23 復活の獣
平太が外に出られるようになり、夏も盛りを過ぎて秋の気配が濃くなってきた。
日本でも実りの秋といったように、こちらでも様々なものが育ち実る。それを食べた魔物の肉も質が上がって人気が高まり、肉や野菜の採取が肉の買い取り所を通してハンターに依頼される。
ハンターにとって稼ぎ時の一つであり、日頃磨いた技術と力を魔物に叩き付ける。力がこもりすぎて売り物にならなくなる、という話もちらほら聞こえてきたりする。
欲に目がくらんだハンターが死亡することの多い時期でもあり、肉の買い取り所からは十分に注意して狩りを行うように忠告が発せられる。
お金を稼ぐため活発に動くハンターたちと同様に平太も狩りに出る。
お金を急いで貯める必要のない平太のペースは、ほかのハンターと比べてゆっくりだ。狩りに出ない間は、たまに町中の依頼を受けている。ずっと町に篭っていた時期に顔見知りになった者たちの依頼を見つけて、引き受けているのだ。
これに関して肉の買い取り所から軽い警告を受けている。平太は駆け出しを卒業したといっていい、だから駆け出しの仕事を奪わないようにというものだ。町中で受けられる依頼は駆け出しの大事な資金源でもある。それを先輩が奪っては駄目だという理由に平太は納得し、頻度を落としたのだ。
今日も狩りをしようと肉の買い取り所に来て依頼を見ていた平太に、ラレドが声をかけてくる。
「おはようございます」
平太もおはようと返す。
「アキヤマさんも狩りですか? どこら辺にいくつもりなんです?」
「東ですね。闘鶏か、その先にいる斜線蛇を狙うつもりです」
斜線蛇は、斜めに模様の入った毒を持たない蛇だ。本来の名前はシャーレスネークというが、斜線蛇というあだ名の方が知られている。太さ五センチ、体長二メートルほどの大きさで、ラフドッグならば簡単に絞め殺すことができる。平太も締め付けられると危ないが、念のためロナやリンガイの技術などを再現しているだめ、問題なく対処ができている。
斜線蛇の強さ自体はそこまでではなく、ラフドッグを相手しているハンターならば倒すことができる。草むらに隠れている状態から奇襲してくることが注意点だ。
「あっち方面で、なにか危険なことってありました?」
「そういった報告は受けてませんね。だからといって油断しては思いもよらぬアクシデントに遭うこともありますから注意は必要です」
わかっていると平太は頷き、肉の買い取り所を出る。
「弁当よし、水筒よし、採取ナイフよし、籠よし。うん、準備万端」
荷物の確認を終えて、籠を背負った平太は東に向かって歩き出す。
成長して上がった身体能力のおかげで疲れることなくどんどん進み、昼前には目的地である草原に到着した。遠目にほかのハンターも姿も見える。彼らも蛇目当てなのだろう。
「昼食べる前に頑張ってみるかなー」
蛇狩りはこれで三度目、そこで一度は再現なしでやってみようと考え、そのまま歩き出す。
以前の経験を元にして警戒し、草の揺れや草の中に見える蛇に注意しつつ探していく。
五分ほどで平太は、緑の草の中に黒色と黄土色をみつけた。じっと見て確認すると、斜めに模様が入っていて斜線蛇の体の一部だとわかった。
平太と斜線蛇の距離は数メートル。斜線蛇は動きを見せず、先制できるかもと剣を握る手に力が篭る。
少しずつ近づき、逆手に持つ剣を振り上げる。
平太の動きに気づいたか、斜線蛇が動きを見せる。草むらの中から顔が出てきたのだ。ネズミかなにかを食べていたのだろう、喉の辺りが膨らんでいる。
威嚇してくる斜線蛇へと剣の切っ先を振り下ろす。斜線蛇は体をうねらせて剣を避ける。
「あ、このっ」
剣は地面に刺さり、すぐにそれを抜いて再び振り上げる。
平太を完全に敵と認識した斜線蛇の飛びかかりを避けては剣を振り下ろす。これを数回繰り返して、斜線蛇の胴を地面に縫い付けることに成功した。
「よし。あとは顔を蹴りつけるだけ」
胴に刺さった剣を抜こうと暴れる斜線蛇の顔を何度も蹴る。
そうしているうちに蛇の動きは鈍り、やがて動かなくなった。
平太はとどめに力いっぱい踏みつけて、動かないか反応を見る。ピクリともしない斜線蛇から剣を抜く。
平太がやったような、斜線蛇を地面に縫い付けて顔を蹴るというのは実力の低い者がやる方法だ。強い者は一撃で頭部を斬り落とすか、踏みつぶせる。
「なんとか自力で倒せたか」
ふぃーっと息を吐いて、斜線蛇を籠に入れていく。
ローガ川の魔物を倒せるのだから、ここらの魔物に苦戦しても負けることはないのだ。負けるとなるとよほど油断していたときだろう。
「さてもう一匹探してみるとしますかねー」
少し探して見つからなければ昼食をかねた休憩でも、などと思いつつ歩き出す。
十五分ほど秋の風を感じつつ、風の中を舞うように飛ぶトンボの姿を楽しみながら歩いていく。するとハンターが三人集まってなにかを話しているのを見つけた。地面を指差し、首を傾げているところも見える。
「なにかあるんだろうか」
近づいて、こんにちはと声をかける。
「なにかあるんです?」
「以前来たときには見かけなかった穴があるんだ」
「魔物が掘った穴かと思って少し入ってみたんだが、どうやら洞窟というか亀裂が地表まで出てきたような感じもする」
「中は深そうでした?」
そう平太が聞くと、わからないと返ってきた。調べたのは入口付近だけなのだ。
「ちょっと俺も入ってみようかな」
夏祭りに見た、地球では見られない光景があるかもしれない。そう思うと好奇心がうずく。
「入りたいなら止めないが、なにがあるかわからないんだ、注意しろよ」
「危なくなったらすぐに逃げてきますよ」
いざとなれば転移でエラメーラの部屋に逃げるつもりだ。そういう保険がなければ入ろうとは思わない。
「それがいい。あと中は暗い、松明かなにか持ってるか? ないなら安く売ってやろうか」
「一応暗視符があるけど、松明もあれば便利かな」
二本の松明を受け取り、一本に火をつけてもらう。
狩りに戻るというハンターたちを見送り、平太は初のダンジョン探索に挑む。
「自然洞窟なら宝とかはないだろうなぁ。鍾乳洞とか見れたらいいんだけど」
地球の鍾乳洞とはまた違った風景の鍾乳洞が見られるかもしれない。それを楽しみに歩きにくい洞窟をゆっくり進む。
洞窟は下り坂が続く。大きな魔物が掘ったというより、地震などで裂けてできた隙間のように感じられた。壁や天井に火を近づけて観察しても、人工物などはない。
「このまま狭くなって行き止まりかな、これは」
探索結果を予想しながら歩く。その予想に反して、狭くなるところはあったものの行き止まりになることはない。
どこまで続いているのかわからない下り坂をどんどん進む。
一度昼食のため休憩した以外は足を止めることはない。魔物が出てくることはなかったので、問題なく進めたのだ。
「なんとなく黄泉平坂って単語が浮かんだな。行きつく先は死者の国? こちらだとアンデッドとか幽霊がいるし、本当にそういった魔物が集まった国がありそうだ」
そんなひとりごとを漏らしつつ、さらに歩を進めていく。行けども行けども坂ばかりで、松明の火も小さくなってきた。
そろそろ引き返した方がいいかもしれない、そんなことを考え始めた平太は暗闇の向こうがほのかに明るく感じられた。
「区切りがいいし、あれがなにか確かめて帰ろうか」
◆
平太のいるウェナ国から東、大陸東部の端にサズラという国がある。
他国よりも海に面する部分が多いため漁業といった海に関わる仕事が盛んな国だ。海の魔物から得た素材で作った道具や武具も多く輸出している。
五年前にその国のとある小さな町で事件が起こった。三千人ほどいた住民の九割が死んだのだ。
調査に向かった兵が、生き残った住民からなにがあったのか聞いたところ、よくわからないという答えが返ってきた。魔物が暴れたわけではなく、急に皆が苦しみだして倒れていったのだという。
その様子を思い出した生き残りは恐怖と悲しみから泣き喚めいた。
どうして自分たちがこのような目に、という声に質問を行った兵は答えることができなかった。
兵たちはほかの生き残りにも話を聞き、ほかの生き残りとは違い怪我をしている生き残りから異変当日なにがあったのか聞くことができた。
五十過ぎの男が町にやってきたらしい。その男は夕方に町の広場でなんらかの儀式を行った。
なにをやっているのか声をかけた町人もいたが、それを無視して札などを撒き散らし、詠唱を行うと見えない波動が町に広がり多くの人々が苦しみ始めた。
止めようとした者もいたが、攻撃用の魔術具で阻止されてしまった。
儀式は止められることなく進み、なにかが儀式を行った男の近くに集まっていった。男はその集まったなにかを近くに倒れていた少女に注ぎ込むと、そのまま少女を連れて去っていった。
その少女は、兵に事情を語った少年の妹だ。
少年は兵に頼み込む。妹を取り返したいから力がほしい鍛えてくれと。
兵としては自分たちに任せて町の復興を頑張ってほしいのだが、少年の自分で取り返したいという気持ちも理解できた。
兵は時間があると少年に剣の扱いを教え、魔物狩りにも連れ出した。そして少年にある程度の実力がつくと、上司に許可をもらい町を壊滅させた男の情報や儀式についての情報を渡す。
兵は少年が旅に出ることは止めなかったが、きちんと帰ってくることを約束させて旅立ちを見送る。
男を追った少年の旅は三年続いた。少年は青年へと成長し、いまや立派な剣士に育っていた。三年の間に、青年は自身と同じく男に故郷を壊滅させられた者たちと出会い、仲間として動くようになる。
そしてその旅にも終わりが近づいた。旅の間に出会った、人捜しや物探しの能力を持った人物から、ウェナ国の地下洞窟に男がいるようだ、という情報を得ることができたのだ。
青年たちはすぐにウェナ国に向かい、それらしき洞窟に挑む。
思いのほか長い洞窟で、二日たっても深奥にたどり着くことができなかった。最初は天然の洞窟だったのだが、途中から歩きやすいように道がならされてもいた。
どういった場所なのか考えなら進み、青年たちはついに最奥の間にたどりつくことができた。
そこは広い空間で、縦横百メートル近くはあるだろう。高さも八メートルほどか、天井を支えるように柱が何本も立っている。明らかに人の手が入った空間だった。
空間の奥には狼のような大きな石像があり、それを中心として生きているのかわからない人間が五人磔にされていた。その中の一人に青年の妹の姿もある。
タイミングが良いのか悪いのか、男もそこにいて思わず声を出した青年に気づく。
男は青年たちのことを忘れていた。何度も襲った村や町の住民のことなど男には覚えておく価値などなかったのだ。だが青年たちにとっては忘れられない存在だ。
死んでしまった者の仇をとるため、さらわれた者を取り戻すため、青年たちは武器を取り、戦いが始まる。
◆
平太が明かりに近づいてみると、そこで穴が途切れていて、道はなくなっていた。
その穴の先はどうなっているか覗く。どうやら広い空間の壁に穴が開いているようで、ほかの壁にも穴が開いているのが見える。
そちらがどこに繋がっているのかよりも、平太はほかに気になる光景があった。それは戦闘真っ最中な集団だ。
「こんなとこで戦ってるのか。しかも魔物とじゃなく人間同士。事情がさっぱりだなぁ」
少し様子を見て、どちらかが悪人ならば手助けしようと戦いから目を放さないことにする。
戦いは一人対四人。四人が押しているのかというとそうでもなく、四人側が力をあわせてどうにか互角のようにも見える。
ただし四人側は杖を持った一人がなにかの儀式を行っているため、実質戦っているのは三人だけだ。
一人で戦っている男の技量が特別高いわけではない。攻撃を避け入れずに当たることは何度もある。けれど無限の体力を保持しているのか、高すぎる防御力でも持っているのか、倒れてもすくっと立ち上がるのだ。
「わっるい顔で笑ってるな」
起き上った男を見ての平太の感想だ。
「これまで観察したかぎりだと一人の男の方が悪人なんだけど……お?」
戦闘中に動かず儀式を行っていた杖持ちが動きを見せた。
男に言い聞かせるように杖持ちが大声を出したため、平太のいるところまで声が届く。
「準備完了っここからは私たちが優勢になる番よ! ただあんたを追っていただけじゃない! あんたがやっていたことを研究し、対策はきちんと練った! その成果を受けてみなさい!」
杖を男に向けて、人の身長よりも太い純白の光線を放つ。
対する男は黒い膜で自身を覆い、光線を受け止める。
驚く杖持ちに、男は余裕の表情でなにかを言っている。平太の耳には届かないが、
「どのような効果なのかはわからないが、くるとわかっていて黙って受けるわけない。対応して当然だろう」
といったことを言っていた。
その言葉に悔しげな顔になったのは、杖持ちだけではない。青年やほかの仲間も似たような表情だ。青年が杖持ちに声をかけると、杖持ちは再び儀式を始める。
そんな杖持ちたちを男は嘲笑う。口の動きで「無駄」といっているのが平太にはなんとなくわかった。
「再現」
男の高笑いにイラッときた平太が、不意をつけたら面白いだろうなという考えで、杖持ちが放った光線を再現する。
全く予測もしなかった方向からの光線に男は驚きと呆けを同時に表情に浮かべて、光線に飲み込まれる。
驚いたのは青年たちもだ。予想もしない方向からの援護に驚くなという方が無理だろう。
なにがなんだかわからないでいる青年たちに平太は「戦闘続行」と大きく声を出した。
はっと我に返った青年たちは戸惑いの表情のまま武器を手に、一見変化の見えない男に向かっていく。そして一太刀浴びせた。
男は痛みに悲鳴を上げてのたうちまわる。そこに追撃として、武器が振り下ろされ、男は絶命した。あの光線は男の強靭性を下げる効果があったのだろう。
死んだを男を見下ろす青年たちはどことなく納得していない様子だ。
そんな様子のまま、磔にされていた人々を解放していく。
平太は戦いが終わったと判断し、穴から飛び降りる。
「止まれ」
青年が歩み寄ってきた平太に制止をかける。平太は素直に止まる。
「何者だ? 援護してくれたということには感謝する。だがいろいろ腑に落ちないこともある」
「何者かと言われたら、ここの近くにある町のハンターと答えるしかない」
「ハンターがなんでこんなところに?」
「それはこっちが聞きたい。あんたらこそ、こんなところでなにを? 町に害を与えることをしようってんなら小神様に報告しないといけない。ちなみにどうしてここにいるのかというと、狩りに来ていたら見慣れない穴が開いていたから調べに入った。そしたらここに繋がっていた」
青年は平太が出てきた縦穴を見て、ほかの穴も見る。
青年たちは洞窟を進んでいる最中に風の流れは感じていた。だから入ってきた場所以外にも出入り口があるかもしれないとは予想できていた。
一応平太の言葉を信じることにして事情を話す。
男の目的すべては青年たちも知らない。この場にある像に封じられている魔物を復活させ従えさせるということは戦う前の話でわかったが、魔物を従えてどうするのかまでは聞かなかった。
魔物の復活には正規の手順のほかに、大量の人の命を使って封印をこじ開ける方法もあるらしかった。それらを集めるため各地の村を襲った。その被害者が青年たちだ。
集めた命はそのままでは持ち運びできないため、住人の一人に注いで、この像のそばに置いていた。それが磔にされていた人たちだ。
そろそろ十分な命が集まったので、復活の儀式を行うため準備していたところに青年たちが突入したのだった。
「そんなことが」
わりと大事にあたる事態を知り、平太は石像に近づく。
「これがそこまでして手に入れたかった魔物か」
左手でぺチペチと軽く叩く。
ピシリと小さな音がその場にいる者たちの耳に届く。続いてその音は連続して響き、石像にひびが入っていく。
「なにをしたんだ君は!?」
「なにもしてないよ! 軽く叩いただけだ。そこまでもろかったのかこれ!?」
平太は石像から急いで離れて、全身にひびが入っていく石像を見る。
ただ壊れるだけならばよし。万が一封印が解けることになるならばと最悪を想定し、青年たちはいまだ意識が戻らない者たちを担ぐ。
皆の視線が集まる中、石像の隅々までひびが入り、いっきに砕ける。
「壊れただけなのか?」
礫の山を見て、青年が呟く。
それに答えたわけではないだろうが、礫の山が動いた。
石をはねのけて姿を現したのは、石像に似た狼だ。大きさは普通の狼より少し大きいくらい。体毛は背が灰色、胸が白、尾が黒まじりの灰色だ。アイスブルーの目でその場にいる者たちを見渡す。
その目に平太たちは知性の輝きを見たような気がした。
狼は平太に視線を固定する。封印が解けるきっかけになったと察したのだろうか。
見られて固まる平太に、狼は素早く飛びかかる。
やられた、青年たちはそう思い、平太も似たようなものだ。
避けるには遅すぎで、痛みに耐えようと目を閉じ体に力を込める平太。どんっと衝撃を感じ、次にくる痛みを覚悟したのだが痛みはなく、かわりに顔をなめられる感触があった。
「おう?」
目を開けると尻尾を激しく振りながら、平太にじゃれつく狼が見えた。とりあえず背をなでる。
「ウォンッ」
嬉しそうに一吠えして、お座りの状態になる。首輪のようなものをつけているのに気づき、平太はしゃがんでそれを見る。小さなプレートに黒字でグラースと書かれている。
試しにグラースと呼んでみる。嬉しそうに顔を平太に擦り付けてくる。
「危険な魔物だと思ってたんだけど」
グラースの頭をなでつつ青年たちを見る。青年たちは困ったような表情になる。
「俺たちも詳しいことは知らないんだ。あいつの勘違いだったのか? 詳しいことはここらにいる小神様に聞いたみたらいいと思うが」
「そうしようか。お前はついてくるか?」
グラースに問いかける。当然とばかりに吠え返す。
連れて行って大丈夫なのだろうかという思いを青年たちは抱いているが、今ここで戦いになっても困るので刺激しないように問いかけることはしない。
かわりに別のことを聞く。
「俺たちは洞窟に入ってこの広間に来るまでに二日以上かけたんだが、そっちはどれくらい時間をかけた?」
「俺はこの松明が燃え尽きるまでにはここに到着した。体感で四時間くらい?」
「だとしたらそっちの方が早く出られるな。俺たちもそっちから出るとしよう」
平太が出てきた穴は四メートルほど上にあるため、足場になるような岩などを集めて積み重ねる。
足場は多少不安定だったものの、意識を失っている者を含めて全員穴に運びこむことができ、全員で坂を上り始める。
行きと違って進むペースは遅い。それは青年たちのペースに合わせているからで、このままだとここを出たときには夕方か日暮れくらいだろう。
二度休憩を挟み、地上に出た頃には西の空に太陽はなかった。
久々の地上にグラースは平太から見える程度の位置を駆けまわる。
「ここからどれくらいで町に着く?」
妹を背負った青年ラディオが平太に尋ねる。坂を上がる間に、自己紹介を済ませたのだ。ほかの仲間はグレシード、カウカフ、パセリという名前だ。
「西にゆっくり歩いて三時間ってところかな」
「遠いな。まあ洞窟の中で寝泊まりするよりずっといいけどな。出発前に食事をかねて休憩したいがいいか?」
「いいけど、俺は先に帰るよ? 持ってきたの昼食だけだし腹減った。ついでに神殿の医務室に連絡をいれておくよ。その人たち受け入れてもらわないといけないでしょ」
ラディオは少し考えて頷く。すぐに診察などを受けられるのはありがたいのだ。
「頼む。念のため聞くんだが、方向は西でいいんだな?」
「うん。ここらの草原を抜ければ、町までの道があるから迷うことはないと思うよ」
頷くラディオたちに先に行くと言い、グラースに声をかけて歩き出す。グラースは駆け寄ってきて隣を歩く。その様子は人になれた犬のようにも見える。
十五分ほど進んで、ラディオたちから十分離れると平太は足を止めた。
「グラース、じっとしててくれな」
一吠えして返事をしたグラースの背を撫でて、平太は転移を使う。
転移先はエラメーラの部屋だ。
部屋では夕食の後なのか、エラメーラが空の皿を前にしてお茶を飲んでいた。
「あら、こんな時間に珍しい。それにその狼の魔物は?」
「こんばんは、エラメーラ様。お伝えしたいことがあり、お邪魔させていただきました。この子のことも関係しています」
「なにかしら」
椅子をすすめながら尋ねる。
平太は椅子に座り、グラースはそのそばで伏せた状態になる。
「エラメーラ様は東の地下に魔物が封じられていたことはご存知でしたか?」
「地下? いえ知らなかったわ」
エラメーラは首を振る。ここら一帯に魔物の封印があることなど知らないし、他の神もなにも言っていなかった。
詳しい話を求めるエラメーラ。
「今日東の野原に狩りに行ったんです。そこで他のハンターが穴を見つけまして。それが見慣れないものらしく、気になった俺は入ってみることにしました」
「なにがいるかわからないから、あまり無茶しちゃ駄目よ?」
「はい。危なくなったら転移で逃げるつもりでした」
「逃げなかったということは危険はなかったのかしら」
「俺にはなかった、といったところでしょうか。穴を進んだ先に、大きな広間がありまして、そこで人間同士の戦闘が行われていました」
どうしてそのような場所で戦っていたのか、ラディオから聞いたことを話す。
「そのような男がこの町の近くにいたの。気付かなかったわ」
エラメーラが気づかなくとも無理はない。ここらで村が滅ぶような被害が出てはいないし、男がこの町に近寄ることもなかった。さらにエラメーラがあまり調査しない場所の地下なのだ。
「その場所に封印されていた魔物がこの子グラースです。なぜか俺にすごい懐いているんですよ」
エラメーラはじっとグラースを見る。
大人しくしているから勘違いしそうになるが、強さはかなりのものだ。平太に襲いかかれば、一瞬で殺せる程度には強い。
「封印されていた魔物……封印が解けたのはだいたいいつ頃?」
「洞窟の中でしたから時間の流れがわかりにくかったんですけど、おそらく昼過ぎから夕方前には解けていたはずです」
「時間的にはピッタリか」
なにがピッタリなのだろうと平太は首は傾げた。
「午後にパーシェが慌てて訪ねて来てね。彼女が言うには封印が解けたのだと」
「パーシェさんの家系が封じていた魔物がグラースということですか?」
「確証はない。封印を解くにはパーシェの血が必要なのだから。でも一度その子をパーシェに会わせてみればなにかわかるかもしれない」
封印していた者と封印されていた魔物。両者の間には、ある種の繋がりがあり、直接会うことでその繋がりからわかることがあるかもしれないと期待する。
「その、グラースが封印されていた魔物だとしたら処遇はどうなるんでしょう。危ない魔物のようには思えないないんですが」
「私も今のその子には、危険なものは感じてない。でも存在するだけで危険を呼び寄せるといった理由で封印されていたかもしれないから、そうだとしたら再封印もありえるわ」
「封印の理由はどうやって調べるんです?」
「大神様たちなら知っていると思う」
「このまま一緒にいられるといいんですが」
そう言いながら平太はグラースの頭を撫でる。
封印されるほどの魔物だから危険かもしれないとはわかっている。けれど懐いてくれているグラースが可愛く、窮屈な思いをせるのは忍びない。
「この後パーシェのところに行ってくれる? その様子を見ているわ」
「わかりました」
では早速とエラメーラに別れを告げて、医務室で仕事をしていたオーソンに話しかける。
ここの医務室で仕事を始めて、そこそこ時間がたっており、オーソンの人柄も知れ渡っていて、病人に怖がられることもなくなってきた。
「久しぶり」
「うん、久しぶり。どこか悪くした?」
「いや、俺はどこも悪くないよ。あとで五人ここに運ばれてくる人がいるから知らせに来たんだ」
「どういうことだい?」
ラディオたちが運んでいる者たちのことを話す。
オーソンはすぐに受け入れ準備を始め、邪魔しないように平太は医務室から出て、ファイナンダ商店に向かう。
すでに店は閉められていて、勝手口にまわり扉を叩く。出てきた使用人が平太の顔を覚えており、大事な話がパーシェにあると言うと、パーシェに伝えてくれた。
戻ってきた使用人に連れられて、客室に通される。すぐにパーシェがやってきて、グラースを見るとそのまま動かなくなる。
「アキヤマ様、その狼は?」
「こちらからも聞きたいんですけど、この子になにか感じますか?」
パーシェは頷いた。
「なにかその狼との間にあるような気がして、どうしても見てしまいます」
「そうですか……おそらくパーシェさんの家系が封印していた魔物です。パーシェさん、昼過ぎに封印が解けたと感じたらしいですね。この子も同じくらいに封印が解けたんだ」
「こんな大人しい子が封印されていたんですか。どうして封印されたんでしょう」
「理由はエラメーラ様が調べてくれるそうです。なにかわかったらお知らせします」
「お願いします」
長年封印の役割を続けてきたが、自分たちがどのような魔物をどのような理由で封じていたのか、知りたいと思うのだ。
これで用件は終わり、名残惜しげなパーシェに別れを告げて平太はファイナンダ商店から出て、家に帰る。
魔物を連れ帰ったことにロナとバイルドは驚いたものの、大人しいなら家に置くことに反対しなかった。ミレアも驚いたものの、ロナたちとは別種の驚き方をしているように平太には見えた。
平太とパーシェの会話を聞いた後、エラメーラはすぐに神々の島に移動する。
今回はカルテラジが待ち受けているということもなく、建物の入口で待機していた小神に大神への対面を告げる。
用件を受けた小神は、誰が対応できるか聞くため建物に入っていく。二十分ほどして戻ってきた小神の横にはネージャスがいる。
「聞きたいことがあるんだとか、どのようなことだ?」
「私の住んでいる町の近くに封印されていた魔物がいたのです。その魔物の封印は解かれましたが大人しく、暴れるような様子はみせません。どうして封印されていたのか、ご存知でしたら教えていただきたく」
ネージャスはすぐにわかったのだろう、頷いた。
「ああ、あの魔物か。あれは暴れたから封印されたわけではない。理由あって自ら封印されたのだ」
「自らですか」
「うむ。だから封印が解かれても問題はない。おそらく封印を解いたのは再現使いだろう?」
「はい。ヘイタとなにか関係があるのですか、あの魔物は」
「ある。だが今は教えるわけにはいかん。何年かすれば話せるだろう」
ネージャスの言葉を信じ、エラメーラは別に気になることを聞く。
「あの魔物を自由にさせて危険はないのですよね?」
「それは保証する。再現使いに危機が及ぶと守るため暴れるかもしれないが、むやみに被害を広げないだけの知恵はある」
「それを聞けて安心しました。では私はこれにて失礼いたします」
「再現使いのこと頼んだぞ」
わかりましたと一礼し、エラメーラは神々の島から去る。
翌日、エラメーラからグラースのことを伝えられた平太とパーシェは、理由について教えてもらえないことに残念だと思ったものの、危険はないということで安堵し、いずれ来る理由を教えてもらえるという日を待つことにした。
話を聞き終えた平太たちは神殿を出ようとして、ラディオたちがどうしているか気になり医務室に寄る。グラースには医務室入口で待ってもらった。
オーソンに声をかけて、ラディオたちは昨日来たか尋ねる。
「来たよ。患者さんは奥に寝かせている」
「彼らはもう起きた?」
「いや、しばらくは起きないと思う」
ちょっとこっちにと、手招きして部屋の隅に行く。
「ラディオさんたちにも聞いたんだけど、君にも一応聞いておこうと思う」
「私は聞かない方がいいでしょうか?」
一緒に隅に行ったパーシェが聞く。
「誰かに言いふらさなければ大丈夫な話ですよ」
そのようなことをする気はパーシェにはなく、その場に残り一緒に話を聞く。
オーソンはラディオの妹たちが囚われていた状況やそのときの様子などを平太に聞き、平太は見たまま感じたままを話す。
「こんなところだけど、ラディオたちも同じこと言ってたんじゃないかな」
「そうだね。でも少しの違いが重要だったりするから、念のために聞いたんだ」
「彼らの容体は軽くはないのかな」
「正直、楽観できる状態じゃない。過剰な生命力を注がれていて、劣悪な環境でも死なない状態ではあったけど、食事とかはとってなかったみたいだから体は弱っている。加えて注がれた生命力も理不尽な死に対する怨嗟が混じっていた。長年呪われていたと言ってもいい。彼らを助けるにはただ薬を与えればいいってわけじゃない」
治療は困難だとオーソンは正直に言う。ラディオたちにも同じように診察結果を話していた。
それを聞いたラディオたちは助けるために動くことを決めていた。
「ちなみにどんな治療をするつもりなんだ?」
「まずは浄化の能力者に呪いをやわらげてもらう」
「浄化って霊に対処するだけじゃなかったんだ」
「恨みによる体調不良を治すこともできるよ。浄化の次は、注がれた生命力の除去。これは毒草を使うんだ」
「毒を使って薬を作って処方するんじゃなくて、毒草そのまま?」
「うん。飲みやすいように加工はするけど、毒として処方するよ。そうでもしないと生命力を減らせないんだ。そこまでやって、弱った体の治療を始められる」
ラディオの妹たちの現状は、過酷な環境に生き残るため生命力を使って現状維持している状態だ。治療環境を整え、呪いを解いて状態を緩和し、生命力を減らさなければ、治療も受け付けない。
「浄化能力者の手配はもうやってるけど、問題は毒草なんだ。生命力に干渉する毒なんて、そこらにはなくてね。エラメルト周辺だとバラフェルト山に生えているらしい」
「山はここら一帯で一番の難所だろ。やっと助け出せたのに、まだ苦労することになるなんてなぁ」
平太から見てラディオたちは弱くはなかった。けれどバラフェルト山に挑めるほどなのかはわからない。
だが力量が足らずとも救出した人たちのため、山に挑むのだろう。そう考え、無事に目的の物が手に入ることを祈る。
静かに話を聞いていたパーシェが口を開く。
「その毒草はどういったものなのでしょう? 私が世話になっている店のツテで入手可能か調べてみましょうか」
「店では扱えないものですよ。採取して三日以内に与えないと効果を発揮しないものですから」
「それだと保管ができないから、取り扱いできませんね。というかラディオさんたち取りに行っても意味がない? たしか山から町まで歩きで四日ほどと聞いたことがあります」
「採取したあと、急いで山を下りて、森を抜けて、待機させておいた馬車を使ってなんとかといったところです」
それで間に合わなければもう一度ということになる。
ラディオたちはバラフェルト山や森になれていないので、確実に一回目は失敗するだろう。
転移能力者を連れて行けば問題は解決するのだが、この町の転移能力者は山に行ける実力はないし、予定がつまっていて山に行く時間もない。
「大変だな」
ラディオたちの今後を考えると、平太はそうとしか言えなかった。
話をあらかた終えたタイミングで、妹たちのお見舞いにラディオたちが医務室に入ってきた。
「ヘイタか? 伝言ありがとう。おかげですぐに受け入れてもらえた」
ラディオの仲間たちが平太に一礼し患者のところに向かい、ラディオが礼を言うため話しかけてくる。
「礼はいいよ。それより今後が大変そうだね」
「聞いたのか。助けて終わりって思ってたんだ。でもまだやるべきことがあるとはなぁ」
「すぐに山に向かうのか?」
「昨日話を聞いたときはそう思ったが、今朝改めて仲間と話し合ってそれは無謀だってことになった。まずはバラフェルト山に行ったことのあるハンターに、出てくる魔物の強さとかフィータ毒草のある場所を聞いて、自分たちだけで行けそうなら行く。無理そうならそのハンターたちにお金を払って道中護衛してもらうことにした」
「それがいいね。話に聞くと大変そうな場所だから、むやみやたらに突っ込んでも怪我するだけだろうし」
パーシェとオーソンも頷いている。幸いといっていいのか、ラディオの妹たちは一ヶ月や半年で死ぬわけではない。ある程度の時間をかける余裕はあるのだ。
「話を聞くのと並行して金を貯めないとな。雇う場合、金がかかるだろうし、滞在費も必要だ」
しばらく町に滞在するからどこかでまた会うだろうなと言って、ラディオは妹のところへ行く。
平太たちも用事はすんだので、オーソンに別れを告げて神殿から出て行った。




