29 祭りの終わり
町長の屋敷は、町の東にある。手紙と一緒に簡単な地図がついていて迷うことなく向かうことができる。
町の規模に比例するように町長の屋敷も大きかった。
この町を治めるのは基本的に貴族なので、格に見合った屋敷も必要ということなのだろう。大会の時期には客を泊めるので、それなりの広さも必要だ。
平太は屋敷を見るのをやめて、門そばに立っている門番に手紙を見せる。
「話は聞いています。ようこそいらっしゃいました。案内する者を呼んできますので少々お待ちを」
門番はもう一人の門番に声をかけて、建物に入り、すぐにメイドを連れて戻ってきた。
「こちらのメイドが案内いたします」
門番の紹介にメイドは一礼して、ついてくるように促す。
そのメイドに平太は質問する。
「手紙にこの子も一緒にと書いてあったんですが、屋敷に入れても大丈夫なんですよね?」
「はい。大丈夫ですよ」
大人しいとはいえグラースは魔物だ。それを大丈夫と言い切ったことに少し驚く。
これは魔物でも役立ったのなら報いるというスタンスで町長の度量の広さを知らしめる宣伝にちょうどよかったからであり、強くとも警備兵数人と取り押さえることが可能と見ているからだった。
平太としてはグラースが認められるならありがたく、暴れさせるような気はない。
一緒にメイドについていき、食事会までの待合室に入る。
「ここでしばらくお待ちください。部屋隅で待機していますので、ご用件があればいつでも申し付けください」
「じゃあ早速、町長はどういった人なんでしょう? この町出身じゃないんで知らないんですよ」
「町長の名前は手紙にも書いてあったと思いますが、オルオン・F・マーネッジ。イライア国から派遣されている貴族です。爵位は子爵。子爵様本人は武官よりで、領地経営は大部分を部下に任せています。この町で開かれる戦争祭や他の大会を楽しみに、町の経営に立候補して審査の末、認められたということらしいです」
「礼儀作法に厳しいとかそういったことはどうですか?」
「ある程度の礼儀をわきまえていれば、多少拙いところあっても目をつぶってくださる方です」
「それはよかった。今年大会があるということはオルオン様は今年で町長の役が終わりということですよね?」
「はい。今年の春で新たな町長と交代です」
いろいろな大会を見物できて、ここでの暮らしを満喫しての交代となる。
町長としては目立ったところのない人物だったが、横暴なこともしない町の住人にとって安心できる人物でもあった。
たまに自身の利益を追求して、住人に苦労をかける町長もいるのだ。そういった人物と比べたら、だいぶましだった。
町長についての話を聞いていると扉が開き、ケラーノたちが別のメイドに連れられ入ってくる。
「お、もう来てたのか。服もきちんとしてるな」
「服はある程度しっかりしたものが必要かなって宿で借りたんだよ」
「俺たちもどこかで服を借りた方がよかったか?」
二人の会話を聞いて、ケラーノたちを連れてきたメイドが口を開く。
「こちらで貸出しましょう。必要かもしれないと準備してありますから」
「助かります。手紙には書いてなかったから風呂に入ったりして体を綺麗にしただけなのよ」
「さすがに旅をしながらパーティー用の服は持ち歩けないし、金銭的な余裕もないし」
フィオラとポインはありがたそうに言い、メイドの案内で部屋を出ていく。ケラーノも、もう一人のメイドに案内されて部屋を出る。
残った平太はグラースをなでて暇を潰す。
十五分ほどでケラーノが戻ってきて、とりとめのないことを話していると扉が開く。女性陣の準備が終わるにしては早い。
入ってきたのは白の燕尾服に近い正装を着たカーレスだ。オルオンとはちょっとした顔見知りなので、平太たちよりも先に呼び出されていた。
「女性二人は着替えですか?」
姿の見えないフィオラたちについて尋ねる。
「おう。そろそろ着替えや化粧は終わるんじゃないかな」
「ちょうどいいですね。もう少ししたら食事会が始まりますよ。テーブルマナーを気にしなくていいようにビュッフェ式です。料理の近くで使用人が待機しているので、食べたいものをつげれば取ってもらえます」
「そういった形式は初めてだな。ヘイタはどうだ?」
「故郷で何度か。そのときは自分で料理を取ってたけどね」
ビュッフェというだけなら珍しいものではなく、家族で何度も足を運んだ。もっとも一般人向けの店に行ったことがあるだけで、高級料理店のビュッフェなどは経験がない。
貴族に仕える料理人が作る料理だから楽しみだと平太が気楽に考えているうちに、女性二人の着替えも終わり部屋に入ってくる。
「あ、カーレスさん!」
ポインはすぐにカーレスに近づき話しかける。今着ている紺色のドレスについて感想を求め、返事を楽しみにしている。
フィオラは赤のドレスをやや窮屈そうにしつつケラーノに近づく。
「そろそろ食事会ですって」
「カーレスさんから聞いたよ。どんな料理が出てくるか楽しみだ」
「大きな町を治める貴族が出す料理だから、上等な材料を使っているのでしょうね。美味しすぎて騒いだりなんかしては駄目よ」
「さすがにそんな恥ずかしいことはしないさ」
「だといいんだけど」
そんなことを話しているうちに、食事会を行う大部屋まで案内するための使用人が部屋にやってくる。
案内された大部屋には、料理の香りが充満していて、すきっ腹を刺激してくる。
部屋の中には使用人のほかに、仕立ての良い服を着た者が十人ほどいる。その中の一人に平太は見覚えがあった。
「あ」
思わず反応した平太にケラーノはどうしたと聞く。
「知り合いがいた」
「知り合い? 使用人にか?」
「うんにゃ、たぶん客じゃないかな」
「貴族の食事会に招かれる客なんてどいつも身分が高いだろうに。そんなのと知り合いなのか。ちなみにどいつなんだ?」
青の上着に白シャツの二十になってない男だと口頭で教える。
「ああ、あいつか。名前とか教えてもらって大丈夫か?」
「ラドクリフ。ウェナ国の第三王子なはず」
「……は? 聞き間違いか? 王子って聞こえたんだが」
間違いではないと平太は首を横に振った。
「なんでそんな奴と知り合いなんだよ!」
思わず大声を出したケラーノに注目が集まる。
フィオラが騒いだケラーノの頭を押さえて、何度も頭を下げて一緒に詫びる。
「なにいきなり大声出してんのよ! 迷惑でしょうっ」
「いや、すまん。だがな? こいつが信じられないことをあっさり言うもんだからよ」
「なに言ったの?」
「この国の王子と知り合いなんだとさ」
フィオラも驚き、声を出しかけたが手で口を押さえて声が漏れるのを防ぐ。
深呼吸して落ち着いてから尋ねる。
「……なんでそんな偉い人と知り合えたのよ」
「偶然が重なったとしか。最初に会ったときは王子とか知らなかったけど、その次に王子の兄の婚約者の姉と知り合う出来事があって、そのときに王子だってわかったんだ。でも会ったのはそれが最後なんだけどね。何ヶ月か前のことだよ」
「挨拶に行かなくていいの?」
「今ほかの人と話してるし、あとで機会があれば行こうと思う」
自分がそこまで重要人物ではないという意識があるので、積極的に交流しなくてもいいだろうと考えてる。
国王としては再現使いで神とも交流のある平太を、そこらの一般人と同じにする気はない。が、エラメーラたちから止められているので、大仰に扱うこともできない。
ともあれ機会があれば向こうから挨拶にくる程度のことはある。
「久しぶり」
話していた相手に断りを入れて、平太に近づいてきたラドクリフはにこやかな笑みを向ける。
どうしてそっちから来るのと思いつつ、平太はラドクリフに頭を下げる。
「お久しぶりです。こういった場ではラッドと呼ぶよりラドクリフ様と呼んだ方がいいのでしょうか?」
「そうだね。そっちの方がいろいろと問題はないだろう。王族を愛称で呼んでいれば目立って仕方ない」
こうやって話しかけている時点で注目は集まっているため、その気遣いは意味がないかもしれない。
「愛称なんです? ただの変装時に使う名前かと」
「家族はラッドって呼んでるよ」
「そうですか。私がそう呼んでは差支えがあるかもしれませんね」
「いや、気にしなくていい。そう名乗ったのはこちらなのだから」
気にしないというのであれば王都でまた会ったら、そう呼ぶことにすると決めた平太。
「王子はこちらにどういった用件で来ているんです? 観光で?」
「観光も少しはあるけど、仕事だね。ここをどこが治めるかの確認をするために来ているんだ。ついでに各国からここに来ている人たちとの挨拶も」
「王子の仕事は外交関連なんです?」
「うん。能力が外交向きだからな。で、話はかわるが、そっちの人たちは君の仲間かい?」
ケラーノとフィオラに視線を向ける。
視線を受けた二人は緊張したように背筋を伸ばす。
「この二人は知り合いってだけ。今回の事件で共闘したんですよ。仲間はこの子」
グラースの頭を撫でる。
「魔物を仲間にしたのか。それに対してなにか言うつもりはないんだが、人間の仲間はいれないのか?」
「以前ほかの人にも話したことがあるんですけど、故郷に帰るつもりなんでこっちで仲間を作っても三年もたたずに解散することになるんですよ。だったら一人で活動した方がいいなと」
「ああ、そういえば雑誌にそんなことを書かれていたな」
「あれ、読んだんですか。有名どころじゃないって聞いてましたけど」
雑誌ってなんだと首を傾げたケラーノたちにラドクリフが説明する。
「何ヶ月か前に出た情報誌で、ヘイタが注目の新人としてインタビューされていたんだよ」
「ほー。注目されているのか」
「いくつか目立つことやっているからな。それに湖で狩りをやったんだろう?」
「なんで知ってるんですか。行ったの一回だけなのに」
「さてな」
平太の動向を知るため、エラメーラに条件付けで許可をもらってたまに監視をつけるのだ。
エラメーラがつけた条件とは、平太が危ないめにあったときの護衛だ。以前のように町から離れて角族に襲われたときのための保険だった。
湖に狩りに行ったときも、たまたま監視をつけていて知ることができた。
「湖って、もうあそこに行ったのか!? まだ早いだろ」
「早いの?」
平太がいつからハンターになったのか知らないフィオラは不思議そうに聞く。
「こいつがハンターになってまだ一年もたってないぞ。たしかに期待の新人だな。シューラビの狩り方を教えた奴が、もう湖で狩りなぁ」
すごいもんだと何度か頷く。
ラッパの音が鳴り響く。短く曲を奏でて、皆の注目が集まると奏者は吹くのを止める。
奏者の隣に五十過ぎの男が立っていて、皆の視線が集まったのを確認し口を開く。
「ご歓談のところを申し訳ない。客が全員集まったので挨拶をさせていただく。初めての客もいるので自己紹介から。私はオルオン。この町の現在の町長です」
一礼し続ける。
「今日はゲストも来ておりましてな、この町にとって重要な村を助けてくれたハンターたちだ」
そう言ってオルオンは、平太たちを手のひらで示す。
「その村にはここらの積雪量を減らす宝がありましてな。それを盗もうとした賊を彼らが追い払ってくれたのです。もし宝が盗まれていれば今後の交易に大きなダメージを与えることになっていたでしょう。彼らの功績はとても大きい。まずは彼らに盛大な拍手をお願いします」
オルオンは率先して手を叩き、ほかの者たちも拍手を平太たちに送る。
この場にいる者たちは冬の間も交易を行い生まれる利益について理解がある。だから称賛の意思は本物だ。
そんな拍手を受けて、平太たちは誇らしそうな表情を浮かべる。
オルオンが拍手を止めて、ほかの者たちも止める。
「褒美として拍手だけというのは、なしたことに対しあまりに少ない。そこで金一封か武具を与えようと思う。のちほど聞くから考えておいてくれ」
平太たちは頷き、了承の意思を返す。
オルオンは楽隊に合図を出して、演奏を始めさせる。小さめの音量で音楽が流れ始める。
「では食事会を始めよう」
早速料理を取りに行く者、近くにいる者と会話を始める者、それぞれの形で動き出す。
「俺たちも料理を食べるか。匂いだけで美味そうだってわかるから楽しみだ」
「がっつきすぎないでよ」
ケラーノとフィオラも料理が置かれているテーブルに向かう。
「俺たちも食べようか」
平太もグラースをともない、二人のあとを追う。
グラースを招いたということを料理人は知らされていて、薄く味付けした肉の塊を準備している。
その肉を使用人に頼み、肉をたくさんのせた皿を受け取る。
「ちょっと待ってなー」
早く食べたいと平太の足に顔をこすりつけるグラースに、そう声をかけて平太が食べたい料理を使用人に取ってもらう。
両手に皿を持ち、人の少ないテーブルに座り、肉ののった皿を床に置く。
グラースは早速食べ始め、平太も白身魚のムニエルを口に入れる。かりっとした食感の次に柔らかな身が口の中に広がる。魚自体は淡泊で、そこにバターと胡椒が違和感なく合わさり、一つの料理として完成されていた。
うんうんと平太は何度か頷いて、あっというまにムニエルを食べ終わる。
「最初からこれほどの味だなんて、ほかの料理も期待以上の味かもしれない」
同じ皿にのせていた鳥肉のソテーを期待しながらフォークで刺し口に運ぶ。思ったような美味に表情も自然とほころぶ。
ムニエルとソテー、どちらの材料もガイナー湖と同程度の難易度の狩り場でとれる材料を使っている。それを腕のいいコックが調理するのだから、美味くて当然だった。
ケラーノたちの様子を見ると、彼らも美味しそうに口に運んでいる。
平太とグラースもしばらく食事を楽しみ、締めにデザートの小さなパンケーキやタルトをグラースと一緒に食べる。
そこにオルオンが近づいてくる。
「食事は満足してもらえたかね?」
顔を向けて誰か確認した平太は立ち上がる。
「素晴らしい料理でした。ありがとうございます」
「そう言ってもらえるとコックも喜ぶだろう。こちらからも改めて礼を言う、賊を発見してくれてありがとう」
「見つけたのはこの子なので、私がその礼を受け取るのは心苦しいのですが」
平太とオルオンを見上げているグラースの頭に手を置く。
「この魔物がいなければ村の襲撃に気づけなかった可能性が高いか……ならば礼を言わなければならないな。お前の発見で助かった、ありがとう」
「ウォンッ」
タイミングのいい吠え声に、オルオンは目を丸くした。
「まるでこちらの言うことを理解しているようだな」
「理解してますよ」
「ほう。ずいぶんと頼もしい仲間をもったものだな」
理解していることが嘘か本当かはオルオンには判断つきかねるが、今回の件に役立ったのは事実。否定などせず素直に褒める。
「それでだな、挨拶したときにも言ったが、褒美をどうするのか聞きたい」
「武具は特別ほしいわけではないんで、お金でしょうか」
現在使っているものは数ヶ月前に買ったものと変わっていない。少々傷ついてはいるものの、手入れは怠っていないためまだまだ現役なのだ。
「ふむ、君はお金か。予定としては五万ジェラだが、不満はあるかね? 一応一年分の生活費を褒美にすれば十分かと思ったわけだが」
ガイナー湖でのんびり三ヶ月狩りをすれば稼げる額だなと思いつつ平太は頷く。
「では五万ジェラを渡すとしよう。のちほど宿に持っていかせる」
「ほかの人たちは武具とお金のどちらを頼んだのでしょう?」
「ケラーノたち三人は武具だな。カーレスは一つ頼みを引き受けてそれを褒美とした」
武具は平太がもらう五万ジェラに匹敵するものだ。
希少鉱石や希少素材を使用し、ケラーノたちに会わせてオーダーメイドで作られる。希少な材料で作られた武具はお金があれば手に入るものではない。ツテや運も必要になってくるため、ケラーノたちは武具を選んだのだった。
ケラーノは武器とブーツ、フィオラは武器と鎧、ポインはローブとブーツといった注文をする予定だ。
「褒美の話はこれで終わりだ。次に一つ依頼をしたいのだが、聞いてはもらえないだろうか」
「依頼ですか、私はここに長期滞在するつもりはないので、断らせていただきたいのですが」
「そうか。まあ、仕方ない」
無理強いする気はなかったので、あっさりと引く。
「ちなみにどういった依頼だったんでしょう?」
「この町の南西の山にオムバスアントが数匹発見されてな。それの巣の捜索と破壊を依頼しようと思ったのだよ」
「オムバスアントってどんな魔物なんですか」
「なんでも食う蟻の魔物だ。大きさは中型犬くらいか。動物や植物や魔物を喰らい、食べるものがなくなると同族でさえ食べる。放っておくと山は土と岩のみになってしまって、オムバスアントの数も増えて、被害はさらに広がる。そうなる前に人海戦術で巣を見つけ壊すのが一般的な対策だ」
強さは川猿あたりと同等なので、大会にでるハンターならば問題なく倒せる。巣を探す方が苦労するだろう。
「私を誘ったのは人手がほしかったからなんですね」
「うむ。まあ、幸い現在大会でハンターが集まっている。依頼をする相手には困らない。なんとでもなるだろう」
あ、これなんとかならないフラグ? などと平太は思うが、ゲームじゃあるまいしと流す。
「最近までそれらはいなかったんですよね? どこかから流れてきたんでしょうか」
「俺もそう思い、少し調べてみた。山を越えて、さらに何日か徒歩で行ったところでオムバスアントの討伐依頼が出ていたらしい。そのときの狩り残しだろうな」
狩りで殲滅できないのは珍しいことではない。特にオムバスアントのように群れる魔物ならばなおさらだ。
魔物も生き物なのだ、危機が迫れば逃げてしまうものもいる。そういったものを追いかけて討伐するということをやっていては、いつまでたっても依頼が終わらないため、七割八割を討伐すれば依頼達成とみなされる。
「どれくらい前に出された依頼かによって、オムバスアントがどれだけいそうかわかりそうですね」
「三ヶ月ほど前だ。だからそう多くはないと思われる。多ければもっと発見報告はあっただろうしな」
「蟻退治はケラーノたちも誘ったんです?」
「うむ。武具ができるまでこの町に滞在することになるからちょうどいいということだった」
大会が終わったあとも兵の宿舎に泊めてもらうつもりはなく、滞在費を稼がなくてはいけないので、この依頼は彼らにとっても嬉しいものだった。
明日は山に入る準備を行い、明後日から捜索を始めるつもりだ。
「呼ばれているようなので、これにて失礼する。もう一度礼を言わせてくれ。君たちが賊を見つけてくれたおかげで助かった、ありがとう」
そう言うとオルオンは平太から離れていく。
かわりにケラーノとフィオラが皿を持って近づいてきた。
「俺たちは褒美の話だったが、お前もそうだったのか?」
「うん、俺はお金を選んだよ。そのお金でグラース用の魔術具でも買おうかなって思ってる」
「これ以上強くするの?」
今のところは強化の必要なさそうだと思ったフィオラが不思議そうに首を傾げた。
「グラースのおかげで入ってきた臨時収入だからグラースのために使いたいし、急いで自分にいい武具をそろえたいとは思ってなかったからね」
グラースのためといっても五万ジェラ全部をつぎ込むつもりはない。三万くらいでないか、パーシェに聞くつもりだ。助けたことの借りもここで使ってしまおうかと思っている。
こんな機会でもないとグラース用の武具を買えなさそうだということも理由の一つだ。
「仲間の強化だからおかしな使い方じゃないな」
納得したようにケラーノは頷く。
「どういった魔術具を買うのか決めてあるのか?」
「それはまだ。単純に身体能力を強化してもよさそうだけど、変わったものがあればそっちを買うかも」
「変わったものですか」
「毛皮の色を変えたりできれば奇襲がやりやすくなるし、落下の衝撃をやわらげることができれば高いところに上ることもできる。そんな感じかな」
説明にフィオラはなるほどと頷いた。
「ケラーノたちはこの後蟻退治だって聞いたよ。大会は辞退するつもりってこと?」
「ああ、勝ち進むことはできそうにないからな」
「少し残念ですが蟻を放置すれば迷惑する人がいるのも事実。あなたは討伐に参加するのかしら」
「俺は断った。鎧とか持ってきてないし、今はハンターがたくさんいるから大丈夫だろうって」
「グラースがいれば見つけるのも早そうだと思ったんだがなぁ」
残念残念とケラーノは言い、料理を食べる。平太もデザートの残りを口に運び、周囲を見る。
食事会が始まってそこそこ時間が流れているため、食事に集中している者はいない。
オルオンは呼ばれた者と笑みを浮かべて話しており、カーレスも誰かと話していて、その隣にポインがいる。ほかの者たちも誰かしらと話している。
「ポインさんはずっとカーレスさんにつきっきりですね」
「よほど気になっているんでしょうね。あそこまで異性に惹かれてるのは初めてみるわ」
「あの様子だと、俺らと離れてあいつについて行きかねないな」
「……」
迷いの表情を見せるフィオラ。
長い付き合いの友達なので、離れるのは嫌だ。けれどついていくことがポインの幸せに繋がるならば反対するのも気がひける。
「ついていくって言ってもさ、カーレスさんに断られたらどうするんだろう。無理矢理ついて行くのかな」
「どうだろうな、さすがに諦めるんじゃないか? そこらへんどうなんだフィオラ」
「……はっきりとふられたら諦めると思う」
「逆に言えばはっきりしなければついていく可能性ありえるのか。ポインさんがついていくなら、二人もイライアに行く?」
特に拠点を決めていないケラーノたちならば、国外にも行きやすいだろうと尋ねる。
ケラーノは少し考えて、肯定的な表情になる。もともとあっちこっちに行っていたのだ。国を出てみるのも、そういったことの延長だと思えた。故郷にはもう長いこと帰っていない。たまには顔を見せたいとは思っているものの、いつまでにとは決めていないため帰郷が数年のびたところで思うことはない。
「それもいい経験にはなりそうだ。こっちとはまた違ったいろいろなことがあるだろうしな」
「私もついて行こう、かな。向こうに居を移すつもりはないけど」
「俺もそこまでは考えてないな。半分旅行気分で行くつもりだし。まあ、ポインが行かなけりゃ意味のない話だわな」
ポインがカーレスについて行かないと言っても、隣国に足を伸ばしてみるくらいはいいかもしれないと考える。
「カーレスの方はポインのことどう思っているんだろうか。見た感じ、迷惑そうにはしてないが」
カーレスがポインを隣に置いているのは、平太に原因があった。
男好きだと勘違いされたため、そうではないと示そうとポインを突き放すことをしないのだ。
ポインを鬱陶しく思っているなら、別の女性を隣に連れているはずなので、嫌ってはいないのだろう。
「直接聞いてみないことにはわからないですねー」
カーレスの考えなどわからない平太はそう言うしかない。
このまま三人と一匹でデザートを食べ、食事会は何事もなく終わった。
翌日、昼まで大会を見てきて、お土産探しをしてから平太とロナとミレアが宿に戻ってくると、受付から伝言の書かれた紙を渡される。
兵が午前中のうちに褒美のお金を持ってきたようで、受付に預かってもらったのだ。
伝言には『留守だったので、夕方にまた伺います』と書かれていた。
「帰る準備やってればくるかな」
紙を見ながら平太が呟く。明日エラメルトに帰るので、のんびりと荷物をまとめる予定だったのだ。
紙をミレアとロナに見せてから部屋に戻る。
もともと部屋を散らかしていたわけではないため、荷物をまとめるのもすぐに終わり、この祭りの感想を話しながら兵を待つ。
夕日が部屋の中に差し込んできた頃、扉がノックされる。
「来たかな」
「私が出ましょうか?」
「いや俺が出るよ」
立ち上がったミレアにそう答えて平太は扉を開ける。そこには予想通り従業員と兵が立っていた。
「アキヤマさんですか?」
「はい、そうですよ。伝言を残した兵士さんですか?」
「はい。こちらが町長からの報酬です。金貨三枚に大銀貨二十枚の合計五万ジェラ、ご確認を」
布の小袋を手渡された平太は、中身を取り出す。兵の言葉通りに磨かれた金貨と大銀貨が入っていて、それらは光を受けて輝きを見せる。
「たしかに受け取りました」
硬貨を袋にしまい、小さく頭を下げる。
兵も頭を下げて、従業員とともに去っていった。
扉を閉めて平太は再びロナたちと話して時間を潰し、そろそろ夕食でもといった時間になる。
宿で食べるか、外に出るかと話しているとき、扉がノックされる。
「今度は私がでますね」
そう言ってミレアが素早く立ち上がり、扉に向かう。
開けた扉の向こうにはカーレスが立っていた。
平太は思わず、ポインがいないかカーレスの両隣に視線を動かすがポインの姿はなかった。
「明日帰るということで挨拶にきました」
部屋の中に招かれたカーレスは小さく一礼する。
「わざわざありがとうございます。準決勝に進めなかったのは残念でしたね」
今日の準々決勝で十文字槍使いと当たり、カーレスはその相手に負けていた。
ロナから見てもハイレベルな攻防で、制限時間いっぱい使った試合だった。最初は技量を探ることから始まり、すぐに本気で打ち合い、これといった有効打がでずに試合が進み、最後にお互い全力を振り絞っての攻撃で打ち負けて敗退したのだった。
今でも会場の熱気が容易に思い出される。それくらい白熱した試合だった。
「ええ、ですが全力を尽くしての戦いは心躍るものがあり楽しかったですよ。この経験ができただけでも大会に出た価値はあります」
肉体的な成長は起きなかったものの、同じ槍使いとの接戦で技術はさらに先が見えた。その見えたものを実現するため、再び鍛練に励むつもりだ。
「あなたの大会は終わったけど、明日にでも帰るの?」
ミレアの問いにカーレスは首を横に振る。オルオンから蟻退治を頼まれていて、引き受けているのだ。蟻の巣を破壊まで見届けてからイライアに帰るつもりだ。
「蟻の討伐のあと。もうしばらくはこの町に滞在予定」
「そう、気を付けてね。あなたの強さなら大丈夫だと思うけど」
「気は引き締めておく。こんなところで死にたくはないからな」
そうね、とミレアが返す。
ミレアから平太に視線を移し、頭を下げる。
「またいつかお会いできる日を楽しみにしています」
その口調からは再会に確信を持っているように思え、平太は少し不思議に思いつつ頷きを返す。
カーレスは挨拶を終えて、部屋から出て行った。
翌日、平太たちは宿をチェックアウトして町から徒歩で離れ、周囲に誰もいないことを確認してから転移でエラメルトに帰っていった。
祭りは無事に終わり、今後三年間南門町を統治する国も決定した。
観光客が去り、各国から派遣されていた外交官たちも去り、町は穏やかな日常に戻っていく。
一つ発生していた問題、オムバスアントに関しては、オムバスアントクイーンといった予想外の魔物がでてくることなく無事に終わる。
今回もいずこかに逃げたであろう少数のオムバスアントは気になるものの、ハンターたちは自分たちの本拠地に帰っていき、町からは祭りの名残も消えた。
待っていてくださった人がいたということでありがとうございます
次は七日に更新予定です




