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4 町案内

 中庭から去る平太を欠片を通して見ながら、エラメーラはここ数日疑問に思っていることを考える。

 内容は平太についてなのだが、平太に問題があるわけではない。


(そう、数日見守っていたけど、ヘイタには問題はない。なのに)


 思い出されるのは平太がこちらに来た日の夜のこと。

 平太に言ったように始源の神が住む島に行ったのだ。そして大神の一人カルテラジが建物の外で待っていた。

 この時点でおかしい。別の用事でその島に行ったことは何度もある。そのときは大神や始原の神の世話をする小神に用件を伝えてから大神に会うという段取りをとったのだ。


(誰かほかの大神を待っているのかと思ったら、私を待っていたし)


 出迎えられたことなど一度もない。よく来たわねと告げられたとき、驚きで一瞬思考が止ったほどだ。

 呆然とする自分の手を引いて東屋まで移動し、そこで言葉や文字をがわかるようになる力の欠片を渡された。

 なにも言っていないのに、必要なものを渡されて、そこで違和感を感じた。

 そういった力自体を用意するのは始源の神や大神ならば容易いだろう。しかしすぐその場で用意できるほどではないはずだった。


(事前に用意していたことになる。事故でやってきた人間を気にしてフォローの準備を整えていた。勇者に対してすらあまり動くことはないのに、ヘイタには対応する。しかもそれとなく気にかけ、助力するようにも言われた)


 自分のような町に住む小神ならば気にかける人間も出てくることはある。けれども大神は人とともに暮らすことはなく、個人を気にかけることはない。


(はず、なんだけど。実際は気にかけてる)


 もしかするとイレギュラーとして呼ばれた勇者なのかと思って聞いてはみたが、違うと返ってきた。


(力を貸してもいいと言ってたから、悪人として見ているわけじゃなさそう。なにか役割があるから気にかける様子を見せた? ヘイタは偶然こちらに来て、こちらで過ごした日数は短い。その間になんらかの役割を見いだせるものなのかしら)


 エラメーラから見た平太は、再現という能力以外は平凡なもの。特別勇猛果敢といった様子はない。美人美少女に見惚れるのは男なら大抵はそうだし、誘拐されて憤りを見せるのも当たり前。町に住む者たちと同じように慈しむ対象として見ている。大神が気にかける要素は「再現」以外にない。


(再現をなにかに使おうとしてる? 少なくとも今の再現ではないわね。能力が一段階進化したとき、そのときになんらかのアクションがあるかしら)


 できるならば利用し使い捨てといったことにはならないように願う。

 大神たちは人間よりも世界を優先し、少人数の犠牲を肯定することがある。

 望まずこちらに来て、使い捨てられる。そのようなことは悲劇でしかない。


(何事もなく元の世界に帰ることができればいいのだけど)


 ◆


 エラメーラが帰り、カルテラジも建物の中に入る。

 神の家といっても荘厳さで溢れているなんてことはなく、綺麗に掃除された穏やかな雰囲気の屋内だ。部屋は全部で三十。好きな部屋をそれぞれが使っている。部屋を使わず、屋外で暮らす神もいる。人間の建物との違いは、各自の個室のみで、食堂や風呂やトイレといったものがないことだろう。飲み食いは趣味にあたり、食べたものも体に全て取り込むため、それらが必要ない。体についた汚れも己の意思で落とせるため風呂も基本的に必要ないのだ。

 カルテラジは自室には戻らず、テラスに向かい、そこに座っている象の顔を持つ男に話しかける。

 男はネージャスという名の、カルテラジよりも長く生きた大神だ。


「エラメーラは帰ったわ。教えられたとおりに対応したけど、不思議そうだったわよ。私も同じ気持ちだけどね」

「ありがとう。彼に関しては慎重に行動したいんだよ」

「彼ってなんなの?」


 カルテラジも平太に関して詳細を知らないのだ。昼のうちにネージャスに頼まれエラメーラを待っていた。


「二年もせずにわかるから、それまで自分なりに考えてみるのもいいんじゃないかな」


 子供に対して言うような口調で、答えを口に出すことはない。

 それに不満ですといった表情を見せるカルテラジ。


「そうやってすぐ子供扱いするんだから。あなたと出会ったばかり頃の私は右も左もわからない状態だったけど、今は一端の神なのよ?」


 大神になってもう四百年だ。子供扱いは不満でしかない。


「そうだったね、つい癖でね」


 ネージャスは大神の中で一番長く生きているため、一番若いカルテラジをついつい子供のように扱ってしまう。

 カルテラジがきちんと仕事をこなせることは理解している。未熟故に子供扱いしているわけではなく、ネージャス自身が言ったようにふとしたときについ子供のように見てしまうのだ。


「まったく。それで彼については教えてくれないのね?」

「そうだね。詫びとして少しだけ教えよう。でもそれがヒントにはならないよ」

「ヒントにならない? とりあえず教えて」

「アキヤマヘイタという人間は、今この世界に二人いる」


 ネージャスの言葉を理解しようとカルテラジは目を閉じて考える。


「それは同じ名前の人間がいるってことじゃなく、なにからなにまで同じ人間が二人いるってこと?」

「些細な違いはあるね。でも骨の位置や臓器の位置は同じ、肌の質や血の種類も同じ、思い出も同じ。二人を並べてまったくの別人と思える人はいないだろうね」

「……たしかにヒントにはならないわね。情報が少なすぎる」

「さらなるヒントを求めて彼にちょっかい出しては駄目だよ」

「わかってる。二年待ってみますか」


 ネージャスの対面に座り、テーブルに突っ伏す。

 神にとって二年は短い。その程度日々仕事をこなしていればわりとすぐに経過するのだ。


 ◆


 神殿入口に来て、そこで待っているだろう人を探し平太は周囲を見る。


「こっちですよ」


 待ち人の方が見つけるのが早く、平太に声をかける。そちらにいたのはバイルドの家にいた女だ。百六十を少し超えるふっくらとした美人で、腰辺りまでの艶のある黒髪を首の後ろで二つに縛っている。服装は長袖シャツにロングスカートと特別こったものではない。

 リンガイやベールが彼女を見れば、身のこなしから戦闘経験があることを見抜けたはずだ。


「爺さんの家の家政婦さん?」

「はい。あなたはアキヤマヘイタ様で違いありませんか?」


 笑みを浮かべて首を傾げ問う。目にも表情にも態度にも、あらゆる部分において歓迎の雰囲気が漂っている。


「あってるけど、様づけは」


 自分には相応ではないと感じ、止めてくれるように頼む。


「ご主人が迷惑かけたのですから、丁寧に接しなくては駄目だと思ったのですが」

「たしかに迷惑をかけられたけど、それを、あなたにまで適用させようとは思わないよ。ところで家政婦がくるとだけ聞いて名前は知らないんだけど」


 女は自身の胸に手を当てて小さく頭を下げる。


「私はミレア・キュール。ミレアとお呼びください。家事全般を担当しています」

「これからよろしくミレアさん」

「はい。では行きましょう。町の案内をしながら買い物もして家に帰ろうと思っていますが、それでよろしいですか?」


 平太は頷き、ミレアについて歩き始める。


「アキヤマさんはハンターになるのでしたね?」

「うん」

「だとしたら肉の買い取り所に顔を出しておきましょうか」

「職員に狩りの許可とかもらっておいたほうがいい?」


 登録料とか必要なのかなと思いつつ聞く。それにミレアは首を横に振る。


「許可は特には。ただ、働きますよと顔見せはしておいた方がいいですね。これからお世話になるのですから」


 円滑なコミュニケーションのための挨拶だ。挨拶程度で好印象を与えるまではいかないだろうが、やっておいて損はない。

 こちらですと先導し、十分歩くとテントがいくつもある広場にでる。まだ午前中で正午には三時間ほど時間があるので活気は大きいものではない。夕方前くらいが一番活気がある場所だ。今は昨日狩った獲物を売りにきた者がぱらぱらといる程度だ。無色人だけではなく、色人や獣人の姿も見えた。


「こちらが買い取り所の建物となります。仕事の紹介もしていることから斡旋所とも呼ばれていますね」


 ミレアに連れられコンビニより少し大きな建物に入る。

 建物の半分をハンターに解放していて、残り半分はカウンターや資料室や倉庫となっている。奥には地下倉庫への階段もあるが、平太の位置からは見えない。壁には何枚もの紙が貼られていて、それを数人の男女が見ていた。


「壁の依頼書をカウンターに持っていけば細かな説明を受けられ、依頼の受諾ができます。狩り以外の仕事を得ることができますよ」


 説明しているミレアに、三十手前の男が近づいてくる。


「いらっしゃい、ミレアさん。今日もなにかの依頼で?」

「いえ今日は案内です。こちらのアキヤマさんがハンターになるので」

「そうでしたか。初めましてここの職員のカンザスと言います。新しいハンターを歓迎しますよ」

「初めまして秋山平太と言います。これからよろしくお願いします」


 互いに頭を下げて自己紹介する。


「アキヤマ君ですか、聞きなれない名前ですね。どこの出身ですか?」

「えっと」

「イライアのシューサでしたよね?」

「え、うん。そこだよ」


 ミレアの手助けに平太は頷く。


「それはまた遠い所から」

「実家の方で問題があったらしくて遠い親類の私を訪ねてきたのですよ。そのまま一緒に暮らすことになりまして」


 出身を考えていなかった平太は助かったと思いつつ、すらすらと嘘を吐けるミレアに感心するような視線を向けている。その視線にカンザスは気づいたが、実家関連の問題のために誤魔化したことがあるのだろうと怪しまず触れないでおいた。さすがに召喚されたとは想像もしていない。


「装備は準備できているようですから、多少の経験はあるので?」


 カンザスの問いに平太は首を横に振る。


「これはもらいものです。まったくの素人ですよ。だから最初は狩りよりも薬草を中心に集めていく予定です。ほかのハンターと違って宿賃は無視できるので」


 狩りは獲物に出会えたらやるといった感じだ。


「そうですか。少しずつやっていくのも堅実でいいことだと思います」


 大物狙いで新人が倒れるという話も珍しいことではない。だがそういった話に誰もが慣れているわけでもなく、聞かないですむならその方がいい。

 仕事があるカンザスは話を切り上げ、カウンターへと戻っていく。

 挨拶を終えた平太はどんな依頼があるか見てみようと壁に近寄る。


「依頼は期限が迫っているものとそうでないものでわけられているんですよ。主に商隊護衛が急ぎの依頼ですね」


 期限がゆっくりなのは、特定の食材を集めたり、薬の材料となるものを集めたりといったものだ。どちらも草原にはないものなので平太にはまだ受けることができない。


「商隊って大人数なイメージだから専用の護衛を雇ってそうだけど」

「大人数の商隊は専用で雇っていますね。でも少人数の商隊や行商人が集まって臨時の団体になっている場合は雇うんですよ」


 なるほどと頷き、ここでの用事を終えた平太は買い取り所を出る。


「次は日用品の買い物ですね。食器は買いましたけど、服とかは本人がいないとわかりませんから」

「お金持ってないんだけど?」

「大丈夫ですよ。自由に使えるお金がありますから。神殿からも援助されていますし」

「神殿の方は問題ないとして、家の方は爺さんのお金なんじゃ」


 嫌そうな表情の平太に、えらく嫌われたものだとミレアは苦笑を浮かべた。


「ご主人に援助されたものですが、もとをたどるとよその家から出たお金ですから気にすることはないかと」

「……それならいい、のかな?」


 納得できたようなできないような表情の平太を連れて買い物が始まる。

 デパートようなものはなく個人商店で間に合わせとして古着を買い、その後別の店でサイズをはかり新品の服や靴を注文していく。こだわりはないので、どのような色形かはすべてミレアと店員任せになる。


「全部古着でもよかったのに。お金たくさん使ったよね」

「ここ最近で一番の出費ですが、必要なものですからね。それにこれから始まる新生活に古着だと、けちがつきそうじゃないですか」

「そんなものかな」

「そんなものです。もう昼過ぎですし、お腹がすいたでしょう? 食堂に入りましょう」


 お薦めがあるんですよと五分ほど歩いて食堂に入る。人気があるようで時間帯がずれているのにもかかわらずほぼ満席だ。

 入り口に立つ二人にエプロン姿のウェイトレスが近づいてくる。平太よりも年下の少女だ。白髪をショートポニーテールにしている。可愛い少女でこの店の看板娘なのだろう。


「ミレアさんっ」

「こんにちは、パエットさん。いつもより人が多くない?」

「新メニューの評判がよくて。昨日からこんな感じですよ。あと二日三日もすれば落ち着くと思います。ところでそちらは?」

「一緒に暮らすことになったアキヤマヘイタさん。近々ハンターになるの」

「はじめまして、秋山平太です」

「はじめまして、パエットといいます。この店のウェイトレス。美味しいと評判の店だから食べて損はないですよ。でも見ての通り満席でね、相席でもいいなら案内できるんだけど」

「どうしますアキヤマさん」

「別にかまわないよ」


 でしたらと二人を連れて、二十過ぎの男が座るテーブルにへと案内する。


「ドレンさん、相席お願いします」

「いいぞ」


 気安そうに声をかけられた男は頷き、お礼を言いながら平太とミレアは座る。


「今日の献立はハンターバードの焼鳥定食とシューラビの肉野菜スープ定食とラフドッグのスタミナステーキ定食になっています。新メニューは材料がなくなったので売り切れになっています。どれにします?」

「私はスープ定食で」

「俺も同じで」


 ミレアと同じものなら間違いはないだろう、そう判断し平太もスープ定食に決める。


「スープ二つですね。少々お待ちください」


 一礼してパエットは去っていった。動きに合わせてピョコピョコと髪が揺れていた。

 新メニューはどんなものだったのか気になった平太が周囲を見渡す。


「アキヤマさん?」

「新メニューがどんなのかわからないかなって」

「ラフホースを使ったハンバーグだったよ」


 ドレンが答える。


「注文されたんですか?」


 ミレアが聞き返す。


「ああ、ここら辺じゃ真ん中くらいの強さだけあって美味かったな」

「定期的に仕入れられるようになったんでしょうか。それとも運よく手に入って一時的に出せただけなのでしょうか」

「運よく三頭仕入れられたんだとさ。だから今後も食べられるってもんじゃないな。定期的に食べられたらよかったんだが」

「ほんとに」


 ミレアもラフホースと同等の魔物を食べたことはあり、どのくらい美味しいのか知っているのだ。どんな味なのだろうかと考えている平太も、神殿で出された肉がそれらに近いもので既に口にしているが気づいていない。


「お待たせしました。スープ定食二人前です」


 それほど時間をかけずに戻ってきたパエットがスープとパンとカットフルーツを二人の前に置く。

 食べる前に始源の神と親神に祈りを捧げて食べ始める。そういった作法はエラメーラから聞いており、平太も同じように祈りを捧げる。

 親神とは能力を覚醒させてくれた神のことだ。一般的に人々は始源の神と親神を信仰している。よほど気に入った親神がいないかぎりは、ずっと同じ親神を信仰し続ける。これは引っ越しても同じだ。なのでこの町出身ではないミレアはエラメーラではなく、故郷の神に祈りを捧げていた。


 始源の神という明確に存在する神がいるため、地球と違って宗教はいくつもない。また始源の神がどこかの国に肩入れしていることもないので、宗教的に強い国というのもない。神がはっきりと存在しているので、神の教えと言って好き勝手できないので宗教自体に強い力もない。ときどき信仰する神のためと無茶をする輩がいるが、その行為が受け入れられたことはなく、独りよがりな行為と罰せられる。

 その昔、強い信仰心を持った人間が魔王化し、親神の存在を世に広めようと各国へ侵攻したこともある。協力を拒んだ親神は魔王に囚われ、人間と小神たちによって魔王が封じられ救出されるということもあった。

 その神は迷惑かけたお詫びに神格を放棄し生を終わらせようとして、助けた神や人間に止められた。

 ずいぶん昔の話で、すでにその神は寿命が尽きている。人間の中でもこのことを覚えている者は多くはない。


 平太はスープと一緒に肉をスプーンですくい口に入れる。


「兎の肉は食べたことなかったけど、なかなかいけるな」


 平太の感想に今後の献立にシューラビは大丈夫と確認し、ミレアも食べ進める。


「ここらじゃシューラビは当たり前の食材なんだが、お前さんは他の場所からきたのかい?」


 プレートについているハンバーグソースをパンでふき取りながらドレンが聞く。


「うん。イライアからね。近々ハンターとして動き始める」

「ハンターか、ここで会ったのもなにかの縁。いつか依頼うけてもらいたいものだ」

「ドレンさんはなにをしてるの?」

「俺は薬師だ。貴重な薬草採取の依頼を斡旋所に出すことがあるんだよ。あとこの店の香辛料の調合もやってる」

「へー薬作るだけじゃないんだ」


 薬師というのは、怪我や病気のための薬しか作らないと思っていたのだ。


「そうしないと食ってけないからな。とびぬけて腕がいいわけじゃないんだ」

「この味の一端を担っているんですから、少しは誇ってもいいと思いますよ」


 食べる手を止めてミレアが褒める。


「味は俺がすごいんじゃなくて、的確に使えるここの主人がすごいんだ。誇れないさ。もっといい香辛料を調合できるやつもいるだろうしな」


 会話が耳に入ったのか皿を持ったパエットが足を止める。


「店長が言ってたよ。こちらの細かな要望に合わせて香辛料を作ってくれるから助かるって。この店だけの配合の香辛料があるのはありがたいことなんだよ」

「店の者からそう言ってもらえるのは光栄だな。どれ皿を貸しな。食べ終わったから店を出るついでに持っててやるよ」

「いつも置いてていいよって言ってるのに」

「ここの仕事を紹介してもらったお礼だ。妹分に頼ってばかりじゃな」


 二人は空になった皿を集めながら厨房に入っていく。

 二人は家が近所で、小さな頃からの知り合いなのだ。親同士の仲もよく、パエットの子守を頼まれたこともある。ドレンがここに通うのは料理が美味しいだけでなく、パエットの様子を見るためでもあった。

 仲のいい二人が去り、平太たちは食べることに集中してすぐに食べ終わった。


「この後はどうするの?」

「夕食の食材を買うくらいでしょうか。あとはちょっとした町案内もですね」


 予定がさっさと決まり椅子から立ち上がる。ミレアが大きな銅貨四枚を置いて店を出る。

 お金は六種類の硬貨があり、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、宝石金貨となっている。単位はジェラで銅貨一枚一ジェラだ。銅貨から十倍していき、宝石金貨は十万ジェラとなっている。スープ定食は一人二十ジェラだったので大銅貨四枚を出したのだ。

 宿暮らしのハンターが一日にかけるお金は百二十ジェラで、内約は宿賃と食費だ。税金は肉の買い取り所や斡旋所を使うときに引かれているので気にしなくていい。

 日常生活で使うのは銀貨までだ。大きな買い物をしたときに大銀貨を使うくらいで、それ以上は商人の支払や貴族間のやりとりで使われるくらいだろう。たまにハンターも稼いだときに大銀貨や金貨をもらうこともある。宝石金貨など大きな商いをしている商人でようやく使う代物だ。

 店を出た二人は食材が売っている通りへと向かう。平太の好き嫌いを聞きつつ食材を買っていく。


「これくらいで大丈夫ですね。夕飯は炒め物とサラダとご飯です」

「普通にご飯が食べられるのは嬉しいな」

「フォルウント家の初代が食べ始めて、ゆっくりと時間をかけ広まっていった結果ですね。あ、あちらを見てください」


 ミレアが指さした方向には一軒の店があった。看板にはシュロラーテ魔術屋と書かれている。


「あの店はハンターのみならず日常で使われている魔術具を売っているんですよ」

「それは説明されてないな。どんなの?」


 魔術具とは能力を使う際に集める力を魔導核に流さず、道具に流すことで効果を出すもののことだ。

 平太の見たことのある日用品だと、バイルドの家の地下にあったランプや機械式ではない水洗トイレといったものがある。それらの販売と修理を請け負っているのが、魔術屋なのだ。

 ハンターに売る物は、軽量符や縮小符と時間操作符といったものがある。


「軽量符とか縮小符とか名前でどんな効果があるのかはわかったけど、ハンターにどう必要?」

「小さな獲物ならそのままで問題ありませんが、大きなものになると持ち運びが大変でしょう? 小さく軽く日持ちするようにと能力を元に開発されたんです」

「あ、なるほど。だとするとその能力持ちはちょっと損してるのかな? 魔術具でいくらでもかわりになるんだから」

「そうでもありません。能力に追いつくほどの性能ではありませんから。それに魔術具は役立つ分、値段も高めです。能力は使用にお金がかかりませんから、むしろあちこちから求められていますよ」


 一番安い軽量化の札でも五十ジェラとシューラビ一匹売る値段よりも高い。複数の獲物を軽くするという軽量符は二百ジェラで、一日の生活費よりも高くなる。

 値段が高くなるのは作り手の少なさも関係している。魔術具は誰でも作れるわけではなく、作成の能力持ちでしか作れないのだ。能力持ちも札だけを作っているわけではないため、数が限られ値段も上がるのだ。


「いつかそういった能力持ちにも会うことあるかな」

「草原から抜け出して次の狩場にいけば会うと思いますよ。草原の次はローガ川という場所ですが、徒歩で三日かかります。獲物を狩って持って帰るまでにいたまないよう、札か能力を使う必要がありますからね」


 バスがあるので三日かからずに持って帰ることは可能だ。その場合荷物として場所をとるので、日持ちではなく小さくする必要がある。


「三日も離れてるなら間に村の一つもありそうだけど、そこで売るわけにはいかないの?」

「売ることはできますけど、安くなりますね。いくらでもいるんですから常に在庫がある状態です」

「どれくらい安くなる?」

「そうですね、ホーンドッグという魔物がいてここでは二百ジェラで売れます。でも川辺りだと半額近くまで減るんですよ。それに売る数にもこっちより制限がかかります。シューラビを狩るよりは高く売れますけど、売るとなると高く売りたいですからね」


 他の地域にいる魔物のことを聞きながら歩き、バイルドの家に到着した。

 大きめの平屋で、三人に個室をあてがってもまだ三人分の個室がある。バイルドは最初からここに住んでいたわけではなく、研究の援助を受けたときにこの屋敷を支給されたのだ。広すぎだろうとバイルドは考えていたが、援助側の関係者が滞在するときに使うかもしれないということで押し切られる形でここに住むことになった。

 ただいまおかえりと挨拶をかわし、買ってきた食材を台所に置いて、平太が使う部屋に向かう。


「今日からここがアキヤマさんの部屋ですよ。内装はこちらで決めましたが、なにか御不満はありますか?」


 ベッドに机に棚と特に変哲のない内装だ。だが家具の材質は一般家庭で使われているものよりもいいものだった。平太に質を見抜く目がないため気づけなかったが。そういったことを抜きにしても文句はない。きちんと掃除がいきとどいており、日当たりもいい部屋だ。


「不満はないよ。掃除とか洗濯とかは自分で?」

「いえ私がやりますので、洗濯物はそちらにある籠に入れておいてください。掃除はアキヤマさんが出ている間にやりますので、捨てられたくない物は棚や机に置いててくださいね」

「了解です」


 二人で買ってきた服をしまっていると、扉が開く。


「物音がしておったから様子を見に来たが、帰っておったか」


 入ってきたバイルドに向ける平太の視線はどうしても険しいものになる。


「ジジイ、これから世話になるぞ」

「ぶっきらぼうじゃのう。年上を敬おうという気はないのか?」

「誘拐犯に敬意を払えねえよ」

「ご主人、やったことを思えば無理もないと思いますよ」


 味方はおらんのかとバイルドは肩を落とす。


「やる気を減らされると研究も滞るぞ?」

「脅すような真似は駄目ですよ? エラメーラ様からの依頼なのですから真面目にやらなければ罰が与えられます」

「罰ってどんなもの?」


 神が実在する世界での神罰に興味を抱き聞く。


「能力を封じられます。ほかには牢獄行きだったり、劣悪な環境の鉱山へと放り込まれることも」

「そんな感じなのか。人間が人間に与えるものとそう変わらないね」

「変にこるよりもその方が有効じゃからの」

「ご主人の言う通りだと思いますよ。あとアキヤマさんの態度に関しては、時間がたって頼りになるところを見せることができれば改善されるのでは?」


 たしかに今すぐは無理だが、真面目に帰還の魔法陣を作成していれば、そのうち改善されるだろうと平太自身も思えた。真面目にやっている人を嫌える性格でないと自覚がある。


「そのときを期待しておくかの」


 研究に戻ると言い、バイルドは部屋を出て行った。

 荷物は多くなく整理もすぐに終わる。


「この後はどうしますか? 私はお茶でも飲んで休憩するつもりです」

「町の外の様子を見てこようかな」

「早速狩りを?」

「それは明日から。今日のところは様子見」

誤字指摘ありがとうございます

昨日も投稿しようと思ったけど、急な仕事が入ってできなかった

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[一言] ジジイは信用してないのに、ジジイを主と仰ぐメイドはあっさり全面的に信用してるのが違和感
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