布都&青娥side
「お待たせしたな、青娥殿」
太子様とほぼ入れ違いで、布都様が戻って来た。
「お帰りなさいませ。よく似合ってますよ」
「しかし……、本当に「ちょこ」作りにはこの格好をせねばならぬのか?」
「ええ、もちろんですわ」
彼女は少し赤面している。
私が用意したのは、ピンクのフリル付きエプロンとスクール水着だ。お世辞抜きで本当に似合っている。やはりポニーテールにエプロンはいい。本当は裸エプロンをさせようとしたが、全力で拒否されたためスク水で妥協した。私は裸よりこっちの方が恥ずかしいと思いますがね。フフフ。あー、天狗でも出没しないかなー。
「ええい、これも太子様の為!! そして屠自古に勝つ為!!」
「その意気ですわ」
布都様の覚悟に私は拍手を送った。まぁ、私は面白ければ勝敗なんてどうでもいいんですけどね。
「それではさっそく始めようではないか青娥殿!!」
「待ち時間が長いやつは用意しておきましたよ」
着替えを待っている間にローストを終え、半分に砕いたカカオ豆を取り出した。ローストは味に直接影響を与えるので結構大変だったりする。
「さすが青娥殿!! 頼りになるのぉ!!」
ボウルに溜めたカカオ豆を見て、布都様は嬉々としている。この先、更に大変な作業が待っているとも知らずに……。
「それで、何をすればよいのだ?」
「それでは、この砕いたものから、皮と胚芽を取り除いてください」
「これ全部をか!?」
「ええ、もちろん」
「むぅ……、面倒だのう……」
さっきとは打って変わって、憂鬱げな表情で俯いた。そう思うのもしょうがないだろう。私だってやりたくない。というかやらない。
「ではでは、頑張ってくださいね~」
「青娥殿!? 手伝ってくださらぬのか!?」
「私はちょっと用事があるので。もちろんチョコ作りに重要な事ですよ」
「むむむ……、ならば致し方あるまい……。この物部布都!! 一人でもそのくらいやってのけようぞ!!」
「頼もしい限りですわ。あ、取り除き終えたのはこちらのすり鉢に入れてくださいね。それでは」
というわけで、この仕事は彼女に任せて、私は外へ出かけた。ちなみに、チョコに関係あるというのは半分本当で半分嘘である。
「ただいま帰りましたー」
一時間ほど経ち、私は用事を済ませたので帰って来た。
「おお、丁度いい時に戻られたな。これを見るがいい!!」
私を見つけ、布都様は自信満々な顔をして駆け寄った。その手には、綺麗に分別されたカカオ入ったすり鉢があった。ここまでやるのには随分苦労したんだろうと、素直に感心した。
「素晴らしいですわ」
「ふっ、この程度、我に懸かれば児戯にも等しいのじゃ!! さて青娥殿、次は何をすればいいのだ?」
「今度はこれをすりつぶしていきます。出来る限り細かくしてくださいね」
「これまた面倒な……」
文句を言いながらも、渋々作業を始めた。部屋中にごりごりとすり鉢の音が響く。動きが大きいせいで、スク水で強調された身体のラインがやたらと官能的に見えた。
「しかし青娥殿……、我が見た「ちょこれいと」はこんなのとは違った気がするのだが……」
「まだ序盤ですからね。今はパーツの一つである「カカオマス」を作っている最中です。まだまだ時間がかかりますよ」
「むむむ……」
「ちなみに完成したカカオマスがこちらになります」
「……へ?」
私は腕に下げている袋から、買って来たカカオマスを取り出した。布都様はそれを見て愕然とし、凍りついた様に動きを止めた。
「せ、せ、青娥殿!? なんでそんなものがあるのじゃ!?」
「さっき人里で買ってきました」
私のさっきの用事とはこれの事である。
「ふ、普通に売っているならば、我の苦労はなんだったのだ!? これじゃあ全て無……」
「布都様!!」
彼女の眼前に人差し指をビシッ、と突き出した。驚いたのか、少したじろいだ。
「布都様、貴女はチョコにおいて一番大事なものは何だかご存知ですか?」
「い、いや……」
「それは愛です!!」
私は両手を広げ、天を仰ぎ、オペラ歌手の様に謳った。
「いいですか布都様、こんな買って来た物に、太子様への愛は一片もないでしょう。しかし!! 材料に使わないとはいえ、布都様のカカオ豆を分別した苦労はまさしく愛故のもの。それによってこの買って来たカカオマスにも愛が与えられるのです!!」
自分で言っておきながら、ロジックの崩壊っぷりには呆れ返った。私は苦虫を噛み潰したような表情をせずにはいられなかった。こんなのじゃ布都様を誤魔化せるわけが……。
「青娥殿!!」
「へ?」
両手の平をがっちりと握られ、強く握手をしている状態になった。
「そこまで考えていらっしゃるとは……。この物部布都、誠に感動した!!」
「……はい?」
「さぁ、早速続きを!!」
い、今のどこに彼女の胸を打つ部分があったのだろうか……。全部出任せで言ったんだけど。ま、まあ、上手くいったという事にしておこう……。出来る限り動揺が表に出ないよう努めた。
次の行程は、カカオマスを湯煎しながらカカオバター、粉ミルク、砂糖をかき混ぜつつ入れる。砂糖以外はさっき里でカカオマスと一緒に買った。
「布都様、そこの棚に砂糖があるので取ってもらえませんか?」
「了解した。……えっと、あれかのう……。ん…よっ…と。ふぅ……。」
私は手が離せなく、棚まで行けない状態なので、布都様に雑用を頼んだ。背が小さめせいで、上の方にある砂糖を取るのに苦労していた。
「これでよろしいか青娥ど――」
その瞬間、時がゆっくりになった。彼女の足元には、カカオ豆から取り除いた皮と胚芽が溜まったボウル。
前のめりに倒れる布都様。手から離れる砂糖。そしてその着地地点は――。
「あ」
蓋が取れてしまい、砂糖はカカオマスの中に盛大にぶちまけられた。
「いたたたた……。す、すまぬ!!」
布都様はとてつもなく慌てながら謝罪した。今にも泣きそうになっている。
「大丈夫ですよ、すぐに取れば――」
刹那、私はとんでもない事に気付いた。この入れ物は砂糖用じゃない。……まさか。おそるおそる、山盛りになっている白い結晶を指で掬い、舐めた。
「……布都様」
「な、なんじゃ……?」
「これ……、砂糖じゃなくて塩です」
「本当にすまぬのう……」
「いえいえ、気にしないでください」
結局あの後、私が用意したカカオマスは役たたずになってしまったので、布都様が途中まですり潰したカカオ豆を再利用した。そして今、最終行程に入ろうとしている。
ある意味、ああなったのは布都様に意地悪をし過ぎた私に罰があたったのかもしれない。これからはほどほどにしよう。少し反省した。でもスク水エプロンはゆずらない。明日もこの格好でいてもらう。今から太子様と屠自古様の反応が楽しみだ。
「それでは、型に流し込みましょうか」
「うむ!!」
ハートの型に、チョコレートを流し込む。これで後は固まるのを待てば完成である。
「お疲れ様でした布都様」
「うむ!! ご教授感謝する青娥殿」
気がつけば、日は完全に沈みきっていて、時間を確認すると、もう深夜になろうとしていた。
「明日に備えて寝るとするか!!」
「そうですね。おやすみなさい」
「おやすみ!」
挨拶を交わし、お互い自分の部屋へと戻った。今日はぐっすりと寝れそうだ。
「あ、そのままの格好で寝てくださいね」
「なぬ!?」