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幕間 シャドーフ 後

 研究所内は人の気配はあるものの、二人から見える範囲には誰の姿もない。

 気配のある方向を目指して歩いた二人は二層に続く階段を下りて、動き回れる程度の広さの空間に出る。そこは三つの鉄格子があり、その向こうは影になって見通せないがなにかがいる気配はある。

 二人が歩を進めると、入ってきたところに鉄格子が降り、閉じていた三つの鉄格子が上がる。

 暗闇の向こうからネメリアと同種と思われる実験体が姿を見せる。

 一人はムカデ版ラミア。下半身が蛇のかわりにムカデになっている。一人は筋骨隆々で腕が四本ある。一人は見た目は人と変わらないが表情は抜け落ち、視線もいずこかを見ていた。

 その三人の誰もが正気を保っているとは思えない雰囲気をまとっている。

 

「あんたたち! 助けに来たよ! 一緒に逃げようっ」


 その声を合図にでもしたか、三人が雄叫びのようなものを上げてムカデ女と四本腕が動いた。

 標的をシャドーフに絞って襲いかかる様子からは、ネメリアの言葉に同意したという様子はみてとれない。


「うん? 体が」


 迎撃しようと考えたシャドーフは自身の体が押さえつけられたかのような感触を受けた。それはネメリアも同じなようで、動かない男を見る。


「能力で動きを縛られた!? このままじゃっ」


 一方的にやられるだけと思ったネメリアは警告だけでもしようと思ったがそのときには遅く、シャドーフはかなりの速度で接近した四本腕に殴り飛ばされたところだった。


「シャドーフ!?」


 悲鳴交じりに大丈夫かと動かない体を動かそうともがく。だがネメリアは動けないままだった。

 ネメリアがそうしている間に、ムカデ女が素早くシャドーフに近づき、下半身を巻き付ける。


「三人とも止めてよ! 助けにきたんだよ! 攻撃なんてする必要ないのっ」


 ネメリアの必死の呼びかけに三人は反応する素振りも見せない。


「なんでなんの反応もないのよ」


 三人になにが起きたのか、シャドーフはどうなっているのか、わからないことだらけで悔しそうに歯を食いしばる。

 そんなネメリアの耳になにかがちぎれる不快な音と甲高い悲鳴が上がった。地面にムカデの肉片が散らばるのが見えた。


「え?」


 ネメリアの視界外では、シャドーフが巻き付いてきたムカデ女を引きちぎっていた。

 シャドーフの体にはどこにも怪我はなく、殴られたことも巻きつかれたことも気になっていない様子だ。


「この程度じゃ雑魚の部類だな」

「シャドーフ? 無事だったのね!」


 動けないまま無事を喜ぶ。

 仲間が重傷を負っているが、そのことよりも無事が嬉しい。白状というなかれ、よくわからない現状で頼りになると感じられるのがシャドーフだけなのだ。

 ムカデ女が倒れ、次に四本腕が迫る。動かない男は再度シャドーフの動きを止めようとしていたが、シャドーフは少し動きが鈍った程度で動いている。

 シャドーフは同じタイミングで自身に迫る二つの拳のうち一つに己の拳をぶつける。

 拳がぶつかる音とほぼ同時に、骨が砕ける音が響く。


「ぐおおおおっ!?」


 悲鳴を上げて下がったのは四本腕だ。ぶつかった拳からは血を流している。

 そこにさらに一歩素早く踏み込んだシャドーフが胸を殴りつける。

 ふっとび地面を転がっていく四本腕の胸部にはくっきりと拳の形にへこんだ跡が残っていた。

 シャドーフはそのまま動かない男に接近し、殴りつけて吹っ飛ばす。壁にぶつかった男はそのまま地面に倒れ込んで動かなくなった。

 動けるようになったネメリアは動かない三人を見て、複雑そうな感情の篭った目でシャドーフを見る。だが仕掛けてきたのは向こうで仕方ないと割り切る。明らかにあの三人は殺意があり、戦わなければ殺されていたのはシャドーフだった。


「準備運動にはなったか」

「……ちょっとは手加減してあげてほしかったけどね。三人とも正気を失ってたけど、研究員のせいかしら」

「それしかないだろうさ。能力か薬か魔術具かは知らないけどな」

「皆がああなってなければいいけど」

「期待はしない方がいいぞ」


 ネメリアはわかっていると小さく返し、歩き出したシャドーフを追う。


 ◆


「急げ! 急げ!」


 メガネをかけた男が周囲を急かせるよう声をかける。本棚や机が多い部屋の中をばたばたと人間が走り回る。

 老いも若きも、男女問わず、誰もが焦った表情で箱や鞄に書類などを詰め込んでいる。


「どうしてこんなことにっ。いつもやっていることと同じだったはずだ」


 片手で顔を覆い、男は悔しそうな表情を浮かべる。

 記憶処理した実験体を外に逃がし、餌として新たな研究材料を集める。これまで何度も問題なくやれたことだ。

 今回の餌が一人しか連れ帰ってこなかったのを見て落胆したが、よく見てみるとどうやったか角族を連れてきた。貴重なサンプルが手に入ったと喜び、実験体を放ったらあっさりと返り討ち。その後放った成功といえる実験体も次々と撃破され、このままではここに到着する。角族がくればばどうなるか簡単に想像がつく。だから逃げる準備をしている。

 研究を全否定されるようで悔しくあり、これまで強者の立場であった自分たちがあっというまに弱者にかわったことが屈辱でもあった。


「所長っ機材はどうしましょうっ」

「持っていけるはずもないだろうっ考えてものを言え!」

「しかし安くはありませんよ!」

「俺たちの命とこれまでの研究データの方が大事だ。買い換えられるものなんぞ置いていけ!」


 皆に聞こえるよう命じて、改めて急がせる。


「たかが角族一匹にこうもしてやられるとは。しかも上位ですらない。シミュレーションでは上位ともいい勝負できたはずだ」


 男はそう言うが、シミュレーションに使ったデータは伝聞上のもので、自分たちで見聞きしたものではない。なのでこれくらいが最大値だろうという思い込みがあった。実際に実験体を上位の角族に当てた場合、いい勝負とはいえない結果になっていたのはシャドーフが実験体をたやすく倒したことで明白だ。


「なにを言っても事実は覆らないな。次のためにいいデータになったと思うしかないか」


 悔しさなどを無理矢理押さえつけ、表面上は落ち着いた様子を見せる。

 回収作業をあらかた終えて、そろそろ逃げようと思っていた研究員たちの耳にひときわ大きな破壊音が聞こえていた。


「思ったよりも移動が速い。出るぞっ。拠点自壊用魔法をいつでも発動できるようにしておけ」


 もう少し持っていきたいものがあるという研究員を急かして皆で荷物を持つ。

 移動準備をさせていた者たちによって、バスがいつでも発射できるようにしている。そこまでいけばあとは自壊用魔法を使って本拠地に帰るだけだ。

 所長も肩下げバッグを持って脱出用通路に向かい始めたとき、近くの壁が壊れた。


「なに!?」


 思わず所長たちが振り返ると、土煙の中から黒い炎を足にまとわせたシャドーフが出てきた。


「あいつらは殺してもいいんだな?」


 背後にいたネメリアにシャドーフは確認する。


「うん。まったく問題ないよ。やっちゃって!」


 ネメリアは恨みの篭った強い視線で所長たちを見ながら頷いた。

 所長には見覚えはないが、周りにいる研究員の中には手術してきた者もいる。死んでしまっても気分がスカッとするだけで、惜しむ気持ちなど皆無だ。

 シャドーフが動く前に、研究員の一人が口を開いた。


「オーダー! ナンバーD-323、優先事項9-1によって戦闘移行っ。目の前にいる男を殺せ!」


 この命令のを聞いて、動きを止めたネメリアは目に光をなくし、洞窟に入って最初に戦った三人と同じように雄叫びを上げてシャドーフへと掴みかかった。

 それを半歩移動しシャドーフは避ける。


「そのまま時間を稼げ! 所長、我等は逃げましょう」

「うむ」


 ネメリアでは勝てないとわかっていた。だがシャドーフがネメリアを傷つけることを躊躇い時間稼ぎができるだろうと予想し、命令を下した。

 だからシャドーフの行動に驚き、足を止めてしまった。

 シャドーフは一切の躊躇いを見せずにネメリアを殴り飛ばしたのだ。

 ネメリアは壊して開けた壁の向こうへと吹っ飛んでいく。


「なにがしたかったんだか」


 シャドーフには躊躇う理由などなかった。弟子にとって鍛え上げ、自身の成長に繋げると考えていたが、弟子に取るのはネメリアでなくともいいのだ。魔物や盗賊に家族を殺された人間を唆し、鍛え上げても目的は達せられる。

 今回の場合、シャドーフに人間の情を期待した研究員たちがおかしかった。これまで同じような方法でハンターを捕まえていて、そのまま同じ方法が通じると考えてしまったがゆえの失敗だ。


「お前ら俺が逃げる時間を稼げっ」


 所長はそういうとほかの者たちをシャドーフへと押しやり、自身は出口に向かって走る。

 残された者は思わず命令に従う者、自分もと逃げる者と反応がわかれた。

 攻撃系の能力をシャドーフは少ない動きで避けて、研究員を殴り飛ばしていく。戦いに慣れていない研究員の能力は真剣に避けずとも勝手に外れることも多かった。

 攻撃された研究員はほとんどが一撃で死んでいた。

 残っていた者を殺しおわると、シャドーフは逃げていった者を追って走り出す。

 追いついた頃には、所長はバスに乗っていて、ほかの者がまだ乗っていないにも関わらず出発させていた。逃げ延びるという意味ではその判断は間違いではなかった。

 バスに乗り損ねた者たちをシャドーフが殺している間に、安全運転など気にしない乱暴な操縦でバスは離れたところへと移動していた。


「届くか?」


 バスを見ながらシャドーフは手のひらに黒炎を集中し、バスに投げつける。

 風に負けない速さで飛んでいった黒炎は見事バスに命中し、壁を破って内部で破裂する。次の瞬間、バスは爆発を起こして煙を空へと上げる。

 あれで乗員は死んだだろうと判断したシャドーフは来た道を戻る。

 爆発した現場ではかろうじて生き残っている者がいた。水系統の能力を持ち、それで防御したうえでそばにいた所長を盾にして生き残ったのだ。

 打ち身と少しの切り傷ですんだその研究員は無事なデータを持ってバスを出て、シャドーフの追撃を恐れて藪に隠れる。一時間近く震えて、ようやく追撃がないど判断した研究員は魔物に怯えつつ本拠地へと向かっていった。


 研究所に戻ったシャドーフは、ネメリアを殴り飛ばしたところまできて、倒れているネメリアの胸部がゆっくり上下しているのを見ると、頭部を足で軽く突く。

 弟子にするのはネメリアでなくともよかったが、候補を探す手間が面倒でもあったため、殺さない程度の手加減はしたのだ。打ち所が悪くで死ぬ可能性はあったかもしれないが、そうなればまあ仕方ないとあっさり諦めただろう。

 頭を揺さぶられ、苦痛の表情でネメリアは目を開ける。その目にはしっかりと感情の光が宿っている。


「あぅ、私は……って痛い!? なんだかすっごく胸が痛いんだけど!?」

「操られて襲いかかってきたから殴り飛ばしたんだ」

「それでか! もうちょっと手加減してよ!」

「したから生きてるんだろう。さっさと起きろ」


 胸から響く鈍痛にうめき声を上げつつ起き上ったネメリアは、周囲を見て所長たちの姿がないことに首を傾げた。


「あいつらは逃げたの?」

「逃げたな。それを追いかけて逃走用のバスを燃やした。派手に爆発してたし、死んだんじゃないか?」

「そっか、死んだの」


 ざまあみろという感情が湧き出て、小さく笑い声が漏れた。


「さて行くぞ」

「え? どこに?」

「鍛練に適した場所だ」

「ちょっと待って!? ほかの人たちの無事を確かめたいし、今後どうするのかも話し合いたい。それに胸の痛みが引かないことには鍛練しても非効率だと思うわ!」


 所長たちに関する感情はあっさりとどこかにいき、鍛練開始を引き延ばせないかという考えで染まる。皆のことが気になるというのも嘘ではない。しかし鍛練の延長が一番だった。

 非効率と言う部分に少しだけ考え込んだシャドーフは頷いた。


「よかったぁ。じゃあついてきて。皆がいると思うところに案内するから」


 意見が通ったことに心底安堵しネメリアは歩き出す。

 そしてすぐに異変に気づく。パラパラと落ちてくる石の破片が多いのだ。


「ショートカットするときに研究所の大黒柱でも壊したのかしらね」


 ここが壊れてしまうんじゃないかと笑いながら言うネメリアは、その可能性をあまり信じていないようだ。

 だがシャドーフの言葉にその笑みをひきつらせたものへと変える。


「自壊用魔法が発動したんだろうさ」

「は? ……そういえばそんなこと言ってたけど!? 発動しちゃったの!?」

「使うところを直接見たわけではないが」

「急がないと!」


 そう言い胸の痛みを無視して走り出す。

 パラパラと破片が落ちてくる中、階段を下りて三層の牢獄エリアに着く。

 三層には十五人が入れる牢獄が二つに、一人用の牢獄が八つある。成功と判断された実験体が一人用に入れられ、残りは大人数用に入れられている。

 個人用にはいくつか空きがあり、大人数用には十人以上が身を寄せ合っていた。人間そのままに見える者がほぼいない。


「か、鍵はどこよ!?」


 あちこちを見渡して鉄格子の鍵を探す。


「ネメリア姉ちゃん?」


 駆け込んできたネメリアを見て、甲殻状の皮膚を持つ子供が声をかけてくる。

 同じ村出身の子供でいつもならば生き残っていることを喜ぶところだが、今はそんな時間はなかった。


「ごめん! 話したいことはあとにしてっ。急がないとここが崩れちゃう。あーっもう! 鍵がない! シャドーフ、蹴り壊せない!?」

「やれるぞ」

「お願い!」


 やれるという返事に、即座にお願いと返されたシャドーフは鉄格子の扉を思いっきり蹴る。

 一度の衝撃で鍵が歪み、もう一度の蹴りで鍵が壊れた。


「皆、脱出するわよ! あいつら拠点自壊用魔法を使ったの」


 それを聞いた実験体たちは慌てて牢屋から出ていく。

 ほかの牢屋の鍵も同じように壊し、生きていた実験体たちと一緒にシャドーフたちは研究所を出る。

 洞窟の入口まで走った一行は、シャドーフを除いてその場に座り込む。特に実験体たちは久々の太陽光や風に感動した様子で涙ぐんでいる。

 脱出してきたのはシャドーフとネメリアを除けば二十九人。

 久々の外を堪能している者が多いなか、最年長と思われる三十才過ぎの男女がネメリアに近づき話しかける。

 男の左半身は皮膚が木の幹と同じになっていて、女は右腕が蛸の足に脛からしたが鳥の蹴爪になっている。


「まずは礼を言わないとな」

「そうね、ありがとう。いきなり研究所が壊れると言われて驚いたけど、助けてくれたのは本当に嬉しかった」

「私だけじゃどうにもならなかったから、礼はシャドーフに言って。受け取るとは思わないけど」


 二人の男女はシャドーフを見て、ネメリアに視線を戻す。


「彼なんだが、何者なんだ? 普通の人間ではないだろう? というか人間かどうかもわからない」

「あー……驚かないでくださいね? 角族です」


 聞き間違いかと二人はネメリアに確認し、間違いないと返される。

 その言葉を聞いても疑いの思いが消えない。たしかに角を持ち、人とどこか違った雰囲気をまとっている。だからなんの事情も知らず角族と説明されれば信じるだろうが、角族が人間を助けた現状では信じることが難しい。

 そんな二人を見てネメリアは、どういった気持ちなのか容易に想像できて苦笑を浮かべた。


「彼とは研究所を脱出して移動しているとき、魔物に恐れているところを偶然助けてもらったことが出会いなの。助けてもらったというのは語弊があるかもしれない。ただ強い魔物と戦いたかったぽいから」

「脱出?」


 女が首を傾げた。女が知るかぎり、ネメリアは研究員に気絶させられたあと連行されて帰ってこなかったのだ。そのあとに脱出したのだろうかと疑問を抱く。

 その疑問はネメリアに暗示を施した研究員がほとんど死に、ネメリア自身も覚えていないため解消されることはないだろう。


「まあ、今はそれじゃなくて彼のことね。危なくないの?」

「危なくないとはいえないかなぁ。でも刺激しなければ大丈夫。私は大丈夫じゃないけどね!」


 厳しいことが確実な鍛練を思うと楽しくないのに笑いが出てくる。笑い飛ばすくらいしかできないとも言う。


「なにか重大な取引でもしたのか!? 俺がどうにかするぞ!」


 力尽くでと思ったが、鉄格子を蹴破ったところを思い出し、それは無理だとすぐに判断する。土下座でもしてどうにかするという意気込みでどんな取引なのか聞く。


「私的には大変なことだけど、皆に害がいくってものじゃないよ。弟子入りしただけだから」

「……なんでそんなことを」


 どうやったら角族に弟子入りするということになるのかさっぱりわからず、話を聞いた二人は首を傾げた。

 ネメリアはシャドーフと話して強くなりたいと願い、承諾されたことを話す。


「強さを求める気持ちはわかるけど、よりにもよって角族に」


 もっと他の選択肢があったはずでしょうと女が言う。

 それをネメリアは首を横に振って否定する。


「私たちをこんなめにあわせたのは同族の人間。助けてくれたのは悪く言われる角族。シャドーフもほかの角族と似た部分はあるんだろうけど、それでも人間よりは信じられると私は思ったの。私自身が選んだ選択だから辛いとか苦しいとか思っても後悔だけはしない」


 人間が信じられないという部分には二人とも同意でき、ネメリアの思いを否定できなくなる。


「私のことはどうにかなるよ。それよりこれから皆はどうするの? 故郷に戻るなんてできそうにないし」


 ほぼ皆がどこかしか人間から離れたものになっている。こんな姿で人間の多いところに行っても迫害を受けるだろうとは簡単に想像できた。

 二人も人間のいるところに行くという考えは最初からなかった。ではどうするかと問われると明確な展望はない。


「とりあえず一時的にでも寝泊りできて、飲み食いに困らないところを探すか。良い場所があればそこに村を作りたいな」

「そうね。ネメリアはここから出ている間に人里離れた良い立地とか見かけなかった?」

「魔物を避けての移動に必死で、そういったことを気にしてる余裕はなかったから。そうだ、シャドーフなら知ってるかも」


 呼ばれ近づいてくるシャドーフに、男女は一歩下がる。警戒心もあるし、強者に対する恐れもある。

 恐れられたシャドーフはというと二人に興味なさそうな視線を向けて、すぐにネメリアだけを見る。


「なんだ?」

「皆が安全に暮らせそうな場所って知らない?」

「知るか」

「そう言わずに思い出してみてよ」


 考える仕草すら見せないシャドーフに、お願いと両手を叩いてネメリアは頼みこむ。

 めんどくさそうにしつつもシャドーフは考え込む。

 そんなシャドーフを見て、男女は意外そうな表情を浮かべた。


「そんな都合のいい場所は知らんが、ここから西に二日歩いたところに湖がある。そこら一帯を縄張りにしている魔物が陣取っている。それを倒せばしばらく他の魔物は警戒して近寄ってこないだろうさ」

「それを倒してくれたりは」


 してもらえないかとは、続けられなかった。ネメリアの顔面をシャドーフが掴んで力を込めたからだ。


「いだだだだっ!?」

「調子にのるな」

「ごめっごめんって!」


 ネメリアは解放された顔をさすりつつ、話を続ける。

 頼み事をしたり、アイアンクローを受けたりしているネメリアを見て、男女はもう怖がればいいのか驚けばいいのか呆れればいいのかわからなかった。ただ一つわかったのは他の角族よりは凶暴ではなさそうだということ。


「縄張りにしている魔物ってどんなやつ?」

「二つ首の大蛇だったな。溶解液を吐き出していた」

「私が四人くらいいたら倒せそうかな?」

「無理だ。今のお前だと十人を超える人数を用意して、半数以上の犠牲を前提にしてなんとかといったところか」

「だとしたら私より一段階上の強さを持った人が戦うとすると、犠牲はその半分くらい」

「能力によるとしかいえん」


 シャドーフが答えたのは、ネメリアそのものを十人以上準備した場合だ。

 能力によって相性などが変わってくるので、ネメリア以上の実力持ちを集めた場合はわからんとしか言えなかった。

 頷いたネメリアは視線を男女に移す。おそらくここらあたりが、情報提供してくれるギリギリのところだろうと判断した。これ以上はめんどくさがってまたアイアンクローになりかねなかった。


「ということらしい。私より強い人は五人くらいいたでしょ? 治療能力持ちもいるし、縄張り横取りに挑戦してみるのもいいんじゃないかな。これ以上の情報はだしてくれないとも思う。どうするのか皆と話し合ってみたらどう」

「わかった」


 男女はネメリアから離れる前に、シャドーフにも礼を言った。

 それをシャドーフはどうとも思っていない様子で聞き流す。

 男女は皆の注目を集めて、今後について話し合う。皆も故郷に帰るという考えはなく、またどうすればいいのかという考えもなかったため、縄張りの横取りという話を即否定する様子はなかった。

 元ハンターで二つ首の大蛇について知っている者が戦いを主導することにして、自分たちの能力やおおよその強さを確認していき、おそらくはやれると判断を下す。

 そこまで話して、次にシャドーフのことを信じてもいいのかという話になる。シャドーフの情報が偽りならば全滅する可能性もあり、できるからといって即座に動こうとはしなかった。

 しばし話し合い、一応湖そばまで行って、その魔物がいるか確かめるということになる。

 話し合いが終わったことで、ネメリアからの頼みが一段落ついたということなのかシャドーフは己の身体能力が上がったことを自覚する。

 シャドーフは両手を軽く握ったり開いたりして、また強くなったことに笑みをこぼす。


「ここでの用事は終わった、行くぞ。次はお前の鍛練だ」

「……わかった。治療を受ける時間くらいはほしいんだけど」

「行ってこい」


 ネメリアは皆に近づき、治療の能力を使ってもらいつつ、鍛練のため離れることを告げる。


「角族なんかと行く必要はないだろう。俺たちと一緒に来い」

「それはできないよ。恩人を裏切ることになる。皆を助ける依頼をして、向こうはそれを果たしてくれた。今度はこっちが約束を守る番」

「まともな生活ができないと思うわよ?」

「それでも決意は揺らがない」


 しっかりと言い切ったネメリアに、なおも引き留める声は上がる。だがネメリアが決して首を縦に振らないことで渋々諦める。


「怪我や病気には気をつけなさいよ」

「病気は気をつけるけど、怪我はするんじゃないかな。皆も気をつけて。どうにか休みをもらって会いに行くから」

「お前が驚くような村を作って、帰りを待っててやるさ」

「楽しみにしてるよ。ん、ありがとう」


 治療をしてくれた者に礼を言ってネメリアは立ち上がる。

 痛みがすっかり引いた体をほぐすように動かし、皆に再会を約束しシャドーフがいる方向へ歩いていく。

 去っていく二人の姿が木々に隠れるまで、残った者たちは見送る。


「行っちゃったな。俺たちも動こう」

「ええ、まずは崩れかけの研究所から役立ちそうなものを取ってこないと」

「足が速いやつはこっちに集まってくれ」


 数時間前まで絶望しかなかった彼らは、降ってわいた希望を手放さないように動き出す。

 奇跡ともいえる出来事で生を得た彼らは、協力しながら平穏な日々を過ごせる幸せをかみしめて生きていく。

 姿かたちは人間から外れてしまっているが、あり方は素朴な人間のままだった。

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