15 王都 前
翌日、朝食を食べた後に転移を試してみる。平太は自室で転移を再現し、以前運んでもらった王都入口から少し離れた位置に転移する。また転移を再現し、そこからエラメルトのエラメーラの部屋に戻る。
誰もいない部屋に現れて、女の子の部屋に転移するのは問題あるなとすぐに部屋から出た。
(とりあえず断りもなく部屋に入ったのをエラメーラ様に謝ろう。いつもの庭かな)
予想は当たり、今日も日向ぼっこを楽しんでいた。平太が近づくと気配を察したか、体を起こす。
「いらっしゃい」
「お邪魔してます。転移の再現が成功しました。そのことで一つ謝らないといけなくて」
「なにかしら」
謝られるようなことは特に心当たりなく、不思議そうに小首をかしげる。
「転移したとき部屋に勝手に入ることになったんで。プライバシーとかデリカシーとかの問題?」
「あの時の転移を再現すればそうなるわね。早朝とか深夜とか以外なら気にしなくていいわ。出現場所の変更もできないでしょうし」
どういうことかというと、長距離転移を使う際は事前に準備する必要があるのだ。転移したい場所に魔導核で集めて作った力のマーカーを置かなければならない。
だが平太はそのマーカーを作るところを見ていないので、転移場所の変更までは再現できないのだ。だからマーカーを作る場面を見ない限り、今後エラメルトに転移したとき出現地点はエラメーラの部屋になる。
説明されて、たしかに見ていないから変更できないと平太は納得し、困った表情になる。
「今後非常識な時間に転移しないよう気をつけます」
「ええ、それでいいわ。ところで転移してみて体の調子が悪くなったりしていない? 城壁を再現したときは少し魔導核が痛んだと言ってたけど」
「大丈夫でした」
それは良かったとエラメーラは微笑む。
用事は終わり帰ろうとした平太を止めて、エラメーラは書き上げていた手紙をメイドに持ってこさせる。
「これを孤児院の人間か隣接する神殿の人間に渡しなさい。その人がリヒャルトに持っていってくれるから」
差し出された蝋で封のされた手紙を受け取り、頭を下げる平太。
エラメーラに別れを告げて神殿を出て、肉の買い取り所に向かう。
王都への荷運びは三つある。貴重品や重要書類を運んでくれといった依頼はない。そのような紛失したら大事になりそうなものは、一般ハンターには依頼できない。肉の買い取り所からの信用が高い専用ハンターの仕事だ。
ここにある荷運びは、中小店が出したものだ。忙しく自分で持っていく暇がないのでかわりに持っていってほしいのだ。依頼を受けてくれる者がいなければ、どうにかして時間を作り自分たちで運ぶことになる。
そういった依頼の中から、大荷物にならないものを選んで受付に持っていく。選んだ依頼は、縫製職人がサンプルとして作った服五着と陶芸家が作ったコップ十六個と手紙の束が入れられた木箱を王都の肉買い取り所まで運んでくれというものだ。
「これをお願いします」
「すみませんが、こういった依頼の場合どのように運ぶのか聞く決まりになっていまして、教えてくださいますか?」
平太が依頼紙を差し出すと、こういった依頼を平太が受けるのは初めてだと見抜いた職員が受ける前に注意点を説明する。
「知り合いが転移で王都に行くことになっているんで、便乗させてもらえることになってます」
土の能力者ということになっているはずなので、自分で運ぶとは言えず、こう答える。
「どうしてこういったことを質問するのか聞いてもいいですかね?」
「運んでいる際に事故が起きて破損した場合、誰に責任があるかはっきりさせるためですね。例えば王都行きのバスで運んでいるとき、魔物の群にバスが襲われて中身が壊れると、その場合は誰の責任にもなりません。ですがバスに乗る際、落として中身を壊したという場合は運び手に責任が発生します。事前に移動手段を聞いておくことで、破損した原因をわかりやすくするのですよ。もちろんここで聞いたことだけで判断せず、バスの乗客や運転手にも話を聞きます。納得いただけましたか?」
「はい。今回俺が気を付けることは転移した際にしっかり木箱を持っておくこと。運んでいる際に転ばないことの二点ですかね」
注意点について聞くと、職員は頷き肯定する。
「そんなところでしょう。出発はすぐですか?」
「いえ、明日ですね」
「荷物はどうします? 明日出発前に受け取りにくるか、今日持って帰るか。持って帰って壊した場合は責任が発生します」
どうしようか悩むそぶりをみせる平太。コップが割れ物なので、万が一を考えると明日受け取りに来た方がいいかもしれない。
コップの状況がどうなっているのか聞いてみることにする。
「われないよう布で保護してますよ。ちょっと揺らしただけで割れたりはしません」
「それなら大丈夫かな。持って帰ることにします」
「わかりました。持ってきますので少々お待ちを」
職員は縦横五十センチ高さ三十センチの木箱を持ってきて、カウンターに置く。その木箱の上に一枚の紙を置いた。
「こちらが運んでもらいたい代物です。そして向こうの職員にこの紙と一緒に渡してください」
紙にはいつどこで誰に渡したか、どのような方法で運んだかが書かれている。
平太は紙を折りたたんでポケットに入れ、木箱を両手で抱える。肉の買い取り所を出ると、周囲を確認してぶつかることのないよう慎重に家へ帰る。
翌日、朝食を食べてから平太は武具を身に着け、自室の片隅に置いていた木箱をベッドに置いて、リビングに向かう。
リビングには食器を片づけているミレアと仕事に向かおうとするロナがいる。
「これから王都に行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ。お昼は向こうで食べますか?」
「うん。そのつもり」
ミレアにそう答えると、次はロナが口を開く。
「いってらっしゃい。行っちゃいけないと教えた場所は覚えてる?」
「うん。王都の南東区域には近づいちゃ駄目なんだよね」
そこはがらの悪い者たちを管理しやすいように集めている場所なのだ。兵の巡回も多い場所ではあるが、スリなども多いため用事がなければ近づかない方がいい。
注意すべきことを再確認し、ロナを見送った平太は自室に戻って転移を使う。
無事転移に成功し、突然現れたことを周囲の人間に驚かれつつ、ロナに教えてもらった肉の買い取り所に向かう。
賑やかな大通りを人にぶつからないように慎重に歩き、肉の買い取り所についた。王都周辺では狩りは盛んではないため、肉を処理する場所は狭い。かわりに仕事を求めてやってくる多くの人に対応するため建物自体が大きなものになっている。人が多く、土地も広いということは、それだけ頼み事も多く、仕事も多いのだ。
建物に入った平太は空いているカウンターに行き、木箱を置いて、もらった紙を渡す。
「荷運びですね。中身の確認をするので少々お待ちを」
ふたを開けて、入れていた物の数や破損を調べ、問題ないことを確認すると職員はふたを閉じる。
「はい、問題ありません。こちら報酬の六百ジェラです」
カウンターに置かれた銀貨六枚を受け取り、平太は肉の買い取り所を出る。
六百ジェラは、これまで稼いだ中でレッドバッファロー討伐以外で一番の報酬だ。
一日でこれだけ稼ぐのは今の平太だと破格なのだが、これは転移を使ったからだった。バスを使っての移動だと利益は二百ジェラもない。
組んでハンターをやっている者だと、利益はさらに減るため、好んで荷運びをやる者は少ない。移動する先に依頼が出ていればついでにやるといった類の仕事なのだ。もちろん長距離転移を使える者は利益は出るし、高価な物を運ぶ専用ハンターならば報酬は跳ね上がる。一般ハンターには人気がないというだけだ。
次に平太が向かう場所はリヒャルトのいる孤児院だ。
その場所もロナたちに教えてもらっているので迷うことはない。ゆっくりと見物しながら歩く。以前来たときは急いでいたので見物する余裕はなかったのだ。
王都とその周辺の人口は約十万人、エラメルトよりも人は多いとはいえ、日本にいるとき一度行った都市部と比べるとやや劣る。
なので来たことのない場所という新鮮さはあるものの、人の多さに驚くといったことはない。
一度も行ったことのない東京はこれの何倍もすごいのだろうかと思っているうちに平太は孤児院についた。
エラメーラの言っていたように、孤児院と神殿が隣接している。エラメルトの神殿との違いは、孤児院だけでなく、兵の寝泊りする建物や鍛練場などがないこともだ。
エラメルトでは町の治安維持を神殿が担っていたが、王都には城の兵がいるので、そちらに任せている。神殿で寝泊まりする兵は必要なく、兵に関連した建物も少ない。鍛練も城や郊外で行われるのだ。
孤児院の外観は派手とかそういった特徴はないが、どこか壊れているということもない。神が常駐しているということで、施設の維持に手を抜いていないのだろう。
孤児院の表にある庭には誰の姿もなく、神殿の方に入る。病院としての役割はエラメルトの神殿と同じようで、病人が椅子に座って順番を待っている。
二人並んでいる受付に並び、すぐに順番がきたのでエラメーラからもらった手紙を見せる。
「これをリヒャルト様に渡してほしいのですが」
受け取った手紙の封蝋を見て、受付嬢はすぐにエラメーラのものと気付く。少し驚くもそれを表に出さず平太を見る。
「すぐに渡してきますので、そちらの椅子でお待ちいただけますか?」
「わかりました」
受付嬢は近くにいた同僚に手紙を渡して、孤児院に行ってもらう。
十分ほどで戻ってきた神官は、平太についてきてくれと言うと先導し歩き始めた。
病院から孤児院に繋がる渡り廊下を進み、孤児院に入り子供たちの話し声が聞こえてくる廊下を歩き、応接室と書かれたプレートの張られた扉の前で止まる。
神官はノックして、返事を待ってから開いた。
「お客様をお連れしました」
「ご苦労。中へ入れてくれるかの」
革張りのソファーに豊かな白鬚を生やした老人が座っていた。髪も白髪で、外見年齢は七十才に見える。外は暑いのだが、長袖のコートを羽織って平気そうな顔で微笑みを浮かべている。
「お前さんは神殿の方に戻っていいぞい」
ここまで平太を案内した神官は一礼し去っていく。
一人残った平太は、リヒャルトに手招きされて扉を閉めて中に入る。剣を持ったままだが、その剣で神を傷つけることなど不可能なため案内してきた神官は外すよう指摘しなかった。
対面に座るとリヒャルトは口を開く。
「初めましてじゃの。エラメーラの嬢ちゃんから聞いておるじゃろうが、わしがリヒャルトじゃ」
「初めまして。秋山平太と言います」
「うむ。長く生きてきたが、再現使いに会うことになろうとは思ってもおらんかったよ」
リヒャルトはそう言いつつ髭をなで「ほっほ」と笑う。
「俺も異世界に来ることになるとは思っていませんでした」
平太も似たような感じで返して笑う。
「召喚されたのじゃったな。災難だったの。わしとしては勇者召喚を個人でやってしまう者がいたことに驚きじゃ」
「ほんっとにあのジジイは余計ないことをしてくれやがって。あ、すみません。荒っぽい口調で」
「気にせんよ。仕方ないことじゃて。誘拐だからのう、愚痴の一つも吐きたくなろうて。こちらでの生活は苦労ないかの?」
「角族に遭遇して殺されかけたこと以外は特にこれといった不満はないです。食べ物も故郷と似ていて助かってます」
「角族に遭遇したか。聞くところによると、強さはそれほどでもないとか。よく生きのびたの?」
エラメーラの手紙には、平太の強さは成人男性の平均以下と書かれていた。今の見た目にもそこまで成長した様子はなく、下位の角族との戦いでも死ぬ可能性があるように見える。本当によく生きのびたものだと感心した視線を向ける。
「能力で自身の知る中で一番強い人の技術を再現してなんとか時間稼ぎしました」
その返答にリヒャルトの目に好奇心の色が映る。
「ほう。一度再現がどのようなものなのか見てみたいが、使ってもらえないかのう」
使ってみせることに否はないが、今使うと少し困ったことになるため平太は断る。
「はい、と言いたいところなのですが、今使ってしまうとエラメルトに帰れなくなるので。一日に二回しか使えないから」
「急いで帰る必要でもあるのかい?」
「ないですけど、こっちに宿泊するって家の者に言っていないから心配すると思うのです」
「そうか。ではわしが力を飛ばし、エラメーラの嬢ちゃんにこっちに滞在すると伝えよう。そして嬢ちゃんからお主の家に連絡してもらってはどうだ?」
「神様にそんなことをさせていいのですか?」
豪華すぎるメッセンジャーに遠慮する思いが湧く。
「こちらから頼んでおるんじゃから、気にせんでええ。それで、どうじゃな?」
「きちんと連絡してもらえるなら大丈夫です。一泊くらいならできるお金もありますし」
さすがに手持ちの六百ジェラで、一泊もできない宿はないだろうと考え頷いた。
王都がエラメルトよりも発展している都市といっても、宿賃にそこまで大きな違いはない。エラメルトで普通の宿に泊まると七十ジェラ。安宿に泊まればもっと下げることは可能だが、衛生面や安全面で不安がある。そのため駆け出しのハンターも大抵は七十ジェラの宿に泊まる。王都の宿賃も七十ジェラ出せば十分だ。高いところだと一泊五百ジェラなんて高級宿もあるが、そんなところは金持ちか貴族が使う宿だ。庶民がちょっと贅沢しようと考えるなら百四十ジェラもだせば満足できるだろう。
「宿ならここに泊まるといいぞ? 人が多くて落ち着かないというなら八十ジェラほど宿賃を渡すが」
「泊まらせてもらえるならありがたいです」
「ではあとで部屋を用意させよう」
「じゃあ再現を使おうと思うんですけど、どのような感じで見たいとかリクエストはありますか?」
そうじゃなと言い、リヒャルトは考えるそぶりを見せる。
「この世界にはないものが見たいのう」
中々の無茶ぶりに平太は少し悩む。こちらにどのようなものがあるか把握していないのだ。
(こっちに来てから見てない物というと……テレビかな。でもテレビ単体で出したところで意味はないし。ラジオと携帯電話も同じ理由で却下。冷蔵庫は似たものがあったし、車もある。車があるならスクーターもあるだろうし。なにがいいのか思いつかないな)
どうにもならない、そう思った平太は最初に口頭で伝えて、それがこちらにないものならば再現してみようと結論を出した。
とりあえず電気を使わない物、爪切りやデッキブラシやモップといった身近にあった物を説明していき、それそのものや似た物があるとわかり却下していく。
先代再現使いがそこら辺を再現してみせたらしく、それが広まり今では当たり前のように作られているということだった。
平太は思わず恨み言を心の中で、先代に向ける。
あとはなにかなかったかと記憶を探り、コンセントいらずの機械に思考が移る。充電されている状態か電池も一緒に再現すれば動く機械があるのではと思ったのだ。
「デジカメなんてどうでしょう? 風景を一瞬で絵にする機械なんですが」
「そういった能力はあるが、機械はないな。いい加減悩ませるのも申し訳ないし、それで頼む」
ここまで苦戦するとはリヒャルトも思っていなかったのだ。これ幸いと頼む。
「では、現れろっ」
能力を使うと、平太の手の中にデジカメが再現された。日本の実家にあったもので間違いなく、使い方もわかる。
「使ってみせますね。あの花瓶を写します」
ささっと花瓶を写し、デジカメを操作して映したものをリヒャルトに見せる。
「おおーっ綺麗な絵になっておるな。面白い」
「別の機械があれば、紙に残すこともできます。ある程度遠くのものを写すこともできますよ」
どうぞとデジカメを渡す。
「好きに使ってください。どうせ消えますんで壊しても問題ありませんよ」
受け取ったリヒャルトは残念そうな表情を浮かべる。
「そうじゃったな、消えるか。子供たちを写そうと思ったのだが残念じゃ」
言いながら手の中のデジカメをいじっていく。壊してもいいと言われたので、その手の動きに遠慮はなく思うがままにボタンを押していく。
一通り操作し、自身でも外の風景をとって満足したリヒャルトはデジカメをテーブルに置く。
「これはどういった仕組みで動いておるのかのう」
「俺にもさっぱりです。使うことはできるけど、仕組みがどうなっているのかはわからないですね。説明には専用の知識を必要とします」
「そうか。作れるなら作りたい物だの」
「いろいろと技術の詰まった品ですから、そう簡単に作れないでしょうねぇ」
ここで扉がノックされる。リヒャルトが入室を許可すると、エプロンをつけた平太と似た年齢の女が入ってきた。少し癖のある金の長髪を流したままにしている美人だ。
「部屋の準備が整いました」
リヒャルトは平太と話しながら、力の欠片を飛ばして部屋の準備を頼んでいたのだ。
「ありがとうな。ヘイタ、今日泊まる部屋が準備できたようじゃ。この者に案内してもらってくれ」
「わかりました」
一礼して平太が部屋を出ていくと、リヒャルトはまたデジカメをいじり始めた。
エプロン姿の女に案内されたのは、二階の隅にある客室だ。客が滞在していることを示すプレートがドアノブにかけられている。
「こちらが準備した部屋になります。食事の時間やお風呂の時間はお爺様から聞いてますか?」
「お爺様?」
気になる単語があり、質問に答えず聞き返す形になった。それに女は気を悪くした様子なく答える。
「リヒャルト様のことです。神様とかリヒャルト様と呼ばれるよりはお爺様といったふうに呼ばれる方が好きということなので皆そんな感じで呼んでます」
「距離感が近いですね。あ、質問に答えてないですね。食事とかの時間は聞いてないです」
「私たち孤児院で育った者にとっては、神様というよりも優しいお爺ちゃんといった面の方が大きいですからね。食事は昼に鐘を二回、日暮れに鐘を三回鳴らします。それで皆は食堂に集まるんですが、個室の方で食べたいのならこっちにお持ちしますよ」
どうしますかと聞かれ、平太は食堂でいいやと返す。
女は食堂の位置やトイレの位置ついでに風呂の位置を説明し、入浴時間についても説明する。
「説明はこんな感じでしょうか。こちらからも質問をよろしいですか?」
「どうぞ」
「あなたはどういった方なのでしょう? お爺様と客室で二人のみでお話しできる人は珍しくて」
「んー……ちょっと特殊な事情持ちの一般人。エラメーラ様の紹介があってリヒャルト様に会えただけで、俺個人が権力を持っているわけじゃない。全部は説明できないから、言えるのはこの程度かな」
詳しいことはわからなかったが、女はなにか考えがあって聞いたわけではなく、好奇心から聞いたため立ち入ったことも聞けず、それ以上は聞かずにひく。
それ以上話が進まないように、まだしていなかった自己紹介をする。
「まだ名前を言っていませんでしたね。リンカと言います」
「アキヤマヘイタ。エラメルトから来たんだ。明日には帰るんで、覚えなくても問題ないよ」
「ではアキヤマさんと。アキヤマさんはハンターですか?」
見た目から連想したことを尋ねる。装備はそれほど高価なものではなく、町中で見かける駆け出しといった者たちに近いもののように思われた。
「うん。ハンターになって一ヶ月もたってない」
「アキヤマさんは私と同じ十七才くらいですよね。その年でハンターになるのは少し珍しい。うちの出身の人は十五才になる前からハンターになってました」
「そこがさっき言ったちょっと特殊な事情に絡むんだよね。本当はハンターになる気はなかったんだ。とりあえずお金を稼ごうと思ってハンターになったんだ」
困ったもんだと笑う平太を見て、わけがわからないなりにリンカは頷いた。
と、そこにリンカを呼ぶ声が聞こえてきた。
「なにか用事のようです。失礼しますね」
リンカは一礼し、去っていく。
残った平太は部屋の中を見てみようと、扉を開ける。広さは六畳ほど、調度品はなく、ベッドに机に棚といった必要最小限のものしか置かれていない。掃除はきちんとされており、ベッドのシーツも乱れはない。
一日で帰るつもりだったので荷物はなく、なにも置かずに部屋を出る。
このままここにいても暇なので、王都見物に行こうと玄関に向かう。その途中で大人をみかけたので、リンカに伝言を頼む。散歩に出てくる、昼食もいらない。そう伝えてもらうように頼み、孤児院を出る。
「さてどこに行こうかな」
孤児院の前でそう呟いて歩き出す。ゆっくりと歩いて、帰りに迷わないようにここらの地理を頭に入れる。
とりあえずは王都の肉買い取り所を見てみることにして、そちらに足を向けた。
肉買い取り所に入って、王都のハンターに混ざって依頼を流し見ていく。
エラメルトにもあった護衛や荷運びは当然あり、それよりも多いのが雑用だ。庭の草むしりや町中のゴミ拾いといったものから商店の短期用心棒や大きな酒場での演奏といったものもある。珍しいところだと、あと数年で引退するので店を継ぐ後継者募集なんてものもあった。
「後継者って子供とかが継いでくれなかったのか?」
ここで依頼するようなものなのかなどと考えながら、それから目を放す。
こうして依頼を眺めていくだけでも、それなりに時間が潰せた。そんなふうに見ていた平太を仕事を選びきれず悩んでいるのかと職員が話しかけてきた。その職員に王都に初めて来たので依頼の内容を見ていたと答えると、職員は納得したようで去っていく。
(エラメルトに荷物を運んでくれってのが二個あったな。重さとかも問題なさそうだし、明日残ってたら受けてみるか)
報酬も七百ジェラと今回受けたものより少し高めで、何度か依頼を受けてエラメルトと王都を行き来すれば鉄製の剣も買えそうだ。平太にやる気はなかったが。
町の外に出て魔物と戦う気がまだ起きないので、剣を新調したところで意味はないのだ。
お金が必要になったらやろうと決めて、建物を出る。
次の目的地は魔術屋だ。いろいろと見ておけば再現できるし、いずれ役立つかもしれない。また角族のような強敵に襲われたときの保険としてとれる手段は多い方がいい。
道行く人に、魔術屋について尋ねるとさすが王都ということなのか四軒も教えてもらえた。
礼を言った平太は近場の魔術屋に向かう。コロンド魔術店と看板に書かれている店で、ハンター向けにやっていると教えてもらった。
店内には三人の客がいて、それぞれ好きに商品を見ている。武具と違って、見た目だけでどのように使うかわからないため、商品の近くには必ず使用方法と効果の書かれた紙が貼られている。
店内を見回して平太は疑問を抱く。
(縮小符とかがない?)
ハンターにとって一番人気の商品は軽量符、縮小符、時間操作符の三つだ。ハンター向けの店にそれらがないことに疑問を抱く。
札関連は扱っていないのだろうかと思ってもう一度店内を見る。そして札と書かれた張り紙を見つけ、そこに三冊の本が置かれていた。その本を開くと、札の説明が書かれていた。
札の種類は多く、全てを飾るスペースなどないのだ。だからどこの魔術屋も札に書かれた本を置き、客はその中から欲しいものを見つけて店員に告げることになっている。
(これじゃ札関連は再現できそうにないなぁ)
残念に思いつつ内容を読んでいく。
メジャーな軽量符、縮小符、時間操作符には等級があり、特上中下の四種類が販売されている。特級の札は作れる者が限られていて一枚二千ジェラにもなる。高額なだけ効果も高く、特級軽量符は一トンの代物でも羽のように軽くしてくれる。特級縮小符は大人の象をテニスボールほどに小さくし、特急時間操作符は釣ってしめた魚に使えば一ヶ月たっても新鮮なままにしてくれる。
札はそれだけではなく、結界符、耐熱符、耐冷符、暗視符などなど多くの種類があった。能力でできることを札に落とし込む形で開発しているので、種類は多いのだ。多いといっても能力全てを札にできたわけではない。レアな能力はまったくと言っていいほど作成に成功していない。
レアな能力を札にするのは古来から、魔術具作製師の目標だった。
(軽量符とかメジャーな中級は二百ジェラだし、一枚買ってみるのもいいかもしれない。もしくは暗視符とか少し珍しいものを買って再現できるようにするか)
熱心に本を見る平太を冷やかしではないと見たか、店員の老女が話しかけてくる。
「なにか必要な札があるのかね?」
「今すぐ必要というわけではないんですけど、少しだけお金に余裕があるんで一枚なにか買っていこうかと。お聞きしたいんですが、軽量符といったメジャーなものから外れて、あったら便利という札はあります?」
「お金はいくらだせるので?」
「そうですね……四百を上限にしてください」
稼いだ六百全部は出す気はなかった。ロングブーツを買ったこともあり、懐が寂しいのだ。少しは残しておきたかった。
「その値段で便利というと思いつくのは二つですな。警鐘符と水弾きの札」
「説明いいですか」
頷いた老女が説明を始める。
警鐘符は札を使った場所を中心に半径五メートルの円を描く。その円を人や魔物がまたぐと鐘が鳴るのだ。野宿する場合に便利な札だ。
水弾きの札は個人や一個の物体に使うもので、体から三センチ離れたところに薄い膜をはる。その膜は水を通さず、海中や雨や霧の中を移動しても濡れない。効果はそれだけではなく、ぬかるみや濡れた地面に滑ることもなくなる。戦闘中に滑って遅れをとることもなくなるため、意外に人気のある札だった。値段も下級が一枚五十ジェラと安いのも人気の理由だ。
「水弾きの札いいですね」
野宿する予定はないので、そちらよりも水弾きの札の方が魅力的に映る。
「うむ。ただし時間は長続きしないのが不満点と言われておるよ。だいたい二十分で効果が切れる」
角族戦では役に立ちそうにないが、便利だと思えたので買いだと心のリストに載せる。
「説明ありがとうございます。水弾き購入しますね。もう少し自分で探してみます」
「そうかい。声をかけてくれれば商品だすから」
そう言って離れていった老女から視線を外し、本を再び眺めていく。
二十分ほどかけて吟味し、平太は下級水弾きの札と中級突風符と下級暗視符の合計三百五十ジェラ分を買うことに決めた。
本を置いた平太は、ほかの商品を見て触れて再現可能にしていく。
老女から三枚の札をもらい、店を出る。お金を払った以上の収穫にほくほくとしながら食堂を探す。
なんとなく麺類を食べたい気分だったので、パスタかラーメンがないかと思いつつ店を覗いていく。四軒目でジャージャー麺らしきものを見つけた平太はそこに入り、ジャージャー麺とワンタンスープを頼む。少しだけ味が違ったものの、日本で食べたものとほぼ同じで当たりといえる店だった。
昼食後は孤児院で風呂に入ったときのためタオルを買い、あちこちの店を見て回って孤児院に戻る。
誤字指摘ありがとうございます
今後しばらく更新五日に一回くらいになると思います




