっちに召喚されるところを始源の神に千五百年ほど前に移動させられて」
「え?」
初めて聞く話にエラメーラは驚きで目を見開く。
その様子でエラメーラは平太に起きたことを知らないのだとわかる。
「大神とか小神に俺について聞いてないんですか?」
「ええ、あなたになにが起きたの? 私が知っているのは大神からあなたの再度召喚依頼が来て、バイルドに頼んだこと。そして今日召喚したけれど、あなたは召喚されてこなかった」
「始源の神がなにもしなければ、その召喚で俺はまたバイルドの家に現れたんでしょうね」
「自分になにが起きたのかどうして知っているの?」
「始源の神から聞きました。おかげでいろいろと苦労するはめに」
これにはエラメーラだけでなく、近くで聞いていたリンガイたちも驚く。
人の身で始源の神とあったという話をリンガイたちは聞いたことがないのだ。どのような姿かは伝わっているが、それも大神か小神から聞いたものだと思っている。
「始源の神が動いたとなると、なにかしらの目的があった?」
呟くようにエラメーラが言う。
「エラメーラ様は知ってるんじゃないですか? 近々大きなことがあるでしょ」
ちらりと平太は空を見る。
それがなにを意味するのかわかったのはエラメーラだけだ。
「堕神に関わるの!?」
「そうらしいですね」
「始源の神はなにを考えて? 神でも危険すぎることなのに、人間のヘイタを巻き込むなんて」
「直接対峙するんじゃなくて後方支援だそうです」
「それでもよ。人の身でどうにかなるものじゃないとほかの神々から聞いたことがあるわ。リンガイッ」
「は」
呼びかけたリンガイに鋭い視線を向けるエラメーラ。そんな目を見るのはリンガイも初めてで驚きつつ返事をする。
「私はこれから神の住む島に行くわ。私がどこに行ったか聞かれたらそう返しておいて」
リンガイの返事を聞かずにエラメーラは空を飛びかなりの速度で去っていく。
神々の真意を確かめて、平太が犠牲になるようならば命を賭して止める。その覚悟を持っていた。
「あー、ヘイタ」
「はい? あ、リンガイさんもお久しぶりです」
「ああ。しばらくぶりだ。まあ、挨拶はおいといて堕神とかそういった話を聞いてもいいのか?」
神の関わる話を聞いてもよいものかと迷いつつ尋ねる。
エラメーラの慌てぶりから、かなり大変な出来事なのだろうとわかる。詳しく聞きたいが、人が関わっていいものかわからないのだ。
一緒にいた兵も気になっているのだろう、視線が平太に集まる。
「俺は判断つかないんですが、言える範囲だと……千数百年に一度ある世界の危機だとか。これまでに何度も神たちが対応したそうですよ」
「神が対応する危機か。人が手を出せるようなものではないのだろうな。それにお前が関わるらしいが、大丈夫なのか?」
「わからないとしか言いようがありません。一応鍛えたけど、人が鍛えた程度でどうにかなる相手じゃないでしょうし」
「だろうな」
再会と話の規模で驚いて、平太自身を気にしていなかったリンガイは改めて観察するように見る。そして別れたときとは比べものならない強者の雰囲気を感じ取った。一見なんの警戒もしていないようでただの一般人に見えるが、大きな隙はなくいつでも戦えるように体ができている。生半可な鍛え方ではこうはならない。
「かなり鍛えたようだな」
「そうしないと生き残れませんでしたしね。もうそこらの魔物には負ける気がしませんね」
「見た感じバラフェルト山でも余裕をもって行動できそうだ。暇ができたら模擬戦の相手をしてくれ」
「わかりました。じゃあ俺は家に戻りますんで」
「ああ、またな」
去っていく平太の背を少し見送り、リンガイたちも神殿に帰る。
エラメーラたち以外に誰かに会うことなく家にやってきた平太は扉を開けて中に入る。
すぐにグラースが奥から駆けてきて、平太にじゃれついてくる。平太はしゃがみグラースの頭や背を撫でてやる。
「おーグラース、元気そうだな。俺に付き合って封印されてくれたんだって? ありがとうな」
「ワウッ」
気にするなと尻尾を振って応える。
そんなグラースを伴ってリビングに顔を出すと、バイルドの姿はなくミレアとロナと見知らぬ子供が椅子に座っていた。子供は寂しそうな表情で、ロナも少し寂しげだがどこかほっとした雰囲気もまとっていた。
入ってきた平太を見てミレアはおかえりなさいませと動じた様子なく頭を下げて、ロナは驚き、子供は誰だろうと首を傾げていた。
「ただいま、でいいのかな? ともかく久しぶり」
「はい。おかえりをお待ちしていました。それと長きに渡る封印からの目覚め喜ばしく思います」
「そこまで丁寧な口調にならなくてもいいんだよ? むしろ以前のままでお願いします」
「承知しました」
二人の会話をロナは不思議そうに聞いていた。
表情が柔らかくなっているロナに平太は、会っていない間に随分と一般人らしくなったんだなと思う。
「ミレアさん? ヘイタがこうやって帰ってくることをもしかして知ってたの? だから召喚が失敗しても驚かなかった?」
「ええ、知ってたわ。今日このときに戻ってくることは知らなかったけど、近いうちに顔を見せることはね」
「封印って言ってたことと関係ある?」
「ええ」
頷いたミレアにどういったことなのか聞こうとしたロナは、期待に目を輝かせた幼女に服を引っ張られる。
「ママ! パパなの?」
「え、えっと」
「ヘイタって言ったもんね? パパのなまえでしょ!」
「ん?」
ロナがママと呼ばれたことについて少し驚いたが、自身がパパと呼ばれたことについて聞き間違いかと首を傾げる平太。
そんな平太を見てロナは気まずそうな表情を浮かべた。ミレアは苦笑している。
答えてくれないロナから離れて、幼女は平太の前に移動し満面の笑みで見上げる。
「はじめましてミナです! パパにすっごく会いたかった!」
そう言うとミナは平太の足に力一杯抱き着いた。上機嫌に顔を腰に擦り付けている。
抱き着かれた平太は困惑顔だ。
「……どういうこと?」
「こ、これには事情があって」
平太の疑問にロナは乾いた笑みを浮かべたあと、視線に耐えきれず顔をそらした。
平太自身は子持ちになった覚えはない。ロナと子供ができるようなことはしていないのだ。
過去を生きた平太はサフリャとの間に子供を作ったが、その平太とこの平太は枝分かれした存在で、子供がいないということに間違いはない。
そもそも年齢が合わない。平太の子供ならば三才くらいだろうが、ミナは三才には見えないのだ。
「あとで話すから話をあわせてもらえると助かるかなーって」
ミナに聞こえないよう小声で言うロナ。
とても喜んでいるミナを見ると頷くのもいいかなと平太は考えたが、ここで承諾してしまうとずるずると流されてしまう可能性もあるのではと思えた。
迷ったが子供を泣かせる趣味はないため、小さく溜息を吐いてミナの頭を撫でておいた。
その手にミナは頭をおしつける。
ほっとしたような様子を見せたロナは、口の動きだけでありがとうと礼を示す。
「ヘイタさん、座ってはどうですか」
ミレアが言い、平太はミナを促して椅子に座る。その太腿にミナが座り、上機嫌で平太を見上げている。
グラースが椅子のすぐそばに寝転び、ロナは元々座っていた椅子に座る。
ミレアは平太の分のお茶を準備している。
「あらためておかえり」
「ただいま。驚かすことになると思ったけど、逆に驚かされたよ」
いきなりパパ宣言は予想していなかったのだ。
「いやぁ、あははは」
「ずいぶんと表情や雰囲気が柔らかくなったね」
笑い声をだすところなど、見たことがなかったはずだと指摘する。
きょとんとしたロナは微笑みをミナに向けた。
「周囲の人たちのおかげでもあるけど、一番はミナのおかげかな。ミナを育て、その過程で私自身も育てられたよ。ミレアさんたちの力を借りて、慣れないなりに子育てをやって得難い経験と良い思い出を得ることができた」
ミナを見るロナの目には慈愛が込められている。その視線を受けたミナは嬉しそうに笑う。
笑い合う二人には確かな絆が感じられた。血の繋がりがどうとか関係なく、親子なのだと思えるものがある。
「ほんと変わったもんだ」
良い方向の変化に平太も自然と笑みが浮かんだ。だからと言って父親であると無条件で受け入れるつもりはないが。
ロナが口を開き、なにかを言おうとしたとき扉が開いて、バイルドが入ってきた。
「あ、おじいちゃん!」
平太を見て驚き、その平太にくっついているミナを見て、バイルドは相好を崩す。作った表情ではなく、心の底からミナに親しみの感情を向けていた。孫か曾孫といってもいいくらいに年齢の離れたミナをバイルドは可愛がっていた。
「ヘイタにかまってもらっておるのか、よかったのう」
「うん!」
可愛がっている様子が似合わねえと平太は微妙な視線を向ける。
「なんじゃその目は。しかしお前さんどこから現れた。召喚場所がずれるとは思えんが」
「いろいろあったんだよ」
「いろいろって?」
ロナも気になったのか聞いてくる。
どこから話すかと少し悩んだ様子を見せた平太は最初から話すことにする。
「向こうに帰って九ヶ月くらいかね。こっちの暦だと四ヶ月と半くらいか。再度召喚されたんだ。じーさんが少し前にやったらしいやつだな」
「それしかたっておらんかったのか」
「そこらへんの仕組みはしらんから詳しいことは聞くな。んで始源の神が召喚に干渉して千五百年前に出現。戦場の真っただ中に出て、あのときはこんな場所に放り出しやがったじーさんを絶対殴るって決意したっけ。懐かしい」
思いもよらぬ存在が話に出てきたことでロナたちは驚いた様子を見せる。
今回の召喚はエラメーラからの依頼であり、なにかしらの用事があるとは思っていたが、始源の神が関わってくるとは一言も聞いていなかった。
「わしの責任にされてもな」
「あのときは始源の神が干渉したなんて知らなかったからな。あんたのせいだと思ってたんだ。んで、角族の大将格と人間の精鋭たちとの戦いに割り込む形になって、角族の大将格が退いていって、俺は精鋭に連れられ陣地に戻った」
今後のことを考えていたら、始源の神の手紙を親神から預かった愛し子がやってきて、手紙を受け取ったこと。内容は元の時代に帰る方法を教えるかわりに、魔王討伐をするというものだったこと。アロンドたちと一緒に行動したこと。グラースと出会ったこと。能力を三段階目まで上げたこと。魔王と戦ったこと。
そういったことをところどころ略しつつ話し、完全再現した体を封印したことまで話す。
「始源の神に導かれ、危機に陥っている英雄を助け、旅に同行し、共に成長して、果てに魔王を討つ。まさに英雄譚じゃのう」
ロナやバイルドは壮大な物語を聞いたという感想を持ち、ミレアは文献で読んだ出来事を本人の口から聞けて感動し、暇だったミナは平太に寄りかかって眠っている。
「グラースとの出会いだけでも驚きなのに、能力を三段階目まで上げたことやら魔王と戦ったことやら、とどめに千五百年封印。あなたの人生濃すぎよ」
「好きでこんな人生送ってるわけじゃないんだけどね」
平太としては残りの人生は穏やかに過ごしたいが、もう少し波乱があるのは確定している。
良い思い出と言い切れる日がくることを願うばかりだ。
「ふと思ったんじゃがな。能力は三段階目から二段階目に落ちたと言ったな」
「ああ、言った。現に三段階目が使える気はしないぞ」
「普通ならばそれで納得できるのじゃが。お前さんは再現使い。一度使った能力なのだから、三段階目の能力を再現することはできるんじゃないか?」
「ふむん?」
その方法は思いつかなかったと平太は意表を突かれた表情になる。
できるのか考え、アロンドの三段階目の能力は再現できたことを思い出し、できるんじゃないかと思えた。
「ちょっとやってみようか」
何度も使った能力なので、完全再現の再現に苦労することはない。
再現を使用すると無事成功した。だが平太は一瞬顔をしかめたあと、なにかに納得したような表情をしていて、万事成功したのかはバイルドたちにはわからなかった。
「あーこうなるのか」
「どうなった?」
「成功はした。使ってみるぞ」
完全再現を使い、出したのはシャンロに作ってもらった剣だ。
「ヘイタさんが使っていたという剣ですね」
家宝として残っている剣を見たことがあるミレアがすぐに反応した。
「向こうにまだ残ってんの?」
「はい。武具はどれももう戦いには使えませんけど、行事のときに儀礼用として使っていますね」
フォルウント家に残っている方は、魔王戦のあとも使い続け使用限界がきているのだ。戦いに使おうものならば、一戦で壊れてしまっても不思議ではない。ミレアの目には双方の違いがわかる。儀礼用は時間の流れを感じさせ厳かさがあり、今出した方は現役なのだとわかる。
「少しお借りしても?」
「いいよ」
無造作に渡された剣をミレアは慎重に受け取り、至福といった表情で触っていく。
そこまで喜ぶものなのかと平太だけでなく、ロナたちは不思議に思う。
ミレアがこうなっても仕方ないのだ。ミレアにとっては平太は憧れの存在だった。幼いころ話に聞いて、興味を持って調べて、どういった人物だったのか空想した。そんな人物が目の前にいて、使っていた道具に触れることができる。嬉しいことだった。
くわえてこれまではフォルウント家出身ということを隠すため、できるだけ敬意などは隠していたが、平太に知られた今は隠す必要がない。
ちなみに保存された武具はフォルウント家のあるイライア国の王でも触れないため、ミレアだけでなくアンティークコレクターや歴史家でもよだれものだ。
「さきほどの発言だと、三段目の能力を使ううえでなにか問題はあるのじゃろ?」
初めて見るミレアの様子に苦笑しつつバイルドが聞く。
「大きな問題はないね。ただ一日に使える再現の回数が半減して、また使えるようになるまで三日間の時間が必要ってだけ」
「それだけの制限なら軽い方ね」
そうロナが言い、平太はまったくだと同意する。
「あ、ちなみに一日に使える再現の回数は何回なの?」
「十六回。だから八回になるんだけど、それだけ使えれば十分すぎる。明日になれば十六回にまで戻るし」
「それは八回分の力を凝縮して、三段階目の能力を使っているということなんじゃろうか? 一日に二回使えるということか?」
バイルドの疑問に平太は首を横に振った。
「さっきも言ったけど、一度使ったら再度の使用に時間が必要になる。だから一日に二回は無理。力を凝縮してるってのは外れた考えじゃなさそうだけどな」
わりと無理に使っている感覚はあるのだ。だからこそ三日間の休養を必要とするのだろう。
「ありがとうございました。お返しします。ヘイタさんは今後どうするのですか?」
「とりあえず決まってることは五日後にフォルウント家から迎えがくるんだとさ。行くのがめんどくさいけど。町をあげて盛大に祝うとか言ってたからなぁ。さすがにそれは止めた」
「当主やそこに近い人ならやろうとするでしょうね。私も賛成側です」
「フォルウント家にとっては、ヘイタはそこまでするに値する人物なのね」
ロナもそこまでの祝いは大げさでは、と思っている側だ。
「今のフォルウント家を生み出した人ですから」
「はじまりは俺だけじゃないぞ。そもそもはサフリャが自身の村を復興したいって言ったからなんだし。それを俺が手伝うって言って、魔王討伐の報酬で復興を願って人が集まった。そこからは皆で滅びた村を立て直した。グラースも群の狼を率いて村周辺の魔物を倒してくれたし」
「サフリャ様が言いだしたことなのですか」
「出会ったときは村が滅びる原因になった角族に復讐することだけを考えていたけどね」
「そうだったんですね」
復讐に関した話は初めて聞いたというミレア。
「そこらへんの話は残ってないの?」
「はい。サフリャ様は村長ということとヘイタさんと一緒に魔王討伐したという話くらいですね。出身地がどうなったとか、そういったことは文献に残ってません。ヘイタさんから話を聞いて史料に残すことになるかもしれませんね」
「歴史について研究している人からの仕事もくるかもしれないわね。復活を大々的に広めるのなら」
平太は広めるつもりはないが、フォルウントの人間が王家に復活を報告しているため、そういった人間が会いにくる可能性はある。
平太が知っている当時の暮らしは数年分だが、それでも当時を生きた人間の証言は貴重なものだろう。
「少し話すくらいならいいけど、延々と付き合わされるのは嫌だな」
話すと決まったわけではないので、今からうんざりするのは止めておこうと考えないことにした。
「俺に関しての話はまた今度にして、この子のことを知りたいんだけど?」
眠っているミナを指差す平太。
「ミナにはまだ話すつもりのないことだから、ベッドで寝かせてくるわ」
「わしが連れていこう」
立ち上がろうとしたロナを止めて、バイルドが平太に近寄る。
起こさないようにそっとミナを抱えたバイルドは、ロナたちの部屋へとゆっくり向かっていく。
抱えられ身を寄せるミナにバイルドの表情が柔らかいものになる。
「ほんとに似合わねえなぁ」
「最初からああだったわけじゃないんだけどね。ミナが人懐っこかったから」
能力がカリスマといった人を惹きつける系統かもしれず、まだ発揮されてはいないが少し影響がでているのかもと考えてもいる。
常時発動型の能力には稀にあることなのだ。
「さてあの子のことだけど」
完全に二人が離れていったことを確認し、ロナは話し出す。
あれはと、語り出しながら初めてミナに出会った日のことを思い出す。
お久しぶりです
十日ほど更新予定です
書籍を購入してくださった方々、ありがとうございました




