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(1) ミギハシ誕生 <前編>

・・・

 

 デスシムのサービス開始から…約2か月。


 既に大半のプレイヤーが【死】という絶対的な判定を受けてログアウトしている。


 生き残っているプレイヤーの中で、その頂点に登りつめんと精進を重ねる一人のPC


 後のTOP19ランキング第1位。


 これは、彼がまだ中級プレイヤーだった頃のエピソード…


・・・

・・・


 樹木の生い茂った場所だった。

 いや。ただの樹木ではないだろう。だって、こんなにもギッシリと葉を繁らせているばかりか、縦横に走る蔓のようなものが、僅かな隙間でさえも縫い隠すように幹や枝に巻き付き、或いは葉と葉の間を編み上げるかのように渡って完全に視界を遮っているんだから。


 そんな密集した樹木。人の入り込む余地などない密林…なのかと言えば、そうではなかった。

 樹木の幹と幹の間には、まるで通路のような空間が存在し…いや、実際に通路としか言えないように奥へと続いているようだ。

 まるで…人を、その奥へと誘い込み、拐かそうとでもするかのような…


 源霊げんれい…こと、ディ・源霊・アモンは、1時間ほど前からその樹木に覆われた空間を、奥へ奥へと進んでいた。

 空を完全に遮る樹木。その割には何故か明るいその空間は、明らかに人為的に用意された空間…通路だった。


 そう。これは、間違いなくダンジョンなのだろう。

 源霊は、いつもするように「環境警戒レベル」を+1だけ引き上げる。

 最高レベルに引き上げるようなことはしない。それは油断と紙一重に繋がるから。

 自分の視覚と聴覚、嗅覚と皮膚感覚も含め…あらゆる感覚を研ぎ澄ます。


・・・


 それが源霊のスタイルであり、源霊を様々なシムタブ型MMORPGのトッププレイヤーとして君臨させている強さの一端だった。


 源霊は、基本的に他者を信じない。

 いや。全く信じないということではないが、全面的に信じるということは決してしない。

 人から与えられた情報というものは、正しいこともあるが、その多くは誤解や願望、無責任な妄想、無邪気な誇張などによって真の姿を歪めているものだ。

 ましてやライバルたちと駆け引きし、競い合い、戦い合うシムタブ型MMORPGでは、他者からもたされた情報は往々にして欺瞞ぎまんに満ちあふれているものなのだ。


 傍目には、スタスタと無防備に歩いているように見える源霊。

 だが、次の一歩を踏み出そうとした瞬間、源霊は不意に動きを止める。

 次の一歩が踏むはずだった地面を見据えたまま、源霊は右手を通路の壁となっている樹木の細い枝へと伸ばし…その枝をへし折る。

 そして、その枝を見据えている地面の上へと突き立て…


 「は。やはり…ただの森の中の通路…というわけでは無かったようですね」


 突き立てたはずの枝は、まるで空中で手を離した時と同じように一瞬でどこかに落下していった…と思われるのだが、視覚には地面の中に吸い込まれていったように映る。

 間違いない。落とし穴がある。

 穴があるようには見えないが、そこへ一歩を踏み出していたら確実に源霊自身も落下していただろう。


・・・


 どのぐらいの深さがある穴なのか分からないし、穴の底に悪意に満ちた罠が仕掛けてあるかどうかも分からない。だが、どんなに浅く小さな落とし穴でも、それと知らずに足を踏み出していれば、少なくとも転倒し、足を挫くなどのダメージは避けられない。


 この落とし穴は、クソゲーと名高いクラウド形MMORPG…あの「いつか、どこかで、落とし穴」のような絶対不可避の落とし穴でこそ無かったが、最高レベルに引き上げた「環境警戒レベル」にも感知されない隠蔽属性を持っており、どれだけ目を凝らしても他の部分との見分けは付かない厄介な落とし穴だ。


 それほど見事に偽装されたトラップ=落とし穴に、何故、源霊は気が付いたのか?


 恐らくは「簡易結界防御モード」を起動していても、落下や転倒ダメージを回避できないような仕掛けもされているのだろう。

 視覚や聴覚、嗅覚…など、あらゆるセンサーにも反応しない…この罠。しかし、この落とし穴を仕掛けた者の持つ「悪意」の残滓のようなものを、張りつめられた源霊の第6感は確かに感知したのだった。


 いや。説明できない感覚を、何でもかんでも「第6感」と表現するのは些か安易に過ぎるだろうか?

 強いて言うならば、この落とし穴を設置した「悪意」ある悪戯者が、源霊が落ちる所をほくそ笑みながら隠れ見ていた…その期待に満ちた視線?…それを肌に感じたということになるのかもしれない。

 その「悪意」持つ観察者の名は…恐らく…クリエイター。


・・・ ・・・ ・・・

 

 約1時間前


 とある酒場の片隅


・・・ ・・・ ・・・

 

 「…俺が、システム側の担当者に…ですか?」


 源霊は、あまりにも予想外の誘いに驚いて、目の前の妙に偉そうな男に聞き返した。


 男は、自らの唇に立てた人差し指を当て、ジェスチャーで源霊に声を潜めるように指示してきた。昼間とは言え、酒場の中には他のプレイヤーもいる。

 そのくせ、自分はそれほど声を潜めることなく男は源霊の問いに答える。


 「あぁ。君は、なかなかに優秀だってジウの奴が言っていたからな。もし、よかったら我々の仕事を手伝ってくれないか?」


 源霊の目の前の男は名を名乗ろうとはしなかったが、その話の内容からすれば、この男も当然にシステム側のPCであろうことが窺えた。

 ただし、いつも源霊のところへシステム側からの通知を伝達に来るジウのような「システム側の担当者」という下っ端な位置づけではなく、おそらくはそれ以上の権限を持つ者であるようだ。

 そうでなければ、わざわざこの男が源霊の目の前に現れる必要がなく、いつものようにジウがスカウトに来れば良いだけだ。

 ジウではなくこの男が来たということは、つまり一般プレイヤーをシステム側の担当者として採用する権限はジウには無く、この男にはそれが有る…ということを意味する。


 「…ちょっと待って下さい。システム側の担当者というのは、このゲームの運営会社の社員が、その職務として行うものなんじゃないですか?…普通は」


・・・

 

 源霊が極めて常識的な反応を返すのを、その男は面白そうにニヤニヤと笑って聞く。


 「普通?…普通ってのは何かね?…システム側のPCという存在は、普通は他のMMORPGには無いものだと…私は聞いているんだが?…源霊君は、他にもこの仕様を採用している世界を知っているということかね?」

 「…いえ。ジウや貴方のような、非常識な話し方をするような…システム側のPCは…もちろん他のどのMMORPGにも存在しませんが。でも、運営会社の社員が操るNPCが、苦情の窓口やインフォメーション・センターで簡単なヘルプ・デスクを務めているようなタイプなら…幾つかあると思いますが」

 「そう。NPCだ。それも、かなり通り一辺倒の事しか言えない粗悪なNPC。プレイヤーには一人ひとりに異なる事情があるし、性格や好き嫌いの感情だって様々なのに…他のMMORPGのNPCは、絶対的公平性をその思考コアに組み込まれたAI(人工知能)やVM(仮想人格)によって極めて面白みの無い応対しかしてこない」

 「…面白み…。いや、普通…でしょう?それが」


 源霊の生真面目なツッコミを、その男は非常に大げさな表情で受け止める。

 この男自身が、何か別のMMORPGでガッカリするような体験でもしたのか、とても嫌そうな顔で…極めて感情的に語り出す。


 「AIやVMなら仕方がないが、君の言うように運営会社の社員がちゃんと操作しているタイプのNPCもいる。だが、奴らも会社から命じられた絶対的公平性の…というより自分で考える権限をあたえられていない、若しくは、その能力がない…ために、こっちの事情や気持ちなんて全くお構いなしで血も涙もない。嫌になるよ。全く…」


・・・

 

 君だって嫌になるハズだ…いや、ならなきゃおかしい…ぐらいの勢いで、その男が同意を求めてくるから、仕方なく源霊は頷いた。


 「ってことで、これまで他の数多くのMMORPGで、トップ・プレイヤーとして色々な経験をしてきた源霊君になら、人間味のある良いシステム側の担当者になれると思うんだが…どうかな?」

 「…どうかな…と言われても…」


 ディ・源霊・アモンは、メジャーなタイトルである「炎の騎士国物語」や「リフュージョン」というMMORPGにおいて、常にトップ・グループの頂点として君臨するプレイヤーだ。

 それらのメジャー・タイトルも含めて、ほとんどのゲームでトップに君臨している源霊は、その状態を維持するための努力は惜しまないものの…弱い者虐めの趣味がない彼にとって、それらのタイトルが既に新鮮味を失いつつあることは事実だった。


 源霊が「デスシム」などというある種怪しげなMMORPGにサインインしてしまったのは、それを無意識に自覚し刺激を求めてしまったということになるのだろう。

 一度ログインしたらゲーム内での【死】を迎えるまでログアウトできないなどと言う、リアルの時間的リソースを著しく浪費する可能性がある「デスシム」。

 ログインの累計時間が、イコールPCの強さになるような各メジャー・タイトルで、トップに君臨し続けようと思えば、それは間違いなく不利に働くにも関わらず、源霊が今ここで男と話していること自体が、他のゲーム・タイトルに何らかの不満や物足りなさを抱いているという証拠であった。


・・・ ・・・ ・・・

 

 樹木のダンジョン


 歩き続ける源霊


・・・ ・・・ ・・・

 

 「何が、俺の安全は保証する…ですか。まったく、一瞬の油断が命取りなトラップばかりじゃないですか…」


 頭上から不意打ちで襲いかかってきた猿の姿をしたモンスターの一団を、一瞬にして愛剣の露と化して消滅させた源霊は、どこからか観察しているはずのクリエイターに向けて不満をぶつけた。

 しかし、含み笑いでもするような悪意の揺らぎは感じるものの、当然の如くクリエイターからの応えが返ることはない。


 全く前触れのない、瞬間転移でもしてきたかのように繰り返されるモンスターの襲撃を、源霊はもう何度も撃退し続けている。

 普通ならもうとっくの昔にHPを全て削り取られて、システム的な【死】の判定を受けて当然なほどのアタックを、源霊は平然と退けていた。


 しかし、外見的にそのように見えるだけで、実際のところ源霊の張りつめ続けている精神は、既にかなりの消耗を強いられている。「注意力」や「集中力」といったステータス値が軒並みオレンジ・ゾーンにまで低下していることが、その証拠だ。


 全く前触れは無い…そう表現するしかないほどの不意打ちの襲撃。

 それをノーダメージで撃退するには、相当の反射神経を必要とするが、それだけでは対応できない。

 源霊は、「悪意」という…このゲームの仕様上では明確に規定されていない他人の心の残滓を…数値で表現できない圧力として感じられる希有な能力を持っていた。


・・・

 

 そのような能力は、本来このゲームの仕様上で各PCに用意されたものには無いはずであり、源霊自身は自覚していないが、それは「心」という未だ未解明の思念システムがゲームの仕様を越えて機能しているということにほかならなかった。


 (そうでなくてはね。さあ…そろそろ、君の限界を見せてくれ…)


 聴覚センサーではない。しかし、気のせいとは思えないほどの明確な意志が、源霊の思念で言語化されて反響する。

 次の瞬間。


 まだまだ奥へと続いていたハズの樹木の通路が不意に形を変え、まるで闘技場のような空間が生み出される。

 そして、身構える源霊の前に…それは現れた。


 巨体…では無い。鋭い爪や牙を持つワケでもない。

 むしろ、小柄とも言える人間タイプのフォルムに、これだけはモンスターだということを強烈に印象づける細長く鋭い2本の角。

 何よりも印象的なのは、その陰りを纏って淀んだ…暗い瞳。


 【偽神暗鬼ぎしんあんき


 このデスシムというゲームにおいて、【天の邪鬼あまのじゃく】と並び難攻不落と噂されるモンスターの登場だった。


・・・ ・・・ ・・・

 

 再び、約1時間前


 とある酒場の片隅


・・・ ・・・ ・・・

 

 「…でも、何で俺なんです?」

 「ふむ。たった今、『ジウが君を優秀だと推薦した』と…そう理由を説明したばかりだが?」

 「いや。そうじゃなくて…単に優秀というだけなら他にもいるでしょう。例えば、既に全エリアの50%強を自分の領土としたという噂のジュピテルだとか、正体不明の黒い『軍団』?を操るフライ・ブブ・ベルゼに、あのベリアルとかいう妙に礼儀正しい奴も案外曲者だという評判ですし…」

 「ほう。さすがだね。源霊君は。ちゃんと自分のライバルになり得る実力の持ち主のことをしっかりとチェックしているようだ」

 「俺は、どちらかと言えばマイナーです。ジュピテルやブブたちのような、ある程度、他のプレイヤーから知られている奴らの方が、システム側の担当には向いているんじゃないでしょうか?」

 「いや。ジュピテル君は領土獲得に夢中だし、そこまでプレイヤーとして有名になってしまった彼を、いまさらシステム側の担当にはできないよ。最低限の公平性は保たねばならないからね。彼の都合の良いようにやられては困る」

 「では、ブブやベリアルは?」

 「ブブ君は…扱いづらい。会話や行動が奇抜で、意思の疎通が困難だ。そんな彼に務まると思うかい?…まあ…ベリアル君なら務まるかもしれないがね。君が一人では不安だというのなら、君の推薦があったということでベリアル君もスカウトしてみようか?」

 「別に俺の推薦だなどと言う必要はありませんが…ベリアル…奴は、そういう地位や名誉の匂いがするポジションを喜ぶと思います。定員に余裕があるならスカウトしてやって下さい。…俺は…別に今のままで構いませんから」


 ベリアルとどのような関係にあるのか、源霊はベリアルのために頭を下げた。


・・・

 

 「ふははは。君のそういう心の有り様が、システム側の担当に向いている…そう私は思うんだがね。ベリアル君は…さて…どうだろうな。…と、私が無粋な心理分析を披露しなくても、クレバーな源霊君には、ベリアル君の本質など…お見通しかな?」

 「奴は…。いえ。俺に、他人をどうこう言えるような資格はありませんから…」


 源霊の返事を、その男は唇の左端だけを持ち上げてニヤッと笑いながら受け取る。

 何やかんやと会話を続けながらも、源霊は今のところ明確な拒絶の言葉を吐いていない。

 それはつまり、源霊がシステム側の担当への誘いを受ける意志がある…その男はそう解釈して源霊に右手を差し出した。


 「まぁ、そういうことで、よろしく頼むよ。我々も人手不足なんでね」

 「…?…握手…ですか?…古風な契約の形式を好むんですね…」

 「握手?…あぁ…これか。まぁ…そういうことだ。理解しているのなら、早く君も手を差し出してくれないか」

 「…その前に。もう一つ、質問をさせてもらってもいいですか?」

 「ふむ。噂に違わず慎重な男だな、君は。いいだろう。最終的に私と手を結んでくれるなら、一つと言わず、幾つでも質問に応えようじゃないか」


 自分は信頼関係の構築に労を惜しまないよ…そう言わんとするかのように、その男は両手を大きく広げてみせて自分の懐の深さをアピールする。

 源霊は、その大げさで芝居がかった仕草を無感動に眺めてからおもむろに質問を始めた。


・・・

 

 「では。お言葉に甘えて、一つと言いましたが複数の質問を。まず。…最低限の礼儀として…そちらの名前を名乗ってもらえませんか?…呼び名すら知らない相手を無条件に信用できるほど、俺は大物じゃありません」

 「おや?…名乗らなければ駄目かい?…私はスカウト担当なんでね、以後はもう会うこともないんだが…。そういえば、ブブ君にも先に名を名乗れと叱られたっけな。…ふむ。…まぁ…いいか。君はなかなか楽しませてくれそうだ。名乗っても良いが、名乗る以上は、今後も関わらせてもらうけど…覚悟は良いかね?」


 単に名を尋ねただけなのに…どうして覚悟を求められなければならないのだろうか?源霊は、全くこの男の思考パターンが読めずに少しだけイライラした。

 そのイライラが表情に出たのだろうか、その男は慌てて付け加える。


 「いや。自分では自覚がないんだが…私は、どうやら周りの者から『面倒臭い』と思われているらしいんだよ。ジウが教えてくれたんだがね。スカウトの権限は私にしかないから、今日は私が君の前に現れたが…ジウはずいぶん心配していたなぁ…源霊君が途中で怒り出さないか…と…」

 「…その話には説得力があります。自覚していないなら、俺からも指摘しましょう。少々…いや…かなり『ウザい』です」

 「あっはははははっはぁ~!…いや。君もハッキリとモノを言うね。案外、ジウと気が合うかもな。さて。君が覚悟を決めてくれたところで…さて、どう名乗ろう?…さすがに本名は…まずいしな」


・・・

 

 源霊は別に覚悟など決めていないのだが、男は勝手に一人でぶつぶつとなにやら呟いて考えている。どうやら…自分の呼称をどうするか…それを今、考えているらしい。


 「…ふ、普段、ジウたちから呼ばれている普通の呼称は無いのですか?」

 「ん~。そうだね。まだ、この体を得てから、それほど人前に出てないのでね。スカウト担当…と言えば私しかいないし…名を決める必要も特に無かったんだよ。…あ。そうだ。うん。これが良い。これにしよう」

 「…呼称が無かったなら、別に名乗ってもらわなくても結構ですが…」

 「まぁ、そう言わずに。我が呼称の誕生の場に居合わせるとは…君も運がよい。長い付き合いになりそうだな。よろしく。頼むよ。では、改めて…うぉほん。初めまして。クリエイターです」

 「………クリエイター?…それは…固有名では無く…職種名では?」


 このデスシムというゲームは、源霊がこれまで体験したどのシムタブ型MMORPGよりも精緻な世界描写がされている。正直、源霊には、PCが現実の人間には無い能力を兼ね備えている…という点以外に、現実との違いを見つけられないほどに。

 これほどの規模の世界を、これだけのレベルで再現するには、さぞ多くのゲーム・クリエイターが制作に携わっていることだろう。

 目の前のこの男が、そのうちの一人だという可能性は高いが…


 「いや。この世界で、クリエイターを名乗れるのは私一人しかいないから」

 「…先ほどは…唯一のスカウト担当者だとも…言いましたが?」


・・・

 

 「あぁ。それも正しい。だが、『スカウター』なんて名前だと、古文書にどこかの星からやってきた戦闘種族が付けていたと記されている眼鏡みたいだろ?」

 「………これほどのシステムで、クリエイターを名乗れる者が…一人しかいないというのは、本当なんですか?」

 「あらら。スカウターについてはスルーかい?…まぁ、いいや。そうだ。私一人がクリエイター。『天上天下唯我独クリエイター』…それが何か?」


 源霊は、この男に名を尋ねたことを少し後悔し始めていた。

 たかが、名を問うただけで…どうしてこれほど話が長くなってしまうのか?


 「いえ…名については、もう…結構です。では、クリエイター…」

 「はい!!」

 「…な、何ですか!?…きゅ、急に大きな声を出して」

 「いや。いいね。いいね。良いもんだね。名を呼ばれるというのは、良いものだ。今のが、そうだよ。ほら、君はこの世界で初めて私の名を呼んだんだぞ?…今日は私たち二人の記念日だな。忘れないでくれたまえよ」


 できることなら、今すぐ忘れたい。

 源霊は、心からそう思ったものの…話が長くなるばかりなので無反応。

 クリエイターのテンションが収まったのを見計らって、次の問をする。


 「…アスタロトの奴は?…やはり、スカウトするんですか?」

 「ん?…その呼称が『真の名』に含まれるプレイヤーは…登録されていないが?」


・・・

 

 「…そうですか。まぁ。奴のサインインが遅いのは…いつものことですが。それに、このような…如何にも怪しげなゲーム…。俺以上に慎重な奴のことですから…そもそもサインインして来ないかもしれませんね…」

 「ふぅうん…。君が、そんな風に評価するプレイヤーがいるのか。それは、是非、会ってみたいものだな…。じゃ、ここへ来るように…仕組んでおこうかな…君と同じように…暗示にかけ…」

 「?…暗示…?」

 「あ。いや。こっちのこと…ほぃっ!」


      【ぱちんっ!】


 突然、源霊の目の前に、クリエイターは右手の親指と中指を差しだし、弾くようにして音を鳴らす。


 「…では、名前のことはもう良いです。クリエイター。2番目の質問ですが、そのスカウトに応じた場合の…俺のメリットとデメリットは?」


 源霊は、気づかない。

 自分が既に2番目の質問…アスタロトに関して…をし終えていることに。


 クリエイターと名乗るその男がどんな方法を使ったのか、ほんの一瞬前のやりとりがまるで何も無かったかのように、源霊は本来3問目となるはずの「新たな」2番目の質問を投げかける。


・・・

 

 「デメリット…ねぇ…。何かあるかな?…まぁ…メリットもあると言えばあるが…受け止め方は、人によりけり…だからねぇ」

 「…何ですか…それは?…俺は別に無償の愛をモットーにしているワケでも、ボランティアを趣味にしているワケでもありませんよ?…プレイヤーとしての自由な立場を捨ててまでして、何も得られるモノがないなどと…」

 「でも…退屈なんだろ?」

 「え…?」


 曖昧なクリエイターの言葉に、抗議の言葉をまくし立てようとする源霊。

 しかし、それを短い一言で遮って、クリエイターはニヤリと笑う。


 「そうだな。メリットが無い…というのは少々、失礼だったようだ。素直に詫びよう。だが、君は…報酬としてはした額のCPをウォレットにチャージされたって喜ばない。ボーナスとして他では得られないような経験値を特別に与えると言ったら…むしろ逆に迷惑がるだろう?…君はそういう男だと聞いている」


 図星だった。源霊は、はした額…どころか莫大な額のCPでも受け取らない。経験値のボーナスを得ようと思わないのと同じ理由で。

 だってそうだろう。この世界を何だと思っているんだ?…シムタブ型だとかMMOだとかの冠言葉はついているものの、これはRPGロールプレイングゲームだ。

 自分の力と知恵、努力とその結果招き寄せた幸運によって得られるCPや経験値こそが価値を持っているのであって、チートな技や誰かのコネに頼って楽して得たそれらに何の価値があるだろうか…というのが、源霊の価値観だ。


・・・

 

 もし、経験値やらCPのボーナスをメリットだ…などと言われたら、その段階でこの話はキッパリと断っていたかもしれない。


 「君が最も忌むべきは『退屈』だ。予定調和だ。ワンパターンだ。想定の範囲内…というヤツだ。無数とも言えるRPGを極め尽くした君は、既に『リフュージョン』や『炎の騎士国物語』などの高評価なメジャー・タイトルにすら退屈を覚え始めている」

 「…知ったような口振りですね」

 「でも、その通りだろ?…そうでなければ、このデスシムなどという怪しげなMMORPGにサインインしたりはしないハズだ。あ。【Death Simulator】とちゃんと発音しないと…ジウに怒られてしまうな。君は、その辺、こだわるかね?」


 いちいち…どうでも良い話を混ぜ込んでくるクリエイター。

 源霊は、鬱陶しげな表情を隠そうともせず、冷たくクリエイターをあしらう。


 「デスシム…で結構です。つまりは、『退屈をさせない』…それが俺への報酬だ…と言いたいんですね?」

 「そう受け止めてくれてかまわんよ」

 「信じ難いですね。役割の定められているシステム側の担当者などをやって、どうして俺が退屈せずにいられると?…ジウを見ていればある程度想像がつきますが、奴が今の俺より楽しんでいるようには思えませんが…」

 「ふぅうん。そうかい。…そんな言葉が出るようじゃ、ジウからの評価は高かったようだが…君は、まだまだジウの足下にも及ばないレベルのようだな」

 「…何?」


・・・ ・・・ ・・・

 

 樹木のダンジョン


 …その深奥の闘技場のような空間にて


 源霊 VS 【偽神暗鬼】


・・・ ・・・ ・・・

 

 噂には聞いていたが…厄介な相手だった。

 攻撃の予測は比較的容易なため、今のところ大きなダメージは負わずに済んでいるが、如何せん一発の攻撃の威力が大きすぎる。


 (来る!)


 【偽神暗鬼】がピクリと体を揺すった…その微かな兆しを読んで源霊は防御魔法を素早く展開する。

 呪文を詠唱している暇など無いから、法具か手印かのいずれかの選択肢しか無いが、源霊は迷わず手印魔法を発動する。淀みない手と指の動きで、同時に3つの防御魔法を重ねがけして効果を上乗せする。

 基本となるのは、やはり【円環サークル】と【一線ライン】だ。少ない動作で、必要最小限の防御が完成する。だが、それだけでは【偽神暗鬼】の強力な攻撃を弾くことはできない。

 だからといって、【六芒陣りくぼうじん】やそれ以上の芒星魔術を起動しているほどの余裕はない。そこで、源霊は【四元エレメント】を選択した。


 【四元】の意味は「強化。増幅。変化」。転移魔法などの基礎としても組み込まれているが、この場合は【円環】と【一線】の防御力を増強するように働いた。本来ならば【四元】の起動自体も、一瞬で行えるような簡単なものではないが、人知れぬ修練を繰り返した源霊だけがそれを実現可能としているのだ。


     【グヴェシッ!!!】


・・・

 

 【偽神暗鬼】の放った攻撃の力場が、【四元】で増強された【円環】の力場と衝突して耳障りな轟音を立てる。


 これだけの衝撃を叩き込んでいながら、【偽神暗鬼】自体は大きな動きを何一つとっていない。先ほどの微かな身じろぎだけで、目に見えない衝撃の力場が源霊に向かって叩き込まれたのだ。


 (ちっ!…反撃する隙がない)


 源霊は舌打ちしながら、次の攻撃に備える。

 相手が低レベルか、そうでなくても強さの上限を知っているモンスターであるなら、この次の攻撃までの合間に、当然それに見合った強度の芒星魔術による防御を展開するところだが…源霊はそれをしない。いや。出来なかった。


 【六芒陣】を始めとする防御系の芒星魔術は、その防御効果は絶大だし持続時間も比較的長い…が、その反面、MPを相当量消費するし、一度発動してしまえば相手の攻撃の威力に応じて強弱を調整することもできない。未知の相手に使う場合には、無駄にMPを消費させられるかも知れないというリスクがあるのだ。

 相手が獰猛で猪突猛進タイプのモンスターであれば、ひたすら強い攻撃を放って来るだろうから芒星魔術にMPを投資する価値もあるが、【偽神暗鬼】や【天の邪鬼】のような…いわゆるインテリジェント・タイプの…モンスターの場合、こちらが強力な防御魔法を展開すると…途端に攻撃の手を緩めたり、全く攻撃してこなくなって防御魔法の時間切れを狙ってくるというイヤらしい手を使ってくる。


・・・

 

 ならば、その隙に大きな攻撃をぶつけてやれば…と思うだろうが、防御力の高い芒星魔術を展開した状態で、同時に強力な攻撃魔法を放ったり、物理的な攻撃を行うことは難しいのだ。

 無理ではないのだが、攻撃に魔力を注ぎ込めば、防御の為に集中した魔力の維持が疎かになり、最悪の場合は攻撃魔法の起動が完了する前に防御魔法が消滅してしまい、無防備な姿を的に晒すことになる。物理攻撃の場合も、間合いを詰めようとしても、自らの防御魔法が斥力の様に作用してしまうから、よほどの遠距離攻撃武器でも手にしていなければ深いダメージを与えることは難しい。


 【偽神暗鬼】は、戦いにおける駆け引きという意味では、あの【天の邪鬼】以上に厄介な相手だと聞く。始めて対戦する源霊は、その噂を前面的に信用してはいなかったが…実際に戦いを始めてみて、それが事実だと痛感した。


 (こちらが…やられたら嫌だな…と思うようなところを…的確に突いてくる)


 【天の邪鬼】もこちらの思考を読むらしいが、【偽神暗鬼】も間違いなくこちらの思考を読んでいるに違い無い。

 源霊が様子見をしているうちは、まるで馬鹿にしたかのようにリラックスした姿勢で観察の目を向けるだけだが、源霊が攻撃の意志を持ったとたん…その先手を打って強烈な攻撃を叩き込んでくるのだから。それも、源霊が攻撃を行った場合にできる隙となる位置を的確に狙って。

 源霊は、当然、自分が行おうとしている攻撃の後に、自分の体勢からどこに隙ができるかは承知しているから辛うじて防御することができているが…。


・・・

 

 …どうやら、その源霊の警戒し避けようとする心の動きを読まれているようだ。


 状況は、源霊が「これを防がれたら嫌だな」、「このウィークポイントを突かれたら困るな」と思う方向へと、見事なまでに流れていき…あっという間に闘技場の端まで源霊は追い詰められてしまう。

 なまじ源霊の先読み能力が優れていることが、ここでは大きくあだとなっている。罠の存在を警戒しながらも、鉄壁の【偽神暗鬼】の防御を抜くためには、その罠が無いことを祈りつつ賭に出るより他はない。

 が…


     【う゛ぃう゛ぁっしゅっっつつつつ!】


 警戒した罠が無い…などという幸運は一度たりとも存在せず、100%必ず罠が待ちかまえている。予測しているからこそ、何とか回避し、もしくは被害を最小限にとどめられているが、もし、何の考えも無しに突っ込んでいれば…今頃、源霊は跡形も無く潰されて【死】の判定を受けていたことだろう。

 そんなのは御免だ…と源霊は奥歯にギリッと力を込める。

 しらけた顔で、メディカル・プールに浮かんだ状態で覚醒するなど…


 (俺は、まだ、このゲームを十分には楽しんでいない。何としても【偽神暗鬼】をクリアして、少なくとも「元」は採る!)


 防御魔法を必要最小限に留めているおかげで、幸いまだMPには余裕がある。


・・・

 

 源霊は、前へ出る…と見せかけて、素早く簡易詠唱を叫び、そのまま左へと体をスライドさせる。


     【失楽爆炎獄しつらくばくえんごく!】


 その叫びと同時に【偽神暗鬼】へと球状のエネルギー塊が出現し、みるみるうちにその直径が拡大して辺り一面をエネルギーの坩堝へ飲み込んでいく。

 球形をしたエネルギー塊の内側には劫火が渦巻いており、一瞬ではあるが【偽神暗鬼】の暗い視線を覆い尽くす。

 それで、いっそのこと【偽神暗鬼】の目を焼き潰すことができるなら話は早いのだが、相手は最強クラスと名高いボス級モンスターだ。そんな高望みを源霊はしない。


 百戦錬磨を地でいく源霊は、「心を読む系」の…インテリジェント・タイプ…モンスターと闘うのが初めてというわけではない。過去に何度も苦しめられはしたが、その経験から源霊なりの必勝法を編み出しているのだ。

 その必勝法は極めてシンプル。相手がどれだけ先を読もうと、回避しようの無い状況へと詰め将棋的に追い込んでやれば良いのだ。


 こちらの動きを読んで対処する…ということは、すなわち、幾つもの選択肢の内から、こちらの動きに対応した最善手を選ぶ自由を相手が持っているということに他ならない。

 つまり、その自由を奪ってしまえば、先を読んだところで取り得る手段は限られ、むしろ、こちらが相手の動きを容易に読めるようになる。いや。読む必要すらない。選択肢を奪われた相手が取れる行動は、読むまでもなく一つだから。


・・・

 

 源霊は、立て続けに…かつ、絶妙な時間差で【失楽爆炎獄】を多重に展開する。

 【偽神暗鬼】は、源霊の動きを読んで体を旋回させようとしているが、その旋回させた先に絶妙なタイミングで更なる【失楽爆炎獄】が発動する。

 その攻撃も【偽神暗鬼】は読んでいるため大きなダメージを与えるには至らないが、それも源霊の織り込み済みだ。攻撃を読んだところで、それを回避するという選択肢しか与えなければ源霊の思う壺なのだから。

 だが、まだだ。これだけなら、すぐに【偽神暗鬼】に選択の自由を与えてしまう。

 だから、回避したその先に更なる【失楽爆炎獄】。そして、その回避先にも執拗なまでに繰り返される【失楽爆炎獄】の連続攻撃。


 …源霊の強さ…

 それは、領土を拡大して配下を増やすジュピテルの数の力とは根本的に異なる。

 どちらかと言えばアスタロトに近いタイプだが、奇抜な発想とマニアックな技術を主体とするアスタロトとも、源霊のスタイルは違っている。

 源霊の強さこそが、RPGに於いては「王道」だと言えるかもしれない。

 源霊は、ジュピテルが領土を増やしている間、領土の取得などには全く興味を示さず、ひたすらにクエストをこなしていた。その時その時の自分のレベルに応じて、最も効率良く経験値を稼ぐことが可能なクエストを選び、その攻略に専念していたのだ。

 誰よりも細かくタウンのNPCから情報を聞き出し、他のPCのクエスト失敗談に耳を傾け、ダンジョンなどでは誰もが見落とすような隠しクエストを確実に発見し…魔力が不足している時には魔力向上に向いたクエストを、防御力に課題がある時はレアな防御アイテムを取得できるクエストをこなす…といった風に、正攻法すぎるほどのレベル上げを、誰にも真似できないほどの密度でクリアしてきたのだ。人知れず。黙々と。


・・・

 

 数は力…という言葉がある。

 それは通常「多勢に無勢」の逆の意味で用いられる。

 しかし、源霊にとって「数は力」とは、彼の経験してきた無数のクエストが彼にもたらした強さを意味する。


 その経験に基づく絶対的な自信が、【偽神暗鬼】という過去最大の難敵に相対している今も、源霊を恐怖に竦ませることなく流れるように行動させている力なのだ。


 …しかし…

 【偽神暗鬼】の暗い瞳が、さらに暗い笑みに歪んだ…ような気がした。

 そう。連続する【失楽爆炎獄】の発動は、確実に源霊のMPを消耗し、「集中力」や「気力」などの各種ステータスをも低下させてしまうのだ。

 確かに、連続して絶妙な位置とタイミングで放たれる【失楽爆炎獄】により、【偽神暗鬼】の自由は奪われている。その証拠に、この間、【偽神暗鬼】が源霊を攻撃することはできていないのだから…でも、しかし、MPが底をつけばこの連鎖はアッサリと終わり、そこには防御魔法の起動すらままならない無防備な源霊が残るだけ…。


 だが、【偽神暗鬼】のその暗い笑みを嘲るかのように、冷たい笑みを浮かべる源霊。

 3……2…1。はい。

 360度旋回させられた【偽神暗鬼】の目の前には、更なる【失楽爆炎獄】が…。

 驚愕した…ような気がする…【偽神暗鬼】。だって、源霊にはもうMPが残っておらず、その帰結として彼は今、【失楽爆炎獄】を発動するための簡易詠唱を行っていなかったのだから。


・・・ ・・・ ・・・

 

 再々…1時間ほどまえ


 とある酒場の片隅


・・・ ・・・ ・・・

 

 「おや。怒ったのかね?…睨むなよ。まぁ、どちらかというと童顔な君の顔に睨まれても、別に怖くなどないがね」


 ジウの足下にも及ばない…

 脈絡もなく突然にそう評されて、源霊は確かに少し不快に思ってしまったようだ。

 源霊は、クリエイターからの指摘に表情を消し、左手で顔をつるりとなでた。


 「…そうですね。どうして俺は…今、ムッとしたりなどしたのでしょう…?…そもそも、システム担当者とプレイヤーを比べて…レベルの優劣を論じることなど…」

 「意味があるんだなぁ。これが」

 「え?」


 何気ない源霊の呟きを、ニヤッと笑みを浮かべて遮るクリエイター。

 思わず、見せた源霊の素の驚きの表情を、クリエイターは楽しそうに覗き込み…


 「ふはははははは。いいねぇ。君のその反応。知る者は、知らざる者より常に優位なんだよ。それを君のその反応が証明してくれている。例えば、今の私がそうであるように、ジウの奴もシステム側の定め通りに動いているワケじゃないよ。気づかなかったかな?…先ほど、私は自分たちのことを『システム側のPC』と言ったんだが」

 「…システム側の………P…C…!?」

 「はい。その表情もいただき!…君は表情が豊かだね。ジウと君は良く似ているよ。私は、アイツのことも今の君と同じように良くからかって楽しんでるんだがね。これからは、2人分楽しめるということだな。あははははは」


・・・

 

 「システム側にも、NPCとPCの区別がある…ということですか?」

 「君ほどのヘヴィなゲーマーなら、今更、説明しなくても分かるだろう?…リアルの肉体を持つ人間が操作していようとも、システム上に規定された特定の役目を淡々にこなすなら…それはNPCだ。当然だろう?プレイしないんだから。いにしえのテーブルトークでいうところのゲームマスターなどと同じだ」

 「もちろん…そんなことは俺も理解していますが…。では、ジウも…システム側に身を置きながら…ある程度の自由意志を以てプレイしている…ということですか?」

 「そうだ」

 「そんな…ことが…」

 「可能だよ。システム側として、もちろん、ある程度の制約…ルールはある。でも、それは一般のプレイヤーだって同じだろ?…このゲームの仕様には縛られている」

 「…とても、同じだとは思えませんが…」

 「デスシムはRPGなんだから、誰もが何らかの役割をロールして楽しんでいる。私たちシステム側のPCは、システム側としての役目をロールしつつも、自分の判断で、このゲームがどのように進行していくかを、それぞれの思惑でコントロールしている」

 「それぞれの…思惑で…」

 「あぁ。このデスシムという世界は、まだ固まりきっていない。そこで活動する一般プレイヤーも含めて、この世界がこの先どんな世界になるのかを自分たちの思想や行動で左右することができるんだ。本能的にそれを悟って精力的に活動している代表格は…目下のところジュピテル君かな?」

 「…確かに。ジュピテルがこのデスシム惑星の全域を支配下に納めれば…社会制度から何から…奴の思い描くルールを適用できるでしょうね。俺には…そのような面倒な趣味はありませんが…」


・・・

 

 「だが、ジュピテル君が望む世界と、私の望む世界は違う。源霊君だって、彼にひれ伏しご機嫌を伺うような世界は嫌だろう?」

 「システム側の意向と違うなら、システム側の権限でジュピテルの行為を禁止すれば良いだけでしょう?…というか、最初から領土獲得の仕組みをもっとシステム側でしっかりと管理していれば…」


 全くもってもっともな源霊の意見。しかし、クリエイターは嫌そうに顔をしかめる。


 「…つまらんだろう!?それじゃ。何だね?源霊君。君は管理されるのがお好きだったのかね?…それならジュピテル君に支配されたところで不満はないかもしれないが…それが本音だとしたら…少しガッカリだな」

 「俺が奴に支配されることなど有り得ませんから…ご心配なく。領土が多いということはアドバンテージにはなりますが…それは『=強さ』ではありません。俺には、奴とは違うスタイルの強さがあります。支配など…」

 「…ふぅうん。そうかい。どうやら君は、自分の強さには相当自信があるようだ。嫌いではないがね。そういうのは。だが、それも本当に君が強ければの話。実力も無いのに粋がっているのなら…鼻持ちならない…ということになる」


 スカウトに来た…はずが、クリエイターは源霊にしつこく絡み出してきた。


 「よけいなお世話です。俺が、このゲームの1プレイヤーとしてどのように実力を磨き、強さに自身を持とうと勝手でしょう。システム側がそれを非難するだなんて、お門違いなのではありませんか?」


・・・

 

 「正論だね。そのとおり。だが、では問おう。君は、その時…好むと好まざるに関わらずジュピテルと戦う日がくるとして…自ら直接対決するつもりかね?」

 「ジュピテルの奴が噂通り本当に強いのであれば…まぁ、戦えば面白いでしょうね。俺には奴が本当に強いなどとは…到底思えませんが…」

 「ふむ。いいだろう。そうして君は、その自信どおり見事にジュピテルに勝利したとする。それで…その後はどうするのかね?」

 「どうする…とは?…別に…今まで通り、普通にこのMMORPGを続けるだけですが?…特段、変わったことなど考える必要を認めませんが?」

 「あぁあぁ。やっぱり、君は……その程度かぁ…。はぁ。残念だ。ジウの奴もあまり人を見る目がないようだな

 「挑発のつもりかもしれませんが…俺は、そういうのには乗りませんよ」

 「ちぇっ…。つまらない奴だな」


 酔っぱらっているわけでは無いだろうが、クリエイターの絡み方はもう理不尽の域に達している。いったい源霊をどうしたいというのか?


 「そんなことより…。話が逸れてばかりのようですが、ジウたちシステム側のPC…ある程度の自由意志で…このデスシムをプレイしている…という話でしたが…」

 「おっ。やっぱり君も、そこは気になるようだな」

 「いえ。それが本当なら、非常に不公正でしょう?…俺たち一般のプレイヤーよりも、情報も多く持ち、有利な立場であるシステム側のPCが、俺たちと同じようにプレイするなど…。俺たちは絶対にシステム側のPCよりレベルが高くなることは無い…」

 「いやいや。誤解しなさんなよ。源霊君」


・・・

 

 クリエイターは、源霊の目の前に手を翳してヒラヒラと振り、続きの言葉を遮る。


 「我々が、君たちと同じ土俵でプレイしているだなんて、私は一言も言ってないだろう。自分で書いたシナリオの上でプレイしたところで何も面白くは無いし、もし、そうだとしたら、そんなつまらないことに、君をスカウトしたりはしない」

 「…では?」

 「私たちは、自分が直接クエストをこなすコトも、シナリオを愉しむコトもない。だが、君やジュピテル君、ブブ君やベリアル君など、有力なプレイヤーに接触し、最小限の影響力を行使しながら…このゲームの進行を、それぞれの思惑でコントロールさせてもらっているんだよ。ASRPG…という奴をご存知かな?」

 「A…。いえ。SRPGなら知っていますが…」

 「まぁ、似たようなものだよ。Autonomous Simulation Role-Playing Game…すなわち、自律型のSRPGだ。ユニットがプレイヤーの指示とは関係無く、ある程度自律的に活動するのを、プレイヤーはそのユニットに直接指示を出さず、その周囲の環境を変化させたり、ヒントや助言を与える形の間接的な影響力を行使して…ミッションをクリアする」

 「…何とも…複雑なゲームがあるものですね。なかなかユニットを思うように動かせずに…イライラするだけではありませんか?」

 「…それが面白いんじゃないか。分からないかな。勇者がどれだけ強くても、死んでしまえばそれでお終い。それが、単なるRPGだ。遊びだから、それで許される。しかし、勇者が死亡退場した後の世界は、魔王に蹂躙されて…酷いことになる。勇者がいらぬちょっかいを出したせいで、以前より酷い目にNPCたちは合うんだ…気の毒に。だが、ASRPGは違う。世界が、魔王に対抗できるように成長していくんだ。いや。成長させるんだよ。プレイヤーがね」


・・・

 

 「突然、話が飛躍したような気がしますが…」

 「おや。そうかね。君に分かりやすいように例示をしたつもりだったんだが」

 「…では、つまり…ジウやクリエイターたちは、俺やジュピテル…ブブやベリアル…そういったプレイヤーを、手駒として…一段高い位置から…まったく別の趣旨のゲームを楽しんでいる…と?」

 「まぁ。そういうことになるかな」

 「不愉快ですね」

 「だろ?」

 「だが。俺は、貴様らシステム側のPCの思い通りになど…動きませんよ」

 「まぁ。そりゃ、そうだろうね。君たちが、自覚してしまったら意味がないからね」

 「…それは、俺が、自覚しないままに、貴様らシステム側PCに操られている…と。そう言っているのですか?」

 「いや。そんな怖い顔で睨むなよ。操る…なんていう失礼なことはしてないさ。ただ、様々な状況や…言葉によるヒント…暗示、そういったささやかな影響力で、君たちが自主的に、私が望むのと同じ選択をしてくれるよう…環境を整えているだけだよ」


 源霊は、表情を消してクリエイターを見つめる。

 表現の出来ない複雑な思いが、胸の中でモヤモヤと渦を巻く。

 では、これまで自分は、全て自分の意志で行動してきたつもりだが…少なからず、この男達に誘導されていた…ということなのか?

 あのジュピテルが、広大な領土を手に入れ強大な帝国を作ろうとしているのも?

 ベリアルが…こそこそと動き回っているのも?

 ブブが………いや…さすがに、ブブのあの奇妙な言動は違うだろう。


・・・

 

 「源霊君。君は、また勘違いしているようだ。何もかもが、私の思うように誘導されているとしたら…それは、それでつまらないだろ?…それに、君の言うように、システム側として普通に管理して、行動に制限を課したり、ルールで縛った方が同じ効果をよほど簡単に得られるんだからね。そんな無駄なことを面白がったりはしないよ」

 「…何が…誤解だ」

 「言っただろう?…私だけでなく、ジウもシステム側のPCだと。私たちの他にも、システム側のPCは大勢いる。全てが私の思うように進むわけじゃない。デスシムは、君たちにとってはMMORPGだが、私たちにとってはMMOASRPGだ」

 「貴様の意志とは相反する…システム側のPCもいる…と?」

 「そういうことだ」

 「それでは…貴様がどれだけ暗躍しようと、全てが徒労に終わる…そういうこともある…ということですか?」

 「あり得る。が、私はそのような間抜けではない。プレイヤーの皆さんに、支持を得られるような未来像を提示すれば、ちゃんと皆、自分の意志で私と同じ未来を望んでくれる。より大きな影響力を行使できた者が、MMOASRPGの勝者となる」

 「…まるで、政治家…のようだな」

 「おお。君は、やはり優秀だな。その喩えは、言い得て妙だ。今度から、私もその喩えを使わせてもらおう。いいかね?」

 「勝手にすれば良いでしょう。で、貴様は…俺にも、そのMMOASRPGに参加しろ…と誘いにきたということですね?」

 「やあ。やっと理解してくれたかね。そのとおりだ」

 「…俺が、貴様とは相反する理念を持つ…とは考えないのですか?…はっきり言いますが、俺は、貴様に、あまり良い感情を抱いていませんが」


・・・

 

 「あはははは。気づいているよ。この話を始めてから、君の私に対する呼び名が『貴様』に変わってしまったからね」

 「貴様の邪魔をするかもしれない俺を、それでもシステム側のPCとしてスカウトするつもりですか?」

 「君が、そんなつまらない動機で、世界の進むべき方向を選択するとは思っていないよ。最初に言っただろう?…数多くのMMORPGで、トップ・プレイヤーとして色々な経験をしてきた君になら、人間味のある良いシステム側の担当者になれると思う…と」

 「…ちっ」


 自分の性格を見透かされたようで、源霊は面白くない。

 だが、クリエイターの言うとおり、単にクリエイターへの反発心だけで方向性を選択するなどというのは愚の骨頂だ。

 もしも、自分がこのデスシム世界の進むべき方向をデザインするのであれば、それは、自分が理想とする世界…心底MMORPGが好きな者たちと同じ利益を追求した、ゲーマーの、ゲーマーによる、ゲーマーたちの世界…を目指すことだろう。


 「お。何だか良い表情になったね。自分の進むべき道が見えてきたかな」

 「…ですが、俺は…俺自身がヘヴィなゲーマーです。理想のゲーム世界を作ったとしても、そこで自分がプレイできないのであれば…意味がない」

 「できるさ」

 「え?」

 「政治家が、プライベートを持てないわけではないだろ?…株式会社の社員がインサイダー取引を禁止されているのと同じで制限はあるが、普通にプレイすることも可能さ」


・・・

 

 なるほど。自分が設計に関わったクエストやシナリオでなければ、他のプレイヤーよりもアドバンテージを持つこともない。

 と源霊は理解した。が…


 「そもそも、ジウや源霊君に、クエスト制作やシナリオ・ライティングをやってもらおうとは思っていないからね」

 「…むぅ」

 「おや。不満かね。だったら、ジュピテル君と同じように領土を持てば良い。自分の領土内であれば、領主特権で小規模なクエストの作成ぐらいは可能になるよ」

 「しかし…何故、こんな複雑な仕組みを採用したんですか?…この仕組みでは、貴様にも思ったように制御ができないでしょうに?」

 「制御できなくて良いんだよ。私は、クリエイターだ。この世界の創造をした…いわば神のようなものだが…人の世というのは、人が自らの手で作っていくべきものだと…私は思うんだよ。リアルの世界がそうであるように。たった一人の思惑だけで未来が決まってしまうような世界は、脆弱だ。その一人が飽きてしまったら…それまでだ」

 「ゲーム…なんですから…それでいいのではないですか?…飽きたなら、別のゲームへと移ればいいだけです」

 「…悲しいことを言うね。まぁ、幾つものゲームを制覇してきた君は、まさにそうやって、次々と新しい刺激を求めて来たんだろうから、そのとおりなんだろうけどね。でも、私は、このデスシムをただのゲームにはしたくないんだよ。体はバーチャルでも、プレイヤーの心は全部本物だ。リアルの世界に終わりがないように、このデスシム世界も、綿々と続く中で、常に新しい驚きと感動に満ちた世界にしたいんだ」

 「ここを…本物の世界と…同じように…?」


・・・

 

 源霊の表情が少しだけ緩んだ。

 そうか。このクリエイターという男。ふざけているようだが、それでも真剣に壮大な夢を追っている…真面目さも持っているようだ。リアルの世界に匹敵するもう一つの世界を生み出したいなどという馬鹿げた夢を実現するために、自分一人の理念だけでなく、より多くの者の理念を絡み合わせようとしているらしい。


 だが、そんなことは不可能だ。

 源霊たちの生身の体は、どこまで言ってもリアルの世界にのみある。

 いくら仮想対実時間レートを高く設定してあろうと、いずれはログアウトしなければならないのが仮想世界に生きる者たちの宿命だ。

 メディカル・プールに横たえたままの体は、ある程度の期間であればオート・コンディショナー機能により体調管理されるが、それでも筋肉の衰えや栄養バランスの乱れなどは避けられない。どこかの時点で、メディカル・プールに装着が義務づけられている安全装置が作動して、半強制的に源霊たちの精神は現実の体へと戻されてしまうはずだ。

 そうなれば、当然、仮想の世界のPCは…その精神を失い、消滅することになる。


 「君が何を考えているのかは、分かるよ。でも、それも含めて、現実の世界と何が違うというのかね?」

 「…冷静になった方が良いですよ。貴様の夢には共感できないこともないですが、所詮、この世界のPCは仮初めの体。遅かれ早かれ、プレイヤーはログアウトせざるを得ない」

 「だから…同じだろ?…現実の世界でも、人は【死】から逃れられない」


 クリエイターがニヤリと笑う。源霊は、ゾクっ…と、体を震わせた。


・・・

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