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35 頭上からくるぞっ

 人と魔物がぶつかる平原。

 辺り一面に人と魔物が流した血と肉の匂いが充満し、多くの死体から流れでた血が草や土を汚している。今も戦いの物音は各所から聞こえてきて、戦いはいまだ続きそうだとわかる。

 そんな中で人間と魔物が近寄らない場所がある。そこには一体の魔物と四人の人間がいて、戦いを繰り広げていた。

 魔物は二メートルを越す全身黒の鎧で、顔もフルフェイスヘルムで隠れている。開いた目の部分からは黄色の光が見える。

 手には身の丈ほどある大剣を持ち、その刃には誰か斬ってついた血が乾き始めていた。


「くくくっさすがここにいるだけのことはある! いい強さではないか!」


 片手で剣を持ち、血と土で汚れた三人に向けて言い放つ。心底戦いを楽しんでいるのであろう、声音に機嫌の良さが表れていた。

 褒められた三人の表情は険しいものだ。強さにある程度の自信を持っていたが、一体の魔物とようやく互角。うぬぼれと悔しさが混じり、その表情を見せていた。


「そりゃどうも!」

「褒められても嬉しくないんだよ!」


 剣を持った男とハルバードを持った女が黒鎧の魔物に突っ込み、少し後ろでメイスを持った水色の髪の女が二人を援護するように水で作られた矢を放つ。


「いつまでも続けたいものだが、そうも言っていられんな!」

「こっちも同じ意見だ!」

「だからさっさと倒れろ!」

「そっちが倒れて決着としていいのだぞっ」


 そう言い返しながら動く黒鎧の魔物。

 鎧の隙間を狙って跳んできた水の矢を少し動いて鎧で弾き、上方から迫ってきたハルバードの刃を大剣で振って弾き、返す刃で真っ直ぐ突き出された剣を受け止める。

 短時間で行われた的確な防御からこの魔物のたしかな技量が見て取れた。


「はあっ!」


 再び振るわれようとしたハルバードを持つ女へと、空いた手を向けて黒い魔力の塊を飛ばす。

 ハルバードを持った女は足を止めて、その魔力へと刃を当てて切り裂いた。弾けた魔力が露出した肌や鎧に小さな傷をつける。


「ふんっ」


 受け止めていた剣を大剣を振って弾き、彼らから少し距離をとる。

 足を大きく広げて、腰を捻り、後ろに下げた大剣に魔力がまとわりつく。

 なにかしらの大技を使おうとしていると考えた男たちは阻止するため突っ込む。だがそれより前に黒鎧の魔物が大剣を薙ぐために動き始める。

 間に合わないかと男たちが考えたその瞬間、その場にいる全員が声を聞いた。

 その出所を把握する前に、黒鎧の魔物の頭部に誰かが落ちてきた。

 落下の衝撃に耐えきれず黒鎧の魔物は地面に倒れ伏し、落ちてきた誰かは頭部を踏みつけた形で立っている。

 落ちてきたのは日本から召喚されて空中に放り出された平太だった。

 あまりな光景に戦っていた男たちは、ぽかんとした表情を浮かべて動きを止めている。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですかね?」


 戦いの緊張感が一切ない平太は慌てた様子で踏みつけていた頭部からおりて、倒れて動かない黒鎧の魔物におそるおそる声をかける。

 軽く揺さぶってうめき声が聞こえてきたことで、殺してはないとわかってほっと胸を撫で下ろす。

 ふるふると鎧が震えて、ぽつりと一文字聞こえてきた。


「な」

「な?」


 いっきに体を起こして黒鎧の魔物は平太を指差す。

 この鎧姿に平太は既視感があったが、どこで見たか思い出せない。


「なんだ貴様は! これからというところで邪魔しおって! しかも空から生身で奇襲してくるという非常識っぷりっ。事前に気配を感じさせないとはどれだけの高度から落ちてきた!」

「俺を責められても困るんだけどな、好きで落ちてきたわけじゃない。落ちてきたことの文句は俺を召喚したジジイに言ってくれ」


 地下室かと思ったら、いきなり空中に放り出されて驚き慌てたのだ。


「ショウカン!? なんだそれは! いい加減なことを言うんじゃないっ」

「誤魔化してるわけじゃないんだけどなぁ」

「まだ言うか、興ざめだっ。俺は帰るっ。お前たち次会うときはもっと腕を磨いてろよ!」


 落下の衝撃でどこか悪くしたのか、やや傾いたまま黒鎧の魔物は走り去っていく。

 その様子を見送っていた男たちだが、メイスを持った女が「倒せてたんじゃ?」と漏らすと、慌てたように武器を構えた。だが黒鎧の魔物はなんらかの魔術でも使ったのか既に遠く。

 諦めたように三人は武器を納める。


「なんかひっどいな」


 平太は周囲の状況を見て、むせかえる血の匂いに顔を顰めた。

 戦いの経験はあるが、ここまでの惨状は初体験で胃の辺りがむかむかしている。

 三人の視線が平太に集まる。

 剣を持った男が一歩進み出て頭を下げる。


「まずは礼を言う。最後の最後でおかしなことになっていたが、助かったのは事実だ」

「礼って?」


 男の言う礼に心当たりのない平太は聞き返す。

 男は先ほどまで黒鎧の魔物と戦い劣勢だったことを話す。


「そうなのか。偶然だし礼はいいよ」

「そうか。お前は……っと聞く前に簡単に自己紹介しようか、俺はアロンド・カータン」


 青みがかった黒髪、意志の強そうな光を宿す青の目、誰もがさわやかでかっこいいと評する容貌に、鍛えられ引き締まった肉体を持っている。

 年は平太よりも少し上の二十一才。

 平太はリンガイよりも強そうな感じをアロンドから受けた。

 アロンドがハルバードを持った女に視線で促すが、女は興味なさげに口を閉ざしてなにも話さない。

 小さく溜息を吐いたアロンドがかわりに女について話す。

 黒と白が混ざった髪をしており、肩甲骨までの長さで流したままにしている。頭部にはピンッと犬耳が立つ。目は青で、髪の色とあわせて平太はシベリアンハスキーを連想した。


「ハルバード持ちはサフリャ・パニゼー。犬の獣人。年齢はたしか二十才だったか」

「俺と同じ年だね。それにしても……」

「なに?」


 じろじろと見られて不快だったのか、サフリャは若干睨んだ形で問う。


「獣人を間近で見るのは初めてだったんで、不快だったら謝るよ。続きをどうぞー」

「じゃあ次はメイスを持った女」


 こちらは自分で自己紹介するつもりなのか、アロンドを手で制して口を開く。


「サイニー・ペテロルフ。色人で水を使う。主に戦闘は水でやって、メイスは接近されたときのために持ってるわ」


 サイニーは水色の髪と目を持つ。見た目は十九才だが、色人は人間とは寿命が長いため、成長もゆっくりだ。実年齢は見た目よりも上だろう。実年齢を思わせる落ち着いた雰囲気も持ている。

 それぞれの自己紹介が終わり、次は平太の番だとアロンドが視線で促してくる。


「俺は秋山平太。一応旅人ってことになるのかな」

「その旅人がなんで空から現れたんだ? ショウカン? されたとか言っていたが。ショウカンってなんだ?」

「召喚の魔法ってそれなりに知られてるんじゃなかったっけ? 俺はそう聞いたような気がするんだけどな」


 首を傾げつつ平太は、簡単に説明する。

 他人からこちらの意思に関係なく転移させられるという感じで説明して、なんとなく理解した感じのアロンドとサイニー。


「そういった魔法があるとは初めて聞いたな」

「それなりの年齢のサイニーが聞いたことないとなると珍しいものじゃないかって思うな」

「これでも色人としては若いんだぞ」


 少し怒ったように言ったサイニーはメイスをアロンドの後頭部に軽くぶつける。


「あいた、ごめんごめん。本当にそっちの国ではショウカンってのが有名なのか? そうなると別の大陸から来た可能性も、帰るのが大変そうだな」

「そこらへんは大丈夫、転移が使えるし」

「どこに行っても帰ることができるから、ショウカンの魔法を使われたのか」


 納得したように頷くサイニー。


「いやあのジジイは好奇心のままに行動するから、そこら辺の配慮はないなきっと」

「そ、そうか」


 断言した平太は帰ったら一発殴ると心に決めた。

 ただ召喚するだけではなく、見知らぬ土地でしかも戦場らしき場所に放り出されたのだから怒って当然だろう。

 もっとも今回の召喚はエラメーラの頼みでやっているため、バイルドが殴られるいわれはないのだが。


「じゃあ俺は帰るとするよ」

「そうか。今回のことは助かった」


 アロンドたちに手を振りながら、エラメーラの部屋へと転移するため再現を使う。

 だがなにも起きなかった。なにか失敗したかなともう一度転移を使うが、やはり転移できなかった。

 いつまでのそこにいて動かない蒼太をアロンドたちは不思議そうに見ている。


(再現が使えなくなった?)


 そう考えた平太は手の中に二リットル入りのミネラルウォーターを出してみる。

 問題なく表れたそれのキャップを外して飲む。

 ミネラルウォーターを出して再現に問題ないことはわかった。むしろ能力自体が成長して二段階目になっている。

 また世界移動したことが得難い経験になっているのだ。往復だけならば召喚された勇者たちも経験あるが、三度目の移動となると経験した者の数がぐっと減るのだ。

 ちなみに能力の成長にあわせて、身体能力の方も成長している。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「ここら辺って転移禁止されてるの?」

「いやそんな話は聞いてないぞ」


 だよなとアロンドはほかの二人にも聞き、頷きが返ってくる。


「転移が使えないのか?」

「そうみたいなんだ。能力自体は使えてるから、転移が禁止されているのかなと思ったんだけど。少し離れた場所でもう一度使ってみるかな。それで駄目ならバスとか使わないと」

「移動するのか。ついでだし一緒にくるか? そんな武装もないかっこうじゃ危ないと思うぞ」

「武装に関しては一応問題ないんだけど、ありがたい申し出だしお願い」


 礼がわりに水を差し出す。

 歩きながらそれを受け取ったアロンドはいくらか飲んで、ほかの二人に回す。

 受け取ったサイニーはこれまで見たことのないプラスチックの器に興味深そうな視線をやりつつ水を飲む。

 そして違和感を感じた。水に毒が入っているわけではないとわかる。だがなにかおかしい。

 水をサフリャに渡し、平太に尋ねる。


「この水って上手く言い表せられないんだけど、なにかおかしくない? ただの水なんだけど、どこか希薄っていうのかしら」

「そういった方向で違和感を感じた人は初めてだ。たしか水を使うんでしたっけ? その関係なのか」


 平太は純粋に驚きを表し、称賛の視線を向ける。


「その水は幻みたいなもの。喉の渇きは癒されるし、触れると冷たさも感じられる。お湯にすることもできる。だけど一定時間すぎたら消える。そんな幻」

「幻ね、だから薄く感じられたの。納得だわ」

「あれが幻? 本物そのものにしか感じられなかったけどな」


 全て飲み終えたサフリャも水が幻ということには驚いたのか、空になった容器を見ていた。


「疑問なんだが、ヘイタの能力ってなんなんだ? 水を出すまでは転移だと思ったんだが、幻という話を聞いてそうじゃないってわかった」

「転移は魔術具でやろうとしたんじゃないの?」


 サフリャが思ったことを言い、アロンドは「ああ」と納得したように頷いた。


「んー…そうだね、能力に関しては親神様から言うのを止められているからヒントだけ。転移は魔術具じゃない、能力で使おうとした。水を出したのももちろん能力」

「幻って話を聞いてなかったら、幅広い転移系の能力って考えたんだけど。水も遠くに置いてあるのを、それこそさっき説明してくれてたようにショウカンした。そうじゃないとなるとわからないわね」


 親神に止められているということでよほど貴重な能力なのだろうということは予想できた。

 アロンドとサイニーが再現について考え、サフリャは周囲の警戒をしながら歩く。

 黒鎧の魔物が退いたことで、魔物たちも退くことにしたのか、戦いの音が小さくなっている。


(地球に帰ってからこっちがどれだけ時間が過ぎたのか知らないけど、いない間になにか大事件でも起きたのか。それともここは別の大陸で、こっちではこれが日常なのか)


 エラメルトではそうそう見られない光景を目にして、平太は難しい表情を浮かべる。

 召喚されたことは運がなかったが、エラメルトに呼ばれたこと、エラメーラに保護されたことは本当に運が良かったのだと実感する。

 この世界に来たばかりのときは再現が使えたとしても、こんな状況に巻き込まれて生き残れる気がしなかった。


「ここら辺ってどこなんだ? 場合によっては船を使って帰らないといけないんだけどさ」

「地名は俺も知らないが、大陸の西側だ。あの山は大陸を縦断していて、その南寄りって感じか」


 大陸縦断山脈については平太も心当たりがある。船を使うほどの距離ではないことに、ほっと胸を撫でおろしつつ確認のため尋ねる。


「となるとここってオードレイ大陸?」

「そうだぞ」

「そっか。とりあえず船は使わなくてよかった」

「故郷はこの大陸なの?」


 サイニーにそうだと頷き、東側にあるエラメルトだと返す。

 生まれ故郷というわけではないが、この世界で帰る場所といえばエラメルトだという意識がある。


「エラメルトねぇ、聞いたことないわ。全ての町を知ってるわけじゃないから、知らない町の一つなのでしょうけど」

「エラメーラ様っていう小神がいる町。王都には劣るけど、活気のあるいいところだよ」

「東側か、それに小神様がいるんなら平和だろうな」


 西側はなにか問題があるという口ぶりに平太は、そこら辺を聞く。

 アロンドたちは訝しそうに聞き返す。


「知らないのか? 大陸西側は魔王の拠点があるだろう」

「は?」


 予想していなかった状況にその一文字しか出ない。

 なにか事件が起きているかもしれないとは思ったが魔王という存在が出てくるとは思っていなかった。

 いつぞや川の魔物が暴れているということで、魔王復活と揶揄したことはあるが実現しているのは予想外だ。


(再度呼ばれたのは魔王対策に? 魔王なんて規格外、俺にどうこうできる気しないんだけど!? 勇者はどうした勇者はっ)


 心底驚いた平太の様子に、アロンドたちは本当に知らなかったのだと察する。

 三人はしかしと首を傾げる。魔王は暴れ出してもう三年ほどたっている。それだけ時間があれば大陸中にいや世界中に魔王誕生のニュースが広まっていてもおかしくない。


「お前本当にこの大陸の住人か? 魔王のことを知らないって」

「いやまあこの大陸で過ごしてたのは事実なんだけど」

「なにか含んだ言い方ね?」


 眉をひそめるサイニー、サフリャは平太の事情に興味がないようで周囲への警戒を続けている。


「しばらくこっちにはいなかったけど、二年前までは魔王の噂すらなかったよ?」

「二年前なら住んでる場所次第では知らなくても無理はないのかしらね」


 どうも両者噛みあっていなように感じて首を傾げる思いだ。


「お前が故郷に帰れるのか心配になってきたんだが。一応ルートを教えてくれるか?」

「ルートねぇ、こっからだと南門町まで行って、そこから南行きのバスか馬車って感じ」

「南門町ってどこだよ。バスってなんだ」


 どちらもアロンドたちには聞き覚えはなかった。


「おおうっそこら辺も知らない? 南門町は大陸の東西を繋ぐ道路近くにある町でさすがに有名だろ。バスだってどこでも使われているはずだ」

「あの山の道路って今作ってる最中で完全には出来上がってはないはずだ」

「……作ってる?」


 聞き返した平太は、嫌な予感を抱く。


(これまで使っていた道が魔王に潰されて新しい道を作っている? 道がないというのはそれで理由付けできるとして、バスを知らないのはおかしい)


 西側だと名前が違うだけかもしれないと思い、バスについて説明する。

 だがアロンドたちの様子を見て、これはバスのことを知らないなとわかる。


「馬のかわりに魔力を使って動く馬車なんて聞いたことないぞ」

「これも知らないのか」


 いい加減自身が置かれている状況に予測がつき始めてきた。

 それをまだ決まったわけではないと否定して、さらに言葉を紡ぐ。


「それを作って管理しているのは大陸西にあるシューサって都市のフォルウント家なんだけど。有名な家らしいが」

「聞いたことないわね」


 サイニーが首を振って否定した。


(あれも知らないこれも知らない。今アロンドたちと共有できている情報は、ここが大陸縦断山脈のあるオードレイ大陸ってこと。山を通る道がなく、南門町もなく、バスもなく、有名なはずの家もない。これは……あのジジイ今度はさらに厄介なことをやらかしたのか)


 今平太は現状に二通りの予想をつけてる。「過去」もしくは「平行世界」。どちらにもしても見知った者たちがいる時代へと戻ることができなさそうで、自身の考えが間違いだと思いたい。

 現状どういったことになっているのかわかったら、地球に帰還した魔法を再現して帰ろう、そう決めて大きく溜息を吐く。

 諦めと決意の篭った平太の様子から、何かしらの判断を下したとアロンドたちは見る。


「なにか決めたようだな」

「もうちょっと情報を集めて現状を理解したら帰ろうと」


 事情があって呼んだのかもしれないが、呼び出したバイルドがいないのではここにいる意味がないと考えたのだ。


「帰れるのか?」

「帰れると思うけど」


 試しに再現して帰れるかどうか確かめる。

 帰還の魔法は転移と違って発動した。だが平太が中止する前に勝手に中断した。

 平太はこれを、再現を行うためのエネルギーが足りないと判断した。


「こっちで修行しないといけないか」

「今何しようとしたの?」


 聞いてきたサイニーに送還の魔法を使おうとしたけれど、力が足りず発動できなかったことを説明する。


「だから修行って言ったのね」

「俺らも修行しないといけないから一緒にやるか?」

「そっちはどんな理由で修行するんだ」

「お前が踏みつけた鎧の魔物がいたろ。あいつは魔王の手下の中でも上位に位置するやつなんだ。あれに勝てないってことは魔王にも届かないってことだ。だから修行する必要がある」

「あんたら魔王に挑んでんのか!? 勇者いや英雄か!」


 英雄という言葉をアロンドは手を振って否定した。


「俺は騎士なんだよ。魔王討伐を命じられた一人で英雄なんかじゃない」

「でも挑むってことにはかわりないんだろう? すごいな。俺はとても挑む気にはなれない」


 能力自体は希少だが、素の実力は高くない。その自覚があるため魔物の親玉になど挑む気は皆無で、それを行おうとしている意思を持つ三人に称賛の視線を向ける。


「困難ではあるけど、やりたいことをやっているだけでもある。誰かが魔王を倒さなければいつまでも大陸は危ないままだ」

「そう言い切って実際に動いているんだから英雄の資質は十分にあるな」

「であろ? さすが私が見込んだ男。他の者が見てもその才気が優れているとわかるのだから」


 アロンドを褒められてサイニーが嬉しそうに笑みを浮かべ、アロンドの肩を抱く。

 褒められたことで照れているのと柔らかな胸の感触にドキドキした様子で、アロンドの顔がやや赤くなる。それをからかわれて、さらにあたふたとしている。

 そのまま楽しげにからんでいる二人から視線を外し、平太はサフリャに話しかける。


「サフリャもアロンドの考えや性格に惹かれて一緒に行動を?」

「あんたに話す必要はない」


 そっけなく返され、やや驚いた表情を平太は見せるが、その通りだなと納得し軽く詫びる。


「さっきから警戒しっぱなしだけどここら辺りには魔物はいないんじゃないか?」

「生き残りがいるかもしれない。見つけたらとどめを刺す必要がある」

「不意打ちされたら大変だもんねぇ」

「……あんなやつらが生きてそこにるだけで吐き気がするっ」


 あふれ出さんばかりの憎しみが込められた言葉で、平太はサフリャが過去どのような経験をしたのかおぼろげながら予想がつく。


「そっか」


 慰めの言葉など意味はないだろう。平太はなにか言うことなどできず、この世界の厳しさを垣間見たような気がした。

 なにも話さないままサフリャの隣を歩き、すぐにテントが並ぶ場所が見えてきた。


「あそこがアロンドたちの本拠地?」

「そうだ。ここら一帯の安全を確保するために多くのハンターや兵が送り込まれているんだ。大陸西側進出の足掛かりにもなる予定だ」


 千人弱の人員が配置されていたが、今回の戦いで二割が死亡、負傷者多数ということになってしまっている。


「活動はしばらくは上手くいっていたんだが、こちらの動きを煩わしく思ったか、あの鎧の魔物が軍を率いてやってきてな。大きな被害を受けた」


 攻めてきた魔物の数は千を優に超えていた。

 あそこには非戦闘員もいて、アロンド達戦闘員がとりこぼした魔物が本拠地に侵入し怪我を負った者もいる。アロンドはそれらの人を思い、守れなかったことを悔しそうにしている。

 

「しばらくは再建作業っぽいな」


 片づけ作業に動いている人たちを見て言う平太に、アロンドが頷く。


「そうなるだろう」

「アロンドたちはどう動くつもりなんだ?」

「これからここは大きくわけて三つの動きにわかれると思う。壊れたテントなどの立て直しと自衛といった本拠地に残る者。外に出て鎧の魔物が連れてきた魔物を狩る者。資材調達のため東側に戻る者。俺たちはおそらく魔物狩りだろう。サフリャが勝手にそっちに行くだろうしな」

「あー、さっきの様子だと行きそうだ」


 アロンドたちが同行しないと言っても一人で戦いに出て、怪我を気にせず死ぬまでハルバードを振るうところを簡単に想像できた。

 アロンドたちも同じく簡単に想像できるので、一人では行かせずついていくのだろう。


「まあ修行にもなるからな。討伐にはもともと出るつもりだった」

「一緒に修行しないかって言ったってことは俺もそれについて行くことになるのか。行くとしたら武具をどうにかしないと」

「予備の武具はあるから借りれるだろうさ。この状況で戦える者が増えることは嬉しいことだから、断られることはないだろう。どういった武器を使うんだ?」

「主に剣。槍も少々。それからあまり強くはないよ」


 地球に戻ってからは実戦などなかったのだ。体力的には以前と変わらないが、技術的には鈍っている部分があるし、感覚も似たようなものだろう。

 もちろん再現を使えば、そのかぎりではない。


「あとで手合せするかな。きちんとした実力を知っときたいし」

「期待した実力がなくてもがっかりしないでくれ。ああ、でも能力使えばくらいつくことはできるな」

「本当にあなたの能力はなんなのよ」


 そんなことを話しながら本拠地に入る。

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