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44 成長した能力

 夜、平太たちが深い眠りについた頃、サフリャの体がぴくりと動く。

 カッを目を見開き体を起こす。その瞳には最近あった穏やかな色はなく、再燃した覇気が宿っていた。

 だがその強い意思も生理現象には勝てないようで、飢餓感や尿意にかなりの意識を割くことになった。


「起きて」


 サフリャはゆっくりとベッドから離れると近くで寝ていた平太の体を揺らす。


「んー」


 のろのろと目を開けた平太は暗闇の中で、こちらを見るサフリャに気づく。

 少しだけぼんやりしたが、無事修行に成功したとわかっていっきに意識が覚醒する。


「起きたんだ。よかったよ。成功おめでとう」

「ありがとう。でも今はそれを話すつもりはない。トイレどこ」

「あー」


 我慢しているサフリャの表情に平太は納得し、こっちだと屋外にあるトイレに案内する。

 サフリャは短く礼を言うとすぐに入っていった。

 平太は部屋に戻り、コップに水を入れて建物入口でサフリャを待つ。

 少ししてサフリャはすっきりとした表情で出てくる。


「はい、水」

「ん、ありがと」


 水を前にすると喉の乾きも意識して、渡された水を飲み干し、落ち着いた様子で大きく息を吐いた。


「なにか食べる? 消化にいいものを再現でだすけど」

「頼める?」


 あいよと答えた平太は、コンビニで買える卵サンドを出して包装を解いて渡す。

 それにかじりつき、飲み込んでサフリャは何日眠っていたのか尋ねる。


「二日目の夜。そろそろ目覚めないかなとライン様と一緒に焦ってたよ」

「アロンドとサイニーは?」

「まだ」

「起きる予兆は?」

「ないよ。サフリャにもなかった。こっちからも聞きたいんだけど、能力の方はきちんと上がってる?」

「あがってるわ」


 これまでとは違う、カレルに聞いた使い方が理解できている。ついでに成長もしている。

 能力を三段階目に上げるということを成し遂げたのだから、成長してもおかしくはないのだ。


「じゃあこれからは能力を使いこなす訓練だねぇ。使うのに躊躇いがあるんでしょ?」

「いや仇討ちのためには躊躇いなんかない。どんどん使って熟練していかないと」

「仇討ちが終わってないってきちんと伝わってたんだ」

「カレル様が夢を通して伝えてくれた。ヘイタもその話を聞いたのね」

「サフリャはあのままだと失敗するらしかったんだよ。だからカレル様が手助けした。それをそばで見てなにをしているのか聞いたんだ。そのときに道化師の角族がまだいるって聞いたよ」


 失敗するという言葉にサフリャは納得する。仇討ちを終えて、やりたいことはできたが、正直あのまま死んでも問題ないという思いもあったのだ。

 カレルには感謝の思いしかない。倒した角族が仇だったかもしれない。違うかもしれない。そんな憂いを残して死ねない。

 一度得た達成感によって、以前のような燃え盛る意思はない。けれど燃え尽きてはいない。ならば戦いに必要なものは十分にそろっている。


「……待っていなさい。私の刃が届くその日を」


 誰ともなく宣言した姿を平太だけが見ていた。


「それじゃ俺はもうひと眠りするから。おやすみ」

「ええ、私は眠くないからこのまま起きているわ」


 平太は使っていたベッドに寝転び、サフリャは自身が寝ていたベッドに腰かけて、得た能力を確認していた。

 そうして夜明けが迫り、東の空が少しだけ白み始めた頃、アロンドが目を覚ます。

 夜空のような暗い絶望を吹き飛ばす、そんな意思が込められたかのようなタイミングにサフリャは感心し少し呆れる。

 朝になり、ラインは二人の目覚めを喜ぶ。そしていまだ眠るサイニーの髪をそっと撫でる。


「あとはサイニーさんです。早く起きてください。私の勝ちで終わらせるには早すぎますよ」


 後半はサイニーにだけ聞こえるように小さく口に出す。

 サイニーは反応せずこんこんと眠り続け、時間が流れていき、皆をやきもきさせる。

 そうして夕暮れになり、あっさり目を覚ます。

 平太たちは心底ほっとした様子で、緊張に強張る体から力を抜く。

 起きたサイニーはサフリャとアロンドのようにトイレに向かい、すっきりとした様子で戻ってくる。


「ええと、もしかして心配かけたかしら?」


 先ほどの平太たちの様子を思い出し、サイニーはばつが悪そうに言う。

 うんうんと頷く皆に、ごめんなさいと頭を下げる。


「実を言うともう少し早く起きることができたのよ」

「そうなのですか?」


 ラインが聞き返す。


「ええ。内容ははっきりとは覚えてないけど楽しい楽しい夢を見てね。それは夢とわかっていたけど、目覚めるのがもったいなくてついつい夢の中に長居した」


 幸せな夢を見て、起きることを拒否して死ぬ。

 それも一種の試練だろう。幸せな状況にいつまでも浸かっていたいと望んでも無理はない。そこから抜け出すには強い意思が必要になるはずだ。

 その夢はカレルのしかけたものなのだろうかと皆でカレルが寝ている隣の建物に視線を向けた。

 視線の意味を察したフェアが口を開く。


「サイニーは長命種だから、ヘイタとは反対に魂に柔らかさが少ない。だからアロンドやサフリャと同じだと三段階目の能力には上がらない。二人よりも目覚めにくい試練が必要になる」

「そうだったの。すごくいい夢だったなぁ。ほんとに目覚めるのがもったいなかったくらい」


 サイニーの表情から本当は内容を覚えているのではと平太たちは思う。

 その推測は正解で、大切な人たちが自分と同じだけの時間を生きるという別れのない人生を送れるというものだった。

 それは無理だとわかりきっているので、夢を見始めて少ししてこれは夢だと気づいたが、もう少しあの時間を楽しみたかったのだ。


「それでも起きたのは、夢にはない幸せがこちらにはあると思ったのからなのかしら」


 サイニーが起きたことに気づいたカレルが歩いてきながら言う。

 そうかもしれませんねと返したサイニーの表情にはほろ苦い笑みが浮かんでいる。いつかくる別れが、素直に笑みを浮かばせなかった。

 その表情には触れず、カレルはそれぞれの能力について聞く。

 最初に答えたのはサイニーだ。


「私は説明してもらったとおり、幅が広がる形で成長したわ」


 右手に野球ボールほどの氷を出現させ、すぐにそれを消して水蒸気を出す。


「今後はその能力に慣れていくのが修行になる。もっとも大きな氷を出したり、氷と水と水蒸気を同時に出したり、いくつもだした水の同時操作」


 カレルが言った修行方法にサイニーは頷きを返す。だいたい予想していたのだ。


「そこらへんは予想してました。威力が出そうな能力の使い方も教えてもらいたいんですが」

「巨大な氷の塊を高所から落とすのが威力が出そうだけど、ヘイタにも聞いてみるのもいいかも。異世界知識で意外な攻撃方法がでるかもしれない」


 視線が平太に集まる。


「急にそんなことを言われてアイデアはでないよ」

「とりあえず能力になれることに主眼を置くとします。ヘイタと話すのはそのあとで」


 サイニーの考えに異論はないようでカレルは頷いて、サフリャを見る。


「私は特に言うことはない。能力も問題なく成長したし、使いこなす際の注意点もわかってる」

「でしょうね。何度も使うことで慣れていきなさい」

「最後は俺だな。俺は盾に効果がついた。その効果は反射。物理的なもの以外の攻撃を反射する。反射したものは相手に飛んでいくわけじゃなくて、あらぬ方向に飛んでいくらしい。相手に当てたいなら練習が必要になる」

「ほうほう、なかなかいいものがでてきたね」


 以前は全反射というあらゆるものを反射する盾の能力を得た者がいた。だが消耗が激しく一日に使えて一回、無理して二回という燃費の悪さで使うタイミングがシビアだった。

 対してアロンドの得た能力は下位のものだが、燃費は比べものにならない。呪いなどの直接ダメージのこないものもくるとわかっていれば反射できるため、役立つ能力と言っていいだろう。


「反射の限界はどれくらいなのかわかります?」


 基本的なこと以外はわからないアロンドがカレルに尋ねる。

 それにカレルは首を傾げる。


「盾に注ぐ力の量で変わってくるからねー。明確にこうだとは言えない。試しに使ってみて感覚を掴むしかないね」

「あとでサイニーに協力してもらいます」

「まかせてちょうだいな」


 話はこれで終わり夕食後、早速外でアロンドとサイニーは実験を行う。

 アロンドの差し出して手の前にうっすらと白い円盤が現れる。大きさは直径一メートルで、腕を動かすとそれと一緒に円盤も動く。


「それが基本形。両手に出したり、大きさと形を変えることができる。ただし力を余分に使う」


 カレルのアドバイスを受けて、アロンドは両手に円盤を出し、両方を大きくする。

 ぐんぐん消費される力から、これまで使っていた能力ほど多用はできないと感じる。

 円盤を一枚に戻して、サイニーに頼む。


「最初は弱めでいく?」

「それでお願い」


 七メートルほど離れたサイニーは指先にバレーボールほどの水球を生み出し、人が走る程度の速度で飛ばす。

 これまでの盾だと水球が当たった場合、バシャンと水球が潰れ水を撒き散らすことになった。

 けれど今回はゴムボールが壁に当たったようにポヨヨンと跳ね返り、サイニーの右の地面に落ちて潰れた。

 

「こんなふうになるのか。じゃあ次はもっと強めでお願い」

「りょーかい」


 今度は自身も新たな能力を試すため、大きさはさきほどと同じだが氷の塊を作り出し、人が走るよりも速く飛ばした。

 アロンドはしっかりとその動きに合わせて氷の塊を受ける。

 跳ね返った氷は向かってきたときと同じ速度で、水球が落ちた方向へと飛んでいった。

 水球を受けたときよりも衝撃は重かったものの、まだ余裕は感じられた。このことからアロンドはもう一段階速度を上げても円盤が壊れるようなことはないと判断した。


「とりあえずはこれでいいかな」


 そう言って円盤を消そうとしたアロンドに、平太が待ったをかける。


「ヘイタも試してみたいのか?」

「そうだけど、ちょっと違った攻撃でやりたい。さっきのは単発の攻撃だったろ? 断続して攻撃するものだとどうなるんだろうと思うんだ」

「断続っていうと」

「グラースの冷気放出のように一定時間攻撃が続くようなやつ」


 説明で納得しアロンドは円盤を出したままにする。


「やってみようか。さあいつでもいいよ」

「じゃあ行くよ」


 以前見た火炎放射の能力を再現して、円盤めがけて飛ばす。

 真っ直ぐ伸びて進む炎は円盤に当たると、アロンドの斜め上へと同じ勢いで真っ直ぐ進んで消えていく。


「盾にかかる負担とか盾を動かした感じとかどう?」

「少しずつだけど盾がもろくなってるみたいだ。三十秒もせずに消えると思う。動かした感じは」


 少し円盤の角度を変えると炎の跳ね返る軌道も変わっていく。

 少しずつ位置を調整して、真正面に跳ね返るような位置を探る。

 ここぐらいだろうかという角度を見つけたアロンドは、真正面に跳ね返る位置にすることを平太に言ってから円盤を動かす。

 平太は自身に炎が返ってきたらすぐに消せるよう注意する。


「ほー」


 様子を見ていたカレルがそうなるのかと声を上げた。平太に跳ね返っていくのかと予想していたが違ったのだ。

 円盤に当たった炎は円盤にそって広がっていた。

 これは平太側からの攻撃と跳ね返った炎がぶつかり合い、行き場所を求めた結果だ。

 平太が炎を消し、アロンドも円盤を消す。


「真正面からは跳ね返ることはなさげなのか。今のうちに知れてよかったな」

「今のような攻撃だと相手に当てることはできなさそうですね」


 ラインの感想に、カレルが否を唱える。


「二枚の円盤を使えば大丈夫でしょう。鏡を使って太陽の光を反射させてみたらわかりやすいわね」


 わかりやすい例えだったのだろう、ラインは納得したと何度も頷く。


「ただそこまでして相手に攻撃を当てる意味はあるかしらね? 消耗する力に見合った成果がでるとはかぎらないし、そこらへんは注意する必要があるわね」


 実験は終わりとなって、女性陣は風呂に入るため建物に入る。

 平太とアロンドは着替えなどの準備をする女性陣のため少し待ってから建物に入ることになる。

 平太はその間の暇潰しとして思いついたことを聞く。


「新しく得た盾の能力は自由に形を変えられるって言ってたけど、これまで使っていたものはどうなんだ?」

「自由自在とはいかないけど、ある程度形は変えられる。縦横三メートルの壁にしたり、仲間を覆う球体にしたりね」

「例えば武器を覆って、折れず曲がらずなんてことはできる?」

「……やったことないな。でもできないと思うぞ。一度部屋にぴったりあうように能力を使おうとしたけどできなかったんだ。箱型にするだけでも無理だったんだから、剣とかできないと思う。新しい方ならできるかな」


 試しにやってみようと、建物に立てかけられていた物干し竿を手に取る。

 物干し竿を持った部分から広げるように盾を伸ばしていく。十五秒ほどで物干し竿を包むことができた。


「できた」

「やってみるもんだね。そのまま振りまわしたら、火球を打ち返したりできるのかな」

「どうだろうか」


 能力を維持したまま槍を使うように物干し竿を振り回す。


「これは意外と難しい。動きに集中したら能力の維持ができなくなるな」

「慣れでどうにかなりそう?」

「大丈夫だと思う」


 現状、実力が拮抗した相手や自身よりも強い相手との戦いの最中にこんなことをやれば、隙を突かれるだろう。だが慣れれば戦いの最中でも大丈夫そうな感触だ。

 平太は少し離れて、火球を再現して軽く投げる。それをアロンドは袈裟斬りに打ち返す。

 火球は投げられた速度以上の速さで上空へとかっとんでいった。炎が尾をひいて飛んでいく様は、大き目の流れ星にも見えた。


「ホームランってか」

「なんだそれ」

「あんなふうに大きく飛んでいったことを故郷でそう言うんだよ。実験はこれくらいにして中に入ろうか」

「そうだな。そろそろ打ち止めだしちょうどいい」

「今の経験がなにかの役に立てばいいなー」

「どうやればどんなふうになるってのを知れたのはいい経験だったよ。包むことができたってことは、俺自身も包むことができそうだ。自分を包みながら動けたら、逃げ場のない広範囲の攻撃をうけたとき、おかまいなしに動けて反撃できそうだ」

「おおー、そんな使い方もあるんだな。形状を変えられることで応用性が広がったのかな」


 部屋の中には誰もおらず、女性陣は皆風呂に移動している。

 二人は部屋に入り話を続ける。アロンドはベッドに腰かけ、平太は床に座り、そばにいるグラースのブラッシングをしながら。


「少し前にさ、サフリャがなにを思って強くなったのか、仇を討った今後なにをするのかなんてことを聞いたんだよ」

「いつのまに」

「この前シャンロのところに行ったときの夜。偶然そんな機会があった」

「へー、今後なにをするって?」

「魔王討伐に行ったあとは、故郷に戻って野ざらしの遺体の墓を作る。そのあとは村の再建ってな感じ。まあ今は仇討ちが終わってないとわかったから、そっちに集中だろうけどね」


 だろうなとアロンドは頷く。

 サフリャが仇討ちのその後を考えているようでアロンドはほっとする。仇討ちを果たしてそこで燃え尽きて、自身の幸せを望まないというのは悲しいのだ。


「それで、アロンドの理由はなんだろうかと思ったわけさ。言っちゃ悪いけど魔王を倒して平和を取り戻すといった漠然とした使命感で、命をかけた修行に臨めるものなのかってな」


 命をかけるほどの修行には、もっと欲深いかもしくは私的な理由といった執着がなければ挑戦できないのではと思ったのだ。


「俺の理由かー。たしかに平和になってほしいとは思ってるけど、ほかにもあるぞ」

「ほうほう、それは聞いてもいい話?」

「別に重っ苦しい理由があるわけでもないしな。親父に託された思いがあるんだ。俺の家は曾祖父の代から騎士だ。曾祖父は農村に住む一般人だったんだが、魔物に村が襲われたとき皆を鼓舞して村を守りきった。その功績を領主に認められて兵に取り立てられ、出世して一代限りの騎士爵を得た。その息子である祖父も兵になって、手柄を立てて、騎士爵を今後続くものにしたんだ」


 曾祖父と祖父のことをアロンドは誇らしげに話す。それは貴族としての地位を得たことを誇るのではなく、民を守って認められたことを誇っていた。


「そして親父も爵位を継いだんだが、体が頑丈ではなくてな。裏方に回って仲間を支えたんだ。十分な働きをしたし、親父を嘲る者はいなかった。だけど親父自身は前に出て動いていた曾祖父と祖父のようになりたいと考えていた。二人に憧れていたんだな。俺は小さい頃からずっと鍛練を続けている姿を見てきたよ。お世辞にもすごいと思えるような動きじゃなかったけど、この剣で民を守るんだっていう意思は感じられた。大きな人だよ」


 目を閉じれば汗だくになり剣を振る父の姿をはっきりと思いだせる。

 アロンドは既に父の強さを追い越したが、あの姿には敬意を持っている。今後もそれは変わらないだろう。くじけず努力を続けるあの在り方は理想と言ってもいい。


「すごい人なんだって思いが伝わってくるね。そこまで思われていれば親父さんも嬉しいかもしれないね」

「嬉しがってくれると良いけど。まあ、そんな三人と同じように俺も十五才で兵になり、一年の下積みを経て騎士に任じられた」


 父と違い、戦いの才があったアロンドはめきめきと頭角を現した。

 そんなアロンドを見て父は、さすがは曾祖父と祖父の血を引くだけはあると心底誇らしげに褒めた。

 アロンドは褒められたことは嬉しかったが、不満もあった。ちゃんと父の血も受け継いでいるのだと。それは誇れることだと。

 何度もそう言おうと思ったが、祖父に止められた。言っても父自身が納得しないと。

 だからアロンドはいつか言いたい。今の自分があるのは父の姿を小さい頃から見てきたからだと。父も己を誇っていいのだと。

 そんなことを考えつつアロンドは話を続ける。


「そしてその頃に魔王が暴れ出す。それを聞いた親父はすぐに魔王討伐に立候補したんだけど、周囲から止められたし俺たち家族も止めた。その夜、親父に呼び出されて頭を下げられた。俺の代わりに魔王を討って民に平穏を与えてほしいって。自分では果たせない思いを託したいと申し訳なさそうに頼まれた。俺自身、魔王討伐には参加する意思があった。そこに親父の思いも託された。そんな俺だ、魔王の前に立つまでは止まっていられない」


 これが強くなることへの答えだとアロンドは言う。


「二人分の意思。託されたもの。うんうん、言葉するのは難しいけど凄味は伝わった。逆にそこまで強い意思のない俺が魔王討伐に同行するのが申し訳ないくらいだ」

「理由なんて人それぞれだしな。申し訳なさなんて感じる必要はない。ヘイタがいてくれるだけでありがたい。能力だけじゃなく、共に進む者がいることがな」

「照れるね。期待に応えられるよう頑張ろうか」


 寄せられる信頼の意思に平太は照れから目をそらして頬をかく。

 そこに風呂上りのサイニーが入ってくる。


「一緒にいてありがたいのはヘイタだけかしら?」


 話を立ち聞きでもしていたのだろう。そんなサイニーに少しだけ呆れた視線を向けたアロンド。


「いやいやサイニーに対してもそう思っているし。サフリャにもライン様にもグラースにも同じ思いを抱いているさ。これだけの仲間がいるんだ、俺はきっと目的を果たせる」

「そうね、魔王くらいぱぱっと倒せないと、その後のことに集中できないしね」


 意味ありげな視線にアロンドは居心地が悪そうな様子を見せた。

 告白の返答を先延ばしにしていることを思い出させられたのだ。

 二人の様子で好意を持たれていたパーシェのことを思い出した平太は、大変だなと思いつつ止まってたグラースのブラッシングを再開する。


 翌日、能力を三段階目に上げた三人はそれぞれの方法で能力の把握を行う。

 アロンドは盾の形状変化を行い、サイニーは水と氷と水蒸気を一度に出す訓練を行い、サフリャは獣の力を靴に宿して山を駆けて上り下りする。

 アロンドの訓練は形状変化の速度が鍛えられ、サイニーは制御能力が鍛えられ、サフリャは熟練を目的としている。

 平太とラインは変わらず身体能力を鍛えるため訓練を行っている。ほかの三人も能力の把握だけではなく、魔物と戦い鍛練を行う。

 そうして十五日が過ぎて、カレルが朝食時に提案する。


「今日、ラインの能力を上げようと思う」

「いよいよですか。よろしくお願いします。ちなみにどういったことをするのでしょうか?」

「難しいことじゃない。私が本気の殺気を向けるから、それを受ければ体と魂が反応して能力が上がる」

「それだけ?」


 命をかけた三人と比べてあまりにも簡単で、思わず疑いの声を上げた。


「資質がある人にはこんなものですむ」

「俺も同じようなことをするんですか?」


 平太の疑問にカレルは首を横に振る。


「ヘイタには体を負荷を与える。命の危機はないけど、それなりの苦しみがある。グラースはなにもしない。魔物と戦っていれば勝手に成長するから」

「苦しみかー。どんなだろう」


 漠然とした返答で、いまいち想像がつかない平太。

 朝食が終わり、建物の外でカレルとラインが向かい合う。

 じゃあいくよと軽い口調でカレルは言い、少しだけ表情を真剣なものにかえてラインを見る。

 軽い感じだったためラインは気が抜けていたが、すぐにとてつもない寒気を感じた。冷たい風が吹いているわけでもないのに、体の震えが止まらず、逃げなければという考えが脳内を占める。けれど足は動いてくれず、さらには体から力が抜けてその場にへたり込んでしまう。


「うん、終了」


 青ざめたラインはカレルの終了宣言が聞こえてないかのように、その場から動かない。

 大丈夫なのかとアロンドとサイニーが声をかけ、支えられて立ち上がることができた。


「この調子だと今日はゆっくりした方がいいね。訓練はなしで横になってなさい」


 そう言ってくるカレルに怯えた様子でラインは頷き、建物の中に入っていく。


「あんなになるとは。よほど怖かったのか」

「穏やかに見えても神は神。本気の殺気など常人が耐えられるものではないのでしょう」


 平太の感想に、フェアが思うところを言う。


「フェアさんはカレル様に殺気を向けられたことは?」

「ありませんねぇ。小さい頃はわがまま言ってましたが、笑いながら受け入れられていましたし」

「小さい頃からカレル様と一緒にいるんだ」

「ええ、ここから少し離れた村で流行り病がありまして、そのとき多くの村人が死にました。その中には両親もいまして、行き場所をなくした私を村の様子を見に来たカレル様が引き取ってくれたんです」

「フェアさんにとっては仕える神であり、親でもあるんだね」

「はい」


 嬉しげに頷くフェアからは、カレルをとても慕っていることがよくわかる。育ててもらった恩返しだけではなく、好きだからそばにいるのだろう。

 しっかりと愛情をもってフェアを育てたのだろうと考えつつ、平太は今日も鍛練のためグラースと山を下りる。

 ラインは数時間ほど怯えていたが、夕食頃にはなんとか落ち着きを見せた。カレルを前にすると表情に怯えは出てくるが、会話はできる。

 そんなラインから三段目の能力がどのようなものか語られた。

 特におかしな変化はなく、治癒力の強化だ。あとは少し離れた位置にいる人物の治癒もできるようになった。

 三日後に平太は魔物との戦いで成長し、それを見てカレルは平太にも目覚めの儀式を行う。

 平太の場合はカレルの力を注がれるというもので、たしかに命の危機は感じなかったが、立っていられないほどのめまいと胃を直接揉まれているような気持ち悪さでダウンすることになった。

 たしかにこれは苦しみだと嘔吐感を堪えながら思う。

 大丈夫かと声をかけてくるアロンドたちに、ベッドに寝たまま片手を振って反応を返す。その状態が一日続いた。

 眠ることもできず、ただ長く感じる時間を耐えた夜明け、徐々に嘔吐感がなくなり、日が昇ると同時に体調は元に戻った。

 起き上る気力はなく、そのまま目を閉じて自然と眠りに落ち、そんな平太を見てアロンドたちはほっと安堵の溜息を吐いた。

 平太が起きたのは昼を少し過ぎた頃だ。


「よく寝たー……誰もいないか」


 ベッドから下りて真っ直ぐ立てることに少し感動して、空腹を感じた平太はリンゴでも再現しようとする。

 そこで三段階目に上がった再現の効果が脳裏に浮かぶ。


「……これってわりとすごくね?」


 思わず声に出し、時間がたっても消えることがなくなったリンゴを再現する。

 それをかじりながら建物の外に出る。

 アロンドとサイニーがいて、それぞれの鍛練を行っている。

 平太が出てきたことに気づいたアロンドが剣を振る手を止める。


「おー、起きたか。体調はもうよさげだな」

「問題ないよ」

「能力はどうなった?」

「私も気になるね」


 平太の背後からカレルが声をかける。

 気配を感じ取れなかった平太は少し驚きながら振り返った。


「いきなり声をかけないでくださいよ」

「これくらいの気配は感じ取れ。で、どうなったの」

「そこまで劇的な変化はしてないですよ。ただ時間制限がなくなりました。再現したものはそのまま残ります。例えばこのリンゴですが、時間が経てば本物のようにしなびますし、腐っていきます」

「じゃあ俺の剣技を再現したら、そのままヘイタの中に残り続けるってことか?」

「そうなるね。ただしその剣技を元にいくら鍛練しても再現した剣技の技術が上がることはない」


 技量の向上が望めるならばもっと便利だっただろうが、そこまでは都合がよくはない。


「回数は?」


 カレルの質問に、今は一回だけと返す。


「今後増えそうだし、この一回を使ったら力の消費が大きくてこれまでの再現が使えなくなるなんてことはないから嬉しい」

「再現したものが残り続けるなら、一日一回でも十分すぎるわね」


 再現に関しての鍛練はカレルから指示はなかった。やれることが多すぎるし、効果的に再現を使いこなす方法など存在しないと考えた。

 鍛練はかわらず魔物相手の戦いを続け、地力を上げる方針のままだ。

 能力の習熟と地力の上昇鍛練はしばらく続く。日数にして五十日ほど修練場に滞在することになった。

感想、誤字脱字指摘ありがとうございます

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