16 王都 後
孤児院までもう少しというところで、道の端に突然人が現れた。転移で出現したらしい。平太は思わず足を止めて男を見る。明るい茶髪で、作りの良い服を着ている。顔は整っていて育ちがよさげに見えた。
(転移ってあんなふうに現れるんだな)
そんなことを思いながら歩き出す。すると男も同じ方向に行くようで近くを歩き始める。
そのまま二人で進み、孤児院の前まで来た。
「ひょっとしてお前も孤児院に用事が?」
男に聞かれ平太は少し違うと答える。
「今日一日宿泊することになっている。そっちは孤児院の誰かに会いにでも来た?」
「特定の誰かってことはない。ただ仕事が早めに終わったんで、暇つぶしも兼ねてここに来たんだ」
「ここ出身?」
「違う。だが小さい頃から何度も訪れている場所でもある」
話しながら歩いてる二人に、表の庭で遊んでいた子供たちが気づいた。
「あーっラッド兄ちゃん!」
通い慣れているというのは嘘ではないようで、子供たちが楽しそうに指差している。
「リンカ姉ちゃーん! ラッド兄ちゃんが来たよーっ」
何人かの子供たちがリンカを呼ぶ。
「人気者だな」
平太が感心して出した言葉に、ラッドは疑問を表情に浮かべた。
「人気者かねぇ? 遊び相手が来たから喜んでいるだけじゃないか?」
ラッドは子供の相手をするのは嫌いではないが、たまに振り回されることもあり疲れるのだ。
子供たちに好かれていることはたしかで、それをラッドも嬉しく思っている。
「こんにちはっラッドさん!」
小走りに近づいてきたリンカが満面の笑みでラッドに挨拶する。隣にいる平太のことは見えていないらしい。平太と話していたような丁寧な口調ではなくある程度砕けたもので楽しそうに話し出す。
これはと、なんとなく察した平太はそっとラッドから離れた。
「惚の字ってことか」
「ほのじー?」
近くにいた子供が平太の言葉を聞いて首を傾げた。
「リンカさんがラッドのことを好きってことだよ」
「うん! リンカ姉ちゃんはラッド兄ちゃんが大好きだよ! 会ったらいつもあんな感じだし、会えないときはたまにラッド兄ちゃんの名前を呼んでる」
「わかりやすいねぇ」
「うんっすっごく!」
子供に断定されるほどわかりやすいリンカの好意に、平太は少し笑う。
その好意を一身に受けるラッドはと、視線を向ける。会話を楽しんでいるものの、リンカのような熱は感じられない。上手く隠せているのか、恋愛感情はないのか、見た目では平太には見抜けない。
「そういえば兄ちゃんはラッド兄ちゃんと一緒に来たけど友達?」
「違うよ。すぐそこで一緒になっただけ。会ったのも今日が初めて」
「そーなんだ」
話している子供を別の子供が呼び、遊ぶため平太から離れていった。
平太は部屋に戻ってもすることがないため、近くにあったベンチに座り、子供たちが遊ぶ様子を見る。
(孤児院ってもう少し殺伐いうか暗めなイメージだったんだけど、神様がいるからフォローも行き届いている?)
鬼ごっこのようなことをしている子供がいて、大繩で縄跳びをしている子供がいて、ぬいぐるみを使ってままごとをしている子供もいる。どの子も楽しそうに笑っている。
ここは孤児院だ。ということは子供たちには親がいないはずで、それを気にしている子がいても不自然ではないはずだ。しかし暗い雰囲気の子供がいない。リヒャルトや大人が愛情を注いでいるから笑っていられるのだろうと考えながら、ぼんやり遊んでいる光景を眺める。
平太がここに泊まることはリンカとリヒャルトから既に伝えられており、大人たちは見慣れない男が庭にいることを気にせず子供の相手に集中している。
子供たちの輪にリンカと話し終えたラッドが加わる。ラッドは元気のいい子供に引っ張られて肩車をさせられている。
そんな様子を笑っていると、ラッドが平太を手招きする。一人で相手するのはきついので巻き込むつもりだ。ラッドが子供たちに平太も肩車してくれるぞと話した途端期待の視線が平太に刺さる。
期待を裏切ることができず、平太はベンチから立ち上がる。
「子供の相手なんかしたことないぞ」
「俺と一緒に肩車してくれりゃそれでいい」
「それくらいならできるけど。まあいいか。やる前に剣を外してくる」
どこに置くか迷う。ベンチに放り出しておくのも、好奇心の強い子供に触られそうで危なっかしい。大人の一人が持ってくれるということになり、渡して子供を肩車して歩く。
成長したおかげで、子供の体重がたいして苦にならない。
平太とラッドは、夕暮れになりリンカたちが子供を建物に入れるまで肩車し続けた。
子供たちが屋内に戻ると、平太は剣を返してもらい、そのままそこで剣を振って鍛練をこなす。ラッドはリヒャルトに挨拶するため子供たちと一緒に屋内に入っていった。
ラッドの挨拶は三十分弱で終わり、平太がまだ鍛練を続けている間に屋内から出てきた。
「精がでるな」
「少しは鍛えないと危険が多いいし。そっちは挨拶終わって帰るところ?」
「そうだ」
そう言ってラッドは平太をまじまじと見る。観察されているようで見られている平太は居心地が悪い。
「なにか顔についてるか?」
「いや、すまん。なんでもないんだ。じゃあ、俺は帰るよ」
ラッドはそう言って転移を使い、その場から消えた。
なんだったのだろう、そう思い平太は首を傾げたあと、鍛練に戻る。
少々賑やかすぎる夕食を終えて、与えられた部屋に戻る。元気いっぱいの子供たちの声は、時間の流れとともに静かになっていく。午後八時を少しすぎた頃、子供たちは寝たのか先ほどまでの賑やかさが嘘のように静かになった。
風呂に入っても大丈夫だろうかと尋ねるため、部屋を出て食堂に向かい、そこにいた大人に尋ねた。大丈夫だと返答をもらえ、ささっと風呂を済ませた平太は水を飲んで、部屋に戻り、ベッドに寝転ぶ。そのままボーっとしているうちに眠りに落ちた。
翌日、朝食もごちそうになり、リヒャルトに挨拶したあと孤児院を出る。時間にして午前八時前で、この時間に肉の買い取り所が開いているのかわからないため、朝の王都を見学して時間を潰そうと歩き出す。
これから仕事に向かう人、店の準備をしている人の様子を見ながら朝から活気に包まれつつ歩き、店の多い通りを抜けて住宅街に入る。ここらに見るものはないだろうと引き返そうとしたとき、路地裏から言い争う声を聞く。
誰か来て、という助けを求めるような声も聞こえてきた気がした平太は、隠れながら様子を見てみようと考えて、ロナの技術を再現し路地裏に足を踏み入れる。
気配をおさえ、静かに移動し、三十メートルほど進むとそこでは男女二人に口を押さえられている二十を少し過ぎた女がいた。整っている顔を今は恐怖に歪めている。
(誘拐?)
物陰から見つつ、どう見てもまともな状況ではないと判断した平太は、助けることに決めた。すうっと息を吸い込み、見たままを周囲に伝えるため大声を出す。
「誰かーっ誘拐だーっ!」
この大声に男女はびくりと反応し、姿を見せた平太を睨むと走り去っていく。
「逃げたぞーっ男女の誘拐未遂犯が逃げたーっ!」
言葉での追撃をしたあと、平太は助かった安堵から座り込んだ女に近づく。
「大丈夫ですか?」
言いながらしゃがんで視線を合わせる。
「ありがとうございます。さらわれずにすみました」
顔を上げた女の大きな胸に思わず視線が行く。不自然なほど大きくはない見事な巨乳に手を合わせ拝みそうになるが、今はそんな状況ではないと胸から目を放す。
「無事でよかったです。立てますか?」
「少しだけこのままでいさせてください」
安堵から力が抜けて、上手く立てないのだ。
無理もない、そう思っていると平太は背後から誰かが走ってくる音を聞く。
「誘拐という声を聞きつけてきたのですが!」
巡回の兵が三人やってきたのだ。
「叫んだのは俺で、こっちの女の人が被害者です。誘拐しようとした人たちは向こうに逃げました」
「男女の出で立ちはどのようなものでしたか?」
「男はそこの窓枠と同じくらいの身長で、動きやすそうな服。白のTシャツに濃い緑のズボン。二十後半くらい、体つきもがっしりしてたかな」
女の方の特徴も伝えて、兵二人が男女の逃げた方向へ走っていく。
平太と兵が話しているうちに落ち着いた女が立ち上がる。百六十六センチあるロナよりも身長は低い。乱れていたストロベリーブロントの長髪を手櫛で整えて、改めて平太に頭を下げる。
「本当にありがとうございました。あのまま誰にも気づかれなければ誘拐されてしまったことでしょう。ぜひともお礼を」
「俺がやったのは叫んだことだけなんで、お礼の言葉だけで十分ですよ。それよりも兵士さんに、誘拐犯について話した方がいいと思います」
「言葉だけでは足りないのですが、先にあの二人について話しておきましょう」
兵はお願いしますと頭を下げる。
「実はあの二人は顔見知りなのです」
その言葉に平太と兵は驚いた表情を見せる。顔見知りを誘拐するなんて恨みの線なのだろうか、けれど目の前の女は恨みを買いそうな雰囲気ではない。そんなことを考え続く言葉を待つ。
「私はファイナンダ商店の長女で、あの二人は護衛だったのです」
「ファイナンダ商店!?」
驚いた兵のその様子から、平太は有名店なんだろうと推測する。そんな平太を女は意外そうな目で見る。
「驚かれないのですね? 初めて聞く人には大抵驚かれるのですが」
「俺は王都に来て間もないし、この国に滞在して一ヶ月。いろいろとこの国について把握してないんだ。だから有名な店でもわからなくて」
「そうでしたか」
納得した様子を見せる。実家はこの国では有名な方だが、他国ではそうでもないと理解している。他国にまで広く名を響かせるほど稼いではないのだ。店名が知られていないのは地球とは違い、情報伝達力がそこまで高くないせいでもある。
「ファイナンダ商店は王家とも商売している店で、この国では五本指に入る大店だ。さまざまな商品を扱っているが、主力商品は紙だったはずだ。ほかの店よりも品質のよい紙を作り、適正価格で売っている。そんな店の令嬢がこんな路地裏でなにを?」
平太に軽く説明した兵が抱いた疑問を聞く。
「私は朝にジョギングをするのが日課でして、今日も護衛と一緒にジョギングに出たところ、あのようなことに」
恐怖が甦ったか自身の体を抱く。大きな胸が強調されて、平太だけではなく兵の視線も胸に向いた。
それを自覚し兵は慌てて視線を外す。
「顔見知りということでしたら、ちょうどいい。誘拐犯について詳しい情報をお持ちでしょうから今後の捜査のためにもお話を聞かせていただけますか」
「はい」
「このようなところで話し続けるのもあれですし、家まで送りましょう」
「えと、俺はもう行ってもいいんですかね?」
兵が送るなら大丈夫だろうと、平太は別れをきりだす。
兵としては去ってもらっても問題ない。本当であれば誘拐犯の顔などについて聞くところだが、被害者から詳しい話が聞けそうなので平太からの情報はなくてもいいと判断した。
しかし女はお礼がまだなため、平太の手を取って止めた。
「一緒に来てください。お礼をせずにお別れしたとなれば両親に叱られてしまいます」
「……わかりました」
急いで帰る用事があるわけでもなく、少しくらいの寄り道してもいいやと頷く。
ほっとしたように女は笑みを浮かべて行きましょうと歩き出す。
「あの手を」
「あら、ごめんなさい! 少し前まで妹と手をつないで歩くことが多かったので、つい癖でそのまま歩きそうに」
「仲の良い姉妹なんですね」
少し頬を赤く染め照れた様子で女は歩き出し、その隣に並び平太も歩く。
どことなく疎外感を感じていた兵も二人について歩き出した。
十分と少し歩き、広く入り口を構えた店が見えた。入口の上部にファイナンダ商店と書かれた木の看板がはられている。準備中らしく、商品を並べる者、商品の確認をする者、入口を掃除する者といった何人かが働く様子が見える。
そこに女は近づく。
「ただいまかえりました。お父様はどこかしら?」
作業を止めてパーシェと呼ばれた女を見た店員は、不思議そうな表情になる。
「パーシェお嬢様、おかえりなさいませ。あの、護衛の姿が変わっていませんか?」
「ちょっと事情があってね。そのことでお父様に話があるのだけど」
「旦那様なら指示を出したあと、奥で書類の確認をすると言っていました」
「ありがとう。お二方ともついてきてください」
パーシェが手招きして奥に進む。平太たちはそれについていく。
店奥の扉を開けてすぐそこに事務所があり、そこに三人の店員がいて机で書類を確認している。
「お父様、ちょっといいかしら?」
パーシェが声をかけると、四十才を少し過ぎた男が顔を上げた。温和そうな顔つきだが、この商店を切り盛りしているのだから優しいだけではないのだろう。
「なんだい?」
「ここで話すのは躊躇われるので、応接室にいきませんか」
「大事な話なのか? 後ろの二人にも関連してる?」
「ええ」
わかったと頷いたパーシェの父は、仕事をしている二人に少し抜けると言って、応接室に移動する。
応接室のソファーに、パーシェと父が並んで座り、対面する位置に平太と兵士が座る。
パーシェが誘拐されかけたこと、助けてもらったこと、今兵士が元護衛の二人を追っていることを話す。
兵士がいるのでただ事ではないだろうと、推測していた父も誘拐という言葉には驚きを隠せない。
「あいつらが誘拐未遂か、私の人を見る目も衰えたものだ」
「お父様だけが抜けていたわけではありませんわ。私やほか家族も仕事熱心な護衛だと疑っていませんでしたもの」
「誘拐をしようとした二人はいつ頃からこちらに?」
兵士の質問に、パーシェたちは少し考える様子を見せる。
「だいたい四年前だ。専属で雇っていた者が数人ほど引退することになってな。護衛を募集したときに来たのだよ」
「募集して集まった者たちの経歴は調査したのですか?」
「ああ。研修期間を定めて、その間に調査が得意な者を雇い、おおまかに調べてもらった。その結果、犯罪歴がないとわかり、勤務態度もよかったので雇うことにしたんだ」
「その二人は最初から一緒に来たので?」
「うむ。たしか組んでハンターとして動いてたところ、募集を見つけて定職に就くのも悪くないと判断したらしい。ハンターとして動いていた証言もとれている」
「その二人は金遣いが荒いとか、借金を背負っているといった話は?」
そういった話を聞いたことはなく、パーシェの父は首を傾げ、娘にどうだったか視線を向ける。
「私もそのような話は聞いたことありません。お金に困っている様子もありませんでしたし」
「だったら身代金目的の誘拐ではない可能性もありますね。ライバル商店が脅迫目的でその二人に誘拐を依頼したという線も? お二人は誘拐の原因についてなにか心当たりありますか?」
その質問にパーシェの父は考え込む。強引な手を使ってくる競争相手はたしかにいる。いるからこそ、情報収集を欠かしたことはない。その情報に他店が怪しい動きを見せたというものはないのだ。だが断言はできない。ファイナンダ商店の情報網をかいくぐって、誘拐未遂犯たちに接触した可能性もある。
「今言えるのは、他店の仕業もありえる。可能性は低い、といった感じでしょう」
「可能性は低い、ですか。だとしたらほかに原因を考えておいた方がいいのでしょうけど……私には思いつきませんね」
首を小さく振り、兵士は言う。
パーシェの父にはもう一つだけ、心当たりがあった。
「あの二人が私の家族なら誰でもよかったのではなく、パーシェ個人を狙ったのだとしたら、もう一つ原因は考えられます」
「それは?」
「わりと極秘事項な話なので、他言は無用に願えますか?」
兵士だけではなく、平太にも視線を向けて言う。
「聞いちゃいけないことなら、俺は少しだけ外に出ておきましょう。ついうっかり口を滑らせるなんてことをしでかす可能性もありますから」
「でしたら私と母屋に行きませんか? お茶など出しましょう」
「それがいい。兵士さんは彼になにか用事はありますかな?」
ない、と首を振ったのを見て、パーシェは平太を伴い応接室から出ていく。
扉が閉じたのを見て、パーシェの父は口を開く。
「パーシェはとある魔物の封印を解く鍵なのですよ」
エラメーラが魔王を封じたように、力の強い魔物を封じることは多々ある。もちろんエラメーラの封印している魔王が一番の大物だ。
神から見て小物でも、人間の手に余る魔物は多い。そのような魔物が人里を襲ったとき、封印は取れる手段としてはポピュラーなものだ。封印し、力を少しずつ削って弱体化させ、もう十分だと判断したとき封印を解き、倒すのだ。
そんな封印が現状三十個ほど世界中に散らばっている。
パーシェが鍵となっている魔物は、パーシェの母方の先祖が封印した。ただ封印するだけではなく、わざと封印解除の方法を作り、それ以外では封印が解けないように小細工もしたのだ。その封印解除に必要なのが、長子の血だ。パーシェの母が先代の鍵で、パーシェを生んだとき、鍵の役割はパーシェに移ったのだった。
この封印は千年を超える長い期間続いていて、どのような魔物を封じているか忘れ去られている。長い期間封じているということで、強すぎる魔物なのだろうと推測され、封印を解かないようしっかり伝えられている。
「鍵ですか。誘拐犯は魔物を封印を解くことを狙っていたかもしれないと?」
「その可能性もあるということですな。ただ娘が封印の鍵という情報は限られた者しか知らないはずなので、身代金目的な可能性も捨てきれないという」
「捕えて尋問しないとわからないということですね」
確実に捕えるため、二人の人相を詳しく聞いていく。
情報を聞けた兵士は、これから詰所に帰って人相書きを作る手続きを行う。後日できあがったものを確認してもらうことを約束し、商店から去っていった。
応接室から出たパーシェは平太を家の応接室に案内し、使用人にお茶を頼む。
そして着替えてくると平太に告げて、自室でささっと濡らしたタオルで汗をふいて、着替えた。
ノースリーブのシャツに、ロングスカート。それに胸を隠すように薄手のストールを身に着ける。男女ともによく胸を見られるため隠すようにしているのだ。
姿見で全身を確認したパーシェは応接室に戻る。
そこには客ということで様子を見に来たパーシェの母と妹がいた。妹はパーシェよりも随分年下で、十三才辺りだろう。
「お待たせしました。お母様とリアはどうしてここに?」
リアというのは愛称で、本名はシェルリアという。平太たちの自己紹介はすでにすんでいて、そのときに聞いたのだ。
「店の応接室ではなく、こちらの応接室に通した客がいると使用人から聞いたから、大事な客なのかしらと思って一言挨拶しにきたのよ」
「わたしも似たようなものよ。自己紹介をしたときに聞いたのだけど、お姉様はまだ自己紹介してないらしいわね」
誘拐未遂によって気が動転し、その後は説明といった流れだったので自己紹介するタイミングを失っていた。
パーシェは慌てて頭を下げる。
「あら、私としたことが。申し遅れました、私はファイナンダ商店の長女パーシェと申します」
「俺はエラメルトでハンターをしている秋山平太と言います。秋山が姓で、平太が名前です」
「この度は危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました」
パーシェに合わせて母やシェルリアも頭を下げた。平太も軽く頭を下げる。
「はい。礼は確かに受け取りました」
「言葉だけでの礼では足りません。なにか欲しい物があれば言ってください。取り寄せてお渡ししますわ。物でなくて情報でもなんとかしますわ」
パーシェの母の言葉に、平太は特にこれといったものは思いつかなかった。
お金に困っているわけではないし、武具も今すぐ欲しいものがあるわけではない。情報も必要としているものはない。日本に帰る方法がわからなければ、召喚に関する情報を求めたのだろうが、バイルドがいるため困ってはいない。
名品と呼ばれる武具を見るという願いを思いつきはしたが、欲しがるのではなく見るだけという部分で疑問を抱かれて能力を察せられると困ることになりかねない。
角族をどうにかしてくれたら、そんなことも考えたが無理だとわかっていた。
結果、特に思いつかなかった。
「今すぐになにか思いつくわけではないので、困ったときに助力を願えるようにしてもらえると助かります」
「ふむ、そうですか。こちらとしてもできることとできないことがあります。その点を踏まえたうえで、という返答になりますが」
さすがにファイナンダ商店が傾くような事柄に巻き込まれるのも困るのだ。なんでもかんでも聞き入れるというわけにはいかない。
「はい。承知しております。無茶な願いをする気はありません」
のちのち質の良い武具を願おう、そんな感じで願いを使おうと決めた。
お礼に関しての話に一段落ついたそんなタイミングで、応接室の外からドタドタと走るような音が聞こえてくる。
その場にいる全員が扉に視線を向ける。
勢いよく扉が開き、パーシェと同じ年齢に見える顔の整った男が慌てた様子で応接室に入ってくる。
「愛しの婚約者よ無事だったか!」
そんなことを言いながら、パーシェたちの方へ小走りに近寄る。
(パーシェさんの許嫁かー、かっこいい人だ。誘拐されかけたことを知ったにしては来るのが早すぎるけど、あんなに心配した様子だし仕事とか放り出して来たんだろうな。愛されてるな)
といったことを考えている平太の目の前で、男はパーシェを通り過ぎた。
「は?」
思わず疑問の声を漏らした平太の目に映るのは、シェルリアを抱きしめた男の姿だ。
「え? そっち? 年齢的にパーシェさんの許嫁かと」
「ロディス兄さんはシェルリアの許嫁で間違いない」
肯定してくるその声に聞き覚えがある平太は、声をした方向を見る。そこには昨日出会ったラッドがいた。しかも昨日着ていた服よりもさらに品質のいいもの身に着けている。
「ラッドなんでここに」
「それはこっちのセリフでもあるんだがな」
「ラドクリフ様とアキヤマ様はお知り合いなのですか?」
パーシェが二人に尋ねる。
「昨日会ったばかりで、深く親交があるというわけではないよ。それよりも急な訪問申し訳ありません。兄が連れていけと言って聞かないものですから」
パーシェとその母にラドクリフと呼ばれたラッドが頭を下げた。
「どうして急に家に来ることに?」
急の来訪には気にしていないと答え、来訪自体の理由をパーシェの母は尋ねる。
「十分ほど前にファイナンダ家の誰かが誘拐される可能性があると情報を掴んだのだ。それを知ったときロディス兄さんも一緒にいてね」
「ロディス様の溺愛っぷりから考えて、こうなるのは納得できますわ」
少々複雑そうな声音でパーシェは抱き合う二人を見る。
「許嫁にしては少々年が離れてるけど、いやお金持ちとか貴族とかだと当たり前なのか?」
平太は疑問を抱くが、すぐに日本の歴史上でも、大名などの中には年齢の離れた夫婦がいたこと思い出す。続けて芸能人でもそういった年齢差の夫婦がいたことも思い出した。
パーシェの表情はさらに複雑そうになり、パーシェの母や控えていた使用人は視線をそらす。
ラッドが言いにくそうに口を開く。
「いやなんというか、最初は兄とパーシェが婚約する予定だったんだ。初めての顔合わせの際、場を和ますためにシェルリアも同行したんだが、そのシェルリアに兄が一目惚れしてな? うちの親としてはファイナンダ家との繋がりを得られるならシェルリアとの婚約でも問題ないと言って、あとはシェルリア本人の問題となった。そして押しまくられたシェルリアが断り切れず、婚約成立したという流れだ」
「お、おう」
冷静と評判だったロディスが情熱的にシェルリアを口説く様子は、今も語り草となっている。それはロディスにとって恥ずかしい思い出ではなく、誇るべき思い出の一つだった。
今なお抱き合う二人を見れば、婚約に不満がないことはよくわかる。では婚約できなかった方はと平太はパーシェをそっとうかがう。
いろいろと複雑そうではあるものの、恨みや妬みといった感情は欠片もないパーシェがいた。
パーシェはあの婚約に対して特別な思い入れがあったわけではない。結婚に対して多少の期待はあったものの、家のため、そう考えて婚約に臨んだ。
そして、なんというか踏み台的な役割を負った。
妹の幸せは嬉しいことは確かなのだが、女のプライドなど多少なりとも傷ついたものはあり、顔合わせが終わったその夜、酒を一瓶抱えて部屋に篭ったパーシェを誰もがそっとしておくことしかできなかった。
その一晩で愚痴など全て吐き出したか、翌日にはさっぱりとした様子でシェルリアの婚約を祝う姿があり、緊張していたファイナンダ家に平穏が戻ったのだった。
そんなことがあり、結婚に関して話を進めづらくなったパーシェに婚約者はいない。その影すらない。どうしようか両親は頭を悩ませていた。
この話は続けるべきじゃないだろうと、平太は誘拐について話を聞くことにした。どういった目的の誘拐だったのか、ラッドが知っているのか尋ねる。
「私も気になりますわ」
「明確な目的はわかっていない。俺のところに入ってきた情報は、しばらく前にファイナンダ家の護衛が人通りの少ない場所で怪しい男と会っていたというものだ。その護衛を見張るように指示を出し、二度目の接触時に男の方を捕えて尋問して誘拐を目論んでいることが判明した。その情報を受け取ったのが、つい先ほどだ」
「動くのが少し遅かったんだな。パーシェさんがさらわれかけたんだよ」
「本当なのか?」
問われたパーシェはこくりと頷いた。
「すまない。もう少し早く動けていたらそのような事態には……ん? 誘拐されかけたことをどうしてヘイタが知っているんだ?」
「アキヤマ様が助けてくれたのですよ。そのお礼のため家にお招きしたのです」
「大声で誘拐だって叫んだだけなんだけどね。それで元護衛は逃げていったよ」
「ああ、礼のためにここにいたのか」
納得したようにラッドは頷く。
「さらわれなくて本当によかった。王家と繋がりを得た家のアクシデントとか碌なことにならないからな」
「王家?」
平太が首を傾げる。
「ウェナ国の王子ロディスと婚約し、いずれ結婚する。王家の一員になるなんてことはないが、繋がりは生まれるだろう?」
「兄を王子と呼ぶことは、ラッドも王子ということに」
「ああそうだ。王位継承権七位を持つラドクリフ・ガラード。これが俺の肩書だな」
平太はまじまじとラッドを見る。王族と対面するのはこれが初めてだ。意外と普通というのが感想だった。無意識にエラメーラやリヒャルトと比べての感想なので、普通に見えて当然だろう。国を治めるといっても、人間であるということに変わりない。
日本で皇族と対面するといった状況ならば緊張し恐縮していただろう。異世界の王族でかつ、神との対面を済ませたあとなので反応が薄いのだ。
それでも口調は正す。それくらいの礼儀はわきまえていた。
「大店であれば王家との結婚も起こり得るのですね」
丁寧に話してはいるものの、それだけで大きく畏まった様子のない平太をラッドは面白げに見る。
「大店でなくとも、一般家庭の者を見初めた例はあるぞ。見初められた側はプロポーズされて卒倒したらしいが」
「まあ、普通はそうなりますよね。一般家庭といえば、リンカについてはどう思ってるんですか?」
結婚といった話繋がりで、ラッドに好意を持っているリンカについて聞いてみる。リンカがいない今がチャンスだと、聞いてみようと思ったのだ。
「リンカかぁ」
「さすがに好意に気づいてないってことはありませんよね?」
子供が気付けていたものに気付けないほど鈍感ではないはずだと付け加えた。
「気づいてはいた。ただこっちの正体を知らないわけじゃないか。明かしたらどう思うかわからないってのと、俺は政略結婚で他国に行く可能性もあるからなぁ。そこらへんを考えると、気づいた様子を見せて期待させるわけにはいかない。そう考えている」
そこらの事情を抜いて、リンカをどう思うかというと友達以上恋人未満。このまま親友方向へとシフトする可能性もあった。
「結婚一つで色々と制約が生まれてくる王族は大変ですね」
お前さんも苦労することになる、ラッドはそう口にしようとして止める。フォルウント家が関わってくればの可能性で、二年もせずに故郷に帰ることを考えると問題はなにも起きない可能性もあるのだ。
ちなみにラッドが、平太の事情を知っているのは王から聞かされたからだ。転移の能力を使って外交に関わるラッドにだけは、フォルウント家の動向で平太に関わりを持つこともあると考えた王がリヒャルトに相談したうえで話したのだ。
そういう存在がいると聞かされてはいたが、平太の顔を知らなかったので初めて会ったときはたいして反応しなかった。
リヒャルトから平太がそうだと聞き、帰り際に思わずまじまじと見てしまったのだった。
「俺の結婚は置いておくとして、誘拐に関してに話を戻すぞ。誰がどのような目的でやろうとしたのか、それはわかっていない。そこで曖昧ならそれを利用してはどうかと考えた」
「利用ですの?」
なにを言いたいのかわからず、パーシェは疑問の声を上げる。平太も利用などできるのか疑問しかない。
「こちらの得になる利用なのでな、さらわれかけたパーシェにはきちんと話さなければならないだろう」
「とりあえず説明をお願いします」
「これから話すことは関係ないように思えるかもしれないが、繋がる話だからまずは最後まで聞いてほしい。今、城で二つの派閥がぶつかり始めている。王位継承権一位のカネシンハ叔母上と王位継承権第二位のファーサル兄上を推す派閥だ。このままいけば叔母上が次期王なのはわかるな?」
平太とパーシェは頷く。
「叔母上はやや政治に疎いところがあるものの、それは周囲の人間が支えればいいだけ。叔母上自身も人の意見をないがしろにする性格ではない。この国を発展させることはできないだろうが、維持ならば十分可能で王として問題ない」
現国王であるラッドの父もそれは十分理解していて、すでに家臣を育てる方向で動いている。育った家臣と協力していくように、カネシンハにも話している。
このことからわかるように、現在の王にカネシンハへの不満はない。また王は健康なため時間をかけて家臣を育てる余裕もある。
現在の王家は安定しているのだ。
「次期国王はほぼ決定済みなんですよね。どうして派閥争いが起きてるんですか?」
平太の疑問に、ラッド呆れた表情を見せる。
「わかりやすい理由だぞ? 叔母上に王になられると自分の利益にならない、そんなことを考えている奴らがファーサル兄上を王にしようと動いているんだ」
「よくある話ですか」
平太もまた呆れをにじませた。。歴史の勉強をしていれば、必ずと言っていいほど耳にする類の理由だ。
こちらの世界でも同じなようで、ラッドとパーシェが頷き肯定する。
「ファーサル様はどう考えておられるのですか?」
本人にやる気がなければ、担ぎだしたところであっさり辞退されて終わりといったことにもなりえる。そんなことを考えたパーシェが尋ねる。
「お調子者といった性格ゆえな、のせられて少しその気になっている。そんなところだ。そもそもファーサル兄上が今動く必要はないんだ。叔母上の次に王になるのは高確率でファーサル兄上なのだから」
ファーサルが王になるのは早いか遅いかというだけなのだ。王になること自体が目的なところのあるファーサルが、焦る必要はまったくない。ファーサルを早めに王にしたいのは、少しでも多くの利益を求める者たちの都合だ。
「幸い叔母上と兄上の仲は悪いというわけではない。今のうちに兄上側の派閥を押さえれば国が荒れることはない。そこで利用するという話に繋がる。今回の誘拐騒動を、先走った兄上側の誰かの仕業ということに仕立て上げようと思うのだ」
仕立て上げるための工作は始めている。派閥の中で落ち目な者を選び、犯人となり爵位を失うかわりに多額の報酬を払い他国で暮らせるよう手配しているのだ。
「ロディス兄上は叔母上側の人間だ。そのロディス兄上に関係するファイナンダ家の人間を誘拐し、ファーサル兄上側につくよう脅迫するつもりだった。こんな筋書きだ」
元護衛たちの目的がわからない今、本当にこの理由で誘拐しようとしたかもしれない。ラッドは予測の一つとしてその考えを持っている。
「誘拐という事柄を利用するのはわかりました。でもどうやって派閥を押さえるのですか?」
聞いていいものか少し迷ったが、ここまで聞くと続きが気になるため聞く平太。
「父に一芝居うってもらう。息子の許嫁の実家にまで派閥の手が伸びたことを憂慮した王が、派閥の争いに釘をさし、次の王は叔母上だと明言する。そうすることでファーサル兄上を諌めて、派閥の者たちの望みも断ち切る」
この芝居で利益追求を諦めるのならばお咎めなし。だが諦めず動くのならば減俸や降格といった処罰もある。現状大きな被害が出ているわけでもないため処刑まではいかない。
実のところ処罰が必要な者がでてこないか、王たちは期待している。この機会に不埒なことを考える者を少しでも排除できたらと考えているのだ。
「カネシンハ様が死ねば順序繰り上げって考える人もでてきそうなんですが」
平太の考えを王たちが考えていないわけがなく、カネシンハの守りを強化している。毒殺といった暗殺に対しても、専用の能力持ちを配備して、その能力持ちが寝返らないための手配もやってと、城内は密かに慌ただしくなっている。
「そこらへんもちゃんと対処している。さて利用させてもらうこと、利用の結果がどうなるか、この二つは話したな。もう一つパーシェに願いがある。これは命令などではないから、断ってくれていい。言外に強制しているわけでもないから、本当に断っても問題ない」
「願いというのは?」
話を聞かないことには、なんとも言えず先を促す。
「一時的に王都から出てくれないか、というものだ。誘拐されかけたパーシェが身の危険を感じて避難したという情報で、細工に信憑性を持たせたくてな。実家から離れたくないと思うかもしれないから、断っていいと言ったんだ」
「さすがに今すぐ返答は無理ですわ。家族とも相談しないと」
パーシェ個人の意見としては、短期であればちょっとした旅行気分を味わえるため王都を出てもいい。一年ほどだと知らない町に行くのはやや躊躇われるといった感じだ。
「当然だな。ちなみに行ってもらう先の第一候補としてはエラメルトだ。エラメーラ様がいる町で馬鹿な真似をする者は少ない。ある程度の安全が保障されるからこその第一候補だ。それにもしかするとエラメーラ様に気にかけてもらえるかもしれない」
「神に気にかけてもらうというのは無理な話だと思いますが?」
そうでもないと言いラッドは平太を見る。つられてパーシェもそちらに顔を向けた。
「俺?」
「ああ、お前ならエラメーラ様にパーシェの守護を頼むのは無理としても、少し気にかけてもらえないか伝えることが可能だろう?」
「そう言われてもな」
たしかにこういったことを言っていたと話すことは可能だろう。しかし世話になっている現状で、さらに頼み事をするのは気がひける。
ラッドも頼んでくれと言っているわけではないのだ。神を都合よく使うことなど恐れ多い。ただ町を見ているときにパーシェの様子がおかしくないか、見てもらえたらありがたいのだ。
無茶を言っているという自覚があるため、伝言が無理なら無理で構わない。
「アキヤマ様はエラメーラ様となにか関係が?」
事情を知らないパーシェが首を傾げた。
「愛し子ではないが、なにかと目をかけられているそうだ。もう少し詳しい事情を知ってはいるが、それを話すわけにはいかなくてな」
「そうですか」
パーシェは納得して追求をしない。自身が封印の鍵ということを秘密にしているため、人に話せないことがあるということに理解があるのだ。
「エラメルトに行くと決まったわけでもないので、無理に頼むようなことはしてくていいですよ。ただ向こうで会ったときは挨拶の一つでもしたいので、エラメルトのどこに滞在しているのか聞かせてもらいたいのですが」
それくらいならと平太はバイルドの家の住所を教える。
「ひとまず話はここまでだ。パーシェたちの無事を確かめたことだし、俺たちは帰るとする」
「俺もお礼について話は終わったし帰る。お茶ごちそうさまでした」
パーシェとパーシェの母に頭を下げる。
「願いが決まったらいつでもいらして。きちんと店の者に話を通しておきますから。玄関まで案内させましょう」
そう言うとパーシェの母は使用人に命じて、平太を案内させる。
平太が去り、ラッドもずっとシェルリアと手を握って表情を崩し話していた兄の頭部を叩いて帰ることを告げる。
ロディスは渋る様子を見せるも、職務を放り出してきたのでいつまでもここにいるわけにはいかないのだ。
結局ラッドはロディスの首を掴んで転移して帰っていった。
パーシェはエラメルトに行くかもしれないことを父に伝えるため店の応接室に向かう。
数分して、父を連れて戻ってきて行われた家族会議で、エラメルトの支店に研修ついでに向かうことに決まった。このままいくと家を継ぐのはパーシェなので、親のいない状況で商売について学ぶのもいいだろうと判断されたのだ。
ファイナンダ家を出た平太は、昨日決めたように荷運びの依頼を受けるため肉の買い取り所に向かう。
まだ残っていた大荷物ではない依頼が書かれた紙を職員に渡し、荷物を受け取る。今回の荷物は、手紙と糸の束と鉱石だ。それらが詰められた木箱を抱えた平太は王都から出て、転移を使う。
エラメーラの部屋に移動した平太は、エラメーラがいないか周囲を確認する。いたのは掃除をしていた神官二人だ。
「と、突然なんだね!?」
いきなり神の私室に人が転移してくれば驚くのは当然で、ハタキを平太に向けて問う。
平太は木箱を抱えたまま軽く一礼する。
「いきなりの訪問? 転移? どちらでも同じか。とにかく驚かせて申し訳ありません。ここへの転移はエラメーラ様に許可をもらっていますので、不法侵入ではないことを説明しておきます。エラメーラ様は今どちらにいらっしゃいますか?」
やはり神の私室に転移するのは無礼だよな、と考えながら神官たちに聞く。
落ち着いた様子で説明した平太に、神官も落ち着きを取り戻す。
「ハタキを向けてすまなかった。エラメーラ様はいつも使う庭で休んでおられます。庭の位置はわかりますか?」
「はい。ではそちらに向かうことにしますね。掃除中、お邪魔しました」
そう言って平太は私室を出る。残った神官たちはおどろいたなーなどと話して掃除を再開する。
庭ではいつか見たようにビーチチェアに腰かけたエラメーラがいて、平太に笑みを向け、やってくるのを待っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
木箱を地面に置いて、きちんと頭を下げた。
「その箱はなにかしら?」
「荷運びの依頼を王都でも受けて、その荷物です。これから肉の買い取り所に持っていきます」
「そう、転移を使えるのだから受けるわよね。それで王都はどうだった?」
「正直に言うと、故郷の大都会の方が賑わってました。でもこちらにあって、あちらにないもの、そういった違いがあって面白かったです。魔術屋に行って、いくつか道具に触ったり、札を買って再現できるものを増やしました」
どのような札を買ったかといった説明をして、今日遭遇した誘拐についても話す。
「パーシェ・ファイナンダ、さらわれかけた女性はその名前で間違いないのね?」
「はい。知っている人ですか?」
「直接会ったことはないけど名前はね。私と同じように封印に関連した子よ。といっても魔王を封じているのではなく、魔物を封じているの。誘拐犯の目的は封印を解くことにあったのかもね」
リヒャルトからパーシェについては聞いていた。だから誘拐犯の目的が封印であったかもしれないと推測する。情報が少ないため、可能性の一つと言っておくことを忘れない。
「パーシェさんにそんな事情があったんですね。もしかしたらこっちに来るかもしれないと言ってました」
ラッドから聞いた話を全て伝える。エラメーラにパーシェのことを気にかけてほしいということもだ。
「王子は私に言わなくてもいいと言ってたのでしょう? どうしてヘイタは話したのかしら?」
「貴族関連の話なら人同士の問題なんで言わなくてもいいと思ったんですけど、封印関連なら言っておいた方がいいかもしれないと」
その考えにエラメーラはうんうんと頷いた。
平太の言うように人同士の問題であれば、関わる気はない。けれどレッドバッファローのときのように、この町やこの国に関わるかもしれない問題であれば放置はしない。
しっかりと考えている平太にえらいえらいと感心の思いを抱く。
「パーシェのことは気にかけておくことにするわ」
「会う機会あれば伝えておきます」
「それは止めておいた方がいいでしょう。落ち着かないと思うから。なにかあれば私から伝えるわ」
頷いた平太は、ふと思ったことを口に出す。
「封印されている魔物ってどんなやつなんですか?」
「パーシェが封印している魔物に関しては私もリヒャルトもわからないわ。私たちが生まれる前に封印されたから。なにせ千年以上前に封じられたと聞いた。普通の魔物なら、それくらい封印されると弱り切って、討伐されるのだけどね。なにかしらの事情をあるのでしょう。大神なら知っていると思う」
神々がなにかしらの考えあって触れないのなら、自分のような人間が関わることでもないだろうと、それ以上は聞かないことにした。
伝えることは伝えたので、帰ることにする。
木箱を忘れずに回収し、平太は神殿から出ていった。




