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47 魔王戦

 夜が明ける前に精鋭組たちは陣を出て、廃墟北部にある林へと向かう。そのまま林に潜んで、兵たちが南から攻撃をしかけるのを待つ。

 そして夜が明けて一時間を過ぎた頃、兵たちの雄叫びを探知の能力者が捉える。


「遠見を頼む」


 カイドルが仲間に能力で廃墟内の様子見を頼み、頼まれた者はすぐに能力を使う。

 廃墟の中にいた魔物は兵たちと戦うため外に出ていき、角族も全員ではないが外へと向かっている。


「魔物たちは外に出ている。今なら少ない戦闘で魔王の下に行けるはず」

「んじゃま出発するか。護衛よろしく」


 アロンドはもう一人の修練場組であるファラードに声をかける。


「おーほっほっほ、お任させなさい。あんたたち行くわよ」

『任せてくだせえ』


 ファラードの仲間である筋骨隆々な男たちが武器を抜く。ごつい斧や突起の多い金棍棒や分厚い大剣を手に歩き始めた。


「無理しないようにな」

「魔王に挑むのに無理するなってのも変な話だけどな」


 見送るカイドルにアロンドはそう返す。

 カイドルたちは戦闘力はアロンドたちほど高くはないので、ここで待機だ。逃げる場合のフォローをすることになっている。


「ははっそうだな。無理だと思ったら生き残ることを最優先にしろよ?」

「ああ、そうさせてもらう。じゃあ頑張ってくる」


 林から出た一行は小走りに廃墟に向かう。

 魔王がいると思われる建物までは、廃墟に入って歩きで十分ほどだ。

 瓦礫の影に隠れながら進むと、魔王のいる建物を守るように上位の魔物が四体配置されてるのを見つけた。


「あなた方はここに潜んでいなさいな。私たちが囮になって、あれらを遠くにひきつけますわ」

「ありがとう」

「礼など不要ですわよ。これが魔王と戦えない私たちの役目ですもの。いつもどおり能力で強化して戦いますわよ」

「あ、ストップ」


 能力を使おうとしたファラードを平太が止める。


「なにか言い忘れたことでも?」

「いえ、これを持って能力を使ってくださいな。能力の効果が上がるから」


 カレルの宝珠を再現し、どういったものか説明してファラードに渡す。


「貴重なものでしょう? それに切り札になり得るものをいただくわけにはいきませんわ」

「ほかにもあるから」


 平太は永続再現で生み出した宝珠を取り出す。アロンドたちも同じように取り出して見せた。

 兵たちと一緒に行動し廃墟にくるまでに、もらった宝珠には限界まで力を注いでおり、それを永続再現しておいたのだ。

 宝珠が満タンになったのが八日ほど前なので、量産といえるほど再現はできなかったが、一人一個は渡せている。

 再現できるようになったときに、どれほど効果があるのか試しに一個使ってみた。

 サイニーの水を使った攻撃を強化してみたのだが、いつもならば水球が飛ぶといった攻撃が、本人の意思に関係なく鷲の形となって遠くにある岩を貫くといった結果になった。


「そんなにあるなら私にも一ついただきたかったですわ」


 カレルへの不満に、平太は苦笑を浮かべた。


「これは対価だから。カレル様のほしがったものを渡して、報酬としてもらったもの。君らもカレル様が欲しいものを察して渡せたらなにかもらえたと思うよ」

「むう、そういうわけですか。コミュニケーション不足だったのでしょうね」


 納得したように頷いてファラードは能力を使う。

 ファラードの仲間は赤い燐光をまとう。


「いつもは青い光なのだが。赤いということはなんらかの変化が起こったのだろうな」

「武具が軽い。さらなる強化が行われたようだ」

「これならばあの魔物たちに負けるということはないだろうさ」


 ファラードの仲間の口からでる言葉には自信が含まれていた。

 ファラードの仲間たちが突撃し、ファラードはその後ろから弓を放ち魔物たちの注意を引く。

 その魔物から少しずつ離れていき、ファラードたちは戦いやすい廃墟の外を目指していく。

 平太たちは十分ほど物陰に隠れ続けて、周囲から魔物の気配がなくなると建物に向かう。

 この廃墟を治めていた者の家であり役所であったのだろう。周囲の建物に比べて大きく、装飾も施されている。

 玄関をそっと開けると、熱が流れ出てくる。魔王がいるのは間違いなさそうだと思いつつ中に入ると、二階へと続く大きな階段の前にバーニスが仁王立ちしていた。


「よく来たな。魔王様に挑むのはお前たちだと思っていた。だがっ簡単に挑めるとは思わないことだ!」

「お前など簡単に乗り越えなければ魔王に挑む資格はないだろう。悪いが蹴散らさせてもらう!」


 バーニスの鉄壁の意思に、アロンドの燃える闘志が叩き付けられる。

 そんな二名の背後から平太はすまんと声をかけた。


「ここで消耗するわけにはいかないんだ。戦いすら避けさせてもらう」


 そう言いながら再現で大きな亀裂をバーニスの足下に作る。

 突如として床が消えたバーニスは驚きの声を上げて亀裂に落ちる。そしてでっぱりを掴み、落下を止めた。亀裂の底からは水の流れる音が聞こえてくる。地下水脈に繋がったのだろう。

 すぐに出ようと腕に力を込めたところで、平太がカレルの宝珠を片手に亀裂をのぞき込んでいた。


「ほんとすまんね。冷凍砲っ」


 すべてを凍てつかせる冷気がバーニスにむけて放出される。

 平太の攻撃が終わると、そこには体を白く凍りつかせて意思もまた凍ってしまったバーニスがいた。

 そのバーニスに平太は瓦礫を投げつけ、バーニスを水に落とす。

 バーニスと戦う機会があるだろうと考え、さっさと戦闘を終わらせるにはどうすればと策を練り、思いついたのが今回のこれだった。空を飛ぶ様子を見せなかったので、もしかしたら有効なのではと思ったのだ。

 こうして平太とバーニスは一度もまともな戦闘がなく、その関係を終わらせることになった。

 バーニスは魔王の守護を果たせなかった無念と平太への怒りを抱いて、しばしのちにダルクガイストになる。そのまま明確な意思なく各地で暴れていたところを封印され、時間の流れで封印が緩まり、遠い将来復活することになる。

 そんな因縁が生まれたとは思わずに、平太はアロンドに声をかける。


「よし、行こう」

「お、おう」


 気合いが空回ったアロンドが戸惑ったように返事をする。


「戦ってよかったんじゃないか? そこまで苦戦しなかっただろうし」

「ヘイタも言ったように消耗をさけるなら、今のはありだと思うわ」


 サイニーが言い、サフリャも頷く。

 ラインはアロンドと同じように戸惑ってはいるが、怪我人がでなかったのでよしとした。


「なんだかなぁ」


 アロンドは亀裂に底を見てバーニスに祈りを捧げ、気持ちを切り替える。目的は魔王の首なのだ。そこに全力を傾けるべきで、余計な消耗がなかったことをラッキーだと思うことにした。

 二階に上がるとすぐに熱風が吹く。二階はほとんどの壁が壊されていて、見通し風通しともによくなっている。その風の吹いた方向に魔王はいた。

 相変わらず口は笑みをかたどり、余裕のある雰囲気を漂わせている。


「グラース」


 平太はすぐにカレルの宝珠を取り出して、グラースにくわえさせ、冷気を放出してもらう。

 二階に冷気が広がり、熱を追い出し、室温は氷点下近くまで下がる。

 事前の打ち合わせで、温度を下げて魔王に不利な空間を作ろうと決めていたのだ。

 成果はでたのか、魔王の体から出ている炎の勢いが心なしか弱くなったように見える。

 だが魔王も対抗するように炎を大きく噴出させ、支配権を取り戻そうとする。それを黙って見ている平太たちではない。


「「させるかっ」」


 平太とアロンドが武器を手に駆け、サイニーが氷の矢を飛ばす。

 一拍遅れて獣の力をハルバードに宿らせたサフリャが続く。

 魔王は熱の放出を止めて、炎をまとわせた手で氷の矢を弾き、同時に小さな炎の玉をいくつも平太たちに飛ばす。


「その程度ならっ」


 アロンドは盾を自分と平太の前に出現させて、炎の玉を防いだ。

 魔王からの攻撃を防ぎ、接近した二人は武器を振るう。

 見事魔王の体に当たりはしたが、肉を斬ることはなかった。弾力のある硬さというのか、刃が通らなかった。なんとか傷は残っているが、皮一枚斬れたといった感じだ。

 顔を顰めた二人に炎が襲いかかる。二人は剣を振って、炎を散らし下がる。

 かわりにサフリャが突撃し、上段からの振り下ろしを魔王に当てた。それも多少皮膚に食い込んではいるものの、大ダメージとまではいかなかった。


「短期決戦でいきたかったんだが、長くなりそうか?」

「魔王の体は熱そうだし、冷気砲をぶちあてればその部分はもろくなるかもしれないな」


 困った様子のアロンドに平太は考えを口に出す。

 魔王の体は金属やガラスではないので効果があるのかわからないが、無策に攻撃し続けるよりはましではないかと提案したのだ。


「それでやってみるか」


 特に良い考えのなかったアロンドは賛成し、魔王に隙を生み出すため動き出す。

 ただ冷凍砲を打ち出すと避けられるか、収束火炎砲で対抗されるだろう。そうさせないためにも平太から注意をそらすか、転ばせるのが望ましい。

 アロンドが実行するであろうタイミングを逃さないよう、平太は少し下がって待つ。

 下がった平太のかわりにグラースが突っ込んでいく。室温を下げるのは十分なため、自己判断で冷気をまとって戦いに参加したのだ。

 魔王に大ダメージを与えている様子はないが、平太たちが普通に攻撃するよりも効果的なようで、グラースの攻撃は避けるそぶりが多い。

 

「これはチャンスだな。グラースを中心にして攻めよう」

「わかった」


 アロンドとサフリャが頷き合い、攻めようとしたとき、魔王が一際大きな炎を生み出し、アロンドたちを強制的に下がらせる。

 魔王の表情からは笑みが消えていた。遊びと捉えてたこの戦いが、自身の力を大きく削るものになると悟ったのだ。

 魔王から発せられる熱が上昇する。冷え切っていた部屋が、春ほどの暖かさに包まれる。だが春の陽気などといえる生ぬるい空間ではない。

 平太たちはもとから油断していなかったが、ここにきてさらに気が引き締まる。気を緩めるとあっという間に全滅させられる。そんな予感を全員が得ていた。

 魔王の両手から炎が流れ出す。それは収束し、鞭のような形をとる。

 魔王が腕を動かすのと、威力を想像できた平太が声を出すのは同時だった。


「グラースッ冷気! サイニーッ水! アロンドッ盾!」


 その指示は正確ではあったものの、遅くもあった。

 振るわれた鞭は、熱せられたナイフでバターを切るかのごとくあっさりと床や壁や天井を切って、平太たちに襲いかかる。

 それを避けることができたのは持前の反射神経を発揮したサフリャと離れた位置にいたサイニーとラインだ。熱いものが体のすぐそばを通り抜け、それが秘める熱の危険度に冷や汗が流れる。

 被害が一番少なかったのは冷気をまとい続けたグラースだろう。だがそのグラースでも毛皮が焼け、一筋の重度のやけどを負っている。

 防御する手立てがなかった平太とアロンドは、それぞれ重傷を負っている。平太は右足を焼き切られ、アロンドは左腕を焼き切られている。

 大きな痛みと足がなくなったショックに耐えきれず平太は悲鳴を上げ、アロンドもまた汗を流し表情を歪めている。


「ラインッ治療を」

「はい!」


 サイニーの指示に即座にラインは返事を返す。


「俺はあとでいい! 先にヘイタをっ」


 ラインは駆けて倒れている平太に近づき、落ちている足を拾って、血の流れない傷口に能力を使う。


「すぐに治療しますからねっ」


 痛みにうめき声を上げながら平太は頷く。

 その間にも魔王は攻撃の手を緩めないが、アロンドたちの防御で、だいぶ威力の落ちた攻撃になる。

 治療は三十秒ほどで終わるが、その時間が焦るラインにはとても長く感じられた。

 

「治療完了です!」


 次はアロンドをと言おうとして、全員がなにかが崩れる音を聞いた。

 それは魔王の攻撃で耐久の限界を超えた屋敷の崩れる音だった。

 すぐに全員をみちずれに屋敷は崩れ落ちる。皮肉にもバーニスと同じようになすすべもなく落ちることになる。

 平太たちは崩壊になんとか耐えて、すぐに動き出そうとする。

 それよりも先に動いたのは魔王だ。瓦礫をのけての脱出が面倒だと思ったのか、大量の炎を体中から放出して周囲の瓦礫を弾き飛ばした。

 予想外の攻撃に平太たちは瓦礫と一緒に飛ばされ、全員が熱と瓦礫のダメージを負う。

 倒れ伏してどこにいったかわからない平太たちを探す気はないが、逃がす気もないようで、炎の鞭を標的を決めずに振るう。一度振るうたびに周辺の瓦礫が崩れ落ちる。

 数分間鞭を振るい、誰も動く気配がないことを確認し、魔王はゆっくりといまだ戦いの続く兵たちのもとへ向かう。


「なんとかしのいだ、か。全員無事か!?」


 反射の盾を使って息を潜めていたアロンドが立ち上がる。切り落とされた左腕は、屋敷崩壊のせいで手元からなくなっている。


「こっちはなんとか」

「ヘイタのおかげで無傷です」


 平太は反射の盾を再現してラインと一緒に鞭の嵐をしのいでいた。


「ガウッ」


 グラースも瓦礫のダメージだけですんだようで、ぼろぼろではあるがしっかりと四本脚で立っている。


「サイニーッサイニーッどこだ!?」

「……ここよ」


 弱弱しい声が上がる。声のもとに行き、ラインが両手で口をおおい小さく悲鳴を上げる。

 腹を真横に切られたサイニーがいた。胴はかろうじて繋がっている状態だ。

 やけどのおかげで流血は少量ですんでいる。激痛を感じてはいるもののすぐに死ぬようなことはないだろう。


「ライン、治療をお願い。宝珠を使えばもしかしたらどうにかなるかも。できなくても恨みはしないわ」


 自身の状態を把握した瞬間、強力な治癒能力を持つラインといえどもここまでの怪我は治癒できないと考えた。

 やれるだけやって駄目ならば、自分はここまでだろうとサイニーは結末を受け入れる。

 受け入れられないのはラインだ。


「どうにかしてみせます! だから治ると信じてくださいっ」

「頼んだわ」


 痛みを我慢して、笑みを見せて信頼を表す。

 それに応えるようにラインは宝珠を力強く握りしめ、能力を使い強く願う。

 光がサイニーを包む。その強い輝きは目を開けていられないほどだ。

 強い想いが能力に応えたか、それとも宝珠が存分に効果を発揮したか、光が治まったそこには傷一つないサイニーがいた。

 サイニーは起き上がり、自身の体を調べると微笑みを浮かべて、疲れた様子のラインに抱き着いた。


「ありがとう。どこも異常はないし、痛みもない。信じた通りに治療されている。あなたは世界一の治療の使い手ね」

「よかったっよかったです!」


 サイニーを抱き返して、安堵の涙を流す。


「ほんとによかった」


 サフリャもほっとしたように大きく溜息を吐く。


「さてアロンド、これからどうする? 逃げる? それとも」


 サフリャたちと同じく安堵した表情で平太は問う。

 逃げるならば魔王がこちらに気づいていない今が最適だろう。

 平太は正直再び魔王の前に立つのが怖い。だがここで逃げても元の場所に帰りたいなら再戦はしなければならないのだ。

 再戦が今か後かの違いで、アロンドがどういった結論を出しても受け入れる。


「……」


 アロンドは迷う。一度退いて万全の状態で挑みたい、その思いはある。

 それを選んでも仲間は恨まないだろうし、兵のまとめ役や精鋭組も非難しないだろう。

 犠牲になるのは今魔王が向かっている兵たちだ。

 父の思いを抱いてここに立っているアロンドには、彼らにもまた大事な家族がいると思うと退くということに躊躇いがある。


「……退かず戦いたい。これは俺個人の意見だ。皆が退きたいというならそちらを優先する」

「戦う場合はどのように戦うつもり? 無策で突っ込むっていうなら反対なんだけど」


 サイニーが立ち上がり尋ねる。


「やるなら超短期決戦かな。長期戦はあの鞭が何度も振られるってことだろうし、あれ以上の攻撃ないともかぎらない。あっちに攻撃させる暇なく押し切るのが理想。その上で聞きたい、実現可能な策があるか」


 アロンドの提案に皆それぞれ考え始め、まずラインが疑問に思ったことを口に出す。


「魔王にとどめか大ダメージを与えられそうな攻撃はどのようなものでしょう? その手段がなければ倒せないと思います」

「宝珠を使って獣の力を強化したサフリャか同じく宝珠を使って能力を強化したサイニーのどちらか」


 アロンド自身は有効手段がないとわかっている。そのため挙げた二名が主力だろうと判断する。平太は冷凍砲を使っての弱体化に力を注いでほしいので、候補として挙げなかった。


「私とサイニーが攻撃を当てる段取りは?」

「魔王の足を止める必要がある。それには……俺がしがみつくか?」


 自己犠牲を元に作戦を立てようとしているのかとアロンド以外全員の表情が歪む。

 それにアロンドは自己犠牲じゃないと言い、考えを話す。


「カレルの宝珠で反射を強化したうえで、自身を包めばしばらく炎を弾くことができる。反射が続いているうちに魔王に組み付いて、ヘイタに冷凍砲を使ってもらって、魔王を弱体化。次にサイニーに攻撃してもらう。そのあとグラースにハルバードを冷やしてもらってサフリャが全力で攻撃。こんな流れを思いついた」


 基本的な流れとして異論はでない。

 魔王の抵抗もあると考え、サフリャとサイニーの順序を逆にする流れもありだと話し合う。サフリャが吹っ飛ばし、サイニーが攻撃を当てるという流れだ。

 ほかにアロンドが組みつくために冷凍砲を囮にするのもありだと意見が出る。

 これらの考えを整理して、どういった流れで戦うか、離れた位置で待機することになるラインに判断を任せることになった。


「これで無理なら退く。いいわね?」


 サイニーがアロンドに確認し、アロンドも頷く。

 完全ではないものの傷の治療も終えて、一行は魔王を追う。

 地上から二メートルのところをゆっくりと移動していた魔王に追いついたのは、廃墟からもう少しで出るといった場所だ。

 グラースに冷気を放ってもらい、魔王の気を引く。


「行こう」

「おっけー」


 強化された反射を身にまとい走り出すアロンドを盾にする位置で平太も走る。

 グラースはサフリャのハルバードを冷やし始め、サフリャは獣の力をハルバードに宿す。そしてサイニーはカレルの宝珠を片手にいつでも能力を使えるように準備を整える。

 魔王はアロンドに向けて火炎砲を放つ。


「これは避ける」


 そう口に出してから右に避ける。平太も同じ方向に動いた。

 魔王との距離が十メートルを切る。

 魔王は再び攻撃をしかけようとするが、今後は溜めが長かった。


「これは強烈なやつがきそうだ」

「なんとか耐えて」

「ああっ」


 平太が真後ろに来れるように、アロンドは速度を落とす。

 そうして魔王との距離が五メートルもなくなり、幅が四メートルほどある太い火炎砲が放出された。

 アロンドと平太は白熱の炎の中に消え、無事かどうかわからない。

 二人の無事を祈り、サイニーたちはじっと機会を待つ。

 普通ならばあっというまに燃え尽きてしまうような炎の中から一本の腕が出てきた。


「っ!?」


 無言の魔王の表情に驚愕が刻まれた。

 魔王に向かって伸ばされた手は止まらずに、魔王を掴む。


「今だっヘイタ!」


 完全には遮断できなかった暑さで、汗だくのアロンドが平太を呼ぶ。

 同じく汗だくの平太が左手にカレルの宝珠を再現し、右手で冷凍砲を魔王の腹めがけて放つ。

 平太が無事だったのは、目の前で使用された全身を包む反射を再現していたからだ。

 凍てつく烈風が、魔王の体を急激に冷やしていく。ダメージを受けた様子はないが、魔王の体からは炎がでなくなっており、弱体化に成功しているらしい。

 動きも鈍らされているようで、アロンドを振りほどこうとしてできないでいる。


「サイニーッ」

「鋭き氷の柱よ、彼の敵を貫き打ち破れっ!」


 ラインの合図を受けて、サイニーは宝珠の力を借り直径一メートル近くで長さ五メートル以上の氷柱を生み出し、ドリルのように回転させて魔王めがけ打ち下ろす。

 かすっただけでも大ダメージを受けそうなそれを、魔王は火炎砲を当てることで阻止しようとする。

 けれども弱体化している現状では、氷柱を止めることはかなわず、少し溶かしただけでその身に受ける。溶かしていなければ貫かれていたかもしれない。

 アロンドはぶつかった衝撃で魔王から離れて地面に転がっている。

 氷柱は魔王を地面に押し倒しそのまま回転し続けて、勢いを弱くし横倒れになる。

 苦悶の表情を浮かべた魔王は反撃のため立ち上がる。

 そこに準備を万端に整え、突っ込んできたサフリャが間近に迫る。

 ハルバードは人が握るには困難なほどに冷え切っている。そのため手を離すときには皮がはがれるだろう。正直手の感覚は消えている。それがどうしたと手に力を込めてサフリャは吠える。


「おおおおおおっ!」

「っ!」


 魔王は咄嗟に圧縮した炎を自身の前に生み出す。

 それを放とうとした一瞬前にサフリャがハルバードを横薙ぎに振り切った。

 渾身の一撃であるそれは、魔王の胴体を深々と切り裂いた。

 くしくもサイニーと似た状態になった魔王。その魔王を治療する者はおらず、起きようともがいて徐々に動きを鈍らせていった。

 そして動きが止まる。

 武器を構えていたサフリャは、警戒して魔王に近寄る。ピクリともしない魔王へとハルバードを振り下ろすと、あの頑丈さが嘘だったかのように刃が刺さる。それでも動かない魔王を見て、全員が終わったと判断し、その場に座り込む。


 魔王死亡の影響はすぐに表れた。

 兵たちと戦っている魔物が急に動きを止めたかと思うと逃げ出し始めたのだ。

 魔物と一緒にいた角族は魔王の気配が消えたことに動揺し、兵たちの攻撃を受けて傷ついていく。

 兵たちは勢いづき、魔物は完全に逃げの体勢に入り、生き残っている少数の角族は戦いを続ける者や魔王の様子を見に廃墟に戻る者とわかれる。

 廃墟に戻った角族は魔王を探してさすらい、戦いを終えて休憩していたファラードたちやアロンドたちの回収に向かっていたカイドルたちと遭遇し、倒されることになった。


「おおーっお前ら! よくやった!」


 平太たちを見つけたカイドルたちが喜色満面に走り寄ってくる。

 座ったままアロンドが無事な腕を上げて勝利を告げる。


「勝ったぞ」

「うちのメンバーが見ていた。激戦だったらしいな」


 サイニーの破れた服やアロンドの斬り飛ばされた腕を見てカイドルたちは顔を顰める。


「ああ、この腕か。心配しなくていい、ライン様が治療できるから。ただ最初に魔王と戦っていた場所でなくしてな。それを探さないといけない」

「俺たちが行こう。と言いたいところだがそれは後回しでいいか? まずはなによりお前たちを無事陣地に連れ帰らないと」

「わかった」


 生き残った角族がアロンドたちを襲撃するかもしれない。そんなことになったら魔王討伐を喜ぶところではない。

 カイドルたちに護衛されアロンドたちは廃墟を脱出する。


「英雄たちの凱旋だ!」


 兵たちは歓声をもって迎え、アロンドたちはそれに手を振りつつ城壁に入る。

 城壁の上でしばし声援に応えてからテントに戻ったアロンドたちは、武具を外して放り出し、いつもならばやる点検もせずに寝転んだ。

 ひきつけた魔物との戦いを終えたファラードたちも似たようなもので、たいして疲れていないカイドルたちは城壁警備に残っていた兵と一緒に廃墟の見回りと腕探しに向かう。瓦礫に埋まっていることも考えて、そこら辺の知識を持つ兵も同行している。

 見回りや倒した魔物の回収、怪我人の治療、遺体の回収などなどやることは多かった。だが平和を取り戻した彼らの表情は笑み一色で、賑やかな雰囲気のまま作業が続いていった。

 そうして魔王を倒した翌日、盛大に祝いの宴が開かれた。主役はこの場にいる皆だ。

 城壁の上からまとめ役が開始の挨拶を始める。


「魔王が倒れ、平和は我等の手に! 殊勲は魔王討伐をなしとげた彼らだが、ほかの者たちの活躍も十分に褒めるに値するものであるっ。今ここにいる者たちが、倒れていった者たちが、皆が英雄であると私は思う。勝ち取った平和を祝えっ喜べっ。まだほかの者たちは知らない平和を一足先に謳歌するがいいっ。乾杯!」


 まとめ役が酒杯片手に上機嫌に宴開始を告げて、あちこちから乾杯の声が上がる。

 笑顔、笑い声、楽器の音、この場でできる贅を尽くした料理、祝いの雰囲気が陣地を満たす。

 一番の盛り上がりを見せたのは、カイドルたちが話す魔王戦の様子だろう。

 建物内での戦闘過程は能力でも見えなかったが、そこはアロンドたちから聞いたままを話す。

 建物が崩壊し一度敗れたところで聞き手はどよめき、再戦を決めて動き出したところで感動の声を上げた。

 かっこよく語られる自分たちの話に、アロンドたちは照れくささと居心地の悪さを感じながら、戦いを思い返す。

 誰が欠けても勝利はなかった。思い返してみると、改めてそう思えた。

 仲間の大切さありがたさをしみじみ実感している間に、カイルドたちの話が終わる。皆は英雄譚に感じ入った様子だったが、一つの疑問が残っていた。

 それは平太の能力だ。城壁を作ったことで土や建築関連の能力と考えている者が多かったが、話の中では冷気を操り、アロンドと同じ能力も使っている。色々なことができる能力に皆心当たりがなかったのだ。

 どういったものなのか疑問の声が誰かから上がる。


「どうする?」

「目的はなしとげたし、話してもいいかな」


 あとは帰るだけだと、平太は能力を説明する。

 反則ともいえるそれに感心、驚き、羨みといった様々な反応が生まれる。だが共通している考えもあった。

 それだけの能力がなければ魔王と戦えないのだろうというものだ。

 様々な感情は置いといて、平太が魔王討伐に参戦したことを素直に感謝し、宴を楽しむことにする。

 宴は一日中続き、翌朝撤収作業が始まる。

 平太たちが起きてすぐにやったのは、アロンドの腕を繋げることだった。

 カレルの宝珠を再現し、それを使ってまずは回収した左腕の治療を行う。綺麗になったそれを、治療せずにいたアロンドの左腕の傷口に当てて、念のためまた宝珠を使って治療する。


「どうでしょうか?」


 やや不安げにラインが尋ねる。

 アロンドは左腕に力を入れる。ピクリと指が動き、グッと力を込めると以前と同じように指は動き、違和感もなにもなかった。


「大丈夫ですね。ありがとうございます」

「よかったです」


 ほっとしたように微笑み、ラインはアロンドの左腕を抱きしめた。

 サイニーもアロンドの右腕をとって抱きしめた。

 魔王討伐を終えた今、アロンドが二人の好意に応えることへの障害はない。そのことを思い出しアロンドは二人への気持ちを真剣に考えていくことになった。といっても結論を出すのに時間を必要とはしなかった。好意というならアロンドにもたしかにあるのだ。それが友人への好意か恋愛かはさておき、結婚して一緒に暮らすということを想像して嫌だとは思わない。結婚してから育む愛もあると聞く。

 こうしてアロンドは撤収を終えて帰るまでに、二人に返事をすることになる。

 重婚に関してはアロンドに疑問などない。貴族であるなら妾は珍しくもないのだ。

 アロンドからの返答に舞い上がる二人を平太が見ることはなかった。

 ファブルクとその親神である大神シューフルンが平太を迎えにきたのだ。

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[一言] バーニスはFF5のギルガメッシュみたいに敵方なのに憎めない位置付け…ゴースト化しなければ。 バーニス「このままでは済まさんぞぉぉ」 サフリャ「負け犬の遠吠え、ね。」 平太「心地好いなぁ」←平…
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