36 再現の成長
アロンドはそれなりに名が知られているのか、幾度も無事を喜ぶ声がかけられる。
その近くを歩く平太には訝しげな視線が送られた。戦場だというのに武装しておらず、血や土で汚れてもおらず、服装も見慣れないものなのだ。目立って当然だ。
「アロンドさんっ」
歩いている一行に走り寄ってくる女がいる。
年の頃は十七くらいか、朱の長髪に深紅の目を持った清楚な美人。こんな戦場よりも花畑や落ち着いたカフェが似合う人物だ。
そのまま走り寄ってきて、アロンドに抱き着いた。
映画かドラマのワンシーンといった光景に、平太が小さく歓声を上げる。
「無事でよかったですっ」
「ライン様もご無事でよかったです」
「私は護衛や兵士さんが守ってくれたので。そのせいで怪我をしてしまいましたが」
悲しそうにするラインの背中を何度かさすってアロンドは離れる。
ラインの目に少しだけ不満そうな色が浮かんですぐに消えた。もう少し抱き合っていたかったのだ。
「治療に戻らなくていのかしら」
アロンドの隣に立ったサイニーが見せつけるように腕をからめて問う。
「すぐに戻ります。ですがアロンドさんの怪我を治してからです」
対抗するようにアロンドの手をとるライン。
一瞬サイニーとラインの視線が交わり火花が散ったように平太には見えた。三人に近寄る気はなく、サイニーに話かける。
「あの人は?」
「ライン・セルテリア。どこかの貴族の娘。治癒の能力持ちだからなにかに役に立つだろうと戦場行きに志願したらしい。こんな場所だから荒っぽい連中が集まる。そんな奴らに絡まれていたのをアロンドが助けて以来、彼に懐いているわ。同じくアロンドを好いているサイニーとはああやって対抗することしばしば」
「なるほどねー」
なかなかに楽しそうな関係で、凄惨な現場を見てきた平太には清涼剤のようにも思える光景だった。
同じような感想を持った人間はほかにもいて、呆れながらも止めることなく作業をしながら見物している。
逆に仲間が死んでいるのに、のんきに恋愛事をやっている彼らに冷ややかな視線を送っている者もいる。
苦しい日常に癒しをもとめること、友の死を悼むこと、どちらかが正しいというわけではなく、どちらも正しい心情なのだろう。
「あっちの話はまだ終わりそうにないし、先に治癒しとく?」
「……治癒もできるの?」
「できるよ。ただし何度もは使えないけどね。で、どうする」
「頼むわ」
あいよと返して、平太はどこが痛いのかといったことを聞いて治癒を使う。
サフリャは本当に治った怪我を触って呆れたような溜息を吐いた。
「私は行くわ」
「どこに? あの三人を待ってなくていいのか」
「あれが収まるのはもう少し時間がかかる。待ってるのは時間の無駄よ。だからテントに帰るの、じゃあね」
そう言ってサフリャは歩き去っていった。
平太も収まるまで待つのは暇なのだか、一人で行動していると怪しまれて捕まりそうなので勝手に行動できない。
待ち始めて十分が過ぎ、ようやくサイニーとラインはアロンドから離れる。
「あれ、サフリャはどこに?」
「怪我を治療せずにどこかに行ったのでしょうか」
サフリャが去ったことに気づかなかった二人は不思議そうに周囲を見る。
そしてラインは見慣れない人物がいることにようやく気付いた。
「あの、あなたは」
「秋山平太。アロンドに武具を調達できるところまで案内してもらおうと思っている。んでサフリャは俺が治療したから先にテントに帰っていった、いや行きました」
貴族の娘ということを思い出して、最後に口調を改める。
「治療もできたのか。なんでもありな気がしてきたぞ」
アロンドとサイニーは驚きと呆れを混ぜた視線を向ける。
「案内をお邪魔したようで申し訳ありません」
ラインはサイニーとの会話で案内の邪魔したと考え、頭を下げる。
「急ぎじゃないし気にしなくていいですよ」
「治療についても、私が放置した形になっていたサフリャさんをかわりに治療してもらいありがとうございます」
「それも礼を言われるほどのことじゃありませんから」
気にしていないとわかるとほっとしたような様子を見せて、アロンドとサイニーの治療をすませて、兵たちの治療のため治療用テントに戻っていく。
「あの人、貴族の娘さんなんだって?」
「サフリャに聞いたのか。俺の国の先王の妹を祖母に持つんだとか」
「思った以上に大物だったな。そんな人が戦場にいるとはなー。あの人が変わり者なのか、使える人材を出さないといけないほどに戦いが大変なのか」
「どちらかというと前者かしらね。変人というわけではないけれども」
ラインがここにいるのは人間を守ってくれている者たちの怪我を少しでも癒したいと思ったため。
もう一つ誰にも言っていないが、自分が生きた証を残したいという思いもある。
普通は彼女ほどの地位の者が、役立つ技能を持っていてもここまでは来れない。戦闘能力を持っていれば別だが。
戦う力のない彼女は当然周囲の者に止められた。だが頑固とも言っていい意思でここまでやってきた。
前線の者たちは彼女が来たことに不平や不満を持っていない。治療能力を持った者は一人でも欲しいし、彼女の護衛としてついてきた兵を戦力として使えるのも嬉しいことだった。
ラインがここに来たばかりの頃は、貴族令嬢になにができると考えていた者もいた。そんな者も、先輩の治癒能力者に師事し、治癒し続ける姿を見て見方を変えていった。今では多くの者が仲間意識を持っている。
「普通のご令嬢と比べたら変わっているんだろうが、いい人には違いないよ」
「そうね、助かっているのは事実」
サイニーもラインを嫌ってなどいない。ライバル関係ではあるものの、頼りに思っているのだ。
「さていつまでもこんなところで話してないで、武具を調達に行こうか」
立ち話しているのは動いている者たちの邪魔になると、アロンドは武具を管理しているところへ移動を始める。
簡単な木製倉庫が作られているところで、平太はあっさりと武具をもらうことができた。
アロンドの言うように戦力は欲していたし、そこにあるものは量産品でくれてやっても惜しくはない代物だったのだ。
平太は粗鉄の片手剣と槍、鉄で補強された小型の木製丸盾と魔物の革鎧と革の脛当てをもらい、それなりに戦う者として見えるようになった。
「次は俺のテントに案内しよう。俺一人しか使ってないから、お前を入れる余裕はある」
「なにからなにまでお世話になります」
「いいってことよ。仲間になるんだからな」
会ったばかりの人間を受け入れる度量の広さに平太は感心し、サイニーはそれでこそと頷いている。
少し歩いてアドンドがあそこだと指差したテントの前に紋章の入った鎧を着た男が立っている。
男はアロンドと同じく騎士で、直接戦うのではなく指揮などを行うまとめ役の一人だ。
「戻ってきたか、アロンド殿」
「ドーク殿? どうしてここに」
「魔物を率いていた者と戦ったそなたから話を聞きたいのだ」
「特に有力な情報は入っていませんよ?」
「それでもなにかしらの情報は聞けるかもしれないからな」
「呼び出せばよかったのに」
「疲れているだろう? さすがに呼び出すのはな。それにすぐに話を聞きたかったから直接来たのだ」
その場で話が始まり、サイニーは汚れを落としてくるということで自分のテントに向かう。
平太はすることがないので、少し離れたところで剣の振り方など再確認をしていった。
素振りをしながら聞こえてくる話をなんとはなしに聞いていると、あの鎧の魔物は結構な実力者だとわかる。
アロンドたち以外にも何人かの実力者と戦い、それらすべて斬り捨てており、アロンドたちが生き残ったのは運が良かったからだ。
今後も魔王軍と戦うつもりならば実力アップは必須で、アロンドが修行を望んだのは当然の結果だろう。
「戦いのすさまじさはよくわかった。その終わり方がしまらないものになったのもな」
「そのおかげで命拾いしたようなものですがね」
アロンドもただでやられる気はなく、相討ち覚悟で死力を尽くしたことは間違いないだろう。サイニーやサフリャを逃がすことに全力を尽くしてもいたはずだ。
「そなたの命を救ったあやつだが。何者だろうな、ここらでは見かけない服装だが」
「本人もよくわかってないみたいですね。俺たちと話してなにか不思議そうにしていたから」
「怪しい素振りをみせるなら追い出すなり、斬り捨てるなりする。そう伝えておいてくれ」
「はっきり言うな」
「再建で頭が痛いからな。面倒事はできるだけ手をかけずに終わらせたいのだ」
「普通に過ごすのなら文句はないってことで?」
「ああ、問題を起こさないならなにも言わないさ」
情報収集の目的を果たしたドークは、ゆっくり休めと言って仕事に戻っていく。
話が終わったと見た平太は素振りをやめてアロンドに近寄る。
二人はテントに荷物を置いて、本拠地の案内がてら簡単な手伝いを探して歩き回る。
翌日、平太たちは昨日も言っていたように残党狩りのため本拠地周辺を歩き回ることになった。
午前中は昨日の疲れをとるため武具の整備をしながらゆっくりと過ごし、午後から本拠地を出た。ついでに食糧調達を頼まれたので、大八車を引いている。
十分ほどまっすぐ西に歩いて、そこで止まる。
「まずはヘイタの実力を確かめようか」
「昨日も言ったけど強くないからね。能力を使えば一時的にはなんとかなるだろうけど」
「じゃあ最初は素の能力で模擬戦やってみよう」
真剣は危ないので、そこらへんの木の枝を切り取って振るう。
平太はアロンドと向かい合い、その構えた姿からなんとなく実力差を悟る。
(こりゃ偶然でも勝てないなー)
好きに打ち込むかと考えて平太から動く。
上段からの振り下ろしをアロンドはしっかりと受けて、枝を弾いてその場から動かない。防御のみに徹するつもりなのだろう。
平太もその考えを察して、防御を考えずに枝を振っていく。
三分ほど一方的に打ち込まれていたアロンドがしっかりとした構えをとる。
「次はこっちが攻める。防御に徹して」
「はいよ」
一挙手一投足を見逃さないように集中する。
アロンドの強さを再現できるようになれば、ここらの魔物には負けない。
この模擬戦は実力を示す以上の利益を平太にもたらすだろう。
「いくぞ」
合図とともにアロンドが踏み込む。おそらくこれくらいなら避けるだろうという速度で薙ぐ。
アロンドの予測通り、平太は下がって避ける。そこにさらに踏み込んだ切り返しの一撃が迫り、平太は今度は受け止めた。
平太の意識が手に持っている枝にいったのを隙と見て、アロンドは左足で軽く平太の足を蹴った。
日本に帰る前の平太ならば、これにも対応しただろう。
蹴りを受けて予想以上に勘が鈍っていると実感する。
「あ、一撃もらったな。どうする、まだ続ける?」
一応実力はわかっただろうと平太は続行か聞く。平太の望みとしては再現するにはまだ足りないし、勘を取り戻すためにも続けたかった。
そんな思いが顔に現れたのだろう、アロンドは頷いて構えた。
平太は礼を言って、防御の構えをとる。
それから十五分ほど模擬戦は続いて、平太はなんども攻撃を受けることになる。だが同時に体の動きが滑らかになり、まるで錆が落ちていくような感触も得た。
その様子を見て十分だろうとアロンドは枝を引く。
「もういいか」
「うん、ありがとう。お礼に能力を使った戦闘を見せておくよ。知っておいた方がいいだろう?」
「そうだな」
アロンドは距離をとって再度構える。
平太は成長した再現を使う。
まずは今見てとったアロンドの技術だ。そして成長した再現はここで終わらない。さらに再現を使う。再現するのはこれまで鍛練してきたアロンドの肉体だ。アロンドがアロンドの技術を使うのにもっとも適しているのは自身の体だ。それらを再現することで平太はアロンドと同等の強さを得る。
再現の成長によって、再現の同時使用や重ねがけといったことができるようになっていた。
再現が神に注目される一端が初披露された。
「なんだ?」
見た目が変化していない平太を見て、アロンドは警戒度を上げる。見学していたサイニーとサフリャも表情を引き締めた。
構えた平太を見て、警戒度はさらに上がることになる。
「それは俺と同じ構え? いや同じどころか」
自分に扱いやすいように試行錯誤した技術が、そっくりそのまま目の前にある。
そのことにアロンドは困惑する。
「またこっちから行くよ」
そう一声かけて平太は動く。
先ほどとは比べものにならない鋭さの一撃にアロンドは冷や汗を流し、受け止める。
次々と振るわれる枝は、どれも余裕をもって受け止めることなどできず、真剣に対応してもなお攻撃を受けることがあった。
三分の模擬戦を終えて、平太がひいたところでアロンドは一息ついて声をかける。
「さっきとまるで違うし、やりづらさがあるな。能力一つ使うだけでこれだけ強さがかわるのか」
「強いと感じたらそれはアロンドが十分な鍛練を積んでいる証拠だよ」
「どういうことだ?」
もしかしてとサイニーが声を漏らす。
そのサイニーに三人の視線が集まる。
「アロンドの強さを真似たのか? 真似という能力があると聞いたことがある。だがまだ違和感があるのだけど」
技術的なものを真似たところで、アロンド以上に使いこなせるわけがない。だが先ほどまでの平太はアロンド以上とはいわなくとも同じくらいには使いこなしていた。
正解なのかとサイニーの視線が平太に問いかける。
「それだけだと半分正解って感じかな」
「半分は正解ということは、俺の強さを真似たのは事実なのか。自分自身と戦うなんて誰も経験できないだろう。やりづらくて当然だな」
戦いづらさに納得したようにアロンドは頷く。
「できれば今後も模擬戦は続けたいな。いい経験になる。自分の動きを客観的に見ればどこか変な癖がついてないか確かめることもできる」
「強くなれるのなら私もやりたい」
サフリャも追従する。強くなればもっと魔物を倒せる。魔物を倒せば、それだけ恨みをはらすことができる。そう信じて力を求める。
「いいよ。知り合いにも同じような頼まれごとされてたし。でも無制限にできるわけじゃないから断るときもあるよ」
成長したことで再現は一日に七回使えるようになっている。そして完全な模倣は再現を二回使うから、二人の模擬戦を毎日するとなると四回分使えなくなってしまう。それは魔物と戦う上で困るかもしれない。
だから条件をつけることにした。
「一日に一人だけ。どちらかの相手をしたら、片方の真似はなし」
「わかった。ちなみに時間はどれだけやれるんだ?」
「真似できるのは二十分から三十分くらいじゃないかな」
技術だけの再現を重ねがけした場合はぐんと制限時間が伸びて二時間ほど技術を使用できる。これは技術だけに適用されることではなく、再現で出した品物の顕現時間も伸びる。
「一戦に全てをかけるといった場合なら問題はないけれど、今日のように連戦したり長時間の戦いが予想される場合は使い勝手が悪そうね」
「ですね」
サイニーの考えに平太は頷いて同意してみせる。
しかし今は二つの重ねがけや同時使用が限界だが、慣れてくれば三つ四つの同時使用なども可能になってくるので、長時間の戦いにも対応できるようになるだろう。
再現を使える平太もそのことには気づいていないが。
「変則的だけど実力はわかった。能力を使わない場合はここらの魔物には苦戦するだろう。だから今日一日は防御に徹して、魔物の動きを観察。俺たちは普段通りに戦う」
模擬戦を終えてアロンドはこれからの予定を話す。
それぞれ納得したように返事をして、魔物を探して動き始める。
ここらの魔物はエラメルト周辺で平太が行けた範囲で表すと、バラフェルト森林と同じくらいの強さだ。一人で出歩くには不安のある場所で、強くなるにはいい場所だった。
アロンドたちにとっては少してこずる程度の場所のようで、慣れた様子で魔物と戦い倒している。
出てきた魔物は、虎と同サイズの犬、火球を吐くワニ、皮膚を焼く毒液を吐く大ムカデ、痺れを起こす花粉を撒き散らす木の魔物、鋭い牙を持つ大コウモリ、雷をまとった狐といったものだ。
どの魔物も強いということは味も保証されているため、その場に捨てていくという選択肢はなかった。
(それにしても軽量符とかがないのは予想外だったなー)
こんもりと積まれた魔物たちを見て、平太はそんなことを思う。
血抜きなどの処理をしてそのまま大八車に載せるアロンドたちに軽量符といった魔術具のことを聞いたら、そのような便利なものはないと返事が返ってきたのだ。
それを使える能力者はいて、そういった者は輸送隊に回されているということだった。
実物があるなら見たいというサイニーに軽量符を再現し、一番重いワニの魔物に使ってみせた。
しきりに便利だと頷き、詳しく見たいと言うが最後の一枚と返され、肩を落とした。
「興味があるんですか?」
「ええ、自分でも作れないかって思ったんだけどね」
「魔術具作りの能力がないとまともな効果を発揮しませんよ」
「そうなの? 見たところ紙に文字を書いていただけに見えたけど」
「仕上げに能力を使わないと極端に効果が落ちるって、職人から聞いたことありますから」
「残念ね。便利な代物なんだし広まるのは早そうよね。気軽に手に入れられるようになるのを待つしかないか」
その日が待ち遠しいと小さく溜息を吐く。
平太はその日が思いのほか遠いだろうと考える。
(まだ軽量符ができていないんだろうなぁ。どこかで開発中か、その発想すら生まれてないか。使ったの失敗だったか)
ここが平行世界ならともかく、過去なら歴史を変えた可能性もある。
とりあえずこれの開発は極秘だったと忘れていたことにして、誰にも話さないように口止めする。
修行と狩りを終えて本拠地に戻ると、ほかの者たちも戻っていて多くの魔物の死体が積み重なっていた。
そこにアロンドたちが狩ってきた魔物を置いて、疲れていない平太は皮を剥ぐのを手伝う。アロンドたちは汚れを落とすためテントに戻っていく。
翌日からは平太も戦闘に参加する。素のままだと邪魔になるため、技術だけアロンドのものを再現し戦う。
戦果のほとんどはアロンドたちだ。武具や身体能力の差で、ほとんど力になれていない。たびたびフォローもしてもらった。
足手まといといってもいい結果で申し訳ないと謝る平太に、アロンドは気にするなと笑う。
「ヘイタがここらで戦うにはまだ早い。こういった結果は最初からわかっていたからな。じっくり成長して今後力になってくれればいい。それにお前さんの真価は訓練時に発揮される。それがわかっているからサイニーもサフリャも文句を言ってないだろ」
今のところ平太の価値は訓練の相手のみということだ。
そのことに平太は文句はない。その通りだと頷ける。
「訓練で役立てるよう頑張ります」
「頼りにしている。もちろん狩りでも頼りになるよう応援する」
その言葉に自己鍛練を頑張ろうと決めた。せめてフォローされる回数が今日の半分に減るくらいに成長しないと邪魔でしかないのだ。
この会話のあとにサフリャに誘われて、模擬戦を行う。
アロンドが言ったようにやりづらそうにしていたが、得るものもあったようで、模擬戦のあとも一人素振りをしていた。
平太もアロンドの技術を再現して、素振りに取り組む。これまで練習してきた技術とアロンドの技術にはズレがある。流派の違いというやつだ。その流派をアロンドのものにかえるのではなく、参考にして元の技術をより自分に適したものに変えていく。
そうした鍛練を己が身に刻むように続ける。
朝起きて狩りに出て、午後三時前に本拠地に帰って模擬戦、そして自己鍛錬ということを数日繰り返す。
急激なレベルアップはないものの、アロンドたちから見てもほんの少しずつ動きが洗練されていくのがわかった。
鍛練を始めて六日後の夕方になる少し前、東から輸送隊がやってきた。
人材と補給物資の両方が入ってきて、本拠地が活気に満ちる。
黒鎧の魔物襲撃からどこか沈んでいた雰囲気を漂わせていた本拠地の人間にとって、輸送隊来訪はいい気分転換になったのだった。
荷物整理に人が動き回り、それが粗方片付くと上層部から明日小さな宴会が開かれることが発表される。
ドークも気分転換が必要だとわかっていたので、運ばれてきた酒を振る舞うことにしたのだ。
全員が一度に宴会に参加すると見張りがいなくなるので、午前午後の二回にわけて行うという発表に歓声が上がり、どちらに参加するか楽しそうに話す声があちこちから聞こえてくる。
「俺たちはどっちに参加するよ」
そう聞くアロンドにすぐ答えたのはサフリャだ。
「私はどっちでもいい」
サフリャはあまり関心がないようで、早々に意見を決める。
「酒を飲んだあとに見張りや狩りはきついだろうから、後半への参加者が多そうね」
「ゆったりできる前半に参加するか? 俺は絶対酒を飲みたいってわけじゃないし」
「少しは飲みたいけど、酔っ払いたいわけじゃないから前半に賛成」
アロンドとサイニーは前半という意見で、平太にどうするか視線を向ける。
「俺も前半でいいよ。酒はあまり飲み慣れてないし、飲むならゆっくり完全な休日に飲みたい」
バイト先で飲み会があったときも付き合いでビール一杯だけという感じだった。
「じゃあ前半ということで」
宴担当の兵にそれを伝えに行こうとして、ドークともう一人四十才くらいに見える男が四人に近づいてきた。
アロンドはなにか用事かとドークに声をかける。
「俺は案内だ。こちらの方が用事があるということだ」
平太たちの視線を受けて男は一礼し口を開く。
「初めましてファブルクと言います。今日は手紙を運んできました。アキヤマヘイタというのはどなたですか」
「俺ですけど、手紙?」
この時代に知り合いなどおらず、なぜ手紙が届けられたのか心底不思議そうに聞き返す。
ファブルクは懐から質の良い紙を使った封筒を取り出し、平太へと差し出す。
「私の親神であるシューフルン様からあなたへと渡すように命じられました」
神からの手紙ということに平太とファブルク以外全員の視線が、ファブルクの手にある手紙に集まる。
「俺はシューフルン様のことをまったく知らないんですが、どうして俺に渡すよう命じたのか知ってます?」
手紙を受け取り尋ねる。
ファブルクは首を横に振った。
「私は必ずこれを届けるように命じられただけなので、理由はさっぱりです」
「そうですか。じゃあどうしてあなたに届けるように言ったんでしょうか?」
「それは私が愛し子だからですね」
ドークが案内してきたのも賓客だからだ。ほかに手紙の内容を知れたら知りたいという思いもあったが。
だがさすがに神からの手紙だと知って、この場にいていいものか迷いを抱く。
「愛し子と会うのは初めてです」
思わず珍しいものを見る目でファブルクを見る。アロンドたちも似たような視線を向けていた。
その視線をファブルクは苦笑で受け止める。慣れているのだ。
苦笑を見て、平太は自分がどのような感情を向けているのか気づき謝る。
「さて内容はと」
封を開けて、手紙を取り出す。
さすがに中身を覗き見るような者はいないが、その場から去る者もいない。
読み進めていく平太の表情が驚きに染まり、そしてげんなりとしたものに変化したのを見て、アロンドたちはますます内容が気になる。
やがて内容を読み終えた平太は手紙を畳む。
「内容は聞いても大丈夫なのか?」
アロンドが尋ねる。もしかするとどこかで緊急を要する事件が起きているかもしれず、手紙の内容はそれに関したことなのかと思い、それならば解決に協力しようと考えたのだ。
「内容は、俺の帰り方といったものや頼みがあるといったものかな」
「帰り方?」
その場にいる全員が疑問の表情になる。
ただ故郷に帰るだけならわざわざ神が手紙を寄越す必要もない。故郷に向かって移動するだけでいいのだ。
「俺がいたところには歩いて帰ることはできないらしくてな。頼みを聞いてもらえたら、帰還の協力をしようって書かれていた」
手紙にはここが過去なのか平行世界なのか書かれていなかった。ただ日本ともエラメーラがいる世界とも違うと書かれていて、帰還の助力ができるとも書かれていたのだ。
そう言っているのはシューフルンではなく、始源の神だった。始源の神の言葉を代筆したのがシューフルンで、ファブルクが平太の近くにいるからという理由でシューフルンを動かしたのだ。
平太が驚いた様子を見せたのは、始源の神というトップが出てきたからだ。そしてこれをアロンドたちに知らせると大騒ぎになるかもしれないと考え、始源の神のことはぼかすことにした。
「ちょっとわからないのだが、君はシューフルン様と会ったことがないということだが」
聞いてくるドークに頷きを返す。
「ではなぜ神が君のことを気にするのだろうか」
「手紙には俺を動かすことで自分たちにも利益があると書かれてましたね」
どのような利益かは書かれていない。
それを伝えると人間には計り知れない考えがあるのだろうと利益の内容までは気にしていないようで流された。
「では頼みについて教えてもらっても大丈夫だろうか」
「アロンドたちに最後までついていくこと」
「俺たち?」
神からの手紙に自分たちの名前が出てきたことに意外そうな言葉を漏らす。
「それはつまり神は魔王討伐をやりとげるのはアロンド殿とその仲間たちだと考えている?」
ドークの言葉に平太は首を横に振る。
「そういったことは書かれてませんね。ただついていけと。でもアロンドの目的を考えるとその考えは外れてないように思えます。今は有力な候補という見方でいいんじゃないでしょうか」
「……俺が期待されている。なんだろうな感動もあるけど、プレッシャーもある」
アロンドの体が小さく震える。本人が言うように感動と緊張、その両方の意味で震えたのだろう。
「アロンド殿が候補か、たしかに今回の戦いを生き残ったことで有力な戦力とは考えていたが……だとするとそう考えて動いてもらった方がいいな」
ドークは考えをまとめたようで頷き、アロンドに視線を向ける。
「アロンド殿たちにはここを離れて東に戻り、修練場に行ってもらいたい」
修練上は能力を一段階成長させるための場所だ。
以前エラメーラとの会話に出てきて、平太もどのようなところかは知っている。
「たしかに今のままだと勝てないとは思っていたから、それもありだろうな。紹介状はもらえるのだろうか」
「シューフルン様からの手紙を見せたら問題なさそうではあるんだが、ここのまとめ役としての立場で書いておこう」
「出発はどうしたらいいだろう? まだ手伝いが必要ならヘイタの修行もかねてもう十日ほど残るとするが」
「ヘイタ殿は今どれくらいの強さなのだ? そなたたちの旅についていくには厳しいのならば修練しておいた方がいいのだろう」
本人の希望としてはどうなのだろうとアロンドとドークが視線で問いかける。
「もう少しここで鍛えていきたいですかね。俺の強さ的にいい修行場なので」
今はアロンドたちに守られている形だが、それでも少しずつ身体能力が成長しているのだ。ある程度頭打ちになるまで、鍛練しておきたいところだった。
「では滞在ということだな。出発は十日後と見ておくが問題は?」
ないとアロンドは首を横に振った
「俺自身の修行もしっかりと積むつもりで十日間を過ごす」
「期待している。そうそう誰か一人治癒能力を持つ者を同行させようと思う、そのつもりでいてほしい」
「そこまでしてもらえるのか」
「魔王討伐のためだからな。そのくらいはするべきだ」
気になることも聞けたのでドークはファブルクになにか用事はあるか尋ねる。
ファブルク自身も用事は終わったので、二人は一緒に去っていった。




