10 遠出、でもすぐ帰る
翌朝、朝食を食べ終えた平太は武装し、いつもより多めな荷物を持ってリビングに入る。
「準備できましたか」
「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
これから平太はローガ川へと行くつもりなのだ。通常はラフドッグ複数を相手取れるようになってから行く場所だが、平太よりも格段に強いロナがいることでなんとかやってけるだろうとエラメーラに教えてもらったのだ。ロナの一件を解決したことで成長したことも一つの要因だろう。
「はい。ロナさんがいるとはいえ、今のヘイタさんでは厳しい場所です、重々油断なさらぬよう」
ミレアからの呼び方がアキヤマからヘイタに変わっている。これは平太がこの町や世界に慣れ始めてきたと見たミレアが、さらに過ごしやすいように硬い対応を柔らかくしたのだ。
「わかってる。ロナの言うことをしっかり聞いて怪我しないように頑張るよ。帰ってきたらミレアさんいないかもしれないんだっけ?」
「ええ、ちょっとした用事で東に行くので。ではいってらっしゃいませ」
頭を下げたミレアに見送られ、平太は西門へと向かう。そこからローガ川にある町へバスが出ているのだ。距離にしてバスで一日。料金は二食を含んで片道九十ジェラだ。
バスは既に待機していた。見た目は日本の夜行バスと変わらないが、魔物がいるためガラスや壁や天井に使われる金属が少々分厚くなっている。そのバスの近くに小さめのバスが並ぶ。そちらは護衛専用のバスだ。
バスを見て平太は町から町への移動なら列車の方がたくさんの人数と荷物を運べそうだと考える。しかしこの世界には列車はない。それはバスを動かしているエンジンよりも高性能なものを作ることができないからだ。バスに使っているエンジン出力では列車は動かせないのだ。
このエンジンは魔術具で一人で動かすものだ。世の中には複数で動かそうと作られたエンジンもある。一応成功しているのだが、起動タイミングや持続に細かな技術が要求される。一瞬から極短時間ならばともかく、長時間の起動はとても困難で列車に詰め込んで使えないのだ。こういった理由で大型飛行機も作られていない。
そこらへんの制御技術が発展するまで、大型運搬機械は世に出てこないのだろう。
「おはようございます。これはローガ川行きで間違いありませんよね?」
バスのすぐそばで切符を売っている人に聞くと頷きが返ってくる。
「乗り物酔いの薬を売っていますが、お一ついかがです?」
「それって出発するともう買えないんですか?」
「車内での販売もしていますよ。ただし数にかぎりがあるので、売り切れることもありますが」
特に乗り物に弱いことはなかったのであとでいいやと断る。切符を買ってバスに入る。四十人が乗れる席の半分以上が埋まっている。切符に書かれている番号に従い移動し、隣に座っていた人に挨拶してから席に座る。
バスに入り三十分ほどたち、席の四分の三が埋まると運転手が入ってくる。出発しますと言い、ハンドルを握り魔力を流してエンジンをかける。地球のバスのようにエンジンの起動が振動となるようなこともなく動き出す。
バスの前を護衛バスが走る。窓の外に時々ラフドッグの群れが見えるが、大きな車体に近づくようなことはなく安全で暇な移動が続く。車体が重いからか、時速四十キロもでていなかった。
平太は長時間のバス移動など学校行事以外に経験はなく、どう時間を潰せばいいのかわからない。知り合いのいない現状では誰かと話して暇を潰すこともできない。他の客も知り合い以外とは話さず寝てすごしたりしていた。外の風景を眺めることにも飽きた平太は、寝ている人を見習い目を閉じる。
道中、トイレ休憩や食事休憩などで止まることはあったが、魔物襲撃で止まることはなくローガ川近くの町に到着した。
この町は人口数千人で、エラメルトを除くとここらでも有数の大きさだ。川を使った交易と漁業を主な産業とした町で、エラメルトにはない掘り出し物が手に入りやすい町でもある。
町の川側には高い石壁があり、大雨のときの氾濫を防げるようになっている。石壁は見張り台もかねていて、今も数人の見張りが立っている。
「やっとついたかー」
思わず出た平太の言葉に隣の客も頷いた。
「速く安全なのはいいんですけど、暇なのは少し困りますよね」
「ですね」
隣に座る人と話しながら座席下に入れていた荷物を取り出す。窓からは離れたところにある川が見えていた。川幅はフェリーが横に十隻並んでも余裕がある。
川岸には何隻も船が泊まっていた。漁船と貨物船と渡し船だ。
前の席から順に客が降りていき、平太の順番がくる。バスから降りるとすぐに体をぐぅっと伸ばす。
「待ってた」
到着した平太に変装したロナが近づいてくる。伊達メガネに、三つ編みした髪を後頭部で巻いて団子にしている。服装は動きやすいように上は白のカッターシャツ、下は黒のストレートパンツで凛々しい外見も相まって道行く女の目を引いている。体の線がよくわかるため男の視線もある。もちろん平太も思わず目をやる。
「お待たせ。宿に案内してもらえる?」
「ついてきて」
歩き出したロナの横に並んで歩く。
「こっちの魔物はどうだった?」
「問題ない。川猿が少しトリッキーな動きをするから気をつけた方がいい。川猿の相手はできないだろうから私が倒す。ホーンドッグは突進に注意。突進のときは少し身をかがめるからそれを見逃さないようにしたらいい。迷彩蛙は木剣だと苦戦しただろうけど、青銅剣ならダメージ与えられる。舌で攻撃してきて、ぬめりで武器を握る手が滑ることがある。口を開ける仕草が見えたら、下がるんじゃなくて横に避ける」
平太が戦う際の注意点を述べていく。ありがたい助言なのでしっかりと覚えていった。
宿に着き、部屋を取ると二人はすぐに町を出る。向かうのはホーンドッグの縄張りだ。
平太はいつもの武装で、ロナはシャツの上に革のジャケットを着ているだけだ。ここらの魔物相手ならばよほど油断しないかぎりは攻撃を受けないので、鎧を着こむ必要がない。
「いた」
周囲を探っていたロナが指さす方向に小さく三頭の影がある。
「俺もそっちは見てたけど、見逃したよ」
「鍛えれば見つけられるようになる。私が二でヘイタが一。それでいい?」
「うん。突進はできるだけ避ける、だったね」
注意点を思いだし、近づいていく。ある程度歩いてから、小石を拾ったロナが先行する形で走り出す。小石を一度に二個飛ばしどちらも命中させたロナへとホーンドッグが向かっていく。
平太も少し迂回し残った一匹に剣を振り下ろす。それは毛皮をかするだけだったが、注意をひくことはできた。
中型犬を少し上回るサイズのホーンドッグが平太を見て唸る。
「プレッシャーっていうのかな、それがラフドッグよりも大きいな」
向き合った感想が漏れ出る。ラフドッグより強いということを実感でき、それを感じ取れたことで成長しているのだと実感できる。
周囲のことはロナが警戒するので、一匹のみに集中していいと言われている。遠慮なく平太は周囲への警戒をせず、目の前のホーンドッグの挙動のみに集中する。
先に動いたのはホーンドッグだ。ラフドッグよりも速く力強い踏み込みで平太に噛みつこうと迫る。反応が遅れた平太は反撃はできず下がって避ける。
「……ロナの動きを再現することも考えて戦おう」
小さく溜息を吐いた平太はそう決めて、意識をすぐにホーンドッグに戻す。
現時点でロナは二匹を蹴り倒しており、いつでも平太を助けられるように見守っていた。
そんなロナに気づかず、平太はホーンドッグに攻撃を当てるため接近したり離れたりと繰り返し、最終的に運良くホーンドッグの顔に当たったことで怯んだ隙をついて倒すことができた。怪我を負ってはいないが、合格点には程遠い結果だ。
戦うにはまだ少し早いということなのか、幅の小さな成長も起きる。
戦闘の集中が解かれて地面に膝をつき荒い呼吸を繰り返す平太にロナが近づく。
「お疲れ様。何度かホーンドッグと戦えば癖もわかってくると思う」
「ほかになにか注意点とかあった?」
「全体的に修練不足」
それはわかっていた。剣を振り始めて一ヶ月もたっていないのだ。剣の才は平凡なものなので修練不足というのは指摘されるまでもなかった。
「もう少し休んだら次に行く」
わかったよと言い、ロナに座る許可をもらって休む。
その間にロナは狩ったホーンドッグを処理していく。平太は一匹のみだが、ロナは複数を持って帰ることができる。
ロナはハンターとしては駆け出しだが、旅をして獲物をとって食べたことがあり、狩りの実力は一人前を名乗って問題ない。ロナのほかにもそのような者はいて、駆け出しから始めるのは時間の無駄となることがある。そんなとき斡旋所に申し出て、駆け出しの持つものよりもワンランク上の武具を持ち、一日で周辺の魔物を一匹ずつ狩り持って帰れば三頭ほど狩る許可がでるのだ。ただしエラメルトのように周辺の魔物が弱いと認められないこともある。
その許可をロナは到着した日のうちに取っていた。武具はないと言っていいが、そこは徒手空拳で戦うのだと言って、許可をもぎ取った。実際、素手で戦う者はいくらでもいるのだ。
「そろそろ行くよ」
「あいさー」
よっこらしょと立ち上がり、歩き出すロナについていく。その日はもう二回戦い何とか小さな怪我で終えることができた。
日暮れにはまだ早い時間に村に戻り、ホーンドッグを売る。事前に聞いていたように一頭百ジェラほどで売ることができた。ホーンドッグを探すついでに集めた薬草も売り、エラメルト周辺よりも多くの収入を得る。ここで調子にのって散財すると、のちのち武具修繕のお金がなくなる。カツカツの収入からいっきに余裕がでて気が大きくなるのは、ここに来たばかりの駆け出しによく見られる光景だ。
収入を得た二人は宿に戻り着替える。平太の部屋のドアがノックされる。開けるとロナが立っていた。
「脛当てかグリーブ買ってくる」
防具というよりは蹴りの威力を求めてロナは、昨日今日の収入でそれを買おうと思っている。これを肉買い取り所の職員に見せれば、狩れる数がもう少し増えるのだ。
「わかった。俺は散歩でもしてくるよ」
武具店を目指すロナと別れて、平太は川でも見ようとそちらへ向かう。
川のそばには、肉買い取り所とはまた違う広場がある。
「魚市場みたいなもの?」
「ん? あんちゃんここに来るの初めてか?」
平太の呟きに近くにいた男が反応する。
「ええ、これまでエラメルトにいましたから。この町のことは話に聞いたくらいですね」
「そうかい。ここはあんちゃんの言うように魚介系の魔物を売る場所だな。日の出前に船が出て、昼前に帰ってくる。遠くへ送るものとここで売るものに仕分けして、夕方前まで売られるんだよ」
「たしか漁もハンターがやってるんでしたっけ?」
「ああ、水から出しても危険な魔物はいるからな。船上って狭く揺れる場所だから駆け出しには任せられないって聞いたことあるな。それなりに腕を上げたハンターに斡旋所側から声をかけるんだとか」
船員のほとんどがハンターで、一般人は船長くらいだ。町を出て狩りをするよりも収入がよく、しかも安定して稼げるため海や川では漁師は人気がある。
「へー、取れる魚は全部魔物なんですか?」
「普通の魚もいるらしいが、魔物の方が多いな。魔物の方が美味しいからその方が漁師たちも嬉しいだろ。だけどなぁ」
表情を少し曇らせた男に平太はどうしたのだろうかと疑問を抱く。
「漁獲量が少しずつ減ってるらしいんだよ」
「取りすぎて減ってるんじゃなくて?」
「漁業の方も狩りと同じように制限がある。これまでそれを守っていて漁獲量が減ったことはないんだ。なにか悪いことの前兆じゃなけりゃいいんだがなぁ」
「魔王誕生の前兆だったり、なーんて」
「さすがにそれはないだろう」
二人で軽く笑い、その可能性を否定した。魔物が凶暴になったという話を聞かないので、理由なく否定したわけではない。
仕入れに向かうという男とわかれて平太も市場を見ていく。小型の魔物は少なくほとんどが三十センチ以上の食べ応えがありそうな大きさだった。最大のもので百五十センチを超える牙のある魚もいて、川魚系の魔物だと馬鹿にできないと思えた。
魚のほかに貝や蟹や海老も並ぶ。網焼きされていたハマグリのような貝を購入し食べる。少し醤油がたらされたアツアツの汁が美味い貝だった。貝殻は防具の材料になるということで二ジェラと安いが買い取ってもらえた。
見学しつつ少し歩くと、魚などに能力を使っている人たちが見えた。近くを歩いている人たちに、軽量化などの能力者たちなのかと聞くと頷きが返ってくる。
「おー、能力が成長すると一度に複数の軽量化もできるんだ」
これは使える能力だと軽量化と縮小化と時間遅延化の能力を見学する。その様子が気になったのか、男が一人近づいてきた。
「兄ちゃん、なにか用事か?」
「縮小化とかの能力者を初めて見たんで珍しくて見学してました」
「初めてってのは珍しいな。どこの村にも一人くらいはいそうなものだが」
「物心つく前はいたらしいですよ。タイミング悪くいない時期があったんじゃないでしょうかね」
「まあ、必ずしもほしい能力が手に入るわけじゃないし、そういったこともあるんかね?」
さらっとついた嘘を疑う様子なく、男は頷いた。
「ああいった能力ってどれくらいもつんですか? やっぱり札より長持ちします?」
興味から聞いているが、ほかにいつか再現することになったときのため情報を得ておく。
「そりゃもちろん! 一番安い札で丸一日だが、能力者は駆け出しでも最低二日はもたせる。能力を成長させた熟練者なら最大十四日くらいだったか。うちんところだと九日が最大だが」
「おー、それでも十分長いですね。邪魔しちゃ悪いんで、そろそろ行きます」
「あいよ」
情報の礼を言いその場から離れ、宿に帰る。
「おかえり。どこに行ってたの?」
「ただいま。川を見たあと市場をぶらりと。漁獲量が少しずつ減ってるらしいよ」
「そうなの? 理由は?」
「わからなかったっぽいね。ロナはわかる?」
少し考え込み首を横に振る。川や海のことについての知識は持っておらず、たいした予想もできない。
「大型の魔物が荒らしているのかしら。でもそういった魔物がいれば噂が流れるだろうし……わからない」
「そっか。そっちの用事はどうだった?」
「欲しいものとは少し違うけど買えた」
床に買った靴が置かれている。靴底に薄い鉄板が仕込まれ、魔物の革を使ってつま先と踵を補強された靴だ。足のみを守るものだが、いいものだと思えたので買ってきたのだ。漁師はこれで蟹の魔物を蹴り砕いているので魔物との戦いにも十分使えるものだった。
いつか俺も買おうかと平太は思い使い心地を聞き、その後は雑談に流れていった。
翌日と翌々日もホーンドッグの狩りを行い、平太は一匹と戦いロナに送られて町に戻った。ロナはその後も狩りに出る。
肉買い取り所でホーンドッグを売った平太は宿に戻ってもすることがないので散歩に出る。それなりに大きな町であるもののエラメルトほどではなく、危なそうなところにも行かないため、昨日までと比べて目新しい発見はない。
なんとなく歩いて、少し疲れたら休憩といったことを繰り返し、開けた場所にでた。露店や屋台がいくつあって、人々は足を止めて置かれている商品を見ている。平太もなにかあるかなとベンチに座ったまま見ていると、子供たちと大人の声が聞こえてきた。
「なーなーおっちゃん。安いのはいいけど、上手く遊べんかったら買う気がうせるよ。遊び方教えてよ」
「そうは言ってもなぁ。おっちゃんもこれで遊んだことないしな」
「商売する気ないなー」
「まあ、荷物になるから安くしてとっとと売ってしまおうって感じだしな」
聞こえてきた会話に少し好奇心が刺激され、平太は露店に近づく。そこにあったのは独楽やヨーヨーや凧だ。
思わず懐かしいと平太は呟く。それを聞いた二十過ぎの商人が平太に視線を向けた。
「おっ、あんちゃんこれの遊び方知ってんのかい?」
商人の言葉に子供たちの視線が平太に向けられた。その目に期待の光が強く輝いている。
「小さい頃遊んだからね」
「じゃあ、ちょいとこいつらに教えてやってくれねえか」
良い暇潰しになるだろうと、平太はまずは独楽を手に取る。
「これと一緒に紐がなかった? 細いロープっぽいやつ」
「あったぜ」
商人は荷物を探って、平太に渡す。もらったそれを独楽に巻き付けて、少し身をかがめて独楽を投げる。
石畳の上でカラカラと音を立てて回り始めた独楽に、子供たちは手を叩いてはしゃぐ。
そんな様子を見て気分がよくなった平太は、回っている独楽に紐を引っかけて上空に飛ばし、落ちてきたそれを手の平で受け止め、まだ回っている独楽を子供たちに見せる。
これには子供だけでなく、大人たちも拍手を送る。
「こんな芸のほかに、互いの独楽をぶつけ合うって遊びもあるよ。次はヨーヨー」
独楽を子供たちに渡して、木製のヨーヨーで遊んでみせる。こちらは様々な芸ができるように改良されている物ではないため、上げ下げするだけだ。これでもある程度の芸をできる者はいるが、平太には無理だった。
ヨーヨーを子供に渡して、長方形の凧を手に取る。
「これはここで実演するにはちょっと無理だから言葉だけで説明するよ。あとで人の少ない広い場所で遊んでみるといい」
空を飛ばせて遊ぶ代物という説明に、子供たちは疑わしそうな表情をしている。
「うっそだー」
「嘘じゃないよ。小さい頃、何度も飛ばして遊んだよ。上手く風にのればどこまでも高く飛んでった」
やってみせてよと腕を引く子供たちに、商品を勝手に持っていくわけにはいかないだろうと言うと、商人からOKがでる。
「もとから捨て値で売ってたし、それ一つくらいならそのまま持っていっていいよ。興味がわけば買いにくるだろうし」
「ほんとに商売っ気がないな」
呆れたような平太の視線に堪えた様子なく、商人は笑みを返す。
「そこは笑うとこじゃないだろうに。まあ、いいなら持っていくけどさ」
「おう。子供たちを楽しませて宣伝してきてくれ」
宣伝目的の投資なら、ただで持っていけというのも納得できた平太。
子供たち数人をまとわりつかせた平太は、町の外縁部に移動し実演してみせる。風も少しは吹いているおかげで凧は上手く空を飛び、子供たちの注目を集める。
近くにいた子供に糸を巻き付けた木片を渡し遊ばせ、平太は商人のところに戻る。
「おう、どうしたよ、あんちゃん」
「一応上手く飛ばせたからそのことを知らせにね。子供たち楽しそうだったら残りは売れるかもね」
「それを伝えに戻ってきたのか。わざわざすまんね。あんちゃんのおかげでほかのおもちゃもそこそこ売れた。飲み物くらいおごるぜ?」
「その飲み物で利益が吹っ飛ぶとかだと遠慮したいけど」
「そこまで利益がでなかったわけじゃないから、心配すんなって。丸一日分の飯代は稼げてる」
多いのか少ないのか、どれくらいの数が売れたのか知らない平太には判断つきかねた。
そこらの屋台でジュースをおごってもらい、ゆっくりと飲みながら話す。
「あんたはエラメルトから来たのか。俺ももう少ししたらそっちに行くんだよ。反物と香辛料の仕入れがちょいと滞っててな。仕入れが終わってそっちに行ったら会うかもな」
「そんときは挨拶くらいしようか。あんたはどこから来たんだ?」
「もう長いこと定住せずあちこち回ってるな。故郷は別の大陸だ」
「獣人と色人が多いところだっけ。無色人はあまりいなさそうだね」
「こっちよりは少ないが、それなりにいるんだぜ」
「こっちの無色人となにか違いある?」
「違いなぁ、ちょっとした風習の違いくらいじゃないかねぇ。姿形が大きく違うってことはないぞ。ああ、たまに先祖返りで無色人同士から色人や獣人が生まれてくるな。こっちじゃ滅多に聞かない話だが、むこうだとそう珍しくもない」
こちらの大陸では、小神が近くにいればそういうこともあると説明してくれるが、いない村では呪われた子供と言われ捨てられることもある。運が良ければ捨てられずにすむが、村人に迫害されることもあり、苦労することになる。
「種族が違う子供が生まれてくればたしかに戸惑うな。捨てる気持ちもわからなくはない」
「捨てるのに肯定派?」
「肯定派……そう言われると否定したいんだけど、実際そのときにならないとなんとも言えない」
言葉ではなんとでも言えるため、現状でなにを言っても綺麗事になりそうなのだ。
こちらで結婚して子供を作る気はなく、地球で結婚しても他種族が生まれるようなことはないため、そのときがという仮定は意味ないことかもしれない。
だから平太は想像しても今いちどうすべきかイメージがわかない。
「まあ、そんなもんだよな。今ここでなに言っても、そのときになれば違った行動をするのは珍しくもない」
「できるなら捨てるという行動はとりたくはないけど」
周囲からの圧力に屈して捨てたという親もいそうで、難しい問題なのだろうと平太は小さく溜息を吐いた。
残り少ないジュースと一緒に苦い考えを飲み干し、立ち上がる。
「ジュースごちそうさま。コップは屋台に戻せばいいの?」
「おう。もう行くのか?」
頷いた平太はジュースの礼を言い、コップを返して石壁に向かう。町を一望して気分転換したかったのだ。
到着した四日目に平太とロナはエラメルト行きのバスに乗る。
もともと長居する気はなく、平太は町周辺の魔物よりも強い魔物と戦ってみるため、ロナはちょっとした貯蓄と駆け出しの早期突破を目的としていたので、これくらいの滞在でも問題はない。
「なかなかいい経験ができた」
バスの窓から村を見て平太は言う。
「これでラフドッグと一体一で負けはない。あとはその余裕をもって群れと戦って、複数の動きに注意を向けるようになれば駆け出しは突破できる」
ロナから送られた今後のアドバイスに、平太は苦戦を予感する。単純に考えて相手の攻撃回数が二倍になる。それらをさばけるのか、いまいち自信はない。
「複数かぁ、上手く気を配れるかな」
「はじめは二対一からやって慣れていけばいい」
「そうしようか。俺の予定は決まったけど、ロナは帰ったら早速職探し始める?」
窓からロナへと視線を移し聞く。
「ん。朝か夕方に狩りをして昼に探すつもり」
「どんなことしようとか決まってんの?」
「はじめは自分にできることから探す。肉の買い取り所で解体か薬の加工」
薬は毒薬の扱いを組織で習った。その関係で解毒剤の作り方も覚えたのだ。
「経験なくてもできそうなのはウェイトレスとかもかな。これと薬なら紹介できるかも」
「ほんと?」
「ミレアさんの知り合いが食堂で働いているからその伝手を使う。あとは薬師に知り合いもいるよ」
ドレンとはまだそこまで親しいわけではないが、手伝いを求めてるかどうかは聞けるだろう。あとは町を観察しているエラメーラに、人手を欲しがっているとろこがないか聞くこともできるだろう。
「おねがい」
あいよと応え、バスの出発を待つ。雑談のついでにバスの中での過ごし方を聞いたのだが、寝るという単純な一言が返ってきて、実際にロナはさっさと眠った。ロナほどの美人がこのように眠るのは無防備じゃないかと思ったが、なにかあればすぐに起きられるのだろうと考え、平太も眠る。
誤字指摘ありがとうございます