30 グラースの魔術具
予告してあった日付から遅れてすみません
南門町からエラメーラの部屋に転移した平太たちは、エラメーラに挨拶してから神殿を出る。
平太はお土産にと買ってきていたガラス細工の蓮をエラメーラに渡していた。
家に帰った三人とグラースは、臨時雇いの使用人にお金を払い、留守中の報告を受ける。報告といっても変わったことなどなかったため短いもので終わり、使用人は去っていった。
ミレアは旅行で溜まった洗濯物を集めて洗濯を始め、ロナはアルネシンたちに帰還の報告とお土産を持っていく。
平太もパーシェにお土産を持っていくことにして、そのついでにグラースの魔術具を探してもらう話を通すことにした。
マフラーを首に巻いて、薄く雪の積もる道を歩き、ファイナンダ商店までやってきた。そして店頭で作業している店員に話しかける
「すみません、パーシェさんはいますか?」
「こんにちは。お嬢様でしたら奥で書類仕事をしているはずですよ。来訪を伝えてきますね」
お願いしますと頭を下げた平太に店員は笑みを向けて店の奥に入っていった。三分ほどで戻ってきた店員に手招きされて、グラースと一緒に店の奥に向かう。応接室に通され、少し待つ。
仕事を一段落させたパーシェが湯気を上げるお茶をトレーに載せて入ってきた。
平太と自身の前に置いて、笑みを向けながら椅子に座る。
「おかえりなさい。祭りはどうでした?」
「大陸中が注目するだけあって規模の大きなものだったよ。見応えがあった」
「私も都合があえば行ってみたかったです。ミレアさんやロナさんが羨ましいわ」
羨ましさの中には平太と一緒にお出かけしたかったという部分も多く含まれる。
なんとなくパーシェの心中を察した平太は、いずれ一緒に行けたらいいなと言おうとして止まる。次の祭りは三年後。そのときには地球に帰っている。破ることになる約束などしない方がいいと口に出さなかった。
かわりに買ってきたお土産をテーブルに置く。
「これはお土産になります。この店にも置いてあるかもしれませんけど、どうぞ」
買ってきたのはアロマキャンドルだ。五種類のキャンドルに、小さなワイングラスのような容器が二つ。グラスは薄く色のついたガラス製のものだ。
置かれたお土産を嬉しそうに手に取るパーシェ。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「喜んでもらえたようでよかったです。今日やってきたのはお土産を渡すためだけじゃないです。ちょっとした頼みがありまして」
「頼みですか?」
どんな頼みだろうと、小首を傾げる。
「向こうでですね、ちょっとしたアクシデントに巻き込まれまして、その褒美にお金をもらったんですよ。その金額は五万ジェラ。これを使ってグラース用の魔術具を買いたいと思いまして」
探してほしいと平太が言う前に、パーシェが心配そうな顔で問う。
「アクシデントって、怪我とかは大丈夫でしたか!?」
「骨を折ったりといった大怪我はしなかったよ」
元気に腕などを動かす平太の様子に、パーシェはほっと胸をなでおろす。
「なにがあったんです?」
山村の宝を賊が狙っていたことを説明し、賊との戦いも軽く話す。
「あそこの交易が冬でも問題なく行われているのは、そんな事情があったからですか。同じものがもっとあれば、助かるんですけどね」
「神様の力の結晶みたいだし、量産は無理じゃないかな」
「言ってみただけですよ」
あの宝は小神と村人の絆の証で、量産できるようなものではないとパーシェも十分理解している。
似たものが開発されないかという期待はある。手紙で父に相談してみようと決めた。
「あったら便利ですからね。それでさっきの続きなんだけど、グラース用の魔術具がほしくて、ファイナンダ商店で魔物用の品を扱っていません?」
「ここだと扱ってませんが、本店なら扱っているかもしれません。あとはこの町の魔術具職人を紹介して、作れるか聞くのもありではないでしょうか」
人間用の魔術具はこの店でも扱っているので紹介は可能なのだ。職人はエラメルトに住んでいるので、遠出する必要もない。
これを聞いて平太は紹介を望む。話をして魔物用が作れないのなら王都のファイナンダ商店を頼ることにした。
「住所教えてもらえます?」
「一緒に行きましょう。ついでにあちらに持っていく書類とかありますから」
その書類は急ぎで持っていく必要はないが、少しでも一緒にいたいと思い用事をこの場で作る。
少し待ってくださいと言って、パーシェは出かけることと書類を持っていくことを店長に告げて許可をもらう。
嬉しそうに準備を整えるパーシェを店長たちは微笑ましそうに見ていた。
「さあ行きましょう」
以前プレゼントしてもらったブローチをつけて、平太を誘う。
店から出た平太たちの後ろに、パーシェの護衛がつく。
ファイナンダ商店が取引している職人の家はエラメルトの住宅街の一画にある。作業場や倉庫を必要とするため、周辺の家よりもやや広い土地の家だ。
パーシェは扉をノックしようとして、家の中からなにか騒ぐ音を聞く。扉越しに内容までは聞こえてこない。
留守ではないなと思い、強めにノックした。反応がなく、もう一度ノックする。
すると誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「はいはい、どちらさまー」
バンダナで頭部を覆い、オーバーオールを着た四十過ぎの女が扉を開けて出てくる。
パーシェたちを見て誰だろうかと不思議そうな顔をして、グラースを見て一歩下がろうとして止まる。
「こんにちは。ファイナンダ商店から書類を届けにやってきました」
「わざわざありがとうございます」
差し出された書類を受け取り、女は頭を下げる。
「それとですね、魔術具のことで少し尋ねたいことがありまして。ファイナンダ商店としてではなく、こっちアキヤマさんからの依頼なのですが」
「仕事の話ね、中に入ってちょうだいな」
「依頼にこの子が関係するんですが、入れても大丈夫ですか?」
「その魔物が? もしかして魔術具をその魔物にという話かしら」
その通りだと平太は頷き、女は難しげな顔で腕を組む。
「まあいいわ。とりあえず話を聞きましょう」
玄関に入ってすぐ横にある客室に平太とグラースとパーシェは通される。護衛二人は家の外で待機しているということで、屋内には入らなかった。
女と平太たちは向かい合うように座る。
「まずは自己紹介でもしましょうか。私はここの工房主でファロア。そちらは?」
平太とパーシェは顔を見合わせ、パーシェが視線でどうぞと先を促す。
「俺は秋山平太。こっちがグラース。案内してくれたこの人がパーシェ・ファイナンダ。今日はよろしくお願いします」
「よろしく。それでさっきも言ったけど、魔術具作製の依頼で、作る相手はその魔物でいいのね?」
「はい」
「ふむ。魔物用の魔術具は珍しくはない。でも専用で作っている工房がある。そっちじゃなくてここに依頼を持ってきたのにはなにか理由が?」
パーシェが首を振り、口を開く。
「深い理由はありません。店と繋がりのなる職員がいるから、そちらに作れるかどうか聞いてみてはと私が言いだしたのです」
「そうかい……人間用と魔物用とでは魔術具の作り方が少々違ってくる。専用の職人がいることからわかっているかもしれないけどね。どうして違うのか、わかるかい?」
ファロアは平太とパーシェに問う。
しばし考えてパーシェが口を開く。
「魔力の質の違いでしょうか。人と魔物とでは質が違いすぎて、そこらへんの調整が必要ということだったり」
「はずれ。たしかにそういった面はあるけどね。ちょっとした調整でどうにでもなるし、調整しなくても魔術具は動くんだよ」
もちろん調整しないと魔術具の効果は落ちる。だが劇的に落ちるわけでもない。
平太たちは特に思いつかないようで、降参だという目でファロアを見る。
「魔力という点では間違っていないんだよ。魔術具は当たり前だが起動に魔力を必要とする。人間が使う場合は、いつ使うというのを自身で決める。でもね、魔物にはその判断ができないんだ。魔術具という道具を使いこなすだけの賢さがない。だから魔物用の魔術具には特定動作をしたときに魔術具が発動するように細工を仕込む必要がある。ほかに人間用との違いは、魔力貯蓄型という部分もだね」
魔物用の魔術具を使う流れはこうだ。戦闘前に主が魔物用の魔術具に魔力を補充する。戦闘が始まり、魔物が特定の動作を行うと補充された魔力が使われ、魔術具が発動する。
人間用にはない仕組みが組み込まれることでかかる費用は上がるし、求められる技術も高くなる。
人間それぞれに癖があるように、魔物にもそれぞれ癖がある。それに合わせた調整をもとめられるため、量産できずオーダーメイドになるということも高くなる理由だ。
「こんな感じで人と魔物とでは違いが出てくる」
賢さという点はグラースに問題になるようなものはなく、平太は大丈夫ではないかと考える。
「うちの子、人間用でどうにかできるかもしれません」
「道具を使えるだけの頭の良さがあるってことかい」
「試したことないんで確実ではないんですけどね」
頷いたファロアはちょっと待ってなと言って立ち上がり、部屋から出ていく。すぐに戻ってきたファロアに手には帽子がある。
「これは額当たりから明かりを放つ魔術具だよ。洞窟とか夜とか両手を開けたいときに使うんだ」
地球にあるヘッドライトのような魔術具に平太は興味深いという視線を向けた。
「これをグラースといったか、その子に使ってもらおうか」
「わかりました」
平太は帽子を渡してもらい、グラースの頭に載せ、魔力を流してくれるように頼む。
グラースが小さく吠えてすぐに、帽子から光が放たれた。
「もういいよ」
ファロアがそう言うとグラースは魔力を止める。
自身の言葉に反応して光が収まったことで、ファロアはグラースが魔術具を使えることを信じた。
「ほうほう、面白い」
ファロアは人間用の魔術具を魔物に使わせることに好奇心が刺激されたようで、目に輝きが宿る。
これまで作ってきた魔術具も、魔物が使うことで新たな面を見せるだろう。さらにグラースに魔術具を使ってもらうことで、魔物用の魔術具に関して発展がみられるかもしれない。
「面白い仕事ができそうだ」
「そう言うってことは引き受けてもらえるんですか」
「ええ、むしろぜひとも私の工房で引き受けたい仕事よ」
「ありがとうございます。それで予算なんですが」
「その前に、また少し席を外していいかしら? ちょっと息子にも関わらせたいの」
平太がどうぞと言うと、ファロアは礼を言って、部屋から出て行き二十五才ほどの青年を連れて戻ってきた。
その青年はグラースを疑いの目で見ている。
「紹介するわ。息子のフラスよ。この子も魔術具職人なの」
「親子で魔術具作成の能力を得たんですか。珍しいですね」
驚いたように言うパーシェに、ファロアは笑って違う違うと手を振る。
「勘違いする人が多いけど、魔術具作製の能力がなくても魔術具職人にはなれるんだよ」
「そうなのですか?」
「能力が必要になるのは仕上げの段階というのかね。作った魔術具を100%動かすのに必要なんだよ」
能力がなくても魔術具は作れるし、動きもする。しかし能力なしの者が作った物は本来の10%程度まで性能が落ちる。
その魔術具に能力持ちが能力を使えば、100%の性能を発揮するようになる。もちろん魔術具としてきちんと作っているという前提条件がつくが。
世の中には魔術具作製能力を持っていても、魔術具作りに才がない者もいて、そういった者は仕上げのみを行っている。
「息子は能力はないけど、魔術具作りに興味があって、この道に入ったんだ」
ほらとファロアが促し、フラスは頭を下げる。
「今回の仕事、私と息子それぞれので受けたい。いいかしら?」
「協力して一つの作品を作るんじゃなくて、一つずつを作るということですか?」
平太の確認にファロアは頷いた。
「予算は余裕をもって準備しましたけど、二つ分はさすがにないんですが」
「払うお金は一つでいいわ。私と息子のどちらか気に入った方にお金を払ってくれればいい」
「どうしてそんなことを?」
「私とこの子では魔術具職人としての姿勢が違ってきていてね。その優劣を決めるってわけじゃないけど、ここらで一度はっきりとした形になったものを見せあいたいのさ」
人間用の魔術具で、魔物に使わせるという題材はこれまでにないもので、二人とも初めての作品になる。そのため経験面での差がつきにくく比べるのにもってこいだと考えた。
「あなたたちが来る前にもそのことについて話していてね」
「玄関越しに聞こえていた声はそれだったんですね」
納得いったと頷くパーシェ。
「あらやだ、聞こえていたの。熱が入りすぎてたわね」
「二人の姿勢ってどのようなものなんです?」
「簡単に言うと私は次々と新しいものを取り入れていこうっていう考え」
「俺はこれまでの技術が大事。新しい技術を否定はしないけど、昔ながらのものでもまだまだ発展性はある」
「年上の方が変化を嫌いそうなものだけどね」
フラスの方が保守的なことを平太は意外に思う。
「昔ながらの技術を守って変化を受け付けないって人はたしかにいるね。でも私は刺激がほしいんだよ。新しい世界を見たい」
こう言うファロアに反論するようにフラスは口を開く。
「これまでの技術を発展させても新たな世界は見れるだろう」
「そういった面はこれまでの延長線上に思えて意外性がないんだよ。もちろんそういった技術が大事なのはわかっている」
「そう簡単に意外性が出てくるもんか。そういったものを探す時間を技術の発展に使った方が有益なはずだ」
「積極的に探しにいかないと見つからないでしょう? おっと、このままだとまた熱が入りそうね。お客さんの前でやることじゃないわ」
平太たちがいることを忘れて、意見のぶつけ合いを始めかけて止める。
ファロアは深呼吸して、平太に視線を向ける。
「今回作る魔術具について話しましょう。予算はどれくらい準備しているのかしら」
「基本的には三万ジェラ。そこから一万までは上乗せ可」
「それだけあるなら十分ね。じゃあ次、どういった効果の魔術具がほしいと思っていた?」
「身体能力強化じゃなくて、体毛の色を一時的にかえたり、空気を踏みしめるとか一風変わったものがあればそっちがほしいなとは思ってました」
「すでにあるものを伸ばすのではなく、新しく追加するという考えか。私好みな方針ね」
ファロアは笑みを浮かべ、対してフラスは渋い表情になり口を開く。
「身体能力強化では駄目なのですか? 長所を伸ばすことになると思うのですが」
「この子、十分すぎるくらい強いんですよ。現時点でも実力が離れているのに、これ以上長所を伸ばすと一緒に狩りをするのに不都合が出てくると思う」
「そう、ですか」
どのような魔術具を作ろうかフラスは悩む様子を見せる。基本を押さえたうえで、平太の要望に応えるもの。今のフラスには思いつかない。
悩むフラスをファロアは微笑んで見ている。その悩みが未来へのよい糧になるとわかっているのだ。充分に悩んで、納得できる品を作ればいい。どのような品を作るのか楽しみでもある。
「その子に合うものを作れるように、足のサイズとか測らせてもらうわよ。じっとしてるように言い聞かせてちょうだいな」
平太が言うまでもなくグラースは動かないだろう。だがファロアたちを安心させるため平太は言葉に出して伝えた。
グラースはファロアとフラスにされるがままで、唸り声一つ上げなかった。
その様子に安心した二人は、いい機会だと魔物の体についてさらに調査を進めていく。
調査を始めて四十分がすぎ、そろそろ見知らぬ人にべたべたと触れられることにストレスが溜まり始めたグラースが身をよじって平太のそばに移動する。
「ああ、もう少し調べたいのに。なんとかならない?」
頼むファロアに平太は首を横に振る。
「これ以上は我慢できないって感じだから、怪我するかもしれませんよ」
「怪我させる前にグラースから離れたのです。これ以上無理に触って怪我をしたらそれはあなたの自己責任ですよ?」
パーシェのフォローもあり、ファロアは諦めた様子で手早くメモに得た情報を書き込んでいく。フラスも同じく得た情報を書いて、これから作る魔術具への考えを膨らませていく。
「これでよし」
書き込みを終えて、ファロアは平太を見る。
「あとは口頭で、グラースの得意な動き不得意な動きとか、どのようなことができるのかとか、教えてもらえるかしら」
話し始めた平太だが、得意不得意に関しては人間の動きと違いがありすぎるため上手く伝えることはできなかった。
冷気に関した能力持ちということは、フォロアたちを驚かし、作品へ生かせるかと創作意欲を高めさせた。
「明日明後日にできたよーっと渡せるわけじゃないから、しばらく時間をもらうことになる」
そう言ってファロアは作業工程を簡単に説明する。
流れとしては、まずは方針を決め、設計をして、必要な材料を集めて、試作品を作り、完成品を作り上げる。デザインに関してはフォロアたちは専門ではないため、その部分にも凝ってくれという客がいれば、別料金をもらって職人に任せることになる。
「どれくらいで完成します?」
「二十日あればどうにかなるけど、余裕をもって作りたいから三十日で。そのときに最終調整をして問題なければ完成といった感じになるわ」
今入っている仕事を脳裏で思い浮かべ、完成までのスケジュールを組み立て言う。余裕を持たせたのは息子を思ってのことで、実際にフラスは三十日の時間があると聞いて小さく安堵の溜息を吐いていた。
「じゃあ三十日後にまた来ます。お金はそのときに? それとも先払いですか?」
「先払いで頼むよ。それで必要な材料をそろえるからね。一応四万ジェラをお願い。お釣りはきちんと渡すわ」
お金に関する書類を戸棚から二枚取り出して、必要事項を書き込み、平太にも書いてもらう。そしてできた書類をパーシェに確認してもらい、それぞれ一枚ずつ所有する。
これで今日できることは終わり、平太たちは帰っていった。
魔術具を注文して時間が流れていく。
新年を迎え、エラメーラから住民へ年賀の挨拶が送られる。
年明けの午前八時にエラメーラの声が町中に響いたのだ。『新年おめでとう。今年も皆が健やかに過ごせることを祈っている』という簡素なものだが、皆一言一句聞き逃さぬよう静かにして、挨拶が終わると歓声が上がり、騒ぎ始める。
その間に平太は再現できるようになったカーレスの技術になれるため、頑丈な木の棒を買い、それを使って魔物相手に槍術に慣れていく。
この話を聞いたリンガイは大会出場者との手合せを望み、エラメーラの庭で二度ほど手合せが行われた。
地球で言うところの一月二月の白雪月が半ばに差し掛かろうかという頃、平太は再びファロアの工房を訪ねる。
扉をノックするとすぐにフラスが出てくる。
「こんにちは。そろそろだと思って来てみたんですが」
「はい、できていますよ。実際に身に着けて動いてもらいたいんで、母もつれて町の外に行きましょう」
玄関前で平太に待ってもらい、フラスは屋内に入る。
すぐに作った物を持ったフラスとファロアが出てきた。フラスは首輪で、ファロアはリングだ。
「さあっ外に行こう!」
最終調整が楽しみで仕方ないようで、うきうきとした雰囲気を撒き散らして歩き出す。初めて魔術具を作ったときのことを思い出して、懐かしさと新鮮な気持ちが混ざっている。
「落ち着きのない母ですみません」
フラスが恥ずかしそうに頭を下げて、行こうと平太と誘う。
町から五分ほど離れたところで止まり、ファロアたちは作ったものの説明を始める。
「まずは私が作ったものから説明しましょう」
ファロアが見やすい位置に上げたそれは、銀色の金属が使われ、小さく透明な珠が三つついている。
「このリングは尾の付け根につけるの。効果は冷気に形を与えるというもの。聞いた話だと、今は冷気を放出するだけ。その冷気をもっと効果的に扱うことを目的にしたの」
ファロアはリングを平太に渡し、平太がグラースの尾にはめる。
その様子を見ながら説明を続ける。
「形は三つ。一つ、冷気を丸く固めて飛ばすというもの。二つ、前足の爪に集めて爪の延長として使うというもの。三つ、壁というか一枚の幕として相手の視界を遮るというもの。もしかしたら火の能力者の攻撃にたいする防御としても使えるかもしれない」
「三つの珠がそれぞれの形状を担当しているんですか?」
「その通り! だから新たな形を増やすことができる。でもそれぞれの珠が干渉し合うのか、四つ以上の珠近づけると魔術具として作動しなくなるみたい。なんらかの技術発展があるまではリングにはめられる珠は三つまで」
実際に使ってみてもらうため、使用方法を説明する。
使い方は冷気を発するときに、珠を通して能力を使うといった感じだ。
「グラースやってみて」
平太に促され、グラースは誰もいない方向へ向く。
グラースは一吠えすると、一瞬白い冷気がグラースの周囲に出たと思うと、足の爪辺りに三本の白い爪のようなものが現れる。地面が雪に覆われいて見づらいのだが、たしかにそれはある。
平太たちはグラースの爪に注目し、片足を上げてもらう。
その白い爪部分で地面をひっかいてもらうと、特に跡が残ることはなく、物理的なダメージを与えるようなものではないとわかった。
「実際に魔物を攻撃してみれば効果のほどがわかるんだけど、見当たらないからね。次にいってみよー」
グラースが次の効果を発動させる。白い爪が消え、グラースの前方一メートルのところに縦横二メートルの白い幕が現れる。
厚さは一センチもなく、不透明で向こうが見えない。触れてみると、氷のような冷たさがあり、ずっと触れていると凍傷になるかもしれない。
「これは問題ないわね」
ファロアは満足そうに頷いて、三つめの効果発動を頼む。
幕が消えて、スイカほどの白い球がグラースのそばに浮く。
平太がその球の近くに手をかざすと、冬の空気よりも冷たい空気が触れた。
「グラース、これ自由に動かせるの?」
平太の問いかけに、白い球がやや曲線を描いて飛んでいき、地面にぶつかり、雪と土を抉って消えた。
自由自在というわけにはいかないが、ある程度の誘導性はあるのだろう。
「とりあえず問題はなさそうね。あとで板を使って白爪の効果を確かめて完成といったところかしら。次はフラスの番よ」
「俺の作ったものは見てのとおり首輪。魔力を首輪に注ぎ込むと、視覚と聴覚と嗅覚が強化される。それによって察知能力が上がる。あとは魔力を注ぐ量にって強化具合がかわる。最小で二割増し、最大で六割増しといったところ」
「体の機能を強化するといった方向性はかえず、動作じゃなくて五感強化できましたか」
なるほどと平太は感心した様子を見せる。
尾のリングを外して、受け取った首輪をつける。
先ほどと同じようにグラースは首輪に魔力を流す。するとすぐに鼻を前足でかいて嫌がる素振りを見せる。
「どうした? とりあえず首輪を外すからじっとして」
平太がそう言うと、グラースは動きを止めて、外してもらえるのを今か今かと待つ。
首輪が外され、魔術具から解放されるとグラースは顔を振ってその場に伏せた。ほっとした雰囲気を漂わせているようにも見えた。
自身の魔術具が褒められた結果を出したわけじゃないとわかり、フラスは肩を落とす。
「どちらがよいか、結果はすでに出たね。基礎がいいからって、そこを伸ばしてさらに強化してもプラスにはならない。今回は嗅覚の鋭さが仇となったわけだ。あと大きな音にも弱くなりそうだ。この魔術具を使いたいならそこら辺の改良が必要だね」
「母さんが作るならそこらへん考えて作っていたのか?」
「私だったら? 私も嗅覚については考えが及ばなかったと思うわ。でも一度に複数の感覚を強化するんじゃなくて、今回私が作ったもののように一つの感覚ずつ強化するように作ったと思う。全体強化は以前私も失敗したことあるから」
「次回以降の作品の参考にするよ」
自分はまだまだなのだとわかり、フラスは悔しそうに首輪を平太から受け取る。ファロアが既にあるものを生かす方向で魔術具を作り上げたのだから、なおさら差がわかった。
経験の差があるのだ、そこら辺の判断や知識で失敗するのは仕方ない。今回のことで学べたことはいくつもあった。貴重な経験は、今後フラスの職人人生に大いに役立つはずだ。
「こんなわけで売る魔術具はこっちになったわけだけど問題ないかしら?」
「大丈夫です。いくらになりました?」
「三万六千ジェラ。予算内におさめることができなかったわね。次なにか注文するときは、今回のノウハウを使えばいいから、もっと安くできるわよ」
平太は次の注文する機会などあるのかなと思いつつ、フラスにも聞く。
「ちなみにフラスさんの方は?」
「俺の方は予算内におさまって二万八千ジェラ」
「ファロアさんより安くなってたんだ」
「身体能力の強化ってのは魔物用の魔術具だとありふれたものだから、データがそろってる分だけ楽ができたんだ」
「なるほどね」
「さて帰ろう。おつりと商品を渡さないといけないし」
歩き出したファロアに平太たちはついていき、工房に戻る。
受け取りの書類を作成し、おつりと一緒に渡す。
「ありがとうございました。グラースの取れる行動の幅が広がりました」
平太の礼にファロアは右手をパタパタと振る。
「なんのなんの、私も面白い仕事ができた。フラスにとってもいい勉強になった。いい依頼だったよ」
「ああ、面白い仕事だったのはたしかだ」
魔術具が不具合をおこしたり、なにか新しいものがほしくなったら来てくれという二人に見送られて平太は工房を出て行った。
今回得た魔術具はすぐには活躍することはない。だが少し先になって活躍の場がくる。それは平太にとっては避けたい再会が迫っているということでもあった。




