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32 望まぬ再会 後

 用件を終えた平太たちは工房から出る。宿を取り、旅の疲れを癒すことになり、フラスと一緒に村の宿に向かう。

 小さな村にしては立派な宿に入り、カウンターの職員にキャジンタからの紹介状を渡すと、良い部屋をあてがわれる。二人が泊まるのはキャジンタが歓迎する客用の部屋で、逆に歓迎していないと通される部屋もある。どちらの部屋も良い部屋ではあるが、従業員の対応がわずかながらにかわってくる。

 歓迎しない方の部屋に通されると、従業員は田舎者のすることなのでと言い訳しサービスに手を抜いたりするのだ。

 小さな村に客が度々訪れ、お金を落としていくのはキャジンタのおかげと理解しているため、キャジンタを尊重しない客には相応の態度になるのだった。

 そんなことには気づかず平太はゆったりと過ごして疲れを癒し、翌日フラスと一緒に工房に向かう。


「おはよう」


 玄関をノックして出てきたオッツは出かける準備を整えていた。


「俺は工房の人たちに話を聞いて勉強してきます」


 フラスはそう言って工房に入る。オッツ以外にもキャジンタには弟子がいて、彼らの腕はフラスよりもよく、ちょっとした話を聞くだけでも勉強になるのだ。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 オッツは籠を背負い、歩き出す。それに平太とグラースはついていく。

 村と森との間に障害物はないため、魔物が現れても察しやすく逃げやすい。そのおかげで村人も森の縁で薪を拾える程度には安全だ。けれどもさすがに森の中にまでは行けない。中に入るのは、戦闘系や探査系の能力持ちくらいだ。オッツもいつもは護衛を雇って森に入る。

 森の中は厳かな雰囲気で包まれているといったことはなく、どこでも見かける森の風景だ。

 ある程度ならされた道を警戒しつつ進む。

 遠目にキャジンタから聞いた魔物の姿を見かけることはあったが、襲いかかってくるものは少なかった。今のところモグラとムカデの二匹と遭遇し、どちらもグラースが倒している。


「聞いたとおり、わりと安全な森ですね」

「ええ、きちんと対策をとれば大怪我などする場所じゃないです。たまに怖い物知らずな子供が入って大怪我することはありますけどね」


 今は平和な森だが、この村が作られた七十年前にはオーガの夫婦と子供がここを縄張りとしていた。駆け出しが間違っても入り込める森ではなく、名の知れたハンターによってオーガが討伐されると開拓されて村ができたのだ。


「やんちゃな子にとってはかっこうの遊び場というわけですかー」

「いくら注意しても三年に一度はそういった子が入って大騒ぎになりますね」

「止められたら余計に好奇心が刺激されるんでしょうね」


 わかるわかると平太は頷き、オッツも覚えがあるのか苦笑を浮かべて頷いた。

 そんなふうに話しながら歩いていると、開けた場所に出た。そこには周囲の木よりも太く苔むした大木があった。

 種別としてはエノキで、特別な木ではない。だが長く生きた厳かな雰囲気を漂わせる。

 オッツはある程度近づくと深々を頭を下げた。


「健やかなる姿を拝見できまして、嬉しく思います。本日も恵みをいただきにまいりました」


 つられるように平太も頭を下げた。

 長く生きた存在ということ、魔術具職人としても重要な存在ということで敬意を払う。これはキャジンタから教育されたことだ。

 こういった考えは魔術具職人ならば当たり前のように教えられる。感謝というそのままの意味もあるが、こういった考えを持つことでむやみやたらに採取することを抑制する狙いもある。

 挨拶を終えたオッツはさっそく落葉と枝を集め始める。平太はグラースと一緒に周囲の警戒を始める。

 採取は落ちているものを拾うだけでそこまで時間はかからず、十分ほどで終わる。さて帰ろうと、オッツが声をかけて、短時間で終わったことに平太が少し困惑する。

 そんなときグラースが空を見上げて唸り始めた。


「グラース?」


 明らかな警戒を見せるグラースに、平太は剣の柄を握り、その視線の先を見る。

 まばらな枝の向こうに青空が見える。そのさらに向こうに影があった。

 その影は動いており、すぐに着地する。撒き上がった土埃と落ち葉の向こうから感じられる気配に平太は嫌でも覚えがある。


「角族っ」

「角族!? 間違いないのか!?」


 角族とは初対面のオッツも尋常ではない気配を感じ取っている。そのため角族と入れて素直に受け入れることができた。


「この気配は間違いようがないっ」


 剣から手を放し、背中に背負っている棒を手に取り、カーレスの経験を再現する。

 同じくグラースもいつでも襲いかかれるような体勢になる。


「オッツさんは逃げてください。逃げる時間だけなら稼ぎます」

「……わかった」


 この場に残っても戦闘技術のない自分では足手まといでしかないと判断したオッツは、平太たちに背を向けて走り去っていく。

 遠ざかっていく足音を聞きつつ、平太は角族から目を離さない。

 すぐに土埃はおさまり、見覚えのある顔が現れる。


「お前っあのときの!」

「ん? そういうお前は再現使いか。こんなところで会うとは思ってもなかったな。今はお前はどうでもいい。俺の目的を邪魔しないなら見逃してやる。さっさと去れ」

「目的?」


 警戒しつつ疑問の声を上げる。ろくでもないことだろうと思いつつ、見逃してくれるならさっさと帰ろうと考える平太。

 そんな平太に聞かせるためか、もしくはただ考えが口に出ただけなのか、目的を話す。


「あれの力をもらいに来た」


 あれとは角族の視線からみて、エノキの古木で間違いないだろう。

 エノキに視線を向けながら角族は「待てよ」と呟いた。すぐに平太へと視線を向ける。


「逃がすわけにはいかなくなった。いちいち探さずとも再現であれを何本も作らせればいいだけじゃないか」


 意見を翻し闘志を向けてくる角族に平太は戸惑う。

 角族が力を吸収し力を増すことができることを知らないのだ。同じように角族も平太の能力が時間制限付きということを知らない。知っていたら古木を何度も再現させててっとりばやく力の吸収を行おうとは思わなかっただろう。


「さあ俺の糧になれ」


 角族が一方的に宣言し、戦闘が始まった。

 最初に動いたのは角族。以前は一方的に押して、さらに鍛練もしている。もとからあった実力差は開き、たいした強さはないだろうと平太を格下だと判断し突っ込んだのだ。

 迫る威圧感に平太はやや気圧されつつも、棒を構えて迎え撃つ。平太もこの数ヶ月間遊んでいたわけではない。すぐれた技術の再現ができるようになったし、なにより頼りになる仲間もいる。

 一直線に平太に向かう角族に、グラースが真正面から突っ込む。


「グルオウゥッ!」

「邪魔だっ」


 角族はグラースをくるりとジャンプして飛び越し、その勢いのまま平太に踵を叩きつけようとする。

 それを平太は横に避けて、すぐさま角族の顔に、正確には角に、両手で持った棒を突き出す。そこが角族の弱点だ。

 角族は顔を傾けて迫る攻撃を避けた。そしてすぐに振り返りながら拳を振る。グラースが背後から迫っていたのだ。

 グラースはフックのように放たれた拳をカウンター気味に受けて、悲鳴を上げ倒れる。


「グラース!」


 初めて聞くかもしれないグラースの悲鳴に、平太は驚きつつ棒を真横に振った。腕で受け止められ、ガンっと棒越しに叩き付けた感触が伝わってくる。肉を叩いたような感触ではなかった。

 すぐさま引いてもう一度振る。ダメージを与えることよりも、グラースが体勢を立て直す時間稼ぎ目的だ。

 ガンガンと叩いているうちに、グラースが角族から離れて頭を振る。それを見て平太も下がる。


「おっと逃がさねえ」


 下げる平太を追って角族が踏み込む。

 伸ばされた手を平太は棒で防ぐ。そのまま押し合いになり、すぐに平太は押されて下がる。角族が体勢を崩すことを期待して、そのままいっきに下がる。

 だが角族は平太の挙動から下がることを予測して、下がると同時に力を抜いたことで体勢を崩すことはなかった。

 そこに魔術具を発動させて冷気の爪をふりかぶったグラースが迫る。


「うおっ!?」


 これには角族は驚いた様子を見せたが、攻撃を受けるようなことはなくしっかりと避けた。


「能力持ちか。まあ、その程度なら問題ないな」


 余裕の表情でグラースを見て、再度迫る冷気の爪を右手で払った。

 その右手が霜がおりたように白く染まる。けれどなにか問題があった様子はなく、痛みを感じた素振りを見せない。

 一度で駄目ならば二度三度とグラースは冷気の爪を振る。それを角族は同じく片手であしらい、突き出された平太の棒も片方の手で払う。

 平太とグラースの連続した攻撃に、角族はやや真剣になりつつも焦った様子はない。まだ余裕の範囲なのだろう。

 やがて左右からの攻撃が鬱陶しくなったか、その場から大きくジャンプして離れた。そして着地すると同時に地面に落ちていた石を拾って、平太へと投げる。

 風を切って一直線に飛んだ石は、平太の利き手を強かに打つ。


「痛っ」


 手に意識が向いた隙をついて、角族は平太に接近する。その間にグラースが割り込み角族とぶつかった。結果、グラースは大きく跳ね飛ばされ古木の根元に倒れ、角族は立ち止まったものの大きな怪我はない。


「グラース!」 

「仲間を気にしている暇なんてないぞ?」

 倒れて動かないグラースに声をかける平太に、角族が拳をふりかぶり接近する。

「ぐぅっ」


 拳を棒で受けて、一歩下がる。さらに追撃として次々とパンチが連打される。いくつかは棒で受け止めるが、すべてを防ぐことは無理で肩や腹に当たっていく。

 痛みと溜まっていくダメージに心が折れそうになる。


「だあーっ!」


 弱気を追い出そうと叫び、棒から手を放した手を握りしめて角めがけて振る。

 角族は体をそらして拳を避けた。


「あああああああーっ!」


 すぐさま棒を握り直し、がむしゃらに攻撃をしかける。狙いは角だけではなく眉間や人中や喉といった人間の急所と呼ばれるところ。

 呼吸も忘れ、体力の配分も考えず、カーレスの技術に従って体を動かした攻撃はいくつかが掠ったものの、明確なヒットはなかった。

 無呼吸での行動などいつまでも続くはずもなく、空気を求めて口が開く。

 空気が肺に行き渡るかわりに、集中力が途切れる。


「隙ありだ」


 意識の隙間に滑り込むように角族は平太を殴りつけた。

 胸を殴りつけられた平太は倒れ込み、荒く咳を繰り返す。

 その平太に角族は近づいて、腹を蹴った。

 平太は転がり、さらに激しく咳を繰り返す。表情は痛みに歪むことを隠さず、棒を握る手からも力が抜けかけている。

 そんな平太に、角族が一歩一歩近寄っていく。


 グラースは忘れていたことがある。

 それは“はるか昔”に魔術具を得て、使っているうちに思いついたことだ。

 平太と再会した嬉しさで忘れていたし、その思いつきがなくとも狩りはどうにかなっていた。

 自身には冷気を発する力がある。それを操ることができる。ただ発するだけだと自身を中心に冷気が広がる。それを動かし、前方にのみ冷気を発することができる。

 魔術具はそんな冷気に形を与える。爪や壁や球といったふうに。

 これは魔術具がなくてもできるんじゃないか? そう思ったのだ。そしてその三つだけじゃなくてもほかの形にもできるかもしれない。そう思ったのだ。

 ためしに一人で狩りを行ったとき、爪を自力で再現してみた。すると魔術具ほどしっかりとした形にはならなかったが、爪として冷気を固めることができた。

 それからグラースは考え始めた。今は平和だが、昔のように激しい戦いが訪れるかもしれない。そのときに弱くなった自分では平太を守り切れないかもしれない。だからどうにかできる力を得ようと。

 ぼんやりとした意識が浮かぶ。目を開いて見えたものは平太が蹴飛ばされたところだ。

 意識がいっきに覚醒する。

『寝転んでいる場合ではないっ助けなくては』

 その考えで染まり、冷気を口先に集めながら痛む体を動かす。

 これから使うものは、まだ完成に至っていない代物。狙い通りの効果を発揮するかもわからない。だが自身のできる最高は今はそれだ。

 平太を窮地から救うため、なにがなんでも目の前の角族にそれを叩き付ける。


 駆けるグラースに角族は気づく。足を下げ、グラースに向きを変えた。そのグラースの口辺りに白い塊があることに気づく。後退か撃退か、脳裏に二択が浮かんだ。

 ほんの少しだけ思考し、撃退を選択。片足を後方に下げて、蹴りを放つ体勢になる。平太が近くにいるので派手な攻撃はしないだろうという判断だった。

 それを見て平太は時間を稼いでくれたグラースに感謝し痛みに耐えつつ、使っている再現を止めて、治癒の能力を再現する。


「ガアッ!」

「ふっ!」


 走っている最中に大きく横に跳んで平太のすぐそばに着地したグラース。

 すぐさま蹴りを中断して拳を振り下ろす角族。

 迫る拳を避けるそぶりも見せずグラースは冷気を貯め続ける。

 そうして拳が頭部に命中すると同時に、グラースは冷気を解き放った。

 瞬間、嫌な予感が全身を駆け抜けた角族は拳を振り抜くことを止めて、急いで転ぶように横に避ける。

 角族がいた位置を太い白色の光線にも見える冷気が一直線に突き抜けていく。真っ直ぐに進む冷気の進路上にあったものは全て真っ白に染まりすぐに砕け散った。


「ぐぅっ」


 くぐもった短い悲鳴が上がる。角族のものだ。

 直撃こそしなかったものの、余波で横腹と右腕が凍り付いて動かなくなっていた。

 ここが攻め時だったが、今の攻撃に全てを注ぎ込んだグラースもその場に座り込んで動けない。

 動けるのは、治療を終えた平太だけだった。


「グラースが作ってくれたチャンス。逃せるもんか!」


 使い慣れ動き慣れたリンガイの技術を再現し、落とした剣を拾い、気合いの篭った雄叫びを上げて角族に迫る。

 一振り一振りに必殺の意思を込めて攻め立てる。

 角族も動く腕を使って受け、反撃する。平太はその攻撃を避けることも考えず、攻撃のみに意識を傾けた。

 そして平太の一撃が角族に届く。

 角にたしかに命中し、角族の頭部を揺らす。

 かすかだが角族は角からひびの入った音を聞いた。全身に冷水をぶっかけられたような感覚があり、角を押さえその場から大きく飛びのく。

 角から力が抜けるような感覚を確認した角族は舌打ちする。力を得るために来たのに、力を失うのはたまったものではない。さっさと休息して治癒すると決めた。


「まぐれ当たり……いや俺の油断か? なんにせよ、この場は退いてやる。この借りはいずれ返す、俺の名前はシャドーフ。お前らをいずれぶっとばす角族の名だ、覚えとけっ」


 そう言うとシャドーフは空を飛び、去っていった。

 その姿が空の彼方に消えたことを確認し、平太は剣から手を放してその場に座り込む。自身が大きくなった感覚もあり、成長したとわかる。

 だが今は成長の喜びよりも、無事退けた喜びの方が大きかった。


「生き延びたー!」


 シャドーフに平太を殺す気はなかったが、思わずそう言った感想がでるくらい一方的な戦いだった。

 こちらに余裕はなく、向こうはまだ戦えた。正直勝ちとは言えない結果だが、前回ぼろ負けしたことと比べたら格段の進歩だ。

 嬉しそうな平太にグラースが体をこすりつけ、同じように無事を喜ぶ。


「あ、グラース! 戦いの痛みが残ってるだろ? 大丈夫? 今日は無理だけど明日になったら治癒の能力使えるから我慢してくれな?」


 グラースにそっと触れて、褒めるように撫でる。


「ほんとグラースのおかげで撃退できたからなー。ありがと」


 平太の感謝の思いは充分に伝わったようで、上機嫌に喉を鳴らす。

 そのままその場から動かず、戦いの疲れをとっているとグラースが顔を村のある方角に向けた。

 すぐに木々の向こうに武装した人たちが現れる。近づいてくると誰もが緊張した面持ちだとわかる。


「無事だったか! 角族はどうした!」


 五十才手前の男が周囲を警戒しつつ話しかけてくる。


「この子のおかげでどうにか追い払うことができました」

「いないのか」


 ほうっと安堵の溜息を吐く。安堵したのはほかの者たちもだ。


「よく追い払ってくれた。うちの村には角族を相手できるハンターはいないんだ」

「俺も一対一なら負けてましたよ」

「そうか。それにしてもどうしてこんな辺鄙な村に? 角族にはキャジンタさんがいるのは関係ないだろうし」

「なんかその木から力をもらうとか言ってましたよ」

「木?」


 平太が指差した木を全員が見る。魔術具職人やシャドーフにとっては重要なそれも、そのほかの人間にとってはただの古く大きな木でしかない。

 こんな木が特別な力を持っているのかと不思議そうに見ている。

 男たちはすぐに木から目を離して、村に帰ることにする。武装した人間が慌てて森に入ったことで、村人たちは不安を感じているのだ。追い払ったということを話して、その不安をはらしたかった。

 村に帰ると、男たちは事情を説明しすでに事態が収拾していることを告げる。誰もが角族の出現に驚いていたものの、いなくなったことを知り、ほっと安堵の息を吐いた。

 平太は宿に戻ると、ベッドに横になる。眠くはないが動く気にもなれず、しばらくそのままだった。グラースも似たようなものだ。

 平太が休んでいる間に、村長は王都に角族出現を書いた手紙を送る。手紙が届くのは平太たちが村を出た後で、調査のため兵がやってくるのはさらにあとのことだ。調査結果はたいしたことはわからなかった。この森に重要なものがあるかもしれないと兵たちは考えていたがそんなものはなく、戦いがあったということや平太がシャドーフに聞いた以上のことはわからなかった。


 予想外のハプニングがあったものの、キャジンタによる魔術具のメンテナンスは滞ることなく予定通りに終わる。


「メンテナンス終わったぞ。箱にしまってある」


 平太は昨日も一昨日も通された応接室でキャジンタから渡された箱を受け取る。


「んで、ただの採取依頼が角族と遭遇なんてものになっちまって悪かった。追い払ってくれたことも感謝する。なにか礼がしたいが、なにがいい?」

「そうですねー」


 急に礼と言われても思いつくことはなく考え込む平太を見て、お金でもいいぞとキャジンタは提案する。

 だがお金ではもったいないような気がした。


「いや腕のいい職人さんに礼をと言われてるんで、お金はどうかと。そうだ、あまり重くなく頑丈な槍を作ることってできますか?」


 カーレスの技術は槍を使ったものだ。しかし今使っているのは練習用に買った棒。これでは技術を十分に生かせない。なので槍を頼んでみることにする。


「魔術具としてそういった効果を持つ槍か?」

「そうでもいいし、そうでなくても。正直思いつきを口に出しただけですし」

「わかった。そういった方向性で槍を作ろう」

「お金はだいたいどれくらいかかるか、現時点でわかりますかね?」

「無料でやってやると言いたいが、経理担当の弟子がうるさいからな。材料費はもらうとしよう」


 だいたいこのくらいだろうというキャジンタの言った額は高額だったが、ガイナー湖辺りでしばらく狩りをすれば貯められない額だった。

 槍のサイズや刃の形状、いつ完成かといったことについて話し合い、用事を終えた平太はフラスと一緒にエラメルトに帰る。

 魔術具をエラメーラに返却し、フィーズナであったことを報告する。


「同じ角族と戦ったの?」

「うん」

「……まだ狙っていたのかしら」


 エラメーラの表情が少し歪む。もう大丈夫だと考え、平太に自由に動くことを勧めたことが申し訳なかったのだ。

 その表情を見て平太は慌てて言う。


「遭遇したのは偶然ですよ。付け狙っていた感じではありませんでした」


 最初は目的を優先し自分を追っ払うつもりだったとシャドーフの様子を詳しく話す。


「珍しい角族ね」

「そうなの?」


 平太にとっての角族はシャドーフなのだ。それ以外を知らないため珍しいと言われてもピンとこない。


「その角族がやろうとしたことは力を取り込み、強くなること。でもね基本的に角族は自らを高めることをしないの。それよりも壊し暴れることを優先する」


 なにか強くなりたいと思うきっかけでもあったのだろうかとエラメーラは思考に沈む。だがすぐに小さく首を振って思考を止める。


「追い払えたと言ったけど、どうやったの? あなたが強くなったのは事実だけど、真正面から角族を撃退するにはまだ力が足りないと思う。グラースが頑張ったのかしら」

「グラースのおかげでもありますね。いつだったか角族の弱点は角だって聞いたでしょう? だから角を狙って一撃を入れました」

「その一撃で角が損傷したのでしょうね」


 納得した様子でエラメーラは頷いた。


「すぐにあなたを狙うということはないでしょう。角の治療を優先するでしょうから」

「治療を終えたらまたくるでしょうか?」

「……わからない。力をつけることを優先するなら誰にも邪魔されないように動くでしょう。そして力をつけたと判断したら復讐にくるかもしれない。でもその前にあなたは故郷に帰っていそうだけど」


 シャドーフのとっている方法は、力をそのまま自分のものにするというわけではない。

 例えば今回狙われた古木が数値にして百のエネルギーを持っているとして、それを全て吸収してもシャドーフは多くて十のエネルギーを自身にものにできるだけだ。

 古木のように力あるものを探して吸収してと繰り返しているうちに、短くない時間が流れることは確定している。


「それは俺にとっては安心だけど、この世界の人にとっては迷惑な情報ですよね」

「まあ、そうなるわね。そういった角族がいると神々に情報を流しておくわ。強い角族は珍しくないから積極的に対処はしないでしょうけれど」


 エラメーラもこの町近辺で暴れられなければ放置するつもりなのだ。


「シャドーフがすごく強くなっても対処なしですか?」

「魔王と呼ばれるまでに強さを増せば、勇者が召喚されるわ」

「ああ、そういや召喚で対処するんでしたっけ」

「でもそこまで強くなることもないでしょう。際限なく力を取り込めるわけではないから」


 安心して帰還までの日々を過ごしなさいとエラメーラは微笑みを向けて、平太も安堵した様子で頷く。

 エラメーラの予想は半分当たる。平太が帰るまでに関わってくることはなかった。だが強さに関しては誰にも予想できない形で得ることになる。そのことをシャドーフ本人すら予想できていない。

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