今日もやっぱり、神霊廟は平和です
翌日、正午。布都様、屠自古様、芳香、そしてこの私、青娥娘々は太子様の部屋の前へとやってきた。心なしか、全員に緊張の面持ちが見える。……芳香は相変わらずだが。
「太子様、失礼します」
屠自古様が先陣を切り、扉を開けた。それに続けて私達は入室した。
「待ってましたよ」
中では太子様が穏やかな笑みを浮かべつつ、座布団の上に座していらっしゃった。それにしても丁寧なお方だ。
「青娥から大体の話は聞いてます。チョコ作りの勝負の審判をすればいいのですね。昨日から楽しみにしていましたよ」
「ええ、お願いします」
詳しく話した覚えはないが、きっと布都様と屠自古様の「勝負に勝ちたい」と「太子様にチョコを渡したい」という欲を読み取ったのだろう。
「早速始めましょうか。どちらからにします?」
「では、まず我から!!」
布都様が名乗りを上げた。太子様に近づき、箱を取り出す。
「ふふっ、綺麗な装飾ですね。開けるのがもったいないぐらいです」
今朝、私と布都様は、昨日作ったチョコがしっかりと固まっている事を確認した。その後、そのまま渡すのも味気ないという事で、事前に用意しておいた箱とリボンでラッピングしたのだ。
「それでは、もらってもいいですか?」
「そ、その前に……」
布都様は不安そうな目で、ちらっと私を見た。なのでこちらは笑顔で返した。――さぁ、覚悟を決めてください。
「ええい、ままよ!!」
そう叫んだのと同時に、布都様は着ていた服を一気に脱いだ。
「なっ!?」
「ちょっ!?」
「ほへー」
残念ながら全裸ではないが、昨日と同じスク水エプロンの格好になった。ラッピングをした時に、何とか説得して彼女の私服の下に着せておいたのだ。
『せ、青娥殿……、本当にこの姿を太子様に見せねばならぬのか……?』
『ええ、もちろんです。それなら間違いなく太子様をメロメロにでき、必ずやこの戦いに勝利する事でしょう。なんせスク水エプロンは殿方のロマンですからね!!』
『太子様は女子であられるのだが……。それにもう「ちょこ」が関係ないのでは……』
『それでも、有利である事には変わりませんよ』
『本当かのう……』
私はその時の会話を想起した。いやー、本当にやってくれるとは。ちょっと感動した。さてさて、皆様の感想はどうなんでしょうか。
太子様は虚を突かれたようで、聖人君子とは思えない間の抜けた表情をしながら、口をあんぐりさせている。また、屠自古様はショックでも受けたのか、顔を青ざめさせ、わなわなと身体が震えている。一方、芳香はやっぱり能天気に腕を揺らしている。かわいい。そして私は表情にこそ出していないが、内心では笑いが止まらず、部屋中を転げ回りたいほどだった。
「た、太子様!! わ、わ、我の愛を受け取ってくだされ!!」
そう言ってから、布都様は太子様の前に箱を差し出した。彼女の顔は深紅の炎よりも赤くなっており、水でもかけたら一瞬で蒸気になってしまいそうだった。しかし、それでもちゃんと渡す際の台詞を言いきったのは、称賛に値するだろう。(ちなみに、もちろんこれも私が用意した)
「ふ、布都っ!!」
突然屠自古様が怒鳴ったので、芳香以外の全員は驚いて、少しだけビクリと跳ねた。
「き、き、き、貴様……! そんなにもは、は、は……、破廉恥な格好!! 長い眠りのせいで羞恥心まで失くしたか!?」
「ち、違う!! これはだな、青娥殿にチョコ作りの際の正装であると……」
「あ、それ嘘です」
「青娥殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
ここにてネタばらし。屠自古様は打って変わって呆れかえり、布都様は絶望の表情を浮かべた。あ、やべ、泣きそう。
「青娥、だからあれほど悪ふざけはほどほどにしろと……」
「おやおや、太子様にまで怒られてしまうとは。一旦退散しましょうかしらね。それでは皆様、また後で」
私はそそくさと、壁を抜けて逃げた。
まったく、青娥のいたずらには毎度手を焼かされる。私――豊聡耳神子は溜め息をついた。目の前には羞恥のあまり泣き出しそうな布都。なんとか励ましてあげないといけませんね。
「布都」
「ぐすっ……、なんでしょうか太子様……」
「私は凄く似合っていると思いますよ」
「……っ!!」
さらに顔が赤くなってしまった。はて、何か言い方がまずかったかな? ……まあいいでしょう。泣きやんだみたいですし。
「さて、本題に戻りましょうか。布都、今度こそいただいてよろしいですね?」
「は、はい!! お召し上がりください!!」
布都から箱を受け取り、開けてみる。美しい装飾を崩すのは名残惜しかったが、蓋を開いてみると、箱よりも素敵なチョコが入っていた。綺麗なハート型。所々が無骨なのは手作りの証だろう。
「それでは、いただきます」
さっそく取り出し、一口ほうばる。甘い。実は、チョコを食すのは今回が初めてなのだが、きっとこれは、最高級の食材を使ったものよりも美味しいだろう。
「素晴らしい出来ですね。一生懸命に作ったのが目に浮かびますよ」
「は!! お褒めに預かり光栄に思いまする!!」
布都は目をキラキラと光らせた。先ほどまでの泣きそうな顔が嘘のようだ。
「太子様、お茶です」
「おや、ありがとう、屠自古」
屠自古がお茶を運んで来てくれた。本当にこの子はよく気が効く。
「ふぅ、さて、次は屠自古のをいただきましょうか」
「は、はい!」
一服してから、彼女にそう言った。
次は私の番だ。布都のが好評だったせいで不安になってくる。自分ではそれなりに納得のいく出来だったが、太子様のお口にも合うだろうか……。っと、渡す前からそんな心配をするだなんて、私も弱気になったものだ。……きっと大丈夫だ、私だって、太子様の事を思って作ったんだから。
「太子様、これが私のチョコです!」
「ふむ、開けてみましょうか」
屠自古の方は布都と違って、シンプルな箱だった。彼女らしい、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「ほぉ、これはこれは……」
「む? これも「ちょこ」なのか?」
中には正方形のチョコがいくつか入っていた。しかし布都のとは違って何かがまぶしてあり、しっとりとしている。
「それは生チョコと云い、溶かしたチョコに暖めた牛乳を入れる事により、なめらかな食感を作り出したものです。ちなみに周りにかかっているのはココアです」
「私も手伝ったぞー」
芳香が飛び跳ねながら主張した。なんとも可愛らしい。
「むぅ、そんな物があるとは……」
布都は少し悔しそうにしている。しかし、同時によだれも垂れていた。
「ではでは、いただきます」
「どうぞ」
一欠片を、羊羮の様に、用意された爪楊枝で刺し、口へ運んだ。……柔らかくて美味しい。チョコそのものの味もさることながら、ココアとチョコのハーモニーが私は気に入った。
「ふむ、こちらもとても美味しいです。作るのに手間がかかったことでしょう」
「え、あ、あはは……」
屠自古は昔から器用な子でしたし、このくらい朝飯前なのでしょう。素晴らしい。
「どちらの物も大変良かったですよ。私のために、わざわざありがとう」
私は素直に二人に謝辞の言葉を送った。
「いえいえ、この程度、太子様のためならなんのそのです」
「我も同じく!」
ふふっ、彼女達に慕われている私は、なんという幸せ者なんでしょうか。
「……ところで太子様」
「なんでしょう、布都」
「この勝負の判定をお願いします」
「私からもお願いします」
「え……? あ、はい」
しまった。これが勝負である事を忘れていた。……正直な感想は、どちらも甲乙つけがたかった。しかし、引き分けと言っても納得してくれないだろう。どうしたものだろうか……。
「布都」
「はい!!」
「屠自古」
「なんでしょうか?」
「愛は勝負で量れる物ではありません。二人のチョコには、それはそれは素晴らしい愛を感じました。ですから、勝敗を決める必要はないのです」
「「太子様……」」
「「誤魔化さないでください」」
「ぎくり」
むむむ……、いい誤魔化し方を考えついたと思ったのですが……。
「ば、バレてしまいましたか……」
「太子様の言った事はもっともですが、それはそれ、勝負は勝負ですよ」
「屠自古の言う通りじゃ」
むぅ……、私は勝ち負けを決めたりしたくないのですが……。なんだか困惑してしまった。
「まあまあ、お二人とも、勝ち負けなんてどうでもいいじゃないですか」
不意に声がした。青娥が壁を抜けて戻って来たのだ。
「青娥殿、お主が勝負しろと言ったのではないか!!」
「そうですよまったく……」
私は標的から外れた事に安堵した。やれやれ。
「暇でしたからね。なんとなく提案してみたんです。太子様は引き分けという判定を出したいみたいですし。ですよね?」
「あ、はい。どちらもとても良かったので、優劣を決めるなんて出来ません」
いきなり話をふられたのには少し驚いたが、彼女のフォローには助かった。
「太子様がそう言うのならば……」
「ま、いっか」
二人も納得してくれたようだ。よかったよかった。
「それでは、バレンタインというわけで、宴会をしましょう!!」
「青娥様、バレンタインと宴会って関係あるんですか?」
「屠自古よ、細かい事は気にしてはならぬのだ」
「わーい」
そうして、今日もいつも通りの雰囲気になった。やっぱり、私には勝負の審判なんて向いてない。
「お酒ならさっき買って来たのでいっぱいありますよー」
「どこに行ってたのかと思ったら里に行ってたんですか」
「ご苦労であった青娥殿!!」
「せーがおつかれ」
宴会ですか、そろそろあれを出しますかね。
「太子様? それどうしたんです?」
「私も昨日作ったんですよ。チョコじゃなくてケーキですが」
「これを太子様が!? 凄く上手ですね……」
「さすが我らが太子様!!」
彼女達には内緒だが、昨日は皆がチョコ作りに夢中で晩御飯がなくなってしまったので、お腹が空いた私は、青娥から借りた本にあったケーキの作り方を参考にしつつ、自分で作って食べたのだ。不思議と上手くいったので、皆にも食べさせようと、追加で作っておいたのが今出したものである。
「それじゃあこれも切っておくので太子様は待っていてくださいな」
「わかりました」
「ねぇ、布都」
「ん? どうした屠自古」
「……これあげる」
「これは……、生チョコではないか。もらって良いのか?」
「……さっき怒鳴ったお詫びのつもり」
「そうか、……我も簡単に騙されてしまって愚かだったしな、おあいこだろう」
「少しは頭を使いなよ?」
「言ったなこいつー!」
どうやら布都と屠自古も仲直りできたようだ。これにて一件落着だろう。
「こほん、えー、今日と昨日はお疲れさまでした。私自身もとても楽しかったです。ありがとうございました。それでは、皆の苦労を労って、乾杯」
「「「乾杯!!」」」
全員の声が、神霊廟中に響き渡った。
――今日もやっぱり、神霊廟は平和です。
「ん? かんぱいってなんだ?」
終わり。
どうもみなさん。初めまして若しくはこんにちは。カデツェです。
さて、「神霊廟のバレンタイン」、お楽しみいただけたでしょうか。
2月10日は布都の日と聞いて、神霊廟キャラの練習も兼ねて書き始めたのですが、想像以上の長さになってしまいました。……なんででしょうね。
で、本編の事なのですが、作者はチョコ作りに関しては素人なので、間違っている部分があるかもしれません。私にはマドレーヌが限界です。
また、神霊廟キャラを書くのは初めてなので、設定や口調が変なところがあるかもしれません。ご了承ください。
それでは、感想や誤字などの報告、お待ちしてます。ノシ
カデツェ