27 懐かしき顔
東西の交流点ということで、料理の種類も様々で選ぶだけでも大変だ。あれがよさそうだこれもよさそうだと話していると、ケラーノたちが路地裏から出てきた。
その背中に八才くらいの少女が背負われていて、フィオラたちが心配そうに見ている。
「またあったね。その子、迷子かなにか?」
「いや迷子じゃないんだ」
そう言ってケラーノは少し迷った様子を見せたが、小さく頷き平太たちを見る。
「すまないんだが、こいつをお前さんたちの宿で休ませてやってくれないか。俺たちの寝床だと落ち着かないと思うんだよ」
「親御さんに返すんじゃ駄目なの?」
「親については知らないな」
「……誘拐した?」
声を潜めて聞く平太に、ケラーノは違うと即答する。
「前職から考えて、そういった思いつきになるのも無理はないと思うけどな。鍛練がてら魔物と戦いに外に行ってきたんだ。そしたらこの子が魔物に追われていてな、助けたんだ。魔物を倒して事情を聞こうと思ったら、疲れて寝てたってわけだ。んで医者に診せたら疲労と擦り傷だけだったんで、俺たちのテントで休ませようと思ったってわけだ」
助けたときに当然近くに親がいないか調べている。しかしわりと長い距離を移動したのか、親の姿はどこにもなかった。
そのままにしておけず連れてきたのだ。
「どうする?」
平太はロナとミレアに聞く。平太としては子供を宿に休ませてあげたいが、自分で勝手に決めるのもどうかと思ったのだ。
ロナとミレアは顔を見合わせて頷く。
「大丈夫だってさ。ついてきて」
「助かる」
平太たちは宿に向かい、宿の従業員に理由を話して許可をもらって部屋に入る。
ケラーノたちは思ったよりも良い宿に驚きつつ部屋に入る。
少女をベッドに寝かせ、ミレアたちが頬などについた汚れをふいていく。
手持無沙汰の男二人はソファーに座って話している。
「いい宿止まってんなー」
「ミレアさんのツテで安くなってるらしいよ」
「羨ましい話だ」
「そう何度も泊まることはないだろうけどね。んで、あの子はどうするつもり? 親を探してやんの?」
「そのつもりらしい。フィオラが張り切ってるしな。とりあえずあの子に話を聞いて、どこらへんではぐれたのかわからないと動きようがない」
「親も探してるだろうね」
ちょうど祭りの時期なので、人捜しは苦労するだろう。
苦労を想像し、人手がいるかもと思い提案する。
「少しは手伝おうか?」
「助かるが、いいのか? 大会見物に来てるんだろうに」
「滞在している間、ずっと大会を見ていたいってわけじゃないしね」
そうやって話していると、少女が目を覚まして体を起こす。見覚えのない場所で不安そうな表情を浮かべた。
「ここ、どこ?」
「宿よ。気を失ったあなたを連れてきたの。私たちのことは覚えてる?」
フィオラが少女と視線を合わせて聞く。その声音は不安を解こうと柔らかなものだ。
少女はじっとフィオラを見て、ほかの者たちも見ていった。フィオラたちには反応を見せなかったが、平太たちには不思議そうな表情を浮かべる。
「あの三人は知らない」
「そりゃそうだ。あの場にいなかったからな」
ケラーノがそう言うと少女は納得したように小さく頷く。
「私はフィオラって言うの。あなたのお名前は?」
「ピチ」
「ピチちゃんね。ピチちゃんはどこから来たの? お父さんお母さんはどこらへんにいるかわかるかな」
「山のむら。母さんと父さんもそこにいる」
「じゃあ、そこに送って行くわ。案内できるかな?」
帰れるとわかりピチは笑顔になる。
「ちなみにどうしてあそこにいたの?」
「ひみつの遊び場で遊んでいたら、まものに追いかけられた」
村の外にある小さな泉が遊び場だったのだ。だが村の外は危ないから行っては駄目だと両親から注意されていた。これまでは大丈夫だったので今日も大丈夫と思い、いいつけを破って遊びに行ったところ、魔物と遭遇してしまった。
ケラーノやロナといった村出身の者は、似たような経験をしていて懐かしそうな表情を浮かべている。
住んでいたところが町で、遊び場に困らなかったミレアとフィオラとポインにはよくわからない。危ないから廃屋に入っては駄目だと言われたことが町の子供にとって似たような経験になるのだろうが、三人とも素直にいいつけを守っていたので危ない目にはあっていない。
「親の言うことはきちんと守らないと駄目でしょう。意味もなく駄目だと言っているわけじゃないんだから」
「ごめんなさい」
「謝るのは心配しているお母さんやお父さんにね」
フィオラの言葉に、ピチはこくんと頷いた。
「じゃあ早速山に行こう。早く送ってあげないと、いつまでもご両親が心配するだろうし」
あと四時間もすれば夕方だが、子供の足で移動したのだから村まで時間はかからないだろうと考え、フィオラは出発を提案する。
ケラーノとポインも異論はないようで頷く。
「俺もついて行くよ。グラースの散歩にもなるだろうし」
「武具は持ってきてるのか?」
ケラーノの確認に、平太は剣を見せる。
「剣はある。鎧も必要かな? 出てくる魔物が強いならやめておくけど」
「お前さんの実力がどれくらいなのかわからないからなぁ。今の狩場はどこだ?」
「主な狩場はローガ川。川猿相手に二匹同時までなら無傷で勝てるようになった」
四匹までならば怪我をしつつも勝てるまで強くなっている。それ以上はまだ無理で、たまに挑戦してはグラースに助けられている。
一人でそこまでできるなら十分で、次の狩場に向かっても問題なく、一度だけ湖に行ったことがある。
グラースと協力し、ラフホースとモースバードを一匹ずつ倒して偵察を終えている状態だ。
「猿相手にできるなら大丈夫だろう。ここらの魔物は川と同じくらいだが、猿のように自在に動き回るわけじゃない」
「というわけなんで、帰りが遅くなったらご飯を先に食べていいよ」
そう言われたロナとミレアはできるだけ待っていると返し、出かける平太たちを見送る。
雪の積もる山道をピチが襲われていた場所を目指して歩く。歩くのが困難なほど雪が積もっているわけではないため、ペースはやや遅いといった程度だ。
大人には楽な雪道でも子供にはつらかろうと、ピチはケラーノに背負われている。
この道中で魔物とは一度遭遇した。だが平太たちが戦う前に、グラースが一蹴していた。その強さにケラーノたちも感心するばかりだった。
「ここだな、風景に見覚えがある」
「ここからどう行けばいいのかな? ピチが走ってきた方向に進めばいいの?」
ピチはポインの確認に頷く。
「じゃあ向こうだな」
道なき道を進んだためペースはさらにおちるも、魔物が強くなるようなことはなく、グラースの活躍で問題なく進む。
「なんでこんな山の中に村を作ったんでしょうね」
なんとなく話題としてポインが口に出す。
交易用の道路ならば人の通りがあるため宿や休憩用の茶屋ができるのはわかる。だが今彼らが進んでいる場所は人の通りなどない場所だ。
南門町という大きな町があるので、そこまで距離が離れていないここらならば町に住んだ方が不便もないだろう、そうポインは考えた。
「なにかしらのわけがあるんだろうな。そこらへんなにか聞いているか?」
背中のピチに聞くケラーノ。
「神様とのやくそく」
「約束か。どんな約束なんだ?」
ピチはそれ以上知らないと首を横に振った。十才になったら全部教えてあげると親に言われていたのだ。
「小神様となんらかの約束をかわしたんでしょうね。それをずっと守っているから村で暮らし続けている」
フィオラの推測に、平太たちも頷く。
こういった話はほかの場所でも聞くのだ。小神が好きだった泉を守るため、泉に住み着こうとする危険な魔物を追い払っている村もある。ほかには小神が気に入っていた織物の技術を維持し、発展させている村もある。
村や町を守ってくれる小神への恩返しやかわした約束を守り続けることは珍しいことではない。
その交わした約束などで発達した技術が村や町の収入になることもある。
この収入で村の設備を整え、危険な魔物がやってきたときはハンターを雇える。
小神の死後も守られているとそこに住む者たちは感謝を捧げるのだ。
魔物を警戒しつつしばらく進むと、小さな泉が見えた。
「あ!」
見知った場所が見えて、ピチは嬉しそうな声を出す。
「ここが秘密の遊び場ってやつか。もう村は近いな?」
「うん!」
弾んだ声で返事が上がり、その嬉しそうな様子に平太たちは微笑みが浮かぶ。
あっちというピチの案内で、十分ほどで村についた。
村に近づくにつれて、ピチの名前を呼ぶ声が聞こえてきて、探し回っているのだろうとわかる。
「あ、ピチいたよ!」
二十手前の青年が、背負われているピチを見つけて村人に聞こえるように大声を出す。その声に反応し、村人が集まってくる。
ケラーノはピチを下ろして、青年に事情を話す。
集まってきた村人の中に両親がいたようで、ピチは力いっぱい抱きしめられていた。
青年からピチが魔物に襲われ、山を下りていたことを聞き、人々は無事を喜び、助けてくれたケラーノたちに感謝を告げる。
「ピチが無事だったのはあなたたちのおかげです。ぜひお礼を!」
「いえ、そろそろ山を下りないと日が暮れますし」
そう言ってフィオラが固辞する。
「子供を助けてもらったのです、ここでなんのお礼もなしに帰してしまうことなどできません。帰りは山歩きになれた者に送らせますので、せめて夕食だけでも」
「ええと、どうしましょう」
フィオラは困ったようにポインとケラーノを見る。
「そうしないと気が済まないってなら御馳走になろうじゃないか」
「帰りも送ってもらえるようですし、私もいいと思いますよ」
「わかりました、御馳走になります」
フィオラが頭を下げると、村人たちは嬉しそうに笑みを浮かべた。
平太はケラーノを肩をちょいちょいと突く。
「俺は帰るよ。直接助けたわけじゃないしね。それに待ってる人がいるし」
「ピチが世話になったから食べていっても文句は言われないだろうが、たしかにあの二人が待ってるしな。魔物に気をつけろよ?」
「グラースがいれば大丈夫だと思うよ」
平太がそう返すと、たしかにフィオラとポインが頷いた。
去っていく平太を村人たちは止めようとしたが、ケラーノたちが事情を話して納得してもらう。
帰り道、グラースがなにかを見つけたようで足を止める。
「グラース?」
魔物かとグラースの視線の先を平太は見るが、そのような影もなく、一瞬グラースの勘違いじゃないかと思う。だがこれまでグラースが間違ったことはないのだ。
「なにかいるの? 魔物?」
なにかいるという部分には小さく吠えるが、魔物という部分には反応しない。
「魔物じゃないってことは人間かな?」
肯定の返事が返ってくる。
「ピチを探しに出た村人かもしれないか? そうだとしたら見つかったこと知らせた方がいいよな。うん、グラース案内してくれる?」
こっちだと先導し歩き始めるグラース。
二分歩き、木々や藪の向こうに白色や灰色の服を着た集団が見えた。迷彩を意識した服で、それぞれの手や腰には武器がある。
「村人じゃないな、あれ」
村人もピチを探すため村を出ていた者は武器を持っていたが、雰囲気が違う。あちらは素人感が漂っていたが、こちらはこなれた感じがある。
祭りの最中なので、魔物が町にいかないよう退治している兵やハンターなのだろう、そう推測し平太は山を下りることにした。
その背に集団の一人が気づき、平太を指差しながらなにかしら話す。すぐに意見がまとまったようで、気付いた者ともう一人が小走りに平太が去っていった方向へと向かう。
そろそろ麓につくという頃に、グラースが再び足を止め、唸り出した。
「魔物か」
この反応は魔物に違いないと判断し、平太も剣を抜く。
平太の耳にもなにかが駆けてくる音が聞こえ、すぐに木々の向こうに人間が見えた。
人間ということに平太は戸惑うが、グラースが警戒しているため剣を下ろすことはない。ただこちらに向かってきているだけなら、こうも警戒しないとわかっているのだ。
警戒している理由はすぐにわかった。
向かってきていた男たちが手に持つ武器を振りかぶり、襲いかかってきたのだ。
「なんで襲いかかってくる!?」
怒鳴るように問いかけつつ平太は真上から迫る斧を横に避ける。
完全に敵意を見せている男たちにグラースも敵意を返し、襲いかかった。これで平太の相手は一人になる。
再度振られた斧を下がって避け、また問いかけるが相手はなにも答える気がないようで無言だ。
(このまま避け続けても諦めそうにない。といって戦うってのは気が進まない)
これまで人間との命のやり取りなどやったことなく、攻撃しようという気が起きない。日本で培った倫理観が邪魔して平太は反撃ができないのだ。
そんな平太の事情など知ったことではない相手は次々と攻撃を繰り出してくるが、川猿よりも素直な攻撃なのでわりと簡単に避けることができる。
(腹をくくるしかないか)
言葉による説得は無理。そう判断した平太は剣を握る手に力を込める。
戦うことに覚悟はできたが、殺すことに覚悟はできず、リンガイの技術を再現し、殺さず捕まえることを決めた。情報収集できると自分に言い聞かせて。
雰囲気の変わった平太に疑問を抱きつつも男は斧を振るう。これを平太は完全に見切って、攻撃しやすい位置取りをして、斧を持つ手を剣の腹で打つ。
骨が折れる威力で打たれれば男もさすがに斧を落とし、短い悲鳴を上げて無事な方の手で打たれた手を押さえる。
隙だらけな男に、平太は頭部へと剣の腹を当て、意識を飛ばすことに成功した。
服をはいで手足を縛った平太は、グラースの様子を見る。
避けているときに聞こえてきたのはもう一人の男の悲鳴のみ。グラースが怪我をしていないのはわかっていて、さほど心配はなかった。
「おおう」
平太とは違い、手加減などする気のなかったグラースにより男は死んでいた。血が雪を赤く染めている。
すぐに死んでいる男から視線を外し、グラースを見る。
「どこか怪我はない?」
「ワウ」
襲いかかってきた人間を殺したことを責める気はなく、かといって褒めることもできず、グラースの無事を確認して誤魔化す。
ここで殺したことを褒めるような意識の変化を見せていれば、日本に帰っても馴染めずに居心地が悪くなっていたかもしれない。
「ここから移動しようか、こいつらの仲間がくるかもしれない」
そう言うと平太は気絶している男を担いで歩き出す。
その場に残った死体は血の匂いにつられた魔物が食べ漁ることになった。
十五分ほど歩いて、男の手の拘束を解き、木にもたれかけさせ幹を抱えるように腕を後ろに回し、服で再度縛り付ける。
頬を叩いて、男を起こす。
「うぉお」
うめき声を上げて男が目を覚ました。
「寒っ。どうなってんだ?」
「俺に負けたんだ」
男は顔を上げて、声をかけた平太を見る。
「これを解きやがれ!」
「質問に答えたら考えないでもない。なんで俺を襲ったよ? 俺とあんたらは無関係だろう?」
「答えるわけねえだろうが」
「そう。グラース、冷気頼む」
平太の頼みにグラースは冷気を発し、男に叩き付ける。
服を剥ぎ取られ薄着の男は、それによって体を震わせ、顔色も悪くなる。
「話してくれないなら、もう一度いくけどどうするよ」
「ま、待て! 話すっ。俺たちはこの近くにある村の宝を狙っていたんだっ。夜まで潜んで順調にことを運ぶため、目撃者は殺そうとした。すまねえっお前には関わらないからっこれ以上は止めてくれ!」
平太を殺そうとしたこと以外にも聞き逃せない情報を吐き、表情が険しくなる。
「村? この辺の村といえばあそこしかないか?」
男を連れて確認に戻る必要を感じ、もう一度男を気絶させて急いで来た道を戻る。
村まで戻り、見かけた村人に村長やケラーノがどこにいるのか尋ねる。
息を乱した平太を不思議そうに見ながらも、質問に答えてくれた村人に礼を言って、教えてもらった場所に向かう。
村長の家の扉をノックすると、五十才手前の男が出てきた。
「こちらが村長さんのお宅と聞いてきたのですが」
「村長は私ですが、あなたは先に帰った人ですよね?」
「はい。帰り道で賊に襲われまして、そいつが聞き捨てならないことを言っていたので、急ぎ戻ってきたのです」
「賊ですか?」
嫌な予感がしながら村長は聞き返す。
「この担いでる男がそうです。こいつが言うには、村の宝を狙っているんだとか。夜まで潜んで動き出すとも。この村に宝と呼べるものはあるんですか? それとも別の村がどこかにあるんですか?」
「宝と言えるものはありますが、いやでも」
平太の言葉を信じていいのか、平太がその賊の仲間で宝の確認や村の様子を探るためここに来たのではないかと疑いを持つ。
少し言いよどんだが、正直に胸の内を吐き出すことにする。
「正直、あなたがそいつらの仲間じゃないかと疑ってもいるんですが」
「俺が? そうじゃないと断言できますけど、証明はできませんね。まあ、疑わしいなら男だけ置いて帰りますが」
焦って無実を強調する様子のない平太に、村長は嘘を感じず疑いを減らす。
「いえ、すみません。村の危機を伝えに来てもらった人を追い帰すような真似をしてしまい。どうぞ中へ、詳しい話を聞かせてください」
「詳しい話と言っても今言ったこと以外に知りませんよ? あとは賊がどこらへんにいるかくらいです」
「情報が少なくとも、なにもわからないよりましですから」
リビングに案内され、そこでくつろいでいたケラーノたちに少し驚いたような目で見られる。
「戻ってきたのですか?」
キョトンとした顔でポインが言う。
「こちらの方は賊と鉢合わせになったようでして」
「賊だと? どういうことか説明を頼む」
ケラーノたちは表情を引き締めて説明を求める。平太は村長にした話をもう一度する。
「宝というと先ほど聞いたもののことでしょうね」
フィオラは宝と聞いて、すぐに思いつくものがあったのだろう、村長に視線を向ける。村長も頷く。
「ここら一帯で宝といえばあれしかありません。ですがどこから話が漏れたのか……いや、この村から出て行った者もいるからその者から聞いたのか」
「賊が狙う宝はこの村にあるんですか?」
平太の疑問に村長は頷く。
「この村の歴史は古いのですよ。この国の歴史よりも。それはとある役割を負っているからなのです。この村は千年以上前に小神様がいました。カグリャキャ様という方なのですが、たいそうこの村を気に入ってくださったようでして、カグリャキャ様の死後もこの村を守りたいと力の結晶を残しました。その結晶は小神様が滞在するほどの効果はありませんが、私たちがこの村を大事にするかぎり、魔物を近づけさせないだけではなく、周辺の雪の降る量を減らしてくれているのです」
ここら一帯の雪が少ないおかげで、山越えの道路を冬の間も使うことができる。そのため南門町から村が潰れないよう援助が出ている。
北門町ではこういった結晶はないため、定期的に道路の除雪作業が行われ、冬の間の行き来が滞ることがある。
「この村を大事にってことは、村から持ち出すと宝としての意味はなくなるんですか?」
「ええ、試したことはありませんがおそらく。結晶のことを話した者は大きな宝石といったふうに説明したのでしょうね」
困ったものだと溜息を吐く村長。
「どこに何人いたんだ?」
ケラーノの問いかけに、見たかぎりだとと前置きして平太は答える。
「七人。行きに通った道から少しそれた開けた場所で、白っぽい服装を着ていたよ。詳しいことはそっちの男を起こして聞いてみた方がいい」
「そうするか」
ケラーノは気絶している男を起こす。
「……ここは暖かいな」
「お前さんにゃ聞きたいことがいくつかある。この村の宝を狙うっていう意味のないことをやろうとしているのは聞いた。仲間は何人いるんだ?」
黙ろうとした男は、平太とグラースの姿を見て口を開く。外に出されて、また寒い思いをさせられるのは勘弁だったのだ。
「今この山にいるのは十人くらいだ。夜までにだいたい二十人になる予定だ」
「なんでこの時期に村を狙う? 祭りで警備が厳重だろうに」
「この時期だからだ。警備はたしかに多いいが、その目は南門町と山越えの道路に集中している。少し外れたところなら逆に少ないほどだ。この時期にここらで馬鹿をやる奴は少ないだろうって思い込みがある」
ケラーノたちは男の言葉に内心同意した。祭りの時期に犯罪を起こす奴などいないと当たり前のように思っていたのだ。
その計画はグラースがいなければ成功したのだろう。平太だけならば、賊に気づかず山を下りていたはずだ。
「俺からも聞きたいことがある」
「それが許される立場とでも? まあいい、言ってみろ」
「宝を盗むのが意味のないことだと言ってたな? どういうことなんだ」
「お前らが盗もうと思ってる宝は、ただの宝石じゃない。この村にあって意味があるもので、遠くへ運んだら砕け散る可能性もある」
「そんな話聞いてないぞ!?」
聞いた話が本当ならば賊がここに来たのは無駄足なのだ。
警備の隙を突くという形で行われる強盗ではあるが、危ない橋を渡るのにかわりはない。
準備にだってそこそこのお金を使っているのだ。それが無駄になるかもと知らされて驚かないはずがない。
「中途半端な情報で動くから、こんなことになる」
「ああ、くそっ」
がくりと肩を落とす。
男をしっかりと縛って客室に放り込むと、これからの対応を話し合う。
「待ち受けるか、強襲するか。どちらかだと思う。村長、この村で戦える者はいるのだろうか?」
ケラーノの疑問に村長は頷く。
「狩りや採取で魔物と遭遇することはああります。だから戦える者はいるが、鍛えている者はいません。ここらの魔物と戦えるだけの力で十分なので」
「駆け出しハンターよりは強いということか。強襲する場合は連れて行かない方がいいか? ヘイタに聞きたいが、お前が戦った男の実力はどうだった?」
「ローガ川で戦えるだけの実力はあったと思うよ」
少なくともエラメルト周辺では負けなしだ。能力がわからないので断言できないが、ガイナー湖では苦戦するだろうと思えた。
「賊たちがあれと同じ実力なら村人でも大丈夫と。念をいれて、あれが賊の中でも下の方と考えておいて、村人を連れての強襲は止めておいた方がいいと思いますね」
フィオラの意見に同意だとポインは頷く。
「とりあえず援軍を呼んだ方がよくない?」
平太の提案にケラーノはどうだろうと首を傾げる。
「町まで行って帰ってくるまでの間に、日は暮れるだろうし、賊が動く可能性もある。間に合うか?」
「間に合わなかったら村で耐えている間に援軍が到着して、賊の背後から奇襲って形になるかも」
「そうなったら理想的ではあるんだけどな。援軍を呼ぶにしても、誰が行くんだ? 賊と遭遇して逃げ切れる奴じゃないと駄目だろうし」
「それはうちのグラースに任せて。村長さんの手紙を持たせて俺の仲間に知らせる。その仲間から町の兵に手紙を渡せば大丈夫」
グラースならば移動速度は平太たちよりも速く、魔物が移動しているだけと思われ邪魔されないだろう。
「きちんと渡せるのでしょうか?」
ポインが心配そうに言う。
「うちの子は賢いから大丈夫!」
「聞いた話が本当なら、手紙を運ぶくらいできそうだな。やってみるだけやってみよう。基本は自分たちでどうにかする。援軍頼りに計画を立てない、こんなところかね。村長、兵士に渡す手紙を書いてもらっていいか」
「わかりました、すぐに準備します」
村長は紙とペンを取りにリビングから出ていく。
「さて話は戻るが、俺たちは待ち受けるか強襲するか」
「私はさっさと片づけてしまいたい。だから強襲を推すわ」
「それは不安がある。雪上での戦闘はまだ慣れてない部分があるし、数も向こうの方が上。罠とかはって待ち受ける方がいいと私は思う」
フィオラが前者でポインが後者だ。
二人はケラーノと平太に意見を求めるように視線を向ける。
「相手の実力が未知数だから人数が多いところに突っ込むってのは避けたいな」
「ケラーノさんの意見に賛成」
「では強襲はなしと」
意見を受け入れられないことで残念そうではあるものの、不満はないようでフィオラは素直に頷き続ける。
「待ち受けるということで、がちがちに防御を固めます? それとも普段通りに過ごして油断を誘います?」
「それぞれの利点と欠点をあげてみようか」
ケラーノの提案に、皆頷いて意見を出していく。
防御を固めた場合は、見張りをおいて、かがり火や衝立などを立てて賊が現れてもすぐに対応できる。欠点は賊側の斥候にこちらが賊に気づいていると気付かれること。
油断を誘った場合は、村に近づいた賊に奇襲ができる。欠点は村に近づけさせるのだから村を荒らされる可能性が高いこと。
話し合いの結果、防御を固めることになった。油断を誘っていると賊にばれたときの被害が大きくなると思えたからだ。
話し合いの間に手紙を書き終えた村長が戻ってきて、村の動きを追加で書いて平太に渡す。平太は風呂敷を借りて手紙を入れてケラーノの首に巻く。
「じゃあ頼んだ」
「ガウ!」
返事をしたグラースが村の外へと一直線に駆けて行った。
「速いな、あれなら一時間とかからずに町につきそうだ」
グラースを見送っている間に、村長は村人を集めて自分たちが置かれている状況を話す。
賊に狙われているということに動揺を見せたものの、逃げ出そうとする者はいなかった。生まれ育った村を守りたい、小神様が愛した村を守りたい、そんな思いがあふれていた。
村長はそんな村人を嬉しそうに見ながら、無茶はしないように言い含め、防御を固めるように指示を出す。
いっきに慌ただしくなった村で、平太も作業を手伝っていく。
宴用に準備していた夕食は防戦前の腹ごしらえ用として振る舞われる。
時間は流れて、夕日が村を紅く染め、じきに日が落ちて黒く塗りつぶされていく。
村のあちこちで魔術の明かりが灯り、かがり火がたかれ、屋根には目の良い者が見張りとして上がっている。
この様子を賊たちは見ていた。平太を殺しに向かわせた者が帰ってこず、血の跡を見つけたときから警戒度を上げていたのだ。
賊たちの間で、話し合いが行われる。このまま行くか、一度退くか。
行こうと主張する側はたかだか小村の防御に怖いものなどないと言い、退くと主張する側は村人たちの中に防戦に有利な能力持ちがいるかもしれないというものだ。
賊側も村に関しての情報が足らない状況で、どう動くべきか悩でいる状態だ。
できるならば自分たちの被害が少ない状態で、強盗を成功させたい。
日が暮れて少し時間が流れても話し合いは続けられ、攻めることになった。たかが小村と考える者が多く、流される形になったのだ。
暗い雪道を松明を持って移動する。賊の接近をばらすことになるが、山の夜道を明かりなしで進める気がしなかったのだ。
賊の総数は二十人。その実力はばらばらで、駆け出しハンターと同程度の者もいれば、バラフェルト森林にかろうじて行ける者もいる。賊が強気に行こうと主張していたのには、こういった実力者の存在もあったのだ。
彼らは村の宝を奪うついでに、村人からの略奪も考え、いくら稼げるか楽しみにしつつ歩を進める。




