46 前哨戦
平太たちは二週間ほどあちこちさすらい、魔物と戦い、陣地に戻って三日休息をとり、また鍛練に出る。これを三度繰り返した。
この鍛練の間に、四体の角族を倒している。暴れている人間がいると知った角族が、襲いかかってきて返り討ちにしたのだ。
バーニスよりも弱い角族ばかりだったが、成長の糧にはなった。
彼らが三度目の鍛練から戻ってきて休んでいるときにドークが訪ねてくる。
「今回の鍛練はどうだった? また角族を倒してくれているとこの先の戦いで楽になるんだが」
「一体倒したよ」
倒した角族の詳細をアロンドが話す。
元人間の角族で、大地を操る能力持ちだったらしく、足場をでこぼこにされ動きを制限された。攻撃を避けるために自身の足下を大きく隆起させたりと、強いというより厄介といった感じの敵だった。
活躍したのは足場の悪さをものともしないサフリャだ。相手の手の内さえわかれば、たいした苦戦もせずに勝ちを得ることができた。
「倒したか。ありがたいことだ」
魔王陣営にどれだけの角族がいるかはわからない。だが無限ではなく、一体倒せばそれだけ相手の戦力が減る。戦力が減るということは、ひきつけるために戦う者たちの生き残る可能性が増えるということだ。戦う者たちは死を覚悟して魔王討伐戦に挑むのだろうが、犠牲は少ない方がいい。
「今後の予定だが、一ヶ月前に話したような流れで進む。兵の集合場所はここだ。もう一度鍛練に出て戻ってきたら、集まり始めているだろうな。彼らとの顔合わせや話し合いに参加してもらいたいから、外に出ての鍛練は次で終わりになると思ってくれ」
「わかった。兵はどれくらい集まりそうなんだ?」
「多くても一万はいかないだろう。自国の守りをなくすわけにはいかないだろうからな。その分、質は期待できるということだ」
「数千人か、賑やかになるな」
「頼もしさもあるが、今から諍いの対処に頭が痛い」
現状でも人間関係でのトラブルはあるのだ。人が増えればそれだけトラブルも増える。仲間割れで自滅だけはしないように今から部下たちと綿密な対策を練っている。
そちらには協力できないアロンドたちはガンバレとしか言えなかった。
休息を終えて、鍛練に出た平太たちは二体の角族を倒し、陣地に戻ってくる。
遠目にもわかるほどテントの数が増えており、小さな町よりもたくさんの人間がいそうだ。
入口に建てられた看板には、各国の滞在地の割り振りが描かれていて、それによるともともとの陣地を居住地から外し、会議場や調理場や物資置き場といった施設に変えていた。もともとの陣地で寝起きするのは、ドークといったまとめ役やアロンドたちのような精鋭たちだけだ。
看板でどのような配置になっているのか確認した平太たちは、狩ってきた魔物の骨や皮を職人に渡して、自分たちのテントに戻る。
テントに戻る途中で、歩いている平太たちを見かけたドークが声をかけてきた。
「戻ってきたか」
「ただいま。人が増えたな。トラブルは起きているのか?」
そう尋ねたアロンドに、そこそこだとドークは答える。問題となるほどには起きていないようで、心労は見えない。
「アロンドだけでもいいんだが、これから一緒に来てほしいのだが」
「俺はいいけど、なんでだ?」
「トップが交代したのだ。俺よりも上の地位の者がきたのでな。軽く顔合わせはしておいた方がいいだろう」
「わかった」
そういうことだからとアロンドは平太たちに言い、ドークについていった。
平太たちはテントに向かい、武具を脱いで、思い思いに作業を始める。
グラースが日向ぼっこをして、女性陣が洗濯を、平太は武具の点検を行う。毎日武具の手入れをかかしていないおかげで、細かな傷以外に問題はない。もちろんシャンロが頑丈に作ってくれたおかげでもある。
そんなふうに過ごしていると、隣のテントを使っている者たちが戻ってきた。
その中の一人、三十才なかばの男が近づいてきた。無精髭で、くたびれた雰囲気をまとっている。
「よう、隣のテントを使っているもんだ。お前さんたちが帰ってきたら一言挨拶しようと思っていた」
平太はアロンドの剣を鞘に戻し、男に視線を向ける。
「ども。俺は秋山平太。うちのリーダーは少し席を外しているんだ」
「そうか。こっちは俺が一応リーダーだな。名前はカイドルだ。そっちは全員が修練場で能力を上げたんだって? 俺もそうなんだ」
「あんたが俺たち以外に能力を上げた一人なのか」
会話が聞こえていた女性陣も手を止めて、カイドルに興味深そうな視線を向ける。
女からの注目が集まり悪い気はしないのか、相好を崩す。
「ほかにもこっちに来てんのかな」
「ああ。少し離れたテントで寝泊まりしている。ちょいと性格に難があるが、悪い奴じゃないと思う」
「難? どういった人なんだ?」
「女王気質とでもいえばいいのか、男を従わせているな。良い男がいれば、ちょっかいかけて自分の仲間に引き入れようとする。しつこくはないからたいしたトラブルも起きてはいない」
「へー、うちのリーダーかっこいいから狙われるかな」
会っていないその人物に対して、サイニーとラインの警戒度が上がる。
「そっちのリーダーは筋肉質か?」
「いや、鍛えてはいるけどムキムキじゃないよ」
「だったら問題ないな。あいつはがっしりとした体格の奴が好みなんだ。男っ気がむんむんの奴を従わせるのが気分いいらしい」
カイドルの返答で、サイニーとラインの警戒度がガクンと下がる。
そのわかりやすい反応に、カイドルは笑みを浮かべた。
「その集団に夏場は近づきたくないね」
平太は、海パン一つでスマイルを浮かべたボディービルダーの集団の中に黒ボンテージを着た女がいるところを想像し、ひいた表情を見せた。
「精鋭として一緒に行動するから、近づかないってのは無理だな」
「うへぇ」
嫌そうな表情の平太をカイドルは笑う。
「戦いでは頼りになるから、そう嫌ってやるな」
「強い?」
「あっちの能力は、自分以外の複数人の身体能力を上げるってやつでな。ごつい武器を振り回して、魔物を蹴散らすって戦い方だ」
「ということは、カイドルさんが調査隊にいるっていう人だったんだな」
「おう。俺は自分を含めた複数人を隠密行動させることができる。できるだけ戦いは避けて、仲間の遠見や気配感知で情報を集めていた」
「能力ばらしていいの?」
「ばらして問題ない能力だからな。それに詳細は言ってない」
一緒に行動していれば、ばれる能力だ。隠すほどでもないと判断した。
「じゃあ俺もと言いたいところだけど、ちょっとばらしたくないんだ。できることは多いよとだけ」
「まあ、隠すのは珍しいことじゃない。そっちの仲間でばらしいでいい奴は?」
平太は女性陣を見る。三人から小さく頷きが返ってきた。
その仕草から詳細は避けた方がいいかなと考え、簡単に答えることにする。
「あの三人は、治癒、水を操る、獣人。あとそこで寝ている子が冷気を操るよ」
寝転がっているグラースをカイドルは驚いた表情で見る。能力持ちの魔物を見たのは初めてなのだ。
「治癒持ちがいるのはありがたいな。それと祝福持ちの魔物もいるのは予想外だ。どうやって仲間にしたんだ」
「あの子の住んでいるところが角族に襲われたんだよ。その報復を群が望んでね。同行してもらえることになったんだ」
「角族と魔物は手を組んでるとばかり。反発する魔物もいるんだな」
「群の子供を誘拐されて、無理矢理従わされたからね。しかも子供はほとんど死んだ。そりゃ反発もするだろうって話だよ」
「あー、納得した」
頷いているカイドルの向こうに平太は、話を終えて戻ってきたアロンドの姿を捉える。
「うちのリーダーが戻ってきたよ」
「どれどれ」
振り返りアロンドを見る。
アロンドも見知らぬ男を気にしたようで、カイドルに視線を向けている。
二人は軽い挨拶から始めて、雑談に移っていく。
平太はそれを聞きつつ、武具の点検を再開する。
遠出を控えて平太たちは暇になったかというとそうでもない。
日々の鍛練、一緒に行動することになる者たちとの交流や模擬戦、まとめ役たちが開く会議への参加とやることはあった。
模擬戦の結果、精鋭の中でもアロンドとサイニーとサフリャの勝率が飛びぬけていた。これはカレル直々の修行のおかげだろう。
平太は中ぐらいで、ラインは最下位辺りだった。平太は能力を使いたがらなかったからで、ラインは回復役ゆえに攻撃手段が乏しかったからだ。
この結果から、魔王と戦うのはアロンド組に本決まりとなった。ほかの者たちは露払いが役目になる。
精鋭たちの間に少しだけほっとした空気が生まれたのは、自分たちの実力では魔王に届かないと自覚があったからなのか。
本気で魔王に挑むつもりならば修練場に行って実力アップを図るだろう。それをしていないということは、魔物とは戦う気があっても魔王と戦う気はなかったともとれる。そこら辺を修練場突破組が指摘することはなかった。
兵が集まり、輜重隊も整って、出発の日がやってくる。
まとめ役の号令で出発し、バロシスへと向かい始める。
皆の歩調に合わせるため平太たちも歩きになる。
団体で移動していれば目立つもので、魔物の群や角族にみつかり戦いが何度も起きる。魔物は兵が倒し、角族は精鋭が倒す。
角族をたやすく蹴散らす精鋭たちの姿は兵に勇気を与え、士気は衰えることなく進軍が続いた。
そして予定していた初秋にバロシスに入り、廃墟まで徒歩二時間といった場所に到着した。
討伐軍はここらに陣を作ることにする。
軍が止り、平太は魔王討伐以外に任されたことを行うためアロンドに声をかける。
「じゃあここに来るまでの話し合いで伝えたとおり、ちょっと行ってくる」
「ああ、頼んだ。あそこまでできる再現はありがたいな」
「以前はできなかったんだけどね」
平太は念のためサフリャとグラースを護衛にして、軍から離れて十分ほど歩く。
「ここらでいっか。じゃあ始めるよ」
「警戒は任せて」
「ガウ」
サフリャとグラースの返事を聞いて、平太は三段階目の再現を使う体勢に入る。
脳裏に思い浮かぶのは、以前再現しようとして失敗したもの。
再現したいものをしっかりと思い出し、能力を発動させる。
「あらわれろっ城壁!」
一瞬にして、一面だけではない以前見た四方の囲まれた城壁が平原に出現する。
成長したおかげか、それとも能力が三段階目になったおかげか、以前見た城壁そのままだ。
再現使いの伝説の一つ「一日城壁」はこうして生まれた。
離れた位置から見ていた兵たちは、どよめきを上げ、すぐにそれは歓声に変わった。
魔物と戦うにあたって、頑丈な防御施設はありがたい。もちろん兵たちも木で柵を作るが、安心感では比べものにならない。
「ふー、城壁に問題なしっと」
「体に異変は?」
ここに来るまでに一度試しに再現していて、異常はでないとわかっているが、念のため尋ねる。
「体にも異常なし」
安心したようにサフリャは頷く。
中を見ようと平太たちは大きな入口から入る。
城壁の中は、軍全員が入ることはできない広さで、半数が入れば狭くなるだろう。壁のいくつかには上に上がるための階段があり、上がった先には人二人がすれ違うには狭い通路がある。
その通路に並んで城壁に向かってくる者たちを見る。
「いまさらながら思うけど、こんな目立つ形で再現を使ってよかったの?」
「使った方が犠牲は減ると思ったんだよ。それに魔王を倒せば帰るから目立っても問題はないだろうって思ったのさ」
「未来までは追いかけられない、か。少し寂しくなるわね」
「グラースとはまた会えるけどね」
隣で座っているグラースの頭を撫でる。グラースはゆらゆらと尾を揺らしている。
どういった事情で封印されるのかはわからないが、再会は決定しているため別れるときに寂しさは感じないだろう。
そんな平太とグラースを少し羨ましそうに見るサフリャ。
「魔王を倒したらすぐに帰るの?」
「そこらへんは手紙に書いてなかったからわからないねー。まあさすがに倒した直後に帰るってことはないと思う」
「しばらくこっちに滞在したらいいのに……そしたら再現で復興の手伝いをしてもらえる」
「滞在したら便利に使われそうだ」
笑いながら平太は言う。
こき使うから覚悟しなさいと笑みを含みながらサフリャが返す。
二人がそんなことを話しているうちに、兵たちが城壁内外で陣を作っていく。
同時進行で狩りに出る者、枯れ枝を集める者がいて、カイドルたち調査組も平太が再現で出した双眼鏡を手に魔王のいる廃墟偵察に出ていった。
その夜、戻ってきたカイドルたちやまとめ役を交えての会議が開かれる。
「敵陣はどうだった?」
まとめ役がカイドルに尋ねる。
カイドルは手作りの地図を広げて、陣地に指を置く。
「俺たちはここから真っ直ぐ目指さず、廃墟まで続く道を避けて右手にあった森などを通り、遠回りするように進んだ。道中に魔物の姿はよく見られて、大型の魔物の姿もあった。それらを無視して廃墟に近づいた。廃墟は丘とは呼べないけど、少しだけ高い位置にあった。中には入らず、ぐるっと外を一周して観察した。外から見たところ、壊れた家の瓦礫で歩きにくそうだったな。あの中で戦う際は足下に注意が必要だろう」
ここで一端きり、水を飲んで続ける。
「町の広さは、そうだな端から端まで歩きで四十分くらいか。中になにかいたかだが、当然いた。魔物もいたし、角族らしき姿もあった。もちろん魔王もいた。仲間があまり崩れていない建物の中に強い火の気配を感じ取った、あれが魔王だろう。場所は町の北西だ。とりあえず情報はこんな感じだ」
「廃墟にいる魔物の数はどれくらいだ? それと魔物は集められたものだろうか? それともたまたま居ついているだけだろうか?
まとめ役が聞き、カイドルは少し考え込む。
「たしかなことは言えないが、暗い場所を好む魔物もいたことから集められたものなんだろう。数は町周辺のものも含めて千匹もいないはずだ」
「その千匹は雑魚ばかりではないんだろう?」
「大物だとグラードオーガ、豪炎狒々、ビッグロックボア、古妖樹。こんなところか」
これらは平原にはまず出てこない魔物で、森の奥地などに自身の縄張りを持って君臨しているような魔物だ。
強さも並の兵士が数人で挑んでも勝てないほどで、上位のハンターや王から直々に命を受けた騎士たちが動くような案件になる。
アロンドたち精鋭ならば倒せるが、魔王討伐という困難な目標があるため任せることはできない。できるならば頼りたいが、まとめ役はその素振りも見せず、苦戦確実な戦闘を明確に予想しつつ話を進める。
「黒鎧のことを考えると、手強いのはもっとほかにもいそうだな。それらの相手は私たちがするとして、精鋭部隊は裏手に回って突入という形でいいかね?」
まとめ役が聞き、アロンドたちは頷きを返す。
目指すは魔王の首一つ。首級をあげ、あちらの動揺を誘うことが苦戦するであろうまとめ役たちにとって、なによりの手助けになるとわかっていた。
戦闘開始はあちらが動かなければ、十分に体を休めた二日後ということになる。
会議は終わり、平太たちは城壁の中に建てられたテントに向かう。
精鋭部隊は見張りなどを免除され、城壁の中で魔王戦に向けて英気を養うよう手配されている。
その配慮に甘えることにして、平太たちは軽く体を動かしたり、武具の点検などをしてゆっくりと過ごす。
翌日の昼過ぎ、城壁の上で周囲を見張っていた兵が警鐘を鳴らす。
大勢の人間が動いているのに魔王側が気づかないわけがないのだ。人間側を潰すためか、様子見か、思惑は不明だが大物を含めた魔物の群が迫っていた。
「ひとまず城壁に上がって規模や位置を把握しよう」
アロンドのこの提案に平太たちは頷いて、慌ただしくなった城壁内を動く。
城壁には同じことを考えた者たちがいて、魔物のいる方角や伏兵を探して別の方角を見ている。
魔物の多くはグラースのような獣型だ。百体はいないだろう。その中にグラードオーガが二体、ビッグボックボアが数体混ざっている。
「魔物はあれだけで、伏兵や角族の姿はなしっと」
俯瞰の能力で周囲を確認した平太が皆に知らせる。その上でどう動くか問う。
考えられる動き方としては明日に備えてこのまま見物か、疲れない程度に加勢するか、大物はこちらで倒すかの三通りだろう。
「ここしばらく戦ってなかったし勘を取り戻すためにも軽く戦う。大物は基本的に他人任せ」
これでOK? とアロンドが尋ねて、頷きが返ってきた。
アロンドたちは小走りで城壁から出て、既に戦闘準備を行っていた兵たちに混ざる。
兵たちは魔物より少し多い数を出して対峙している。そしてある程度距離が詰まると、遠距離攻撃の能力持ちや弓持ちが魔物へと攻撃をしかける。
いくらか足を止めた魔物もいるが、ほとんどはなにかに追い立てられるように人間の陣地へと走り続ける。
角族に脅されているんだろうと言う平太に、サフリャがそうねと頷く。
どの魔物に注意したらいいかなど話しているうちに、兵と魔物がぶつかる。
高位の魔物以外には苦戦する様子は見せず、兵は戦っていく。
高位の魔物には精鋭には劣るものの、準じた実力者が集まり戦う。アロンドたちは彼らの戦いを見守りつつ、少し離れた位置で魔物と戦っていく。
戦いは一時間ほどで終わり、人間側の勝利だった。
重傷者は出たものの死者はゼロで、対魔王戦にはずみがつくと良い雰囲気が陣を包む。
そのまま雰囲気よく時間が流れ、深夜にそれは崩れ去った。
寝ていた者さえ即座に起きる、そんな熱と殺意。それが陣を包む。
平太が起き上ると同時に、アロンドとグラースもまた体を起こした。
「これは」
魔王なのかと続けようとした平太の言葉に重なるように悲鳴が上がる。
「出るぞ」
そうアロンドに声をかけられて、急ぎ武具を身に着ける。
テントの外に出ると、城壁の向こうが明るかった。
アロンドと平太とグラースは急いで城壁から出る。
そこにはあちこち燃え盛り、やけどを負った兵たちが泣き叫ぶ、目を背けたい光景が広がっていた。
光景を作ったものは少し離れたところに浮かび、紅の瞳になんの感情も浮かばせず見下ろしていた。
体は自らの熱で焼けたのか、黒や茶のまだらで、髪もない。体には血のようなほのかに赤く光る筋がはしり、いたるところから炎を噴出させている。頭部には額に一本、側頭部に二本の黒い角が生えてた。
「グラース、冷気を周囲に放出頼む」
魔王から目を放さずに平太は頼む。
すぐにグラースは弱い冷気を放出し、周囲の温度を下げていく。
自身の生み出した熱を奪うものに関心が向いたか、魔王の視線が平太たちに固定される。
相変わらず感情は感じさせないが、強者からの圧力は感じ取れた。カレルとの模擬戦がなければ、体がすくんで動きが鈍くなっていたかもしれない。
アロンドたちは視線を真っ向からうけて立つ。今地に伏す者たちは震え、泣き、恐怖を抱く。けれどもアロンドたちにそれはい。戦意を宿した瞳で火の魔王と称される存在を見る。
魔王の口が小さく笑みをかたどる。自身の前に立ち、戦いの意思を宿す者。弱者のみを打倒してきた魔王にはその戦意は心地よいものだった。自分にかしずく者や怖がる者がほとんどで飽き飽きしていたところだった。たまには反抗的な者の相手も面白い。そう考える魔王には、自身が負けるという考えはなかった。
すっと魔王の腕が上がり、手のひらがアロンドたちに向けられる。その手のひらにポッと小さく火が生まれ、すぐに大きく膨らんだ。
「盾よ!」
アロンドが盾を生み出す。
その盾に向かって収束された炎が叩き付けられた。
収束火炎砲と呼ばれるそれに盾は数秒ももたなかった。だがその数秒で平太が動くことができた。
「冷凍砲っ」
魔王と同種の攻撃が盾を壊し進む火炎砲とぶつかる。
魔王が放つものと同種とはいえ、平太の冷凍砲はただの魔物が生み出したもの。威力の差ですぐに押され始める。
そこに手助けが現れる。
火炎砲には水球がいくつも飛び、魔王にはいくつかの大きな石が飛ぶ。火炎砲は威力を減少させて、冷凍砲と拮抗状態になる。石は空いている手から出た炎で撃ち落とされた。
遅れて出てきたサイニーとサフリャだ。そばにはラインもいる。
魔王はその三人にも視線を向けて、恐れず自身を見返す者が増えたことで笑みが深くなった。
火炎砲を止めて、魔王は自身の周囲に百ほどの火球を生み出す。そしてそれを上空へ打ち上げ、勢いよく地上へとばらまいた。
その結果を見ずに魔王は廃墟に去っていく。雑魚を蹴散らしに来ただけだったが、明日以降の遊戯のごとき戦いを思い、上機嫌だった。
魔王が去ったあと、平太たちは火を消し、怪我人を治療するため駆けまわる。
その途中でまとめ役の使いの者が来て、休むように伝えられた。魔王への戦力をこんなところで疲弊させるわけにはいかなったのだ。魔王をまとめ役も目にして、対峙する平太たちも見た。改めて魔王には精鋭をぶつけるしかないと理解したのだ。
後ろ髪をひかれながらも平太たちはテントに戻って寝る。
翌朝、起きた平太たちを兵が呼びに来る。その兵と一緒に落ち着きを見せた城壁内を歩く。怪我を治療した者が目立ち、昨夜の勝てるという雰囲気も消え去っている。
「よくきてくれた」
テントに入るとまとめ役やドークが出迎えてくれた。
彼らに挨拶して、椅子に座る。
「こうして呼んだのは聞きたいことがあったからだ。正直に答えてくれていい。魔王に勝てると思うか?」
そう尋ねるまとめ役の内には弱気もあるのだろうが、それ以上に確実な勝利のための思いがある。
実際に魔王を目にして、今のアロンドたちだけでは戦力が足りないのではと考えたのだ。ここで力が足りないと返ってくれば、一度退いて修練場に何人も兵を送り込んで戦力アップを図るつもりだった。
この質問に対し、アロンドは明確な答えは返せなかった。
「お互いに全力というわけではなかったから、なんとも。絶対勝てるとはいえないけれど、勝ち目がゼロというわけでもなさそうだった」
「そうか、無理だと言われたら退くつもりだったんだが。今回のことでわかった。魔王には有象無象をぶつけても意味はない。お前たちのように鍛えた上げられた者でなければ、戦うことすらできない。そのお前たちが無理というなら、もっと修練場に行った者を増やしてぶつかっていくしかないと考えたのだ」
それは犠牲者が増える考えだ。
修練場に行って死ぬ者もいるだろう。退いてまたここに来るまでに角族や魔物が暴れて死ぬ者も出てくるだろう。
しかし魔王を倒すには必要な犠牲だと割り切るしかない。
アロンドたちもここで退けば犠牲者が増えることはわかっている。それを嫌がって無理に戦って死んでしまったら元も子もないということもわかっている。
それらを元に考え、魔王討伐をどうするか、アロンドは仲間と話す。
まとめ役たちはせかすことなく結論を静かに待つ。
「行こうと思う」
「それは勝算あっての結論なのだろう?」
「うん。先ほども言ったが、魔王と対峙したときに俺たちは全力を出していない。それに無理ならカレル様がもっと修行を続けろと止めていたはずなんだ。あの方はめんどくさがりだけど、優しい方でもある。止めなかったということは、あの時点での俺たちでも勝率はあったということなんじゃないかって」
「小神様の判断か……うむ。では決めていた通りに動くとしよう。だが昨夜のことで準備がまだできていない。開始は明日でよいかな?」
アロンドたちは承諾し、いつ出発するか、魔王に負けそうになったら逃亡し合流はどうするか、といったことを話して解散になる。
そのあとは怪我人治療に協力し、早めに寝て明日に備える。




