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2 伝説再来

 翌朝、早く寝たこともあって遠くから聞こえる鐘の音で平太は目を覚ます。寝ぼけた頭で実家の自室と違うことに首を傾げる。


「ここは……あ、そっか誘拐されたんだった」


 夢にはならなかったと大きな溜息を吐いた平太はベッドから立ち上がる。起きて最初にしたことが溜息を吐くということに、辛気臭く気分が沈む。顔でも洗って気分を変えようと部屋を出ると、昨日とは違う警備がいて平太に手招きして歩き出す。


「ついてこいってことでいいのかな」


 顔を洗うのは後回しにして警備についていく。案内されたのは昨日も使った少女の部屋だ。

 ここに平太を案内すると警備は扉を開けて、そのままじっと立つ。入れということなのだろう、そう判断した平太は部屋に入る。

 部屋の中には昨日の少女がいて、笑みを向けて隣に座るようにソファーをぽんぽんと叩く。


『おはよう。これから言葉と文字を理解できるようにする』


 隣に座った平太に見えるように、手のひらを上に向ける。すぐにふわりと蛍のような光が現れた。


『これは毒とかじゃないから怖がらずに受け入れて』


 いい? と首を傾げて確認し、頷きを見ると平太の胸に光を押し当てた。

 温かくもなく冷たくもない光は平太の体の中で散って、魂に吸収されていく。心臓の鼓動とはまた違った脈動が感じられる。魂の震えなのだが、そんなものを感じたことのない平太はなんなのだろうかと疑問しかわかない。


『少し待って。魂になじむのに時間がかかるから』


 一分ほど続いた脈動は次第に収まっていき、平常へと戻る。


「そろそろいいかな」


 少女が口を開いて声を発する。それはちゃんと意味を持って平太の耳に届いた。


「……わかる、言葉がわかる!」


 安堵したように平太は力を抜いてソファーに体を預ける。見知らぬ土地ということはかわっていないが、言葉が通じるようになっただけでも大きな前進に思えた。


「じゃあ、自己紹介しようか」


 少女がそう言い、平太は体を起こし姿勢を整える。


「そういえばなんで話しているときに名前を言わなかったんですか?」

「これまでは一方的に話している状態だったからね。きちんと向き合った状態で互いの名前を交換したかったの」


 互いに意思の疎通をとれていないこれまでの状態では、きちんと平太を見ているとは思えなかったのだ。

 しっかりと自分を見ようとする姿勢に、平太は好感を持つ。誘拐されたことは運が悪かったが、少女に出会えたことはありがたく思えた。


「私の名前はエラメーラ。ここエラメルト周辺に腰を落ち着けた小神」

「俺は秋山平太。地球の日本という国が出身です」

「よろしくヘイタ」

「こちらこそ、よろしくお願いしますエラメーラ様」

「今日もここで食事をとることになっているから、それまでお話しましょうか。なにか聞きたいことある?」


 平太はしっかりと頷く。きちんと帰ることができるかなど聞きたかった。


「そうですね。いろいろとあります。なによりも聞きたいのは帰り方です」

「当然ね。でもそれはバイルドがきてからにしましょう。食事のあとにくることになっているから」

「わかりました。でもこれだけは教えてください。俺は帰れるんですよね?」


 不安に揺れ動く目をエラメーラに向ける。


「過去、何人もの勇者が異世界から呼ばれたわ。その全員を送りかえしている。正直なところきちんと帰ることができたのか? それはわからないけど、でもきちんと送還しているわ」


 こちらの世界から消えたあとのことは知りようがなく、確実に帰ることができたとは言えないのだ。

 それでも帰っていった者いるということで平太は安堵の溜息が出る。帰る方法すらない、そんな言葉がエラメーラからでることがとても怖かった。

 ああよかったと、平太は安堵からぽろぽろ涙を流す。

 その涙をエラメーラが手を伸ばしぬぐう。


「ごめんなさいね。バイルドが召喚系の研究をしているのは知っていたの。でもそれが勇者召喚に関わることとは思ってなかったわ。放っておかずに調べておけば、あなたに迷惑をかけることはなかった」


 頭を下げたエラメーラに平太は慌てる。悪いのはバイルドなのだ。世話をしてくれたエラメーラに非はないと平太は思っている。


「顔を上げてくださいっ。悪いのはあなたじゃないです!」


 顔を上げたが表情は優れない。


「でもなにをやっているか知れる立場にいたのだから、まったく問題がないというわけではないのよ」


 気にしないでといっても納得しなさそうなエラメーラに、どうすれば気にしないでくれるか考え、思いついたことを口に出す。


「でしたら俺が困っているときに助けてください。それで貸し借りないですよ! これでいいんじゃないでしょうか?」


 あとになってこのことを思い返し、なにを言っているんだと平太は頭を抱えることになる。神様相手に貸しなど恐れ多いと、自分の発言にどんびきする思いだ。この時点ではいい考えだと思っており、エラメーラも頷いた。


「わかりました。困ったときに力になりましょう。始源の神に誓って」

「全ての生物の親って聞いたっけ。トップって認識でいいのかな」

「それでいいよ。なにか大事な約束をするとき、始源の神に誓えばそれだけその約束を重要視していると相手も受け取ってくれる。でもその約束を破ったら、相手からの信用は生涯なくなると考えて」

「そこまでの約束を俺相手にしたんですか」

「守る気があるならそう重いことではないからね」


 エラメーラは本心からすまなく思っていて、力になるというのも本心だ。だから約束を破ろうとはまったく思っておらず、簡単に始源の神を交えた約束を口にだせた。

 対して平太はそこまでの約束をしてくれたことにさらに好感度を上げている。勘違いだが、双方にとってプラスなので誤解を解く必要はないだろう。

 簡単に好感を得すぎだが、これは本能が心情を操作しているのが原因だった。言葉の通じぬ見知らぬ土地に着の身着のままで放り出され生きていけるほど平太は強くない。それを理性ではなく本能は理解しており、頼りになる者を嫌いにくいようにしていた。仮に平太の扱いが多少悪くとも、不満は起きなかっただろう。我慢して生きていけるのなら、その方がましだからだ。

 幸いエラメーラは平太に害意などもっていないので極めて良い方向へと進んでいる。


「次に聞きたいことはなに?」

「ええと、あそうそう。少しだけですけどこっちの生活を見たり話を聞いて、地球に似ているところがあるなって思って。以前召喚された人に地球出身の人でもいたんですか?」


 それとも人間という種は似たような発想でもするのかと口に出さずに思う。


「チキュウかどうかはわからないけど二ホンという国の出身者がいたとは聞いたことがある。そこばっかりじゃなくて他の世界の出身者もいたね。知ってるかぎりで五種類くらいかな、異世界は」


 知的生物が住む世界が五種類というのは多いのか少ないのか、全知全能ならぬ平太にはわからぬことだ。


「そうなんですか、じゃあ次はここについてなんですけど、神様が住んでるってことは神殿なんですか?」

「そうなるのかな? たいそうな場所じゃないんだけどね。私という小神がいるから人間が集まり建物を建てた。私自身がここにいればいいのだから、建物がなくても問題ないの。ここらの土地を守っているお礼で建てられたと考えるといいわ」

「神様の役割って? なにか目的あってここにいるんですか?」

「役割というほど立派なものはないわ。存在しているだけで、世界のあれやこれを維持するの」


 小神には世界を大きく動かすほどの力はないのだ。世界のバランスを保つために、存在していると言っていい。


「ここにいるのも意味はない。気に入った土地に腰を落ち着けているだけなのよ? 小神がいる場所には魔物は近寄りがたいから安全に暮らせるの。あとは能力を目覚めさせることも役割と言えるのかな。年の終わりにその年に生まれた子供たちを集めて祝うの。それをきっかけに能力が目覚める」


 目覚めさせてもすぐに使えるわけではない。ある程度の知能が必要なのだ。これは始源の神がそう定めたのではなく、生物の本能が自らに枷をかけていた。その枷がなければ赤子でも使うことができる。制御されない力は他者だけでなく自分も危険にさらすことがある。身を守るため、本能は枷をはめるのだ。


「能力って誰でもあるんです?」

「ある。生物全てが持ってる」

「さすがに俺にはないですよね?」


 全生物といってもこの世界出身ではない自分にはあてはまらないだろうと聞く。エラメーラは首を横に振る。


「ある。というより生じるというのかしら。召喚された人たちは全員持ってたしヘイタも持ってると思うわ。あとで目覚めさせてあげる」

「どんなのかちょっと楽しみだ。魔法はあるのかな?」

「詠唱をして能力のように効果を出すものよね? ないわ。元の世界でそれを使える勇者ならこっちでも使えたらしいけど、こちらの世界には魔法というものはない。使えないかと教えをこうた人がいたけど使えなかったの」


 召喚は魔法ではないかというと、エラメーラは魔術と答えるだろう。

 エラメーラの認識する魔法とは、魔力を使って短時間でお手軽に大きな効果を出すもの。召喚は使うのに時間がかかり必要な道具も多い。こういったふうに道具や儀式で能力と同じような効果を出すものをこの世界では魔術と呼ぶ。

 エラメーラの感覚では、そのようなものは魔法ではないのだ。もっとも平太からすれば十分に魔法なのだが。ここらへんは認識の違いだろう。


「世界が違うと勝手も違うんだなぁ。ものづくりは大丈夫だったのかな、飛行機とかこっちで自力で開発したんです?」

「伝えられた飛行機や車そのものは無理だったんだけど、あると教えられてそれを元に開発したのがこっちの飛行機とかね」


 飛行機を伝えた者がエンジンの仕組みや燃料の詳細を知らなかったのだから、まるっきり同じものを作るのは最初から無理だったのだ。とある事情で見本は見せることができたので、それを元にしたため形は似たものになった。


「どんなふう使われてるんです? すでに聞いたように移動手段ってだけ?」

「急ぎの荷物を運ぶのにも使われるわ。歩きや馬より断然速いから」


 地球でも同じように使われているため、そうだろうなと平太は頷く。


「ほかに聞きたいことはある?」

「ないかな……いやどうして昨日のうちに会話ができるようにしなかったんですか? なにか特別な準備が必要だったとか」

「私ではできないことだったから。夜のうちに始源の神が住む島に行ってきたの。事情を話したら読み書きをできるようになる力の欠片をくれたわ」

「感謝ですね」


 島のある方角を教えてもらい、そちらへと平太は頭を下げる。

 ここで扉が開き、朝食が運ばれてくる。テーブルに置かれたものはここで見るとは思っていなかったものだ。


「和食!? こっちで見るとは思わなかった」


 味噌汁に白米に浅漬けに厚切りのハムに目玉焼きが朝のメニューだ。


「これも勇者が伝えたものよ。さあ、食べましょう」


 そう言うとエラメーラは始源の神に祈りを捧げて食べ始める。平太もいただきますと言って味噌汁を口に運んだ。出汁はシイタケのようで、味噌は赤味噌でも白味噌でもないなにかだが不味いというわけではなかった。次に食べた白米は日本米と同じだった。


「日本と同じ味の米が食べられるなんて」

「いろいろと頑張ったそうよ」


 食べ物に関して本気を出す日本と同程度まで品質を上げたのだから、本当に頑張ったのだなと平太はその努力に感謝しつつ白米を噛みしめる。

 ちなみにこの米には、平太が思った以上に手間がかけられていたりする。食材はこの世界独自のルールがあり、品種改良だけですむ話ではないのだ。


「寿司とか丼ものとかもあるんですか?」

「ある。私は山菜のゾウスイが好き」

「こっち特有の食材を使った和食もありそうですね。食べてみたい」

「シューサに行けば食べられるわ。ワショクが一番発展しているのはそこだから。ただ遠い」


 大陸西部の北辺りにある世界一古い町だ。所属する国が滅んでも町は滅びず、ずっとそこにあった。今もイライアという国の一部なのだが、他国からは独立領土と思われるほどに独立性をもっている。イライアもあまり干渉をしない。それはイライア王家が国を作る手助けを、シューサを治めるフォルウント家がやったからだ。歴史の古さや援助という面から頭が上がらない。フォルウント家がそのことを利用して国政に関与していれば反発もあったのだろうが、そのようなことはなく領地経営にのみ関心をむけていた。むしろ王がよほどの悪手をうたなければ国に関与もしないし、当主たちが城に行くこともない。しっかり税を納めているので国側も文句はなく好きなようにさせていた。


「一度は行ってみたくもあるなぁ」

「シューサ側もワショクの源流を知る人は歓迎かもしれないわね」


 異世界からきたと言って信じてもらえるかはわからないのだが。

 会話をしつつも食事は進み、ほどよくお腹が膨れ食器が下げられる。

 十分ほど時間が流れ、部屋に昨日も見たリーダー格の男、名前はリンガイ、続いてバイルドが入ってきた。


「きたわね。こっちも用事はすませているし、早速召喚関連について話しましょう」


 全員が座り、それぞれにお茶が行き渡ってからエラメーラは話を始める。


「妖精を通して見たし、報告書でも読んだけど、バイルドあなたが召喚を行ったということで間違いないわね」

「はい」


 誇らしげに胸を張ってバイルドは頷く。困難なことを成し遂げて嬉しいのだ。だがその態度は強制的に連れてこられた平太にとっては神経を逆なでするものでしかなかった。

 ダンっとテーブルを叩いて立ち上がる。


「あんた!」

「エラメーラ様が話している最中だ、遮るな」


 リンガイが睨むように平太を見る。視線の強さに怯みそうになるが、それでも我慢はできない。


「だってさ!」

「ヘイタ、気持ちはわかるけど押さえてちょうだい」


 エラメーラにも声をかけられ、渋々といった感じで座る。さすがにエラメーラの声まで無視する気はなかった。


「まあ、今見てもらったように誇れるようなことではないと思うのよ」

「誰も再現できないと言われていた異世界召喚ですぞ!? その成功は研究者であれば嬉しくなって当然でしょう!」


 功績を否定されて、バイルドは愕然とした表情を浮かべつつ言う。


「呼び出される側の迷惑を考えていない発言ね。彼はこっちの言葉を理解できない状態で、こちらの知識もなく、誰も知人のいない世界に呼び出された。ついでに能力もなかったわね。他所の大陸に一人で放り出されるよりも迷惑なことよ。その心境を思えば成功を喜べとはいえないわね。それともあなたが同じ状態になっても喜べるとでも?」

「その程度ならなんとかあるのでは?」


 深く考えてはいない返答に、エラメーラは首を横に振る。


「本気で言ってるのかしら。よその世界ということは常識も違う。喉が渇いたといって川の水を飲んで、それが毒の川とも見抜けず死ぬ可能性がある。お腹がすいてもなにが食べられるのかわからない。現地人に会ってもふとしたことで向こうのタブーに触れて殺される。世界が違うことで自前の能力も使えない可能性がある。いくらでも死の可能性は考えつく。改めて問うわ、同じ状況になって喜べるの?」

「むぅ」


 改めて指摘され、その状況ではバイルドも苦労することが簡単に想像できた。

 指摘に反論がない様子から研究に全てを賭け、そのためならば命はどうでもいいというわけではないのだとわかる。研究をなによりも優先する危険人物ならばこのまま牢屋で残りの人生を送ることになっていただろう。放置すれば次はなにをしでかすかわからないのだ。


「理解できたようね。研究をしていた動機は好奇心、それでいいわね。その好奇心のせいで迷惑をかけられた人がいる。謝っておきなさい。それで許されるわけではないでしょうけど」


 バイルドはすまなかったと謝るが、エラメーラの言うように平太には許すという気は起きなかった。謝罪を拒絶するように顔をそむける。


「すまないという気持ちがあるなら、送還の準備を整えなさい。可能なのでしょう?」


 エラメーラの言葉にバイルドは頷く。


「できるのじゃが、昨日も話したが時間がかかりますぞ。陣を送還用に書き換えて、専用の道具もそろえる必要がある」

「どれくらいかかるの? 道具集めはこちらがなんとかするとして」

「それでも一年は確実に」

「長いっ」


 もっと短くならないのかと平太は声に出す。


「仕方ないことじゃ。陣作成に使っている材料が貴重で、陣を完成させても微調整もある。確実に成功させるにはそれくらいの時間は必要だ。そもそも召喚陣の完成には二十年以上かかっておる。それと比べたら格段に短い」

「申し訳ないことだけど、こればかりはどうしようもないの」


 すまなさそうな表情となるエラメーラに、平太は慌てる。


「エラメーラ様がそんな顔になる必要なんてありません。悪いのはそこのジジイですっ。それと帰ることができるなら我慢します」


 一年も行方不明になったら、家族や警察の反応が怖い。どこに行ってたなど正直に話したところで信じてはもらえないだろう。本当のことは言いたくないのだと疑われるだろう。正解のない正解を探してあれこれ問い詰められるところを想像し、今から疲れる思いだ。


「帰還までの時間どこで過ごすかだけど、あなたさえよかったらここにいる?」

「ありがたい提案で是非にと飛びつきたいんですけど、ジジイのところに行こうと思います」

「バイルドのところ?」


 エラメーラが小首を傾げる。その可愛い所作に見とれつつ平太は頷いた。


「どうしてうちなんだ? 嫌っている者のところになんぞ来ても息苦しいだけじゃろうに。そして儂もそんな生活は勘弁じゃ」

「俺だってみすぼらしいジジイよりは、エラメーラ様のような美少女のそばで暮らしたい。ただでさえ見知らぬ土地で息苦しい生活は嫌だけど見張るためだ。送還の陣をさぼらずに作るのか常に確認したい」

「そんなことをせずともサボる気はないが」

「あんたのことを信用していないから、言葉でそう言われても信じない」


 嫌われたものだとバイルドは溜息を吐いて、了承の返事を返す。

 実は監視のほかに理由もあり、それは世話になっているエラメーラの迷惑になりたくないというものだ。可愛い子の前で不甲斐ないところを見せたくないという見栄だ。


「そうすると、生活費の支給をしたほうがいいかしら」


 ここでいらないと言えたらかっこいいのかもしれないが、そこまでの見栄ははれなかった。


「生活に慣れるまではほしいです。てっとりばやくお金稼ぐ方法とかあります?」

「手早く稼ぐと言ったらハンターだろう」


 リンガイが言い、エラメーラもそうねと頷く。


「ハンターっていうと、俺の住んでたところでは動物を狩る人のことを指すんですけど。こっちでもそうですか?」

「こっちでは獣にかぎらず魔物を狩り、薬草といった材料を集める者を指す」

「魔物って! 俺荒事の経験まったくありませんよ。そんな俺ができるんですか?」


 生まれてこのかた殴り合いもしたことがない。運動神経が悪いとは思わないが、特別いいわけでもない。そんな自分が魔物という強そうな生き物を相手にできるのか不安しかない。


「大丈夫だと思うぞ。魔物といっても町周辺は定期的に俺たちが巡回していて危険すぎる魔物はいない。十才の子供でもやり方を学べば問題なく狩れるものがほとんどだ。ハンターになるなら何日間か、神殿の兵を指導係につけよう。前知識もなくハンターになるやつもいるから、準備しておけばそうそう大変なことにはならないだろう」

「ちなみにほかにおすすめの職とかあります?」

「そうだな……能力次第だな。転移を使えれば町から町へと荷物運びができる。治療を使えれば医療院でほしがられる。計測だと資材や食料の重さを測ってほしがられるだろう。そういえばエラメーラ様、アキヤマに能力を与えたのですか?」

「まだ。事情を話してからでいいと思ってたから。ここでやってしまいましょ」


 エラメーラは片手を天井に向ける。少し考えた後、口を開く。


「異界からの客人に祝福を。あなたの行く道の手助けにならんことを」


 いつもは新生児に向けてやっていることなので、贈る言葉が違う。そのため今回の言葉は平太のためのオリジナルとなっている。

 言葉の後にエラメーラの手から光の粒が放出され、部屋全体に降り注ぐ。雨や雪のように濡れる感触のないそれを平太は全身に浴びた。


「これで使えるように? どんな能力がでたかは検査とかでわかるんですか?」

「いえ、自分の中を探ると名前や効果が思い浮かぶのよ」

「ほー」


 不思議だなと思いつつ、どのようなものか目を閉じ人差し指を額に当てて考える。


「再現?」


 浮かんできた言葉はそれだ。

 平太の言葉を聞いた途端、この場にいる者全員が驚いた表情を見せる。


「ヘイタ、本当に再現なのね?」


 確かめるように聞くエラメーラに平太は頷く。その真剣な表情になにかあるのかと平太は内心首を傾げた。


「異世界からきたから特殊なものを得るかもとは思っていたけど、想像の上をいったわね」

「なにかあるの? この能力」

「念のために聞くけど効果はどのようなもの?」

「えっと……一度見聞きし触れた物や技術を一定時間再現する」

「間違いない、か。それは歴史上一人しか得たことのない能力よ。先代は今から千五百年ほど前にこちらにきた人間らしいわ。フォルウント家という名家を興した人物よ。その人物がワショクとかを伝えたの。同じ国出身だから同じ能力を得たのかしら?」


 これまで同じ国の出身の召喚者はいなかったため、どのような能力を得やすいのかという情報はないのだ。


「試しに使ってみても?」


 どのような感じなのか興味が湧いて平太はエラメーラに聞く。


「いいけど、どんな再現をするのか先に教えてくれる?」

「えっと物でもいいってなってたから、お菓子か果物でもだしましょうか。どんなもの好きですか?」

「好きなものを出してくれるの? そうね……ご飯食べたばかりだからあまりたくさんはいらないし、あっさりした小さなお菓子とか」


 注文にあうものを平太は記憶の中から探しだす。そして能力を使おうとして止まる。


「感覚的にわかるんですけど、一度言葉にして能力の使い方を教えてもらえますか」

「周囲にある魔力を体内にあるパワーコアまたは魔導核と呼ばれるものに集めて能力を発動。言葉にするとこういった感じね」


 全ての生物は魔力を自ら生み出すことはできない。これは神も同じで世界に漂う魔力を消費するだけなのだ。かといって世界が魔力を生み出しているかというとそうでもなく、膨大な量の魔力が世界と世界の外にあると始源の神は知っていて、それを神々に教えていた。いつか使い切ることは確定しているが、それは百年千年先の話ではなく、もっともっと先のことだ。もしかすると世界の終わりの方が早いかもしれない。

 使用に関して感覚が間違ってなかったことを確認し平太は能力を使おうと考える。すると胸の辺りに熱を持ったなにかを感じ取れた。それが魔導核だ。

 息を吸い込むと同時に口から魔力と思われるものを吸い、魔導核へと流し込む。

 再現したいもの、今回は葛饅頭を思い浮かべ能力を発動しようとし、壮絶な痛みが胸から発せられた。


「がっ!?」


 突然胸を押さえて倒れ込んだ平太を皆が驚いた表情で見ている。平太は痛みに耐えきれず気絶している。どこにも葛饅頭はなく、能力が発動する前に中断されたとわかる。


「ヘイタ!? リンガイっ彼をソファーに」

「わかりました!」


 素早く丁寧に平太を抱き上げると、ソファーに寝かせる。

 苦悶の表情で眠る平太をエラメーラが調べていく。すぐに理由はわかり顔を上げた。


「どうして倒れたのかわかりました?」

「魔導核の酷使が原因」


 エラメーラの答えはあっていた。こちらの世界にきて、できたばかりの小さな魔導核にはまだ能力の使用は早すぎたのだ。


「でもこちらにきたばかりの勇者が初めて能力を使ったときに倒れたなんて話は、一度も聞いたことがないのだけど」


 どうしてかしらと考え、これまでの勇者と平太の違いを考え、すぐに召喚条件の違いと気づく。


「正式な手順を踏んでないから違いがでた。そう考えるのがいいのかしら」

「と言いますと?」


 自分のやったことなので、正規のものとの違いに好奇心を刺激されたらしく目を輝かせてバイルドが聞く。そのバイルドを窘める視線を送ったあとエラメーラは推測を話す。


「勇者として呼ぶのだから不都合があったら困るわね? そんな状態だと魔王を倒すどころではない。だから勇者召喚にはこちらに呼ぶ際に身体や魔導核を保護するような機能もあるかもしれない。これは勇者が言語理解能力を与えられフォローされていることからの推測。召喚だけではなく他の機能も招きの神殿の召喚陣にはあるかもしれない。一方でバイルドあなたの召喚は、呼ぶことだけを考えたもの。ヘイタが言語理解していなかったことからもわかるわ」

「そうですな。儂はそんな機能をあの陣にはつけていませんでした」

「だから呼ばれた際にできたばかりの魔導核に負担がかかって、それがまだあとをひいていて能力を使って倒れた。推測だとこんな感じ。でもヒントが少ないからあっているとはいえないわ」


 ほかの者たちもこれだという推測はできていない。

 正解はというとエラメーラの答えでは完全とはいえなかった。


 世界を越えるというのは受け入れる世界にも呼ばれた者にも負担を強いるものなのだ。その負担を少なくするように勇者召喚する際には気を使われている。

 このことは何度かの勇者召喚の失敗でわかっているが、広められることはなかった。召喚を始めた当初に何人かの犠牲者が出ているのだ。死体がこちらに届くという形だったので、問題が発生しているとすぐわかった。しかしその犠牲者に申し訳ないと思いつつも召喚を止める気はなく、犠牲者が出たという事実を伏せて召喚を続けた。以前までの、強者を選んで勇者として魔王にぶつけるという方法よりも、異世界から人を呼ぶ方が魔王討伐成功率は高いのだ。

 ここらの事情を知っているのは招きの神殿のトップと大神で、神といっても下っ端にあたるエラメーラは召喚についての詳しいことは知らされていない。

 勇者が初めて能力を使って倒れなかったのは、保護されていたということともう一つの理由があったからなのだ。

 話は少しかわるが、この世界の強くなる方法は地球とは違う。例を上げると地球では走り続けると体力があがる。こちらでは同じことをしても体力はあがらない。ではどうすれば鍛えられるのかというと、初めての経験をしたり大きな出来事を成し遂げると体力や筋力や頑丈さなどがあがるのだ。同時に魔導核も成長する。

 ここでもう一つの理由がでてくる。世界を越えるという滅多にできない経験をするとこちらに世界にきたとき大きく成長するのだ。それに伴い魔導核も大きくなり勇者たちが能力を使用しても平太のように倒れない。平太は能力上昇に使われるはずの力で体にかかる負担を軽減し、魔導核が大きくなれずにいて、その状態で能力を使用したため倒れたのだ。


「念のためセラネスタを呼んで確かめてもらいましょう」


 リンガイが外にいる警備に神殿の医者を呼ぶように指示を出す。その後に湧いた疑問を問う。


「エラメーラ様、再現使いの再来は王に伝えた方がいいのでしょうか?」

「さてどうしたらいいのか。能力が進化しなければ問題はないんだろうけど。現時点ではそこまで大きな能力ではないからね。いや十分すぎる能力ではあるのだけど」

「知らせたらフォルウント家が黙っていないのではないかな」


 バイルドの言葉を肯定するようにエラメーラは頷く。

 フォルウント家は今の自分たちがあるのは初代のおかげと考えているし、神たちも同意見だ。フォルウント家だけではなく世界に与えた影響も大きいのだ。フォルウント家と無関係な人間でも同じ能力を持っているというだけで、注目は大きくなるだろう。


「王にだけ知らせておきましょうか。なにか問題があったときに助力を願いたい。他言無用と釘を差す必要もあるわね。となるとリヒャルトにも伝えておこうかな」


 リヒャルトというのは王都にいる神だ。神は政治に関わることはないが、守護していることから発言力は高い。歴代の王も神を大事にしているので、忠告を無視することはないだろう。


「フォルウント家にはなにも?」

「早ければ一年後には帰るのだから無暗に騒ぎたてることもないでしょう。知らせれば無理矢理こちらに繋ぎ止めようとする人もでてくるかもしれない。それはヘイタにとって迷惑でしかないからね」

「わかりました、他言しません。お前たちもいいな?」


 リンガイはバイルドや警備やメイド見て言い、彼らもしっかりと頷く。バイルドとしては興味のある能力で研究してみたいのだが、神やフォルウント家を敵に回すことになるとわかっているため手出ししようとは考えなかった。


「本人にもあとで言っておかないとね」


 寝ている平太に、手間のかかる子だと慈しみの視線を向けて頭をなでる。

 少しして警備に連れられたセラネスタがやってくる。七十を少し過ぎた老人で、白地に緑ライン入ったコートを着て、豊かなひげをたくわえている。平太を診察し、魔導核にひびが入っていることを確認して、エラメーラと同じ判断を下した。

 治療法は特になく、安静にしていればいいだけだ。丸一日能力を使わなければひびは勝手に治る。

 寝ている平太を警備二人で寝泊りしている部屋に運ぶ。起きるまでの間にリンガイたちは仕事に戻り、バイルドは家に帰り、エラメーラはリヒャルトに連絡を取る。


誤字指摘ありがとうございます

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