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5 初バトル ジョンジロウ散る

 玄関まで見送るというミレアと一緒に部屋を出て、いってらっしゃいませという声を背に平太は門を目指す。

 町は背の低い塀に囲まれていて、門は三つある。王都方面の北東門、バラフェルト山方面のやや南の東門、ローガ川方面の西門だ。これから向かうのは西門になる。

 塀は岩で作られている。切り出した岩を精密に積み上げているということはなく、大きさのまちまちな岩をある程度選別して積み上げており、小さな隙間があちらこちらに見える。頑丈さはそれなりで、平太が蹴ったくらいではびくともしないだろう。触ってみてもぐらつくことはなかった。

 町そのものの規模は国内で五指に入る。人口は二万人を超え、大きく栄えているといっていいだろう。

 門をでるとすぐに畑が見える。辺り一面畑で、あちこちで農夫が働いていて、遠くに畑警備の仕事を受けたハンターの姿も見える。ハンターの多くは四十過ぎで、全盛期を過ぎのんびりとやれる仕事を選んでいるのだ。

 そんな光景を見ながら十分ほど歩くと、畑の向こうに草原が見えてきた。さらに歩いて草原入口に立ち、そこから風景を眺める。緑の絨毯を切り裂くように道が遠くへと続き、道のない場所には緩く盛り上がったところもある。空には鳥が何匹か飛んでおり、あれがハンターバードだろうかと平太は思う。


「これから狩りかい?」


 近くを通りかかった警備中のハンターが平太に話しかける。


「いえ、明日からです。今日のところは下見です。どんなところにどんな薬草が生えてるのかとか見ておきたくて」

「もしかして駆け出し? 装備がそれなりに整ってるからそろそろ駆け出し卒業かと思ったんだけど」

「これは貰い物ですよ」

「そうかい。じゃあ一つアドバイスを。シューラビを狩りたいならもう少し草原を先へ進むといい。畑近くのシューラビは俺たちが狩ってるから数が少ないんだ。あとは音に敏感だから大きな足音を立てていると逃げていくよ」

「ありがとうございます。参考にさせてもらいます」

「うん。じゃあ俺は見回りに戻るよ」


 去っていくハンターに頭を下げて、平太は草原に足を踏み入れる。


「さてはて薬草はあるかなっと」


 エラメーラに教わった草の形を思い出しながらゆっくりと下を向いて歩いていく。

 町の周りにある草は十種類。そのうち薬草は五種類で、残りは毒草や食用になる草だ。毒草も使い方によって薬にはなるが、取っても許可なくして売ることはできない。

 特徴的な形の薬草をエラメーラが教えてくれたので探すのは楽だった。


(薬草はあったけど、シューラビは姿がちらりとも見えないな。教えてもらったようにもっと進むべきなんだな)


 それが確認できただけでも下見をしたかいはあった。


「もう帰るか、それともシューラビの姿くらいは見ていくか。どうしようか」


 少し考えて草原の奥へと足を進める。町の外に出て、まだ一時間もたっていないのだ。もう少し外で過ごしてから帰ろうと思ったのだった。

 小高い盛り上がりに向かっていき、そこから周囲を見渡す。それほど数は多くはないがハンターの姿が見える。平太のように一人の者もいれば、五人くらいで固まっている者もいる。今戦っている者もいるし、解体作業中もいる。様々な光景が見えた。

 明日からあれに混ざるのかと思うと不思議な思いになった。一週間ほど前まで高校生で狩りなんて縁遠いものと思っていたのだ。それが木製とはいえ武器を手に取り、鎧を身に着け、魔物と戦うことになろうとは、一寸先は闇という言葉が身に染みる思いだ。

 明日からの参考になるかもしれない、そう思い平太はしばらく狩りの様子を見てから町に戻る。

 翌日、朝食を食べた平太は鎧を着こみ準備をすませて玄関にいた。見送るためにミレアもいる。


「これ昼食です。おにぎりを三つとちょっとしたおかずを入れてますので食べてください」

「ありがとう」

「では無理なさらぬようお気をつけて」

「いってきます」


 今日も西門から出て、畑を通り過ぎる。


「まずは薬草を集めようかね」


 昨日確認しておいた場所へ向かい、先客に挨拶してから抜いていく。

 今抜いているのはバリン草という名前で、春菊を小さくしたような見た目だ。麻酔の材料の一つで茎や葉よりも根の方が強い効果がある。だが平太は根を残して採取している。間違えているわけではなく、根を残すことで十日もすればまた元通りになるのだ。根の採取は依頼として出され、毒草と同じく許可なく持っていくことはできないのだ。売値は一本三ジェラと安いが駆け出しにも採取しやすい薬草で斡旋所に持ち込みの多い薬草だ。

 バリン草十本を持ってきていた紐でひとまとめにして、次の薬草を抜いていく。一日に取れる分を三十分もかからずに取り終えて、小さなリュックに放り込むと平太はシューラビを求めて移動を始める。


(ゲームみたいにエンカウントすると楽なんだけど。昨日の様子を見たかぎりじゃ、シューラビが逃げないように動いてたし一筋縄ではいきそうにないんだよな)


 さてはてとできるだけ静かに歩いていき、遠目に黄色の塊が動いているのを見つけた。


「いたな。まだ気づかれてない?」


 このまま「そーっと」と呟いて近づいていく。十メートル弱まで近づくと熱心になにかを食べていたシューラビが顔を上げた。きょろきょろと周囲を見渡し警戒する様子を見せる。

 どうして気づかれたのかと思いながら平太はいっきに行こうと走り始める。シューラビはすぐに反応し、食べていたネズミを放り出して走り出す。


「速っ!?」


 平太が走るよりも速く、どんどん差が開いていく。これは追いつけないと思った平太は足を止めてシューラビを見送った。


「なんでばれたんだろうか」


 首を傾げて平太は次のシューラビを探して動き出す。ばれたのは風上に立っていたからだ。人の匂いに気づいて警戒されたのだった。エラメーラやペールに風上に立たないよう警告されていたが、狩りの経験のない平太はうっかり忘れていた。

 それを思い出せたのは二度シューラビに逃げられ、アドバイスを再確認しようとしたときだ。


「うっかりしてたなー。音を立てない、匂いに気をつける、できるだけ背後から。ほかにもいくつかあって忘れてた。次はそれらを守ってやるかな。しっかし思った以上に狩りって大変なんだな」


 テレビなどで数人がかりでやっていたのを思い出し、猟犬や追い込み役の必要性が今なら十分すぎるほどに納得できた。もっとも腕のよい猟師ならば一人でどうにかできるので、必ずしも大人数が必要ではないのだが。失敗続きで仲間がいれば楽だと思い込んでいるのだ。


「ないものねだりしても仕方ないか」


 シューラビはどこだと歩いていく。逃げる獲物を追って移動していて、今も方角は気にせず獲物に注意を向けているため、どんどん北東へと進んでいるのに平太は気づいていない。このへんも経験不足なのだろう。

 そして進んでいる方角には出会うことを避けていたラフドッグの縄張りがある。このまま歩いていけば群れにぶつかるということになっていただろう。だがそうはならなかった。


「ん?」


 小さくだが女の声がした。「イエアーッ」という雄叫びのようなもので聞き間違いかと思っていると、前方の盛り上がりを回り込むように走り、こちらへ向かってくる影に平太は気づく。どんどん近づいてきて、それが犬のような姿だとわかる。

 中型犬サイズで、茶の短毛。足の先だけが灰色で、牙が大きめ。その特徴はラフドッグのものだと聞いており、ここが縄張りなのだと平太はいまさらながら気づいた。


「逃げ、いや逃げきれない!?」


 接近の速さを見て、シューラビほどではないが自分よりも速いのではと思う。

 やばい、そう思うと同時に血の気が引く。


「ある程度痛めつければ逃げていくか? よしっ」


 初戦闘に体が緊張で震えてくる。それを押さえきれないまま平太は慌てて木剣と盾を構える。

 ラフドッグは平太に気づいており、目標に定めたように走るコースをかえる。

 一定距離まで近づくとラフドッグは大きく跳ねて飛びかかる。それを平太は盾を前に出して踏ん張り受け止めようと構える。


「ぐぅっ」


 どんっと速度と重さがのった突撃を受け止めきれず後ろによろける。顔目がけて迫るラフドッグの牙と臭い息づかいに、背筋が冷え足が大きく震えるがなんとか耐えた。


(やばいやばいやばいやばい!)


 初めて感じられた殺気というものに心中で悲鳴じみたものを何度も連呼する。

 ラフドッグはその場に着地し、隙だらけの平太に再度接近する。


「痛っ!?」


 ラフドッグが脛当て越しに噛みつく。脛当てとズボンに阻まれて怪我はしていない。強く掴まれた程度の圧迫感だが、ラフドッグのは迫力と殺気におされ平太は怯む。


「ちょ、ちょっと待とう! こっちは初めての戦闘なんだ! そうっチュートリアル、チュートリアルがあってもいいんじゃないかな!?」


 混乱する頭でそんなことをのたまう。

 そんな事情は知らぬとラフドッグは、噛んだまま頭をゆさぶりさらなるダメージを与えようとしている。


「たんま! たんまって言ってるだろ!?」


 ラフドッグが聞くわけもなく噛みつきを継続する。


「やけだっ喰らえ!」


 ラフドッグへと平太は木剣を振り下ろした。構えもなっていない軽い一撃ではラフドッグを放すことはできず、二度三度とがむしゃらに叩き付けてようやく離すことができた。

 平太は初めての戦いに戦闘が始まって三分とたっていないにもかかわらず息を乱す。殴り合いの喧嘩すらしたことがない人間が、殺し合いに心折れず立っていられるだけでもすごいことなのかもしれないが、それを褒めている場合ではないだろう。

 少し離れた位置でラフドッグが唸りを上げて平太を睨む。その様子からは大きなダメージを受けた様子はない。


「ははははは話し合おうじゃないか? なにが望みだ?」


 ラフドッグが話せたらこう答えるだろう、貴様の命だと。


「ちくしょうっ話し合いする気もないのか! だったらどうしたら大きなダメージを与えられる?」


 睨み合いには負けているが、目をそらすことだけはせずに倒す方法を考えていく。倒せない=自分の死なので必死になっていた。


「……突きしかない、かな?」


 叩きは大した効果を出せなかったと先ほど確認し、斬りは木剣でできることではない。突きならば木剣でもと考える。

 叩きや払いでも当たり所がよければダメージは与えられる。しかし心の折れかけた初心者が狙いを定めるのは困難で、突きがベターの判断だろう。


「恨むなよ、ジョンジロウ」


 適当な名前をラフドッグにつけて、盾を前に出したまま、構えを突きにかえる。

 攻撃の意思を感じ取ったかラフドッグの唸り声が大きくなり、体をぐっと沈めいつでも飛びかかれるような体勢となる。

 両者は宿敵かのごとく相対し、先に平太が動く。


「先手っ必勝!」


 ラフドッグめがけて突きを放つ。今度は踏み込み、腰のひねり、肩から腕へと力が伝わるまともな一撃だった。

 だが威力がまともであっても狙いまではまともではない。元より修練が足りず、力みもあって左へとずれた。迫る平太を見て後ずさっていたラフドッグは伸び切った上腕へと噛みつく。脛当てのように防ぐものはなく、先ほどよりも大きな圧迫と痛みが平太を襲う。


「あがああっ!」


 牙が鋭くないおかげで服を貫くようなことはなく、肉を抉られなかったことだけは運が良かったのだろう。肉が潰れる痛みを感じている平太にとってはそんな幸運はないも同然だったのだが。

 剣は地面に落ち、膝を地につき、涙をこぼし、平太はそのような状態でもぎりぎり絶えることができた。魔導核から発せられた痛みの方が痛かったためだ。

 平太は間近にあるラフドッグの顔へと拳を叩き付ける。何度も繰り返すが、腕だけの動きではまともにダメージは与えられず噛みつかれるままだ。目を狙えばラフドッグは口を放しただろうが、痛みで冷静な判断ができなかった。

 それでも拳を振り続ける平太に近づく者がいる。影がかかったことで誰かが近くにいるということに気づくと同時に、ラフドッグが悲鳴を上げて口を放し倒れた。

 優位に進めていた状況からの突然の流れに、倒れ伏すラフドッグの表情は「そんな馬鹿な」と雄弁に物語っていた。


「ジョンジロウ!?」


 思わず名を呼び、倒れ痙攣するラフドッグを見る。

 助けた者は名前に内心首を傾げつつ話しかける。


「もう大丈夫ですよ。片づけますから少し待っててくださいね」


 優しげな男の声がして、もう一撃ラフドッグへ武器が振り下ろされた。ラフドッグが絶命の悲鳴を上げて死に、戦闘が終わった。同時に体が膨らむような感覚があり成長したとわかるが、今の平太にそれを気にする余裕はなかった。


「あ、ありがとうございま、す?」


 涙をぬぐい顔を上げた平太はそこにいた人物を見て、口調が乱れた。


「人助けは当然のこと。気にしなくていいですよ。それにあなたがラフドッグと戦うことになったのはこっちに原因があると思いますから」


 口調は丁寧だが、表情がそれを裏切っていた。

 見た目は二十過ぎの恰幅のいい男。黒に近い灰色の短髪と黒い目を持ち、身長は平太よりも少し低いだろう。一番の特徴は顔。十人中十人が悪人と言い切る人相の悪さなのだ。平太を安心させるためか笑みを浮かべているが、なにか企んでいるようにしか見えない。

 見た目と雰囲気と声音が一致しておらず、平太はびびるしかない。


「ああああ、あのお金は持ってないんですがっ」

「いえ、謝礼をとろうなんて! 私が助けたかったのです」


 言葉だけみれば善人だ。だからどう対応すればいいのかわからない。それを見て男は困ったように笑った。


「そう言っても信じられませんよね。昔からこの人相でなにか企んでいるんだろうと言われてまして。慣れてしまいました。先ほどの言葉は本当ですから気にしないでくださいね」

「あ、あのえと」


 なんとかお礼を言おうとするが口が回らず、意味をなさない声だけがでる。

 そんなときにもう一人近づいてくる者がいた。


「なにを話しているんですの?」


 平太は思わずそちらを見て固まる。そこにいたのはエラメーラには敵わないが、それでもとびっきりとつけていい美少女だった。ただし体のあちこちに返り血をつけていて、近寄りがたい様相ではあったが。

 年は平太よりも下で、身長は百五十ほどだろう。旅装と鎧に身を包み、手には自身の身長よりも高いハルバードを持っていた。その刃にも血がべったりとついていた。

 美女と野獣を地で行くコンビに、平太の困惑は増すばかりだ。


「どうやら僕たちがうちもらしたラフドッグに襲われたらしくてね」

「ああ、それは申し訳ないですわ。どこか怪我しているかもしれませんね」

「あ、そうだね。どこか痛いところとかあるかい?」


 戸惑ったまま平太は腕を示す。


「少し触らせてもらいますよ」


 断ってから男は診察を始める。丁寧に触れていき、返ってくる反応から骨に異常はないだろうと判断する。いい加減な扱いはなく、本当に怪我人のことを思っての診察に、見た目と違い性格のいい人なんだろうかと平太は疑ったことを申し訳なく思う。


「これなら治療を使えばすぐに治りますね」


 男はそう言うと手のひらを平太の上腕に当てる。男の手から体温以外の熱がじんわり広がり、痛みがどんどんと引いていった。


「これで大丈夫と思いますよ。動かしてみてください」


 平太は腕をぐるりと回して、痛みがまったくなくなったことを確認する。触れてつねってみても、つねった痛みだけがあり治ったことがわかった。


「……すごい……」


 地球の医療ではありえない早さの治療に心底感心した様子を見せる平太。そんな平太を大げさなと女は呆れた表情を見せた。


「能力での治療は初めてですの? 見たところ二十手前。それだけ生きていれば一度くらいは世話になったことがあるでしょうに」

「初めてですよ。さっきは本当にすみませんでした。今は本当にお金はありませんけど、ハンターとして稼いだらお礼をさせてください」


 心底詫びて、礼をしたいと申し出る。恐怖心からの礼ではなく、本当にありがたく思っての礼だ。

 これに男は先ほどとは違った困った表情を浮かべる。謝礼を期待しての治療ではないのだ。


「この程度はこれまでもやってきたことですから気にしなくていいんですよ」

「いえっラフドッグから助けてもらったこともありますから。ぜひとも!」

「ああ、また怖がられたの? それを謝って礼とまでは珍しいですわね。いつもなら口頭での礼で終わるのに」


 男が親切にされるのが嬉しいだろう。女は笑みを浮かべている。

 お礼させてください、いりません、という応酬が一分続き、女が口を開く。


「オーソン、受け取りなさいな。話が終わりませんよ。いつまでもここにいたくはありませんわ」

「ごめんよ、カテラ。わかりました。なにか食べ物の差し入れでお願いします」

「わかりました! あ、俺は秋山平太と言います」

「僕はオーソン・パニェラ。こっちの美人はカテラ・ミードリウムだよ」


 オーソンの言葉を受けてカテラが小さく頭を下げた。


「二人はコンビでハンターをしているんですか?」

「いや僕は神官で、カテラは兵ですよ。エラメルトのエラメーラ様にお仕えするために行く途中なんだよ。近々治療の能力を持った神官が引退するってことになって、補充要員として僕が行くことになりましてね。カテラも異動になったので一緒に向かっている途中なのです」

「カテラさんも治療の能力を?」

「彼女は凄腕の警備兵です。王都の兵の中でも上位に入る腕前なんですよ」

「それはすごい」


 ラフドッグに苦戦している平太からするとどれくらいすごいのかわからず、とにかく強そうだといった感想を抱くことしかできない。


「ある意味似た者コンビなんですかね」


 そんな感想を平太は漏らす。オーソンと同様に見た目にそぐわない人物で、だから一緒にいるのだろうかと思う。


「それもよく言われましたね」

「私は気にしないけど、言われ慣れているからといって心が傷つかないというわけではないのよね」


 オーソンのことを示しているだろう。これまで何度も誤解を受けてきて、そのたびに影で傷ついている様子を見てきたのかもしれない。

 自身のことを心配してくれていると察してオーソンは照れくさそうに頬をかく。


「ラフドッグは全部倒し終えましたし、僕たちはもう行きますね」

「ラフドッグ持っていかないんですか?」


 死体を置きっぱなしにしていこうとするオーソンに聞く。


「あっ持っていかないと!」


 照れ隠しに気を取られ、うっかりしていたのだ。二人が倒したラフドッグは六匹いて、三匹ずつ持っていこうとした二人に手伝おうと平太が提案する。


「ありがたいことですが、あなたは狩りをしなくてよろしいの?」

「今日のところは帰ろうかと。ちょっと神殿に用事もありますから。ああ、そうだ。ちょっと聞きたいんですけど」

「なんです?」

「初めて魔物を倒すと成長するって聞いたんですよ」

「ええ、それは私も聞いたことありますわ。事実成長しました」


 オーソンも同じようにうんうんと頷いている。


「俺が魔物と戦ったのはさっきが初めてなんですよ。でも俺が倒したわけじゃないのに、成長したんですよ。これってどうしてなのかわかります?」

「あー、そういったことがあると聞いたことがあります。先ほどの条件ですが正しくは、倒したらではなく命のやり取りをしたらということなんです。だから苦戦して逃げても条件を満たしたとみなされ成長すると聞きました。それと同じことが起こったのではないでしょうか」

「私もそう思いますわ」

「じゃあ特別おかしなことではないと?」


 こくりと頷く二人に、平太はほっとしたように溜息を吐く。イレギュラーでこの世界にいるようなものなのだ、成長条件もおかしなことになっていやしないかと不安があったのだ。まともに成長していけるのなら、これからのハンター生活に希望が持てた。

 平太が一匹、オーソンが二匹、カテラが三匹のラフドッグを持って町へ向かう。力が強い順にわけたら、このようになった。

 北東の門のそばまできたとき、平太はミレアを見つける。誰かと話しており平太には気づいていない。視線を横にずらした平太にオーソンはなにか気になることあるのかと聞く。


「世話になってる家の家政婦さんがそこに。わざわざ外で話してるのはなんでかなと」

「人に聞かれたくない場合は外で話すこともありますわ。そう珍しいことでもありません」


 頷いた平太は一言くらい声をかけておこうかと思ったが、邪魔したら悪いなとそのまま通り過ぎる。

 肉買い取り所でオーソンたちはラフドッグやここに来るまでに狩ったものを売り払う。

 オーソンたちは中位ハンターの認定を受けているので、売れる量は平太よりも多い。カテラが強い魔物を求めて暴れ、それに付き添ったオーソンも中位ハンターとみなされるようになったのだ。

 二人のことをよく知らない者からは、凶悪な人相の男が可憐な少女を無理矢理連れ出していると思われていたが、同僚は医療者としての仕事をしたいオーソンを無理矢理カテラが連れ出していると知っていた。そして暴走するカテラのコントロール役としても認識していた。

 オーソンの異動と一緒にカテラも異動になったのは、自分たちではコントロール役になりえないと兵たちが上司に直談判したからだった。

 もっともオーソンも完全にはコントロールしきれてはいないのだが、カテラ側で少し自重しているのでコントロールしているように見えていた。

 売却を終え、三人は神殿に向かう。


「アキヤマ。待っていたぞ」


 神殿に入ってすぐにベールに出迎えられる。


「ん? そっちの二人は?」


 美女と野獣といった二人に興味や警戒といったいくつかの感情を混ぜた視線を向ける。


「医療者として明日から働くことになったオーソン・パニェラです。よろしくお願いします」

「同じく警備兵としてこちらで働くことになったカテラ・ミードリウムですわ」

「ああ、二人がそうか。話は聞いている。歓迎する」


 変わり者の二人がくるとリンガイから警備兵たちに話されており、見た目で差別しないようにと事前に言われていた。オーソンの顔を見てたしかに誤解しそうだと納得している。


「そうだな……二人も連れていっていいだろう。ついてきてくれ」

「どこに行くんですの?」

「エラメーラ様がアキヤマを呼んでいてな。二人もどうせあとで挨拶することになるんだろうから、連れていってかまわないだろうと考えた」


 赴任先の神の名前は知っており、その神に呼ばれているという平太にオーソンたちは驚きを見せる。王族であれ神が個人を呼ぶことはそうそうないのだ。見た目普通の平太になにかあるのだろうかと考えるうちにエラメーラの部屋に到着した。


「エラメーラ様、アキヤマを連れてきました。あと新しく赴任してきた二名も一緒です」

「ありがとう、入れてちょうだい」


 ベールは三人を部屋へと入るように促し、警備の仕事に戻る。


「「「失礼します」」」


 三人は声をそろえて部屋に入る。


「三人ともこっちに」


 手招きしてソファーを勧め座らせる。


「こんにちは。新任のオーソンとカテラね、歓迎するわ。そしてヘイタを助けてくれてありがとう。まさか一日目でラフドッグと戦うなんて」


 平太を追わせていた力の欠片では助けることができず、はらはらするはめになったのだ。


「シューラビを追ってたら気づかない間に縄張りにいっちゃいまして」

「明日からはそこらへんも注意しないと駄目よ?」


 めっと人差し指を立てて平太に注意する。


「はい。肝に銘じておきます」


 近い距離感の会話にオーソンたちは再び驚く。


「ところでどうして俺がラフドッグと戦ったと知っているんですか?」


 エラメーラは手の平を上に向ける。そこに蛍のような光が現れた。


「これは私の力の欠片。これを町の内外にとばしていて、これの近くであったことは私も見聞きすることができるの。これを通してあなたの様子を見ていたのよ。万が一があれば助けに行けるようにね」

「心配おかけしました」


 エラメーラの行為をストーカーとは思わず、親切心からくる様子見と捉え頭を下げた。


「うん。本当に次からは気をつけるのよ」

「はい」

「……アキヤマ君はエラメーラ様の愛し子なのでしょうか?」


 二人の会話の様子からオーソンは推測する。


「違うわ。でも事情があってね、気にかけているの」


 愛し子とは、神様のお気に入りの存在を示す。普段はあらゆるものに平等に接する神がなにかと優遇することで、嫉妬を向けられることもある。ただし愛し子はなにかしらの問題を抱えていることが多く、嫉妬よりも心配されることもある。

 なにも問題を抱えていない愛し子など数百年に一度の頻度でしかでない。


「気にかけている時点で愛し子としては十分な気もしますが」


 違いがわからずカテラが首を傾げる。


「そこまで優遇しているわけではないわよ? 愛し子なら有無を言わさず神殿で寝起きさせるわ」

「俺から言わせてもらえれば、十分優遇されていましたけど」

「あれは優遇というよりもやって当然のことだから」


 こちらの常識を知らない状態で放り出すことなどできはしない。能力覚醒もこちらの者ならば全員にやっていることだ。優遇したことといえば、戦闘指導したことと武具を渡したことくらいだ。その指導も初歩の初歩を教えただけで、武具も質としては高くはない。

 武具は金属装備など重くて動けないだろうという考えもあって、駆け出し用のものを与えるよう指示をだしていたのだが。


「優遇というのは潤沢な資金を渡して装備に充実をはかったり、実力の高い傭兵を雇って一緒につけること」

「それは贔屓というような気がします」


 平太の感覚ではそうだが、エラメーラたち神の感覚では優遇なのだ。


「大事にしているのだからそれくらいはするのでしょうね」


 カテラは納得している。オーソンも苦笑しつつ頷いているので納得側なのだろう。


「私たちは挨拶を終えましたので失礼しますわ」


 上司となる人間に着任の挨拶をする必要のある二人は一礼し部屋から出て行く。


「本題に入るとしましょうか。成長したのでしょう? 能力を使って見せてほしいの」

「わかりました」


 激痛を思いだし少し躊躇いが生まれるがかっこ悪いところは見せたくないと、能力を使う。

 痛みに身構えていたが、少しも痛みは発せられることはなく、平太の手の中にどら焼きが出現した。


「どら焼き? でてきたということは無事成功したのね」

「どうぞ」

「くれるの? ありがとう」


 メイドがどら焼きにあうお茶を準備するため部屋を出て行った。

 一口食べてみようとエラメーラは小さくちぎって口に運ぶ。


「ふふっ甘い」


 果物や蜂蜜とは違った甘さに表情を綻ばせる。そういった表情は外見相応に見えて、綺麗というよりは可愛いという感想を平太は持つ。

 いいもの見た、そう思う平太に口の中のものを飲み込んだエラメーラが尋ねる。


「ところで魔導核に異常はない?」

「少しも痛みませんでした」

「うん、それなら今後も使っていって問題ないわ。今後の成長でなんとなく何回使えるか感覚でわかると思うから無理しないように使っていきなさい」

「はい」

「あ、でもできるだけ人にみせびらかすことはないように。目立たない再現や周囲に人がいないなら気にすることはないわ」

「アドバイスありがとうございます」

「あとは……このどら焼きを少しだけ残しておいて、消えるまでの時間を調べておいた方がいいわね。それは感覚でわかるとは聞いてないし」

「再現した物のサイズとかで時間は伸び縮みするんでしょうか?」

「そこらへんは何度か調べてみないことにはわからないと思うわ」


 明日からそこにも注意して能力を使っていこうと決める。

 どら焼きが消えるまで平太はエラメーラと過ごし、その間に弁当も食べて昼食をすませた。

 どら焼きは一時間を過ぎても残っており、とりあえず一時間は大丈夫とだけ確認し平太は帰ることにした。平太が帰って二時間ほどでどら焼きは消える。同時にエラメーラの体内のどら焼きも消え、一時的に空腹を満たすことは可能だが栄養を取ることはできないと判明した。一般人が食べていれば体内から食べ物が消えるなどと気づけなかっただろう。再現で出した食事は、現段階では非常食として提供はできない。それをまた会ったときに伝えることにして、エラメーラは町に散っている欠片に意識を向けた。


評価、誤字指摘ありがとうございます

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