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37 宴会と出発準備

 アロンドは平太に手を差し出し、平太は握り返す。


「本格的に仲間になったわけだ。よろしく頼む」

「よろしくー。こんな形で同行が決まるとは思ってなかったよ」


 魔王討伐まで付き合うことが決まり、ますます鍛練に気を抜けなくなる。

 激戦は確定しており、生半可な実力では苦労することがわかっているのだから、怠けようとは欠片も思えない。

 気は重いが、帰るにはやるしかないのでやってやろうと気合いを入れる。


「三人には能力の説明しとこうと思うから、テントで話さない?」

「説明してくれるの? 気になっていたから助かるわ」


 いろいろと考えて答えがでなかったサイニーは嬉しそうだ。

 気になっていたのはサフリャも同じなようで一緒にテントに入る。


「じゃあ教えてくれ」

「俺の能力は再現。自身の目で見て確かめた技術や能力や品物を再現するんだ。再現したものは一定の時間で消える」


 こんな風にとシュークリームの詰合せをその場に出して、三人に渡す。


「これは見たことのない食べ物ね?」

「お菓子だよ。そのままかぶりついて」


 言われるままかぶりついた三人は口に広がるその甘さと触感に目を見開いた。

 戦場でこのような甘味を食べる機会はほとんとなく、だされる甘味はドライフルーツくらいだ。たまに飴やクッキーが上層部やラインといった貴族に渡されるくらいで、アロンドたち一般兵にはない。

 久々の甘味をむさぼるように食べて、残った二つに女子二人の視線が刺さる。

 平太とアロンドは遠慮して、二人に譲る。


「このお菓子も以前食べたことがあるから再現できたし、アロンドの強さも見たから再現できた」

「なるほどな。それなら会ってからやってきたことが納得できる」

「聞いたことない能力だけど、初めて確認されたものなのかしら」


 シュークリームをかじり至福といった表情を浮かべつつサイニーは聞く。


「そこらへんはどうなんだろう」


 エラメーラの話では二人目ということだが、もしかすると現時点では世界初かもしれないのでなんとも言えないのだ。


「どんなものが再現できるか教えてくれないか」

「いろいろと再現できるから全部言ってると時間がかかりすぎる」

「そうか、じゃあこれが役立つといったものは? 戦闘で役立ちそうなものとか、これから旅をするから移動で役立ちそうなものとか」

「戦闘だとアロンドの強さや知人の槍さばきの再現。ほかに仲間が使っていた冷凍砲が役立つかな。旅は……車とかどうなんだろ」


 整備されていない道を進むのに使えるのか平太にはわからない。だが馬車よりは速いのは確実だ。使えたら移動時間を圧縮して鍛練に当てることができる。あとで再現できるか、移動に不都合でるのか確かめてみる価値はある。

 運転はできるので問題ない。免許を持っていないが、とろうとは思っていて父親に付き合ってもらい、河川敷などで軽く動かしたことがあるのだ。


「クルマ? クルマってなんだ?」


 バスがないことから、アロンドたちが疑問を抱くのはわかっていた。


「移動のための道具。馬車よりも速いよ」

「そんなものがなぁ。便利そうだ」

「便利だと思うよ。再現で出したものだから整備とかも気にせず使い潰せるし。問題はきちんと再現できるか、なんだけどさ」

「やっぱり制限はあるのか。制限ないと便利すぎるもんな」

「以前魔物の集団が町に突っ込んできそうになって城壁を再現したことがある。城を囲む城壁を見て触れたけど、実際に再現できたのは一面だけの城壁で、出しておける時間も五分もなかったよ。だから車も短い時間で消える可能性がある。そこら辺をあとで確認しとこうと思ってる」

「五分で消えたりしたら便利でも使い勝手は悪いな」


 そう言いながらも実物を見るのが少し楽しみだと笑う。

 平太から話すことはそれで終わり、サイニーとサフリャは狩りでついた汚れを落とすためテントを出ていく。

 平太とアロンドも濡らした布で汚れを落としながら話す。内容はアロンドの能力についてだ。

 アロンドの能力はシールドの二段階目。一段階目は自身の周囲に見えない盾を発生させるといったもので、今は任意の場所に半径三メートルのドーム型結界を生み出せる。一段階目では自分のみ守る能力だったが、成長したら仲間も守れるようになった。

 そのシールドも黒鎧の魔物には砕かれてしまったのだが。


 翌日、朝から本拠地は宴会準備で騒がしかった。

 宴会用の料理の匂いが本拠地中に漂い、午前の参加者も午後の参加者も楽しみだといった表情でいる。

 気の早い者は楽器を持ち出して好き勝手演奏しているが、騒ぎたい気持ちはわかるため誰も止めることはなかった。


「アロンドさん、一緒に過ごしましょう」


 宴会が始まるまで、自分たちのテント前で待っていたところアロンドを誘いにラインがやってくる。

 宴会ということで気が緩みラインに絡んでくる者がいるかもしれないということで、護衛の兵が近くに見える。


「やっぱり来たわね」


 サイニーがアロンドの腕に自身の腕を絡めて言う。

 それに対抗するようにラインも腕を絡めた。


「来ましたよ」

「サイニーもライン様も、以前言ったように魔王討伐が落ち着くまで気持ちに応えられないので、こういうことは困るというか」


 二人に好意を抱かれているのはわかるため、自身の考えを二人に告げていたのだ。


「アプローチするのは自由でしょ」

「そうです」

「そうなのか?」


 困り顔で周囲を見ても、モテ男死ねといったジョークが飛び、期待した答えは返ってこなかった。

 その場のノリとして平太も「もげろー」とはやし立てる側に回る。

 そんな小さな騒ぎを楽しんでいるうちに、宴会開始を知らせる鐘が響く。

 参加者に飲み物が渡され、ドークの挨拶を待つ。


「皆の者、飲み物は行き渡ったな? まずはこの活気に水を差すようだが、先日の戦いで死んでいった者たちへと黙祷を捧げたい。黙祷っ」


 ドークがこういった瞬間には騒ぎは収まり、皆目を閉じて祈りを捧げる。

 安らかに眠ることを願う者、仇討ちを誓う者、戦意を新たにする者、様々な思いがこの場にあふれる。


「黙祷止めっ。これより宴会を始める。飲め、食え、死んでいった者たちが羨ましがるほどに楽しんでくれ。以上で挨拶は終わる。乾杯!」

『乾杯!』


 ドークがコップを掲げ、ほかの者たちも同じようにコップを掲げて宴会が始まる。

 平太も近くの者とコップをぶつけて乾杯と繰り返す。

 酒は飲んでないが、場の雰囲気で酔った感じになった平太は周りの男たちと、女のどこが好きか、どういった仕草にぐっとくるかといった話で盛り上がっていた。

 その勢いで現代日本の萌えという考えを男たちに植え付けて、性癖の幅を広げることになって地味に性関連で発展を促していた。

 美味しい料理に、美味しい飲み物、楽しいバカ話と盛り上がった宴会は正午になる前に終了を知らせる鐘が響いて終わりを告げた。

 皆で一時間ほどかけて簡単な片づけをして、それぞれ午後の仕事に散らばっていく。

 午後からの宴会は、三時過ぎからで参加者は待ち遠しそうにしていた。


 宴会の次の日、武具を身に着けた平太たちは鍛練と狩りのため本拠地を出る。

 今回はラインがついてきていた。

 そのラインを見て平太は疑問を口に出す。


「どうしてライン様が?」

「皆様の旅に同行することになりました。いきなり旅についていくよりも、共に行動することに慣れた方がよいということで本日から一緒です。よろしくお願いします」


 これからの旅に貴族が同行できるのだろうかと平太はアロンドを見る。

 言いたいことを察したアロンドは困ったように笑みを浮かべた。

 さすがに魔王討伐の旅にはつれていけないとアロンドも言ったのだ。けれどラインの意思は固く。すでにドークも説得済みだった。

 贅沢はできないし、貴族としても扱われないような旅になる。そう言ったアロンドにラインは、


『自身の想像以上に辛い旅になるとわかっているけれども、魔王討伐の助力となりたい。なにかを成し遂げ、名を残したい。そしてそれ以上にあなたの助けとなりたい』


 覚悟を決めた目で言った。

 言葉では気持ちを動かせない、そうアロンドは悟り、ついていけなくなれば家に帰すという条件で同行を認めた。

 旅を続けていけば音を上げるだろうという考えがアロンドとサイニーにはあった。


「アロンドが認めてるならいいのかな」

「まあライン様のことは俺に任せてくれ。それよりもクルマというやつを試すんだろう?」

「じゃあやってみるよ」


 父親が使っていたホワイトのミニバン、そのキーをさした出発前の状態をイメージする。


「でろっ」


 再現を使うとイメージそのままのミニバンが現れた。

 初めて見る代物にアロンドたちは驚きと興味の視線を注ぐ。

 特に再現という能力を説明されてなかったラインは、精巧な代物が突如現れたことに言葉も出ないほどに驚きを表していた。

 ミニバンを出した平太は魔導核に痛みがないか体に異常はないかを確認して、どこにも異常がないことに頷く。

 平太が自己診断をしている間、アロンドは車にペタペタと触れて幻ではなく実体があるかを調べていた。


「こんな金属の塊まで再現できるんだな」

「これが動くんでしょ? どんな仕掛けなのかしら」

「アロンド様たちはどうしてそんなに落ち着いているんですか!?」

「事前に説明を受けていたからですね。まあ実際に見ると驚きはありましたが」


 自己診断を終えた蒼太がドアを開ける。


「軽く動かしてみるけどアロンドたちは乗ってみる?」

「俺は興味ある」


 アロンドが乗るならとサイニーやラインも声を上げる。

 アロンドたちを乗せるためドアを開けて、後部座席を向かい合うように動かし、アロンドとサイニーとラインにはそこに座ってもらう。

 どうするか言っていないサフリャは運転席の隣に乗せて、平太は運転席に乗る。

 鎧姿の平太たちが車に乗るのは、違和感しかない光景だった。


「動かすよ。まずはゆっくりと」


 キーを回して、エンジンを動かす。

 運転の手順を思い出し確認しながらアクセルを踏む。


「おお」


 動き出した車にアロンドたちから小さく声が上がる。

 最初は時速二十キロほどで、振動などを確認するように走り、徐々に速度を上げていく。五十キロほどで速度を維持して、アロンドたちにどれくらいの速さなのか教える。


「今は馬の全速力より少し下か同じくらい。これを維持して半日ノンストップで移動できるよ。まあ実際は半日も出してられないけど」


 競走馬などは今の速度よりもっと速いのだが、普通の馬を基準にした方がわかりすいだろうと野生馬の速さで説明する。

 アロンドは馬に乗ったことがあるため、本当にそんな速度なのか疑問を抱く。


「ほんとに馬と同じくらいなのか? 馬に乗ったときよりもゆっくりに感じるんだが」

「風を感じられないからじゃないかな。そんな話を聞いたことがある」


 体感速度でそういった話を聞いたことがあるようなと思いつつ平太は返事をする。


「そんなものなのか」

「速度はこれが限界なの?」


 サイニーも思ったことを聞く。


「いや今の二倍以上速くなる。でも安全を考えて今の速度で走ってる。少しだけ全速力で走ってみる? これまで走ってきたところを引き返すなら全速力でも問題なさそうだけど」

「二倍って言われてもどんな感じなのかわからないわね。一度体験してみた方がいいかしら」

「やってみてもいいが、危ないと思ったらすぐに速度を落とすか止まるかしてくれ」


 馬から落ちたとき以上の惨事が起きるとアロンドは推測し、そう注意する。

 平太も事故は嫌なのでわかったと返す。

 一度速度を落として、Uターンし速度を上げていく。

 舗装されていない道なため、揺れは激しくなる。緊張したようにラインは顔を青くして思わずサイニーの手を握る。サイニーもラインほどには緊張していないが、やや不安はあるため手を放すことなく握り返した。サフリャも緊張しているようで、掴めるところを思いっきり握っている。

 出した速度は百十キロほど。これ以上は平太も怖かったので速度を上げなかった。


「今の速度が馬の二倍くらい。これ以上速くもなるけど、さすがに怖いんで出さないよ」

「い、今の速度でも十分すごいからな。もういい、速度を落としてくれ」

「はいよ」


 揺れが小さくなり、外の風景がゆっくりになっていくのを見て、アロンドたちは体から力を抜く。

 車を止めて、皆外に出る。


「速かったな。これがあれば移動時間は確実に短縮される。一日使えればいいんだが、それは無理なんだろ? 実際どれくらい使えそうなんだ」

「再現して実際に使ってみた感じだと、一回の再現で三十分と少しって感じかな。重ねがけで一時間を少し超えるくらいは乗ってられる。今再現は一日八回使えるから四時間の移動が可能」


 こっちに来たばかりの頃は使用回数七回だったが、数日の鍛練で一回増えていた。


「馬の全速力を余裕でだせて、馬のように休憩入らずで四時間はすごいな。一日二時間馬の全速力を少し超える速度で移動しても、馬車を使った移動より早いんじゃないか?」

「今後の移動はこれを使う?」

「俺はそれでいいと思うな。皆はどうだ?」


 サフリャは即座に頷いた。移動の時間が短縮できるのは歓迎なのだ。短縮できた分だけ修行にあてることができる。

 サイニーもラインも少し迷う様子を見せたが、それは最後に体験した速度にしり込みしただけで、車での移動に絶対反対というわけではない。

 

「乗れば仕組みがわかるかもと思ったけど、さっぱりわからないわね。魔法仕掛けかと思ったらまるで違ったし」


 サイニーが完全に理解の外にある車を撫でて言う。


「これは魔法や魔術はまったく使わない代物だし。俺もこれの仕組みは完璧には説明できない。ガソリンを燃やして動かす燃焼機関を使った乗り物とかいってもさっぱりでしょ?」

「まずガソリンがなんなのかわからないわね」

「……これなら少しは理解の助けになるかもしれない」


 そう言って平太は自転車を再現する。

 また出てきた代物に好奇の視線が刺さる。


「これはこうやって乗るんだ」


 サドルにまたがって、ペダルを踏み、アロンドたちの周りを移動する。

 

「これは人力で動かしているけど、車はエンジンといったものが車輪を回転させる手伝いをする。そのエンジンを動かすのに必要なのかガソリンっていう燃えやすい液体」

「わかったような、わからないような」


 難しげな顔でサイニーは首を傾げる。


「エンジンというもののかわりに、魔術で車輪を動かせる仕組みを作れたら同じものが作れるのでしょうか?」


 ラインが誰とはなしに聞く。それに答えたのはアロンドだ。


「難しいと思います。座っていた椅子にしろ金属加工の技術にしろ、それらに関して素人な俺でも使われている技術が相当に高いとわかりますから。劣化版を作るにしても一年やそこらでは完成しないでしょうね」

「そんな高い技術を持った国ならよその大陸にあったとしても噂くらいは流れてきそうなものですが」


 魔術で国の存在を隠しているのだろうかとラインは考えた。

 技術力の高さは素直に感心できるが、使っている技術があまりにも異質。排斥されることを考えて隠れているのだろうと思ったのだ。

 試しに自身の考えを披露して帰ってきたのは曖昧な表情。

 だがアロンドたちは納得いった表情をしている。普通に帰郷するのは難しいと聞いていた。隠れているのならば、入国するのに特殊な手順を踏む必要があるのだろうと考えたのだ。

 それらの表情で推測が当たっているのだろうとラインは勘違いする。

 平行世界から来たとか時間移動したというよりはまだ常識の範囲内で、納得しやすい話だろう。


(なんか勘違いしてそうな気がするけど、まあいいや)


 微妙なずれを感じ取った平太は指摘せずにそのままにしておいた。

 アロンドが自転車に興味を示し、渡して乗らせる。すぐにこつを掴んだようで、一度もこけることなくすいすいとこいでいる。


「なかなか便利だな。クルマも同じようにすぐ動かせるようになるのか?」

「動かすだけならわりと簡単だよ。でも俺の故郷だと何十時間もこれ関連のことを学ばないと動かす許可がでない」

「なんで?」

「これは人にぶつかったら簡単に殺せるからね。車同士がぶつかっても同じ。そうならないよう細かなルールがあるんだ。これがたくさん好き勝手動いてたら危ないってのは簡単に想像できるだろ? 馬車だって似たようなものだし」

「ああ、なるほどな」

「まあ、こっちだと車はこれ一つだからそこら辺は無視できるんだけどね。町中で動かさないで、狩りをしてる人に注意すれば人にぶつかることはないし」


 興味があるなら別の日に教えるということで車に関しての話は終わり、今日の狩りと鍛練を始める。

 この狩りで今後の課題がわかった。

 まだまだ平太はアロンドたちについていくのは厳しい状態だったが、それ以上にラインが足手まといなのだ。

 戦力としてはアロンドもラインに期待しておらず、魔物を倒せなくとも気にしない。だが魔物の攻撃を避けて逃げられる程度の能力は欲しがった。ここら辺よりも強い魔物と遭遇したとき守りながら戦う余裕があるかわからないのだ。


「どうしたらいいのでしょう」

「避ける練習を集中してやるしかないでしょう。辛いというならまだ退くことはできますよ」


 今からでも同行を止めるのに遅くはないとアロンドが勧める。

 それにラインは首を横に振った。


「本当に駄目だとわかれば諦めもしますが、まだなにもやっていません。訓練をやってから判断しても遅くはないのでしょうか」

「訓練を始めたら避けきれずに体に当たって痛い思いをしますよ?」

「ええ、わかっています」


 強い意思を感じさせる目で見返され、アロンドは大きく溜息を吐いた。


「とりあえずやってみますか。最初はゆっくりで、じょじょに速度を上げていきます」


 アロンドは抜き身の剣をラインに向ける。

 刃を向けられる感覚も鍛えるつもりなのか、鋭い視線でラインを見ている。

 一度もそのような視線をアロンドから向けられたことがないラインはびくりと体を震わせた。


(このようなことで怖がっては同行できませんわ)


 深呼吸して目に力を込めてアロンドを見返す。

 続行の意思を感じ取りアロンドは、子供でも避けられる速度で剣を振った。

 それをラインは避けて、さらに振られた剣を避ける。しばし攻防が続いて、腕を浅く斬ったところで止まる。

 たらりと血の筋ができて、指先から血の滴が落ちる。


「治療してください」


 そう言ってアロンドは剣を納める。

 能力で治療しているラインを見つつサイニーは少し驚いた様子でアロンドに話しかけた。


「てっきり寸止めするかと思ったけど」

「それだと甘えがでる。避けきれなくても怪我しないと思ったら、心のどこかに鍛練なのだからという甘えが生まれる。でも怪我して痛い思いをするとわかれば、鍛練に身が入るだろう? 鍛練で怪我する分だけ、実戦では怪我がなくなるはず」

「ライン様が同行し続けるのなら必要なことではあるか」


 納得したようにラインを見る。

 傷をふさいだラインにアロンドは声をかける。

 

「今後もこれを最低限とした鍛練を続けていきます。続けますか?」

「はい、続けますっ」


 その返事にアロンドは頷き、中止を促すことは止めることにした。

 かわりにラインに求めることを伝える。


「今は避けることだけに集中してください。ですがライン様にはいずれ戦闘指揮を執ってもらえるようになってもらいたい」

「指揮などやったことありませんよ?」

「難しく考えなくても大丈夫です。全体の動きを見て、魔物が誰を狙っているから気を付けてとか援軍がくる、そういったことを知らせてもらいたいのです。そういった役割ができるようになれば、戦っている私たちは目の前の敵に集中できるようになります」


 これまで司令塔の役割はアロンドとサイニーがやっていた。

 サフリャは魔物のことになると一直線になりがちで向いていないし、平太は今のところ余裕がない。

 ラインが戦闘中に求められているのは怪我を負わないこと。そのためには魔物から離れて戦わないようにするのが一番。戦わないようにするためには魔物の動きを見て、位置を把握する必要がある。その情報を皆に知らせることができるようになれば、それぞれの戦いやすさが変わってくる。


「できるようになるでしょうか」


 重要な役目にも思えて不安が漏れる。


「いきなり完璧にこなせとは言いません。少しずつ成長していってください」

「……はい」


 戦えない自分が戦闘中でもやれることがある。そう考えることにして、しっかりと頷く。

 この役割をこなせるようになり、治療以外でも頼られるようになれば、それはラインにとっても嬉しいことだと思えた。


「もう一度お願いしますっ」

「わかりました」


 再度アロンドが剣を抜き、ラインは小さな挙動も見逃さないよう集中する。

 それを見ながらサイニーは、回避に慣れてきたら複数に囲まれた状態での訓練もやった方がいいと考えていた。

 ラインが訓練をやっている間、平太とサフリャも再現を使った模擬戦を行い、己を高めていた。

 サフリャを再現することは、槍とハルバードの違いがあるものの、ある程度は扱いが似通っているため平太にとってもいい勉強になっていた。


 十日ほどの訓練期間を終えて平太たちが出発する日がやってきた。

 ドークは馬車を用意しようかと提案したが、アロンドは車があるため断った。

 実際に車を目にしてドークは驚いて車体に触れる。


「このようなものがあるとはな」

「親神様からの贈り物ですよ」


 能力の説明をめんどくさがった平太は、そう誤魔化す。

 再現はエラメーラからもらったものなので、それを使って出した車も神からの贈り物と言ってあながち外れではない。

 ドークも神からの贈り物と聞いて、見たことのない代物を怪しむことなく受け入れている。


「魔王討伐のための鍛練は生半可ものではないだろう。だがくじけることなく頑張ってほしい。その努力が人々を救うのだから」

「わかっている。ヘイタのおかげで鍛練時間は多くとれそうだ。しっかりと鍛え上げてここに戻ってこよう」

「その日を楽しみに、ここを守っているぞ」


 アロンドとドークは固く握手を交わし、笑みを向けあった。

 車に三日分の食料と水と換金用の魔物素材を詰め込み、全員で乗り込む。

 今ここにはラインの護衛はいない。アロンドに同行するということを書いた手紙を実家に届けてもらうため先に出発してもらっているのだ。今頃は大陸東側を移動している最中だろう。

 エンジンをかけられた車が動き出す。

 去っていく車をドークや様子を見ていた者たちはしばし見続けていた。


 ◆


「出発しましたか、わかりました。おつかい、ご苦労様。気をつけて帰ってください」


 部屋の中、一人で言葉を発し頷いたのは三十過ぎに見える男だ。

 着ているものは平太が見たら古代ローマ人を連想する、トゥニカとトーガに近い。

 背中までの髪は艶のある綺麗な黒で、肌は逆に白い。目も黒く、黒真珠を思わせる深みを持つ。顔立ちも整っており、女と見間違える者もいるだろう。

 だが近づこうと考える者はいないはずだ。気軽には近寄れない雰囲気を放っているのだ。

 当然だろう、彼は大神。ファブルクの親神、シューフルンだ。

 神と愛し子はテレパシーで会話でき、今平太たちが出発したという報告を受けた。

 会話を終えたシューフルンは部屋から出て、廊下を歩く。

 窓から見える景色は平穏そのもの。ここは神々の住む島。四季の変化以外はエラメーラが訪れたときとどこも同じに見える。

 階段を上がり、三階に足を踏み入れる。そこは広間になっており、部屋中央に大きなテーブルがある。部屋の奥には扉があって、三階は広間と奥の部屋のみで構成されている。

 扉をノックすると、女の返事がある。


「シューフルンです。入ります」


 そう断ってから扉を開ける。

 部屋の中は特別豪華さやきらびやかさのない普通の内装だった。

 その中に一つ場の雰囲気にそぐわないものがある。地球の近未来的なデザインの椅子だ。それに十四才ほどの少女が座って目を閉じていた。

 真っ白な腰を越す長さの髪に、同じく白い肌。着ているものは飾りけの少ない白いノースリーブワンピースだ。

 シューフルンが近寄ると、瞼を開きラピスラズリを思わせる深い青の眼を向ける。


「アキヤマヘイタは英雄候補と共に動き出しました」

「うん。報告ありがとう」

「ララ様、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「いいよ」


 なにを聞きたいのか見通していてシューフルンの言葉を待つ。


「アキヤマヘイタとは何者なのでしょうか? 少し前まではこの世界にいなかった存在です。最初はこの世界を飛び出していったというドラゴンかと思いましたが、あの者の力は人間とまったく同じです。ララ様は彼の正体をご存知なのですか?」

「知っているよ。彼は人間。少しこの世界の人間とは違うけど、大きな違いはない」

「どうしてそのような人間のことをご存知なのです?」

「私は未来の自分とある程度の情報のやりとりができる。そのやりとりの中に出てきた人間が彼なの」

「未来の人間が過去に……そのようなことありえるのでしょうか」

「私が干渉したから。彼はチキュウという世界の住人で、偶然こちらに来ることになったの。そして未来の世界で少し過ごして元の世界に帰っていった。少し時間が経って未来の私の頼みで、またこちらの呼ばれることになったのだけど、その移動の最中に私が干渉してこの時代にやってきた」


 平太を再召喚することになったバイルドはエラメーラが召喚するように手配したと思っていたが、エラメーラも大神から渡された手紙に従い、召喚するようバイルドに指示を出したのだ。その手紙には始源の神であるララからの頼みということ以外に詳細はなく、再召喚の理由をエラメーラも知らない。


「そこまでしなければならないほど此度の魔王は規格外なのでしょうか」


 過去何度か魔王が現れてもララが動いたことはない。その結果魔王が勝利してもララは動かず、人間が自力でどうにかしたのだ。

 しかし今回は未来の異世界人を呼んでまで対処しようとした。そのことにシューフルンは嫌な予感を得た。

 だがその予感はララによって否定される。


「今回の魔王もいつもと変わらないよ」

「……申し訳ありません。私程度ではララ様のお考えがわかりません。ご説明願います」

「あまり情報を出しすぎるのも問題だから全部は言わない」


 それはいい? とララが念押ししてシューフルンは頷いた。


「今回の魔王はいつもと同じ。彼を呼んだのは、この時代に彼じゃないとできない使命があるわけじゃない。彼にとって今回の魔王騒動に関わることは手頃な試練になる」

「この時代での使命はないということは、未来でやるべきことが?」

「うん」

「前もって鍛え上げる期間を設けないといけないほどのなにかが……もしかして」


 ララが動かねばらならない事態などそう多くはなく、突発的に起きることを除いて起きると確定している出来事の中からこれだというものをシューフルンはピックアップする。


「堕神関連ですか?」

「それもある、とだけ答えるよ」

「複数あるのですか!?」

「シューフルンは気にしないでいい。それに対応するのはあなたの次代だから」


 ララが動く必要のある事態が複数起きるが、それが起きる頃にはシューフルンは寿命で死んでいる。

 自身に関わらないことだから気にしないでいいと言われても、そうですかと頷くのは難しかった。


「なにか私にできることはないのでしょうか」

「私が動いているし、あれこれ世話を焼くのもおせっかいというもの。それでもあなたがなにかしたいというのなら、これまでどおり今の仕事を真面目にこなしなさい。それが未来に生きる者たちにとってありがたいことなのだから」


 やや納得いかない様子ではあるが、シューフルンはわかりましたと頷く。


「最後に聞きたいのですが。アキヤマヘイタは堕神に関われるほどの力があるのでしょうか」


 堕神は人間にどうにかできることではないと思うのだ。これまで大神も小神も堕神に対処するため死んでいる。人間如きと蔑むつもりはないが、能力が不足しているようにしか思えない。


「彼と彼女はすごいよ」


 たしかな自信をもってララは言い切った。

 「彼女」という新たな情報が出てきたが、聞くことはできなかった。ララの表情が拒否していたのだ。

 シューフルンは得た情報で満足することにして、部屋から出ていく。ララに言われたように自身のきちんと仕事をこなすため。

 一人になった部屋でララは、その瞳に熱い想いを煌めかせた。


「ああ、早く会いたい」


 楽しみだと熱い吐息を漏らして、未来を想い瞳を閉じた。

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