屠自古&芳香side
とじことじとじ
「さて、何からやるべきか……」
啖呵を切って参戦したはいいけど、チョコの作り方なんて知っているわけない。私はため息をついた。あんな軽率な挑発に乗るんじゃなかったと、今更後悔しても遅い。
しかし、やるからには勝たねばならない。相手は布都、審査員は太子様だ。負けたら一生の恥だ。……亡霊だけど。
とりあえずこいつから話を訊くか。
「おいキョンシー」
「芳香だー」
「……芳香、青娥様から作り方を教えてもらったんだろ? 私にも説明してくれ」
「ほい」
「……なんだこれは」
手渡されたのは何枚かの紙切れ。一枚目には「にゃんにゃん式チョコレート講座★」とあった。私は衝動的に引き裂きたくなったが、冷静に耐えて読んでみた。
腹が立つタイトルだが、内容はそれなりに役立ちそうだった。完成までの流れが事細やかに記されており、彼女の教養の深さには畏れ入る。……だが、語尾に「★」が毎回付いてたり、文体がやたらと軽いのは、私を苛立たせる。特にこの「愛は最高の調味料★」というフレーズには悪寒が走った。……これ、使い終わったら燃やしてしまおう。うん、そうしよう。
「えっと、まずはカカオが必要か。人里にあるかな」
「んー……、カカオはどこで売ってるだろうか……?」
というわけで芳香を引き連れ人里へ。ここに来るのはまだ数回目だ。そのせいで、どこに何が売ってるのかよくわからない。試しに八百屋などを何件かあたってみたが、取り扱っていないとのことだった。私は少し焦り始めた。このまま材料が見つからず、作れなくて不戦敗。なんてことは絶対に避けたい。
「お腹すいたなー……」
そういえばあの一件のせいでお昼ごはんを食べそびれてしまった。太子様のを用意した後だったからまだよかったけど。
空腹もつらいが、里の人々の視線が少々痛い。さすがに、足のない、誰がどう見ても人外な奴と、頭にお札を貼ったキョンシーが入ったら、奇異の目で見られてもしょうがないが。
……ってあれ? 芳香はどこ行った?
「ふぁふぁいふぁ(ただいま)」
「どこに行っていたんだ。余計な心配をかけるな」
「ごめん」
仮にも青娥様の僕なのだ。行方不明なんかになったらどう説明すればいい。……そんな事より。
「……何を喰ってるんだ」
さっきから、こいつはもぐもぐと口を動かしている。そんな光景を見て、私は余計に腹が減ってきた。
「食べる?」
「む……、有り難く頂く」
じっと見つめていた事に気づかれたのか、芳香は自分が食べているのと同じ物をポケットから取り出し、差し出した。私は一瞬ためらってから、それを受け取った。まさか食べ物を持ってくるとは。正直有り難い。
受け取って早速、包装紙を剥ぎ取り一口ほうばった。その瞬間、口いっぱいに甘い香りが広がり、私の頬を緩ませた。少し遅れてほのかな苦みがやってきて、甘みとの素晴らしいバランスを表現して見せた。ああ、なんて美味なんだろうか。それは長方形をしており、鮮やかな茶色が――。
「――ってチョコだこれ!?」
なんと、私が食べていたのは、探し求めていたカカオから作られた、チョコレートそのものだった。
「お前!! これをどこで!?」
「売ってた」
くっ、失念していた。カカオ豆がないなら、既に完成しているチョコを加工すればいい話だ。
「おい! 売ってた店に案内しろ!」
「まってー、これ食べてから―」
「帰ってからにしろ!!」
芳香に案内させた店で板チョコを5枚買って帰った。ただでさえ薄い財布が空っぽになってしまったのは辛い。出費が多いせいで、どうしても自分の為に使えるお金はあまりない。せめてもう少し小遣いが欲しいものだが……。私は少し憂鬱な気分になり、溜め息が出てしまった。
「いけないいけない。勝負とはいえ、太子様にお出しするんだし」
文句は後からでも言える。今はチョコ作りを優先しよう。
豆からでなければ大体作り方はわかる。チョコを細かく刻み、湯煎で溶かしたものを型に入れて固めるだけだ。……うーんなんか単純ね。といっても他にアイデアがあるわけじゃないが……。
台所を使おうとしたが布都と青娥様が使っていたようだったので、芳香に道具を取って来てもらい、自室でやることにした。さて、まずは刻むか。
部屋の中で、包丁と俎板のぶつかる音がリズムを奏でる。芳香はそれに合わせて適当な踊りを舞っている。あまりに滑稽だが、なんだか可愛らしくて、つい顔をほころばせた。それにしても、ちょっと腕が疲れてきた。それに喉が渇いてきた。
「……芳香、何か飲み物を取って来てくれないか?」
「うぃ~、ホットミルクでいい~?」
「ああ」
彼女に頼み、私は作業を続けた。できる限りのところまで細かくし終わったので、今度はボウルに入れ、湯煎にかける。お湯は事前に用意しておいた。溶けていくにつれて、甘い香りが鼻を刺激する。……そういえば結局チョコ一口しか食べてないや。はぁ……、お腹がすいていたのをまた思い出してしまった。
「できたー」
「おお、すまない、ありがとう」
丁度いいタイミングで持って来てくれた。湯気が温かみを感じさせる。芳香からマグカップを受け取ろうとした――その瞬間。
「熱っ!?」
突然だが、「反射」という現象をご存知だろうか。例えば、目の前に物が飛んで来た際に無意識で目を閉じるなど、危険から身を守るために、少しでも早く対処しようと、脳の代わりに脊髄が筋肉に命令を出すのだ。
そう、だから不可抗力なのである。マグカップが想像以上に熱くて手を離してしまい、空中を舞っている事は。
そして、マグカップは床に落ち(幸いにも割れずにすんだ)、中の牛乳は大半がこぼれたが、一部はチョコに混ざった。
「や、やっちゃった……」
今回買ったチョコ全てがボウルにあった。私は自分の愚かさに苛立ち、床を殴りたくなった。
しかし、だからといって事故でチョコ作れませんでしたー、なんて言えない。……このまま続けてみるか。意外となんとかなったりするかもしれない。
なんとかなってしまった。しばらくかき混ぜた後、長方形の型に流して、冷蔵庫で冷やした結果、なめらかなチョコができた。所謂生チョコだ。確かこれにココアをまぶせば完成となる。
「怪我の功名ってやつね……」
ただのチョコを出すよりも、一工夫してあった方がいいだろう。などと考えながらココアをまぶす。うん、いい感じだ。
『愛は最高の調味料★』
……例の言葉が何故か頭をよぎった。そろそろ我慢の限界なので雷で消し炭にしてやった。
「これで完成か……」
いろいろあったが、うまくできた。太子様に渡す分を確保したので、残りは味見も兼ねて食べてしまおう。……結局今日はチョコしか食べてない気がする。
「……おいしい」
空腹のせいで幾分か誤魔化されているのかもしれないが、自分としては満足のいく味だった。笑みがこぼれてしまう。
「うおー、私はもう疲れたから寝るぞー」
芳香がそう言ったので、今更ながらもう夜になっているという事に気付いた。私もそろそろ寝なければ。
「おやすみ~」
「……待て」
「およ?」
彼女は部屋から出ようとしたが、私は呼びとめた。
「これをやる」
生チョコをいくつか皿に持って渡した。一応、手伝ってくれた礼のつもりだ。
「いいの?」
「多く作り過ぎたのでな。喰いきれんから持っていけ。駄賃だ。」
正直にありがとうと言えないのは、私の悪い癖だ。……少しぐらい、素直になってみようか。
「……今日は、その、手伝ってくれて、……ありがとうな」
よし、言えた。顔がものすごく熱いが、なんだか気分が晴れ晴れとした。
「……つんでれ?」
「ツンデレ言うな!!」