31 望まぬ再会 前
「よし、治ったな。今すぐにでもあいつのところに行きたいが。今のままじゃ敵わない」
平太を襲った角族の男は同族にやられた傷を癒し、強くなるために動き出す。
強くなるといっても角族は成長しないため、角族になったときに得た力以上のものを持つには手段がかぎられている。
多くの戦いをへて自らの持つ技術を高める。魔術具といった道具を持って、できることを増やす。力のある道具や長く存在する木や鉱石などを手に入れて、それに宿る力を吸い取る。この三つが角族の強くなる方法だ。
このほかにも御霊喰いというものがある。これは同族を殺して、力の源を喰らうことで力を増す行為だ。だがこれは殺した相手の自我が意識を砕こうと暴れ、負けると自意識を失って暴走し、ただの獣のなり下がる可能性があるため角族もすすんではやらない。
この四つの中から角族の男が選んだのは、戦って技術を高めることだった。
「あそこに行くか。俺より強い魔物が多い」
自身が知る中で一番強い魔物がいる地域へと飛ぶ。
向かった先は角族ですら餌にする魔物の集う地、強食高原。
長時間空を移動し、空から適当な場所に着地した途端、飢えた獣の視線が集中したのが感じられた。叩き付けられる殺意と闘志に男は笑みを浮かべる。
「どいつもこいつもやる気に満ちてやがるな。だがお前らは俺の糧になるんだよ! かかってこいおらっ」
声を張り上げ、周囲の魔物たちの気をひく。それに反応し魔物たちは一声に襲いかかっていった。
初日はここの魔物を甘く見て、満身創痍で生き残ることが精一杯だった。しょせんは魔物と甘くみていたところがあったのだろう。一対一ならば勝てる相手も、連携を駆使して襲いかかってくる。その連携に翻弄されて、怪我を負い、生まれた隙に強烈な一撃を喰らうことになった。
一度強者高原から離れ、その怪我を癒して再度挑戦する。屈辱的ではあったが、今度はできるだけ数が少ない場所を探して戦い始める。
そうして勝って負けて傷を癒すということを繰り返し、安定した戦いを行えるようになったある日、住処として使っている洞窟でふと疑問を抱いた。
「俺は本当に強くなってんのか?」
こう思うのには理由がある。勝てる相手はせいぜいここらで中位にあたる魔物。上位陣には一度も勝つことも致命的なダメージを与えることもできていないのだ。
「このままここで修行を続けて、あの女に勝てるのか?」
表情を歪めて自問自答する。
以前の戦いを思い出し、今の自分の動きならば攻撃は当てられるだろうと結論を出す。
「技術を上げるという目的は果たされたことにして、地力を上げる方針にかえるか。魔物にダメージを与えられないのは、あいつらの硬さを貫ける力がないせいだ。攻撃自体は当てられている。あとは防御を砕く力だ。ここらの魔物に通じるのならあの女も問題なく倒せる」
次の目的は力をもった道具などの収集。そう決めて、数ヶ月使ってきた洞窟から出る。
目的なく空へと浮かび、適当な村や町で情報収集を始めようと移動を始める。
男の行動は、角族としてはズレてきている。なにかを壊し、誰かを殺すことよりも、自らを鍛え高めようというのは角族にとって一般的な行動ではない。暴れ、謀り、壊し、殺すことこそ角族の本分。身の内からあふれ出る破壊衝動を無視して、鍛練を行うことなど普通の角族はしない。
だが男は自身の行動に疑問を抱くことはない。破壊衝動よりも馬鹿にされたことの怒りが勝っている。
そんな男の角から黒さが抜けて、赤みを帯び始めている。これに気づくものは本人も含めて誰もいなかった。
◆
白雪月もそろそろ終わりを迎えようとして、寒さが緩み始めた。地面の雪は解け始め、道行く人の表情も近づく春にほころびを見せている。
平太はあいかわらずグラースと一緒に狩りに出たり、町中でできる仕事をこなしたりと普段通りの生活を行っている。
今日も駆け出しが手を出せない依頼がないか、グラースと肉の買い取り所に向かう。
壁に貼られた依頼紙を見ていると、初めてここに来たときに話しかけてきたカンザスが声をかけてくる。
「アキヤマさん、ちょっといいですか」
「はい?」
平太が振り返ると、こちらに来てくれと手招きしていた。
「指名依頼ですか?」
以前の橋の件以降、何度か肉買い取り所から指名依頼をされていて今回もそうだろうかと思いつつ尋ねる。
「ええ、クトラエ工房からの指名依頼です。念のため確認しますが、その工房のことご存知ですよね?」
「はい。そこに魔術具を注文しましたから」
ファロアやフラスのいる工房だ。魔術具を受け取ってからそこへ行ってはいない。魔術具に不具合などなく修理や調整の必要はないのだ。
「どんな依頼なんでしょう」
「護衛ですね。王都のさらに北にある村に行くということです。詳しい事情は工房にて話すらしいですね」
「ここからその村までにかかる移動時間、その村周辺の魔物の強さといったことを教えてもらいたいんですが」
「時間は六日。バスではなく馬車を使って、その時間です。魔物はここらよりは強いでしょうが、ローガ川より下といったところですね。ただし魔物に関しての情報は現状のものではないため、強い魔物が流れてきている可能性もあります。まあ、そういった緊急の情報は入ってきてないので油断するなという意味で捉えてください」
事前に調べてことをすらすらと話していく。
「ありがとうございます。とりあえず工房に行って詳しい話を聞いてきます」
「ええ」
カンザスに見送られ肉買い取り所を出て、まっすぐ工房に向かう。
玄関をノックするとフラスが出てくる。
「あ、依頼についての話を聞きに来てくれたのか?」
「うん、そう。受けるとはまだ決めてないけど、話を聞いてみようと思って」
「わかった。中へどうぞ」
以前も通された玄関そばの応接室にグラースと入る。
お茶をとりにいったフラスはファロアと一緒に戻ってくる。
「一ヶ月ぶりだね。魔術具の調子はどうだい?」
「不具合なんかはないですよ。ここ一ヶ月エラメルトから離れていませんから使う機会もほとんどありませんでしたしね」
「そうかい、なにかあれば知らせてちょうだいな。それで今日は依頼についての話を聞きにきてくれたんだって?」
「はい。無理だと思ったら断るつもりですが」
「うん。無茶はこちらとしてもさせたくないしね。依頼内容はフィーズナという村に行って帰ってくるまでの護衛。行くのはフラスだよ。ほとんどの行程を借りた馬車を使って進む。途中王都で荷を受け取ってもらって、村まで運んでほしい。主要道を通るから魔物や盗賊はあまり心配しなくていい。ここまではいいかい?」
「馬車の御者も雇うんですか?」
ファロアは首を横に振る。
「フラスができるけど、あんたはできないのかい?」
できるならば交代でやってもらうつもりだった。
「やったことないです」
「そうか、フラス行き帰りの御者がんばんな」
「まあもともとそのつもりだったけどさ」
平太には護衛として周囲に気を配る必要があり、御者もさせるのは大変だろうと思っていたのだ。
「報酬は経費を含めて八千ジェラ。前金で二千渡すから食べ物や水は自分で準備するように」
ファロアが提示してくる報酬が多いことに疑問に思い、平太はそこを問う。
往復で十二日、向こうの村に滞在するとして二日ほど。合計十四日で、一日あたりの報酬は六百弱だ。
聞いた話ではそこまで危険はないということなので、もう少し報酬は下なのではないかと思った。
「指名した理由にもかかってくるんだよ。その村にね、私の師匠といえる人がいるんだ。腕のいい人で、順番をつけるなら世界的に見ても上から数えた方が早い」
キャジンタという名の魔術具職人で、王侯貴族からの依頼もこなしたことのある人物だ。そんな人が大きな町に住んでいないのは、依頼がひっきりなしに舞い込んでくるためだ。忙しさを嫌って行き来が少し不便な村で暮らしている。
「その人にグラースのこと、グラースに作った魔術具のことを手紙で知らせたら興味がでたらしくてね。一度会いたいと返事に書いてあった。だから依頼をうけてもらって、そのついでに紹介しようと思ったんだよ。こっちの都合で動かすから報酬に少し色がついてあるのさ。あとはグラースの餌のお金もね」
「そういうことですか。その人はどんな性格なんでしょう? 無茶をおしつけてくるような人ならこの依頼はちょっと」
「そうだねぇ、なにか依頼はしてくるかもしれないけど、断れば素直にひいてくれる。自身のやりたいことを優先する人だけど、今回の目的はあなたとグラースに会うことだし、それを果たせるから満足して無茶なんか言わないと思うわ」
それなら受けてもいいかなと平太は思い、依頼を承諾する。
よかったと喜ぶ様子を見せたファロアは前金の二千ジェラを平太の前に置く。
「出発は明後日。明日一日で準備してもらいたいけどできる? 無理そうならもう一日延期するよ?」
「大丈夫です。途中で王都とかに寄れるなら往復分を一度に買わなくていいんでしょう?」
「うん、出発前は三日分の食べ物を買うといいよ。途中で村もあるから三日分も必要ないかもしれないけどね」
話はこれで終わり平太は工房を出る。
依頼を受けてもらったファロアも馬車の手配や肉の買い取り所への書類提出のため工房を出る。フラスは仕上げの残った仕事を終わらせるため工房に残る。
工房を出た平太は少し町をあけることを伝えるためエラメーラに会いに来た。
「こんにちは、エラメーラ様」
「こんにちは」
いつもの庭、いつもの椅子に腰かけているエラメーラに、挨拶と一緒に蒸籠に入った肉まんとあんまんを渡す。
「寒い日にはぴったりの品ね、ありがとう」
ふたを開けてモワモワと上がっていく湯気を見て、笑みを浮かべた。
平太は肉まんを一つ取って少し冷ましてからグラースの口に持っていく。グラースは少し熱そうにしながらも咀嚼し、満足そうに喉を鳴らす。
エラメーラは微笑みながらその様子を見て、あんまんを手に取りパクリと一口かじる。ふかふかの生地に包まれた、さらりとしたこしあんの甘さに笑みが深まる。
あんまんを食べ終えて、エラメーラは話しかける。
「今日ここに来たのは遊びに来ただけ?」
「顔を見せに来たというのもありますけど、十五日ほど依頼で町を出るからその報告です」
ファロアからの依頼でキャジンタに会いに行くことを話す。
「キャジンタね、ちょうどいいから私からもあなたへ依頼を一つしようかしら」
「どんな依頼ですか?」
エラメーラからの依頼ならば多少の無茶も聞くと心構えをして尋ねる。
「そんな気合いを入れなくてもいいよ。キャジンタにはいくつかの魔術具のメンテナンスを毎年頼んでいるわ。今年頼む分をあなたに持っていってもらおうと思っているの」
「それくらいなら任せてください」
「ありがとう。ちょっと待ってちょうだいね、渡すのに少し準備が必要だから」
力の欠片を飛ばして保管庫の長を呼ぶ。同時に使用人に手紙を書く準備を整えてもらう。
保管庫の長が来るまでにエラメーラはさらさらと手紙を書き終えて折りたたむ。内容は今年もメンテナンスよろしくお願いといったものだ。
「お呼びになられましたか」
「ええ、毎年キャジンタに魔術具のメンテナンスを頼んでいるでしょう?」
「はい。今年の分の選定もすませてあります」
「お疲れさま。その魔術具の運搬をこの子に頼もうと思っているの」
平太と初めて会う保管庫の長は不思議そうな視線を平太に向ける。
「この子は私用でキャジンタのところに行くの。だからついでに頼もうと思ったのよ」
「はあ。エラメーラ様が信頼なさっているところ失礼だとは思うのですが、彼が持ち逃げする可能性もあるのでは?」
万が一の可能性を心配し尋ねた。
言葉通り、疑うことを申し訳ないとは思っている。だがメンテナンスに出す魔術具は貴重品なのだ、管理する者として言っておかなければならないことだった。
エラメーラがなにか言う前に疑われた平太が口を開く。
「持ち逃げなんてしません。エラメーラ様に誓います」
以前、始源の神に誓うことで信頼を得るという話をエラメーラから聞いたことがある。それと近いことを平太は行う。今回は始源の神よりも身近なエラメーラの方がいいだろうと思ったのだ。
平太の意図を理解した保管庫の長は、そこまで言うならと疑いことを止めて頭を下げて詫びる。
「こちらが今回メンテナンスを頼もうと思っていた四点です。そしてこっちが性能を書いた書類です」
テーブルに指輪と四本セットの杭と短剣とタスキが置かれる。
エラメーラと平太に一礼し、保管庫の長は帰っていく。
置かれた魔術具を興味深そうに見る平太に、エラメーラは一つ一つの性能を説明する。
指輪は命見の指輪と呼ばれるもので、生物の命を光として見ることができる。寿命の長さを知ることはできないが、色のくすみ具合で体調や体のどこが悪いのかを知ることができ、医療に役立つ代物だ。
杭は停滞の囲みと呼ばれるもので、時間操作の札の強化版だ。四方の地面に杭を刺し、その範囲内の無生物の時間を遅くすることができる。神殿の倉庫で使われている道具だ。
短剣は与血の刃と呼ばれるもので、地球でいうところの輸血を可能にする道具だ。血を与える者に刃を少し刺して、血をもらう者に少し刺せば輸血が完了する。血液型の違いを無視することができ、これも医療に役立つ代物だ。
タスキは束縛布とよばれるもので、かなり強力な拘束を可能とする道具だ。記録上では上位の魔物でも動きを止めることができたとされている。
エラメーラは説明した四つの魔術具を説明書と一緒に小箱にしまい、平太に渡す。
四つの魔術具はどれも小さいため小脇に抱えることのできる箱にしまえて、持ち運びが容易だ。メンテナンスを頼む魔術具の中には高さ一メートル弱の像もあるため、今回どれも小物だったのは運が良かったのだろう。
「メンテナンスを頼むときにお金を支払う必要があるんでしょうか?」
「お金のことは心配しなくていいわ。向こうもなにも言ってこないだろうし」
キャジンタが必要とする道具や材料を国や神殿が急ぎで取り寄せたりと優遇しているため、メンテナンスに費用はかからないのだ。
「わかりました」
平太は小箱とキャジンタあての手紙をしっかりと持って庭から去る。
魔術具運搬の報酬について話していないが、平太としてはファロアからの依頼のついでという思いがあり最初からもらう気はなかった。
しかしエラメーラは頼み事を聞いてもらうのだからと帰ってきてからしっかり渡すという考えだ。
帰ってきてお金を渡され、平太は一度遠慮することになるが、あって困るものでもなしと押し切られることになる。
出発当日になり平太とグラースは工房に向かう。
家にあった台車に、旅に必要なものをのせている。これらの荷物は昨日ミレアと一緒に買いそろえたものだ。ロナにも旅の必需品は聞いていて、買い忘れたものはない。
「おはようございます」
工房の前で、平太と同じように必要な荷物を台車にのせていたフラスとファロアに声をかける。
二人もおはようと返し、忘れ物はないかと確認してくる。
「忘れ物はありませんが、神殿から一つ依頼を受けて来ました」
話しておいた方がいいだろうと判断し、平太は依頼について話す。
「神殿から? どんな依頼なのかしら」
「メンテナンス予定の魔術具を運んでくれというものです」
「ああ、あれか。でもなんであなたが?」
エラメーラとの繋がりを知らない二人は、そんな仕事をとってきた平太を不思議そうに見る。
「ちょっと神殿の上層部と知り合いで、遠出することを雑談として話したらちょうどいいってことで頼まれたんですよ」
「ちょうどいいって言ってもね、外部の人間に頼むようなことじゃないと思うのだけど。よほど信頼されているのねぇ。でもそれだと護衛の人間多くした方がいいんじゃないかい? 大事なものだろうし」
「運搬については知っている人がすごく少ないんで、狙われることもないと思いますよ」
運悪く盗賊に狙われるといった事態が想定されるくらいか。それでも並の盗賊であればグラースに敵わないため、あまり心配することはないだろう。
「たくさん護衛をつけるとなにかあると知らせるようなもので、かえって怪しまれるか」
フラスの言葉に、平太はこくこくと頷いた。
出発前の点検と話も終わり、平太たちはファロアに見送られて、町の外に準備してある馬車に向かう。
貸し馬車を営む者に挨拶をして、それぞれの荷物を詰め込む。
フラスは御者台へ、平太は荷台へ。残ったグラースは外を移動するようで荷台には入らなかった。
「じゃあ行こうか、いいか?」
フラスの確認に、平太はいいよと返し、馬車が動き出す。
雪が解けた街道を馬車は進む。グラースはあっちにいったりこっちにいったり、馬車のそばを歩いたりと思いっきり体を動かして旅を楽しんでいる様子だ。運動のついでに魔物を狩ってもいるので、準備した食糧が不足することはなさそうだ。
移動は順調に進み、やがて日が傾き始める。野宿の場所を決めて、馬車を止める。平太は馬車から降りて周囲を見渡し、フラスは荷台から金属の棒を持って降りる。
「それはなんですか?」
「魔術具だよ。これの近くを通ったら鈴が鳴るんだ。鳴子みたいなものさ」
夜間警戒のため家から持ってきたのだ。
とりあえずそれを馬車のそばに置いて夕食を作る準備を始める。作業が終わる頃になると日は完全に落ちた。
この世界に来て初めての野宿に平太はやや興奮しつつ、夜風の冷たさを感じ、虫のざわめきや草が風に揺れる音に耳を傾け、夜空の星々に感嘆の目を向ける。
「なんでそんなに興味津々なんだ?」
「野宿初めてだからね。見るもの全てが珍しい」
「初めてなのか……ハンターしているから野宿したことあるとばかり」
「これまで一日で帰れるところとか、バスを使っての移動くらいしかしたことないから、野宿する機会がなかったんだ」
「へー、見張りとか大丈夫なのか?」
「俺がへましてもグラースがいるから大丈夫」
グラースの背中をわしわし撫でると、誇らしげに一吠えした。
やや疑わしげな表情をフラスは見せるが、この旅の過程で本当だったと知ることになる。
夕食を食べ終え、見張りの順番を決めて平太が先に寝ることになる。
「寝るのは少しだけまってくれ」
なんだろうかと平太は寝る準備を止める。
汚れてもいい布を地面にしいて、その上に毛布を置き、さらに寝袋にくるまる。これがロナから教えられた野宿での睡眠方法だった。ロナは慣れているのでここまでしなくていいが、野宿が初めての平太には硬い地面での睡眠は辛かろうとこの提案をしたのだった。
「なにが伝え忘れたことでもあった?」
「いや能力を使っておこうと思ってな。俺の能力を疲労回復なんだ」
「便利だ」
この能力を再現できるようになることをラッキーと内心考える。
「これのおかげで徹夜をしても辛さが軽減されるんだ。急ぎの仕事のときには役立つ能力だよ」
言いながらフラスは自身に能力を使い、次に平太に触れて、グラース、馬と続けて使っていく。
ずっと馬車で移動を続けていた一日目ではたいした疲労はなかったため、使われた能力に実感はない。だがフィーズナにつくまでには実感を得るだろう。
実感はなくとも礼を言って平太とグラースは交代の時間まで眠る。
旅は天候にも恵まれて順調に進む。今年最後と思われる雪が降り、足止めされるかと思われたがひどい降り方はせず移動に不都合はでなかった。
魔物との戦いはあっても、盗賊に遭遇することなく、誰かが怪我することもなく王都を経由してフィーズナに到着した。
魔物は全てグラースが狩り、全て馬車に近づけさせることなかった。ふらっといなくなって二十分ほどで狩った魔物を引きずって返ってくるグラースを見てフラスは、その実力を疑うことはなくなった。
村に馬車で入り、速度を落としながら進みつつフラスは顔見知りに挨拶する。
フィーズナはそこらの村とかわらない農村だ。人口は二百人足らず。村から徒歩十分といったところに森があるくらいで、これといって観光資源もない。それでもキャジンタがいるおかげで村の名前はそこそこ知られている。
村の中には農村には似合わない服装の人間が少数ながらいる。彼らはキャジンタに依頼を持ってきた貴族や商人の使いだ。キャジンタの弟子が彼らに話を聞き、コレクション目的の者は依頼を断っているのだ。
キャジンタの工房近くに馬車を止めたフラスは、キャジンタに渡す荷物を下ろして玄関をノックする。
出てきたのはフラスのことを知っている弟子だ。フラスよりも少し年上の二十後半の男だ。久しぶりと言いながら家の中に招き入れる男に、フラスは平太とグラースを紹介する。
「この人と魔物が大先生の呼んだお客さんだよ」
「ああ、例の。初めましてオッツというんだ」
「初めまして秋山平太です。こっちがグラース。この子を家に入れても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ただ足についている土は落としてほしいかな。ふくもの持ってくるから少し待って」
奥へ小走りに入っていき、すぐに戻ってくる。
「すまないけどふいてもらえるかな? 俺だと嫌がられるだろうし」
「大丈夫じゃないかな? 俺と母さんが触ったときも大人しくしてくれたし。どう?」
フラスが平太に尋ね、平太はグラースに視線を向ける。
「大丈夫ですよ。ただふくだけなら暴れることもありません」
「じゃあ、やってみるよ」
オッツは緊張した表情で屈んで、グラースの前足を持ち上げる。
「おお」
大人しくされるがままのグラースに感心した声を漏らすオッツは、そのまま手早く足をふいた。最後にグラースの背中を一撫でして立ち上がる。
「こうして大人しくしてくれてると可愛く思えてくるね」
「でしょう? うちの子は可愛いし頼もしいんですよ!」
平太はオッツの感想に嬉しそうに言う。自慢の子が褒められてテンションが上がった。
そんな平太にオッツは小さく苦笑を見せて、プライベートで使うリビングに通す。応接室は今使っているし、身内に認定されているフラスがいるのでこちらを使って問題ないのだ。
「師匠を呼んでくる」
平太たちを椅子に座らせて、オッツは作業部屋に向かう。
そして戻ってきたオッツの近くには誰もいない。
「集中してたから声をかけられなかったよ。三十分ほど待っててほしい」
オッツはお茶と干し芋をだして、雑談で時間を潰そうと提案する。
話題は探さずともあった。持ってきた荷物の確認だったり、ファロアがグラースに作った魔術具だったり、神殿からのメンテナンス依頼だったりだ。
「メンテナンスに持ってきた魔術具を見せてくれるかな? 先に確認して師匠の作業を減らしておこうと思う」
「どうぞ」
魔術具が入った小箱とキャジンタにあてた手紙をテーブルに置く。
オッツは手紙にはふれず、小箱を近づいて開けた。一つ一つの魔術具を確認し、損傷個所などを記憶していく。
「どれも本格的に修理を必要としているわけじゃないな。四つ合わせても一日もあれば終わる」
「それは大先生の腕なら?」
フラスの問いに、オッツは頷いた。自分が担当するとしたら四日はもらいたいと考えている。
「大先生でその時間なら、俺だと十日で終われば早い方かな」
「俺がなんだって?」
六十才ほどの白髪の男が言いながら応接室に入ってくる。エプロンをつけていて、薄い手袋を外している。
「師匠、作業終わったんですか?」
「大先生、お久しぶりです」
オッツとフラスは立ち上がり、キャジンタにそれぞれ声をかける。
「終わっちゃないよ、ちょいと水を飲みにな。おう、久しぶりだなフラス。腕は磨いてるか?」
「はいっ日々精進しております」
フラスはキャジンタに教えを受けたわけではないが、作品を何度か見せて指摘を受けたことがある。その関係で先生と呼んでいるのだ。
「そうかい、頑張んな。んでそっちのやつらはもしかして人間用の魔術具を使っているっていう魔物とその主か?」
オッツが肯定するとキャジンタは好奇心に満ちた子供のような笑みを浮かべ、平太たちに近寄る。
「わざわざこんな村までありがとな! 俺はキャジンタだ。早速だが、ファロアが作った魔術具を見せてくれ」
「初めまして、秋山平太です。ちょっと待ってくださいね」
グラースの尾から魔術具を外して、キャジンタに渡す。
受けとったそれをあらゆる角度から見て、刻まれている術式もつぶさに確認していく。
キャジンタの目から見て、まだまだ手直しするところはある。思わず手を加えたくなったが、これはファロアの作品だ。手直しするとしたらファロア自身がやるべきで、今ここで手を出すのはファロアの成長の邪魔をすることになる。
「たしかに魔物が使うための仕組みがないな。これを本当に自在に使っているのか?」
「はい。それは俺が保証します」
ここまでの旅の間に、グラースが使っているところを見たフラスが答えた。しかも平太が指示を出さずとも、自身の判断で使いこなしているところを見て、グラースが想像以上に賢いことを知った。
「ほう、一度見てみてえな」
「グラース、右足を上げて冷気の爪を」
平太がそう言うと、グラースはすぐに反応し上げた右足に冷気の爪を出現させた。
「おお!」
驚きと興味の混ざった声を出すキャジンタ。
驚いたのは、グラースが魔術具使ったこともあるが、その速度にもだ。三つの効果の中から爪を選び、効果を発揮するまでの流れがスムーズで速い。明らかに使い慣れているというのがよくわかった。
「ほうほう、こりゃファロアが面白いというのもわかる」
自分だったらどのような魔術具を作るかと想像と創作意欲が膨らむ。
腕を組んで考え始めたキャジンタの方をオッツが揺する。
「考え事はあとにしてください。エラメルト神殿からのメンテナンス依頼も来てますよ」
「ん、ああ。すまん。んでメンテナンス依頼だっけか?」
「はい。ヘイタ君が持ってきてくれたんですよ。確認は俺がやっときましたから、あとで紙に書き出しておきます。あと神殿からの手紙です」
差し出された手紙を受けとりキャジンタは聞く。
「おう。どれくらいかかると見ている?」
オッツは簡単に鑑定の結果を伝え、キャジンタは頷いた。
「お前がそう言うんなら間違いないんだろうさ。おもしれーもの見せてもらった礼だ、急ぎの仕事として明日一日かけてやってやろう」
言いながら手紙を開けて、中身を確かめていく。
内容はメンテナンスを頼む、急がなくていい。といういつもと同じ内容だった。
いつもは仕事を順番に片づけるので、メンテナンスを始めるのに十五日ほどかかる。そのため届けた神殿の人間は受け取らずに帰り、また一ヶ月後くらいに別の人間がくるのだ。
いつもの通りでいいということなので前言撤回しようかと思ったが、気分的にさっさと終わらせようという感じになっているので、撤回はしなかった。
「ふむ、ここまでの旅でどこか怪我なんかしたか?」
手紙から目を離し、平太の体を見ながら尋ねる
「いえ、してません。なんでそんなことを聞くんですか?」
「ちょっと頼みたいことがあってな。怪我してたらやめておこうと思ったんだ」
それを聞いて平太は小さく笑う。おかしなところがあったかと、キャジンタは不思議そうに首を傾げる。
「頼み事をされるのはこれで三回目なので、最近は頼み事が多いなって思わず笑いが出てしまいました。すみません」
咳払いして、とりあえず話だけ聞かせてくれと言う。
「ああ、そんなに難しいことじゃない。この村にくるとき少し離れたところに森があったろう? あそこに言って採取してきてほしいものがる。そのときにオッツを連れて行って、ついでにファロアの魔術具が使われているところを見せてやってほしい」
先ほど使ってみせただけでは物足りないのだ。本当はキャジンタ自身が行きたいが、運悪く仕事が多いためオッツに頼むのだ。
「森にはどんな魔物がいるんでしょ?」
「七十センチほどのモグラに、硬く大きなムカデ、大きな芋虫、丸っこい鳥。こんなところだな。村周辺の魔物よりは強いな」
補足するようにオッツがそれぞれの特徴を話していく。
モグラは爪モグラといって、ごつい爪を振り回す。ムカデは全長一メートルで石のような外殻を持ち、弱い痺れ毒も持っている。芋虫は臆病で近づくと酸性の液体を吐く。丸っこい鳥は綿毛鳥といって、柔らかな毛を持つ。こちらも芋虫と同じく臆病で、近づくと鋭り爪で攻撃をしかけてくる。
「俺はガイナー湖で狩りをしたことあるんですが、あそこの魔物と比べてどうです?」
「あそこらへんと比べたらずっと弱い。きちんと対策をとれば駆け出しハンターでも十分倒せる魔物たちだ」
「それならグラースの敵じゃないですね。わかりました、行ってきます。なにを取ってくるかはオッツさんがいるから聞かなくても大丈夫ですよね」
「ああ、だが一応言っておくか。取ってきてもらうのは枯れ葉や木の表皮だ。あそこの森には長く生きて力を持った大樹がある。そういった長く存在した生き物の体の一部は魔術具のいい材料になるんだ」
その大樹の存在が、キャジンタがこの村に居を構えている理由の一つでもある。高名な魔術具職人はキャジンタと同じく、こういった力のある生物の近くに居を構えることがあるのだ。




