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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お題リレー小説

方程式を作りなさい。

作者: 箱猫

「本当、大した奴だよ。人一人の人生狂わせて。人間を簡単に玩具扱い出来るんだから。」


がりがりと飴玉を齧る俺。日頃のストレスを発散するかのように、がりがりがりがり。


「それは褒め言葉か?」

「皮肉だ。」


この間の件など無かったかのように振舞う姿は、前と変わらず、もっと前とは打って変わった態度。

あれだけ派手に犯してやったのに、よくもまぁ平気でいられるもんだ。

つまり、彼は俺の探している永ではなかったということ。同姓同名だから、そうかなと思ったけれど、まったくの見当違いだった。少しでも愛してるなんて思った俺がおかしかったんだ。

そもそも、なんであんなに嫉妬していたんだっけ?そうそう、理性に固執している藤井が俺を見ていない永に思えたからだ。

でも、こんな冷静な藤井は永じゃない。あの時の藤井は本当に永のように思えたんだけどな。

じゃあ、俺の可愛い藤井永は何処に行ったのかな?きっと今頃、泣きながら俺を探してる。しょーちゃんしょーちゃんって言いながら俺を探しているんだ。だから早く見つけてあげないと。


「返せよ。」

「?」

「俺の永を返せ。」

「…無理だよ。」


もうお前の永はいないんだよ、と藤井は言った。

だから俺は藤井が嫌いなんだ。危害を加えられてもなお、理性的な大人の様に振舞う。

俺の永とは大違いだ。


「塚内、お前は頼ってくれる奴なら誰でも良いんだろう?」

「俺を頼る永じゃないと嫌なんだよ。俺がいなくても平気な永なんて、いらない。」


そう言った時の藤井は泣きそうな顔をしていて、藤井=永の図式が成り立とうとしていた。

でも、そんなわけがない。藤井は今の今まで俺を塚内と呼んでいるし、こんな無愛想で皮肉を言える可愛くないやつじゃないから。


「もしも、お前が永をちゃんと見ていてくれてたなら、こうはならなかっただろうな。昔みたいな“泣き虫永君”から成長できずにいた。」

「俺は、成長なんて望んでないよ。」


だってそんな永を作ろうとした俺だから。

まったく、俺は何処で間違えたんだろう。何を代入し間違えた?

この17年間で、何が彼を変えたのか。

“俺×(x+y)=俺の望む藤井永”

この方程式はどうすれば成立する?





「お前にとっての永は、きっとxなんだ。代入できる奴なんだよ。」

「そんなことない。」

「嘘だ。だったらなんで永を見つけなかった。お前を頼る永に代われば、片倉でも羽木谷でもよかったんだろ?お兄さん面、好きだもんな。」

「永以外の奴には、しない。」


片倉なんて知らない。羽木谷には香山がいる。

どれも当てはまらないだろ?なんでそれがわからない。

俺の後ろにいてくれて、泣き虫で、俺を慕ってくれて、それでも俺の事をちゃんとわかってくれる奴。それは永以外いないだろ?


「多分、お前の中の永は、塚内を頼る可愛い弟の様な恋人なんだろうな?」


恋人。

恋人と言うにはまだ幼い俺の記憶の永。

まだ幼い恋情。これだけは、今も成長してない。確信しかもてない淡い感情だ。

俺は幼い独占欲から、永を甘やかしていた。永はそれを嫌がっていたけど、構わずに甘やかした。

それは多分、俺に迷惑をかけたくないから。俺が世話を焼いて、それが負担になると思っていたからだろう。

ひたすら甘やかしていた俺に理解しろとは言わなかった。けれど自分には自立を求めていた。

誰かが台無しにした給食なんかも、自分の給食を譲っていたし、なにより俺を一番気にかけていたのは永だ。俺はそんな永が大好きだった。

…それは、眼前の藤井と重なる。

藤井はクラスでも責任感が強くて足を引っ張ることを何よりも嫌う。重荷になる位なら自分が不幸になる方がマシ、そんな奴だ。

自己犠牲心に富んで、潔癖症っぽい。他人に理想を押し付けることはないけれど、自分に理想を押し付ける。

クラスで外れ者だった俺を一番理解してくれて、精一杯話しかけようとしていた。

その声は少し永に似ていた、いや、永の声をそのまま低くしたものだ。

その姿は、成長した永そのものじゃないか!


「それは、俺じゃない。俺ではなくなってしまった。俺はお前に頼りたくないから、こうして一人で立てるように頑張ったのに。結局意味が無い。」


それはまるで、永が喋ってるみたいで。

いや、もしかして、本当に、永?

でも、でもでもでも、俺の知ってる永は泣き虫で、でも責任感だけは強くて、足を引っ張るのが大嫌い。

あれ?それって…目の前の藤井も、じゃないか?


「なんで、そう、思った?」

「支えあえる様に、なりたかったから。頼ってばっかじゃ絶対に塚内が潰れる。俺は塚内を…大好きなしょーちゃんを潰したくないんだ。」


つまり、あれか…?

永はただ、俺に負担をかけまいと、一生懸命に自立しようとしてた?

生来からの優しさと、責任感の強さとで、そうしようと思った?

そう思ったら、藤井が、急に、永に見えて…。


「永…永、永、永…っ…!」

「…塚内?」

「ごめん。ごめん永。漸く見つけた。」

「…最初から此処にいたよ。お前の目の前に。」


抱きしめた細い体と、頭を撫でられる感触。

昔と同じ、迷子になった時自分の方が泣いているというのに『泣かないで』と言いながら俺を撫でた時の様に撫でる。


「しょーちゃん、“泣かないで”?」





“俺×(x+y)=俺の望む藤井永”の方程式は、最初から成立しない方程式だった。

だって、xは永自身で、変えようも代えようもなかったから。

俺が付け足したyは必要なかったんだ。

最初から“俺×永=理想の関係”だったんだ。あぁなんて単純な計算式!

俺は致命的な計算ミスをしていた。それは問題文の読み間違え。俺は意外と馬鹿だったんだな。

賢明な永はちゃんと問題文も読んで、ちゃんとした解答を出したうえで、ずっと俺を待っていてくれていたんだ。

自立できた姿を、俺に見せようと、ずっと待っていたんだ。

そう思った時、俺は初めて永に負けた気がした。




それでも俺は、これからもうんと甘やかしてやろうと思ったのだけど。

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