表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

誰よりも君に・・・

作者: 黒乃 桜

初めましての方は初めまして。

ハッピーエンドでは有りますが、かなり暗めとなっております。

ちょっと恋愛要素も含まれております。


当たり前の事だった


誰かとの会話も 誰かと笑う事も 誰かに褒められる事も


僕は 初めてだったんだ


ふざけあう事も 宥め合う事も 遊んだり喋ったりする事も


そして僕は信じていたんだ


何時も何時でも


僕は信じてた ずっとずっと信じてた


初めて君に会った時から 信じていた


君が・・僕を─────


それでも


それでも僕は誰よりも君に・・・・




     ────誰よりも君に





気付いたら目で追っていた。 目の端っこには必ずと言って君が写っていた。

ドキドキして 赤くなってしまう。 こんな感情認めたくない。

有り得ない、辞めて欲しい、こんな自分・・大嫌い。


「空野さぁ〜ん?一緒にお弁当たべましょ〜?」


そう、何時だって逆らえずに居る。 こんな自分が嫌い。

それなのに ドキドキしちゃう そんな感情を抱いている

自分にはそんな資格は無いのに。 莫迦みたいに目で追ってたんだ。


「・・えぇ。良いですよ。何処に行きましょうか」


殴られるって解ってた。 罵られて蹴られてパシられて水をかけられて

解ってたのに莫迦みたいに着いていく。 莫迦だから着いていく。

痛いの嫌です、御免なさい。 泣きながらそうやって謝る事も許さない

僕が許さないんだ。 そんな自分、僕じゃない 絶対認めない。

僕はただ黙って殴られてれば良いんだ・・。それが僕。

謝る事だって出来ない ハッキリと自分の思ってる事が言えない

そんな弱い僕が 本当の僕で良いんだ。


そんな事考えてるウチにほら、もう着いちゃったよ 人気のない体育館の裏。

誰かに足を引っ掛けられてその場にバタリと倒れてしまう。

小石みたいなのが頬に刺さって痛い。制服が土で汚れてしまった。


「空野さん、最近氷月君と仲良いじゃない?オトモダチなのかなぁ〜あたしにも紹介してほしーな〜・・駄目かな!」


遠崎由衣・・だっけ。確か隣のクラス。そんな人までわざわざご丁寧に・・。

僕を蹴りに来てくれたんだ。跳ね飛ばされて地面に頬が掠る。

其処から血が出てしまうのか、ズキズキと痛んで仕方がない。


「あーあたしもぉ〜紹介して欲しいなぁ〜・・?」


ぐいっと髪を掴まれてしまった。抜けそうなくらいの勢いで。

嶋原香代、この苛めのボス的存在。髪の毛も茶髪に染めてピアスなんかしちゃって・・。

大半の子がこの香代に逆らえずにって話だ。可哀想なこと。


この二人が言ってんのは、氷月彼方の事だ。きっと。

別に仲が良いわけじゃない。 ・・ただ氷月の方が話しかけてくるんだ。

僕が頼んだ訳でも無いのに・・僕何かに話しかけてくる。

氷月は格好良くて面白くて何時も笑ってて勉強は出来なさそうだけどスポーツは結構出来てるからきっともててるんだろうけどどうして僕何かに話かけてくるんだろ。

どれくらいこうしていただろうか。 チャイムが鳴って授業中。

誰も居ない体育館の裏。 独りで蹲って ・・何をしていたんだろう。


泣いてた訳じゃない 怒りなんて無かった 笑ってた訳でも無い


ただボーッと校舎と木と電線に覆い尽くされた僅かな空を見上げていた。

今日は曇りだった、灰色で だけどとても綺麗だと思った。


まるで誰かの 心みたいで


そう 僕の心みたい 何処までも 純粋に 汚れきっている


ざーっ 雨が降り出す 夏のハズなのに寒くて仕方が無かった

だけど動けずに居る。 後どれくらいで 僕はこの世から居なくなれるのだろうか



「つきちゃん!?」



真っ暗な中に響き渡ったとても澄んだ声。 パタパタと走る音。

雨の音なんて聞こえなかった。


「・・・ひ・・め・・?」


「つきちゃん・・・ヒドイ・・誰がこんな事・・」


ぺしゃりとしゃがみ込むと、僕を引きずって雨が掛からない屋根の下に連れて行く。


クラスの中でも低い方の僕よりもっと背が低くて、ウェーブの掛かった肩まである黒い髪の毛で髪と同じ色の目は大きくて、綺麗に整った顔。

草原日芽。唯一友達と呼べる子だ。


「怪我いっぱいしてる・・痛いよね?わっ・・すっごい身体冷たいよ・・」


「・・ひ・・め・・駄目だよ僕になんかに構ったら・・日芽まで苛められちゃう・・」


小さな身体で一生懸命僕を支える日芽を軽く押し退けるように日芽の身体に手をついた。

最近、一緒に居る所を見られてしまって日芽まで苛められるようになってきたのだ。

それが絶えられなかった。僕が。 他の人まで傷付けさせるなんて卑怯だ

そう思ったから。 傷だって何だって受けるのは僕だけで良いんだ。


だけど日芽は僕の腕を優しく振り払って首を振った。


「そんな事どうでも良いよ!友達でしょ・・つきちゃんだけこんな風に何て嫌!」


その言葉に何か言い返せないかと考えていたら、日芽が別の方向を向いた。

ついつられて其方の方を見た。すると其処には白衣を着た茶髪でショートヘアーの女の人が立っていた。口には煙草が加えられていた。


「こんな雨の中女子二人でなーにやってんの・・風邪引くでしょーが」


「・・・せん・・せ・・」


なーにやってんの、と声を掛けてくれたのが保険医だと解ると一気に体中から力が抜けて意識が何処かへ飛んでいってしまった。


其処からはどうなったのか憶えていない。


目が覚めると真っ白なカーテンがふわふわと揺れているのが目に入る。

雨も上がって晴天。 嘘みたいに晴れ渡った空が窓の外で続いていた。

此処が何処だか解らない。 真っ白な布団をぎゅっと握った。

かたかたと震えているのが解る。 ───コワイ?


そんなのも認めないよ。 そんな感情認めないよ。

コワイって思ったら逃げるんだ。 そうだろ? だから駄目だ。


「・・っ・・卑怯者・・っっ」


自分の事だ。



「・・・空野。起きたかー?」


不意に聞こえた声。カーテンから目を離して声のした方を見た。

先程の保険医、木葉 若葉だ。

ぼんやりとその若葉を見上げるだけで何も言わなかった。


「まったく・・倒れるまで無理すんなってーの。聞こえてんのー?返事くらいしなさいな?」


煙草を加えたままへらっと笑ってみせると僕が寝ているベッドに座って僕の頭を撫でた。

返事くらいしなさいな、と言われたがやっぱり僕は黙って若葉を見上げていた。


「・・・もー・・・まぁ良いけど。なんかあったら言いなよ?」


呆れたような表情を作ると、僕から手を離す若葉。

その時に、日芽の事を思い出す。 日芽は?日芽は何処?

見渡してみるが、何処にも居ない。 急に怖くなってしまう。

消えてしまったんじゃないか、って。有り得ない事なのに。



また居なくなっちゃったんじゃないか。って。



「・・先生・・日芽は・・?」


若葉の短い茶髪を掴めば思いっきり引っ張ってそう聞いた。

「痛い痛いッ!」と言いながらも、此方を振り返る。

それで慌てて手を離せば黙って若葉を見上げた。


「もーっ・・・日芽ちゃんは、今授業に出てるトコ。心配しなくても大丈夫だって。」


頭を押さえながらも言った若葉の言葉に少しだけ安心。

だけど、大丈夫だって、と言われてもやはり少し心配。

自分の所為で日芽が苛められてさっきの僕みたいになってしまったらどうしよう?

そんな事を考えると、大人しく寝て何かいられなかった。



「あーもー彼奴マジウザ。」


「・・そ、そうだよねぇ〜」


何時だって逆らえずに居た。 こんな自分ダイッキライ。

最近は、日芽まで苛められるようになってきた。

最初は・・最初は空野月歌だけだと思ってた。

だけど日芽は・・月歌と仲良いから。 日芽はあたしとも友達だけど


月歌とも友達なんだ。


あたしだけのモノとは限らない。 だけど日芽が苛められるのは嫌だ。

日芽を傷つけてるのが あたし 何て認めたくない。


だけど・・此奴に・・香代に逆らえない。 凄く怖い。



「・・ころしてやりたいよねぇー」



香代は時々こんな風に残酷に笑いながら酷い事を言う。

そしてそれをやりかねない。 本当にしてしまいそうで怖い。


「うん・・本当にねぇ〜」


自分もそうだ。きっとあんな風に 残酷に笑いながら酷い事を言ってるんだ。

そしてもし、香代がそれをやろうって言った時


あたしは大人しくそれをやるんだ。 そう、今やってきたみたいに。


「あーッもう掃除なんてやってられるかよ!!」


ガシャンッ 香代は持っていた箒を床に叩き付けた。

そして辺りを見回して何かを見つけると、にっと笑みを浮かべる。



「草原さん、これやっといてくれない?」



草原・・日芽。


「え・・?」


「じゃ、よろしくねぇ〜! 由衣、草原さんやってくれるってうちらはかえろ〜」


日芽はあたしの方を見て、どうして、といったような顔をした。

あたしは日芽から目を背けて香代に、うん、と返して香代について歩き出した。


今 あたし 凄く嫌な奴だ


今 あたし 日芽に嫌われた 嫌な奴だって 裏切られたって



あたし 何やってるんだろう




「・・由衣ちゃん・・・私の事嫌いになったのかな・・」


ぽつり、箒を動かしながらも呟いた。

でも、幾ら由衣ちゃんが私の事を嫌いになってもこんな事をするような仔じゃない。

そう・・信じたい・・。


「ひーめちゃん♪何やってんのー?」


不意に聞こえた声。振り返ると、氷月彼方君が居た。

人懐っこい笑顔で笑いかけてくる。


「え、あ・・あの・・掃除・・です。」


「掃除ぃー?日芽ちゃん今日掃除当番じゃ無かったっしょ?」


何でそんな事知ってるんだろう、そんな事を一瞬思っていると

彼方君は私の持っていた箒を取り上げた。

そして此方を見ると、やったぜ、みたいな顔で笑いかけてくる。


「あ。あの・・えと・・?」


「日芽ちゃん1人じゃ大変でしょー。俺もやるっ」


「え・・ぁ・・ありがとうございます・・・」


彼方君が掃除、何ていうイメージは全然無かった。

制服も着崩していて、未成年なのに煙草吸ってて、何時も不良っぽい人達と連んでて・・そんなイメージ。

掃除なんて面倒臭いとか言いながらさっきの・・香代さん達みたいに私みたいな仔に押しつけてるってな感じ・・。

こんな言い方・・あんまりしたくは無いんだけど・・。


「・・ッ!日芽!!!!!」


「・・つきちゃん・・!?」


自分の名前を叫ばれて、辺りを見回すと目線の先に先程保健室に運ばれた

つきちゃんが肩で息をしながら立っていた。

慌ててつきちゃんに近寄ればどうしたら良いか解らずにいると

つきちゃんがずるずるとその場に座り込んでしまった。

自分も座り込めば泣き出しそうになりつつもつきちゃんの背中を撫でた。


「・・っ・・怪我・・無い・・?」


「え・・?」


「何もされて無い・・?傷つけられて無い・・?」


「な、何言ってるの!?つきちゃんはつきちゃんの心配だけしてれば・・良いんだからぁ・・・」


さっきの怪我で立ってられない状態なのに、私の事心配して此処まで来てくれた。

痛い身体を引きずって無理して此処まで来てくれた。


そんな つきちゃん が とても 痛々しかった。


見てられなかった。 見たくも無かった。

どうしたらつきちゃんは自由になれますか、返ってくる事の無い答えを待ち続ける。

そんなのもう絶えられない。


「・・良かった・・」


薄く一生懸命な笑みを浮かべた。 それはほぼ無理矢理な笑顔。

痛くて痛くて苦しかった。 私は何もしてないのに変な罪悪感に襲われる。

それこそあれだ、 生きてて御免なさい 平気で御免なさい

ギャグなんかじゃなくて本当に 泣きたくなるくらいそう思う。


私はしんでも良いからつきちゃんを自由にしてあげて


そんな事を思わせる笑顔。 どうせなら泣いていて欲しかった。


「良くない・・良くないよ・・!つきちゃんがこんなに・・」


「・・空・・野?」


私の声を遮って聞こえた声。 後ろからだった。

振り返ると先程まで掃除を手伝ってくれていた彼方君が驚いたように目を丸くして此方を見ている。

今まで彼方君の存在を忘れてしまっていた。とても酷い事だから本人には言わないけど。



「氷月・・・」



逃げたしたいような気持ちになる。

今すぐ此処から立ち去って走り出したいような気持ちになる。

可愛い言い方をして ドキドキが 止まらない。

そんな感情『無かった』ハズなのに。

同時に惨めな気持ちになってしまう。こんな見苦しい姿で・・。


氷月はゆっくりと此方に近づいてきた。丁度僕の前で止まる

日芽は氷月を見上げる。僕は顔を大げさに背ける。

だけど氷月は・・優しく手を差し伸べた。


「立てるか?」


その手を掴みたくなかった。 もし掴んでしまったら


    僕はこの人に依存してしまう。


掴めなかった。掴めずに氷月から顔を逸らしていた。

思いっきり不機嫌な顔、嫌な奴、そうだったに違いない。


・・だけど急にぐらりと身体が浮いた。


「!?」


驚き目を丸くした。言葉も何も出なかった。

もともと此処にくるまでに体力を消費してしまって抵抗する力も残っていない。

・・・・・それが少し、嬉しかったと同時に残念だった。


「氷月・・ッ降ろせッ」


「何で?」


「何でって・・・良いから降ろせよッ・・」


しにかけた声でそう抵抗した。力無くさっき日芽にやったみたいに氷月の身体に手をついた。氷月は気にせずにそのまま歩き始めた。

日芽は後ろから付いてくる。心配そうに此方を見ながら。

僕は離せと言い続けた。  ドキドキが止まらなかった。


またもや保健室へと連れて行かれてしまった。

二度目だ。折角抜け出してきたのに。


「そーらーのー・・!!!!あんた良くも抜け出してくれたねぇ?」


怒りに満ち溢れた顔で此方を睨んでくる保険医。

それを無愛想に睨み返せば冷たく、別に。と返しておこうか。

それを聞くと、はぁと溜息をつくと氷月に僕をベッドに連れて行くように言った。

氷月は軽く返事を返すとそのままベッドへと歩いていった。

もう降ろせ、と言ったけど聞いてくれなかった。


ベッドへと降ろされると、全身の力が一気に抜けてベッドに倒れ込んだ。

枕に顔を埋めると、氷月が布団を掛けてくる。

つい、顔を背けてしまった。


「ありがと…」


一応そうお礼を言っておいた。 顔を背けたまま。

滅茶苦茶嫌な奴。 …だったと思うけどこれが自分なりの精一杯だ。


氷月の表情は分からなかった。ただ嬉しそうな声で、どういたしまして、と

冗談っぽい言い方で返事が返ってきた。


その後は日芽が心配そうに頭を撫でてた事と保険医の軽い説教と

それだけしか覚えてない。 ただ、疲れたと心の底から吐き捨てたい気分だった。



全然楽しくない。 香代何かと遊んだって楽しくない。

例え物凄く楽しい事でも香代が居るだけでつまらなくなる。

否、怖くなる。恐怖心ばっかりが生まれてきて楽しさ何て消える。


それなのに、何で居るんだろう。何で一緒に居るんだろう。

香代が強いから? ううん。私が弱いから。



「由衣ー…?あんたさっきから喋ってないけど…」


「あっうん…大丈夫だよ。ちょっと頭痛くて」


嘘だ。 全然大丈夫なんかじゃない。

笑顔を貼り付けて言った。咄嗟に思いついた嘘。


信じろ 信じろ 騙されろ


同じように笑ってるんだろ? あたしだってあんな風に。

そうだ『嫌な奴』をやっている。 この役は降りられないの?


怒鳴れ 怒鳴れ 叫き散らせ


同じようにやってるんだろ? 私だってあんな風に。

彼奴と同じ『嫌な奴』『酷い奴』。 この役はハマリ役?ぴったり?



「正義の味方にはなれない……だって私…弱いから…。」


帰り道。 夕陽でオレンジ色に染まった道を歩きながら1人ぽつりと呟く。

今は、何気無いオレンジ色の街並みも 夕暮れ時の公園の噴水も

道を歩く人も 流行ってなさそうなボロい店だって 何だって綺麗に見える。


そう。あたしよりはずっと綺麗だ。 遠崎由衣は汚い奴だ。


貶して欲しい。 戒めて欲しい。 罵って欲しい。

こんな弱い自分を。弱い奴だと罵って欲しい。  誰でも良いから。どうか。


人通りの少ない裏路地。 表通りは思いっきりお洒落な店が沢山あるのに

この裏路地はまるで人が住んでいないような家が建ち並んでいる。

そして何処までも続いていそうな一本道が続く。 オレンジ色の空は電線だらけ。

心は灰色。 涙は黒色。 私は黒色。 汚い。汚い。汚い────


鞄を思いっきり道路に叩き付けては、その場にしゃがみ込んで蹲った。

誰か居たって気にしない。 誰も居ない。 寂しい───。


惨めな遠崎由衣。 弱いからいけないんだ。 弱いから悪いんだ。




「紫は愛情不足の色、ですよ?」



懐かしい声が聞こえた。 幻聴かと思った。

だってこんなにも荒れて惨めなあたしなんかに声を掛けてくる、そんな奴居ないと思ったから。

きっと寂しすぎて幻聴まで聞こえるようになってしまったんだ、と 苦笑。


だけどガサガサと物音が聞こえてはクスクスと笑う声まで聞こえる。


「どうしたんですか?由衣が荒れてる何て久々ですよ。」


一筋の光が差し込んだ。 真っ黒な私の中に。


あぁ、そうだ。まだ居るんだ。あたし何かをちゃんと見てくれた人。


顔を上げる。あたしのバッグとそのバッグの中から飛び散った小物を一個ずつ拾って鞄の中に戻している、黒いフレームの眼鏡、色素の薄い茶髪、頼りなさそうな雰囲気、意外と可愛い顔………


「ようちゃ・・」


言い終わる前に涙が出て来た。

ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝っては地面に落ちる。


まだ居たんだ、と。 しぬほど嬉しかったから。

まだ許して貰えたんだ、と。

まだ…こんなにも優しく笑ってくれる人が居たんだ、と。

どう表現して良いか分からない、尊敬と嬉しさと悲しみと喜びと…色々混ざり合った感情で涙が零れ落ちた。


「どうしたんですか・・?」


そっと頬に、ようちゃんの手が触れた。 優しい声色でようちゃんが聞く。

頬の涙を拭いながら、ようちゃんはあたし何かの頭を撫でた。


咄嗟に汚してしまった、と 罪悪感を感じた。

だけど、嬉しさみたいなのの方が勝っていた。


「あのねッ…あのね・・あのね──────」



あたしは何も言わなかった。言えなかった。 泣いてしまった。

大泣き、と言うのだろう。 こんなに泣いたのは初めてだった。

人通りの少ない裏路地で、蹲って泣いている。端から見れば変な人達。

ようちゃんだって放っておけばいいのに。


ずっと隣で頭を撫でてくれた…。


葉音陽一。昔からの幼なじみ。

学校は一緒なんだけど、学年があたしの方が一個上だから最近はあんまり会ってなかった。

だけどあたしより頭が良いし背が高い。それから眼鏡を取ると可愛い。

なのにモテないんだよねぇ。


紫は愛情不足の色。 多分鞄の事を言ったんだろう。

愛情不足・・そんな甘いモノだろうか。 もしかして自分に対しての愛情不足?

あたしは自分がキライ。だから厳しく言うんだ。 だけど自分に甘い。


こんな自分だいっきらい。


だけど・・ねぇ。 どうして傍に居てくれたの?

どうして返ってこないと分かっていても話しかけてくれたの?

ねぇ・・どうしてこんなに近くで・・あたしを見てくれたの?


ねぇ・・・・陽一・・。



「もう大丈夫だから・・ありがとね!」


「本当ですか?・・何かあったら言って下さいね。僕でよければ聞きますから。」


優しくようちゃんが笑った。あたしは頷いて、愛情不足の色の鞄を受け取り

足早に家に帰っていった。

悔しさと嬉しさと切なさが混ざり合った変な気持ちだった。


素直に甘える事が出来ない自分。 嘘付いて自分に甘えてしまう。

こんなあたし嫌いです。 大嫌いです。




こんな僕嫌いだ。 大嫌いだ。 絶対認めてやらない。

絶対信用しない。 絶対に。


優しく笑う人も優しく手を差し伸べてくれる人もみんな嘘付いてるんだって

頭を撫でてくれる人も心配そうに見てくれる人もみんな嘘付いてるんだって

思ってしまうんだ。 ねぇ、捻くれてる?恩知らず? 勝手に言ってろ。

だってみんな笑顔の裏では僕の事嫌いだって思ってるかもしれないでしょ?



「・・・疲れた・・」


偽りのない一言。

この言葉でさえも偽ってるんじゃないか、僕はそう思ってしまう。


誰も居ない。真っ暗な部屋。 自分の部屋。

天上も真っ黒。僕も真っ黒。 自分の・・部屋。 たった一つの自分の居場所。


ベッドの上では 涙が流せる。


もう人前で泣いたりしないから、もう誰も信じないから

だから今日だけは、今だけは・・ 思いっきり泣いても良いですか?


「・・・っっ」


泣いても思ってるんだ、 何時か誰かが助けてくれるって。


甘えんな

甘えんな

甘えんなッ・・!!!!!


僕なんか誰も助けに何て来てくれないんだ。 分かってるくせに

何時まで待ってるの? しぬまで? もうやめちゃえよ。


それでも氷月なら、来てくれると思っていた。 自分では気付かなかったのかな。

氷月を今一番信用してるって事。




       どうしてこんなに苦しいんだろう。



「きゃはははははっばっかみたいッ!」


何やってんだろ。

一緒に苛めて何で笑ってられるんだろう。 こんな事して何になる。

これが幸せなの? ねぇ、そうなの? 誰がこの答えを教えてくれるの?

ねぇ、誰か教えてよ・・答えを教えてくれる人を教えてよ。

ねぇ、あたし不孝な顔してる? 「世界で一番不孝です」そんな顔、してるの?


だったら謝るからさ、救ってください何て 卑怯かな。



何やってんだろ?

傷付けられても笑われても平気そうな顔して。 誰も巻き込みたくない。

こんなのってどうなの? 誰が幸せになるの? 僕はそれで本当に良いの?

僕はどうしたら良い? 助けを求めるの? また?

ねぇ、誰か教えてよ… こうやって助けを求めてみようか?


御願い僕もう1人じゃ居られない、そうやって甘えてしまうけど 良いかな。


「死んじゃえばいいのに」


気付いたら、酷い事を口にしていた。

あたしがそんな酷い言葉を吐き掛けたのはあたしと同じ「人間」なのに。

しんじゃって良い人間何ていないのに。

もし、あたしがしねば良いって言ったこの子がしんでも良いのなら

あたしだってしんじゃえば良いんだ。


『ずるいよ』


知ってたハズなのにな。 人1人の重みを。

判ってたハズなのにな。 命の尊さ、人がしんだ時の悲しみ、苦しみ・・


知ってたハズだったのになぁ…



「やめて!!!もうやめて!!!!」


日芽の声が聞こえる。 遠くだ。 とても遠くで日芽が叫んでいる。

「やめて」何をやめるんだろう? 意地をはるの?僕に言ってるの?

そんなに哀しそうな顔しないでよ もう何もしないから しんでも良いから

ねぇ 泣かないでよ 笑っててよ


何処か とても遠くで日芽が泣いてた



止められなくなった香代達の苛めは日に日にエスカレートしていった。

生傷が絶えない月歌を見かねて若葉が担任に言ったそうだ。

担任と校長は厳しく香代達に言って聞かせた。


香代は冷笑を浮かべ「はい。」とやけに素直に返事をした。


・・空野月歌はというと、保健室で深い眠りについている。

精神、体力・・色々と弱っていたようだった。



きっと、痛めつけて欲しかったんだ。

御前の所為だ、と。罵って欲しかったんだ。


「月ちゃん・・お願いだから私に出来る事があったら言って?」


日芽は心配そうに僕の顔を覗き込んでそう言った。

僕は頷いた。「絶対だよ」日芽は念を押した。


氷月彼方がまたいる、何処にでも居るな、と思いつつも無視していた。

この時は日芽の優しさとかそういうのに酔っていて つい言ってしまった。


「・・僕、ね。人を殺してしまったんだ・・」


どんな表情だったかな。 どんな気持ちだったかな。

忘れちゃったよ 哀しすぎて。 可笑しすぎて・・。

きっと凄く泣きそうな顔で可笑しそうに笑ってたんだ。


日芽は?彼方は?

どんな事思ってたの? どんな顔してたの?



「つき・・ちゃん・・」


「だからね・・僕何されても誰にも言わないでいようって決めたんだ・・。

きっと『神様』が僕に仕返しをしてるんだって・・」


「そんな・・・こと・・」


その先は言えませんでした。 「そんなことないよ」 言えませんでした。

だってつきちゃんが壊れてしまいそうだったから。

例えそうじゃなくても、酷いって辛いって分かっててもつきちゃんはそれに従って生きてきたんだから、それを私は壊そうとしている。

どんなに正しい事でもつきちゃんを壊そうとしている。そんなの出来ないから。


ねぇ、つきちゃん。私は何もしてあげられないかもしれないけど・・

どうか、そんなに哀しそうに笑わないで・・。そんなの痛いだけだから。


今はいってくれないけど、何時かいってくれますか?



空野が苛められている、それは前から知ってた。

何で止めてあげられなかったんだろう? 分からない。

ただ、気付いたら 目で追ってたんだ。 ずっと空野の事考えてた。

自分では気付かなかったんだけど… 何時しかそれは『恋感情』というモノだと気付いた。


だけどどうして、その苛めを止められなかったんだろう?

嶋原や遠崎がやってるってのも知ってたハズなのに。

今度は自分も苛められる、そんなんじゃなくて もっとこう・・

言葉では説明できない、変な気持ち。

そんなのが身体の中渦を巻いて俺を飲み込んでいく。


誰が教えてくれるっていうんだ?

地球が出来た理由 神様の正体 僕の存在


誰が言ってくれるって?

慰め 罵り 同情 暴言


何時か、何時かさ。 きっと誰かが教えてくれるって

きっと誰かが言ってくれるって



何時かなんか来ないじゃないか 知ってたんだろ


      何時かは何時も来てくれない


「日芽・・有り難う・・でももう大丈夫だから僕に構わないで」


凄く嫌な言い方だ。 だけどこういうしか無いんだ

だって日芽まで苛められてしまう・・。 僕は独りで良いんだ。


「・・・どうして・・?」


知ってたんだ、こうなる事は。


「御願い・・放っておいて・・・」


分かってたんだ、『何時か』独りになってしまうって事。



・・それから、何があったっけ。


気付いたらもやもやとした変な気分で家に居た。

どうやって帰ってきたっけ・・それも思い出せない。


日芽が・・日芽が泣いてた気がする。 誰の所為? 僕の所為。

全部全部僕の所為・・・。


「日芽には・・悪いことしたなぁ・・」


ぽつり、と言葉が口から零れ落ちた。 大丈夫、もう日芽とは口きかないから。

それが本当に幸せと呼べるのかな・・僕には何も分からないよ。



苛めだって無くなったのに もう普通に戻って良いんだよ



天使が甘やかす。 悪魔に見える。

優しく手を差し伸べてくれる そんな事しないで

僕を脅かさないで 僕に構わないで


どうか、どうか 放って置いて 棄てて行って


何で 思い出したりしたんだろう。 何で あんな事言ったんだろう。

分からない、僕何だか可笑しい。


「可笑しい・・・よ・・」


─────だけどどうか、救って下さい、と我が儘を言ってしまうんだ。


心の奥ではそう、思ってるんだ。 何時かみたいに普通に笑いたい、って。


『アンタの所為だから』


そう・・僕の所為、僕の所為で・・ なのに・・だけど・・どうして・・


「っ・・もう・・わかんないよっ・・」


どうか、どうか・・誰か教えて下さい。 救われる理由、そうじゃなくて

そうじゃなくて・・今は言えないけど 言えるようになったなら教えてくれますか


今は言えないけど・・言えるようになったなら・・もしそんな日が来たなら・・

・・答えてくれますか? ちゃんと僕の前で言ってくれますか?


そんなの来ないって分かってる だけど・・

信じたい。 前みたいに何時かみたいに信じたい。 誰かを人を信じたい。


『絶対許さないから』


誰が 悪いんだろう


ピンポーン♪


部屋の中に響き渡るチャイムの音。 誰?

こんな泣き腫らした顔で出たくない。 どうしよう・・。


ピンポーン♪


二回目。仕方なく出る事にした。 よろよろと立ち上がり覚束無い足取りで玄関へ向かう。

近所のおばさんだろうか?

少し躊躇ってドアノブに手を掛ける。


「は・・い・・」


ガチャリ、嫌な音がする。この音は嫌いだ。

明るいヒカリが暗い部屋の中に差し込む。 ドアを開けた。


「あっ・・空野?」


ドアの向こう側にいたのは 氷月だった。


「っ…何しに来たんだよッ!?」


嫌いだとか顔も見たくないとかそんなのじゃなくてただ恥ずかしかった。

こんな泣き腫らした目でばっかみたい。

咄嗟に握っていたドアノブをひいてしまった。


「ま、てよっ」


氷月はドアを押さえると僕を見下ろした。少し高い位置にいる氷月。

少しドキッとしてしまった。


「な・・んだよ・・」


泣き出しそうになってしまう。今すぐ此奴にしがみついて全部話して楽になりたい、と。

変な欲が出てくる。ダメだ、そんなのダメだ。

氷月も泣き出しそうな顔になった。そして薄く口を開く。


「空野・・好きだ。」


そんな優しい言葉をかけないで欲しい。 だって 溺れてしまいそうになる。


「・・・っ」


氷月の顔なんか見れずに顔を逸らした。 『俺は本気だ』、と氷月の声がした。


やだ やだ やだっ・・!


絶対元に戻れなくなる。 絶対しがみついて嫌になる。突き放したくなる。

そうだ、氷月だってそうだ。 絶対何時か僕を置いていく。


「・・・・よ・・」


「?」


「嫌いになっちゃえよ・・!!!!!!!」



急いでドアを閉めた。 どうか近付かないで欲しい。

自分が戻れなくなる。 氷月にしがみついて 助けを求めて

それがたまらなくうざったくなる。

絶対そうだ・・氷月が幾ら優しくても突き放したくなる。

だったら・・・だったら最初から近付かないで欲しい。


これは僕を守る為にやった事だ。 後悔なんてしてない。


後悔・・なんて・・



「・・・ふられた・・」


『嫌いになっちゃえよ』なんて予想もしてなかったふられ方。

俺には『どうか、抱きしめてやってください』と言われたような気がする。


「・・家に何かご用?」


「え?」


不意に声がして、声がした方を振り向くと空野に似たような雰囲気の少女が立っていた。

空野とは少し違う薄い茶色の髪に大きくて黒い澄んだ瞳。

可愛い部類に入る、背の低い少女は買い物袋を片手に持って俺を見ていた。


「えっと・・君の家?」


「そうだけど・・」


もしかして、妹だったりするのかな。

空野の両親はずっと前に亡くなったって聞いてたから独り暮らしかと思ったけど・・妹がいたのか。


何て独りで驚いていると、空野の妹らしき少女が不思議そうに俺を見て首を傾げている。

人の家の前で、確かに俺は変な人だ。


「えー・・・・と・・ちょっとお姉ちゃんに用があって・・」


とりあえず、適当に言ってみると少女の表情がみるみる曇っていく。

挙げ句の果てには俺を睨み付ける。先程の幼くて可愛いロリーな仔とは思えないような表情だった。


「アイツに?何の用?」


幾らお姉ちゃんだからと言って「アイツ」って・・。

どんだけ中の良い姉妹なんだろうね・・って違うだろ。


「いや・・もう用は済んだんだけど・・」


「・・・そうですか・・。」


少女はホッとしたような表情になると、ドアの方に近付いた。

そして此方を振り返ると、にっこりと可愛い笑みを浮かべる。


「・・アイツにあんまり近付かない方が良いですよ。殺されますから」


少女はそう笑顔で言うと家の中に入っていった。


恐くて怖くて仕方がない。 嫌われたって良いのに。

寧ろ嫌われなければいけないのに。 嫌だ 怖い。 嫌われるのが怖い。


「・・ひ・・づき・・」


何で名前を呼んでしまっているんだ?

僕はバ力みたいに泣いてしまってるんだ?


ガチャ、嫌な音がする。 扉が開く。後ろなんて振り向きたくもない。


「・・彼氏か?良いご身分だな。」


この仔は妹だ。 今年中学生になったんだっけ。

買い物から帰ってきたのかな。彼氏って氷月の事かな。

沢山言葉が出てくるけど口には出さなかった。

なぜなら出した瞬間ころされてしまうから。


「あの人顔格好良かったねぇ。何でよりによって御前なんか選んだんだろうねぇ?

そのウチころされるって言うのにさ・・」


去り際にぽつりぽつりと呟かれた言葉。 言われて当然だ。酷い事だけど。

何で平気でいられるんだろう。それとも聞こえてなかった?

誰かの事で頭がいっぱいだったのかな。 本当に「良いご身分」だ。


許されないって分かってるのに。 とまらないのはなんで?


次の日の朝は自分でも気付かないくらい魂が抜けたように気を失っていた。

目が覚めたと思ったら、身体が動かなくなって咄嗟に呟いたのが


「学校に行きたくない」


誰が聞いてるでも無く 自分で聞いてる訳でも無い。

何をしているんだろうな・・ 身体が動かない。


このまま・・このまましんでしまおうか、何て考えてしまう。


何処にも行きたくないし何もしたくない

誰にも会いたくないし動きたくない


歩くことも学校に行くことも声を出すことも瞬きをすることも


何も、したくない。


何も 出来なかった。



「・・あっ! あのっ先生っ今日・・空野さんは・・」


「おー草原か・・空野は今日風邪だって電話があったぞ。」


「そう・・ですか・・」


自分でも分かるくらい私は今凄く落ち込んだ顔をしている。


先生に頭を下げて、歩き出した。 何処に行くでも無くただ歩いた。

つきちゃん、大丈夫かな。 風邪、って本当かな。

どうして私に何も言ってくれないんだろ?

私が無力で力になってあげられなくて寧ろ足手まといだから?

邪魔なの?要らないの?信用出来ないの?


「・・でもねつきちゃん・・独りで抱え込むのも良くないよ・・」



「ひーっめっ」


「ふにぃ?」


何処からともなく聞こえた声。つい変な声を上げてしまった。

慌てて後ろを振り返ると由衣ちゃんが立っていた。

由衣ちゃんは此方に一歩近付くと申し訳なさそうな顔になって頭を下げてきた。


「ごめんなさいっ・・!」


「・・由衣ちゃん・・?」


私は焦ってしまった。謝られてしまったから。 どうしよう?

何も言わなかった・・言えなかった。


「・・あたし・・っ・・香代が怖くて・・逆らえなくて・・・・ッ」


由衣ちゃんは頭を下げたまま泣き出してしまった。

私はどうする事も出来ずにただおろおろするだけ。


「あたしのっ・・あたしが逆らえないから・・ッ・・日芽や・・空野さんまで傷付けて・・しまって・・本当に申し訳ないって思ってる・・だけど・・だけど・・香代にどうしても・・・逆らえ・・無くて・・」


由衣ちゃんは冷たい床に座り込むと俯いたまま更に泣き出してしまった。

私は急いで駆け寄って由衣ちゃんの背中をなるだけ優しく撫でた。


「うん・・私も・・つきちゃんが苛められてても何も言えなくて・・莫迦みたいに泣き続ける事しか出来なくて・・・・由衣ちゃんの事怒ってないよ。確かに・・ちょっと寂しかったけど・・でも大丈夫だよ・・っ私は大丈夫・・」


言葉と言葉が複雑に絡み合って頭の中がぐちゃぐちゃで自分でも何を言ってるか分からなかったけどどうやら言いたい事は由衣ちゃんにはちゃんと伝わったようで由衣ちゃんと仲直りできて心の中のもやもやとした真っ黒な霧が少しだけ晴れた気がして嬉しかった。


「・・あ・・そだ・・ひめ・・あたし言わなきゃいけない事があるの・・」


「・・な・・に・・・?」


「香代がね・・・今度はころす勢いで空野さん苛めるって・・」



「・・・・え?」


一瞬頭が真っ白になった。『殺す勢いで』。

誰を?何を? とても怖い事。


「・・どういう・・どういう事・・?」


もう一度聞き返してしまった。どういう意味、どういう訳

そんなの知りたくない・・ケド。何故か聞いてしまった。


つきちゃんがころされる・・?


そんなの嫌だ。 だって・・ねぇ、人って簡単に しんでしまうんだから。

何時だって・・何時だってね、ころそうと思えばころせるんだよ・・?

本気になった時は・・ね。 香代さんはそれが出来る。

香代さんでなくても出来るけれど・・。


そんなの・・絶対嫌だ。


「やだ・・そんなの・・やだ・・よ・・」


涙も止まっていた。俯いて呟いた。消えかけた声で。

由衣ちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでから同じように俯いた。


「・・御免なさい・・あたし・・・・・辞めようって言ったん・・だけど・・」


脳内に蘇る映像。 そんな事より ・・そんな事、より?

もうそんな事、何だ。 『アレ』は。

もうそんな事、で終わらせられるんだ。


・・・私も、強くなったね。


「わ・・たし・・私が・・しんでもいいから・・。」


「え?」


「香代さんを止める・・っ」


気付いたらそう呟いて、立ち上がっていた。

先程までの泣きじゃくってた弱々しい表情は何処かへ消え、凛々しい表情だっただろうか?

ちゃんと伝わった?この一生懸命さ。誰に、何てもう言わないよ。


───ねぇ、香代さん。



「待ってっ」


私が歩き出した時だった。後ろから由衣ちゃんの声が聞こえる。

振り返ると、ひっしで涙を堪えながら立っている由衣ちゃんが居た。


「あたしも・・っ・・あたしも行くっ!」


何が信じられる訳でも。 何か貰える訳でも。 何か得する訳でも無い。

ただ私には。 してあげられる事も何も無かったから。

これくらいは・・アナタに。あげるよ。


「・・・うんっ」


これは、ケジメで償いでそして戒め 自分との勝負だ。


つきちゃん、この場を借りて勝負するよ。 御免ね。

でもこれからはちゃんと守るから。 今度は私が守ってアゲルから。


ちゃんと・・壊れてしまいそうなつきちゃんに言葉をかけてあげられるように

強く、なるから。



空野は学校に来なかった。  俺の所為・・だろうか・・。

昨日の空野の妹の発言が気になって仕方がなかった。


「ころされますから」


前に空野が「人をころしてしまったんだ」と言ってた事があった。


あれは、どういう意味・・? 空野、本当にそんな事してしまったのか?

違う、そんな訳・・無い。

俺は信じてるから。 信じるから。


もう 笑って欲しい─────



「彼方くん、ちょっと良いかな?」


不意に後ろから聞こえた声。振り返ると、元凶・・香代が立っていた。


「何?」


とりあえず微笑んでみた。 本当は凄く怒っていたんだけど・・。

香代は嬉しそうに笑うと俺の腕にべたぁーっと抱きついて俺を見上げた。


「彼方くんってぇ好きな人とかいるのかなぁ?」


妙に甘ったるい声を出して香代が聞いた。



ぴしっ




この人は 何処で道を間違えてしまったんだろうね




もう 可哀想としか言いようが無い




「・・・居るけど?」




「本当に!?・・それってぇ・・誰ぇ?」












ぴしっ










誰?


莫迦じゃん 分かってたのに





最初から ・・・最初から決まってた?


悪い奴は誰か何て    最初から・・分かってた?



『俺は悪くない』 そう言い切れない ・・・のは・・。



分かってたから?






「・・・少なくとも誰かを苛めるような仔は好きになれないよ」












何だ。 簡単な事だ。  誰の所為でこうなってしまったのか何て簡単。














全部全部 俺が悪いんだ。




目の前に『居た』のは触れたら溢れ出しそうな『嫉妬の塊』。


今もだけど、それ以前にも空野がケガした時は何時だって俺はそれに触れていたのかもしれない。



「ふーん・・そぉなんだぁ・・」


香代から先程の笑顔が消えて、冷たい微笑に変わった。

怖くて、寒い。 これは、何?



空野はこんなのを毎日みてたの?



「ぜったいゆるさない」



香代が小さく呟いた言葉。香代はその後走って教室を出て行ったけど

その言葉だけが耳に付いて離れなかった。


時が止まったみたいに独り呆然と突っ立っていた。



「・・か・・なた・・君・・・?」


「へ?」


自分を呼ぶ声が聞こえて一気に俺の中の時間が動き出した。

目の前には、日芽ちゃんと由衣が立っていた。

由衣は確か・・香代と一緒に空野を苛めてた奴・・。

まさか日芽ちゃんを苛めてたり・・!?


でも何で二人の目が腫れてんの?


「彼方君・・・今香代と話してたんでしょ?」


由衣が俯いてそう聞いた。聞かれたの・・かな?


「あ・・あぁ。」


俺が頷くと、由衣と日芽ちゃんは顔を見合わせてその後日芽ちゃんが口を開いた。


「つきちゃんのこと・・何か言ってなかった?」


「空野の事・・?」


暫く考えた。言ってたっけ?俺は「ぜったいゆるさない」の部分しか覚えてなかった。あれは誰に向けられた言葉・・・?俺?それとも・・空野?


「・・誰に言ってるか分かんないけど「ぜったいゆるさない」って」


とりあえず言ってみる事にした。その言葉を聞くと二人はまた顔を見合わせて

由衣はスグに俯いてしまった。日芽ちゃんは泣き出しそうになった。


「・・それ・・多分空野さんに対してだよ」



「・・・は?」


由衣が俯いたまま言った言葉。それに硬直。

空野に対して? どうして?もしかして俺が空野の事好きだってばれたり・・?

それとも俺への怒りが空野に・・?どうして?何で?


「昔、ね・・あたし聞いた事あるんだ。『どうして空野さんを苛めんの?』って。

そしたらね・・香代・・こう答えたの。『親友をころされた』って・・・」


「ころ・・された・・?」



嘘だ



そんな訳・・無い。

空野が人を・・そんな事・・・無いっ絶対・・無い・・はず・・なのに・・。



「・・・嘘だろ・・?」


日芽はとうとう泣き出してしまって、小さく首を振った。


「私も・・そう思いたいよ・・」


「思いたい・・?そう信じてるのか?」


何だか俺まで泣き出しそうになってしまう。

何で?どうして?

嘘って言ってくれよ。  なぁ、月歌───────





「嘘だよ。」



誰も居ない部屋。独りぽつりと呟いた。 悲しさも虚しさも無い。

『生きている感じ』がしない。


「嘘だ。嘘だ・・嘘だよっ」


さっきから僕は独りそう呟いている。『嘘だよ。』

全部嘘なんだって。 そう思わせてよ。


「僕が・・っぼくなんかが・・・・ぃ・・きてちゃいけないんだ・・」


そう。 誰かの笑顔もアイツの優しさもあの子の言葉も僕に対しては

惨いくらい正直で真っ赤な嘘なんだ。


傍に居るよ


違う


何でも言って


違う


好きだ、


違う違う違うッ・・・・!!!!!!!!!



これ以上目の前で誰かがしんでいくのは見たくないクセに

これ以上の苦しみに耐えられなくて 孤独は辛くて寂しくて嫌だから

誰かを頼って依存して迷惑かけて見捨てられる


そんなの目に見えてたのに 分かってたのに

分かりたくない。 分かりたくないよ・・ッ そんなの嫌だッ


だってもう僕はッ・・日芽に・・氷月に・・


「依存して・・しまったから・・・」


失いたくない、と。 思ってしまったから。

絶対に離れたくない、と。 思ってしまったから。

気付きたくなかった。  分かりたくなかった。 そんなの そんなの・・


滅茶苦茶だ──────。


イジメよりも殴られるよりも ずっと痛い。



なんでこんなに痛いんだろう。

なんでこんなに哀しいんだろう。


もう『どうでも良い』で終わらせる事は出来ないの?

『興味ない』で終わらせる事は出来ないの?


ねぇ・・誰か教えてよ。



独りが楽だと言っておきながら 誰かの傍に居たいと想うのは

楽よりも悲しさの方が強いから。

壊してでも良いから誰かの傍に居たいと想ってしまうのは

僕が我が儘で寂しくて弱いから 迷惑を かけてしまうんだよ。


気付いたかな。 僕はその事に。

気付きたくなかった、 僕はその言葉を繰り返した。


繰り返し繰り返し 誰に何を言われても僕は後悔を繰り返した。


『絶対許さないから』


後悔は尽き果てる事無く 僕の全てを飲み込んだ。


「『アンタがしねば良かったんだ』」


現実の声と過去の声が重なる。

誰が誰に言ってるの?


「ひとごろし」


思い浮かぶのは氷月や日芽の顔。

みんなが僕に言ってるの? ねぇ、そんな顔しないでよ。


「ひとごろしっ・・!!!!!」


僕が悪いのなら 謝るから。

僕が悪いのなら 居なくなるから。


そんな顔 しないで。


ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい


消えるから 居なくなるから 謝るから・・っ


嘘付いてごめんなさい

気付いてしまってごめんなさい

我が儘でごめんなさい


生きてて ごめんなさい



「・・・の・・っ・・空野ッ・・!」



誰が僕の名を呼んでくれてるの?


・・・氷月・・・・?


「つきちゃんっ・・つきちゃんやだっ・・やだぁっっっっ!!!!!!!!!」


何でみんなそんな顔してるの・・?

日芽・・・僕が悪いの?僕の所為でそんな顔してるの・・?


「・・っ・・ごめんなさいっ・・ごめんなさいッッ・・・」


・・由衣・・?何で謝るの・・?僕が悪いのに・・何で?



「・・ねぇ・・みんな・・・・・笑ってよ・・そんな顔・・しない・・で・・」


ねぇ・・御願い・・これで最期にするから。僕の我が儘聞いてよ。


「・・っ・・・・?!・・つきちゃ・・いやだ・・ッつきちゃんっ・・やだぁっっっ・・しんじゃやだぁッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」



誰が僕の願いを聞いてくれるの?

誰が僕の前で笑ってくれるの?

誰が僕に声を掛けるの?

誰が一緒に笑ってくれるの?


誰が僕の我が儘を聞いてくれるの?


狂ったような日芽の叫び声が聞こえて 僕の意識はまた途切れた。


僕は覚えていない。 何でみんなが彼処でああやって泣いてたのか。

僕は覚えていない。 何時部屋から出て外に出ていたのか。


だけど僕はその時 もう全部終わってしまった、と想った。


気が付いたら 真っ白な部屋に居た。

気分は最悪。 気持ち悪いし 吐き気がする。

体中あちこちが痛い・・。 そして怖い。



このままこの真っ白な部屋に掻き消されてしまいそうな気がする。



ガラガラ、と扉の開く音がして足音が聞こえた。

白いカーテンの向こう側で黒い人影が揺れて此方に近付いてくる。

カーテンの向こう側から、誰かが入ってきた・・日芽だ。


「・・!?・・つきちゃん・・・・つきちゃんッ!」


日芽は一瞬僕を見て驚いたように目を丸くする。

その後に急に泣き出して僕の所に駆け寄ると僕に抱きついて泣き出してしまった。


「ひ・・め・・?・・・泣いてるの?」


僕は戸惑いつつも日芽の頭を撫でた。そんな事をしていると、今度は氷月と由衣がカーテンの向こう側から現れた。


「空野・・!気が付いたんだな・・」


「よかった・・」


二人は心底安心しきった顔になってそう僕に声を掛けた。

日芽は相変わらず泣き続けていて、僕は意味が分からずに不思議そうにみんなを見た。


「・・・空野さん・・三日間も・・ずっと眠ってたんだよ。」


「・・・・・は?」


由衣が口に出した言葉につい声を上げてしまった。

ずっと眠ってた・・?


「覚えてないのか?空野・・屋上から落ちたんだぞ。」


頭の中が真っ白になって 何秒か後、急に涙があふれ出した。


「お・・ちた・・?」


悲しみ苦しみ悔しさ虚しさ 複雑に絡み合って涙が溢れる。


「で、でも・・大したケガじゃなかったし・・よかったよな・・。」


慌てて氷月がそう声を掛ける。 だけどそれは逆効果だった。

余計に涙が溢れて来て止まらなくなった。


「・・おく・・じょうから・・・なんで・・」


なんで・・・? 日芽の表情も氷月の言葉ももう分からなかった。

頭の中にあるのは



な ん で 僕 が 生 き て い る の か と 言 う 事



死ねなかった。 死ねば良かった。 僕は生きてちゃいけないのに。

その方があの子も幸せだった? みんなもそうなんだろ?



「・・・・・・・・・死ねなかった・・」



どうして屋上からとかよりも 何時学校にとかよりも

その事の方が自分にとっては大問題で

頭の中に出てくる言葉は『死ねなかった』だけだった。



僕の頭の中はその事でいっぱいで


日芽の泣き声が止まった事とか

由衣の泣き出しそうな顔だとか

氷月の強張った表情だとか


自分の頬を伝う生暖かい涙とか 全部分かんなくて



後悔してて 悔しくて 苦しくて 悲しくて 虚しくて

変な感情 ぐちゃぐちゃで どうしたら良いのか自分でも分かんなくて



ただ 泣いた。


今目の前に居る人 それに嬉しくて泣いたのか

自分がしななくて それに悲しくて泣いたのか 分からなかった




あれ・・可笑しいな、 今日は何か 何でも言っちゃいそうな気分だよ────


泣きついて 縋り付いて 全部話して 楽になりたい


戒めとか同情とか嘘とか もうどうでも良い


嘘でも偽りでも夢でも 誰かの優しさが 欲しいよ・・・




「ぅ・・っ・・ぅう・・っ・・」


やっと自分でも気付いた。 号泣してた。

ベッドの脇に立っていた氷月の服の端をギュッと掴んで声にならない声で呟いた。

氷月には届いたかなぁ・・・。聞こえたかなぁ。




「 助けて 」



抜け出したいような。

このまま此処に居たいような。 変な気分。


このまま此処でこの部屋に掻き消されても良いような 気がする。

それでもきっと 幸せ と呼べるのかもしれない。


ぼんやりと 眺めた天井は光を帯びて余計に真っ白に見えた。



「つきちゃん・・!」


急に耳に飛び込んできた聞き覚えのある声。

声の主を捜して顔だけを動かすと 白いカーテンの向こう側に人影を見つけた。


「日芽・・?」


声の主の名前を口にすると、白いカーテンが急に開いて口にした名前の人物が飛び込んできた。

喜びに満ち溢れた笑みで僕に笑いかける。


「つきちゃん・・良かった・・」


日芽は心底安心したようにそう呟くと、僕の寝ているベッドの脇にある椅子に座ってキュッと僕の片手を両手で握った。


「今はもう元気?」


「え・・・うん・・まぁ・・」


日芽の質問に戸惑いつつも答えた。

元気・・といえば元気でそうじゃないと言えばそうじゃないような変な感じだったから。


「そっか・・良かったぁ・・」


また日芽は安心したようにそう呟いた。

元気って言っといて良かった、と思った。


「つきちゃん・・・昨日何で此処に居るか・・聞いたよね?」


日芽は恐る恐る僕にそう聞いた。

此処に・・病院に何で居るのか。 昨日、そう・・言えば聞いた・・ような。

「屋上から落ちた」、そう誰かが言ってたような気がする。

僕はこくりと頷いた。


「御家族に電話したらね、妹さんが・・放って置いたらその内勝手に死ぬでしょ、って・・言ってたんだ・・」



わかってた事だ。



「そ・・っか・・」


「だから・・だからね・・!私がお世話するって言ったの・・!ほら、着替えとか・・大変、でしょ?だから・・あの・・迷惑・・だったかな・・」


日芽は終わりの方になると段々小さな声になって終いには黙り込んでしまった。

そして俯いた。その後にぐすぐすという泣き声が聞こえてくる。

僕は驚いて目を丸くした。慌てて重たい体を起こして日芽の顔を覗き込む。


「いたた・・っ・・ひ・・日芽・・?どうしたの・・っ?僕なんか・・痛っ・・ひ・・め・・・・泣かないでよっ・・日芽・・っ」


僕は身体に走る痛みを堪えながらもひっしで日芽に声を掛けた。

日芽は泣きながら顔を上げるとごしごしと急いで涙を拭った。


「ごめん・・ごめんね・・つきちゃん・・・・つきちゃんはこんなに頑張ってるのに・・どうして・・どうしてこんな・・」


日芽はまた泣き出したかと思うと次々に大粒の涙を零してそして今度は大声で泣き始めてしまった。もう自分でも手のつけようが無いくらい日芽が号泣しているので

僕はまた驚いたように固まった後に痛い身体を引きずって日芽を抱きしめた。


「・・・・ありがとう・・日芽・・」


僕の為に泣いてくれて、 この言葉は心の中で呟いた。




誰もが泣いた


僕の前で


みんな泣いた


僕の前で



「御前が殺したんだ」



みんないうんだ


僕を指差して


その真ん中に何時も『あの子』が居た。


自分の妹であるハズのあの子だ。


まだ小学生だった。


「おまえが おかあさんとおとうさんを ころしたんだ」



あの子は泣きながら そう言った。



「僕は駄目な人間で・・生きてちゃ駄目な人間なんだって・・」


ぽつり、ぽつりとつきちゃんは話し始めた。

私が泣き出しちゃって、その後に彼方君達が来てくれてやっと泣き止んだ後に

つきちゃんが話し始めてくれたんだ。 「ひとをころした」の理由を。


「妹はね・・成績優秀で何でも出来て僕より可愛くてとっても良い仔だったんだって・・。あはっ・・変でしょ?妹の事なのに、だった、なんて・・他人事みたいに・・・・・・でもね・・本当に『他人事』なんだよ・・僕とあの仔は血がつながってるだけで・・・・・・・・それ以外は何でも無いんだよ・・」


つきちゃんは、自嘲気味た笑みを零してそう言った。

私も彼方君も由衣ちゃんも何も言えなかった。


「口も聞いた事無くて・・親とも・・もちろん妹とも・・・。

妹も親も僕の事は家具の一部だとでも思ってたんじゃないのかな・・・・

それから・・僕が中学校に上がったばっかりの時・・。」





僕が何時も通り 学校から出て、家にも帰れずにふらふらと公園で遊んでたんだ。


そろそろ家に帰ろうと思って、ブランコから立ち上がって歩道に出た時。

右の方からお父さんとお母さんが走ってきたんだ。

僕に向かって走ってきてくれてるのかと思って・・とっても嬉しかったんだ。

左側に妹が居て・・二人は其処に行こうとしてたんだけどね。


僕は嬉しさで我を忘れていたのかな。

小さい頃からただ両親に認められたくてひっしに頑張ってきたからね。



『お母さんっ・・お父さんっ!!』


僕は無我夢中で二人に抱きついた。


二人は僕を引きはがそうとして藻掻いた。

僕は我を忘れていて離せなかった。気付かなかった。


二人は蹌踉けて 道路側に倒れたんだ。


『おとーさん・・っ!!!おかーっさんっ!!!!』


あの仔の 叫び声が聞こえた時。

同時にとても大きな音がした。



『僕が殺したんだ』


目を開けると其処は一面血の海でね。

青い車が赤く染まってたんだ。


『僕が殺したんだ』


頭の中にはその言葉しか出て来なかった。


『人殺し・・っ・・人殺しッ!!!!!!!!!』


あの仔が叫んだ。僕に向かって 泣きながら。

気付いた時には一面真っ黒な服を着た人で埋め尽くされた場所だった。

ひそひそとみんな僕の方を見ながら何か話してる。


『・・やねぇ・・まだあんなに・・ぃのに・・』


僕がやったんだ


『怖いわねぇ・・・まだ中学生・・しょ』


僕がころした


『妹さんはあんなに・・・・なのに・・』


僕がころしたんだ


僕が 『あんたが死ねば良かったのに』



途切れ途切れに聞こえてくる声は僕に対しての罵りの言葉だった。

でもそれさえも 真実だと 本当の事何だと 思ってた。


『僕がいけないんだ。僕は悪い仔なんだ。僕が 死ねば 良かったんだ。』


それから毎日呪文のように呟いてた。


『僕が殺したんだ。僕がお父さんとお母さんを 僕が 僕が 僕が』


誰も 違うよ、とは言ってくれなかったから

そうだ 御前が悪いんだ、周りの人はみんなそういうから

それが本当の事なのかな、そうだ。本当の事なんだ、そう思った。


悪いのは全部僕で

僕は駄目な人間で

あの仔とは違う。



『   消えちゃいたい   』



それすらも 贅沢に感じた。


『絶対許さないから』



そんな時 美優に出会った。


家にも学校にも何処にも居場所が無くなった僕は何時も人気の無い公園のブランコの上でぼーっとしていた。

頭の中では 『僕が悪い』この言葉だけが再生されて 何も考えられなかった。



『あなた何時も此処にいるね。何してるの?』


とても、可愛い人だと思った。

僕より背がちょっと高くて可愛いけど大人びた顔をしていた。

僕の前にしゃがみ込んで俯いてた僕の顔を覗き込んでその人がそう言った。


光が 見えた気がした。


『私、美優!よろしくねっ!』


にっこりと優しく微笑むと僕の手を取ってそう言った。


誰かが 僕に向けた笑顔。


最初で最後だったのかもしれないね。



それから僕の居場所は

美優の居る公園のブランコの上だった。


美優は何時も僕と遊んでくれた 沢山話をしてくれた

学校の事 家族の事 自分の事 ・・親友の、事。


何を聞いても良かった

美優の事ならなんでも知りたかった。




何時の間にか 僕は美優に 依存 していた。


大好きだ、って心から思った。



ずっと傍に居て欲しかった

どんなカタチでも


ずっと傍に居たかった



だけど それもそう長続きしなかった






美優には1人の親友が居た。


それは僕では無くて『香代』という女の子だった。





「香代・・?香代って・・まさか・・」


由衣が慌てて口を挟む。 僕は頷いた。


「そう・・香代・・嶋原香代・・だよ。」





『許さない・・私はアナタを絶対に許さないから・・!』



狂ったように泣き叫びながら 走り去っていく


僕から逃げていく 1人、また1人


近づいてきた人はみんな死んで、消えて、居なくなった。



気が付くと、 1人、だった。



僕は何時もその親友の事を聞かされていて、会いたいと思っていた。


『可愛くてね、頭も良くてね、すっごく優しくて良い子なの!』


美優がそう話していたから。


『月歌ともきっと仲良くなれるよ!』


美優が仲良くしてる子なら、きっとそうなんだろうと思った。

会ってみたかったんだ。



僕が初めてその親友と会った日。


高校に入った時だった。

美優とそれから…その親友と同じ高校で同じクラスだった。



『この子が私の親友の嶋原香代ちゃんですっ』


凄く美優が嬉しそうに話すから。


『よろしくね。空野さん。』


僕もつられて笑ったんだ。


『よ、よろしくっ・・!』


嬉しかったから。 こうやって友達の輪みたいなのが広がっていく。

知り合いが増えていく。


当たり前のことが僕には初めてだったから。


それから約一ヶ月。

僕は二人と仲良くなって、やっと『普通』になれたんだと思った。

何時か憧れた、普通の世界に僕は今居るんだ、と。


家に帰れば、あの子に色々言われるけど

それでも、学校に行けば二人に会えるから。

憂鬱だった学校があの頃は天国だった。



でもある日を栄え目に天国は地獄に成る。



親だった人達を 僕が殺した日。



それがあの日だった。


僕はひときわ落ち込んでいて、誰とも会いたくなくて

ぼんやりとしか見えてない視界で街の中を彷徨っていた。


その日は丁度学校が休みの日だった。

家ではあの子が泣き叫んでいるだろう。 居場所はもう何処にもない。


僕は生きてちゃいけない、


この日だけは、そう思ってしまう。


どんなに誰かが微笑みかけてくれても



『月歌………ッ!』



悲しみは突然やって来て


楽しさを奪って去っていく。



信号が赤だった。


僕には全部モノクロに見えた。


そもそも信号なんて見えなかった。



何も、見えなかったんだ。




『月歌………ッ!』



声が耳に届いた時はもう遅かった。


目の前には、何時かみたあの光景が広がっていた。




僕のモノクロの世界に色が付いた。


真っ赤な、世界。




大切だった人の 血で赤く染まった 真っ赤な世界だった。



『ひとごろし・・・・ひとごろし・・・・・!!!!!!!』



何時か聞いたような声が ずっと遠くで聞こえた。


僕は赤信号の時に、道路を歩いていたらしい。

僕は全然気が付かなくて…。

気付いた時には、僕を守ろうとして

道路に飛び出した美優の血で赤く染まった道路に座り込んでいた。



僕 の 所 為


僕 が 殺 し た



ひ と ご ろ し




その言葉達が頭の中を駆け巡った。


僕がいけないんだ、僕の所為なんだ、僕が殺したんだ。

僕がまた殺した、ひとごろし、ひとごろし・・ッ!!!!!!!!


誰かの声と自分の言葉がぐちゃぐちゃに成る。



美優はもう居ない。



病院に運ばれたが、すぐに し亡 が確認されたそうだ。



僕は暫く家から出られなくなった。

何時か誰かを殺した時みたいに。


『また、ころしたんだってね・・!!酷い奴!悪魔!御前なんか居なくなればいいんだッ!!!!!!!!』


毎日妹の罵声を浴びながら 僕は、自分を責め続けた。


でも、そんな時に香代が僕の家を尋ねてきた。


『空野さん。学校においでよ。みんな待ってるから』


学校が天国だった僕にとって、その言葉は救いだった。

僕は意を決して、学校に向かった。


どうして、ひとごろし、と叫んだ香代がこんな事を言ってくれるのか。


その時の僕には考える余裕も無かった。



僕は居場所が欲しかった。


まだ美優がいた頃みたいな。楽しい、時間が欲しかった。



「・・それで、のこのこ学校についてったら、苛められて今に至るってわけ。」


空野さんは、おかしな話でしょう、といったように冷たく、笑った。

あたし達は笑う所か言葉さえもかける事が出来なくなった。


「・・でも、ね。あの頃みたいに一人じゃなかった。」


空野さんはそう言って小さく笑った。


「日芽も彼方も目の端にいてくれたし、香代や由衣が何時も居て、僕を見てて、僕に話しかけて、僕を傷付けて・・それだけで僕はこの世界にちゃんと居るんだっ、てちゃんと生きてるんだっ、て思ってたんだ。だからそれでも良いかな、なんて」


「で、でも・・そんなのやっぱり良く、ないよ・・その所為で月ちゃん・・本当にしにかけたんでしょ・・?」


日芽が慌てて口を挟んだ。 空野さんはまた小さく笑うと、そうだね、と頷いた。



あたしが香代と出会ったのは、二年に上がってからだ。

一年の時も、本当は同じクラスだったんだけど・・・。


あたしは空野さんの苛めを知っていた。


香代は陰でこっそりと、空野を苛めていた。

大勢ではなく一人で。

あたしはそれを見てしまった。 一度ではなく何度も。

でもあたしはそれを止める事は出来なかった。


『これがイジメっていうんじゃない』


見て見ぬふりをするのが一番苛めなんだって事。 分かってたのに出来なかった。

こんな姉ちゃんをアンタは許してくれないだろ。

陽一だって本当は、そうなんだろ。 みんなみんな、あたしには甘い。


あたしが一番、あたしに甘い。


そして、あたしが一番 あたしを嫌ってる。



「ごめんなさい・・」


あたしは何故か謝った。 どうして謝るの?、空野さんがそう聞いた。

分からなかった。自分でも。

この言葉は、日芽にも彼方君にも空野さんにもあたしにも言える言葉だった。



あたしは、誰かを傷付けましたか?



「ね〜由衣ー!あんた最近ヤケに帰るの早くない?草原さんも彼方君もだしぃー・・。良く三人で帰ってるみたいだねぇ〜何でかなぁ」


何時ものような怖い笑み。 それで香代はあたしに話しかける。


「なんでも、ないよ。」


「ほんとぉー?親友同士隠し事は無し、って約束だからね〜?」


「うん。大丈夫、隠し事何てしてないよー」


誰が、親友だよ。

そんな事、思ってないくせに。 何が・・大丈夫、なの?


莫迦じゃん。 あたし。


「あ、あたし、今日用事有るんだった!帰るね!」


「そういえば、空野さん全然来てないね。」


あたしはその場に居られなくなって、鞄を持って廊下に出ようとした時だった。

香代の声色が変わった。低い、声だった。

あたしはその場から動けなくなってしまった。


「まさか会ったり何かしてないよね?由衣も空野さん嫌いだもんね?」


「う・・うん・・。そんな訳、ないじゃん。」


あたしは、駆け出した。


まさか、ばれてる? そんな訳・・


でももしかしたら? そういえば香代、こないだ先生と何か・・



『草原さんや、遠崎さんがおみまいに・・・』



あたしは、誰かを殺しましたか?



「ばれ・・てたんだ・・」


怖い、怖い怖い怖い。 急に恐怖が襲ってくる。



あれからあたし達は毎日空野さんの所に通っていた。

あたし一人の時も、日芽と二人の時も、色々だ。



今日はもう、空野さんの所にはいけない。

何処で香代が見ているか分からない。

何処で誰が、あたしの事を見ているのか・・。



あたしは走った。 恐くて怖くて。

後ろから何かが追ってきているような気がして。

立ち止まったら捕まってしまうような気がして。

ただひたすら走った。 走って逃げた。


御免。光汰。 姉ちゃんは、アンタの言った事、忘れてたよ。



気が付くと、あたしは墓地に来ていた。


「こーた・・。」


4年前にしんだ、 あたしの弟の墓が有る所だ。



まだ小学生だった光汰は、苛められていた。

理由は、あたし達は知らない。

昔から身体の弱かった光汰は病院に入院したり退院したりの繰り返しで

だけど学校が大好きで、退院すると同時に何時も楽しそうに友達と遊んでいた。


あたしも家族も知らなかった。光汰が苛められてるって事。


光汰は何時も笑った。 例え病院の中でも。

あたしはそんな光汰を 羨ましいと思った。



『ずるいよ』



あたしが中学校に入ったばっかりの時だった。

光汰は4年生。 部活とかをとても楽しみにしていた。


でもそんな事は出来ない、って自分でも分かってたんだと思う。

光汰はサッカーがやりたいと言った。

無理だと分かっていてもあたしはガンバレと笑う事しか出来なかった。



ねぇ、光汰。 あたしは駄目な姉ちゃんでしたか。


どれも当てはまる。

誰かを傷付けて殺して駄目な奴。



『姉ちゃんばっかりずるいよ。』


あたしはアンタが 羨ましかったんだ。



「・・・由衣・・?」


不意に自分の事を呼ぶ声が聞こえた。

こんな所に・・誰?

声のした方を振り返ると、陽一、が不思議そうにあたしを見ていた。


「よ、ようちゃん・・っ」


あたしは驚いてようちゃんを見上げた。

ようちゃんとは意外な所でばったりと会うなぁ、何て思った。


「こ、こんな所で、何してんの?」


良かった、今回は泣いて無くて。

こないだ会った時は、あたしは泣いてしまってたから。


一人だけ泣いて 莫迦みたいだっ、て後から後悔した。

辛いのは誰だってなのに。


「由衣こそ何してるんです?」


「え、あ、あたしは・・光汰の・・墓参りに・・」


本当は何時の間にか来てしまっていただけだけど。

そういえば、去年の命日以来・・来てなかったな。


「僕もそれと同じです。」


ようちゃんはにっこりと微笑むとそう言って、光汰の墓に近付いた。

そして手に持っていた花の束と墓に供えてあった枯れかけの花を取り替えていく。


「花・・ようちゃんが変えててくれたんだ」


命日にしか来ない弟ふこうなあたし達は、何時も供えてあるのが綺麗な花で

誰がこんな事、って不思議だったんだけど・・陽一だったんだね。



光汰、本当に来れなくて御免ね。

休みの日もずっと香代に、ってこんな言い訳しちゃ駄目だよね。



両親がまだ、共働きだった頃。

あたし達は近所に住んでいたようちゃんと良く遊んでいた。

光汰もようちゃんを「陽一兄ちゃん」と呼んで本当に兄のように慕っていた。

そしてようちゃんも光汰の事を弟と同じのような感じで遊んでくれたりした。

あたしはそんな二人が大好きで、何時も三人で遊んだ。



『 友達が、苛められてたんだ 』



入退院を繰り返していた光汰が、もう寝たきりになってしまった時。

ゆっくりとあたしに、光汰は話してくれた。


『 だから、その仔を庇ったら、僕まで苛められるようになってさ。 』


光汰は、それでもよかったんだ、と笑った。

ずっと友達で居られたからよかったんだ、って。 笑ったんだ。


でも、苛めはどんどんエスカレートしていったらしく

光汰は誰も救えないまま、この世から去った。



『姉ちゃんばっかりずるいよ。』


生きていれば、 誰かを救う事が出来るから。

友達でも そうじゃなくても


光汰は そう言った。


あたしは、 あんたが羨ましかった。


『ずるいのはどっちだよ、ばーか。』


言ったのは、光汰が居なくなってからだ。

自分だけ、良い人面しちゃって 居なくなるんだから。


あたしは あんたが羨ましかったんだよ。


素直にモノを言えて そうやって友達を守ろうとするあんたが



─────羨ましかった。



あたしは、 空野さんも日芽も救えなかった。


そして、 あんたもあんたの友達も あたしでさえも 救えない。



あたしは、 弱虫でしたか。



『あんたなんかだいっきらい。』


あたしが光汰に掛けた、最期の言葉だ。



光汰なんか大嫌いだ。


自分は綺麗なままでしんでいくんだから。


光汰なんか大嫌いだ。


何時も思うんだ、彼奴は狡い。 光汰ばっかり。


光汰、なんか・・



そうやって誰かの所為にしときたかっただけなんだ。


辛いのは誰でも。


光汰も陽一も・・辛いのに、 あたしだけ一人、誰かの所為にして・・



『姉ちゃんばっかりずるいよ。』



あぁ、ホントだね。

狡いのはあたしの方だね。


あたしは、卑怯だ。

弱虫で卑怯で狡くて・・・最低だ。



何年経っても、年を重ねるだけで


誰も、救えてないよ・・光汰・・。


「っ・・っ・・ッッ」


莫迦みたい、ほら、また泣いちゃってさ・・。

泣き止みたいのに、涙が止まらない。


「ぅっ・・・・ッ」


「ゆ、由衣?」


ようちゃんが慌てて近寄ってくる。そして優しく背中を撫でてくれる。

また迷惑かけてる・・ あたしはちっとも変わってない。

これじゃ一緒だよ、 昔と、一緒だよ。


「ようちゃ・・あたし・・・あっ・・たしっ・・・っ」


駄目だ、泣き止まなきゃ。 迷惑、掛けてる。

ようちゃん・・絶対呆れてる。また泣いて、って。

光汰だって、絶対・・


「うん?」


莫迦なのは何時もあたしの方だ。


ようちゃんは、そんな酷い奴じゃないんだ。

何時もちゃんと、こうやって笑いかけてくれるんだ。


なんだぁ、あたし、 まだ頼っても良いんだ─────



「・・・っ・・・・たすっ・・けて・・」



誰にも言わないって決めた。

もう迷惑かけないって。


香代に使われてる事も 何もかも

あたしとあたしだけの秘密にしよう、って。


だけどね、 そんなの 余計迷惑掛けるだけだって分かったんだ。

だってあたし、 やっぱりこんなに泣いちゃうからさ。


それで「何でもない」って やっぱり、助けを求めるよりもずっと迷惑だから。


ようちゃんも光汰も こんなあたしを見捨てるほど

酷い奴じゃない・・。


なんだぁ、あたし、一人で我慢して、 莫迦みたいだね・・。



「・・っ・・・・うっ・・・・っ」


「・・頑張ったね?」


ぎゅっ、とようちゃんはあたしを抱きしめてそう言ってくれた。


あぁ、あたし 幸せなんだなぁ…。

一人で泣いて莫迦みたいだ。


だってこんなに近くに慰めてくれる人が居るんだから。



光汰、 大好きだったよ。




「・・氷月・・一人・・・?」


いい加減見慣れた病室。 ベッドの隣に座ってるのは制服姿の氷月。

何時も一緒に来る、日芽と由衣が居ない。

・・僕、この人ふったんだよなぁ・・。


「由衣はさっさと帰っちゃったし、日芽は用事があるってさ」


こうやって氷月と落ち着いて一対一で話すのって初めて・・かも。

何時も僕は、目で追ってるだけだったし・・

話しかけてくれたらそれはそれで、・・避けちゃってたし。

嬉しいのかなんなのか分からない変な気持ち。


分かるのはただ、ドキドキするだけ。


「あの・・さ、・・こないだは御免な?急に変な事・・」


告白の事だろうか・・。


「別に・・気にしてないよ」


色々あって、ぐちゃぐちゃしてて・・良く、分からなかったけど・・。

今思えば、コレって、 両思い ってな事になるんだよね。


でも、僕に氷月は勿体なすぎるよ・・。


でも僕は最初に氷月に話しかけられた時に信じよう、って思ったんだ。

僕はこの人に依存するって分かってしまったから。

僕はあの日からずっと信じてた・・。


氷月が僕を裏切る事を。


見捨ててしまわれたなら、僕はきっともう誰も信じたいとは思わないだろう。

それで良かったんだ・・良かったのに僕は・・。


どうして拒絶してしまったんだろう

氷月を受け入れて、邪魔だと思われるまで依存してしまって

それで捨ててしまわれれば良かったのに


どうしてだろう それでも拒絶したのに

なんでまだ待ってるんだろう

氷月が笑いかけてくれるの、こうやってぼーっと眺めて待ってたりするんだろう



『桜、好き?』



入学式の時、最初に氷月と話した時以来、僕は氷月を目で追うようになった。


顔も中身も格好良いし優しいし莫迦だけど誰とでも仲良く出来て

・・羨ましかったのかな。

自分とは正反対の氷月が。 自分も、あんな風に素直に笑えたらな、って。


羨ましくて妬ましかった。

あの子と・・妹と同じように僕が欲しいモノを沢山持っているクセに

僕なんかとは住む世界も何もかも違うのに


僕なんかに優しくするんだ。 莫迦みたいに優しく笑いながら。



「元気でしたか?」


私の目の前には、今日私が変えた花とあげた線香とぴかぴかの石で出来たお墓。


「長い事来れなくて御免なさい・・友達が、入院しちゃっててお世話してたんです。」


私は何時も此処に来ると、こうやって話しかける。

本当は、アナタが生きていて目の前で沢山の感じた事や見た事を話したいのに。


「私もちゃんと友達が・・出来たんですよ・・お母さん・・。」


昔から引っ込み思案な私をお母さんは何時も優しく包み込んでくれた。

ちょっとずつ仲良くなっていけばいい、と微笑んで教えてくれた。

私の憧れで、私の全てだった。


「私、独り暮らしも頑張ってるんです、・・叔母さんに迷惑かけたくないから」


お母さんがしんでから、暫くお母さんのお姉さんの所に居候させて貰ったけど

今は叔母さんの支援で独り暮らしをしている。 丁度今の学校に入った時から。


お母さんが居てくれたら・・と思う時は今でもあります。

料理上手なお母さんに大きくなったら沢山料理を教えて貰うと約束したのに・・。

私は何一つ教えて貰ってないです。


でも、もううじうじしません。 お母さんの前で泣いたりしません。


「もう・・独りじゃありませんから」


例えお母さんが父に殺されたとしても。

その現場に私が居合わせていても

もう、 泣かない。



子どもみたいだって事くらい分かってるんだ。

こんなの彼奴が望んでなかった事くらい知ってる。


ただ、私が許せなかったんだ。

私は私が許せない。


だから誰かの所為にしてしまいたかった。

御前の所為だ、って罵って自分の正義を貫きたかった。


でも、無理だった。

私は自分がキライ、だから許す事が出来ない。


でも、彼奴も嫌いだから 許す事が出来ない。


・・・でも、 今日は、 謝ろうと思ったんだ。

こんな事ばっかりしてると、美優に・・叱られるから。



「・・・御免。二人にしてくれるかな。」


音も立てずに入ってきて、氷月の肩に触れそう言った。

氷月は驚いたような表情で、僕を一度見た後こくりと頷いて病室を出て行った。

僕は、どうしよう、と思ってたけど

何時もとは違うその人の顔を見て何となく大丈夫そうな気がした。

何が大丈夫そうなのかは自分でも良く分かんないんだけど。


「・・御免なさい・・空野さん・・」


深々と頭を下げると、泣き出しそうな消えそうな声でそう謝られた。

顔を上げた香代の瞳には涙が溜まっていた。


「本当は全部私が悪いんだ・・」


香代は僕と眼を合わせずに、斜め下の方を見て話し始めた。

何時ものような乱暴な口調だけど、冗談ではないようだ。


「・・私っ・・美優がしんだの信じられなくて・・ッ

私が止めれば良かったんだって・・ッ・・思った・・・空野がしねば良かったって・・ッ・・・・そしたら・・段々空野が悪いみたいになって・・私・・」


香代は我慢できずに泣き出してしまった。

何だか僕まで泣きそうになる。 そう、僕がしねば良かったんだ。


「でも・・でも・・良く分かんなかった・・美優がそうまでしてアンタを護りたいなら・・それで良いって、そう思ったけど・・信じたくない自分が居てッ・・

私の所為だって思いたくなかった・・だから・・あんたを苛めたんだ・・ッ・・だから・・」


香代はもう一度深々と頭を下げた。


「・・ごめんなさい・・」


何て言って良いか分からない。


いいえ?、ありがとう?、あなたは間違ってない?、分からない。


そう、香代は間違ってなんか無い。僕が悪いし、僕がしねば良かった。

でも美優がそうまでして僕を護ってくれた、それも香代の言う通り。

でも矛盾してる。 分からない。 どうしたら良いんだろう。


「僕・・こそ、ごめん・・」


自然と出て来た言葉がそれだった。

驚いたように香代が顔を上げて、僕を泣きはらした目で見ている。


「僕が・・しねば良かったんだよね・・。生きてちゃいけないんだ・・僕は」


そんな事、いうつもりじゃない。

でもそう言ってしまった。


『そんなマイナスな事言わないのっ』


不意に美優の言葉が蘇る。 そうなんだ、そうなんだけど・・



だって、本当の事だから



「でも・・私だって思えたんだ・・美優が居て彼方君が居て草原さんが居て、由衣が、居る・・あんたはそれだけ誰かに慕われてる・・・私には・・無い、事だから・・。」


香代がそう呟く。 僕は香代をジッと見つめた。

片手で眼を擦りながら香代も僕を見ていた。


「・・・香代も・・有るよ。美優がずっと言ってた。香代の事」


だから羨ましかったんだ。 香代の事が。

美優に自慢して貰える香代の事が。

羨ましくて、妬ましくて、でも仲良くなりたいと思った。

そう思った矢先だ、こんな関係になってしまったのは。


「私だって聞いてた・・・アンタのこと、ずっと、美優から」


「え・・?」


僕は驚いた。 聞いてた?どういう事?


「美優、あんたに逢わせたいってずっと言ってた・・。凄く良い子だって」


ずっと、思ってた。


誰かに自分の事を自慢して貰える事、

僕には有り得ない事。絶対に無い事。

そう、思ってた。

香代は良いな、香代は狡いな。

そう思ってた。


「なん・・だぁ・・」


一気に身体中の力が抜ける。 呆然と香代を見上げて、僕は俯く。

何だか力が抜けて涙が出てしまった。


狡いのは僕の方だ。



「・・なさい・・ごめんなさい・・」



ぽつりぽつりと僕は呟いていた。俯いたまま、香代に謝った。

香代は黙っている。でもきっと、何で謝るの?、という顔をしていたに違いない。


僕は心の中でずっと香代を恨んでいた。

自分は美優に自慢して貰えるクセに僕を苛めるんだ、って。

僕には無いモノを沢山持ってるクセに、って。

そう思ってたんだ。

そう思ってれば、自分ではなく他の誰かを恨んでられるから。

自分を恨む事は少なくなるから。


狡い、って。 自分の事を狡い、って思わずに済むから。



莫迦みたい、ほんっと、莫迦じゃん・・。



「・・貰ってたんだ・・・・」


そう呟くと、余計に涙が出て来てしまって何だか止まらなくなった。

香代は心配そうに僕の顔を覗き込んで、大丈夫?と呟く。

僕は小さく頷きながらもずっと、泣いていた。


想像以上に沢山の人と、僕は生きていたようだ。


何時もあんたの事思ってる人ばっかりで羨ましかったんだ、と香代は言った。

そして、ごめんなさい、とまた謝った。



小さい頃、僕の前で両親が妹しか自慢しないのは普通の事だと思ってた。

僕は「違う」から。 僕は「要らない」から。


当たり前だって思ってたんだ。


何時しかそれを恨むようになった。

そんな自分の感情は有ってはいけないって思った。

ひっしで打ち消そうとすると、有ってはいけないと思う感情が消えていった。


誰かを恨めば恨むほど、僕を恨む感情が少なくなる。

気付いたら誰も信じられなくなって誰もかれも恨むようになってしまった。


本当に嫌な奴、だ。


だけど僕は貰っていた。

ちゃんと、日芽からも美優からも彼方からも。


僕が欲しかったモノ、 ちゃんと・・・貰ってたのに。

知らなかった。 知らないフリ・・してたのかな。


ちゃんと一緒に居て、一緒に笑って、言葉を交わして・・

ちゃんとやってたのに・・。 当たり前の事だって思ってた。

一緒に居るのも笑うのも言葉を交わすのも、当たり前の事だ、って。


そんな事無いのに・・初めてだったのに・・

楽しい、って思う気持ちも・・全部・・


美優に教えて貰って

日芽や彼方とやった


楽しい時に笑うという事も 他愛の無い話をする事も


許されない事だと思ってたのに

気付いたら、当たり前にやってる自分が其処にいて


駄目だ、って思ってもやりたくて


そんなのは何処かに消えていて、家に帰った瞬間それも蘇って

やってきた事を忘れてたのかもしれない。



良く分かんないけど・・ともかく僕は ちゃんと貰ってたんだ・・。


・・結局僕は護られてたんだ。




「・・・っごめんなさい」




伝えたかった言葉はもっと違うものだった。

でもこの時はとてもじゃないけど言葉には出来なくて

こんな風にぐちゃぐちゃになって言うのも何か勿体ないと思ったから。


もっとちゃんと、強くなって 微笑みながら言えるようになるまで・・

僕は取って置こうと思った。



「・・・もう一回私と、友達の友達からやり直して・・くれる?」


香代が恐る恐るそう聞いてくる。

僕が何とか泣き止んだ時だった。


答えはもう、出ていた。


「・・当たり前・・だよ?」



何が僕らを狂わせたのか

何が悪いのか 僕が悪いのか


今はまだ・・良く、分かんないや で終わらせるけど

何時か答えが分かったら・・


怖くていけなかった美優の墓前に手をあわせに行くから

今はまだ、答えは出てないけど・・ね。


まな板と包丁が触れ合う音が嫌いだった。


子どもが母親を呼ぶ声が嫌いだった。



トントン、とまな板と包丁が触れ合う音が台所に響く。

手元には豆腐。これは今朝の朝ご飯の味噌汁に入れる予定の豆腐だ。


「おかーさーんっ!」


其処へ自分を呼ぶ少女の声。

振り返ると、赤い飾りの付いた髪ゴムを持って幼稚園の制服を着ている

自分の子どもが立っていた。


「どーしたの?美優。」


豆腐を切りながら顔だけ美優、という自分の子どもに向ける。

美優は髪ゴムを差し出すと


「髪むすべないのー」


・・と困ったように言った。 所が自分は今豆腐を切っていて手が離せない。


「それは彼方にやってもらって、僕今手が離せないから。」


「わかったぁー」


美優はそういうと、パパー、と叫びながらリビングへと消えていった。



何が僕らを元に戻したのか


こんな風に僕が一番嫌いだったものを今僕が作っているのか


まだ、良く解っていない。


だけど美優の墓前には毎年、お盆と命日に手を合わせに行く。


彼方と美優と それから日芽や香代・・ それと、僕で。



誰よりも君に 守られていた僕で・・



       ...............end

苛めにあっている月歌、

月歌の友達の日芽、

月歌を苛めている香代、

日芽の友達で月歌を苛めている由衣、

月歌を好きな彼方、

香代と月歌の親友の美優、

みんなそれぞれの想いがあってそれぞれの言い分が有ります。私はそういう話が書きたくて何ヶ月も掛けてこの話を書かせて頂きました。

此処まで読んで下さった方、有り難う御座いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ