24 グラースの力
今、平太はグラースと一緒にローガ川に来ている。
エラメーラからグラースと一緒ならばローガ川で戦っても大丈夫だと保証され、やってきたのだ。
「ふー、バスでの移動はやっぱりなれないな。グラースも退屈だったろ」
ワウゥと同意に思える声を返すグラース。
「早速外に出よう。思いっきり走り回れるよ」
「バウ!」
嬉しそうに尻尾を勢いよく振る。そして平太の前を歩き、早く早くと振り返る。
グラースを早足で追い、平太は町の外に出る。
「三十分ほど自由に走り回っていいよ。俺はここで待ってるから」
平太がそう言うとグラースは一吠えして、草原へと真っ直ぐ走ってすぐに草むらの向こうに消えた。
グラースが戻ってくる三十分の間に、平太は素振りや準備体操を行い体をほぐしていく。
戻ってきたグラースの口には血が付着している。魔物を食べてきたらしい。こういうことはエラメルトにいたときもあり、平太は気にせずグラースの口をふく。
「じゃあ、狩りの手伝いを頼む」
「ワウ」
グラースに索敵や警戒を頼み、歩き出す。もちろん平太も索敵や警戒はしているが、能力はグラースの方が高いため、いつも先にグラースの方が見つけている。
さらにはグラースは頭もよいので、平太の考えに基づいた索敵も行える。油断するとグラースに頼りきりになり、成長に阻害が出てきそうだ。
そこらへんは平太も理解しているので、できるだけ任せきりにならないよう気をつけて、たまにグラースに魔物を見つけても知らせないよう頼んでいる。
十五分ほど歩いて、グラースがズボンを引っ張る。
「見つけた? どこにいる?」
グラースは魔物がいる方向を鼻先で示す。
十メートル先にはなにもおらず、視線を遠くに向けていくと五十メートル先に緑と黄土色の草原と同じ色をした蛙が一匹いた。
「迷彩蛙か」
迷彩蛙はその名のとおり、周囲にそった色に擬態する蛙だ。大きさは座った状態で一メートル。攻撃方法は舌を伸ばして叩きつけることとジャンプしてからの落下式体当たり。
以前ロナから聞いたように口を開けるところを見逃さなければ、舌による攻撃は受けないだろう。
「ほかにはいないな。グラースありがとう。あれとは俺一人で戦うよ」
そう言いながら頭をなでると、グラースは平太の背後に回る。
ロナから聞いた注意点を思い出しながら、平太は迷彩蛙に突撃する。
舌を使って先制してきた蛙の攻撃を避けて、剣を横に振り抜く。その攻撃はある程度のダメージを与えることはできたが、まだ迷彩蛙には動けるだけの元気がある。
飛びあがり反撃してきた蛙の着地直後を狙い、平太は剣を振り下ろす。さらにもう一度攻撃すると、蛙は動かなくなった。
「一匹ならここらでもなんとかなる。でも複数は厳しいだろうな」
武器を新調すれば、いや十分戦えてるし、などと思いつつ蛙の足を持って次の獲物を探す。
「次は猿と戦ってみたいから、できるなら一匹でいる猿を探してみてくれる?」
「ワン!」
「うちの子は頭いいな!」
言葉を理解して返事もしてくれるグラースに、何度目かの感心をして笑みを浮かべた。
グラースが先導すること二十分。三匹でいる川猿を見つけたグラースは平太に知らせる。
「三匹か」
一匹だけというのは都合が良すぎたのか、そんなことを思っている平太を置いてグラースが走る。
川猿に飛びかかるとあっというまに一匹の首を噛んで折り、もう一匹も同じようにあっさり殺す。残った一匹が逃げようとすると回り込んで逃げ道を塞いだ。
「一匹だけの川猿が見つからなかったから、一匹だけに減らせばいいってことなのかな。すげえな」
お膳立てしてくれたグラースの好意に甘えて、平太は残りの一匹に剣を向ける。
川猿もグラースよりは平太の方が与しやすいと見たか、平太に敵意の声を上げる。
「トリッキーな動きをするって言ってたっけ」
動きに注意することを心に刻み、飛びかかってきた猿のひっかきを避ける。
川猿は避けられた爪を地面に突き刺し、すぐに振り上げる。爪にくっついていた土が平太の顔に向かって飛ぶ。
「んな!?」
注意すべきは動作のみと思っていた平太は、目潰しをしてくるとは思いもせず慌てて下がる。
隙を晒した平太に川猿が飛びかかり、両手を使ってのひっかきをしかける。
「このっ」
平太はなんとか盾を使ってその攻撃を防ぐことに成功した。かわりに木の盾には深いひっかき傷ができて、買い替えが必要になる。
川猿の行動に背筋が冷えた。
「トリッキーってこういうことか」
実際に経験してみて厄介さを理解する。
再度、気を引き締めて川猿に向かい合う。
平太と川猿は互いに少しずつ攻撃を当てながら戦い、平太の勝利で終わる。グラースが見張っていなければ川猿はある程度のところで逃げていただろう。
「なんとか勝った、けどなー。川猿の複数相手はまだ無理だ」
何度か戦って動きを把握しなければ、複数相手は到底無理だろう。
感覚だけでも掴もうと思い、リンガイを再現して複数と戦ってみることに決めた。
グラースに頼み、また三匹ほどの川猿を探してもらい、戦いを挑む。
結果は危うげなく勝利。素の状態であれば攻撃を受けそうな動きも、あっさりと対応してみせカウンターを叩き込む。平太が一匹だけと戦った時間よりも短く戦いは終わった。
「さすが、今の感覚をしっかり覚えておこう」
数分その場で今の戦闘を思い返す。満足した平太は動き出す。
「帰るか」
今この場には川猿四匹と迷彩蛙一匹の死体がある。五匹買い取りはまだできないので、売値の高い川猿三匹を持って帰ることにして、残りはその場に残して町に戻る。
肉の買い取り所で皮を剥いで売りに出す。
お金を受け取り、さて出ようと思ったとき、壁にでかでかと紙がはられているのに気づく。
「ええと、河水蛇討伐期間迫る?」
不思議そうな平太を見て、近くにいた職員が説明しましょうかと話しかけてくる。
「お願いします」
「まずは河水蛇という魔物ですね。普通の蛇と違って、胴が太いんですよ。首の辺りはくびれていて、尻尾の先は細い。頭から尻尾まで五十センチほどです」
「ほうほう」
平太の脳裏には巨大化したツチノコの姿が浮かぶ。
「いつもは水の中で過ごしているんですが、五年に一度の大繁殖期には川からたくさん出てきて陸地に卵を産んで川に戻っていきます。そのときに人を襲ったり、餌となるものを食べたりするので、討伐依頼が出るんです」
今もぼつぼつと上がってきており、それの報告を受けて肉の買い取り所は繁殖期が来たと判断した。
「強さはどれくらいなんです?」
「水中だとここらの魔物でもトップなんですが、陸に上がると川猿より下になりますね。弱い麻痺毒を持っているので噛みつきには注意です」
「その毒に対応する薬とか、事前に飲んで置くような薬は買えますかね」
河水蛇討伐に参加するにしても、しないにしても、川からたくさん上がってくるのなら遭遇する可能性はある。毒に対する手段は必要だと思い聞いてみた。
「ええ、ありますよ。錠剤で二粒飲んで、六時間その毒に抵抗力が上がるものが。三十ジェラですが買います?」
平太が頷きお金を渡すと、職員はカウンターに行き小瓶とピンセットを取り出し、錠剤二粒を紙で包む。
「こちらが薬になります。戦う三十分前に飲んでください」
受け取りグラースの分も必要かなと思ったが、川猿相手に余裕だったことを考え、いらないと判断する。
「わかりました。この討伐って、倒した分だけ賞金が上がるんですか? それとも倒した数は関係ない?」
「一応倒した分だけ賞金がでますが、上限が十匹となってます。それ以上はいくら倒しても賞金は上がりません。ちなみに十匹倒した場合の賞金は二千五百ジェラです」
河水蛇の買い取り額プラス討伐参加賞金の合計で、二千五百ジェラになるのだ。
この町出身のハンターは町のため十匹以上狩り、一時的に滞在しているハンターは十匹で狩りを止める。
大量に買い取った河水蛇はこの町では消費しきれず、干し肉にされて各地へと輸出される。そこそこの強さを持つ魔物の肉なので人気がある。
「ほかに聞きたいことはありますか?」
「仲間に魔物がいるんですが、その子が十匹倒した場合賞金はどうなるんでしょ」
「仲間の魔物が倒した場合は、申し訳ありませんが賞金はでません。こういう言い方は不快かもしれませんが、魔物は武器の一つとみなされますので」
「そうなるんですね」
ほかに聞きたいことはなく、肉の買い取り所から出て、グラースを伴い、魔物を連れていても大丈夫な宿を取る。
その後、盾を買い替えるため武具店に行き、そこで甲殻類系魔物の殻を使った小型の盾を購入する。
翌日、この町出身のハンターたちは朝から川岸に集まり、本格的に上がりだした河水蛇の相手を始めていた。
宿を出た平太は町人がその話をしているのを聞き、少しくらい手伝うかという気になり、川岸に向かう。
「まずはどんな動きをするのか、ハンターたちが戦ってるのを見て観察かな」
邪魔にならない位置から戦っている様子を見る。
それをなにかトラブルでも起きたのかと勘違いした、休憩中のハンターが確認のため近寄ってくる。
「なにかあったか?」
「特になにもありませんよ? どうして聞いてきたんです?」
「突っ立ってなにもしてないから気になってよ」
「ああ、河水蛇と戦うの初めてなんで、どういう動きをするのか見てたんですよ」
納得したとハンターは頷く。
「なんだ、そういうことか。低い位置にいるから、攻撃手段が限られるってことが要注意だな。ハンマーやメイスなら戦いやすいが、槍は相性よくない。兄ちゃんは剣か。刃が鋭いなら首を落とすのが簡単な倒し方だぞ」
「これ青銅剣で斬るってのにはあまり向いてないんですよ」
「そっかー。だったら頭部を叩くか、胴を突き刺すかだな」
「それかうちの子に対処してもらうかですねー。俺よりこの子の方が強いんですよ。俺が一対一でどうにか川猿を倒せるのに対して、この子は三匹を余裕で倒しますからね」
そばで座っていたグラースの頭をなでる。
「そりゃ頼もしい」
少し話を続け、休憩を終えたハンターと一緒に川岸に近づく。
河水蛇は、ツチノコをそのまま大きくした形だった。
早速戦い、川猿よりも倒しやすいとわかると、次々と倒していく。グラースも戦っている平太に近づこうとする河水蛇を倒しているので、上限の十匹はとうに超えている。
「ここらで一度休憩いれようか。グラースおいで」
声をかけて、河水蛇を持って川岸から離れる。ほかにも休憩を入れているハンターがいて、上限を超えて狩った河水蛇を一ヶ所にまとめている。平太も十匹を肉の買い取り所職員に渡し、換金用木札をもらうと余ったものはまとめている場所に置く。
水筒から水を飲み、手のひらに水を注いでグラースにも水を与える。
「少し早いけど、動いて腹減ったし町に戻って昼でも食べてくるかな。グラースも腹減った?」
小さく吠え声の返事がある。
町に戻り、肉の買い取り所で生肉を買って、グラースに与える。
グラースが食べている間に、近くある屋台でたこ焼きに似たものと揚げパンとフランクフルトを買って、平太も昼食をとる。
食べ終わり、少しその場でのんびりする。
「狩りはもう十分だし、今日はこのまま宿に戻って昼寝でもいいかな」
少し前と比べてやわらいだ陽射しと秋風を感じつつ、その心地よさに気分は昼寝に傾き始める。
ぼーっとしている平太の耳にざわめきが届く。
なんだと思いつつ、人々の会話に耳を傾ける。
「川岸でリバーマンダーが出たらしい」
「なんでだ? ここらじゃ出ない魔物だろ」
「肉買い取り所の奴らが話していたけど、何十年かに一度河水蛇を食べるためやってくることがあるんだと」
「それが今年だったのか。川岸はどうなってる?」
「ハンターたちが大慌てで対処してる。ほかのハンターも集めるみたいだ」
「無事倒してくれるといいんだが」
ほかの者たちも似たような会話をしていて、町全体が活気とは違った方向でやや騒がしくなっている。
「ちょっと気になるね。一度様子を見てみようか」
グラースの背中を軽く叩いて、川岸に向かう。
川岸には三メートル弱の黒いでっぷりとした魔物がいた。
見た目は二足歩行するいかついサンショウウオといった感じだ。手にはごつい爪があり、ぶつぶつとした皮を持ち、太い尻尾を振り回して周囲のハンターに叩き付けている。
「あれがリバーマンダーですか?」
近くにいた肉の買い取り所の職員に聞く。
「はい、そうです。できればあれの討伐に力を貸してほしいのですが」
「どれくらい強いのかわからないから、なんともいえない。俺は川猿を一対一でなんとか倒せる程度の実力なんだけど」
「それだと厳しいですね。あれはここらの魔物より一段上ですから。見てもらえばわかると思いますが、動き自体はそこまで速くないんですけど、力が強くて一撃でも受けると即ダウンしかねません」
「能力を使えば避けることも当てることもできそうなんですけど、武器がこれだからダメージ通るのか」
剣を抜いて職員に見せる。
「青銅剣ですか、これだと突きじゃないとダメージ与えられないですね」
川猿よりも強いという時点でその答えは予想できていた。
むろんこの剣でも達人が使えば斬ることができる。だが事前に川猿と戦うので精一杯と聞いていたため、職員は有効手段が突きのみと判断した。
「グラース、お前ならどうにかできるか?」
「ガウッ」
大丈夫だと自信に満ちた返答として平太は受け取る。
「じゃあ、一度やってみるか。それで駄目そうなら引こう」
グラースに提案し、再び同意の吠え声があがる。
「こういうわけで、一度戦ってみることにします。無理そうならすぐにやめますけど、それでいいですか?」
「こちらとしては足止めだけでも助かります。ですがその魔物で大丈夫なのですか?」
「この子は俺よりも強いですよ」
そう言って平太とグラースは上がってきたばかりのリバーマンダーに小走りで向かう。
「俺は再現使って技量を上げて、あれの気を引くよ。攻撃はお前に任せた」
リンガイの実力を再現し、リバーマンダーの前に立つ。角族ほどの威圧感はなく、再現を使わずとも避けるだけならできたかもしれない。
平太はリバーマンダーの口辺りに剣先を当てて気を引く。
リバーマンダーは攻撃をしかけてきた平太を見て、警戒の声を出す。
ドスドスと音を立てて迫るリバーマンダーをかわし、すぐに振られた尾も小さくジャンプして避ける。
その尾に素早く接近したグラースが噛みつく。激痛が発せられ、リバーマンダーはグラースに顔を向ける。振りほどこうと尾を動かすも、力はグラースの方が上らしく逆に引きずられている。
どうにかしようと暴れるリバーマンダーの喉元に平太は剣を突きだす。刺さった剣から手を放して、下がって距離を取る。
ますます暴れるリバーマンダーからグラースは一度離れると、すぐに体当たりをしかけ押し倒す。そして隙だらけのリバーマンダーの首に噛みついて肉を引きちぎり骨を噛み砕いた。
「おー、あっさり。これなら俺の加勢なんか必要ないな」
刺さったままの剣を抜いて、近寄ってきたグラースの頭をなでて褒める。
「次はお前だけでやってみる?」
任せろというふうに吠えたグラースに「頼む」と言って次の獲物を探す。
そのとき川から一際大きな水しぶきがあがり、出てきていたリバーマンダーよりも一回り大きな巨体が姿を現した。
「長だ!」
「群れを率いる長も出てきたぞ!」
「川から上がらないうちに攻撃しかけろ!」
ハンターたちから声が上がり、同時に炎や氷の塊や矢がリバーマンダーの長に向かって飛ぶ。
それらを受けてもわずらわしそうにするだけで、ダメージを受けた様子を見せない。巨体な分、皮も分厚いのだろう。
のっそり川から上がって四メートルを超す巨体を見せつけてくる。
「オオーンッ!」
グラースが大きく遠吠えし、駆けだしていく。
「グラース!?」
突然の行動に平太は名前を呼ぶことしかできない。
誰よりも速く駆け、リバーマンダーの長にグラースが飛びかかる。それに対しリバーマンダーの長は腕を振って、叩き落とそうとする。その腕を蹴ってグラースは下がり、着地してすぐに駆け出し、尾に噛みつき肉を引きちぎる。
その一噛みで尾がとれることはないが、血があふれ出しそれなりにダメージになっているとわかる。
「ゴオオオオオーーーッ!」
リバーマンダーの長が咆哮を上げる。痛みからではなく、怒りからのようにその場にいたハンターたちは感じた。
同時に川から水がいくつも玉となって浮かび、グラースに飛ぶ。
「能力持ちか!?」
ハンターの誰かが驚いたように声を上げた。
次々と降り注ぐスイカよりも大きな水玉を、右に左に軽やかにグラースは避けていく。外れた水玉は地面を抉って破裂し、飛沫のみをグラースにかけるだけだ。
浮かんでいた水球がすべてなくなると、リバーマンダーの長は再び川から水を浮かばせ飛ばした。グラースはそれらを全て避ける。
リバーマンダーの長は諦めることなく、水玉を浮かばせる。
繰り返しだ、とどこからか聞こえてくる。
だがそうはならなかった。
「グルゥゥゥッ」
グラースが低く唸り、体から白い靄を吹き出す。
リバーマンダーの長が水玉を飛ばす前に、グラースが大きく吠えた。グラースの周囲に漂い今も吹き出ている靄が、リバーマンダーの長へと勢いよく進む。
靄はリバーマンダーの長を包み、その背後の川にも届く。靄が水に触れるとすぐに凍っていき、氷は岸から数メートルに広がった。
グラースが靄の放出を止め、やがて靄は晴れて、体中を白く染めた巨体が姿を見せる。
「死んだか?」
誰かの声が聞こえ、これに応えるかのごとく巨体の体が震え、氷がぱらぱらと落ちる。そのときに皮膚が裂けたようで、血が体中から流れ出す。
咆哮も上げたが、最初に上げたものと比べると弱々しいものだった。
対して元気な様子を見せるグラースが再び駆ける。ある程度の距離まで来ると、飛び上がり吠えた。その口から靄の塊が放たれてリバーマンダーの長の顔に命中する。
先ほどよりも白く染まったリバーマンダーの長の頭部に、グラースが前足を叩き付ける。
ハンターたちは粉々に散っていく、リバーマンダーの長の頭部を呆然と見ていた。
自分たちにとって苦戦確実な魔物を、自分たちよりも小さな魔物が倒したことに驚き、その力が自分たちに向くことを警戒する。思わず武器を握る手に力がこもる。
そういった警戒や敵意をグラースは感じているはずだが気にした様子なく、平太のもとへ駆けていく。
平太の前まで来ると座り、尾をパタパタ揺らす。褒めて褒めてと目が訴えかけていた。
「グラース、お前あそこまで強かったんだな」
平太はしゃがんでグラースの頭をなでる。
平太にもグラースの力に対して恐怖はある。どうして懐かれているのかわからないため、突然嫌われる可能性もある。そうなったら平太など一瞬で殺されてしまうだろう。
そうならないためにも、嫌われないようにしたい。かといって媚びるのもなにか違う気がして、これまでどおり普通に接して嫌がることはさせないでおこうと決める。
「活躍したから褒美にちょっといい肉を買おうか」
話している平太に職員が近づいてくる。
「お疲れ様です。おかげでリバーマンダーたちがひきはじめてます」
「俺じゃなくて、こいつがやってくれたことですから、労りはこいつに言ってやってください」
「あなたが命じたんじゃないですか?」
「あれの出現に驚いている間に、自分の判断で動いたんですよ。強いとは思ってたけど、あそこまでとは思ってなかったですね」
自身の考えて動いたということに職員は不安を覚える。
しっかりと手綱がとれてないのではないかと思えたのだ。もし暴走したら、町に出る被害は尋常なものではないだろう。
「その、突然暴れたりしないですかね?」
そう問いかけずにはいられなかった。
「これまでそういったことはありませんでしたよ。嫌なことをされれば暴れるかもしれませんけど。子供が好奇心で毛を引っ張ったことがありましたけど、そのときは多少嫌がった程度で吠えることもしなかったです」
「大人しい方ですね」
少し安心した様子で、グラースを見る。
心配なのはハンターがちょっかいを出すことだが、この場にいる者たちはグラースの実力を知っているので手出しできないだろう。
「しかしそれだけの魔物を連れていたら、ここじゃなくて湖でも行けたのでは?」
「ここには俺の実力を上げるために来てるんですよ。お金は余裕があるんで、実力アップの方を優先してます」
「そうでしたか」
納得したように職員は頷いた。
二人が話している間にもハンターたちの戦いは続いており、状況はハンター側の優勢になっている。
リバーマンダーに怯えて、河水蛇は逃げていて、夕方頃には戦いは終わっているかもしれない。あとは数日ハンターを雇って見回りしてもらえば、今回の河水蛇討伐は終わる。
見回りまで平太は付き合う気はなく、今日の河水蛇討伐褒賞をもらって草原での戦いに戻るつもりだ。
褒賞金にはリバーマンダーを倒したことの追加ボーナスもついていて、合計で七千五百ジェラ手に入った。能力持ちの魔物は危険なので、一体倒すだけで高い褒賞金がでるのだ。今回グラースが倒したリバーマンダーの長が町になにかしらの被害を出していれば、褒賞金は一万をゆうに超えていただろう。
約束どおり、三百ジェラする良い肉をグラースに与え、平太も少しいい夕食を食べる。
翌日、草原に出る平太とグラースに視線が集まる。昨日のことで注目度が上がったのだ。
仲間に誘おうかと考える者もいたが、あれだけの魔物がいるのだから自分たちが足手まといになると考えたり、自分たちの集団をのっとられる可能性も考えて、誘う者は皆無だった。
平太はいつもどおりに草原で修練を行い、川猿と一対一で余裕を持てるようになるとエラメルトに帰っていった。




