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26 戦争祭へ

 季節は流れて、赤に染まっていた山から色が抜ける。その山を雪が白く染めた。あと十五日もすれば新年を迎える。

 エラメルトの町にも雪は降り、町や周辺を白く染める。といっても大雪は降らず、毎日雪かきをするほどでもない。

 でてくる魔物も種類がいくらか変わり、大フクロウや雪玉といった魔物が出てきて、シューラビの姿が減る。


 大フクロウは通常のフクロウよりも凶暴で体が大きい。雪玉は雪をまとったネズミの魔物だ。この二種類はセットで動くことが多い。

 雪玉は雪に潜み、獲物が近づくと複数で体当たりをしかけ、視界を阻害して、その隙に大フクロウが仕留める。そして獲物を一緒に食べるのだ。

 ハンターにとっては、見つけづらくたいして金にならない雪玉はうまみのない魔物だ。

 平太にとっては気配を感じるという鍛練にちょうどいい相手で、グラースを伴い頻繁に狩りに出ていた。


 今も雪の平原で青銅剣を片手に周囲を見渡している。その首にはロナがくれたマフラーがあり、鎧の下にはパーシェがくれたセーターを着ている。


「そこ!」


 雪が崩れる小さな音を聞き、平太は飛びかかってきた雪玉を剣で打ち返す。

 雪玉は悲鳴を上げて空中を飛び、雪の上に落ちる。雪が血で染まった。奇襲と小ささがやっかいなだけで、頑丈さはシューラビ以下なのだ。

 動かなくなった雪玉をグラースがおやつ代わりに食べる。


「採取は終わったし、雪玉相手の鍛練も十分。今日はここまでにして帰ろうか」


 食べ終わって顔を見上げているグラースにそう言い、平太は歩き始める。

 秋から冬にかけては特にハプニングと呼べるものもなく、たまにローガ川に行って魔物との戦闘経験を深めていた。おかげで雪玉の奇襲にも無様な様は見せずに対応できている。

 肉買い取り所に、雪の下にあった薬草を渡し、報酬をもらい家に帰る。

 帰る途中で、子供たちが雪で遊んでいるところと出くわす。吠えたり噛んだりしないグラースは子供たちに人気があり、今も触れようと集まってきた。

 少しばかりそこに立ち止まり、グラースが解放されるのを待つ。

 十分ほど子供たちの相手をしたグラースは小さく吠えて、子供たちから離れる。


「もういいのか?」

「ワウ」


 肯定の返答に平太は歩き出す。背後から子供たちがグラースに向けた「またね」という言葉が聞こえてきた。

 家に入る前に、グラースの体をふいて玄関を開けると、魔術具で温度を調整された温かな空気が平太に触れる。


「ふー」


 強張っていた体から力を抜いて、マフラーを外し自室に戻る。グラースは一足先にリビングに向かう。

 武具を置いた平太もリビングに入り、ミレアが用意してくれたお湯のマグカップを両手で持って温まる。


「そろそろ南門町に出発ですね。準備はできていますか?」


 グラース用に温めたミルクを持ってきたミレアが聞く。

 大陸を縦断している山脈の南部にある交易路にできた町を南門町と呼んでいる。北部にある町は北門町だ。


「準備っていっても参加するわけでもなし。着替えとかだからすぐにできるよ」

「忘れ物はしないように気をつけてくださいね」

「忘れて大変なものは財布くらい? あとはグラースが野生の魔物じゃないって示す首輪も大事だね」


 エラメルトでは平太の仲間だと知られていて攻撃されることはないが、知らない町でそういったものなしで歩かせるのは問題あるとエラメーラから言われて肉の買い取り所で専用の首輪をもらっていた。


「宿はとれたから野宿の準備はしないでいいんだよね」


 宿賃や移動費用は手配するというミレアに渡してある。


「はい、きちんと取れましたよ。人が集まっているので三人それぞれに個室というわけにはいきませんでしたが」

「まあ、人が多いらしいし仕方ないよね」


 ミレアやロナとは既に同じ屋根の下で暮らしているため、同じ部屋といっても慌てることはない。これがパーシェならば緊張の一つもしただろう。


 そして出発の当日。出発の準備は特に問題なくすんでおり、南門町行きのバスが町の入口で待機している。

 ミレアは臨時で雇った使用人に仕事の引継ぎを行っていて、平太とロナとグラースは荷物を持ってリビングで待っている。

 ロナは以前の知り合いに見つかる可能性もあるため、変装している。髪は後頭部でまとめてニット帽で隠し、服装も男のもので、胸もさらしでおさえている。遠目には中世的な男に見えるだろう。

 せっかくの胸が減って見えることに平太は残念に感じたが、見つからないためという事情もわかるので心の中で残念がるだけだ。

「話も終わりましたから出発しましょうか」

 声をかけてきたミレアに頷きを返し、平太たちは荷物を持って家を出る。

 町の外で待機しているバスは二台あり、いつもローガ川に向かうときに乗るバスとそれよりもどことなく高級感を受けるバスだ。


「よさげなバスが停まってるね」

「私たちが乗るバスですよ」

「あれに乗るの? 大丈夫?」


 戸惑いを感じつつ手配したミレアに聞く平太。


「奮発しましたが大丈夫です。割引券を持ってますから。それでも値段はいつも使っているバスより上なんですが、帰りはヘイタさんの能力で帰ることができるというので帰りの分もつぎこめましたよ。ローガ川に行って帰るより少し高いといった感じです」


 そう言ってバスの入口に立っている乗務員に近づいていく。

 二言三言、言葉をかわし、ミレアは平太たちに手招きする。


「乗りましょう」


 バスの中は、以前乗ったものより客席が少なく、ゆったりと過ごせるように作られている。椅子の作りもしっかりとしており、座り心地を考えられたものになっている。

 三人いる先客も寛いだ様子で座っていた。

 ミレアが予約した席は六人分で、三人一列の席にグラースが横たわれるようになっている。

 グラースが早速座り、その前の席に平太たちも座る。

 この町での乗客は平太たちだけらしく、すぐに乗務員が入ってきて、出発を告げる。

 バスがゆっくりと動き出し、小さな振動を乗客は感じる。

 バスは南門町へ乗客を拾いながら進む。外は雪がちらつき寒かったが、車内は暖房用の魔術具がしっかりと温めていて、コートといった上着を脱いでいても大丈夫だった。

 そうして出発して二日目の夜、バスは南門町に到着する。


 南門町の特徴は二つある。山へ向かって続く大きな道路と戦争祭用に作られたコロシアムだ。

 道は馬車やバスが通りやすいように毎年整備されており、山を削られて緩い上り坂と下り坂が作られている。

 町の規模としては平太たちが着いた側の方が大きいが、道の向こうにも町はある。これはかつての争いで、町の壊れ方がましだった方がそのまま発展していったためだ。

 コロシアムは日本の東京ドームほど大きなものはない。一万人が入るものが一つ、五千人のものが二つだ。歴史は古いが、こちらも補修を毎年行っているためどこかが壊れているといったことはない。

 これらは北門町でも似たようなものだ。


 町の外では宿をとらない者やとれなかった者のテントがいくつも並び、暖を取るためのたき火があちこちに見える。

 寒さにふるえる人たち相手に、スープを中心とした屋台も多く並ぶ。どの屋台も客が並び、湯気の上がる深皿を嬉しそうに受け取り、繁盛しているようだ。

 そういった光景を横目に、二人と一匹はミレアの先導で町を進む。

 普段はあまり姿を見ない獣人や色人の姿もちらほらと見えて、注目度の高い祭りなのだとわかる。

 人間同士の戦争に呆れて大陸を出ていったその二種族も、スポーツ面の強いこの催しには関心があるのだろう。

 三人は賑やかな町を歩いて、目的地の宿についた。そこは四階建ての建物で、周辺の建物より頭一つ分大きかった。

 ミレアがカウンターにいる受付に話しかけて、受付は確認を取ると案内を呼ぶ。


「ミレア・キュール御一行様ですね、こちらへどうぞ」


 スーツを着こなした男が一礼し、ゆっくり歩き出す。

 その後ろを三人と一匹はついていき、三階の大部屋前で鍵を受け取る。

 平太たちが部屋に入るのを確認して、案内をした従業員は去っていく。

 部屋の中を見渡して、平太は思ったことをミレアに聞く。


「宿の外見を見たときから思ってたんだけどさ、ここっていい宿だよね? バスもいいものだったしお金大丈夫?」

「大丈夫ですよ。実家の方のツテで割引されてます。ちょっといい宿と同じくらいの値段ですよ」


 こういった宿に使えるツテを持つ実家とはどのようなものなのか、疑問を平太とロナは抱く。


「実家は貴族?」


 ロナの問いかけにミレアは少し考える様子を見せた。


「本家は貴族ですね。私の家は昔から本家に仕える分家で、貴族の地位は持っていませんよ。貴族に近しい立場ということで少しは権力を持っていますが」

「いいとこのお嬢さんがよその町のしがない魔法研究家の使用人として働いてていいの?」

「ご主人はあれですが、すごい人なのですよ? ちょうど実家で手が空いていたからこっちに来たという理由もありますね」


 手が空いていた者はほかにもいて、その中からエラメルト行きを勝ち取ったときは人生で上位にくるほどミレアは嬉しがった。

 普段家事をしているときはそのような言動や雰囲気はおくびにも出さない。そういった感情を漏らしたのは、初めて平太と会ったときくらいだろう。


「私のことはこれくらいにしまして、予定を決めましょうか。今日はもうこのまま宿で休むということでいいと思いますが、明日からはどこから見ますか? もう予選は始まっていて、明日は中距離武器大会、ダンスコンテスト、乗馬大会の三つが予選を行うそうですよ」

「乗馬コンテストはどういったことを行うんです? ただ走らせるだけなのか、障害物競争なのか」


 武器大会とダンスコンテストは想像できたが、乗馬の方はどういった感じになるのかわからず聞いた。

 それにミレアが答えるより先にロナが答える。


「障害物だと聞いたことがある。コロシアムを使わず、町の外にコースを作って走らせるらしい」

「生垣やハードルを越えたり、沼や砂地を走らせたり、坂を走らせるといったものですね。純粋に走らせることを目的としていて、ほかの馬を故意に邪魔すると失格になります」


 競馬の障害競争と同じだなと平太は頷く。


「大会に出てくるのは動物の馬だけ? 魔物の馬とか騎乗可能な魔物とか出てくる?」

「動物の馬だけですね。昔は魔物も出場していたらしいですが、それだと種族差で勝負にならないと判断され、動物の馬に限定されました」


 ここではやっていないが騎乗できる魔物でレースを行っているところもある。

 ミレアの話に平太が頷いていると、扉がノックされる。

 ミレアが扉を開き、二十半ばの男が入ってくる。くせのある明るい茶髪を肩まで伸ばした男で、立ち振る舞いにハンターのような戦いに関係したものを感じさせる。

 男は真っ直ぐ平太を見ていて、その目には敬意の光が宿っていた。

 その感情が敬意とは平太は気づいていないが、熱心に見られていることに内心首を傾げる。

 この男を平太は一度見たことがある。けれど間近で見たわけではなく、話したこともないので顔を忘れていた。


「ミレアさん、その人は?」

「私の従兄で名前はカーレス。バスやこの宿の予約をやってくれた人です」

「カーレスです。よろしくお願いします。到着したと従業員から知らせがきましたので、一度ご挨拶にと訪ねさせていただきました」


 頭を下げるカーレスに、平太とロナも自己紹介して一礼する。


「バスも宿も予約してもらって助かりました」


 礼を言う平太に、カーレスは礼には及ばないと首を横に振る。


「私も大会に参加するので、そのついでに動いただけ。だからお気になさらず」

「参加するんですか。どの競技に?」


 応援してみるのもいいかなと考えて尋ねる。


「明日の中距離武器大会ですね。槍を使うのです」

「槍ですか……ふと疑問に思ったんですけど、中距離武器大会で能力によって遠距離攻撃をしかけたら失格になるんですかね?」

「なりますね。距離をわけてある大会なのに、それを無視するのは駄目だとルールで決まっています。だからそういった能力持ちに配慮して、距離に適応した能力持ちも能力を使わず己の技量のみで戦おうと心掛けています」


 距離の適応した能力は使用しても失格にはならないのだ。しかしあまり褒められた行為ではないと考えられる。

 細かいことを気にせず戦いたいという者は、距離に関係なく、能力も使いたい放題の大会があるので、そちらに好んで出場する。

 戦争祭では行われない無差別の大会も世界に知られたものはあり、質でいえばそちらの方が高い。政治が関わる戦争祭よりも、純粋に強さを求めた者が集まるのだ。


「そうなんですね」


 漫画やアニメに出てくる能力ありの武闘大会のように派手なことにはなりそうにないなと頷く。


「試合頑張ってください」

「ええ。ではあまり長居するのもどうかと思いますので、ここらで退室させていただきます」


 カーレスはそう言って、頭を下げて部屋から出て行った。


「真面目そうな人だったね」

「でもあの人強いよ」


 立ち振る舞いからおおまかに強さを判断したロナが言う。


「エラメルト神殿の隊長と同じかそれ以上」

「そんなに強いのか」


 小さい頃からカーレスを見知っているミレアが頷き肯定する。


「カーレスは小さい頃から槍を振るってましたし、筋もいいとほめられていましたよ。努力も怠っていないでしょうから、強さはそこらへんのハンターには負けないでしょう」

「じゃあ大会ではいいところまでいきそうかな」

「ほかにも強い人が集まっていると思いますから、そこはなんとも言えませんね」


 優勝を目指すならば、エラメルト近辺の難所であるバラフェルト山に余裕をもって行って帰れるだけの実力がほしいところだ。

 バラフェルト山の麓にまでたどりつけていない平太が参加すれば本選にも残れないだろう。

 こういったことを話しているとグラースが腹減ったとアピールし、遅い夕食を取ることにして部屋を出ていく。


 翌朝、朝食前に平太はグラースを連れて散歩に出かける。

 バスの中でじっとしていたため、思いっきり体を動かさせてあげたくて、町の外に連れ出す。

 時間にして午前七時前の町中を歩き、町の外に出る。テントで寝ていた者たちも起き出していて、そういった者たち相手に屋台の主たちも料理を作っている。

 それぞれ動いている人たちを見ながら歩いていると、声をかけられる。


「ちょっとそこの狼と一緒にいるやつ」


 自分のことだろうかと平太は止まって周囲を見る。するとここだと示すように片手を上げている男がいた。


「やっぱりそうだ。久しぶりだな」


 誰だかわからず首を傾げた平太に、男は苦笑を浮かべた。


「忘れたか? シューラビの狩り方を教えたろ」

「あ、たしかケラーノさん」

「おう。こんなところで会うとは思わなかったな。大会に参加するのか?」

「俺にはまだ無理です。見物目的で来たんですよ。グラース、俺ここで話してるから走ってきていいよ」

「ウォフ」


 返事をしたグラースは駆けだしていった。


「あいつ戻ってこれるのか?」

「うちの子は頭いいからね」


 川猿一匹探していたときに、三匹を見つけやったことを話す。


「すげえな」


 ケラーノは感心した表情でグラースが去っていった方角を見る。そのケラーノに大会参加の有無を聞く。


「そっちは参加するの?」

「俺はまだ早いと思うんだが、うちのお嬢さんが乗り気でなぁ」

「お嬢さん……仲間?」

「ああ、こっちの事情知らないんだよな。俺もこうなるとは思ってもいなかったんだが、俺と俺の仲間が追っていた女二人いたろ」

「……白髪と黒髪の人たち?」


 記憶を掘り起こし、優雅な誘い方という黒歴史を思い出しつつ確かめる。

 微妙な表情になった平太の内心を推測し、原因に当たりをつけて表情に納得する。


「そうそう。白髪の方がフィオラ、黒髪の方がポインだ」

「追いかけて逃げられていたはずでしょうに。なんで一緒に?」

「やっぱそう思うよな。当然の疑問だ。俺はお前さんと別れたあとしばらくお嬢さんたちを探してたんだが、馬鹿らしく思えてな。借金もないことだし、別の土地で心機一転やりなおしてみるかってエラメルトを離れたんだ」


 仲間二人には一緒に行かないかと話したが、現状に満足していた二人は断り、ケラーノ一人でさっさと逃げ出したのだ。

 その足でローガ川と同じ程度の魔物がいる小さな町に向かい、魔物を狩ってお金を貯めようと思っていた。


「向かった先で、逃げた女たちに会ってな。最初は追いかけてきたと勘違いされたが、どうにか話を聞いてもらい誤解は解いてその場はわかれたんだ」

「そのまま一緒に行動したと思ったら違うんだ」

「まあ、事情は話したと言ってもやっぱり少しの疑いは持ってたろうしな。一緒には行動できないと思ったんだろう」

「ああ、たしかに」


 その後は数日、予定どおりにケラーノ一人で魔物を倒していた。

 そしてその町の近くに、周辺の魔物より強い魔物の番が現れたのだ。

 すぐにハンターによる討伐隊が組まれ、その中にケラーノたちもいた。

 魔物が討伐隊の手に負えなければ、調査へと目的を変更することにして出発し、ゴリラを五メートルほどに巨大化させた魔物を発見した。

 力は強いが、特殊な攻撃はしない魔物だと討伐隊の一人が知っていたので、皆で囲み遠距離からの攻撃で対処することになる。

 その攻撃を嫌がった魔物はハンターたちに突進し、そのとき近くにいたフィオラとポインをケラーノが守った。

 魔物退治は怪我人こそ出したものの、死者ゼロで無事成功に終わる。

 ケラーノはまた金稼ぎの日々に戻ると思っていたが、その周囲にフィオラたちの姿が見え隠れするようになる。守られたことで、ケラーノについて疑問を持ち、調べてみることにしたのだ。

 結果、ハンターとして普通のことしかやっておらず、どこかに連絡を取っている様子もないとわかる。

 そこでフィオラたちは、ケラーノを護衛として引き込むことにして、話をもちかけた。ここまでは二人でも大丈夫だったが、この先は人数を増やした方がいいかもと考えていたのだ。

 追いかけたことの迷惑料がわりと言われると、ケラーノとしても断りにくく引き受けたのだ。

 そうして三人は狩場をかえながら移動し、南門町までやってきたのだ。


「と、まあこんな感じでここにいるんだ」

「まともなハンター生活ができてそうでなにより。今度は失敗しないようにね」

「俺じゃなくてフィオラが無茶しそうなんだよな。無論きちんと止めるが」


 また借金生活など御免なのだ。


「話は戻るけど、大会に出てる?」

「ああ、チームバトルにな。昨日戦って勝ち残ったが、これ以上は厳しいだろうな」


 ケラーノたちも駆け出しとはいえないが、周囲も同じなのだ。余計な怪我をする前に棄権するのも勇気の一つだろう。


「おはよう、ケラーノ」

「おはようございます、ケラーノさん」


 別のテントで寝ていたフィオラたちが起き出してきて、近づいてくる。それにおはようと返すケラーノ。

 近づいてきたフィオラが視線で平太のことを問う。


「俺が追いかけていたときに、お前たちが引き込もうとした奴だよ」

「……ああ、あのときの」


 思い出したと二人は頷く。


「あなたも参加のためこちらに?」

「見物だそうだ。さすがにハンターになって半年じゃ参加はしない」

「私が参加を決めたことがおかしいといわんばかりですね」


 軽くケラーノを睨むフィオラ。それにケラーノは肩をすくめる。そのやりとりに険悪なものは皆無で、それなりの信頼関係が見て取れた。

 そのまま雑談をしていると、グラースが戻ってきて平太は宿に戻ることにする。


「知人が待ってるから宿に戻るとするよ」


 平太がそう言うと三人は羨ましそうな表情を見せる。三人がこの町に来たときには高い宿以外はほぼ満室だったのだ。残っていた宿は不衛生なところで、そこに泊まるくらいならテントの方がましということで、テントを借りたのだった。


「よく宿とれたな」

「見物自体は何ヶ月も前から決めてたから、知人が予約をしてくれたんだよ」

「やっぱり事前に予約しないと宿は無理だったんですね」


 ポインが溜息を吐く。


「じゃあ、縁があればまたどこかで」


 片手を上げて去っていく平太に、三人も手を振り返して朝食のため屋台に向かっていった。


 朝食を終えた平太たちは、出かける準備をしながら今日の予定を話す。

 カーレスが出るという中距離武器大会のコロシアムに行ってカーレスを応援したあと、町の散策をしてみようということになる。

 三人と同じように、ほかの人たちも町の外にあるコロシアムに向かう。その流れにそって歩き、到着したコロシアムではグラースの入場は認められなかった。だが平太のように魔物を連れた者のこと考え、魔物待機場が作られており、グラースにはそこで待ってもらう。

 コロシアムに入ると、席は八割以上埋まっていた。特に前の方は満席で、平太たちは後方の空いている席に座る。

 舞台上には今日使われる武器の見本が並べられている。槍、棍、鞭、斧といったよく知られたもののほかに、三節棍や流星錘といった珍しいものある。

 コロシアムがほぼ満席になり、銅鑼が鳴る。

 マイクのような魔術具を使って大会開始を知らせるアナウンスが流れ、歓声が上がる。


『ご存知の方もいられるとは思いますが、大会の流れを説明いたします。本日は一試合に六人が戦うバトルロワイヤルとなっております。勝ち残った一名が次の試合に挑むことができます。一試合二十分で、五分の休憩をはさみながら試合を消化していくことになります。説明は以上です。では第一試合の選手入場!』


 アナウンスに会わせて六人の選手が舞台に上がる。

 それぞれが持つ武器は槍やポールアックスといったサンプルとして紹介されていたものだ。その中に一人だけ鎖鎌を持った者がいる。

 鎖鎌でどう戦うか、予想する声があちこちから聞こえてくる。

 そういった話し声の中、選手たちはそれぞれ距離をとって、対戦相手の力量を見極めようと視線を動かす。

 そして試合開始を告げる銅鑼が鳴り、選手を応援する観客の声がコロシアムに響く。

 試合は時間一杯使うものもあれば、十分かからず終わるものもあった。


「いい動きする人ばっかりだね」


 平太から見て自分より実力が下と言える者も稀にいたが、多くはしっかりと実力を持った者ばかりだ。


「ん、さすが大会に参加するだけのことはある。」

「注目選手はいました?」


 ミレアの問いかけにロナはこれまでの試合を思い出し、首を横に振る。


「突出した人はいなかった、はず。実力を隠してた人もいるかもしれない。あと能力を使って戦ったらまた別の結果になっていたはず」

「そういった意味だと全力を出せなかった人は多かったのでしょうね」


 使い慣れた能力を使えないということはハンデになっているはずだ。それを承知したうえでの参戦であるため、文句をつける者はいないのだが。


「では武器の扱いが上手かった人はどうでしょう?」

「そういった人なら何人か、意外に上手いと思ったのは鎖鎌の人」


 第一試合で出てきた選手のことだ。彼は二人を倒したが、最後までは残れず敗退した。奇をてらっただけではない、たしかな武器の扱いが見て取れ、見物していたハンターたちからは感心の視線が注がれたのだ。


「あの人そんなにすごいことやってたんだ」


 平太は全体の動きを見るので精一杯で、選手個人の動きに注目できていなかった。ミレアも同じだった。


「なんで鎖鎌を武器に選んだんだろうね。買い換えがそう簡単にできなさそうだ」

「なにかしらの理由があるんだと思う。親か師匠が使っていたからとか、性に合ったとか。買い換えは鍛冶屋に頼むしかない」


 武具店も売れ筋ではない鎖鎌を種類豊富には置かないだろう。なので武器を新調するとしたら運良く在庫があることを期待するか、特注で頼むしかない。

 話しているうちに次の試合が始まり、選手の中にカーレスの姿があった。緊張した様子はなく、周りの選手たちを観察している。


「あ、カーレスさんの出番だね。勝ち残るかな」

「声が届くことはないでしょうけど、しっかり応援はしませんとね」


 ミレアは手を振ってがんばれを声を出す。それに付き合って平太とロナも声援を送る。

 当然カーレスが気づいた様子はない。

 銅鑼が鳴り、試合が始まる。

 選手たちは待つ者とすぐに動く者にわかれ、カーレスはすぐに動く方だった。

 近くにいた斧使いの手にカバーをつけた槍の穂先を叩きつけ、斧を手放させ、穂先を喉に突きつける。

 斧使いは降参とポーズで示し、斧を拾って舞台から出る。


「さっそく一人倒したよ、早いね」


 感心する平太と同じように、観客たちも驚きの声を上げる。

 その声を背にカーレスは次の相手を探す。

 今戦っている者は二人、残り二人は互いの動きを探っている状態だ。その二人はカーレスが自分たちよりも上と見て、一時的に協力することにして、カーレスに向かう。

 向かってくる二人に対し、カーレスは慌てることなく槍を構えて迎え撃つ。

 穂先と石突を上手く使って、二人を同時に相手して苦戦する様子はなく、華麗な槍捌きに客は沸く。


「強い。あれでもまだ余裕がある」

「このままいけばカーレスさんの勝ちってこと?」

「ん。あの二人があまり連携できてないないということもあるけど、しっかり二人の位置を確認して動いているカーレスには余裕がある」


 組んでいる二人はカーレスを倒せないことに焦れたのか、次第に強引な攻め方になっていく。互いの動きを考えずに動くため隙も生まれやすくなる。

 そして二人の武器がぶつかり止まったところで、カーレスは片方の足を払い、もう片方の首に穂先を軽く当てた。

 一人が降参している間に起き上がった方の顔面へと、カーレスは槍を突き出し、こちらからも降参を得る。

 二人を下したカーレスが周りを見ると、戦っていた者たちの決着もついたようだった。上手く実力がかみ合ったらしく、どちらも疲労困憊といった様子だ。

 近づくカーレスに、勝った方は両手を上げてギブアップを告げる。疲れを見せていないカーレスに対し、自身は疲れ果てていて勝てないとわかったのだ。

 決着のついた試合に、観客は選手たちへと惜しみない拍手を送る。

 カーレスたちは手を振って応え、舞台から出ていく。


「勝ち残ったねー。このままいいところまでいきそう?」

「これまでの試合で見てきた人の中では上位に入る」

「そっかー、勝ち残っていきそうだね」

「ヘイタさん、カーレスの応援は終わりましたし帰りますか?」

「もう少し見て行きたいな」


 思っていた以上に見ごたえがあり、今離れるには惜しかった。


「ではとりあえず昼食まで見て行きましょう。ロナさんもそれでいいですか?」


 ロナは頷きを返す。

 その後の試合でもこれはという人物は少ないながらも出てきた。

 ロナの解説では、カーレスより上だと思われる者もいて、カーレスの優勝は簡単ではないとわかる。

 昼まで見てある程度満足した平太はグラースと合流し、昼食のため町を歩く。


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[一言] 鎖鎌…通常は分銅の方を投げます。(鎖分銅) 「なにぃ!鎌を投げるだとぅ!」 何かの小説でありました。 一本鞭の鞭先は人間の力で音速(近く)が出せる唯一の武器だそうです。 武器選ぶなら、打撃武…
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