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45 修行の成果

 鍛練を終えて山を下りる日がやってきた。

 まとめるような荷物はなく、礼と別れの挨拶を言えばいつでもここを離れることができるため、出る準備は出発の日にすませることができた。


「ではカレル様お世話になりました。神様じきじきの修行もありがたかったです」


 アロンドが、日本で人をだめにするソファーと呼ばれたものに寝転ぶカレルに頭を下げる。


「いいよいいよ。こうしたものをくれた礼だし」

「あれ出せこれ出せと申し訳ありません」


 気楽に片手をぶらぶらと振るカレルに変わって、フェアが深々と頭を下げた。

 それに対し平太は少しだけ困った様子を見せつつ、気にするなと曖昧に笑みを向ける。


「いやうんまあ、こっちとしてもありがたいこともあったし」


 カレルの部屋には平太がねだられて再現したものがいくつもある。マジックハンドなんてものから魔法瓶、ハンガー、ハンガーラック、パラソル、ビーチチェアといったものだ。

 これら欲しさに平太を留めたので、五十日という時間がかかった。実際は二週間ほど早く出発できたのだ。

 さすがにもらいっぱなしは悪いので、普段はしないカレルじきじきの模擬戦も行った。模擬戦は一対一やカレル対全員というものだった。手は抜いていたものの以前戦った黒鎧以上の強さで、魔王が目標の平太たちにとって良い経験となった。特にラインは戦況の観察や指示出しの練習ができて、ためになった日々だった。

 ほかにはカレルの持つ宝珠も再現することを許された。

 これには力を注ぐことができ、これの中の力を意識して能力を使うと、能力の効果が上昇するというものだ。

 使い切りの品で、魔王討伐に役立つだろうとカレルが平太に見せたのだ。


「そういえば聞こうと思って忘れてたんですけど、俺たち以外にも魔王討伐のため修練場に来た人はいるんですか?」

「ほかの修練場には来たね」

「見てきたように言いますね」

「ほかの修練場も私の管轄だからね。私の部屋からはどの修練場にも行くことができる。今はほかのところに誰も来ていないからここに滞在しているの」

「今は修練場にいないってことは既に西に行って戦っているのかな。合流して協力できるといいね。何人くらいいるんです?」

「四人」

「少なっ。修練場に来る人そんなにいないんですねぇ」

「今回の魔王が現れて百人近くは修練場に来たわ。そのほとんどが目覚めることがなかった」

「え? でも俺たち全員三段階目になってますよ」


 アロンドたちももう少しは試練を突破した者がいてもいいのではと戸惑いの視線を向ける。

 自分たちが受けた試練で死ぬことがあるとは聞いていたが、そんなに成功確率が低いとも思っていなかったのだ。


「今回の試練突破者は多いのよ? 私はこの結果に驚いている。過去三百人が挑戦して一人も成功しなかったこともあるし」

「それほどですか」

「逆に、なにかに選ばれたかのように一度に複数人が突破することもあるけどね」


 今回のように、と付け加えた。

 アロンドたちのように確率を突破するような者たちはなにかを成し遂げることが多い。だが確実ではない。今後も努力は必要で、慢心しないようにカレルはこのことは黙る。


「選ぶのは神なのでしょうか?」


 ラインの問いにカレルは首を横に振った。

 サフリャだけはカレルが少し手助けしたため、カレルが選んだともいえるかもしれない。そんなことをカレルは考えたが、表情には出さなかった。


「神ではないなにか。運命と呼ばれるものかもしれないし、助けを求める人々の思いが選ぶのかもしれない。それを知っているのは始源の神かしら」


 魔王退治が終われば始源の神に会う機会がある平太ならば、聞けるかもしれない。

 覚えていれば聞くだろうが、平太にとっての優先事項は帰還だ。おそらく帰還のことに集中して聞き忘れるだろう。

 ほかに聞きたいこともないので、ここらで下山することを伝える。

 お世話になりましたと全員で頭を下げ、山を下りていく平太たちの背が遠く小さくなるまで、カレルとフェアは見送った。


 山を下りると早速平太が期限なしで再現した車に乗り込み、ジャラッドから防具を受け取るためカターラに向かう。

 一日二時間という車の制限がなくなったことで、移動距離は飛躍的に伸びる。

 あっという間にカターラについた一行は、ジャラッドの工房に向かう。グラースは町に入ることができないため、森の中で待機してもらう。

 頼んでいたものはきちんと仕上がっていた。ジャラッドが手掛けたのは平太とアロンドとサフリャの鎧のみで、後衛組二人の魔物毛皮のコートは古株の職人が作っている。その職人も丁寧な仕事をしていて、決してジャラッドの作った鎧に劣るものではない。

 それぞれ受け取ったものを身に着けて、最終調整をする。

 平太は軽めの鎧を希望し、肩当のない胸と腹と背を守る金属鎧だ。色は特に希望していないため髪に合わせた黒だ。

 アロンドとサフリャは、平太のものに肩当と腰当てがついている。アロンドは色を父が身に着けていたものと同じ白を指定し、サフリャは指定しなかったので鈍い銀色になっている。

 後衛組のコートは膝を超える長さで、サイニーが深い青、ラインが濃い緑になっている。

 ジャラッドは五人のそれぞれの姿を見て、いい仕事ができたとほかの職人たちと一緒に満足そうに微笑む。そして魔王や角族のことを頼むと深く頭を下げた。

 カターラを出発し、次はシャンロに会いに行く。


「無事だったか! 良かった」


 修練場から誰一人欠けることなく戻ってきたことをシャンロたちは喜ぶ。

 ばんばんと背を叩くシャンロにアロンドは困った様子を見せるが、無事を喜んでくれることは嬉しく笑みも浮かぶ。

 そんなシャンロに促され工房に入る。

 シャンロはテーブルの上に、布に包まれた五つの武器を置く。


「ほとんどできあがっている。あとは握り手の調整と力を注いで所有者認証をすませるってとこか」

「所有者認証って初めて聞いたんだけど、どういったもの?」


 平太が手を挙げて尋ねる。


「これらのようにオーダーメイドでしっかり作られた武器の仕上げとして行うことでな。絶対しなけりゃいけないことでもない。やったところで特別ななにかが起こるわけでもない。手になじむのが早いってくらいだろう。俺としてはやってほしい。これらはお前たちのために生み出されたものだ。お前たちが誕生を認めて祝って共に進んでほしい。そう思っている」


 こう言われて否と言う気は起きず、平太たちは頷いた。

 平太とアロンドには剣。サフリャはハルバード。サイニーとラインには杖。

 それぞれ柄の握り具合や滑らないかの確認をして、武器に力を注ぐ。

 武器の意思が感じられるとか、表面の色が変わったり、紋様が現れたり、そんなことはなかったが吸い付くような感触になる。


「完成だ」


 鍛冶師のシャンロから見て、作り上げた武器には足りていないものが感じられた。

 だが今の武器を見ると、満たされたものを感じられ、平太とアロンドとサフリャの三つはどこか輝きを放っているようにも見えた。

 これを見てシャンロは自信をもって、いいものを作ることができたと胸をはることができた。


「手入れに関しての説明もしようか。長持ちするようにな」

「そうだな。これだけの武器だ。長く使い続けていきたい。頼む」


 アロンドたちも武器を使い続けてきて、ある程度手入れの仕方は理解しているが、本職の方がより効率的な方法を知っているだろうと頭を下げた。


「俺がずっと手入れしたいくらいなんだが、ついていけないからなぁ」


 残念そうに言うシャンロを見て、平太は思いついたことがある。

 それは技術知識を再現した平太が手入れすればいいということだ。そうすれば素人の平太たちが手入れするよりずっといい。

 だが勝手にそれらを使い手入れするのは、いいものを作ってくれたシャンロに対して失礼に当たると思い、断りを入れることにする。

 広めないように言ってから、能力の説明をする。

 それを聞いたシャンロは疑わしそうな表情になる。


「ヘイタ、実演してみせたらいい」


 サイニーの助言に従って、シャンロと握手して触れてから技術と知識を再現する。


「再現できているのか? だったら……お前さんがこれまで使ってきた剣を手入れしてみてくれ」

「わかったよ」


 平太は剣を抜いて、シャンロの知識と技術に従って剣を扱う。

 シャンロは平太が最初に見た所、その次に見た所といった順序が自分と重なるのを見て、小さく驚き、真剣な表情を浮かべる。

 さらに進む手入れを見て、小さく唸り、やがて溜息を吐いた。


「認める。俺のやり方だ。俺が培ってきたものが、そっくりそのまま使われるのはどうにも納得しかねるが、これなら任せられるな」

「そこらへんの感情はわかるけど、まあ勘弁してほしい。武器は作らず、手入れだけに使わせてもらうから」

「いやまあ作ってもいいんだけどな。武器が良い状態を保てることをよしとするか」


 シャンロは頬を両手で叩いて割り切って、苦々しげだった表情をもとに戻す。

 その結論にアロンドたちはほっと胸を撫で下ろした。平太の提案は今後戦っていくうえで助かるものだが、職人の誇りを刺激するということもわかる。使うなとシャンロが言えば、頼りにしづらかった。

 シャンロもここで拒否すればアロンドたちを困らせるとわかっているため、複雑な思いを飲み込んだのだった。


「そうと決まれば、道具も俺が使っている物の方がいいだろ。予備として持っているやつを取ってくる」


 手入れに必要となる道具をささっと集めて、ひとまとめにして平太に渡す。道具についての説明をしようとしたが、知識もあると思い出しやめた。

 用件を終わらせたシャンロは、アロンドたちの無事を願い、宴会を行う。大仕事を終わらせたことで、いつになく酒を飲み、酔いつぶれながらアロンドたちの無事を祈っていた。


 武具をそろえ、強さも以前と比べ一段二段階上のものになったことでいよいよ魔王討伐が実行できるときが近づく。

 このまま大陸西の前線に戻ってもよかったが、王都に寄り道することになる。

 無事目標は果たす気だが、万が一も考えられるため、アロンドとラインに家族と顔合わせしてはどうかということになったのだ。

 王都に到着し、一日の滞在で出発すると言って二人は、それぞれの家に帰っていった。

 前触れなく帰ってきた二人に、家族は驚くが無事な姿を見て喜ぶ。特に手紙だけでアロンドに同行することを知らされていたラインの家族は、喜びの思いが強かった。

 ラインの家族にとって、ラインは扱いに困るところはあったが、それでも血の繋がった大事な家族だ。怪我をしているよりも無事な方が嬉しい。それだけに魔王討伐に向かうという話を聞いたときには心底驚かされることになった。当然止めたが、自身の能力が仲間に必要とかたくなに主張するラインを見て、言葉での説得は諦めた。そこまで言うのなら、戦いの場に出ても大丈夫だと証明してみせろということになり、家に警備を任されている兵と立ち会う流れになる。

 手合せの相手となった兵は、ラインと向かい合うとすぐにその実力を察する。立ち振る舞いに隙がなく、雰囲気に油断も感じられない。試しに軽く打ち込んでみると、余裕をもって打ち払われ、少なくとも自分よりも上だと理解できた。

 遠慮なく武器を振るう兵を、表情一つ変えることなくあしらうラインを見て、家族は止める理由がなくなる。

 無理だけはしないようにと重々言い含めて、ラインは家を出る。

 一方アロンドの方は魔王討伐の候補という話に驚かれはしたものの、もともと討伐に立候補していたこともあって応援される。

 修練場での修行を終えたということもあって、期待の声に押される形で家を出る。

 二人は王都の外で待ち合わせしていた平太たちと合流し、車に乗って出発する。

 ちなみに神から討伐候補とまで呼ばれたアロンドたちのことは、前線のトップから王都に連絡が入っていた。一目会いたいと王は考えていたのだが、一度戻ってきたと知ったのはアロンドたちが去ってから数日してからで、激励の言葉なり支援なりを行いそこねたことを残念に思うことになる。


 大陸中央の山越えだけは徒歩で進み、あとは車移動だったおかげで行きよりも少ない日数で前線に近づく。

 陣地が遠く目に見えて、平太は戻ってきたとのんびり考えていた。だが助手席に座っているサフリャが警戒の声を上げた。


「どうしたのさ」

「陣地の人の動きが慌ただしい。まるで以前魔物の大群が来たときみたいに」

「なんだって?」


 アロンドは窓を開けて顔を出し、前方を見る。

 テントが倒れているといったことはないが、たしかに動きが慌ただしいようにも見えた。

 顔を戻したアロンドに平太が急ぐかと訪ねる。


「頼む」


 その返事を聞いて、アクセルを踏み込む。

 グンッと速度が上がり、すぐに陣地の様子が平太たちにもわかるようになる。

 全員車から降りて、近くにいた兵に事情を聞く。


「二時間前に魔物の群を発見して、それに対処するため皆慌てているんだ。お前たちも戦えるなら行ってくれ!」


 そう言うと兵は怪我治療のための物資を運ぶため走り去っていく。

 

「ドーク殿に挨拶をと思っていたが、すぐにでも動いた方がいいな。皆、行こう」

「俺は別行動とっていい?」


 サイニーたちが頷く中、平太だけは別の意見を出す。


「そうする理由は?」

「車で雑魚に体当たりして蹴散らそうかと」

「ああ、それはいいな。頼んだ。そちらにも誰か同行させた方がいいかな」

「車が壊れて生身で戦うことになったときのためにグラースを連れていこうと思ってたよ」

「そっか。グラースと一番連携とれているのヘイタだし、それがいいね」

「グラースといえば、こんな乱戦だと敵方の魔物と間違われないでしょうか?」


 ラインが疑問に思ったことを聞く。

 戦場に立ったことのないラインは知らないが、少なからずグラースのように人と一緒に戦う魔物はいる。そういったものは、目立つようにスカーフなどを身に着けているのだ。

 そういった説明をサフリャから聞いたラインは、荷物からショールを取り出してグラースに首に結ぶ。


「これで大丈夫ですね」

「ウォフ」


 自分を見て軽く吠えたグラースが礼を言っていると察したラインは笑みを浮かべてどういたしましてと返す。

 

「それじゃ行ってくる。大丈夫だろうけど、一応言っておくよ気を付けて」

「そっちもな」


 車に向かって小走りに向かう平太とグラースを見送り、アロンドたちも走り出す。

 陣地を駆け抜けて、武器を抜き、手あたり次第に魔物を倒していく。

 乱戦の中にあって、アロンドたちの動きはほかの者たちと比べて明らかに違う。風のごとく駆け抜けて、触れた魔物は皆倒れ、血と悲鳴の道が生まれる。

 魔物にとっては絶望を、味方にとっては希望を運ぶ使者となったアロンドたちが目指すのは、この群を連れてきた統率者だ。

 戦場を突っ切って、黒鎧のように威圧感のある存在を探す。周囲を見渡すと、戦場の外縁を走っている車が見えた。そこから目を離し、視線を動かすと見覚えのある黒鎧がいた。その周囲には斬られたであろう人間が倒れ伏している。

 今も黒鎧と戦っている人間は押されていて、助けるためにアロンドたちは走る。

 武器を弾き飛ばされ、大剣を振り下ろされそうになっている男と黒鎧の間に、アロンドが割り込み、剣を受け止める。


「こいつは俺たちに任せて仲間を陣地にっ」

「ありがとうっ」


 助けられた男は剣を拾って、ラインが治療している仲間のもとに走る。


「お前たちはいつぞやの」

「覚えていたか。今度は負けない」


 アロンドと黒鎧が鍔迫り合いしているところに、ハルバードを大きく振りかぶったサフリャが突っ込んでくる。

 それを察知した黒鎧は素早く引いて、ハルバードを避ける。

 サフリャは振り下ろしたハルバードをすぐにはね上げて、黒鎧に追撃を行う。

 迫る刃を剣で受ける黒鎧。

 足を止めたところに、鎧の隙間を狙ったアロンドの突きが迫る。


「おおおおおっ」


 自身に気合いを入れるように雄叫びを上げて黒鎧は、体を少しだけ動かす。アロンドの狙いが正確だったが故に、少しのずれで刃は鎧に弾かれる。

 そして接近していたアロンドの腕めがけて、蹴りを放つ。それに反応したアロンドは一歩下がって避けた。

 黒鎧も下がって、サフリャから離れる。

 この短い攻防で、互いに強さを認める。


「以前の戦いから二ヶ月と少し。ずいぶんと腕を上げたな。名乗ろう黒騎士バーニスだ」


 アロンドたちを強敵を認めて名乗るバーニス。

 それにアロンドたちも名乗り返す。


「いい戦いができそうだ。いくぞっ」


 言うと同時にバーニスが突進する。

 薙ぎ払うように振られた剣をサフリャは飛んで避け、アロンドはしゃがんで避ける。

 二人はそのまま攻撃を行い、バーニスは振り抜いた剣をすぐさま返し、二人の武器を払いのけようとして力負けする。

 逆に剣を弾かれ、胴ががら空きの状態のバーニスに、氷を出して浮かばせていたサイニーが氷を飛ばす。

 ゴッガッとオレンジほどの氷が二つ鎧にぶつかり砕ける。


「ぐぅっ」


 小さくうめき声をもらしたもののバーニスはその場に踏みとどまり、粉々になって消えていく氷の欠片を切り裂くように剣を振る。

 狙われたのは着地したばかりのサフリャで、それを察したアロンドがその剣に体当たりするように剣ごとぶつかっていく。

 アロンドが剣を止めている間に、サフリャは体勢を整えて、獣の力を武器に宿しバーニスの胸部めがけて振り下ろす。


「ぐおおおっ!?」


 バーニスは鎧に大きな傷をつけて、数歩下がらせられた。

 傷に剣を握っていない手を当てて、フルフェイスの兜の中で笑む。


「いいぞいいぞっ。戦いとはこうでなくてはな!」


 喜悦が混じる闘志が放たれ、やる気が満ちているとアロンドたちは感じ、さらなる激闘を予感する。

 気分が高揚したせいか、バーニスは防御よりも攻撃を優先して戦い始める。


「そらそらっもっと! もっとだ!」


 鎧に傷は増えているがバーニスの勢いは衰えを見せない。

 だがアロンドたちも負けてはいない。真っ向から戦い、押し負けていない。


「二人ともあれで隙を作るわっ」


 サイニーがそう声をかけると、バーニスはそちらに警戒する視線を向けるがすぐにアロンドたちに意識を戻す。

 これまでのサイニーの行動で、規模の大きな攻撃か地面を凍らせて動きを抑制のどちらかと推測を立てたのだ。それらならば大して問題はないと考えたのだった。

 そして目の前にいる二人に剣を振りかぶったそのとき、バーニスの視界が真っ白に染まる。

 今バーニスの頭部には濃霧が発生し、散らずにとどまっている。


「ぬっ!?」


 この事態に慌てず、バーニスは動きを止めた。

 原因を探ることはせず、目が使えないのならば聴覚だと先ほどまでのアロンドたちの位置で動きを判断するため、感覚を研ぎ澄まし待つ。

 一方でなにをやるかわかっていた二人は、霧が発生した瞬間動きだしていた。

 迷いはなかったバーニスだったが、少しの思考が隙となってアロンドたちの攻撃をまともに受けることになる。


「ぐぅっ」


 鎧に大きくひびが入り、苦悶の呻きを漏らす。

 さらに追撃を受けないように、バーニスは大きく下がる。

 顔にかかった霧が晴れ出して、バーニスは周囲の確認ができるようになる。そのバーニスの耳に聞きなれない音が届く。

 じょじょに大きくなっていくそれは、近づいているということを示しており、音の方向に視線を向ける。

 以前自分を踏みつけた男が、見慣れないものに乗ってすごい勢いで急接近していた。

 雑魚を蹴散らしながらアロンドたちの戦いを見ていた平太は、いつでも参戦できるように遠くに行かないよう動いていたのだ。そしてバーニスが大きく距離をとったのをチャンスと見てアクセルをベタ踏みして体当たりを試みたのだ。


「な!?」


 驚きつつも避けようと動くと同時に、車による体当たりを受ける。


「ごぶぅっ!?」


 それはタイミングがあったのか、まるで漫画のようにくるくると回転してバーニスは吹っ飛んでいき顔面から地面に落ちる。

 大きくふらつきながらバーニスは立ち上がる。


「ま、またお前か! なんなのだっ前回といいっ今回といいっおかしなことばかりだ!」


 車が故障して動かなくなったため降りてきた平太を睨みながら言う。


「いや、なんなのだって言われても。そういうタイミングになってしまっただけで」

「相性の問題なのかしらね?」


 サフリャの言葉に、そんなことをあってたまるかとバーニスは内心毒気づく。

 高揚した精神が落ち着き、体当たりで受けたダメージが大きく、バーニスはこれ以上戦闘続行は不利でしかないと判断する。


「次こそは邪魔の入らない戦いをしたいものだ。さらばだっ」

「逃がすか!」


 体力に余裕のあるアロンドとサフリャが追いかけるが、バーニスが離れたところに待機させていた騎乗用の魔物に乗ったことで追いつくことはできなくなった。

 逃がしたことは悔しかったが、アロンドたちの中には嬉しさもあった。

 前回は見逃されたが、今回はバーニスが逃げていったのだ。

 さらにはアロンドたちは余力を残している。全力ならば倒せていた可能性が高い。

 この一戦はアロンドとサフリャとサイニーに確かな自信となった。

 戻ってきたアロンドたちは平太たちと残った魔物を倒していく。統率する者もいなくなった魔物たちはばらばらに動き、日が暮れる前には倒されるか逃げるかして戦いが終わる。

 落ち着いたと判断したアロンドたちはドークに帰還を知らせるためまとめ役のテントに入る。

 テントは出入りが激しく、ドークも兵に囲まれている。


「負傷者を寝かせる確保できたか?」

「はい。場所は確保できましたが、薬の消費量が予定を超えます。そのことについて使用許可がほしいと」

「許可する。かわりに補給の書類を作って急ぎの使者を出すように」

「はっ」


 ドークは部下に指示を出し、一つ終えるとすぐ別の指示を出す。

 その忙しそうな姿にアロンドは話しかけるのを躊躇われたが、ドークの方から気づいて声をかけてくる。


「おおっ。こっちから行くつもりだったが来てくれたのか。兵からアロンド殿たちが戻ってきていたのは聞いていた。相手の大将を追い払ってくれたのだろう? 助かった」

「忙しいところ邪魔してすまない。修行を無事終えて戻ってきた。その知らせに来ただけで、滞在場所を聞いたらすぐにここから出る」

「無事の帰還喜ばしいことだ。本当なら話を聞きたいが、タイミング悪く襲撃があってな。滞在場所は以前使っていたところを空けているからそこを使うといい。あとでそこに行くから、そのとき落ち着いて話そう」

「わかった」


 短く答え、邪魔にならないようにアロンドたちは出ていく。

 以前使っていた場所には、畳まれたテントが置かれていて、それを皆で組み立て寝床を確保する。

 荷物を置くとそれぞれ動き出す。ラインは治療の手伝い、サイニーはその付き添い。残り三人と一匹は野ざらしの魔物や落ちている武器の回収だ。

 治癒能力を強化したラインは大活躍で、ほかの治癒能力者が応急手当しかできない怪我人も治していく。サイニーも水を操って手早く傷口を洗うのに役立っていた。アロンドたち回収組は兵の指示に従って、回収したものを運んではまた取りに行くと繰り返す。

 そうしているうちに日が暮れて、夕食の匂いが陣地に漂い始め、人々は落ち着きを見せ始める。

 簡素ではあるがボリュームのある夕食が準備され、戦いで失った体力を取り戻すのに十分だ。平太たちも夕食をもらい食べるとテントに戻る。

 平太は皆の武器の手入れ、サフリャはグラースのブラッシング、アロンドたちは雑談といった感じでそれぞれ過ごしていると、仕事を一段落させたドークがやってきた。


「待たせたな」

「忙しかったろうに、今日中にくるのは難しいと思っていた」


 アロンドがそう答えると、ドークは部下に無理を言ったと苦笑を浮かべる。


「それでは修行の結果を教えてもらえるか」

「全員、三段階目の能力を得たよ。俺たちのほかにも四人、能力を上げるのに成功した人がいるらしいね。その四人の情報は持っているかな?」

「北部の前線で活躍している者たちがいる。それと大陸西部の調査で多くの情報を持ち帰っている者たちがいる。この二つの集団に属しているのではと思うが」

「詳細を知りたければ直接会いに行くしかなさそうか」

「ああ。アロンド殿たちの能力はどのようなものか聞いてもよいか? 答えたくないのなら無理には言わないが」


 奥の手として能力の詳細を伏せる者がいることはドークも知っている。そのため無理には聞きだそうとは思わない。


「私は能力の幅が広がっただけよ」


 手の内をばらしても問題ないサイニーが答え、ラインも強化されただけと答える。


「私は強化系統とだけ」


 あまり話す気のないサフリャが簡単に答える。

 

「俺も強化された感じかな」


 サフリャと同じく平太も詳細を語らずにすませた。

 ドークの視線がアロンドに向く。


「俺は反射する盾だ。全てを反射するんじゃなく、物理的なもの以外を反射する」


 盾の形状変化までは話さなくていいだろうと考え、主な変化部分を話す。


「ふむ……それで魔王には届きそうなのか?」

「魔王自身の実力を知らないからなんとも。あの黒鎧より弱いってことはないだろうから、もう少し実力アップしておきたいところではある。一応カレル様から奥の手になるようなものは頂いてはいるんだが」


 奥の手を気にするそぶりを見せたドークに、これだとアロンドは荷物から宝珠を取り出す。

 もらったときは無色透明だったが、毎日力を注いでいる今では透き通った海の色エメラルドグリーンに染まり始めていた。

 

「綺麗な珠だが、どのような効果が?」

「能力を強化してくれるのだそうだ」

「それは誰の能力でも三段階目になるということなのか、それとも現状の能力の効果を上げるのか、どちらなのだろうか」

「後者だ」


 納得し頷くドーク。少しだけ簡単に三段階目に届くのではという期待はあったが、そうそう都合のよい話はないかと理解した。


「そのようなものを頂けたのなら期待はできる、か。各国に連絡して魔王討伐計画を進めようと思うがどう思う?」

「色々と準備して動くのは初秋ごろか? 俺は反対しないが」


 そう言ったアロンドは仲間を見て、反応をうかがう。

 初秋まで三ヶ月ほどだ。それくらい時間があるなら十分な鍛練もできるだろうと平太たちにも異論はなかった。


「魔王のいる位置はわかっているのですか?」


 ラインの質問にドークは頷いた。

 魔王が最初に姿を見せたのは大陸西部にあるバロシスという国だ。平太たちが今いるここから見て東北東にあり、距離は徒歩で四十日ほどだろう。

 火の特色を持つ色人の姿にねじれた二本の角を頭部から生やしていた。

 放たれる雰囲気からただの角族ではないと察した人々は協力し討伐に向かったが、いっそ馬鹿らしいほどの威力の炎に灰となって散っていった。

 魔王はそのまま都市を燃やし尽くし、焼け焦げた廃墟に主として君臨した。

 そして魔王のもとに角族が集まり、魔物が活性化していった。

 その魔王は現在廃墟から動いていないことが、ドークの話した調査隊の調べでわかっているのだ。たまに大陸西部のあちこちに足を延ばし、人間を殺し、町を破壊しているが、最初に壊した都市を本拠地と定めているらしい。

 

「火の魔王ね。私とグラースの主な役割は防御になるかしら」

「俺の能力も有効だろうな」


 サイニーとアロンドが頷き合う。

 魔王の攻撃に対しての対抗手段がいくつもあるのは運がいいのだろう。

 こういう能力持ちが集まっているから魔王討伐候補になったのだろうかとドークは思う。


「水のカーテンでも作れるようになっておかないとね」


 鍛練メニューを増やしたサイニーに、アロンドは頷く。


「準備の時間は十分と言える程度にある。形にすることは可能だろうさ。それでドーク殿。魔王との戦いはどのような流れになるか予想つくか?」

「炎を飛ばすのはわかりきっているな。あとは炎を槍の形にして振り回したとか」

「ああ、言い方が悪かった。ここを出発して、魔王とぶつかるまでの流れというのか」


 訂正したアロンドに、理解したとドークは頷いた。


「兵を集めて、バロシスに進軍。根城まで全員で行き、魔王と戦えない俺たちは、魔物と戦闘開始。戦力の大部分をひきつけているうちに、精鋭に魔王へと向かってもらう。こんな感じだろう」

「俺の考えと同じだな。なにか突飛な考えがある奴は?」


 アロンドが仲間に尋ねる。

 平太たち少し考え込んだが、基本的には二人の考えからそうはずれたものはでなかった。

 精々平太が空を飛べる魔物からパラシュートで廃墟に突入と思いつきを言った程度だ。

 これはパラシュートを準備できないため無理という結論になった。ドークは本当にそんなことができるのか疑わしそうで、逆にサイニーは興味がありそうだった。それなりに生きてきたが空を飛ぶという経験はなく、疑似的にでも空を飛べるのは楽しそうだと思ったのだ。

 サイニーが詳しい話を平太に聞いているうちに、ドークはアロンドと少し話して、報告書を書くため自身のテントに戻っていった。

 翌日、平太たちは陣地から出て、西へ真っ直ぐ向かう。

 荒れている陣地を放置するのは申し訳なかったが、実力を上げるために魔物の多い場所を目指したのだ。このことはドークに話しており、しばらく野宿するための食糧などをもらっている。

 ドークとしても主力は彼らだとわかりきっているので、反対などせず気前良く欲しがったものを渡した。この程度の食糧が平穏に繋がるなら、安い投資だと考えたのだ。

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