20 夏祭り 当日1
平太が祭の準備関わり始め、一ヶ月近く時間が流れる。
祭はもう間近に迫っている。町は夏の暑さに負けないくらいの熱気に包まれていた。出店の準備があちこちで行われ、イベント会場の設営も終わっている。設営には平太も混ざり、設営に慣れた者の指示に従って資材を運んだ。
設営が終わった時点で、平太の手伝いも終わっており、二千ジェラという報酬も受け取った。
神殿からの仕事がなくなった平太は、よろず作業屋の出店準備をのんびりと手伝っている。今はドレンと出店の中で留守番をしている。
「いよいよ明日だ。今年も全部売れるといいが」
「これまでは全部売れてたんだ?」
「おう。ありがたいことにな。まあ、千個とか大量に作らなかったからっていう理由もあるんだけどな」
在庫が残れば、次の祭で値段を押さえて売るだけだったりする。食べ物ではないから、できることだろう。はやりすたりがあるので、二年も前のものだと見向きもされなくなり廃棄となるだろうが。
「大量に作れるほどの生産力はうちにないからな。まあ、小さな店らしくのんびりやるさ」
「大きな店、それこそファイナンダ商店とかだと祭は稼ぎ時かな」
「あれくらいだと普段から稼ぎはあるだろうし、ある程度で対応できるようにしてんじゃないかねぇ。忙しいのは中規模の店か人気の店だろう。祭を楽しむ余裕もないんじゃないだろうかって思うね」
「祭を楽しむ、か。こっちの祭は初めてなんだけど、なにか特徴はある?」
「特徴って言ってもな、俺はここの祭しか知らないからな。アルネシンなら王都の祭との違いを教えてくれそうだ」
ドレンはこの町から出たことがないため、こう答えるしかない。
王都や以前平太も行ったローガ川の町も同時期に祭を行っている。ドレンは小さい頃からこの町の祭に参加していたので、そちらに参加したことはないのだ。
王都はここよりも規模が大きな祭で、ローガ川の町は川の幸や海の幸溢れる祭といった様相になっている。
「アキヤマの地元だとどんな祭をやってたんだ?」
「俺のとこだと、死んだ人に対しての行事も同時にやってたんだよ。故人への感謝や慰撫を踊りで表現したんだっけ? 屋台とかがでるのは同じで、祭の締めに皆で曲に合わせて踊るってな感じだったね。あとは純粋に楽しむ祭として花火大会もやってたよ。数千発の花火を打ち上げたりして綺麗だったなー」
当時の思い出を振り返っていると、脳裏に描いている花火大会の様子を再現できるかどうか試してみたくなる。
大騒ぎになるとわかりきっているため、再現はしないのだが。
「花火ってのは噂に聞いたことあるな。よその国で見れるもんらしいな。一度くらいは見てみたいもんだ」
「祭で使うやつじゃなくて、家族でできる手持ちサイズの花火もあるんだけど、そういった商品は売られてないんだ?」
「そういったものは聞いたことないな」
なんでだろうなと平太は首を傾げる。
それは火薬について知識が残っていないからだ。現在の花火は使い捨ての魔術具を使用している。いろいろと創意工夫された花火は値段が高い。花火を打ち上げて使ったお金は、たくさんの客を集めて彼らが落とすお金で回収できる。けれども家族で楽しむタイプだと、値段が高くて売りに出せないのだ。これが打ち上げ花火のみ知られている理由だ。
最初に花火を伝えた者は先代再現使いだ。先代が再現したものには火薬が使われていた。その花火を見て、自力で作り出そうとした者がいたのだが、先代に火薬知識がなかったため、花火そのものを作り出すことができなかった。ならばと別の方法で花火を作り出そうと考えられ、魔術を使用した花火が生み出された。
魔術式花火が広まっていくにつれて、火薬式花火の知識は忘れ去られていったのだった。
この世界には地球にはない魔術や魔法といった存在があったため、火薬の存在が広まりにくかったのも忘れられた原因だろう。発展していない火薬にできることは、魔術で事足りたため魅力がなかったのだ。
「そういったものが作れれば、うちの主力商品になりそうだな」
花火の技術がないから無理だろうなとドレンはすぐに諦め、別の話題を探す。
「祭は誰かと一緒に行く約束しているのか?」
「特に誰かと約束はしてないね。たぶんロナとかミレアさんとかと一緒に見て回るんじゃないかな」
バイルドはこういった催しに興味ないだろうと決めつける。意外に祭り好きではしゃぐかもしれないが、一緒に回る気はなかった。
「そういうドレンさんはパエットさんと見て回るんだよね」
「まあ約束はしてるが、祭の間ずっとってなわけじゃないぞ。あいつにも友達がいて、そいつらとも回るって言ってたからな」
ドレンもここの店番があるのだ、どうしてもずっとというわけにはいかなかった。
「男友達とかいて一緒に回ってたらどうする?」
からかいまじりに聞く。
「友達ってなら問題はないだろ」
「祭の雰囲気におされて、告白されたりするかも」
「むっ」
ドレンは短く唸って表情を歪める。
その反応は、兄貴分として心配してでたものか、それとも幼馴染として好意から出たものか。心の内を知るのはドレンのみだ。
「……そういった話は聞いたことないから、まだ考えなくていいだろう」
ドレンが出した結論は先延ばしというものだった。
「なに話してるの?」
留守番をしている二人に差し入れを持ってきたキッツが声をかけてくる。
「ただの雑談だよ」
ドレンは誤魔化すように言って、キッツの持っているジュースを受け取る。
「雑談?」
平太にもジュースを渡しながらキッツは聞き返す。
「誰と祭を回るかって話題でしたよ」
「ドレンはパエットとでしょ。毎年一緒にデートしているし。私もデートなのよ、楽しみだわー」
パエットととの約束をデートと言い切ったキッツに、戸惑った表情を向けるドレン。
「デートというか、なんというか。習慣じゃないか、あれは?」
「馬鹿じゃないの? パエットは毎年楽しそうに出かけるけど、あの笑顔は好意を抱いている人と一緒だから嬉しいって類のものよ。ただ惰性で一緒に出かけてる顔じゃないわ」
「断言するな?」
「女の勘と経験から導き出しているからね。だからさっさと告白してくっつきなさい」
頑張りなさいよ、そう言ってキッツはドレンの肩を強く叩いた。
「正直、告白して受け入れられる確率ってどれくらいだと思います?」
平太がキッツにそう尋ねると、キッツはそうねと前置きして、
「即座に受け入れる確率は八割、残り二割も断られるんじゃなくて、いきなりの告白に驚いて少し返事を待ってもらうといった感じかしらね。結局はOKもらえると思う」
「それはすごい」
「はたから見て両想いだしねぇ」
家族でもないのに互いのことをあれだけ気遣っていて、これで互いをどうとも思っていないというのはないだろう。
そう言えるだけの繋がりをキッツたちは、これまでの付き合いで見てきた。
パエットの方にも発破かけてやろうかとキッツは思うも、余計なお世話かなと思いなおす。それに自分が同じ立場だと人に追い立てられての恋愛は少し嫌だなと思えた。
これ以上はなにも言わないように店に戻ることに決めた。
「じゃあ、私は店に戻るから。留守番よろしく」
二人が飲み終わったジュースの器を回収し、キッツは去っていった。
ドレンは真剣に考え込んでおり、平太は邪魔しないように周囲を見ながら暇を潰すことにする。
十分ほどそうしていると、パーシェがこちらに歩いてきているのを見つける。両脇には護衛らしき武装した男女がいる。
軽く手を振ると、パーシェは平太に気づき微笑みを浮かべ、近づいてくる。
「こんにちはアキヤマ様」
一礼したパーシェの動きで胸が揺れ、思わず平太の視線がそちらにいった。いいもの見たと思いつつ挨拶を返す。
「こんにちは、パーシェさん。散歩かなにかですか?」
平太の視線に気づきつつ、質問に答える。
「散歩もかねた、視察といった感じでしょうか? 普段とは違った商売の形であふれてますからね。いろいろと参考になるかと思いまして。アキヤマ様は祭の間、こちらのお手伝いを?」
「いやここの手伝いは祭の前までで、祭の間は自由行動ですよ」
「どなたかと約束していますの?」
特にそんな約束はないという返答に、でしたらと頬を少し赤く染めつつ口を開く。
「私、祭を自由に見て回れる時間をいくばくかいただけましたの。一緒に回りませんか?」
平太は心臓が跳ねる音を聞く。緊張しながら尋ねる。
「それってデートの誘いですか?」
「えと、そのう」
胸の前で手をもじもじとさせながら、頬をさらに赤くして頷く。
二十過ぎにしては、たいそう可愛らしい様子で、護衛の男やたまたまこの様子を見た周囲の男たちのハートをわしづかみにする。その想いを向けられる平太に羨みの視線が集まる。
デートに誘われた平太は嬉しくもあり、困ってもいた。
(好意持たれてるってことだよね。彼氏彼女な関係を望んでるんだろうか? 好かれるのは嬉しいけど、日本に帰る気満々だからそういった関係にはなれないんだよな。ただちょっとだけ恋人な雰囲気を楽しみたいのか、本格的に恋人になりたいのか)
少しだけ考えて、デートでそこらへんを聞き出して対応しようと結論を出す。
無言なままの平太を、不安そうにパーシェは見ている。
「あ、返事しなくてすみません。わかりました、いつ時間があいてます? こっちは自由に時間設定できますよ」
誘いを受け入れてもらいパーシェは花開いたような笑みとなる。
パーシェは祭りの間の予定を思い返し、都合のいい時間を告げて去っていった。
「あのお嬢様」
護衛の女が浮かれているパーシェに話しかける。
「はい? なんでしょう」
「あの男、アキヤマと言いましたか。お嬢様とどのような関係なのでしょう? 失礼ですが、ファイナンダ商店と繋がりがあるような身分ではないと思われます」
もっともな疑問だと、パーシェは簡単に事情を説明する。王位継承権争いの部分をはぐらかし、誘拐されそうになったところを助けられたといった感じだ。少し前の強盗騒ぎも、最初に情報を手に入れてくれたのは平太だと付け加えた。
「こういうわけで恩人なのですよ」
「たしかに恩を感じるには十分な出来事ですね。ですがお嬢様を見ていると、恩人以上の感情を感じられます」
「ええ、そうね。たしかに彼には好意を持っているわ」
「いずれは彼がファイナンダ商店の店主か、もしくは店主補佐になるということでしょうか?」
話を静かに聞いていた護衛の男は玉の輿だと羨ましそうな表情を浮かべた。
しかしパーシェは肯定しなかった。
「んー……それはどうかしら。父様母様が結婚を許さない可能性もありますし、すでに家のためになる結婚話を進めている可能性もあります。そういった話が進んでいれば、私の一存で彼との関係を決められません」
パーシェはこう言うが、ロディスの件があったので両親は結婚に関してどう動けばいいのかわからないでいる。そのため許嫁の話は影もないし、探すようなこともしていない。パーシェの判断に任せようと考え始めているところだった。パーシェが他国の者を連れて来ても、身辺調査で問題なければ受け入れるつもりだった。
「では現状での彼との関係は親しい友人、そんなところでしょうか?」
「そうね、そのような感じと思ってくれていいわ。彼にはデートだと聞かれ肯定しましたが、実際は友人と遊びに行くそんなところですよ」
ただの友人、その言葉を護衛の男女を素直に受け入れることはなかった。
あれだけ嬉しそうな表情を見せておいて、それはないと考えていたが、金持ちには金持ちの考えがあるのだろうと口には出さず護衛に意識を戻す。
祭り初日がやってきた。朝も早くから周辺の村人が祭り目当てで集まってくる。その客目当てに、出店の主人たちも早くから店を開く。
エラメルトでは、祭りは二日間行われる。王都の祭りは三日間で、村などでは一日騒いで終わりか村ではやらず町の祭りに参加するといったスケジュールが普通だ。
平太は朝起きて、外の様子を見たとき、いつもより大きな喧騒を聞く。このときばかりは日本で参加した祭りに負けないくらいの熱気と人の密度を感じ取った。
「祭りの時期はうるさくてかなわんのう。まあ仕方ないことじゃが」
一緒のテーブルで朝食を待つバイルドが、外からかすかに聞こえてくる喧騒に感想を呟く。
バイルドは祭りに対して心躍るといった様子は見せていない。ここ数年は祭りよりも関心の高いことをやっていて、今はやるべきことがあり、祭りにはたいした興味を持たないのだ。
「ジジイは祭りに参加しないのか?」
「そういったことを聞いてくるのは珍しいのう」
「たまにはあんたにも休みは必要かと思ったんだ。いつも篭ってばかりじゃ作業効率が落ちそうだ」
この返答にバイルドは目を見開いた。
「やや婉曲じゃが、わしの心配をするとは、本当に珍しい。じゃがそんな心配はない。わしなりに休みはとっておる」
「あっそ。作業が遅れないんならいいんだ」
そっけない態度だが、最初に比べたら格段に歩み寄っていると言っていいのだろう。
そんな二人の会話を耳にして、ミレアはおかしそうに小さく笑い、ロナは不思議そうな顔となっている。
朝食後、バイルドは自室に戻り、平太たち三人は食器の片づけをして出かける準備を始める。
ロナは祭りの間、休みをもらえているためよろず作業屋に行く必要はない。エラメルトでの初めての祭りを楽しんでもらおうと、ドレンたちが気を遣ってくれたのだ。
家を出た平太とロナは、ミレアを案内役にして町を歩く。
「どこに行きたいとか希望はありますか?」
「とりあえずごはん食べたばかりだから、食べ物系統は行かなくていいや」
平太の言葉にロナも頷き同意する。
「見世物とかそういったものでよろしいでしょうか」
二人から頷きが返ってきたので、見世物が集まっている区域に向かう。
ジャグリングといったことを行うパフォーマー、動物に芸をさせる調教師、国外の音楽と踊りを見せる楽団、昔話を演じる劇団、こういった者たちがあちこちで客を楽しませている。
見世物はここだけではなく、町の外でも行われている。外では周囲に気兼ねなくやれるので、本格的なものを見たい客はそちらにも足を運ぶのだ。
「お二人はこれを見たいという希望はありますか? ここでも多くの種類の芸があるので希望に応えられますよ」
「俺は特にはないかな」
「私は……ジャグリングとか人がやる芸を見たい。駄目?」
幼い頃、まだ両親と一緒にいたときにこういった祭りに参加したことを思い出した。そのときの思い出で一番印象に残っているのが、パフォーマーたちの芸なのだ。久々に落ち着いて祭りに参加し、懐かしくなり見たくなったのだった。
「かまいませんよ。でしたらあちらですね」
ミレアに連れられて行った先では、小さな舞台があり、そこでパフォーマーたちが演技をしていた。ここを使っているのは誰かと組んでいる者たちだ。
今は三人が舞台上にいて、傘回しをしている。傘の上で回っているのはボールで、それを少し回して互いの傘に飛ばして受け止めるといったことを繰り返していた。
最初は一人がボールを回して、次の人に飛ばしていたが、今では三人同時に回して、同じタイミングで次の人の飛ばすといったことになっている。
無事、一度もボールを落とすことなく終わらせた三人に惜しみない拍手が飛ぶ。手を振り舞台から降りる三人に、平太たちも拍手を送る。
次の人たちのために、小型のトランポリンが三つ用意され、カラフルな服を着た十六才ほどの少年二人が舞台に上がる。
二人が頭を下げると、司会者が演目紹介を始める。
「次は若い子たちですね。演目は見てのとおりトランポリンを使ったパフォーマンスです。今日のため厳しい訓練を行ってきたとのことです。無事成功してほしいものです。それではどうぞ!」
舞台上の二人は床に置かれていたジャグリング用のクラブを持つと、トランポリンの上で跳ね始める。少しポーンポーンと跳び、同じタイミングでほかのトランポリンに飛び移る。そしてすぐにまたほかのトランポリンに飛ぶ。
最初はただ跳ねていただけだったが、次第に芸は複雑化していく。最終的には飛び跳ねながら、互いが持つクラブを放り投げて連続で交換するといった芸を披露し、床に着地する。
演目終了を知らせるため、客へと頭を下げた。
思った以上の良い演技に客からは盛大な拍手が飛んだ。
「なかなかすごかったな」
平太も感心して拍手を送っている。
「ええ、すごく練習したのでしょう。身体能力は魔物と戦って成長すればいいですけど、演技に必要な動きは練習が必須ですからね」
ミレアも感心した様子だ。
「ロナはどうだった、ってその顔なら聞くまでもないか」
うっすらとだがロナの表情には笑みが浮かんでいて、不満など感じられなかった。
この後も三つほどパフォーマンスを見て、ロナが満足したということでほかの場所に向かう。
次に向かったのは屋台や露店が並ぶ通りや小さな広場だ。
よろず作業屋と同じく、多くの店が祭り用に商品を作り店頭に並べている。清涼感を出すためか、青系統の色を使った商品が多く並ぶ。ほかには輝く太陽に合わせた黄色の品もあちこちに見える。
「おう、そこ行く兄ちゃん! 両手に花でデートたあ羨ましいねぇ! ちょっとうちの商品を二人にプレゼントしてみないかね?」
「俺のこと?」
露店から声をかけていた中年の男に自身を指差し聞き返す。
「そうだよ。なかなかの美人を二人も連れて羨ましいよ」
「デート、なのか?」
その意識がなかった平太はミレアとロナに視線を向ける。
「まあ、そうとも言えますし、そうじゃないとも。なんにせよ、本格的なデートじゃないのはたしかですね」
「とまあ、こんな感じらしい」
平太は中年の男に視線を戻し言う。
「そうなのか。ま、まあ親しい女にプレゼントの一つでもしていいと思うぞ?」
「日頃の感謝って意味ならプレゼントしてもおかしくないのか」
じゃあと地面の敷かれた布の上に置かれているアクセサリーを見ていく。値段は三十ジェラから七十ジェラだ。
「二人とも好みのものはある?」
ぱっと見て選びきれないと考えた平太は、ロナとミレアに聞く。
「いいのですか? プレゼントせずとも日頃から感謝の気持ちは受け取ってますよ?」
「たまにはこういうのもいいかなって思う。ロナも遠慮せずに選んで」
ロナは頷いて、腰を屈めてアクセサリーを見る。ミレアも同じようにアクセサリーを眺める。
五分ほどして、二人ともネックレスを選ぶ。ロナの選んだものには青い鳥の飾りがついていて、ミレアの選んだものには銀の涙滴型の飾りがついていた。
二人がこれを選んだ理由は、デザインの好みというほかに作業の邪魔にならないようにというものだった。
露店から離れて、二人は平太に礼を言う。
「さっきも言ったようにたまにはいいかなって思っただけだから。それにそこまで高くはなかったしね」
以前もらった八千ジェラがほとんど手付かずのままなのだ。懐に余裕はまだまだある。
「それでもプレゼントされて嬉しかったのは事実ですから。大事にしますね」
首にかけているネックレスを手で押さえ、小さく頭を下げたミレア。
「私もプレゼントなんて久しぶりで嬉しかったよ。ありがとう」
ロナも首にかけているネックレスを指で触れて礼を言う。
礼を言われて嬉しくないわけがなく、平太は相好を崩し、人差し指で頬をかく。
ちょっとした買い物を終えて、再び露店見物に戻る。
広場ではフリーマーケットも行われていて、客の中には掘り出し物目当ての商人やハンターもいる。
着なくなった服や使わずしまっていた皿や絵画や子供が遊ばなくなった玩具、このほかに手作りの衣服などなどたくさんの品で溢れている。
それらを眺めつつ歩いていると、ミレアが足を止める。
不思議に思った平太とロナは、ミレアの視線の先を見る。そこには周りとにたような感じの露店があるだけだ。
「ちょっと見てきますね」
そう一声かけてミレアは露店に近づく。並べられている商品は家から持ってきたものらしく、統一感はない。
店主と会話し、品物の一つを手に取って、じっとそれを見る。欲しいと思える代物だったのだろう、お金を払い、手持ちの布で包み、バッグにしまう。
戻ってきたミレアに平太はなにを買ったのか尋ねた。
「香炉といってわかりますか?」
平太は頷き、ロナは首を傾げた。
「香という良い匂いの煙を出すものを入れておく器です。故郷の家族がこれを集めてまして、昔コレクションを見せてもらったときにちょっとした説明も受けました。その中の一つと形状が似ていたので購入したのですよ」
売っていた者もこれが香炉ということは知っていたが、価値までは知らなかった。ミレアが買った値段は二百ジェラだったが、本物ならばその十五倍はする。
「本物なんだろうか」
「どうなのでしょうね? 商人が買ってなかったということは偽物かもしれません」
そこらへんの判断は家族に任せるつもりだった。
これが偽物でも、家族へ手紙を書くいいきっかけになったので、損したといった思いを抱くことはない。
再び広場の中を歩いていると、今度はロナが足を止めた。
「ロナもなにか気になるものでもあった?」
「うん。ちょっと見てくる」
トトトっと小走りに露店に向かい、店主に声をかける。この露店もミレアのときと同じく、家から持ってきたものを並べているという感じだ。
その中からロナが手に取ったのは、一本の抜き身のナイフだ。刃がやや厚めで、刀身も今平太が使っているナイフより長い。細かな傷がついていて誰かが使っていたのだとわかる。
手に取ったナイフを買ったロナは、鞘ももらいナイフを納めて戻ってくる。
「これ、あげる。プレゼントのお返し」
「いいの?」
「うん。今使っている採取用ナイフよりいいもの」
露店に並んでいるこれを偶然目にして、プレゼントにいいのでは思ったのだ。
ネックレスのお返しが刃物というのはどうかと思えたが、自身の目利きでいいものとわかるのはこんなところだった。
平太が外に出たがらないことをロナも知っている。そのうえで採取用のナイフを渡すということは外に出ることを促している、というわけではない。いいものを見かけたし、いつか使うかもしれないので、プレゼントするのもいいと考えたのだ。
受け取ったナイフをじっと見て平太は頷く。
「ありがとう。正直いつ使うかわからないけど、大事にするよ」
平太からのお礼にロナは満足そうな雰囲気を漂わせる。
この後もう少しフリーマーケットを回ったが、これといったものはなく三人は食べ物を求めて屋台に向かう。
自分たちの昼食のほかに、バイルドのため冷めても味が落ちないものを買い、一度家に帰る。
バイルドに昼食を渡し、少し休憩してから再び家を出る。
向かった先は、祭り用に作られた中では一番大きな舞台だ。今は次の演目のため準備中で、周りから聞こえてくる話し声からあと五分くらいで次の演目が始まるとわかった。
三人は入場料を払い、空いていた場所に座り、演目開始まで待つ。だいたい五分で開始を知らせる銅鑼が鳴った。
「皆様、次は演劇『勇者ロドロフィアの旅・三本尾の誓い』となります」
過去活躍した勇者たちの話は、演劇としてはポピュラーなものだ。
「これは犬獣人の勇者ロドロフィアが旅先で出会った同族の問題を解決したときの話です。このときに仲間である、烏獣人カーフィニと虎獣人エルドーラに出会いました。力を合わせて問題を解いたあと、ロドロフィアの誘いによって魔王討伐の旅に二人の仲間が同行します。このときの誓いを『三本尾の誓い』と言います。詳しくは劇をご覧ください。では開始いたします」
司会の宣言とともに、演奏が会場に響き、鎧を身に着けた獣人が舞台上に現れた。
遠くに村が見えたという演技をして、農作業姿の獣人が現れる。その獣人と話し、物語は進展していく。
クールな村長の息子の烏獣人や妹が魔物にさらわれたという気弱な虎獣人との出会い。熱血漢な勇者とクールな鳥獣人の対立。妹救出には二人の協力が必要だと真摯に訴える虎獣人。虎獣人の熱心な説得に心打たれ、協力に頷く二人。三人は虎獣人の妹がいるであろう山に向かい、魔物を操っていた角族と遭遇する。誘拐した人を生贄に大規模魔法を発動させ、魔王軍の行動しやすい土地に変えようとした計画を知った三人は、角族に戦いを挑む。そして角族を倒し物語は終わりに近づく。
一時間半ほど続いた演劇は、三人の役者が武器を掲げて魔王討伐を誓ったところで終わりを迎えた。
役者たちが舞台上で頭を下げ。彼らに観客は拍手を送る。
役者が舞台から去り、セットが回収されている間に、司会者から次の演目は十五分後と知らされる。
平太たちはもう一つくらい見ていくかと相談し、そのままそこで待つ。
次の演目も勇者関連の演劇だ。人気のある題材だったのだろう、司会者が紹介すると歓声が上がった。
この演劇も一時間半ほどで終わり、三人は家に帰る。たくさんのものを見て、賑やかな周囲と同じように盛り上がり、心から楽しめたそんな一日だった。