17 一難去ってまた一難、ただし平太にではない
王都訪問から数日ほど時間が流れ、平太は町の中でできる仕事ばかりを選んで過ごしている。
狩りをせずに、依頼ばかり受ける平太に肉買い取りの職員はどうしたのか尋ねたことがある。そして死にかけたことで外に行きづらいという理由に納得した。
ここらの魔物は弱いため、ハンターが殺されることはほとんどない。だから平太のように外に出たがらない者はいない。しかしほかの村や町では魔物が強く、殺されかけることもあるのだ。そういった者が平太のように外に出たがらないようになるという話を職員は聞いたことがあるのだ。
肉買い取り所には、そういった症状に陥った者のためにカウンセラーがいることもある。だがこの町の肉買い取り所にはカウンセラーはいなかった。
今日は倉庫の掃除をするという商店の手伝いを選んだ。大荷物を運ぶことになるので、筋力のあるハンターに依頼をだしたらしい。店はファイナンダ商店の支店で、これもなにかの縁だとやってみることにしたのだ。
家を出て、商店に行くと平太のほかに依頼を受けた者がいた。
店先を掃いている少女の店員に、掃除の依頼で来たことを告げる。
「全員が集まるまで待っていてもらえますか? あなたを含めて五人来ることになっています」
わかりました、と言って平太は先に来ていた者に挨拶して始まるのを待つ。
十分ほどすると全員集まり、掃除をしていた店員に案内されて、庭にある倉庫に入る。広さはコンビニより少しせまいといったところか。倉庫の高さ的に二階があるのだが、階段は見当たらない。二階は貴重品を保管する区画なため、天井収納階段で簡単には入れないようになっているのだ。
「一度全てを外に出しますが、ついでに整理もしたいので指示したとおりに庭に置いていってください」
『はい』
倉庫には小物に反物、書物、武具、安物の魔術具があり、それらの位置はある程度まとめられていたが、違う場所に置かれている物もあった。
店員の指示に従って、同じ種類の物を同じ位置にまとめて置いていく。全てを運び出すのに三時間と少しかかった。
「次は掃除です。三人ほどハタキで埃を落として、残りで床のゴミを一ヶ所に集めましょう」
店員は埃を吸い込まないように布を全員に配って、口を覆うよう指示を出す。
前回掃除したのは半年前らしく、すごく汚れているというわけではなかったが、うっすらと埃が溜まっていた。
ゴミを集めを終えて、そろそろ昼食という頃、店が騒がしくなる。
「なんだろうな?」
仕事仲間から尋ねられ平太もなんだろうと返す。
ふと、掃除を手伝っていた店員が思い出したように言う。
「ああ、本店のお嬢様が来ると言ってましたね。到着なさったんでしょう」
「パーシェさん到着したんだ」
「おや? お嬢様のことを知ってなさるので?」
パーシェの名前を知っている平太を意外そうに店員は見る。王都にある本店のお嬢様とツテがあるようにまったく見えなかったのだ。
「王都で少し会う機会があって、そのときにエラメルトに来るとか来ないとか言ってましたよ」
「大店のお嬢様に会う機会なんてあるのか?」
「お嬢様って言ったって店に閉じこもりっぱなしなんてことはないよ。出かけることもある。出かけた先で困ったことがあって、俺が手助けしたんだ」
その説明で納得できたようで、掃除仲間や店員はなるほどと頷く。
困ったことがなんなのか気にする者もいたが、それはパーシェのプライベートに関わるから説明できないと言えば、素直にひいた。
昼食はファイナンダ商店がお金を出すということなので、代表して二名がパン屋に向かった。残り三人は庭に座り込み休憩する。
買ってきたパンは、カレーパンやアンパンやベーグルといった日本でも見たことのあるものが多い。ジャムパンの中身は、こちらの世界の果物が使われていて、味は違っていた。一人三つ分買ってきており、それぞれが好きなものを手に取っていく。
昼食と休憩を終えた平太たちは拭き掃除をやって、出していた物を店員の指示に従ってしまっていく。
仕事が終わったのは午後四時過ぎだ。
「はい。お疲れ様でしたー。掃除依頼はこれで終了です。報酬を持ってきますので少々お待ちを」
店員は倉庫に鍵をかけて、小走りで事務室に向かう。すぐに布袋を持って、戻ってくる。チャリチャリとお金がぶつかる音が袋から聞こえてきた。
「では、渡していきますね。今回の報酬は百二十ジェラです」
一人一人にお疲れ様でしたと言いながら、硬貨を渡していく。にこやかな笑みを向けられ、それも報酬になった者もいた。
全員に百二十ジェラを渡したか、最後に確認して解散となる。
さて帰ろうと思った平太を店員が止める。
「アキヤマ様、ちょっと待ってください」
「なんですかね? なにか掃除でまずいところでもありました?」
「いえ、仕事に問題はありませんでした。お嬢様にあなたが来ていることを話したら、仕事後に呼んでもらえないかと頼まれまして」
知り合いということなので、昼休みに店員の判断でパーシェに聞いてみたのだ。
「あー……案内お願いします」
「はい、こちらへどうぞー」
応接室に案内され入ると、パーシェが既にいた。扉を開いた店員は平太が中に入ると扉を閉じ、お茶を持ってくるため早足で調理場に向かった。
笑みを向けられた平太は、同じく笑みを返し軽く一礼する。
「数日振りですね、お元気でしたでしょうか?」
言いながら席を勧める。平太も答えながら椅子に座る。
「元気に依頼をこなしてましたよ。結局こちらに来ることになったんですね」
「ええ、商売の勉強も兼ねて親元を離れることにしました。しらばくこちらで経験をつんで王都に戻る予定ですわ」
「こちらでは支店長として動くんですか?」
パーシェは首を横に振る。
「さすがに今の支店長を押しのけて、支店長になるのは不和の芽をまくことになりかねませんから。支店長と同格の出向店員という形で来ています。あれこれ口出しする気はありませんけどね」
この支店の経営状況が悪ければ父親の指示を元に口出しすることになっていただろうが、上がってくる経営報告書や監査報告書から問題なしとなっているため、経営を学ぶだけで終わるだろう。
上手く店を回しているという誇りを刺激するようなことは避ける、これがパーシェの基本方針だ。
「本店店長の娘といってもいきなりやってきた人間に、あれこれ口を出されたら誰だって嫌がるかぁ。王都からエラメルトにはバスを使ったんですか? それとも自分の家でバスを持っていたりします?」
「バスの所有はしたらどうかと議題に上がったことはありますが、台数の少なさや値段から考えて中止になりましたね。こちらにはバスを貸し切りにして護衛に守られて来ました」
買うよりは貸し切りにした方が安上がりなのだ。
ファイナンダ家という大店でもそうなのだから、そこらの木端貴族でも私有は難しく、バスを私有しているところはそう多くない。
各国の王家や公爵家、大稼ぎしている商店くらいなものだろう。あとはバスを作り上げた、フォルウント家も私有している。
「貸し切りにできるのもすごい話ですよね。でも貸し切りとはいえずっとバスでの移動は疲れたでしょう?」
「今日はベッドで眠れるので正直嬉しいですね」
夜はバスの中ではなく、テントを出して横になれたが、旅に慣れていないためしっかり休めなかったのだ。
「そういや移動の安全を考えるなら、ラドクリフ王子に転移を頼むという手をあったんじゃなかろうか」
「王家に繋がりがあるとはいえ、さすがにその頼みをできるほど気安い関係ではないですよ。頼めば運んでくれた可能性はありますが」
王都からエラメルトの距離はバスでゆっくりと移動しても三日。その程度の日数ならば強いハンターを雇い護衛すれば問題はなく、転移を頼むほどでもなかった。
実際に転移で運んでもらっていると、貴族から文句が多発していただろうし、王家との距離を問題視されていただろう。もっとも派閥争いから急いで逃がすためとでもいえば、自分たちのせいだという気まずさから多くは矛を収めるのだが。
「王子以外にも転移の使い手はいますよね。そちらに頼むということは考えなかったんですか?」
「転移も中々にレアな能力ですし、エラメルトに転移マーカーを設置していない人もいます。あと仕事でよその町に行ってくる人もいるんですよ」
短距離転移は使い手が多いのだが、長距離転移になるとぐっと数が減るのだ。エラメーラ神殿にも使い手は二人のみ。王都も五人ほどだ。
長距離転移の使い手は、外交や交易関連から引っ張りだこなので、仕事に忙しく捕まらないというのも珍しくない。
「転移便利ですから、忙しいのは納得できますね」
ここで準備されていたお茶を持った店員が部屋に入ってくる。ティーポットからカップにお茶を注ぐとふわりと香りが漂う。
目の前に置かれたお茶を一口飲んで、平太は転移とは別のことを聞く。
「どれくらいこっちに滞在するとか決まってます?」
「今のところ特には。一ヶ月や二ヶ月で帰ることはありません。最低でも一年はいないと、勉強になりませんから。でも向こうが落ちついたら一度は帰るのではないしょうか」
「勉強ですか、大変ですね」
平太にとって勉強はやらされることだ。自身から進んで知りたいと学んだことは少ない。
一方でパーシェは誘拐未遂が原因ではあるものの、今回の訪問は自身のためになるとわかっているのでモチベーションはきちんとある。やる気があるのだから、得られるものも平太のような学生と違って格段のものがあるだろう。
「今日は旅の疲れをとって、明日から仕事ですか? パーシェさん美人だから評判になりそうですね」
「あらアキヤマ様は口がお上手ですのね」
そう言いつつも平太がお世辞ではなく、本当にそう思って言っていると察して嬉しそうな笑みを見せた。
「仕事は明後日からですね。明日は午前中に町の中を散策、午後に神殿の方が来ることになっています」
この支店は神殿に多くの寄付をしているため、その礼とご令嬢に挨拶するため神官が訪問する予定になっているのだ。
「王都ほど広くはないけど、ここもいい町だと思うので、散策も楽しめると思いますよ」
「そうなると散策だけじゃなく毎朝のジョギングが楽しみですね」
「あ、でもひったくりとかの話を聞くこともあるから、護衛はきちんとつけてくださいね?」
「もちろん」
そろそろ話題が尽きてきて、挨拶も終わったので、平太は帰ることを告げる。
「今度はこちらからアキヤマ様の家に伺わせてもらいますね」
「挨拶はしたからわざわ来なくとも大丈夫ですよ?」
「友人として遊びに行くというもの駄目ですか?」
首を少し傾げての問いが可愛らしく、平太は少しだけ見惚れて頷いた。
もともとミレアにはパーシェが来るかもと伝えてあるので、なにも不都合はなかった。
翌日も平太は町でできる仕事をやる。今日は肉の買い取り所が出した仕事で、各地から届いた手紙を届けるというものだ。運ぶ手紙は四十枚で、同じ方角に届けるものに寄り分けられていたため、大変な仕事というわけでもなかった。
三時間と少し歩いて手紙を届け終わった平太は、見覚えのある人物が二人でいるのを見つけた。
昨日掃除の仕事を受けていたハンターと掃除で指示を出していた店員の少女だ。私服姿の二人は笑顔で話していて、周囲の者たちは恋人だと思ったのではないだろうか。
(いつのまにかデートの約束を取り付けたのか、すげえな)
二人は平太に気づいていないようで並んで歩き、路地裏に入っていった。
表通りから路地に入る瞬間、少女の表情が笑みから無表情に変わった。それがなにか平太は気になる。
(美人局の可能性も? だとしたら助けが必要?)
少し気になった平太は二人のあとを追い、路地裏に入る。二人は先の方を歩いていた。
見つからないように、ロナの技術を再現し、静かについていく。
暗殺者として培ったロナの技術はたしかなもので、距離をつめても二人が気づいた様子はない。
(静かだなー)
なにかしら話しつつ歩いていると思っていたが、二人は無言だった。進むうちに表通りの喧騒が遠くなり、二人は人が住んでいなさそうな家に入っていった。
(まさか、昼間からエロいことを? 表情がなくなったのは緊張してたからかな。これは覗くべきか、帰るべきか)
ドキドキという自身の鼓動を聞きつつ、平太はほんの少しだけ迷って中を覗けそうな場所を探す。
まずは二人の位置を特定するため、壁に耳を当てて物音を聞く。運良く玄関先にいるようで、話し声が聞こえてきた。
『支店の内部構造はわかったわ。入れてない部屋もあるけど、金庫がある部屋や貴重な品を保管している倉庫の位置は把握している』
少女の口調は昨日聞いた明るいものではなかった。
想像していた甘い会話ではなく、物騒に思える会話が聞こえてきて、平太の表情が引き締まる。
「地図はあるんだろうな?」
「これがそうよ。こっちは倉庫の鍵の型。倉庫の位置は昨日掃除したからわかるでしょ? 天井収納階段を出すための鍵の型もとってきたわ」
なくさないようにね、と少女が男に渡す。
「なくすものかよ」
「決行日はいつになりそう? それに合わせて裏口の鍵を開けておくけど」
「仲間は既に集まっている。今は逃走準備をしているところだ。それに加えて鍵の型を作って、地図で内部を確認してとなると……明後日の夜だな。変更があるなら、当日の昼、ここに手紙を置いておく」
「わかった。ようやく商店勤めも終わるのね。愛想振りまくのに疲れたわ」
少女は肩を自分で揉み解す。
「内部調査のためとはいえ二年働いていたからな。リーダーに長期の休暇をもらえるだろ。ゆっくり休め」
「もちろん。分け前を使って、しばらくのんびりするわ」
「それにしても本店の令嬢はついてないな。こんな時期にやってくるとは」
地図や鍵の型をしまいながら男が言う。
「噂だけど王都でなにかトラブルがあってこっちに避難してきたらしいわ。それなのにこっちでもトラブルにあうんだから、ほんとについてないわよね。しかも美人だからうちの連中に乱暴されるかも」
「運が悪い時期なのかねぇ。それじゃ俺はそろそろ行く」
男が家から出る気配を察し、平太は急いで物陰に隠れる。
逢瀬を覗く緊張ではなく、強盗犯の顔合わせに鉢合わせたことへの緊張が平太を襲う。こんな胸のドキドキは味わいたくはなかった。
男は平太に気づかず足早に去っていき、少女もまた気づかず去っていった。
平太は誰もいなくなって五分ほどして物陰から出てきて、ほっと息を吐く。
「こんな話を聞いたからには放置できないよな」
これからどう動くか考えながら、表通りに向かう。
まずファイナンダ商店に駆け込んで少女が強盗の仲間だと訴えるのはなしだ。証拠がない。ここに誰かもう一人いれば、平太の証言に真実味が増すのだろう。しかしそのような人物はいない。二年真面目に働いたであろう少女と昨日掃除をしただけの平太では信用度に差がありすぎ、訴えても平太が怪しまれる可能性が高い。
次に男の追って強盗犯のアジトを確認。これも無理だ。既に男の位置がわからない。
「だとすると……リンガイさんに話してみる、これかな」
神殿の兵は町の治安維持にも努めている、強盗犯がいるという話を無下にはしないだろう。付け加え、もしかするとエラメーラがそこら辺の情報を知っているかもしれない。
行動を決めた平太は肉の買い取り所に配達が終わったことを告げて、神殿に向かう。
以前ハンターになるための基礎を教わった場所に向かい、世話になったベールがいたので、彼にリンガイの居場所を尋ねる。
「隊長は書類仕事で執務室じゃないか?」
「強盗かもしれない人の話を聞いたんだ。リンガイさんに報告したいから連れて行ってもらえると助かるんですけど」
「強盗? 本当なら大変なことだな。隊長のところで一緒に話を聞こう」
鍛練を中断したベールに案内してもらい、リンガイの執務室に入る。リンガイは書類を机に置いて二人に視線を向ける。
「ベールにアキヤマじゃないか。なにか用事か?」
「アキヤマが強盗らしき者たちの話を聞いたらしく、隊長に話をしたいとのことでしたので案内しました」
「詳しい話を聞かせてくれ」
書類のことを後回しにして、平太の話を聞くことにする。
「ええと、とりあえず最初から話します」
昨日ファイナンダ商店の倉庫掃除の仕事を受けたこと。今日、一緒に掃除をしたハンターと商店の店員が会っていたこと。店員の表情が気になりあとをつけてみたこと。無人の家で二人が話していたこと。
これらを話すと、リンガイとベールの表情は真剣味を増した。
「アキヤマが嘘を言っているようには思えないな。本当のこととして動くようにしよう。それでどう動くかだが、その店員を捕え情報を聞きだしたい。だが所有する能力次第では逃げられる可能性もある。まずは少女についての情報を探りたい」
「ファイナンダ商店の店主なら知ってると思いますね」
ベールがすぐに答える。
「エラメーラ様がなにか知っているかなと期待してるんですが」
平太の言葉に、リンガイは表情を難しげなものにする。
「どうだろうか、エラメーラ様たち神はあまりこういったことには関わらないからな」
「これから会いに行って、一応聞くだけ聞いてみます」
「うむ。なにか情報が得られるなら助かるのはたしかだ」
平太は早速部屋を出ていき、残った二人は自分たちでできることを話し合う。
いつもの庭にいるかなと考えた平太がそちらに向かうと、そこには誰もいなかった。
ではどこに、と思った平太の目の前に、妖精のようなエラメーラが現れた。
「なにか用事かしら?」
「ちょっと聞きたいことがあったんですけど、忙しいならもう少しあとにしますよ?」
エラメーラは首を横に振る。忙しいわけではないのだ。
「たまに神殿の外へと散歩に出ることがあるの。今日も散歩に出ているのよ」
ここに腰を下ろして町ができてしばらくして始めた習慣だ。力を飛ばしての見物と違って、話しかけたりして人々の反応を見ることができるため楽しんでいる。
「散歩なんかしたらすごい目立つんじゃなですか?」
「髪の色を変えたり、着ているものの質を周囲と合わせたら意外とばれないのよ。さすがに近辺で働く神官にはばれるけどね。それで聞きたいことってなに」
「ファイナンダ商店で強盗が起きるかもしれなくてですね。それに関してなにか情報があればって思って」
「んー……難しいわね。そこまで事細かに町を見ているわけじゃないから。たまにそういった情報を知ると、リンガイに教えることもある。でも今回は心当たりないわ」
「そうですかー……じゃあどこかに最近急に怪しい人が集まっている場所とかあります?」
近日強盗をやるということで仲間が集まっている、そんな情報を聞いたのだと説明する。
「ちょっと待って、それなら」
少し考えるそぶりを見せたエラメーラは、一分ほどで両手を軽く打ち合わせる。
「あったあった。柄の悪い人たちが集まってるなーと思ってた」
彼らが暴れると住人に被害がでるのだが、他人事のように言う。
人が集まれば争いが生まれる。それを町をずっと見てきたエラメーラは知っている。争いにいちいち介入していてはきりがないとわかっているため、人間同士の争いに関しては基本的に不干渉という態度なのだ。
「そこってどこになります? リンガイさんに伝えたいので」
「ええと」
平太にわかりやすいように場所を説明するため、少し悩む。荒くれが集まっているのは、普段平太が近寄らない場所なのだ。
説明してくれたエラメーラに礼を言い、平太はリンガイのところに戻る。
執務室にベールの姿はない。
「強盗団そのものではないですけど、最近荒くれが集まっている場所を聞けました。それが強盗団かもしれません」
「そうか、助かる」
場所の説明をすると、リンガイには見当がつき町の地図を取り出して、印をつける。
「ベールさんは訓練に戻ったんです?」
「いや店に入り込んでいる少女の詳細を聞くために動いている。午後から神官が店に行くらしいからな。それに同行して、それとなく店長かご令嬢に事情を知らせて協力してもらうつもりだ」
「どんなふうに対処するのか決まったんですか?」
リンガイは頷き、地図にトンと人差し指を置く。
「おおよそはな。当日は兵たちを三つにわけるつもりだ。ファイナンダ商店周辺に潜む者。町の外壁を警備する者。そしてこの荒くれが集まっているという建物に向かう者だ。商店と建物で強盗を捕まえ、逃げた者を外壁で捕まえるという流れだな、外壁担当には逃走用に準備しているかもしれない馬車を探すという役割もある。俺は俯瞰視が使えるんで、馬車探しを担当する」
これで全員捕まえることができるとは思っていない。短距離転移の能力持ちがいれば高確率で逃げられる。だが多くを捕まえてしまえば、再度の強盗や再起は諦めるだろうというのがリンガイの考えだ。
「アキヤマに一つ依頼がある」
「今回の件に関したものですよね?」
「ああ、俺が俯瞰の能力を使っているところを見たことがあったはずだ。それを再現して荒くれが集まっている建物に向かう兵士と一緒に行動してほしい」
「逃げる奴を確実に追うため、であってます?」
リンガイは頷いた。
「でも俺はそこまで強くないから捕り物に協力は難しいですよ」
「捕まえるのはこっちで担当するから、逃げる奴を兵に教えるだけでいい」
「それならまあ大丈夫そうですね。念のためここで能力を使ってもらっていいのですか?」
リンガイは能力を使い、それを見て平太も俯瞰を再現し、無事成功させる。
二人が能力を使い終わると、そこに小さなエラメーラが現れた。
「話は聞いていたわ。リンガイに聞きたいことがある」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「ヘイタの能力は土使いということになってるわ。それなのに俯瞰が使えるのは兵たちに疑問を抱かせることになる。そこはどう誤魔化すの?」
この捕り物に同行することで、再現使いだとばれる可能性があるため、エラメーラは出てきたのだ。
「そこは俯瞰の能力と同じことができる使い入りの魔術具を持たせたということにするつもりです。同行の理由は強盗の相談をしていた男の顔をアキヤマだけが知っているので、その男が建物にいて逃げ出したとき追走するためというものです」
男の人相書きをこのあとやって兵たちに見せるつもりだが、絵ではしっかり伝わらないこともあると、兵たちには同行の説明をする。
そのとき、ヘイタが再現使いだと知っているカテラに、最初に納得するというサクラをやってもらうつもりだ。一人が納得するそぶりをみせれば、それにつられ納得する者も出てくるだろう。
こういった説明を受けたエラメーラは納得したようで一つ頷き消えた。
「そういうことだから人相書きができる者と会ってもらう」
「わかりました」
そろそろ昼なので神殿が用意した食事を食べたあと、人相書きができる兵と協力し強盗の顔を描く。
できあがったそれを持って兵はリンガイのところに向かい、平太はやることが終わり神殿から出る。
平太が短時間でできる仕事をやっている間に、リンガイたちは強盗逮捕のため本格的に動き始める。そうしているうちに神官に同行したベールも帰ってきて、無事に強盗一味の少女の情報を持ち帰ってきた。
少女の能力は空気塊。空気を一塊にして踏んだり腰かけたりできるようにする能力だ。仕事の最中に高い所にある物をこれを使いとっていたという証言もあるため、間違いないだろう。逃亡にこれを使うことも予想され、兵たちに注意が促された。
準備は進み、そして強盗たちが動く日になる。
強盗の男と少女が出会っていた家を見張り、延期を知らせる手紙が置かれなかったことで決行は今日だと確定する。
日暮れ間近になり、平太は武具を着こむ。
「そろそろ神殿に行ってくるね」
「お気をつけて。無事の帰還を祈っております。ロナさん、ヘイタさんのことよろしくお願いします」
「ん、任せて」
動きやすい服装になり、戦闘用のブーツをはいたロナが頷いた。
捕り物に参加すると聞いたロナが心配して同行すると主張したのだ。心配のほかに、人に迷惑をかける者たちを成敗し、人の役に立ちたいという思いもあった。
平太としても頼りになる人がそばにいるのはありがたいので、リンガイに許可をもらってきた。
「いってらっしゃいませ」
ミレアに見送られ、二人は家を出る。
日が暮れ始めている町中を歩いて、神殿に向かう。町を歩く人々は夕食のことや今日あったことを楽しそうに話している。これから強盗がおきようとは想像もしていないだろう。
神殿についた二人は兵が待機している庭に向かう。今回の捕り物に参加する人数は平太とロナを除いて六十人。その中にリンガイ、ベール、カテラは当然として、カテラのストッパーとしてオーソンもいる。オーソンの役割はストッパーだけではなく、怪我治療も期待されている。
人数の割り振りはファイナンダ商店に三十人。強盗たちの隠れ家に十人プラス平太とロナ。外壁に二十人だ。
「こんばんはー」
そう言ながらオーソンたちに近づき、こんばんはと返ってくる。
「出発は日が暮れて町の人たちが寝始める頃でよかったんだよね?」
確認のため平太がオーソンに尋ねる。
「そうだよ。それまではここで最終確認と道具の配布と待機」
「配布される道具はどのようなものが?」
ロナが聞く。これにはカテラが答えた。
「暗視符と土操作の札と強盗を縛るための縄ですわ。縄なんて使わなくても殴って気絶させればいいだけですけどね」
「一理ある」
道理とばかりにロナは頷き、理解者を得たとカテラは目を輝かせる。
そんな物騒な会話を横目に男二人は「最近どう?」と雑談に興じる。
しばし時間が流れ、辺りが暗くなって魔術具の光で町が照らされ出した頃、リンガイと数名の兵が庭にやってくる。兵は配る予定の道具を入れた木箱を持っている。
皆の注目が集まったのを見て、リンガイは口を開く。
「急な話ではあるが、皆よく集まってくれた。あと数時間ほどすれば強盗団が動き出すだろう。罪もない人々に害意の牙が突き刺さろうとしている。それを防ぐため我らは動かなければならない。神のいる町には人々の涙よりも、笑顔の方があう。俺はそう思う。明日も人々が笑顔でいられるよう、皆がんばってくれ」
『応っ』
頼もしい返事にリンガイは大きく頷き、道具を配るよう指示を出す。
土操作の札は、下級のもので壁を作ったり、大きく地面を盛り上げたりはできない。逃走する者の足元の土をへこませて転ばせたり、土を飛ばして目潰しするときに使うのだ。
エラメルトの主要道路は石畳なので使うとしたら平太たちか外壁班だろう。
必要な道具を配り終えると、外壁班とファイナンダ商店担当班が少しずつ神殿からでていく。いっきに移動して強盗たちに警戒されるのを防ぐためだ。
時間が流れ、庭からずいぶんと兵が減った頃、兵の一人が駆け込んできた。
「強盗たち動きました!」
「よしっ隠れ家担当班出発だ!」
リーダーが声をかけて、平太たちは隠れ家に駆け足で向かう。
隠れ家があるのは治安がやや悪い地域だが、その住人も完全武装した兵に手を出す気はないようで、邪魔など入らず到着できた。
「俯瞰使います」
平太の言葉にリーダーは頷き、表の入口と裏口にそれぞれ四人ずつ兵を移動させる。
それぞれが位置についたのを平太が確認し、リーダーに伝える。リーダーは突入を知らせる笛を口に持っていき、短く吹いた。
兵たちはドアを蹴破り突入していく。残っていた強盗一味が驚きの声を上げて、武器を手に応戦を始める。
残っていたのは六人、その中の二人が仲間に異変を知らせるため窓から飛び出る。
「二人出てきました!」
一人は平太たちからも見えているが、一応報告する。
「ここから見えない位置にいる奴の案内を頼む。お前はあそこにいる奴を捕まえてくれっ」
リーダーはそばにいた兵に指示を出すと、見えない位置にいる強盗を捕まえるため動き始める。
逃げている強盗は外壁に向かうようで、町の外れに一直線に向かっている。
強盗が壁を越えようとしているところで、平太たちは追いつきあの人だと平太が指差す。
「そこの男を止まれ!」
そう言いながら捕えようと速度を上げたリーダーとは逆に、ロナは足を止めて三センチほどの石を三つ強盗に向けて投げる。
風を切り飛んだ石一つが強盗の手のひらに命中する。男は塀を掴む手を放して地面に落ちて、腰をしたたかに打つ。そこをリーダーが押さえ込む。
「手を狙ったの? すごいね」
感心する平太に、ロナは首を横に振る。
「当てやすい体を狙った。手に当たったのは偶然」
「あ、そうなんだ。まあ偶然でも捕まえられたし良かった」
「二人ともこいつを縛るのを手伝ってくれ」
リーダーに声をかけられ、男の胴や足を押さえる。手足を縛り、口も塞いで、リーダーが担ぐ。
隠れ家に戻ると、そこにいた強盗たちは皆同じく手足を縛られて転がっていた。残っていた兵たちは見張りと、隠れ家捜査に別れて動いている。
「これからどうするんですか?」
神殿に帰るのか、どこかに加勢に行くのか、どのどちらかだろうかと思いながら聞く平太。
「もう少しここで待機だな。捜査が終わっていないようだし、ファイナンダ商店からこっちに逃げてくる強盗がいるかもしれない」
「わかりました」
頷いた平太はロナと見張りに立つ。
そのまま一時間ほど時間が流れ、ファイナンダ商店担当の兵が引き上げを知らせにやってきた。
「そっちはどうだった?」
「リーダー格の奴と商店に入り込んでいた女と他の強盗を捕まえたぞ。運よく一人も逃げられることはなかった」
誇らしげに兵が語る。
「大成果だな。あとは外壁担当班が馬車とか見つけていれば完璧なんだが」
「隊長なら大丈夫だろう」
そうだなと頷いた隠れ家担当のリーダーは、平太とロナに顔を向ける。
「二人もご苦労だった。今日のところはもう家に帰っていい。強盗を運ぶのは俺たちでやるからな。明日報酬を持った兵が家に行くと思う。詳しい話を聞きたかったらその兵に聞いてくれ。助力本当に助かった」
ほかの兵たちもお疲れと言ってくる。その兵たちに別れを告げて二人は家に帰った。
今回の捕り物で平太は成長している。一方ロナにとっては珍しい経験ではないようで、成長はなかった。
夜も更けているが家には明かりがついておりミレアが二人の帰りを待っていた。怪我一つなく帰ってきたことによかったと安堵の表情を見せる。
ロナは明日仕事を休みにしてもらっているため、このまま捕り物について話しても問題はないが、少し眠くなっているので話は明日にして三人ともベッドに入る。
翌日、人々が働き始める頃にベールがやってきた。
「昨日はお疲れ。逃げた奴を君たちのおかげで無事捕えることができたと聞いているよ。ありがとう。これが報酬だ。一人四百ジェラだよ」
銀貨八枚を腰の袋から出して、テーブルに置く。
それを受け取り、半分をロナに渡した平太は逃走用の馬車などがどうなったのか尋ねる。
「馬車は隊長が見つけ、そこにいた強盗も捕まえた。馬車には金品が入っていたから、それも一時的に神殿が預かっている。尋問でどこの誰から盗んだか調べて返すことになる。少し聞いた話だと、王都でも盗みをやっていたようで貴族にも被害が出たかもしれない。確定はしてないがな」
「どれくらいの規模の強盗だったんですか?」
「総数は三十人くらいだ。リーダー格は有名な強盗団に所属していたらしいが、そこが潰れて新たに仲間を募ったんだと」
「有名で潰れているというと、影ふみ車輪?」
知っている知識からロナはあたりをつける。
影ふみ車輪とは、大陸東部に広く根を入っていた犯罪組織で、一時的は国よりも金を持っていたとまで言われていた。金持ちや貴族の多くが少なからずつながりを持っていて、そのツテを使い、町一つ潰してしまっても誤魔化せてしまう権力も持っていた。
この組織は経済の流れにも噛んでいたため、潰してしまうと各地の物量や価格がおかしくなりえた。国はうかつに手を出せず、その間にも力を蓄えていたが、恨みを持ったハンターが本拠地を強襲し潰してしまった。
結果、物流などは数年にわたって混乱した。その混乱に乗じてなり上がった者もいれば、没落した者もいる。
影ふみ車輪が潰れたのち、後継を名乗る組織が生まれては消えていき、やがて一強状態から有力組織が点在するという形に落ち着いた。
ロナの所属していた組織は影ふみ車輪に所属していたが、下位の幹部が彼らを連れて独立し混乱を乗り切ったのだった。
「そこだ。十五年くらい前、他国の有名なハンターたちと揉め事を起こして潰された奴らだな。トップは捕まって処刑されたが、上位の幹部が三人ほど逃げて、まだ捕まっていない。それぞれ強盗団を作ったという噂もある。捕まえたリーダー格からなにか情報を得られないかと期待している」
「情報が得られたら国が動くかな」
平太の言葉に少し考えてベールは肯定する。
「この国だけではなく、他国も動くかもしれない。だが情報が確実に得られるわけじゃないからな。国が動くかどうかわからないな」
ベールの用件は終わり、この後は恋人とのデートなのでそそくさと帰っていく。
その帰り際、ベールは忘れていたと振り返る。
「ファイナンダ商店の人間が今日中にも礼に来ると言っていた」
パーシェと店長には、今回の強盗が未然に防げたのは平太のおかげと伝えてあるのだ。
また客が来るなら出かけない方がいいだろうと、平太は今日は家で過ごすことに決めた。ロナも特に用事はないようで平太に付き合い家で過ごすことにする。
そのロナに素振りなどの動きを見てもらっていると、パーシェが訪ねてきた。
「こんにちは、お礼にまいりました」
パーシェは庭にいる平太たちを見つけると、お土産を包んだ風呂敷を両手に持ち、頭を下げる。
「こんにちは。中へどうぞ」
「お邪魔します」
パーシェをリビングに案内した平太は、流れた汗をふいてくると言って自室に戻る。
手早く汗をふいた平太はリビングに戻る。パーシェはミレアに勧められ、椅子に座っており、ミレアはお茶の準備をしていた。
「おませしました」
「いえ、そんなに待っていませんよ」
平太はパーシェの正面に座る。パーシェは一礼して口を開く。
「この度は私どもの店の危機をお救い下さりありがとうございます。以前は私が世話になり、今回は私だけではなく店までも。礼を尽くしてもなお足りませんわ」
「お店に迫る賊を払ったのは兵たちだから、そこまで大きく考えなくても大丈夫ですよ」
「たしかに賊を払ったのは兵たちです。ですがお話を聞くと、兵たちは賊が店を狙っていたことを知らなかったと。今回未然に防げたのはやはりあなたのおかげなのです。感謝するのは当然です」
やや熱を帯びたような目でパーシェは平太を見て言った。
平太はその熱に気づき、もしかして惚れられた? いや勘違いだろうと思いつつ返す。
「でも発端は好奇心とかだったから。それが偶然強盗を知ることになって、ようするにただ運が良かっただけじゃないかな」
発端が美人局という勘違いから始まったせいで、大事だったという意識が低いのだ。
「運でも、こちらが助かったのは事実ですから。ですがあまり感謝しすぎるのは逆効果のようですから、言葉にするのはこれくらいにしておきますね」
そう言いパーシェはポケットから小袋を取り出す。
「こちらはひとまずのお礼です。八千ジェラ入っています、お確かめを」
「八千!?」
平太から見て、大金と言っていい金額に驚きの声を上げる。荷運びの仕事を十五回も繰り返せば稼げる額ではあるが、一度にそれだけの額を持ったことがないので驚いたのだ。
「こんなに多くはもらえませんよ!」
「いえ、そこまで多くはなく逆に心苦しい額なのですが」
「これで多くないの!?」
「まあ、そうでしょうねぇ。大店ならこれくらいは容易く稼ぎ出すでしょうし」
お茶と菓子を出すために近づいてきたミレアが、金額に驚くことなく言う。
ミレアの言うように、ファイナンダ商店のような大店からすれば大金ではない。そのためこのお金はひとまずの礼として渡し、本格的な礼はまた別にと考えている。
「これくらいは渡して当然ですよ? なにせ強盗被害にあっていたら、これ以上の損害が出ていましたし、抵抗した店員が殺された可能性もあります。店の皆と話し合い、満場一致で賛成になりました」
八千ジェラという額は一人のハンターが、二ヶ月稼がずに暮らせる額だ。とりあえずのお礼として十分だと考えたのだ。
宿賃などがかからない平太にとっては、二ヶ月以上稼がずにいられる額だ。
「たいしたことがないって言っても、この金額は少しは堪えると思うんだけど」
「不測の事態が起きたときのため、予備費として利益を少し貯めています。そこから出したのでまったく問題はありません。遠慮なく受け取ってください」
「じゃあ兵たちへのお礼に回すとか。戦って店を守ったのは彼らだし」
「そちらもきちんと考えています。神殿への寄付とは別に、警備隊に寄付をする予定です」
これ以上はなにも思い浮かばず、平太は素直に受け取る。
小袋を手に取った平太に、パーシェは嬉しそうに笑みを向ける。
「そのお金はひとまずのお礼なので、なにか願いがあれば言ってください」
「これ以上お礼はいらないんだけどな。というか以前のお礼に関してもなにも思いつかないのに、さらに増えてもどうしようもない」
心底困ったような平太を見て、パーシェはくすくすと小さく笑い声を漏らす。
「これもなにか思いついたらということでいいでしょうか?」
「うん、それでお願いします」
「ではお礼に関してはここまでにしましょう。ここからは友人として接してくださいな」
「友人ね。うん、なにを話そうか? 昨日店や兵に怪我人は出た?」
少し気になっていたことを聞き、お茶菓子を食べる平太。お茶菓子はパーシェがお土産に持ってきたタルトレットで、チョコレートや数種類のフルーツがのったものを合計十個買ってきてミレアに渡した。
「敵味方に何人か怪我人がでたようですが、同行していた治癒能力持ちの方が治療していました。幸いそれほど大きな怪我をした人もいなかったようで、死者はでなかったようです」
「治癒能力の人ってオーソンさんだね」
「知り合いですか?」
「ラフドッグに襲われて助けられたことがあるんだ。顔は怖いけど、優しい人だよ」
「たしかに優しい面はあるのでしょうね。強盗を怪我をさせた女の人に、やりすぎだと叱りながら丁寧に治療していました」
「叱られたのはカテラさんかな。オーソンさんはカテラさんのストッパーの役割も負ってたんだよ」
そうですかとパーシェは相づちを打ち、タルトレットを口に運ぶ。その味に顔をほころばせた。
いい話題になると、平太はお菓子について聞く。
「このお菓子美味しいよね。どこで買ったんです?」
「私はこっちに来たばかりで詳しくないので、店長たちにお土産としてどこかいいお店を知らないかと聞いたら、カーナンクルというお菓子屋さんを紹介してもらえたの。王都でも上位に食い込める味だと思います」
「言われてみればあそこの味ですね。高級菓子店で、この町一番の腕前です。人気も一番ですが、高級というだけあって値段も少々張ります」
別のテーブルで、ロナと一緒に食べていたミレアが言う。この町に住んで数年たつミレアは店名を聞いてすぐにどこかわかった。
「一ついくらくらい?」
「これ一つ二十五ジェラでしたよ」
「ちなみに普通のケーキで八ジェラほどですよ」
パーシェが告げた後に、ミレが付け加える。
普通のケーキの三倍ということに、平太とロナは目を瞬かせた。
「これ一つの値段で、そこらの食堂なら腹いっぱい食えるのか。さすが高級というだけはあるな。まあ故郷でも高いお菓子や料理はあったし、そこまで驚くことじゃなかった」
「アキヤマ様の故郷ってどのようなところなのですか?」
この話題にはロナやミレアも興味があるようで、視線が集まる。
事情を知らないパーシェもいるため、さてどう説明しようかと悩む。
「考えをまとめるから少し待って」
そう言って、腕を組んで平太は考え始めた。
今日の休日はこの三人と過ごすことになり、女三人に囲まれたのは初めてだなと思いつつ、違和感がないように日本の説明をしていった。
誤字指摘ありがとうございます




