42 角族討伐
「聞き忘れていたんだが、角族がここら辺りに来た理由は狼は配下に加えることってことだったろ。けどそれ以外になにか目的はあるか?」
運転している平太にアロンドが聞く。
平太は速度を落としグラースと助けた狼の記憶を探ると、角族が話している場面が出てきた。
「地理調査もやってるらしいね。魔物を動かして人間側に大ダメージを与えるために、大きな町の守りが薄いところとか調べてるとかなんとか」
「厄介ですね」
ラインが大人しく座席に伏せている狼を撫でながら言う。
脳裏には、角族の考えが実行され多くの血が流れている光景が浮かんでいる。阻止しなけれならない光景で、戦いに向けて気合いが入る。
それはアロンドやサイニーも同じだった。
かなりの速度をだして移動したおかげで、再現の効果が切れる前には大きく距離を稼ぐことができた。あと一時間も歩かずに町に着くというところから歩き、町に入る前に助けた狼に森へ向かってもらう。
命じられたとはいえ狼は町に被害を与えている。そんな場所に連れて行けばどうなるか簡単に予想がつく。
協力を求められなくなるのは避けたいし、助けた狼に嫌な思いをさせるのも避けたい。というわけで町に入る前にわかれたのだ。
町に入った平太たちは真っ直ぐ自警団代表のところに行こうとして呼びとめられた。
ボーグヘッド工房で話した男がちょうど歩いていたのだ。
「皆さん、お孫さんの行方わかりましたか?」
おそらく角族に殺されている。そう伝えるにはここは人通りが多い。
自警団代表に説明するときに一緒に聞いてもらおうと誘うことにした。
ついてきてくださいと誘う時の困った表情を見て、男は明るい話ではないだろうと察した。
自警団の詰所に入り、代表に会いたい旨を待機していた兵に伝える。
ほかの兵と一緒に鍛練をしていた代表が戻ってきて、ここだけの話にしておいてくれと前置きして話が始まった。
粗方聞き終わった代表たちは表情を険しいものにしていた。
「角族が狼の魔物を利用しているだと?」
思いもしない大物が出てきたことに代表は戸惑うしかない。
「魔物ならまだなんとかなるが、角族は俺らの手に負えないぞ」
「それは俺たちが相手する。だからしばらく森に誰もいれないでほしい」
アロンドの頼みに代表は頷く。もともと森に入るのを規制していた。その規制をさらに高めるだけでいいのだ。
「まあ、それはかまわんが。どこでそんな情報仕入れてきたんだか」
「能力だったり、偶然が重なってだな。実際俺たちも角族が出てくるとは思ってなかった」
「そりゃそうだろう。魔王が生まれて、角族や魔物の動きが活発化した。だけど魔王の活動範囲は西側だ。東側の人間にとっては角族はまだ遠い存在だ。そんなやつらと戦って勝算はあるのか?」
「正直なところ相対してみないことにはなんと言えない。ただ並の角族ならばどうにかなる」
「言い切るってことは戦ったことがあるのか」
「西の前線にいたら戦う機会は一度や二度は訪れる」
「前線で戦っていたのか。そりゃ頼もしい」
アロンドたちがどうしてここにいるのかと思ったが、用事があって戻ってきているのだろうと代表は一人納得する。
「あの大丈夫ですか?」
顔色が悪い工房の男にラインが声をかける。
「正直大丈夫とは言えませんね。師匠にこのことを話すことを考えると気が重いです」
角族がいる森に侵入して無事でいるとは工房の男も考えていない。訃報に近い知らせを師匠にしなければならず、受けた師匠のことを思うとどうしても気が沈む。
アロンドたちや代表も工房主のことを考えて、溜息を吐く。
「きっぱり結果を伝えた方がいつまでも心配するより精神的にはいい、と言えたらいいんだけどね」
人の心はそう簡単にはできていないだろうしねと平太は付け加えた。
予想される精神状態では、今回のことが解決しても防具作りは無理だろうと平太たちは考え、別の人物を紹介してもらえるように頼むことにした。
「待ち伏せはいつから始めるんだ?」
「これから準備を整えて、夕方まで休む。そして日が暮れる前に森に入る」
「それまでに森への立ち入り禁止通告をしておく」
頼むと言ってアロンドは立ち上がる。
平太たちも続いて、工房の男と一緒に詰所から出ていく。
工房の男とわかれ、消耗品の補充をした一行は夕方になったら起こしてくれと宿の従業員に頼み、それぞれの部屋で眠る。
従業員のノックで起こされた一行は、少し早い夕食を食べて、武具を身に着けて宿を出る。
森の中は木々に遮られて外よりも暗い。そんな中を狼の魔物を探して歩く一行の前に、三匹の狼の魔物が現れて、ついてこいとばかりに先導を始める。
狼からは怒りは感じられたが、敵意はなかったためついていく。
進んでいくうちに完全に暗くなった森の中をランタン一つで歩き、やがて狼たちの本拠地に近づいたか、そこかしこから狼たちの視線が集まるようになる。
「この数に襲われたら一方的にやられるかもしれないな」
呟いたアロンドに、サイニーがそうねと返す。
「敵対しないよう言動には注意しておきましょうか。なにか不興を買うことになるのか、よくわからないけどね」
「そこは狼たちをけなすようなことを言ったり、いきなり攻撃しなければ大丈夫だと思う」
平太の言ったことは、人間相手でも当然のことだ。
獣風情とは思わずに、たしかな知能を持った相手という認識で接した方がいいと判断し、アロンドたちは頷いた。
開けた場所に出て、先導していた狼たちはそこにいた群の中へ戻っていく。
その群の中には子供の姿はなく、人間との戦いで負ったのか怪我をしている狼の姿がちらほら見える。
群の中にグラースもいて、その隣に一回り大きいが老いを感じさせる狼がいる。
『歓迎』
その狼を平太たちが見てすぐに、言葉ではない歓迎の意思が感じられた。
「今のは……もしかして君が?」
『肯定』
アロンドが問いかけると再び言葉ではない肯定の意思が感じられた。
アロンドたちは能力だろうかと考えているが、年を経てできるようになった能力に近い技術だ。
なんにせよ、意思疎通が容易なのは助かる話だった。
「治療した狼から俺たちがここに来た目的は聞いているか?」
『肯定』
「待ち伏せることに問題はない?」
『無し』
「じゃあ、角族がいつもどこに現れるか教えてほしい」
『此処』
「ここか。じゃあここら辺りに潜んでもいいか?」
『了解』
「ありがとう。戦いになったら君たちはどう動くのだろうか」
『仇討ち』
強い感情が飛んでくる。老いた狼だけではなく、ほかの狼たちからもその感情は感じられた。
「君らも角族と戦うということか。まあ当然だろうな。となると少し困るな」
狼たちと一緒に戦えるほどアロンドたちは器用ではないのだ。
戦いになってからの動き方を身振り手振りを交えて話し合う。
互いに角族に恨みを持つサフリャと狼たちが先制を譲らず、少々話し合いはこじれたが、なんとかおおまかにまとまった。
戦いはサフリャと狼たちが一緒に先制。そののち狼たちが退いてアロンドたちが前に出て攻撃。狼たちは戦いを見続け、角族が退く様子を見せたら飛びかかって阻止。こういった流れになった。
獣人のサフリャならば、獣の魔物であるグラースたちに混ざっても邪魔になることはないだろうと考えて、共に先制ということになった。
一撃を加えたら狼たちが戦いを続行せずに退くのは、強さはアロンドたちの方が上だと判断したからだ。
話し合いを終えた平太たちは藪と木陰で広場からは見えない位置に隠れる。
いつくるかわからないため、二交代で見張り体を休める。
男組と女組でわかれて、最初は男組が見張る。この中で一番体力のないラインを休ませるためだ。
その日は角族が姿を見せることはなく、静かな夜を過ごすことになった。
夜が明けて、平太たちは町に戻る。念のため日中に角族が姿を見せたことがあるかの確認を狼たちにして、ないということなので宿に戻って本格的に休息を取ることにしたのだ。
早い朝食を食べたあと、昼過ぎまで眠り、昼食と夕食をかねた食事をとったあとは、軽く体を動かして、昨日と同じく日暮れ前に森に入る。
健康的とはいえない生活スケジュールで、サイニーとラインは肌荒れなどを気にして、早期解決を切に望んでいた。
二人の願いもむなしく、その日もその次の日も角族が姿を見せることはなかった。
今回の件が終わったら、温泉にでも浸かって疲れを取りたいと二人が小声で話していると、狼たちが騒ぎ始めた。
なにか起きたと判断した二人は即座に口を閉じ、寝ている男たちを起こす。
全員の視線の先で、道化姿の男が空からゆっくり下りてきた。
サフリャは食い入るように道化師を見る。一度たりとも忘れたことのない姿そのままで、今すぐに刃をその顔に叩き付けたい。だが攻撃はグラースの遠吠えを合図にという取り決めだった。動き出そうとする体を押さえつけ、そのときを待つ。
我慢しているのは狼たちも同じだ。牙を突き立てたいのを我慢して、機会を待つ。
「調子はどうだーい? 可愛い可愛い子供たちを守るため頑張って人を襲ってるかな? 子供たちは君たちに会いたい会いたいとうるさいほどに騒いでいるよ」
ニヤニヤとしながら道化師は嘘を吐く。
これまでは子供たちの無事を知れる貴重な話だったが、助かった狼から本当のことを聞いている狼たちにとっては神経を逆撫でする話でしかなくなっている。
ざわりと怒りの気配を放った狼たちに道化師は不思議な視線を向けたものの、気にせず話を続ける。
「何を怒っているのかなー? 君たちの態度一つで子供たちへの対応も変わるんだよー?」
早く謝らないと子供たちが死ぬことになるのだと、煽るように早く早くと急かしながら両手を広げその場でくるくる回る。
このときを狼たちは待っていた。道化師は話すとき、大きな身振り手振りを加えるのだ。
道化師にとっては、狼たちが自分にはどうすることもできないと思っているからこその余裕なのだが、今日はそれが隙になった。
グラースが吠え、一斉にほかの狼たちが動く。
サフリャもまた動いた。いつでも動けるようにグラースの挙動を見続けていたのだ。
獣化の能力を使い、顔を犬に変えて、体の筋肉も強化される。強化された身体能力を存分に使い、真っ直ぐ道化師へと進む。
「んな!?」
反逆を受けないと確信していた相手からの攻撃に、とびだしてきたサフリャに、その両方に驚いた表情を見せて道化師は慌てて、手に持っていた飴細工のような赤白二色のステッキをかまえる。
「子供たちがどうなってもいいと言うんだな!?」
飛びかかってくる狼たちを打ち払いながら言う。
「ほとんどが死んでいることはわかっているんだ」
サフリャがそう言いながら十分な勢いを乗せてハルバードを上段から振る。
道化師は杖で受けたものの、受け止めることはできず、吹っ飛ばされる。
「なに!? そもそもどうして人間が魔物と一緒いる? 協力などできるはずもないだろう、そう仕組んだ」
「貴様がそれを知る必要はない! お前ができることはここで朽ちることだけだ!」
言葉と同時に追撃の突きを放つ。
道化師は右に避けたが、ちょうどその位置にいた狼二匹が腕と足に噛みつく。
「ええいっうっとうしい!」
噛みつきでのダメージはほとんどないが、動きが少し束縛される。さらに狼が殺到し、手足と背中に食いついている状態になる。
道化師はその場で勢いよく回って狼たちを振り払う。
入れ替わりに、体格の一番いい狼が、道化師の腹めがけて突進し、そのあとを追ってサフリャが走る。
「ぐお!?」
体当たりを受けて体勢を崩したところに、サフリャがハルバードをフルスイングする。
防御が間に合わず切り裂かれた道化師を見て、狼たちは一斉に退く。
その様子を見ていたアロンドとサイニーとラインが動く。平太はその場におらず、姿も見えない。平太は木々の間を移動して、明かりの魔術具を使って広場に放り込んで回る役割を負っているのだ。現状の明るさでは、人間にとっては少々動きづらいのだ。
「次の相手は俺たちだ!」
「ええい! 次から次へとっ」
第二陣最初の攻撃はサイニーの放った水の槍だ。
上空に現れた三本の水槍が道化師めがけて三方向からタイミングをずらされて落とされる。
「ちっ」
一本目を避けた道化師は、二本目も避け、迫る三本目はステッキで払い、砕けた水槍の飛沫をその身にたっぷりと浴びた。
垂れる滴をぬぐう間もなく、アロンドとサフリャが左右から迫る。
サフリャのハルバードをステッキで受け止め、アロンドの剣は怪我を覚悟で左手で受けた。
「人間と獣風情が仲良しごっこだと? そんなつまらない演目はいらないんだよ! まとめて殺してやるっ」
怒りの表情で、ゴムボールのようなものを上空に百以上出現させた。
だがそれらが使われる前に、道化師の耳にするりと入ってきた言葉に動きを止めさせられた。
「できるかな?」
道化師はその言葉に目を見開いた。問題なのは内容ではなく距離だ。思ったよりも近い位置で聞こえたのだ。
慌ててそちらを見ると同時に、首に刃が当てられ横に引かれる。
そこにいたのは明かり確保の役割を終えて、気配を殺して接近してきた平太だ。ロナの能力と技術を再現しているため、暗いこともあって道化師に接近できたのだった。
「いつの間に!?」
首の傷はうっすらと血をにじませるだけで、平太は驚かしただけな結果に顔を顰めつつなにも答えることなく再現しているものを消し、かわりにグラースの能力を再現し、間近で冷凍砲を使う。
水の槍でびしょぬれにしていた成果もでたのか、道化師は真っ白に染まる。
「今だ!」
急いで離れる平太の言葉を合図に、アロンドが剣を振り、サフリャがハルバードを叩き付け、狼が体当たりを行う。
それらの衝撃で道化師の右腕、左手、右足が砕けた。
さらなる追撃をとアロンドたちが動く前に、勢いよく真っ白な道化師が上空に移動し、元の色を取り戻す。
突き刺さったままだった剣を抜き捨て、怒りの感情でそまった表情を全員に向けて口を開いた。
「好き放題やりやがって! 魔王様に覚えめでたきこの俺にここまでやってタダですむと思うなよっ。だが今日のところは退いてやる! 次はこんなふうにいけると思うな! 次会うときまで精々怯え暮らすがいい!」
「次なんてない!」
即座に言い返した平太は周囲の迷惑にならず、なおかつ重く硬いものを道化師の上空に再現した。
それは南門町に行くために乗ったバスだ。本当は以前再現した城壁を使いたかったが、狼たちを巻き込みかねずバスを選んだ。
頭上に現れた影に気づいた道化師が見上げると、バスは重力に従って落下を始めていて、道化師を巻き込んで地上に落下した。
町まで届く轟音が収まり、巻き上がった土や雑草交じりの風が通り過ぎたそこには、ぼろぼろになったバスの下敷きになってもかろうじて動いている道化師がいた。
「な、なんなんだいったい!?」
理不尽ともいえる出来事に道化師の口から愚痴が漏れ出る。
道化師の視線は現状を引き起こした平太に固定されている。
その隙にサイニーが動く。巨大な水の槍を作りだし、それをグラースに凍らせてもらい放ったのだ。
勢いよく飛んでいった氷の槍はバスもろとも道化師を吹っ飛ばす。
空中に浮かび、すぐに地面にたたきつけられた道化師へと迫る影が二つ。アロンドとサフリャだ。
まずはアロンドが剣を道化師の胴に突き刺して地面に固定し、すぐにその場から離れる。
アロンドが刺したときには、サフリャはジャンプして、ハルバードを大きく振り上げていた。
「ここで死んでいけっ」
道化師の首めがけて振り下ろされた刃はギロチンのようで、道化師に死を与えるべく狙い違わず首に迫る。
「まだ死ぬつもりなどないのだ!」
必死の表情で道化師はステッキを刃の軌道上に掲げた。
だがサフリャの全身全霊の一撃はそのステッキを叩き斬り、首をはねた。
斬られた衝撃で遠くへと転がっていく道化師の表情は信じられないといったもので、その表情のまま命を散らした。
完全に動かなくなった道化師を見て、サフリャは言葉にならない獣のごとき雄叫びを上げる。それに追従し、グラースたちも勝利の遠吠えを森に響かせた。
そんな様子を見ながら平太は大きく溜息を吐いた。
「事前に準備できてようやく一方的な展開か。やっぱり角族は強いな」
戦力を大量に確保して、それを奇襲でぶつけても生き延びていた角族に平太は感心する思いがわく。
「あの鎧よりは弱かったけどな。策謀を巡らして、弱体化した相手を叩くタイプだったんだろう」
刺さったままだった剣を抜いてきたアロンドが言う。
「それでもダメージの通りは悪かった。鎧や魔王を相手取るにはさらなる強化が必須だな」
「そのための修練場でしょ。なんか寄り道ばっかりしている気がするけど、クルマでの移動分で遅れは帳消しってところかしら」
近づいてきたサイニーは氷の槍のことを思い返しつつ会話に加わってくる。
あの攻撃は自身に足りていない攻撃力を補うものであり、心に強く印象づけられたのだ。
「皆さん、怪我はありませんか?」
ラインも近づいてきて尋ねる。
三人は自身の体を調べて首を横に振る。
かわりに平太は狼たちの治療を頼む。共同で戦った狼たちの治療にラインは異論なく、大怪我をしていそうな狼たちに治癒の能力を使っていく。
治療も粗方終わり、アロンドが静かなサフリャに帰ろうと声をかける。
「ん」
そう短く返事したサフリャは気が抜けているように見えた。
仇討ちが終わったことで抱えていたものが消えた。憎しみは消え、満足感がある。だが憎しみ続けてきた時間に対して、あっさりとした終わりに腑に落ちないものも感じている。
憎しみの炎を燃え上がらせていた大本は消えたが、炎自体は勢いを落としたものの消えていない。時間が経てば消えるのだろう、だがそれは今ではないし、水をかければすぐに消えるものでもなく、行き場のない感情がしばし残ることになる。
サイニーは長生きした経験から、そんな心情を察していた。時間が一番の特効薬ということも知っていて、あとでそこら辺りを話しておこうと決めた。
角族の死体を持って暗い森を出た一行は、町の入口で彼らの帰りを待っていた自警団の代表に出迎えられる。
死体を持っていた平太とアロンドは代表の前に死体を置く。
たき火の明かりに照らされた死体をじっと見た後、代表は口を開く。
「これが原因の角族と見ていいんだな?」
「はい。狼たちと協力して無事討伐完了しました。狼たちが暴れることはなくなるでしょう」
アロンドの言葉に頷いた代表は、死体が偽装されたものではないかの検査をするため、これを引き取る。
アロンドたちを疑っているわけではないが、今回のことを領主へ報告する際、納得させる材料として検査は必要だった。
検査のあとは町の人間に今回のことを説明するため、死体は晒されることになる。
「狼と協力して討伐か、地元の人間じゃないからできたことだな」
「それの公表はしますか?」
平太の確認に代表は頷いた。
「するが、狼たちへの悪感情はなくならないだろうな。いやまあ、こっちから攻めることがたまにあるのになに言っているんだという話ではあるんだが」
「自分がやるのはいいけど、やられるのは嫌だという話は珍しくないですからね」
平太自身もそういったところはあると自覚している。
代表たちも同じ思いなのか、ばつが悪そうに苦笑を浮かべた。
「これまで通り森の外側だけ入るように言って、復讐しようと奥に入らないように言って聞かせておく必要があるな」
「角族が悪いと言っても、実際に被害を出したのは狼だからどうしても納得できない人はいそうだけど」
サイニーがそういった人に対してはどうするのか尋ねた。
「正直なところ剣を持って一人で森に入るのは止められないな。それはもう自身が死ぬことも覚悟して入るということだろう。基本的にこの町の人間は狼に勝てない。しかしハンターを雇って狼を根絶やしにしようとしたら止める。せっかく静かになった狼たちを刺激することになりかねない。そんなことになったら町に被害がくる」
狼に復讐しようと考えていない人へも影響があるのだから、町を守る者としては見逃せないのだ。
「復讐心をどうにか紛らわせようという試みはしないんです?」
「他人が言ってどうにかなるようなものじゃないよ」
代表が答える前にサフリャが答える。
復讐心を抱えていた人間の言葉なので、短くとも重みはあった。現に聞いた平太も納得している。
「彼女の言う通りだな。相談にのって鬱屈したものを吐き出させる程度はやるつもりだが」
それ以上のこととなると、カウンセリングができる医者を呼ぶ必要があるだろう。しかしながら代表はそう言った人間に心当たりはないのだ。
平太たちにもそういった技能はなく、またそこまで踏み込むにはこの町との関わりが薄い。
代表との会話を終えて、一行は宿に戻る。ボーグヘッド工房に黒幕討伐を行ったこと知らせに行こうと思っていたが、疲れているだろうと兵がかわりに行ってくれることになった。
昼過ぎまで十分に眠った彼らに、ボーグヘッド工房から使いが来ていた。
いつでもいいので来てほしいという伝言を残して帰っていたので、昼食を食べたあと工房に向かう。
いつも対応してくれる男が出てきて、応接間に通される。男はすぐに戻ってきますと言って応接間を出ていき、言葉通りすぐに戻ってきた。その隣には顔色の悪い初老の男がいる。
初老の男はソファーに座り、平太たちに一礼する。
「初めましてここの工房主のジャラッドと言います。この度は疲れているところお呼びして申し訳ない」
「いえ、ある程度休んでいますので」
いつものようにアロンドが代表して答える。
「そうですか。お呼びしたのはあなた方の口から孫の安否を知りたかったからなのです」
縋るような思いで言う。
兵と弟子から生存確率は低いと聞いていたが、直接現場を見てきた者から話を聞くことで希望を持ちたかった。
「お答えしますが、私たちはお孫さんの姿を見ていません。というか森で人間の姿も、死体も見ていません。ただし角族が人間を殺したことは知っています。ですので、後日森を探してみたら野ざらしの遺体が見つかるかもしれません。あと南東部の村に逃げて治療中という話も聞いていません」
「そう、ですか」
「力になれず申し訳ありません」
「いえ、この町の危機を救っていただけただけでもありがたいことです」
視線を落とし、小さく首を振って気分を切り替えたジャラッドは顔を上げる。
「皆さんはシャンロに紹介され、ここに来たのだとか。防具を求めてでしょうか?」
「ええ、ですが頼めるような状態ではないでしょうし、いい職人を紹介してもらえればそちらに行きますよ」
「いえ、こちらに任せてもらえないだろうか。手紙には魔王討伐を目指していると書かれていた。その過程で角族ともぶつかるのでしょう?」
瞳の中に暗い炎を揺らめかせながら聞く。
その目を見て心情を察しつつアロンドは頷く。
「まあ、そうなるのでしょうね」
「でしたらぜひとも私に作らせてほしい」
アロンドたちが返事をする前に、ジャラッドの隣に座っていた弟子が口を開く。
「私は反対です」
そちらから反対意見がでるのは予想外で、全員の視線が集まる。
「えと、急ぎの注文でもありましたか?」
割り込む形になるので反対されたのだろうかと考え聞くアロンド。
「そうではないのです。あなた方に作るということには賛成なのです。ですが今の師匠には作らせる気はありません」
無言で見てくるジャラッドに強い視線を返す。その目に宿る光は、今のジャラッドには眩しいもので顔をそらす。
顔をそらされても弟子は気にせず話を続ける。
「師匠は常々防具を作ることの信念を語っていましたね? 今の師匠はその信念から外れています。ですので私は断固として反対しますし、ほかの兄弟子たちにも話を通して止めてもらいます」
「その信念とは?」
「防具とは身に着ける者を守るためにある。ならば作り手は着る者の無事を祈り作らなければならない。けっして戦いをけしかけ無茶させることを望むような思いで作ってはダメだと。今の師匠は角族への復讐心を込めた防具を作ることになります。それは信念から外れることですし、恩人に対して行うような仕事でもありません」
ジャラッドは歯が砕けんばかりに食いしばり、ダンッとテーブルを叩く。
「ではどうすればいいのだ! この苦しみ悲しみはどう晴らせばいっ。私が若ければ剣を持って角族に突きつけた。だがっ私はもう若くはない。旅にでるのもおぼつかないだろう! どうやってこの思いをなくせと言うのだ! 角族と戦うという者たちに、私の鎧を見に着けてもらいかわりに戦ってもらうしかないではないかっ」
「それをすれば誇りは消え、職人ジャラッドは死にます」
「仇討ちができるなら職人として死んでもかまわんっ」
「お孫さんは職人への道は進みませんでしたが、職人ジャラッドを心底尊敬していました。お孫さんの命が消え、さらには想いすらも消し去る気ですか」
孫のことを出されると、ジャラッドから放出されていた激情が止まる。
「今の師匠を見たらお孫さんはきっと悲しみますよ」
その言葉にジャラッドは両手で顔をおおって声を上げて泣き始める。
アロンドたちは席を外そうかと静かに腰を浮かせたが、それに気づいた弟子が手で制して待ってもらう。
そのまま五分が過ぎて、気持ちが落ち着いたか目を赤くしたジャラッドが、少しすっきりした顔をアロンドたちに向ける。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ、それだけお孫さんのことを想っていたということですから」
「ありがとうございます……再度お願いしてよろしいでしょうか。身勝手なことをしようとした老人の願いです、断ってくださってもかまいません」
「どうぞ」
アロンドはやわらかな笑みを向けて先を促す。
「あなた方の防具をこの誇りを捨てかけた老人に作らせてもらえないでしょうか。孫にもう一度胸をはれる品を作ってみせます」
「わかりました。その思いがあるなら、きっと良い品を作っていただけるはずです。よろしくお願いします」
アロンドが頭を下げて、平太たちも続く。
「お任せください」
ジャラッドは早速防具を作るために必要な行動を取り始める。
採寸の道具を弟子に頼み、弟子は尊敬している姿に戻った師匠に嬉しげな返事をして応接間を出ていく。
弟子が出ていくと、五人に防具に対する希望を聞いていく。
三時間以上かけて話し込んで、ジャラッドは今日のところは作業を終えた。良い物を作るため、体調を整えるのだ。孫が行方不明になってからというもの、健康は二の次な生活をしてきた。こんな状態では良い物は作れない。
やる気に満ちたジャラッドに別れを告げて、平太たちは宿に戻る。
夕食を食べて、風呂にも入った平太は少し涼むため散歩に出る。
ぶらぶらと宿の近くを歩いていると、風呂上りなのか髪の湿ったサフリャがぼうっと星を見ているところに出くわした。
道化師を倒したときのように気の抜けた様子だ。
「サフリャも涼むため散歩中?」
「ヘイタ……まあそんなところ」
ちらりと平太を見てすぐに視線を空に戻す。
「仇討ちできたのに、なんか嬉しそうじゃないね」
「嬉しいよ。ただ思っていたよりあっさり倒せて、もやもやとしたものが残ってる」
「そっか。サフリャは目的果たしたと言っていいし、ここで旅を終わらせるの?」
「魔王討伐までついていく……けどそのあとはどうすればいいんだろう。それにジャラッドさんとその弟子の会話で思ったことがある。仇討ちは私自身が望んだこと。成し遂げることができたのは嬉しいけど、家族や村の人たちは喜んでくれるのかって」
復讐の経験などない平太ではなにも言えない。だからドラマや漫画などから以前見聞きしたことから引用させてもらうことにする。
「……それはもう誰にもわからない。なにを喜び悲しんだかは、その人たち自身が感じることであって、俺たちには推測することしかできないから。もちろん復讐してくれたことを喜んでくる人はいただろうし、復讐にかられて普通の生活を捨てたことを悲しむ人もいたかもしれない。でもそれらはもう生きている俺たちには判断つかない」
黙って聞いているサフリャは小さく頷いた。
そこで終わりと思っていたサフリャは、だから、と続いた平太の言葉に関心が向く。
「確実に喜んでくれそうなことをやっていけばいいんじゃないの?」
「確実に……なにがあるのか」
「わからない? 復讐には無関係な俺でもなんとなく思いつくけど。サフリャの故郷って魔物に襲われた当時のままだろう? それを取り戻して、村人たちの墓を作って弔ってやればいいと思う」
「あ」
魔物の集団に襲われて、家族が村人が死ぬところ見ながら村から命からがら逃げだし、死んだ者たちの仇をとるため鍛えて戦い続けてきた。
そちらばかり目を向けていて、ここまでやってきた。死んだ人たちのことを思い返すことはあっても、村や遺体のことまでは考えなかった。
「野ざらしよりも墓に入った方が安からに眠れるんじゃないかな。まあ、これも生きている者の勝手な考えだけどさ」
「そうかもしれない。でもお墓は作ってあげたい。村を取り戻したい」
「目標できたじゃん、よかったよかった。取り戻したあとのことは、そのときになったらなにか思いつくだろうしね。村の復興するもよし、ハンター続けるもよし」
「ん、ありがとう」
どういたしましてと笑みを向けた平太に、同じくサフリャも笑みを返す。
少し離れたところでは、サイニーが様子を窺っていた。サフリャの気分を落ち着かせるため話そうと思っていたが、平太が先に話していたので待機していた。
見ていて特にフォローする必要性もないように感じたサイニーは、そっとその場を離れる。
仲間の問題が解消されたことで、上機嫌な様子で宿に戻ってきたサイニーを見たアロンドとラインは首を傾げることになる。
この町での目的を果たした一行は、次のパンネゼリー探しのため準備を始める。
アロンドとサイニーとラインが補充のため買い物に向かい、平太はグラースたちに別れを告げるため森に入る。サフリャは平太の護衛だ。
森に入ってすぐに狼が現れて、じっと平太たちを見てくる。その狼に平太は長に会いたいと告げる。
狼は先導するように歩き出し、二人はそれについていく。
道化師の角族と戦った広場に案内され、老いた狼と向かい合う。この前ほど狼はいないが、グラース他数匹が長を守るように座っている。
『何用』
用件を問う意思が二人の心に飛ばされる。
「この町での用事は終わったから、俺たちはここから去る。それを伝えに来た。そしてあの角族退治に関して礼を言う。協力があったから俺たちはあれを倒すことができた」
『感謝。不要。其方。今後?』
「ここから去ってどこに行くのか、なにをするのかってことでいいのかな?」
平太の言葉に長は頷いた。
「俺たちの目的は魔王討伐。だから今後もそれを達成するために鍛えて、必要な道具を集める。そして魔王のいる西へ向かう」
そのためにグラースに力を貸してほしいと言いたいが、群の数が減っている今、同行を求めるのは厳しいかと思っている。
『魔王。我等。報復。同胞。同行。希望』
「今回のことで魔王軍に報復を望むから、仲間から一匹連れて行ってくれ。ってことかな?」
平太の確認に長は頷く。
この申し出は平太には嬉しいが、本当に良いのか尋ねる。
『支障無し』
「じゃあ、そこの冷気を使う君に来てほしい。大丈夫だろうか」
長とグラースは顔を見合わせ、なんらかの意思疎通を行う。
最後に長が吠え、グラースもそれに応えるように吠えて、平太たちの前に来て座る。
了承と受け取った平太は、かがんでグラースの背をそっとなでる。
「よろしく頼む」
「ウォフ」
再びグラースと行動できることが嬉しく、隠しきれない笑みが浮かぶ。
未来のグラースとは別の存在に近いとは理解しているが、それでも相棒と呼んでもいい存在とまた一緒にいれるのは喜ばしいことなのだ。
対するグラースは親愛の情を向けてくることに戸惑いを感じてるが、これから共に動くならこの方がいいだろうと受け入れることにした。
平太は時間があればグラース用の櫛を再現して、ブラッシングしようと決めて長を見る。
「出発は明日なので、そのときにこの子を迎えにきます」
『承知』
じゃあまた明日ね、と平太はグラースを撫でて森を出る。
翌日、準備を整えた一行はジャラッドにひとまずの別れを告げカターラを出る。森まで歩きで向かい、森から出てきたグラースを迎え入れると車で出発する。




