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18 夏祭り 準備1

 異世界にやってきて一ヶ月もとうに過ぎて、季節は本格的に夏に入る。

 陽射しは強く、街路樹からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。露店や酒場では冷たいものやよく冷やした酒が飛ぶように売れている。

 そんな地球の夏とかわらないエラメルトで、角族の脅威がまだまだあとを引いている平太は、相変わらず町中の仕事を受けてばかりいた。

 その様子を見ていたエラメーラはいつもの庭で、パラソルの影の下で涼みつつ思案げな表情になる。


「どうかされましたか?」


 そばにはべる使用人が尋ねる。


「ちょっとね」


 こういうふうに誤魔化すときは自分たちに話せないことだと使用人は理解しており、口を閉じエラメーラの邪魔をしないように静かにする。


(ヘイタに関して少し動いた方がいいかしら。角族が表だって動いている様子はない)


 表だってではなく、こそこそを動いているとしたらエラメーラには探しきれない。角族はたまにこっそりと町へ侵入することがあるのだ。力を押さえ、よその小神がいない村などで人間の匂いたっぷりまとわせて。

 こういった小細工をされると、長生きした小神でないとみつけることは難しい。

 侵入した角族がなにをするかというとなにもしない。偵察のために静かに動くのだ。目立ってしまうと顔と気配をしっかり覚えられて、次回侵入ができなくなってしまう。


(そろそろ外に出ても大丈夫なはず)


 例年よりも町の外に目を向けているエラメーラは、町の周囲で動く角族を見つけていないのだ。だから徐々に警戒を下げ、平太が町から出ても大丈夫な可能性が高いとみる。

 平太はもっとこの世界のことを知るべきだ、どんどん町から出て行ってほしい。そんなことは考えていない。帰還するときまで町で過ごすのもいいだろう。けれど町の外にもいいところはある。角族を恐れてそういったものを知る機会が減るのは残念に思えたのだ。


(あの祭りが近づいているし、それをきっかけにしてみようかな)


 考えをまとめて、エラメーラは使用人に顔を向ける。


「そろそろ夏祭りが近づいているわね? 担当は誰か知っている?」

「担当……はい、存じております」

「ではその者を連れてきてほしい。少し頼みたいことがあるの」


 わかりまました、そう言って使用人は頭を下げて庭から出ていく。二十分ほどして使用人は五十才くらいに見える男の神官を連れて戻ってきた。


「エラメーラ様が私をお呼びになっていると聞きました。なにかご用でしょうか?」


 名前をエラメーラに尋ねられ、男はカルニですと名乗る。


「カルニ、あなたは夏祭りのトップで間違いないわね?」

「はい。まとめ役になり、準備を進めています」

「民間から一人、あなたたちの手伝いにやっても問題ないかしら」

「祭りは民間人との協力のもとで行われますから、民間人が入ったところで問題はありません。しかしどうして今なのですか?」


 手伝いが増えるのは助かるが、もっと早い時期からでもよかったはずだ。その方が手伝いにくるという人物も作業の流れがよくわかるはずだ。


「詳しい事情は話せないけど、一人気にかけている人間がいるの。彼はアキヤマヘイタという。ヘイタは一ヶ月くらい前に角族に襲われたことで、また襲われやしないかと町の外を怖がることになった。その恐怖を少し晴らしてあげたい。夏祭りは町の外であれがあるでしょう? 祭りの手伝いをして、あれを見たら達成感などもあいまって感動もひとしおだと思うの。その感動がいいきっかけになればと考えているわ」

「あれですか。たしかにきっかけになり得ますね」


 手伝いにくる人物は愛し子なのだろうかと思いつつ、夏祭り恒例となっているものを思い出して納得する。


「愛し子ではないわよ?」


 カルニの表情を読み、エラメーラは言う。考えを当てられカルニは驚き尋ねる。


「心を読みましたか?」

「表情を見ればなんとなくわかる。愛し子ではないけど、似たようなものかもしれない。不当に扱わなければなにも言わないから、仕事を割り振ってあげて」

「承知いたしました。その人物はいつからくるのでしょうか」

「今日手伝いを依頼するつもりだから、明日くらいかしら」


 聞きたいことを聞いたカルニは頭を下げて、どの仕事を割り振ろうか考えながら庭から去っていく。

 エラメーラは椅子に横たわり、目を閉じて町の様子を見る。平太は仕事中なため話しかけるのはあとだ。



「ふーっ暑かったー」


 首にかけたタオルで流れる汗をふいて平太は肉の買い取り所に戻る。つい先ほどまで公園の草むしりの依頼をこなしていたのだ。

 貸し出された麦わら帽子と脱水症状対策に置かれていた大型水筒のおかげで、倒れるようなことはなかった。だが暑さはなんともしがたく、たまに吹く風や小休憩時に木陰にいけるのがありがたかった。春秋の草むしりよりもきつめなだけあって、報酬は少々高めになっている。

 肉の買い取り所に依頼終了を伝え、家に帰る。今日はたくさん汗を流したので、味の濃いものが食べたいなーと思いつつ玄関を開く。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


 買い物かごを持ったミレアがリビングからちょうど出てくるところだった。


「今から買い物?」

「はい。なにか夕食のリクエストはありますか?」

「リクエストできるなら、味の濃いめなものが食べたい。あとは肉な気分かな」

「そのリクエストなら……焼肉丼とほかなにかといった感じでどうでしょう」

「うん、それでお願い」


 では行ってきますとミレアは家を出ていった。

 平太は風呂で汗をふこうと思いながら、そちらに向かう。その平太の目の前に小さなエラメーラが現れた。


「今日もお疲れさま」

「こんにちは。エラメーラ様から話しかけてくるってことは、またなにか魔物関連でありました?」

「魔物も角族も大人しいものよ。今回来たのは荒事じゃなくて、お手伝いを頼みたいからなの。町の噂で夏祭りが近づいているって聞いた?」

「はい、たまに聞こえてきます」

「その夏祭りの手伝いをしてほしいの」

「手伝うのに異論はありませんけど、どうして手伝いを頼むんですか」


 わざわざエラメーラが頼むことだろうか、そう思いつつ尋ねる。


「今は話せないけど、祭りが終わったら話せる。悪いことじゃないから、深く考えずに祭りの手伝いをしてほしい」

「はあ。それで俺はどこに行けば?」

「明日神殿に来てちょうだい。カルニという神官が祭りのまとめ役なの。彼に会って、仕事を聞いて」

「わかりました」


 エラメーラはその返事に満足そうな笑みを浮かべて消えていった。

 エラメーラが完全に見えなくなり、平太は乾き始めた汗をふくために風呂に向かう。濡らしたタオルで体をふきつつ、どういう意図で頼んできたのか考えては見たものの、これだという考えは思い浮かばなかった。

 帰ってきたミレアやロナにも聞いてみたが、わからないということで素直に祭りの終わりを待つことにする。

 翌日、いつから神殿に行くのか聞いてなかった平太は朝食を食べ終えて、ロナと一緒に家を出る。途中まで一緒に歩き、ロナと別れて神殿に向かう。

 神殿前では数人の神官が掃除をしており、その中の一人にカルニについて聞こうと話しかける。


「おはようございます」

「おはようございます。なにか用事でしょうか?」

「カルニという神官さんに会いたいのですが」

「事前に会う約束などはしていますか?」

「一応連絡が入っていると思います」


 わかりましたと頷き、神官は掃除を止める。平太を談話室に案内してカルニを連れてくるため去っていく。

 十五分ほど時間が流れ、神官はカルニを連れて戻ってきた。

 その神官にカルニが礼を言い、頭を下げた神官は掃除に戻っていった。


「おはよう。君がアキヤマ君で間違いないかな」

「はい。手伝いを頼まれて、あなたに会い行けと」

「間違いないようだ。なにか話そうか……ふむ、とりあえず祭りそのものについて話そうか。祭りは輝日月の三十日に行われる」


 輝日月というのは地球というところの七月八月にあたる。

 一月二月は白雪月、三月四月は花咲月、五月六月は青葉月、七月八月は輝日月、九月十月は赤葉月、十一月十二月は冷空月と呼ぶ。

 一年は三百六十日なので、それぞれの月は六十日ある。

 カルニの言う輝日月の三十日は、地球でいうと七月末か八月始めにあたる。


「赤葉月にある収穫に向けて頑張ろうということや、暑さを吹き飛ばせといったことを名目にして行われる。楽しむこと、これが目的でもある」

「俺の故郷でも祭りを楽しみにしている人は多かったです」

「うん。そういった人たちが楽しめるように準備を整えるのが私たちの仕事になる。次は祭りまでの全体の流れを話すとしよう。祭りを行うにあたって、いきなり当日に祭りを行えるわけではない。準備をしないと色々と問題がでてくる」


 平太は頷く。高校までに学園祭や文化祭をやった経験はある。そのときのことを思い返せば、準備は祭りの前からやる必要があるというのはすぐにわかる。


「はじめに私がやったのは他の神官に役割をわりふったこと。当日に行われるイベントをまとめる者。人々の警備や誘導に関して考える者。屋台や露店をまとめる者。祭りの広報を行う者。準備金などのお金を扱う会計担当の者。看板やイベントの会場の設営を考える者。こんな感じだ。この者たちもまた神官や町人から協力者を募って動いた」


 それぞれの詳しい役割をカルニが話していく。


 イベント担当者は毎年行われることや新しく行うものを募集し、プログラムを考えて、そこに参加する人たちへの対応も考える。

 警備担当者は神殿の兵が協力してくれる。彼らは毎年やっているので、当日まではスムーズにことが進むが、当日が忙しい。

 屋台や露店の担当者は、誰がなにを出すかいくらで出すかを考え、値段を調整し、どこにどの屋台を配置するかを考える。よく売れる位置というのはあるので、そういった配置に気を遣う必要がある。

 広報担当者はエラメルトだけではなく、周辺の村や町に行って祭りを行うことを知らせる。人の行き来が多くなるのため、バスの臨時時刻表を出してもらえるよう交渉する必要もある。

 会計担当者は一般人や商店から募金を募り、神殿が出す資金と合わせ、それぞれの担当の者が使うお金を管理する。

 設営担当者はイベント会場の設営を専門店に頼み、会場に必要な備品の準備などを行う。祭り当日、それぞれの担当への指示も仕事になる。


 これらを聞いて平太はその仕事量に面倒そうだという表情を隠さない。

 カルニはその表情を見て、苦笑を浮かべた。


「まあ、一度にこんな話を聞けばそんな表情になるのも無理はないが、関わっている人は多い。それぞれに仕事が分散されて、それぞれが真面目に動けば面倒事はそうそうないもんだ」

「そして俺もその一人になると。俺はどんなことをすればいいんですか?」

「君にはとりあえず会計の手伝いをしてもらおうと思っている」


 いきなり手伝い始めても大丈夫な仕事を考えて、思いついたのがこれだ。


「こういった催しものでのお金の計算はしたことないんですが」

「大丈夫。お金の計算とかじゃなくて、募金の方だね。事前に商店には募集の知らせをしている。だからあとは集めて回るだけでいいんだ。ついでに祭り関連のトラブルがないかも聞いてほしい」

「わかりました。それなら大丈夫そうです。募金は今日からですかね」

「ああ、担当の者に会ってもらうよ。こっちだ」


 カルニの案内で、会計担当者がいる場所に向かう。今はまだ神殿の掃除といった通常業務をやっているようで、会計の仕事は午後からやるらしい。


「いたいた、彼女が会計担当だ」


 窓をふいている三十半ばの女を指差す。


「オートニー、昨日伝えた手伝いをしてくれるアキヤマ君を連れてきたよ」

「こんにちは、カルニさん。君がアキヤマ君ね。手伝いありがとう。募金用の袋とか渡すからついてきてくれる?」


 平太をオートニーに引き継いだカルニは仕事に戻っていく。

 会計担当者に与えられる机から、クレジットカードと似た大きさの薄い金属板とお金を入れる袋とメモ用紙とペンを取り出す。


「このカードは神殿関係者って示すの。商店の店主に会ったとき見せて。落とさないよう紐を通してあるから、首にかけておいてね」


 渡された金属板の裏表を見てから首にかける。

 金属板は薄鈍色で、表には黒文字で臨時発行証などなど書かれていて、裏にはエラメーラが好んでいる花が刻まれている。


「この袋にも神殿のものと示す装飾がされているわ。こっちのメモには誰がどれくらいお金をくれたか書いてちょうだい。祭当日、募金してくれた人の名前を貼り紙に書き出すから。メモは、トラブルについて書いてもいいわよ」


 次にと言ってオートニーはエラメルトの地図を広げる。

 ここからここまで、それとここからここまで。そう言ってオートニーは地図に指を置いて動かす。それを見た平太はあそこらへんかと推測できた。


「この二つの通りにある店に声をかけてほしい。ほかの店は別の人に頼んであるから。ここまででなにか質問はある?」

「思いついたことを言っていきます。まず募金を集める時期はいつまでなのか、集めた募金はいつ渡せばいいのか、全ての店から募金してもらえる予定なのか」

「募金の時期は五日後まで。頑張れば今日明日で終わるけど、そこまで急がなくていいわ。二番目の質問は、夕方くらいにここに来てくれれば私はいるから、毎日夕方に来て渡してほしい。最後、募金は絶対ではないから出せないと言われたら粘らず素直にひいていいわ。これでいい?」

「はい、ありがとうございます。早速募金に行ってきます」

「お願いね」


 空の袋にペンとメモ帳を入れて、平太は神殿を出る。

 最初に向かうのは植物屋だ。店が所有する畑で育てた花や薬草を売ったり、薬草や野菜の種を売っている店だ。


「こんにちはー」

「いらっしゃい。なにが必要だい?」


 椅子に座っていた老女が聞いてくる。


「お客じゃなくて、神殿から祭りの募金のために来ました。よろしくお願いします」

「ああ、もうそんな時期なんだねぇ。カードを見せておくれ」


 首にかけていたカードを外し、老女に渡す。老女は受け取ったそれの裏表を見て、次に袋も確認する。


「間違いないね。すぐに持ってくるよ」


 店の金庫からお金を取り出し、平太に二枚の銀貨を渡す。


「ありがとうございます」


 礼を言って受け取り、メモにシュック植物屋から銀貨二枚と書き込む。


「いつもは神官さんたちが来るんだけど、今回から一般人が募金を頼むようになったのかい?」


 盗難を心配して、商店からの募金は毎年神官たちが担当していた。募金に関しての一般人の役割は、大通りなどで募金箱を持って立つという日本でもよく見られるものだ。今回平太が商店からの募金を任されたのはエラメーラからの紹介で、信用できるとカルニが判断したからだ。

 そこらの事情を知らない平太は思ったことを答える。


「いえ、たまたま手伝うことになって。ほかの場所は神官さんたちが集めていると思いますよ」

「そうかいそうかい」


 老女はそういうこともあるのだろうと頷く。


「なにか祭関連でトラブルはありますか?」

「んー……そうだねぇ、今のところはないよ。祭りが近づいてなにかあれば警備兵に伝える。それとは別に聞きたいことがあるんだがね」

「なんでしょう」

「去年もやった音楽の種類を問わないコンサートは今年もやるんだろうかね? いろんな楽器や歌声が聞けて楽しかったんだ」

「急遽手伝うことになったんで、プログラムついてはわかりません。今日お金を神殿に届けたときプログラムについて聞いて、明日伝えにきますよ」


 そう答えると老女は嬉しそうな表情を浮かべる。


「ありがとうね。お礼といっちゃなんだが、冷茶の一杯でも飲んでおいき。どんどん気温が上がっていってるから水分補給は大事だよ」


 うちの特製のお茶だよと言いながら、グラスを取ってきてグラスに注ぐ。うっすらとした黄色の液体がグラスの中で揺れて、すぐにグラスに結露が現れる。

 平太は礼を言って一口飲む。ほんのり香ばしさが感じられ、焙煎系のお茶かなと思う。渋みが強いといったことはなく、飲みやすいと思えた。

 いっきに飲み干し、グラスを返す。


「ごちそうさまでした。では次の店に向かいます」

「がんばりな」


 老女に見送られ、隣の染め物屋に入る。

 染め物屋でも同じような会話を交わし、その次々と店を回っていく。問題は特に起こることはなく、募金は順調に集まっていく。

 行く先々で雑談をしたり、ちょっとした手伝いを頼まれて、一軒を回るのに思った以上に時間がかかった。


「上手くやれば一日で終わると内心思ったけど、その予想外れたな。このペースなら三日あれば余裕ってとこか」


 重くなった袋を落とさないようにしっかりと握り、次の店に向かう。

 どこか和風に見える喫茶店の引き戸を開ける。


「いらっしゃいませー」


 巫女服のようなものを着た、平太より年下の看板娘に出迎えられる。


「神殿から祭りの募金のためにきました。よろしくお願いします」


 平太が頭を下げると、看板娘は困惑した表情になる。


「募金ですか? 数日前にもう来ましたよ?」

「え? そうなんですか。連絡ミスですかね。まあ、いいや。失礼しました。募金ありがとうございます。でしたら、なにか祭り関連で困ったことはありますか?」

「特には思いつかないかな。厨房にいる店長にも聞いてきます。そこの椅子に座って待っててください」


 平太は勧められた椅子に座り、メニューを眺めて暇を潰す。

 すぐに看板娘は戻ってきた。


「店長も困ったことはないそうです。それと申し訳ないんですが、カードを見せてもらえますか?」

「はい、どうぞ」


 表裏を見た看板娘は、店長にも見せてきますと言ってまた厨房に向かう。

 すぐに戻ってきた看板娘は、失礼しましたと言いカードを返す。


「困ったこともないということなので、もう行きますね」


 平太はそう言って店を出る。その平太を看板娘は首を傾げ不思議そうに見送っていた。

 次の店、そのまた次の店でも募金は終了していた。


「今日はこれで終了して、オートニーさんに話を聞いた方がいいかな」


 切り上げるには少し早いが、どこまで募金が終了しているのかきちんと聞くべきだろうと考え、今日の募金集めを終える。

 神殿に入り、オートニーの使う机に向かう。夕方の少し前といった時刻なため、いないかなと思っていたが、机を作業をしているオートニーを見つける。


「オートニーさん、回収してました」

「お疲れさま。メモとお金を渡してくれる?」


 どうぞと渡す。

 オートニーはメモに書かれた金額を別の紙に書き写し、集めたお金とあっているか確かめる。


「問題なし。明日もお願いね。それで今日回って、なにか問題とかあったかしら」

「揉め事とかなく皆さん、快く募金してくれました。困りごともないそうです。でも質問はありました。植物屋のお婆さんが去年やったコンサートはまたやるのかと言ってました」

「ええ、時間は少し短くなるけど、今年もやるわ」

「そう伝えておきます。あとは祭りが近づくと毎年はしゃぐ人がでるので、そこら辺もできるだけ注意してほしいという意見もありました」

「毎年のことだからね。警備兵もそこらへんはわかっているはずよ」


 事前の会議でも議題に上がっており、見回りの際に注意することになっていた。


「ほかになにかある?」

「はい。募金していたらですね、すでに募金してあるところがありまして、改めて募金するところを聞かせてほしいです」

「……本当に募金が終わっていたの?」


 確認するように問うオートニー。


「そう聞きましたよ」

「こっちにはなんの連絡も来ていないわ。だからあなたにあの地域を任せたのだし。とりあえず、あとで他の神官に確認しておきましょう。既に募金に回っていたらなにも問題はないのだけど、そうでなければ兵に知らせないと」

「そうでない場合というと詐欺があったということですか?」


 オートニーは頷いた。

 たまにこういった詐欺はあるのだ。そして犯人や犯人の関係者は神殿の人間であることが多い。

 カードと袋は魔術具ではないため、複製が容易なのだ。そのため、お金に困った者が詐欺を働くことがあるのだ。募金をする方も大金を渡すわけではないため、あっさりと信じて渡してしまう。

 喫茶店の者たちがカードを見せるように言ったのは、平太が詐欺ではないかと疑ったからだ。平太自身はカードを要求されても動じることがなく、その様子に喫茶店の者たちは詐欺かどうかわからなかった。


「詐欺に関してはこちらで対応するから、募金を続けてちょうだい」


 平太が帰り、オートニーは募金を集めている神官たちに話を聞く。その誰もが平太が担当している地域での活動はしていなかった。

 詐欺だとオートニーは判断し、兵に調査を頼む。頼まれた兵は早速話を聞くため、平太の行った喫茶店などに向かっていった。

 

 翌日、平太はもう一つの通りに向かい募金を集める。こちらの通りにある店はまだ募金集めはされていなかった。

 順調に募金を集めていき、昼食もついでにこの通りにある食堂ですませて、募金集めを再開する。

 木製の小物店に入ると、客なのか平太と似た年頃の男が店主らしき女と話していた。店主は平太を客と判断したのか、いらっしゃいませと声をかけてきて、男もちらりと平太を見てすぐに店主に視線を戻す。

 平太は話が終わるまで商品を見てようと棚やテーブルに置かれた品を眺める。

 すると二人の会話が聞こえてきた。


「客が来たようなので、もう行きます。祭りの募金ありがとうございました」

「お疲れさま」


 男の言葉を聞いた瞬間、平太は思わず男の手を取る。男も店主も驚いたように平太を見る。


「なんだ?」

「あんた、詐欺師だな? 俺がここらの募金担当なんだが」

「っ!?」


 驚愕に表情を染めた男は、力の限り腕を振る。男もハンターなのか、常人より強くなっている平太を振りほどいて、店の外に飛び出ていく。

 平太は店主に一礼して、男を追って店を出る。

 走る男の背を追いながら、平太はロナの技術を再現する。追跡の技術も所有していないかと期待したのだ。ロナはそこらの技術も持っていたらしく、逃げる男を見失う気がまったくなくなる。


(隠密に追跡に、ロナの技術は頼りになるなぁ)


 技術の持ち主であるロナにとっては過去を思い出させる忌むべきものだ。それをありがたられるのは、過去を刺激され苦しく、役立ったことが嬉しい、そんな複雑な心境だろう。

 大通りを抜けて、住宅街に入り、曲り角を何度も曲りと男は必死に逃げる。だが振り切れない。何度か振り返り、まだ背後にいる平太を見るたび驚きの表情を浮かべた。

 そうしてまた振り返ったとき、地面に落ちていた壊れたバケツを踏みつけてバランスを崩し転んだ。


「はい、確保」


 いい加減平太も疲れ始めていたので、捕まえたことに安堵する。

 タオルを使って、男の手を後ろで縛り、立ち上がらせる。


「まさか詐欺師に遭遇するとは思ってもなかったよ」

「……」


 男は観念したか、なにも答えず、押されるままに歩く。

 大人しいのは逃げる機会をうかがっているためだと、ロナの技術が教えてくれているので平太は油断していない。

 来た道を戻り、広めの通りに出ると平太は警備兵を探す。


「あ、いたいた。すみませーん」


 警備兵を見つけた平太は手を振って呼びかける。


「なにか用事ですか?」

「この人を神殿まで連れて行きたいので一緒に来てもらえませんか?」

「こいつはなにかしたんですか?」

「詐欺です。俺は祭りの募金を集めるのをカルニさんとオートニーさんに頼まれたんです。昨日から募金を集めていたんですが、集めていない店ですでにお金を渡したという話が出ましてね。オートニーさんに報告したら、詐欺かもしれないと。それで今日も担当地区に募金に行ったら、この人が募金だと言ってお金をもらっていたんです」

「なるほど。一応、あなたが募金集めだと示す証拠を見せてもらえますか?」


 頷いた平太は、男を警備兵に預け、カードと袋を見せる。


「このほかに証拠と言ったら、カルニさんたちに話を聞く、こんなところです」

「わかりました。では行きましょう」


 警備兵が手持ちのロープで男を再度縛る。平太と警備兵の二人がかりになったことで、男は逃走を完全に諦めた。

 三人は警備兵の詰所に入り、詐欺師の男を尋問室に入れる。平太は椅子に座り、ここまで一緒に来た警備兵は同僚にオートニーを呼んでくるように頼み、事情聴取の準備を始める。

 十五分たち、オートニーが兵に連れられてきた。


「アキヤマ君、詐欺を捕まえたって本当?」


 詰所にいる平太を見ると、オートニーは確認してくる。

 平太は頷き、店で遭遇し、捕まえるまでの流れを説明する。


「ほかの店でもやっていたかは、これからの事情聴取でわかると思います」

「そう。昨日の今日で詐欺師が捕まるとは思ってなかったから驚いたわ。お疲れさま、よく捕まえてくれたわ」


 そう言うとオートニーは兵たちに顔を向けて、事情聴取をお願いする。


「では早速始めたいと思います」


 書類を持って、兵たちが尋問室に入る。平太とオートニーも一緒に入り、部屋の隅で話を聞く。


「まず名前を聞こうか」

「……リーガス、です」


 書類に名前を書き込んだ兵は、続いて住所や家族構成などリーガス本人について聞いていく。それにリーガスはたどたどしく答えていく。その様子からは気弱に見えて、詐欺を働くように思えない。

 聞けた話から、リーガスはエラメルト近くにある規模の小さな町に住み、両親と弟の四人暮らしで、壺や茶わんや湯呑といった陶磁器を扱う店をやっているとわかった。ハンターもやっているが、それは副業のようなものでメインは店の手伝いだ。


「じゃあ、次の質問だ。木工細工の店以外に詐欺をやって店を言っていけ」


 昨日のうちに兵が詐欺にあった店を調べている。それが紙に書き込まれていて、その確認のため問うたのだ。

 リーガスが一つずつあげていく店名を聞き、兵はうんうんと頷きを見せる。そしてリーガスが話した店名と書類に書かれた店の数が一致する。


「金は今持っているのか?」

「持ってないです」

「じゃあ家か?」

「家にもないです。もう俺のところにはありません」

「どこにやったんだ?」

「……金貸しに」


 言いづらそうに答える。


「詐欺を働いた理由は借金返済のためなのか?」


 リーガスはこくんと頷き、たまったものを吐き出すように話し始める。


「もともとの発端は父と弟がエラメルトで詐欺にあったことでした。俺の家はさっきも言ったように陶磁器を扱う店です。基本的には一般向けなんですが、高級品を求める客もいるので、父と弟がそういった品の仕入れを担当していました。二ヶ月くらい前も仕入れに行って、弟は知人の店から出てきたところを行商人に声をかけられたそうです。掘り出し物があると言われ、見せてもらったものは三枚セットの皿。有名な代物ではありませんが、知る人は知っているそんな品を行商人は提示してきたそうです」


 弟もすぐに話にのったわけではないらしい。鑑定はまだまだ甘いと父親に言われており、そんな自分が一目見て仕入れを行うのは無謀でしかないと理解していた。なのでその場では断った。その夜こんなことがあったと父親に話し、じゃあ一緒に見てみようということになった。そして翌日二人して行商人のところに行き、同じ場所にいたので声をかけて皿を見せてもらった。


「二人は一目見てこれはと魅力を感じたと言っています」

「二人? 弟もそう思ったのか?」


 兵が疑問に思ったことを聞き、リーガスは頷いた。疑問点を理解したリーガスは続ける。


「前日の時点ではなかった魅力を感じたそうです。品物は同じ、磨いて見栄をよくしたわけではない。なのに独特の存在感を感じたのだと」

「……続けて」

「二人の意見は購入で一致しました。ですが手持ちのお金では足りません。どうしても購入したいと思った二人は、金貸しからお金を借りることにしました。そして皿を購入して、地元に戻った二人は皿を取り出し、あの魅力が感じられなくなったことに気づきます。不安に思った二人は、知人の鑑定師に皿を鑑定してもらい、贋作と判断がくだされました。残ったのは小さくない借金と偽物の皿。借金は貯金と手持ちの高級品を売ってほとんど払い終えましたが、まだ残りました。生活費と仕入れ金もぎりぎりまで削りましたが、どうしても足りなくなり、神殿で神官をしていた祖父から祭りの募金で詐欺があると聞いたことを思い出し、自分たちもやることにしました」


 カードや袋は祖父に見てもらい精巧なものを作った。近頃祖父はボケ始めていたので、作ったそれをなにに使うか気にしなかった。

 リーガスが事情を話し終えて、部屋の中は静かになる。兵が咳払いをして口を開く。


「……行商人がなんらかの能力で偽物を本物と見せかけたか」

「……はい、私もそう思います」


 リーガスは頷き同意する。


「行商人に話を聞きに行きたい、居場所を教えてくれ。まあ、いないと思うが」


 いない、という兵の言葉に皆内心頷いた。


「俺も話を聞きに行こうと思って探したんですが、いなかった」

「とりあえず行商人の顔の特徴とかを教えてくれ」


 父と弟から聞いたものですが、と前置きしてリーガスは話す。待機していた兵の一人がそれを元に顔を書いていく。

 できあがった絵を話を聞いていた兵とリーガスに見せる。紙に描かれた顔は、リーガスが話した特徴をよく捉えていた。

 平太とオートニーにも似顔絵を描いた紙は回され、平太はこれとよく似た人物をどこかで見たような気がした。

 思い出そうとする平太を置き去りにして話は進む。

 詐欺を行ったので実刑は免れないが、事情はわかるため少しは軽くすることはできる、などと兵が話しているときに平太はポンっと手を叩く。

 全員の視線が平太に集まる。


「ケラーノの仲間だ」

「なんの話だ?」

「この行商人が一ヶ月くらい前に会ったハンターに似てるんだ」

「本当か? 情報があるなら助かる。ほかに行商人に繋がることは知っているか?」


 兵がそう言い、縋るような目でリーガスが見る。


「名前は知らないけど、ケラーノという仲間のほかにもう一人仲間がいて、後ろ暗い仕事をしているんだとか。俺が初めて会ったときはいいとこのお嬢さんをその家のライバルから頼まれて確保しようとしてた。ケラーノ自身は乗り気じゃなかったけど、ほか二人はたいして疑問ももたずに仕事してたらしいと言ってましたね」


 平太から得た情報を紙にまとめて、ケラーノの人相も聞き、兵の一人がそれらの情報を持って部屋を出ていく。リーガスを探すために動かしていた兵を、今度はケラーノたちを探すために動かすつもりだ。


「これで行商人が捕まれば、お金は返ってくるんでしょうか」


 わずかに期待を感じさせてリーガスは尋ねる。


「返ってくるが、罪はなくならないからな」

「……それはわかってます。私も詐欺をやってしまいましたから」


 リーガスに課せられる罰は、被害者への返金、半年の強制労働といったところだろう。

 詐欺を始めたばかりで、被害者が少なく、だまし取った金額も少額だったため、罰も小さくなっていた。

 この罰はこの国の法とこの町の罰則に照らし合わせて決められたものだ。

 強制労働は重犯罪者だと鉱山労働といったきついものが当てられる。リーガスの場合は見張りがついて町での無料奉仕となる。労働態度が悪ければ、刑期も伸びる。

 無料奉仕中は、家に帰ることはできず、同じ無料奉仕を行う者と神殿の一室で暮らすことになる。

 リーガスへの取り調べは、とりあえず終わりになった。


「地元へは兵が伝えに行く。お前は今日から神殿暮らしだ。詐欺師を捕まえたら、本人かどうか見てもらうからな」


 兵からの通達に、項垂れながらリーガスはよろしくお願いしますと頭を下げた。

 リーガスは兵に連れられていき、その場には平太とオートニーと話していた兵が残る。


「お二人ともお疲れ様でした。また後日お話を伺うかもしれません」

「じゃあ私たちは仕事に戻るわね」


 兵に一礼し平太とオートニーは詰所を出る。

 平太はそのまま今日の募金集めを終わりにしてオートニーと別れ帰宅する。

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