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幕間 シャドーフ 前

お久しぶりです


シャドーフ…主人公である平太と関連のある角族。平太と二度戦い、二度目の戦いで怪我を負った

 エノキの古木から力を得ようとして平太と衝突し負けた角族シャドーフは、エラメーラが語ったように角の治癒のため眠りにつく。

 入口を封じて安全を確保した洞窟の中で、シャドーフは眠る。光も音もない暗黒の空間はシャドーフを深い眠りに誘う。

 シャドーフは必要とする休眠時間は十日、長くてもその倍と考えた。だが実際には三十日を過ぎても熟睡していた。

 眠り始めたのは春の始めだった。時間が流れて、春が終わってもシャドーフは眠ったままで、初夏に入り、夏の盛りがやってきて、暑さが緩み秋の気配がほんの少し感じられ始めた頃、ようやくシャドーフは目を覚ます。

 約半年という予想外の長さで眠ったシャドーフは時間経過を把握しておらず、少しだけ長く寝たかと首を傾げ、洞窟入口の土砂を吹き飛ばす。

 外は夜で、秋の虫の鳴き声が遠く聞こえていた。どこか違和感を感じ、周囲を見る。


「木の葉があんなに茂っていたか?」


 洞窟に入ったときは木に葉はまばらについていただけだった。十日や二十日眠ったにしては木の葉の茂り方が多すぎる。“昔”の記憶から初春の木々の様子ではないと判断できた。

 思ったよりも長く寝ていたのだろうかと時間経過がわかるなにかを探す。

 人間がいれば脅して聞けただろが、人里から離れたここではそれは無理だ。


「自分で思っていた以上にダメージを受けていたのか?」


 一度は勝った相手に大ダメージを受けていたなど屈辱だった。

 次会ったら今度はこっちが勝つと思いつつ、角に指をやる。

 ひびが入っていた角は完治しているはずで、つるりとした感触になっているはずだった。だが実際にはひびが入ったままだ。


「どういうことだ?」


 触り続けていると爪がひびにひっかかり、卵の殻をはぐように硬い二ミリほどの膜のようなものが落ちる。その膜の下はつるりとした感触だ。

 角全体にひびが入っており、さらに爪でひっかいていくとぽろぽろと落ちていく。やがて全ての膜を落とすと以前よりも小ぶりでひび一つない角が現れた。本人には見えていないが、その角は以前とは違い深紅色で他の角族にはない色だった。


「なんだってんだ」


 角がこういったふうに治る話など聞いたことはない。ひびが入った場合、そのひびがなくなるだけなのだ。

 どういうことなのか考え、そのうち腹が減ったと感じ腹を押さえて驚く。


「空腹を感じる?」


 角族になって初めての経験だった。角族は人間が魔導核を通じて周囲の力を集めるように、周囲の力を常に吸収して空腹を満たしている。

 空腹は“人”だった頃には当たり前に感じていた感覚だ。

 そう考えてさらに驚く。


「人、そう俺は元人間だった。これまで気にしてなかったことが次々に感じられる? 俺になにが起きてる?」


 疑問が湧く。その疑問が湧くこと自体に驚きを感じる。疑問と同時に人間だった頃の記憶もあふれ出てくる。

 これまでは暴れることと強くなることが一番で、自身が何者かなど気にしていなかった。他の角族も同じだろう。思考することはあっても、それは暴れ壊すことに繋がり、自身が何者かなどについて考えることはない。どんなに強くても弱くてもそこは変わらない。

 元の自分がなんなのかなど、角族としてあるためには邪魔でしかなく、記憶の奥底へと封じていた。


「じゃあそれを感じるようになった俺は角族ではなくなった?」


 違うと首を横に振る。

 角族そのものではなくなった気がするが、それに連なるものだという自覚がある。

 いうなれば突然変異なのだろう。破壊ではなくただただ強くなるための力を求めたことで角族から外れ出し、角族の象徴である角にひびが入ったことで変化が顕著になった。そして魔王ほどではないが、長期の休眠をとったことで完全に変わってしまった。


「……あいつらにリベンジって目的を果たせるなら多少角族から外れようが問題はないか」


 自己の追求をそう言って結論付けて、食べ物を探すことにする。

 人間だった頃の記憶を元に、周囲を見渡して食べられる物を探す。

 小ぶりのリンゴに似た果物をみつけてもぎとり齧る。シャクッした感触とともに果汁が口の中に広がる。わずかな酸味とともに甘さが舌を刺激した。

 

「美味い」


 味には期待していなかったが、思わず感想が漏れ出るほどに美味だった。人間であった頃もここまで美味い果物は食べたことがなかった。

 人の手が全く入っておらず、大地に十分な栄養があり、陽光も存分に受けた果物なのだから最高品質といえる果物だ。角族をして唸らせる味は当然だろう。

 もう一個手に取りぺろりとたいらべて満腹感を得る。


「もう腹いっぱいになるのか」


 人間であったころを基準に考えると、一食分としては足りない。だが今は充足感がある。

 満腹になった腹をさすりシャドーフは自身の状態についてある程度あたりをつける。


「角族の要素が減って、その分人間の要素が出てきた。いうなれば角人とかそういった感じか。できるだけ長所短所を探っておいた方がいいな。戦いの最中に欠点が判明とか洒落にならん」


 そう決めるとシャドーフは体を動かしていく。怪我で眠る前と比べて動きが鈍っているかどうかの確認や角族として当たり前にできていたことを調べる。

 以前ぼこぼこにされた角族の女のイメージを相手に戦っていく。

 眠る前は避けていた攻撃が当たることが何度か。イメージなのでダメージはないがストレスは貯まる。


「いくぶんか能力が落ちてやがる」


 体感で一割から二割の減衰だった。

 また鍛えればいいと考えて、ほかになにが変化したのか調査を続ける。

 一時間ほど身体能力について調べて、以前との誤差を把握した。


「空腹に身体能力の低下、空を飛ぶこともできなくなった。弱体化ばかりじゃないか。そろそろいい情報も得たいもんだが。人間の部分があるなら能力が使えるか調べてみるか」


 人間だった頃に使えていた能力を意識する。 


「火、そうだ火を生み出していた」


 手のひらを胸の辺りまで持っていき、じっと見る。

 小さく現れた火はすぐに大きく燃え盛り、松明と同じくらいの大きさになって止まる。

 通常の火よりも暗い色で熱も放っていない。


「能力にもなにか変化が起きているのか?」


 すぐそばにある木へと手のひらの炎を飛ばす。

 炎は数秒だけ幹にくっついて燃え続けたかと思うと消えた。そこに残ったのは焦げた幹ではなく、枯れたようにもろくなった幹だ。

 

「燃やすんじゃなくて壊す方向になったということか。角族にはぴったりの能力じゃないか」


 シャドーフは炎を腕にまとわせて、少し離れた位置にある岩へと走り、拳を叩きつける。

 炎に触れた部分がもろくなり、そこに拳がぶつかり、抉られる形で攻撃の跡が残る。

 次に手刀の形にして、岩を薙ぐ。細い線が岩の表面に残った。

 さらに指に炎をまとわせひっかくと、五本の線が残る。それを確認したところで腹が鳴り、大きな倦怠感を感じる。


「使う力が大きいな。四回使うと動きに支障がでると。連続して問題なく使えるのは三回までだな」


 だるさを感じながらまた果物をとって、木の根元に座って食べる。

 食べ終わりそのままわかったことをまとめていき、ある程度整理をつけると、人間の頃に感じたことのある成長した感覚を得た。大きく成長した感じではなく、少しだけだが気のせいではない。


「強くなる方法は人間寄りなのか。今回は色々変わったことを確認したから成長できたと。どこにあるかわからない力あるものを探すより早く強くなれそうだ」


 握りしめた拳を見て、にやりと笑みを浮かべる。

 プラスマイナスで考えたらプラスよりだと上機嫌に考え、魔物を探して歩きだす。

 この日からシャドーフの生活は以前と違ったものになる。以前は疲れるまで朝夜関係なく戦っていたが、今は日中に戦い夜は寝るという人間と同じライフスタイルで過ごす。食事もきちんととるようになり、念のため病気にならないよう水浴びもするようになった。

 そういった生活を続け、魔物の探しながら移動すること半年。何度か小さく成長したシャドーフは平太と戦い角を傷つけられたときとほぼ変わらない身体能力を得ていた。

 能力を使った戦い方も熟練させていき、技として昇華していく。ちなみに成長しても、能力の使用回数が増えることはなかった。


 ◆


「はあはあはあっ」


 体全体をフード付きの外套で隠している人間が森の中を走る。

 走る速度は一般人などより速いが、逃げている者から余裕は感じられない。少々強くとも現状に意味はないということか。

 ちらりと背後を見る。靄をまとった黒鎧が音もなく、地上すれすれを移動している。

 逃げている人間にはわからないが、ダルクガイストとなったバーニスだ。平太の偽の肉体を殺したことで満足し世界をさすらい人を襲っていた。今逃げている人間もそういった被害者の一人だ。


(どこまで逃げれればっ)


 どこまでも追ってくるのではと思いながらも足は止めない。

 ここで止まってしまえば、せっかく自由になれたことの意味がなくなってしまう。

 幸いといっていいのか、体力には自信がある。


(あいつらに感謝するのは忌々しいけど、この体のおかげで逃げられているのも事実)


 認めたくない思いを抱きつつ目的を決めずにまっすぐ走る。

 どこかに逃げれば安全という場所があるわけではない。ここ十日ほどひたすらにまっすぐ移動し続け、今も方向を変えずに移動しているだけだ。


(逃亡中に、さらに逃亡するはめになるなんて、皮肉もいいところよっ)


 なんでこんなめにと考えつつ、地上に出ている木の根を避けて、前を塞ぐ木の前で曲り、たまに背後を確認する。

 逃亡劇はそろそろ一時間になろうかというくらいに続いており、さすがに体力も尽きてきた。

 そしてよろけたところに、くぼみに足をとられてこけてしまう。

 急ぎ立ち上がろうとしても、疲れ果てた体はゆっくりと動くだけで休息を必要する。

 迫る黒鎧に、もう駄目なのかと目を閉じて襲いかかってくるであろう痛みを待つ。

 しかし感じられたのは痛みではなく熱だった。


「え?」


 目を開けると見えたのは拳を突き出した人物と、燃え上がっている黒鎧。

 呆けてそれを見ている間に黒鎧はその欠片まで燃え上がって灰すら残らなかった。唯一その存在を示す煙も風に流されて散っていった。


「もう少し歯ごたえがあると思ったら、あっけないもんだな。感じられる力はそこそこだったが、火に弱かったのか?」


 つまらないとといった雰囲気を漂わせてシャドーフは拳をひいた。

 そんなシャドーフをフードの人物は驚きの雰囲気を漂わせて見ている。助けがきたこともそうだが、角族と思われる存在が誰かを助けることなど想像もしていなかったのだ。

 こちらを気にせずに去ろうとしたシャドーフに慌てて声をかけた。


「ちょっと!」


 声をかけてきた女を気にせず、シャドーフはそのまま歩く。

 立ち上がった女は駆け寄ってシャドーフの肩を掴んだ。

 振り払われるかもと思った女だが、シャドーフはおとなしく振り返った。


「なにか用か?」

「ええと、まずはお礼を。助けてくれてありがとう」


 女は少しためらったあとフードを外し、頭を下げる。

 女は伸びっぱなしの濃緑の髪に、健康とはいえない肌をしていた。そして目をひくのは瞳孔と虹彩の区別なく、猫のように虹彩が大きな目。前髪の上辺りから飛び出た二本の触覚。ほかにお尻当たりになにかを収めているような膨らみがある。

 それをシャドーフは興味なしといったふうな目で見ていた。


「……それだけなら、もう行くぞ」

「もうちょっと興味を持ってくれても」


 一目見ただけであからさまに人とはかけ離れているのにと思いつつ続ける。

 人外の特徴が一ヶ所のみならば、獣や虫の能力を持った人間と考えられるが、複数の特徴を持った人間はいないのだ。


「あなたは角族でいいのよね?」

「一応は。同族から見れば外れているんだろう」

「あら」


 女自身も人から外れてしまっていて、似ていると勝手にシンパシーを抱く。

 角族への忌避感などどこかへやって興味を抱いた。


「ここらへんでなにをしているの? 私は移動してきただけなのだけど。あ、そうそう私はネメリアっていうの。あなたは?」

「なんでそんなこと聞いてくる」

「こんな落ち着いて誰かと話せるなんて久しぶりで。同じ人間でもそんなこと無理だったのに、角族相手にこんなふうに話せるなんてね」


 ネメリアはクスクス笑い、体が揺れる。そのときに外套の下からサソリの尾のようなものが見えた。


「人間にいろいろといじられたようだな」

「……うん」


 ネメリアは頷く。


「小さな村で平和に暮らしてただけなのに、いきなり兵がやってきて私たちをさらったの。連れていかれたところは人里離れた洞窟の中にある建物。そこには私たち以外にも人がいて、同じ人間が連れてこられた人を色々と」


 体を裂かれ、体のあちこちを取られ、よくわからないものを埋め込まれ、適応するまで痛みにさいなまれた。


「痛くて何度も止めてって願って縋って媚びて、でもやめてもらえなくて。死んだ人もいる。失敗だとか言ってゴミみたいに捨てられた。生き残った私たちも人とは呼べないものになった。どうして私たちがこんなめにあったんだろう」

「さあな。俺に聞かれてもわからん」

「だよね」


 疲れた笑みを浮かべたネメリア。もとより答えなど求めていない問いかけだったのだろう。


「だが弱かったのが原因の一つなんだろうさ。強ければ人さらいなど撃退できた」

「……弱いから、強ければ」


 それは一つの真理なのだろう。ネメリアにもすとんと心に素直に収まる言葉だった。

 納得した様子のネメリアを見て、シャドーフは用事はすんだと判断した。


「話したいことも話したろ、もう行くぞ」

「お願いがあるの!」


 断られるとは思ったが、それでも言葉にせずにはいられなかった。

 足を止めたシャドーフは短く言葉を放つ。願いの内容を半ば予想し、興味なさげだ


「なんだ?」

「私を強くしてほしい」

「へえ」


 シャドーフは意外そうな表情を見せた。てっきり自分に復讐やさらわれた者の救出を頼んでくると思ったのだ。

 それを聞いてみると、ネメリアは苦笑を浮かべる。


「最初はそう頼もうと思ったのよ。でもあなたが言ったでしょ、強ければと。たしかにって思ったの。それに今後生きていく強さが足りずに嘆くようなことはなくしたい」

「俺好みの願いだな」


 そう答えつつシャドーフの脳裏には、二本角の角族の女にやられたときのことが思い浮かぶ。

 あいつらへのリベンジはまだまだ諦めていないのだ。


「だが俺がお前を鍛えることの利点が……いやまてよ」


 断ろうとしてふと思う。

 これまで弟子を育てるといったことはしたことがなく、やりとげれば成長するかもしれない。基礎能力の底上げは重要で、強くなれる機会は逃すべきではない。


(だとすると、こいつの復讐を遂げさせてやるのもありか? 人助けなんぞしたことがないからな。今回はただぶっ壊してこいつの仲間を解放するだけでいいだろうしな。簡単なうえに破壊欲を満たせて、やったことのないことをやって成長の機会もある)


 こういった思考が生まれている時点で角族からは外れているのだとよくわかる。

 黙り込んだシャドーフにネメリアは不思議そうな目を向けつつ静かに待つ。


「いいだろう。鍛えてやる」

「え、ほんとに!?」


 了承の返事が返ってきたことに心底驚いて聞き返す。

 

「ああ、本当だ。ついでにお前の仲間のいる場所も破壊して解放を手伝ってやろう。仲間のことが気になって鍛練に集中できないのは困る」

「そっちも手伝ってくれるの!?」


 意外する答えにこれが夢かどうか疑ってネメリアは自身の頬をつねった。当然痛かった。

 夢ではないとわかると救出が絶対成功するとは決まったわけでもないに抑えきれない喜びと安堵感が生まれてくる。

 正直なところ鍛えている間に、逃がしてくれた仲間が殺されないか心配だったのだ。


「ありがとうっ」


 シャドーフの両手を取って上下に思いっきり振る。


「礼は別にいい。研究所まで案内しろ」

「うん!」


 今後に不安を感じながら進んだ道を、今は悲壮感なく足取り軽く戻る。今日の朝までこんなことになるとは思ってなかった。黒鎧の化け物に追われたことさえ、幸運の一部と思えていた。

 そんな浮かれたネメリアの背を見ながらシャドーフは育成計画を考える。


(ギリギリ勝てる魔物を探して戦わせるのが一番か? そのためにはこいつの強さを知る必要があるな。実力を把握して、少し強いくらいの魔物と戦わせよう。死力を尽くせば勝てる。そんな戦いを繰り返せば基礎能力は上がっていく。ある程度実力がついたら、俺と延々と戦って経験を積ませる。実力に技術と経験がおいついたらまた強い魔物と戦わせる。こんなところでいいか)


 自分にとって地獄確定の特訓が決まったことを知らず、ネメリアは明るい未来を夢想する。

 描いた未来と現実との差に愕然とするのはもう少し先のことだ。それでもこの選択に後悔はしなかった。


 ◆


 研究所を目指して移動する二人は、十日ほどで研究所のある山に到着する。

 この十日でシャドーフはネメリアの実力を知るために格下と思われる魔物と戦わせたり長時間走らせたりと、いろいろなことをやらせていた。おかげで現状の実力を把握することができた。身体能力だけでみれば、シャドーフが負けたときの平太よりも確実に上だ。だが戦闘経験は皆無に近く、身体能力を使いこなすことはできていなかった。


「やっとついた」


 薄汚れ疲れた様子でネメリアは言う。仲間救出が待ち遠しく、特訓が一時止まることも待ち遠しかった。

 ちなみに汚れてはいるが、肌の色やはりは良い。これは肉を食べられるようになったからだ。逃亡中は木の実くらいしか口にできなかった。シャドーフが狩った肉をわけてもらえたので、体力的にも健康的にも改善傾向にある。


「少しは手心というものを考えてほしかったわ」

「なにを言っている。まだ本格的な鍛練には入っていない」

「なんですと?」


 嘘よねと目にはっきりわかるくらい感情が込められている。


「これまでは身体能力の把握だ。それも知れた、だから本格的な鍛練を始められる」

「うぼぁ」


 ネメリアはよくわからない悲鳴を上げて、その場に四つん這いになった。

 確実に強くなれるだろうという確信だけが救いだった。


「しゃがんでないで立ち上がって、内部の説明をしろ」

「わかったわよぅ」


 立ち上がり、洞窟を指差す。


「あそこに見える洞窟が出入口で、あそこ以外にそういったところはないと思う。断言はできないけど。中に入ったらしばらく下り坂になっていて、少しひらけた空間にでる。そこに入り口があって、内部はいくつもの部屋がある。入口から入れる一層、そこから地下へ三層まであって、自然にできたにしては大きいから、もともとあった空間を広げたんじゃないかな」

「遭遇した奴ら全員殺されても困るんだろ? 研究員とそうじゃないやつの見分けの付け方はあるのか?」

「基本的に一層にいるやつは研究員よ。私たちは三層に押し込められていて、実験のときは二層の研究施設に移動させられた。だから一層の奴らは全員倒してってもいいと思うけど、一応人間からかけ離れた姿の人は攻撃しないでほしい」

「暴れているうちに殴るかもしれないが、それは仕方ないな」

「仕方なくないわよ。って言っても助けてって頼んでる側だからあまりあれこれ注文はつけられないのよね。殴られた人には運が悪かったと思ってもらおう」

「そうしてくれ。しかし最奥に閉じ込められて抜け出したか」


 そこにシャドーフは疑問を抱く。ここまでネメリアと一緒に来て、身体能力を把握するときにそんな技能や身体能力は見られなかったのだ。

 研究材料に逃げられないよう警備は厳重にしているだろう。そんな場所から素人が逃げ出せるものかと思う。

 

「助けがあったからって言わなかったっけ?」

「誰に助けてもらったんだ」

「仲間にだよ。騒いでもらってその隙に」


 ちょっと騒いだ程度で逃げ出せるものなのかとシャドーフは洞窟を見る。


(もしネメリアが言っていることが本当ならばずいぶんと緩い警備だ。だが騒ぐことを見越して緩くしていたとしたら?)

「行かないの?」


 じっと洞窟を見て動かないシャドーフの肩をちょんちょんと突く。


「ああ、行くぞ」


 なんらかの罠がはってある可能性を考えつつシャドーフは歩き出す。

 ただ壊すだけでなく、少しは楽しめるかもしれないそう思い、口の端がほんの少しだけ緩む。

 二人は洞窟に入り、そのまま研究所の入口に着く。

 入り口は荷物の出し入れがスムーズにいくよう大きめの木の扉で、観音開きになっている。それが今は開かれ、誰もいない内部が見える。


「罠だな」

「罠?」


 断じたシャドーフ。ネメリアは不思議そうに研究所内部とシャドーフを見る。そのシャドーフの表情が警戒ではなく、楽しげだったためネメリアはさらに不思議そうになった。


「罠って言ってるのにどうしてそんなに楽しそうなのよ」

「実際楽しみじゃねえか。どんなことを仕掛けてくるのか」


 出てくるものを踏みつぶし、蹂躙する。それを思うだけで笑みが隠せない。

 角族の気質なのだ、罠を喜ぶのも仕方がないことだった。

 笑みを浮かべ歩き出したシャドーフをネメリアは理解できないながらも頼もしく思い、隣を歩く。

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[気になる点] >人の手が全く入っておらず、大地に十分な栄養があり、  ◇ ◇ ◇  農家さんの除草や施肥の苦労を全否定ですかね?
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