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14 いろいろとしつつのんびりと過ごす

 リンガイとの鍛練を終えて平太は神殿を出る。報酬はここらで狩りをするよりも高い百五十ジェラだった。

 訓練は終始リンガイに押されっぱなしだった。角族との戦いでもそうだったように、技術を扱うのに肉体が伴っていないためだ。リンガイにとってはそんな訓練でも手応えはあったようで訓練後に満足そうな顔になっていた。

 技術はたしかにリンガイのものなのだが、使い方は平太が基準となる。自身では非効率と思える技術の使い方や考え付かなかった使い方が飛び出てきて、自身を高めることになったのだ。

 この訓練はいい刺激になる、リンガイはそう思い、ほかの者にも試すことができればと考える。だが再現のことを言い触らすわけにはいかないため、実現は難しくもある。

 リンガイが訓練について考えている一方で、平太はゆっくり休むため家に帰る。角族との戦いほどではないが、無茶な動きもしたのだ。今日はどこにもいかず家でのんびりしようと決めた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 家事を中断したミレアが小走りに玄関までやってきた。


「わざわざここまで出てこなくてよかったんだよ? 家事で忙しいでしょ」

「いえ、ちょうど一段落ついたところですから。この後はどこかに出かけます?」


 予定を聞かれ平太は首を振った。


「もう出かけない。のんびり過ごすつもりなんだけど、本とかこの家にある?」

「ありますよ。ただご主人の研究関連のものが多くて、読んでもつまらないかと。なにかこちらでよさげなものを選びましょうか?」

「おねがい」


 ミレアはバイルドに断りを入れて棚から本を抜く。この家にある本は、色人の使う術や魔術具について書かれたものが多い。バイルドが研究のため集めたのだから当然だろう。

 そんな中に伝承に関する本があり、それとミレアが所有する各国についての本を持って、リビングに向かう。


「この数冊ならそれなりに時間を潰せると思いますよ。私は家事に戻りますが、わからないところがあったら呼んでください」


 ありがとうと平太はリビングから出ていくミレアに言葉を投げかけた。

 本を手に取った平太はリビングのソファーにだらりと寝転び読み始める。手に取った本は国について書かれているものだ。

 今平太がいるウェナ国のページを開く。そこにはエラメーラから聞いていたことと同じことが書かれていた。


 王都の名前はガラード。初代国王の名前だ。国の総人口は約百八十万、大陸東部五ヶ国の中では多い方だ。オードレイ大陸の総人口は二千万、大陸東部は千二百万となっている。

 この国が作られて約四百五十年経過しており、それ以前は大陸東部には三つの国しかなかった。その中の一つであるウェーンセリア国が二つに分裂してウェナが生まれた。もう一つの国の名はセランで、こちらも存続している。

 国勢は安定していて、周辺国とも同盟を結び、戦争の気配はない。建国後ずっと安定していたわけではなく、国が荒れたことは何度かあり、原因は愚王の暴走、貴族の増長、魔王誕生の三つの原因だ。最後に国が荒れたのは百年以上前に魔王が暴れたときで、それ以後は安定している。

 ウェナにはバラフェルト山のほかに危険地帯が二つある。カルッカ沼とフールジア洞窟だ。

 沼の方は毒ガスが発生しており、魔物の強さよりもガスの方を危険視されている。そこにいる魔物はカルッカ蛙とカルッカ沼魚で、毒に適応し過ごしている。

 洞窟の方は最下層にマグマが流れていて、地下に行くほど熱い。魔物も熱に耐性を得たものばかりで、マグマの中を泳ぐ亀もいる。

 これらの危険地帯は世界全体でみると、上の下といったところになる。

 世界トップの危険地帯は強食高原と浮木島の二つだ。

 強食高原は、強い魔物が集まり互いに食らい合っている場所で、強い魔物しか生き残れない。そこの一番弱い魔物でもバラフェルト山の魔物を圧倒できる。下位の角族ですら狩られる対象なのだ。そんな高原から魔物が出てこないようにするため、練度の高い傭兵が高額で雇われ、常に高原周辺の見回りと討伐に動いている。

 浮木島は、小さめの島で海を漂っている。この島は木の魔物で構成されていて、魚や海の魔物を食べたり、近くを通った船も積極的に襲う習性を持つ。海上を漂い位置を特定しにくく、倒しにくいため長生きして強さが増していて、海で出くわす魔物の中では一番の強さを持つ。


 国と危険地帯についての本を読み終わり、次を手に取る前にミレアから昼食だと告げられる。

 昼食はホットドッグと野菜のスープにオレンジだ。レッドバッファローの肉を使った牛肉ソーセージが売られていたようで、それを使っている。

 平太が食べなれているソーセージは豚肉を使ったもので、牛肉のソーセージは初めてだ。

 珍しそうにしながらも美味しそうに食べている平太をミレアは微笑み見ていた。珍しいものを食べることで昨日の出来事で受けた不安が少しでも晴れることを期待したのだ。

 昼食後、平太は食器を片づけ始めるミレアを手伝う。自分の仕事だからと一度断ったミレアも、することがなくて暇という平太の言葉を受け入れて、皿洗いだけ手伝ってもらう。

 皿洗いが終わり、平太はまた読書に戻る。今度手に取ったのは伝承に関して書かれたものだ。


 年代でいうと今から千四百年前から百年ちょっと前について書かれている。千四百年前は勇者召喚が正式に始まった頃だ。勇者はだいたい百年から二百年の間隔で召喚されていて、合計十人の勇者が存在した。

 それぞれが得た能力や戦った魔王について書かれていて、このほかには暴れた大物の魔物を討伐したこちらの世界の人間についても書かれているが割合としては前者の方が多い。

 勇者たちが召喚されて、魔王を倒し帰るのにかかる時間は三年から六年。元の世界でも戦いを生業としていたものは早く目的を達成し、平和な世界から来た者は鍛練もしていく必要があり時間がかかった。しかしながらこの六年という時間は、この世界の人間だけで魔王を倒すよりも早い。勇者召喚前は魔王が誕生し滅ぼされるまで、十年以上の時間がかかっていたのだ。もっとも時間がかかったときで三十年以上魔王が暴れていたことがある。

 歴代の勇者たちに共通するのは魔王に対応する能力を得たということ。

 もっとも新しい魔王は死者を操り数で攻めたが、そのときに召喚された勇者は一度にたくさんの人間を強化する能力を得た。組んでいる仲間だけではなく、一度に千人以上を強化できたのだ。

 毒を撒き散らす魔王もいたが、そのときの勇者は治癒効果や解毒効果を持った雨を降らせる能力を得た。

 こういったことからこの本の著者は、始原の神か大神が召喚に介入し能力を付与しているのではと考察している。


 読み終わった本をテーブルに置くと、平太はフルーツケーキワンホールを再現し、ミレアを呼ぶ。おやつにしようと思ったのだ。

 テーブルの上のケーキを見たミレアは、呼ばれた理由を察し、お茶を用意する。

 ミレアが切り分けて、バイルドにも持っていき、おやつの時間が始まる。一応ロナの分も切り分けているが、帰ってくるまでに消失する可能性もあった。

 世の女性と同じくミレアも甘いものは好きなようで、表情を緩めてケーキを口に運ぶ。

 粗方食べ終えてミレアは本について聞く。


「特にわからなかったところはなかったよ。世界には行っちゃいけない場所があるってのもよく理解した。そういや危険な場所ついてはわかったけど、危険な魔物についてはそこまでわからなかったんだ。世界で有数の強さを持つ魔物ってどんなのがいるの?」

「世界でトップは強食高原の主と呼ばれるグラナスライガーですね。見た目は虎で、大きさは虎の五倍。咆哮を上げるだけで上空の雲に穴が開いたという噂もあります。特殊な能力はなく、ただただ身体能力が高く、ほかを圧倒するのだとか。獣人の中にはこの魔物を神聖視する人もいます。ほかにはラズラヒュドラ。大陸西部にあるドドロ海岸というところを住処にした首が五本ある大蛇です。こちらは神聖視されているといったこともなく、十五年前から懸賞金が出ていますね。水の中も移動して船を攻撃したりしています。陸海ときたので空も紹介しておきましょう。クラウダードという雲の魔物。超高度から大きな雹を降らせ、毎年死者を出している自然災害にも近い魔物ですね。飛行機での移動の際にも遭遇することがあり、雹を飛ばして墜落させようとします。風任せで移動し、どこに現れるのかわからないのも厄介です」

「ドラゴンっていないの?」


 ゲームでも強い魔物の代表格として存在することの多いそれの名が上がらなかったことに疑問を抱く。


「大昔にはいたんだとか。神にも匹敵する力を持ち、独自の文化を持っていたと聞いたことがあります」

「今いないってことは全滅したんだろうか」

「そこら辺はわからないんですよ。ある時期を境にぱったり姿が見えなくなったらしくて。もしかするとどこかに隠れ住んでいるだけなのかもしれません」

「生きているなら一度くらいは遠目に姿を見てみたいもんだ」


 命の危険があるかもしれないので、間近に見るのは遠慮したい。

 アニメやゲームで見たような姿なんだろうか、そんなことを平太が考えているうちにミレアは使った食器を手早く洗って、夕食の献立を考え始める。

 余っている食材を確認し献立を決めたミレアは、平太に買い物に行ってくると告げて家を出ていった。荷物持ちについていこうかと平太が提案したが、そこまで大荷物にならないため、ミレアは断った。

 ミレアが帰ってくる前にロナが帰ってきて、消えてなかったケーキを平太に勧められ食べる。

 これまでは暗殺業のため太らないように厳しく自己管理していた。ゲーキのような甘いものも極力口にしなかったのだ。しかし今後は気にせず食べることができる。普通の生活を送れている幸せをケーキと一緒に噛みしめるロナの表情は輝いてた。


 翌日、家にいてもすることのない平太はロナの仕事場がどのようなところか一度見てみようと思い、ロナに見学の許可をもらう。


「私はかまわないけど、あっちの人たちが許可を出すかわからない」

「ダメだったらすぐにひくよ」

「わかった。こっち」


 ロナに案内されて、ドレンたちの作業場まで向かう。

 ドレンたちの店は大通りから外れたところにあり、看板にはよろず作業屋と書かれている。外見は二階建ての一般家屋で、看板がなければ一般住宅だと判断しそうだ。


「おはようございます」


 玄関を開けたロナが挨拶しながら入る。玄関に入ってすぐの部屋は応接間になっているようで、ある程度の飾りつけがされていて、テーブルを挟んで長椅子が置かれている。

 そこにドレンと四人の男女がいる。


「おはようロナちゃん」


 どこか女性的な雰囲気を持った線の細い三十半ばの男が挨拶を返してくる。着ているものもおしゃれを意識した彩りだ。


「おはよう、ロナ。なんでアキヤマがここに来たんだ?」


 ここに来た理由を聞いてくるドレン。


「おはようございます。一度ロナがどんなところで働いているか知りたくて。見学が駄目ならすぐ帰るよ。ああ、それと俺はロナの知人で秋山平太といいます」


 平太が頭を下げると、皆一礼を返してくる。


「作業の邪魔しなければいいと思うが、皆はどう思う?」

「私は見学だけならかまわないと思うわよ。私はアルネシン、言葉遣いとかでわかると思うけど心は女なのよ」


 同性愛者なんだろうかと平太はわずかにひく。


「なにを考えているのか想像つくわ。男好きで、誰であろうと誘うとかはしないから安心していいわ」


 そうなのかという視線を平太はドレンに向ける。無言で頷きが返ってきた。


「失礼な反応をしたみたいで、すみません」


 謝った平太にアルネシンは気にしていないと笑う。


「いいのよ。誰だって似たようなものだから。今後あからさまに差別しないなら気にしないから」

「ロナが世話になる場所ですから、そんな場の雰囲気を悪くするようなことはできませんよ」


 アルネシンの紹介が終わり、ドレンは他の者も紹介もしていく。他の者はクルルートという三十手前の男、カナロアという二十半ばの女、キッツという三十手前の女だ。紹介しながら見学の許可についても聞いていった。


「皆の了解も得られたんで、見るだけならいいぞ」

「ありがとうございます」

「ちょいと聞きたいことがあるんだがいいだろうか?」


 クルルートが平太を見ながら言う。


「俺に聞きたいことですか?」

「ああ、俺は半分引退しているがハンターもやっていてな。先日のレッドバッファローのときも参加していたんだ。アキヤマはそこで土使いと紹介されていなかったか?」

「ええ、紹介されましたよ」

「そうか。見覚えがある顔だったらもしかしてと思ったんだ。確認したかったのはそれだけだ、ありがとう」


 実力のある者にツテができたことを喜び、質問を終える。

 ほかに聞きたいことはあるかと平太はその場にいる者に声をかけて、ちょっとしたことに答えていく。


「質問は終わったな? じゃあ朝礼を始めよう」


 クルルートがしきって朝礼を始め、各自伝達事項を話していく。誰がどういった依頼を受けて、どれくらい進行したか、もしくは終わったか、そういったことを話して朝礼が終わる。

 今日ロナはアルネシンの仕事の手伝いをすることになったようで、平太もそちらについていく。


「昨日はなにをしたの?」

「ドレンを手伝った。薬の調合じゃなくて、素材が傷んでないかの確認だったり、数の確認。ほかには調合予定の薬の知識を本を読んで得た」


 ロナに薬師としてどれくらいの力量があるかわからないので、素人でもできることをやってもらったのだ。本格的に薬を作るのはもう少しあとのことだろう。


「今日やることも似たようなことよ」


 アルネシンは振り返りウィンクして言う。


「アルネシンさんはどんな職なんですか?」

「私は色師。色を作ったり、色を塗ったり、どんな色を使えばいいのかの助言をするの」


 アルネシンはこの町で一番の色師だろう。といっても色師自体がそう多くはないのだが。

 王都に行っても確実に食べていけるだけの腕は持っている。仲間から何度か王都に行かないのかと聞かれることもあるが、なにか王都に思い入れがあるようで行かないと答えていた。


「ここが私の作業部屋よ」


 扉を開いて自慢げに言う。

 部屋の広さは八畳ほど。長机が一つに、壁際にはタンスが三つ並び、そのタンスから一メートル間隔をあけて棚が同じく三つ並ぶ。その棚には壺や籠が置かれている。長机の上にも何本もの筆や小さな壺がある。


「棚とタンスが多いな」

「色を作るための材料を置いてあるの。たくさん材料が必要だからタンスとかも必然的に増えるのよ。さてロナちゃんはそこに座ってくれる?」


 アルネシンが指さしたのは長机に二つ置かれている椅子の一つ。

 こくんと頷いたロナはそこに移動し座った。

 アルネシンは棚からすり鉢とすりこぎと小型の金づちと釘よりは大きな杭を取り、ロナの前に置く。次に棚から布とテニスボールほどの鉱石も取ってロナの前に置いた。


「今日やってもらうことは、これを細かく砕くこと。最初は金づちと杭で小さな欠片にしていって、その欠片をすり鉢に入れてすりこぎでさらに細かくする。わかったかしら」

「ん、もう始めても?」

「ええ」


 アルネシンが頷くと、ロナはコンコンと鉱石を叩き始める。


「色作りって全部手作業なんですか?」


 ロナの作業する様子を見つつ、アルネシンに聞く。


「私のところはそうよ。でもああいった粉にする作業は、水車や風車を使って小麦をひくように作る人もいるわ」


 それが悪いとは言わない。便利だし楽だとアルネシンもわかっている。アルネシンがそうしないのは、そうしたいからという考えなだけだ。近くに使えそうな風車などがないという理由もある。


「私も始めようかしら、と言う前にあなたにちょっと聞きたいことがあるの。土使いらしいわね」


 平太は頷く。クルルートにそう言った手前、頷くしかない。


「探してもらいたい石があるんだけど、できるかしら?」


 これなんだけど、そう言ってアルネシンはタンスから二センチの鉱石を取り出した。艶のある赤い石だ。


「できません」


 この返事にアルネシンは残念そうな表情になる。


「そう、まあだめもとだったし」

「それも色を作るための材料なんですか?」

「そうよ。これは私のお気に入りの色を作れるの。でもここら辺りじゃなかなか見つからない石でね、取り寄せようにも偶然手に入れたからどこにあるのかさっぱりで」


 あれを見てくれる? とアルネシンは部屋隅に置かれている像を指差す。木の台に置かれた尾の長い鳥が、色を塗りかけて止まっている。


「趣味で作っている鳥の像なんだけど、目と尾の一部にこの石で作った色を使いたいの。でもこれで作れる量だと使えるのは本番だけで、練習できないのよ。それだと納得できる作品が作れそうになくて」

「それで土使いなら探せるかもと思ったんですね。んー……探すことはやはりできないんですが」

「が?」

「一時的に作りだすことならできます。たぶん三時間くらいで消えますけど」


 ロナが世話になる場所なのでこれくらいはサービスしてもいいだろうと考え、提案する。

 話を聞いていたロナは作業する手を止めて平太を見る。再現使いということが、ここからばれやしないかと心配していた。


「優れた土使いはそんなこともできるの? すごいわね」


 アルネシンは、平太が能力を成長させているのだろうと考え、感心した様子を見せた。

 能力の成長は皆同じ方向で進むのではなく、たまに皆と違った方向に変化することもある。たとえの一つとして、水の能力者は水や水蒸気や氷を扱えるのだが、成長して氷を扱う能力に特化することもある。ほかには念動力の能力者が、成長して金縛りに特化したという話もある。

 だからアルネシンも平太はそんな者の一人なのだろうと考えたのだ。


「おねがいできるかしら。一時間もあれば、粉にして絵の具に加工できるし、練習する時間もとれる。もちろん依頼としてお願いするから報酬を渡すわよ」

「初回はサービスってことで。次回があればそのときからお金をもらいますよ。じゃあその欠片を貸してください」

「今回は甘えさせてもらうわね。はい、どうぞ」


 渡されて右手にのっている欠片を平太はしっかりと見て、左手を軽く握りしめる。再現を使い、閉じた左手を開く。


「できましたね。確認お願いします」


 アルネシンは平太の左手の欠片を摘み上げ間近で見る。


「あらあらあら!」


 左手を頬に当てて嬉しげに欠片を見つめる。アルネシンの目から見て、この欠片は本物と寸分も変わりないものだ。


「ありがとう! 早速これを使ってみるわね!」

「こちらはお返しします。間違ってこっちを使わないよう、しまっておいた方がいいですよ」

「ええ!」

「じゃあ、俺は帰ります。これ以上ここにいても邪魔にしかならなさそうですし。ロナ、頑張ってな」


 これから本格的な作業が始まると考え、ここに来た目的も果たしたので帰ることにする。


「うん」

「相手できなくてごめんなさいね。また来てちょうだい」


 二人に別れを告げて、平太はよろず作業屋を出る。このまま家には帰らず、次に行こうと思っていた店に向かって歩き出す。

 以前青銅の剣を買った店に入り、店員に話しかける。


「いらっしゃい。なにを買うんだ?」

「防具がほしい。予算は千ジェラで、鎧以外のものがほしいんだけど」

「その予算以内だとちょっと品薄だね」


 どうしてという平太の疑問を読み取り、店員は続ける。


「この前のレッドバッファロー戦で報酬がでたろ? その金額で駆け出しが武具を買っているんだ」

「ああ、そっか。俺も同じこと考えたし、品薄になるのは当然だなー」


 ほかの店でも似たようなことになっていそうだと、しばらく入荷を待つことも視野にいれる。


「ちなみにどこでどういった相手と戦うつもりなんだ? その条件によっちゃまだ出せる品があるかもしれない」

「複数のラフドッグ相手にしようかと。今使っている鎧はローガ川でも大丈夫って話」

「ふむふむ。だったら足を守るものがいいな。千ジェラだと青銅製の脛当てが買えるけど、売り切れてるんだよな。シューラビの皮やラフドッグの皮を使ったロングブーツならあるけど、丈夫とはいえないし」

「そういやレッドバッファローの皮を使った防具はないんです?」

「何日か待ってもらえれば入荷し始めるよ。どんなものがほしいか言ってもらえれば職人に話を通しておくけど、注文してく?」

「どれくらい丈夫なのかと値段によりますね」


 青銅製より下というなら断るつもりだ。

 推測が入るけどそれでもいいかと言う店員に、平太は頷く。


「丈夫さでいうと青銅製を少し超えるかもしれない。でも衝撃を弾く青銅製と違って、革だから噛まれたりすると圧迫感はあると思う。ローガ川の魔物じゃ牙を通せないだろうけどね。値段は高くて千ジェラくらいかねぇ」

「レッドバッファローの売値が普通は六百で、その皮を使ったブーツが千?」

「加工費とか店の利益分が上乗せされてるからね」

「そりゃそうか」


 宝石でも原石と加工されたものでは、値段が段違いになることがある。加工されて価値が上がるのは当然といえた。レッドバッファローの皮もそのままでは使い道がないが、必要とされる形に加工することで価値が上がっただけだ。

 レッドバッファローの売値を知っているから、ブーツになったときの値段との差に驚き、そんな当然なことに疑問を抱いたのだ。


「ロングブーツを注文します」

「了解。足の大きさを測りたいから、靴抜いでくれる?」


 店員に脛の長さや足の裏の形などを調べてもらい、前払いで千ジェラを払う。


「五日後くらいにはできると思うから」


 予約の木札をもらい、平太は店を出る。

 予定では家に帰るつもりだったが、いっきに減った懐に寂しさを覚え、肉の買い取り所でちょっと仕事がないか見てみることにした。

 壁に張られた紙から、町を出る護衛系の依頼を除外し、町の中でできるお手伝い系の依頼を見ていく。


(えーと、倉庫の掃除をしたいから手伝って。こっちはアンケート調査。んでこっちは工事の際の交通整理。日本のバイトと似てるなー。次は王都への荷物運び)


 荷物運びの紙を見て、少し考え込む。


(この依頼はできそうだ。壁を見に行ったときの転移を再現すればいい。やってみようかな、どうしようか)


 町の外へは出たくない。また角族に襲われるかもと思うと怖い。しかしいつまでも町に篭るものどうかと思うので、いつかは出るがそれは今じゃない。では町から町への転移ならどうだろうかと自身に問う。

 王都にはエラメーラと同じ神がいて、警備の人間もここより多いだろう。リンガイよりも強い人間もいるということなので、角族も追っ払ってくれる可能性が高い。


(行ってみるか)


 町の外に出る練習、平太はそう考えて肉買い取り所を出る。仕事を受けないのは転移が再現できるか試してみようと考えたからということと、王都に行く際に注意することを誰かに聞こうと思ったからだ。

 誰に聞こうか考えて、ミレアとロナとエラメーラの顔を思いつく。

 ミレアとロナは家に帰れば話を聞けるので、エラメーラに会うため神殿に向かう。

 今は専用の庭で日向ぼっこしているということで、そちらに案内された。エラメーラはビーチチェアのようなものに腰かけ、平太がやってくるのを待っていた。


「こんにちは、エラメーラ様」

「こんにちは。体は大丈夫?」

「はい。どこか痛かったりはしません。健康そのものです」


 よかったと微笑みを浮かべて、椅子を勧める。


「エラメーラ様はチョコレートケーキなんかは好きですか?」


 頷いたエラメーラを見て、平太はガトーショコラをワンホール再現し、お土産として渡す。


「ありがとう。もう少しで昼だし、あれ全部は私では無理だから皆でわけてもいいかしら?」

「はい。お土産として渡したものなので、エラメーラ様の好きになさってください」


 エラメーラはメイドに切り分けるよう言って、二きれをここに持ってきたらあとは好きにしなさいと命じる。

 ガトーショコラを持ったメイドはお辞儀して、厨房に向かう。


「今日はなにか用事があって会いにきたの?」

「王都への荷物運びの依頼を受けてみようと思いまして、王都がどんなところか、王都を守る神様はどのような方なのか聞きたいのです」

「ああ、転移を再現すれば簡単に行き来できるわね。王都なら角族も襲いかかってこないでしょうから行っても大丈夫でしょうね」


 王都では角族に襲われないと聞き、平太はほっと胸をなでおろす。


「王都がどのようなところかなんだけど、私は一度も行ったことないから答えられないの。ごめんなさいね」


 申し訳なさそうに言うエラメーラに、平太は慌てる。謝らせたことが逆に申し訳ない。エラメーラはなにも悪くないのだ。


「謝らなくていいですよ! 角族が襲いかかってこないってことがわかっただけでも朗報ですし。それにしても神様って一度腰を落ち着けると、そこからあまり動かないものなんですか?」

「そうね。たまに始源の神がいる島に行くことはあるけど、腰を落ち着けた場所からほとんど動かないわ」


 例外として腰を落ち着けた場所が荒れるとそこを去る。荒れるというのは嵐や地震で土地が荒れるということではなく、集まってきた人間たちの雰囲気をさす。戦争が起きたり、その土地を治める者が町の空気を悪くすると出ていくのだ。神に出ていかれると、見捨てられたということで町は衰退し、滅びることになる。神に出ていかれたことで人間が反省し、町の雰囲気を平穏なものに戻したという例は非常に少ない。

 エラメーラが語る、神に見捨てられた町の行く末に、平太は人間って馬鹿だなぁと感想を持つ。


「所詮は人間だから仕方ないんだろうけど」

「なんというか達観した物言いね」

「俺のいた世界でも自分たちが原因で苦しんだってのが何度も起きてますから。国を治める人が暴走したり、民が暴走したり、歴史を振り返ればいろいろやってます。俺も駄目と言われてもやらかして親に怒られたことありますから、人間って愚かの一言ですませられると思います」

「笑える失敗ですむうちは、そういった行動も可愛かったりするのだけれどね」


 度量の広さはさすが長きを生きる神なのだろう。

 平太が感心していると、エラメーラはふと思いついたような表情になる。


「王都に行くのならばリヒャルトに会ってきてはどうかしら? 王都でなにか困ったことがあったら力になってくれるかもしれない。人が好きな神だからツテを得ておいて損はないと思うの。紹介の手紙も書いておくわ」

「簡単に会えるものなんですか?」


 どのような人物か質問したが、会うつもりはなかったのだ。会う必要も感じていなかった。


「リヒャルトは私のように神殿に閉じこもらないで孤児院をやっていて、表にでているわ。王都の民とも気軽に接するらしいから大丈夫。私からの手紙を持っていけば会うことを断られることもないでしょう」


 出発前には渡せるように準備しておくというエラメーラに別れを告げて、平太は家に帰る。

 夕食後、ミレアやロナに王都に行くかもしれないと告げて、王都がどのようなところか忘れずに聞いておいた。

誤字指摘ありがとうございます

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