今日も神霊廟は平和です
「青娥殿! 青娥殿!」
昼下がり、暇なので自室にて芳香で遊んでいた私――失礼、青娥娘々と申します――の所に布都様がやってきた。
「おや、布都様、いかがなさいました?」
「うむ、実はそなたに訊きたい事があっての」
「ほう、なんですか?」
「早苗殿から聞いたのだが、なんでも明日は『ばれたいんでえ』なる日らしい」
「ああ、バレンタインデーですね。それが何か?」
「うむ、それは一体何をする日なのか気になってな。青娥殿ならご存知かと」
「なるほど」
布都様は今日もテンションが高い。確かにバレンタインデーについて知ってはいるけど……、普通に教えるのじゃつまらないわね。
「わかりました、説明しましょう」
「おお、頼む!!」
「バレンタインデーとは、女性が思いを寄せる人に、猪口冷糖という菓子を渡し、愛の告白をする日なのですわ」
「成る程!! 実に『ろまんちっく』だな!!」
布都様は目を輝かせている。そんなふうにされると、つい苛めたくなるのは私だけではないはず。
「ですが、猪口冷糖には『霞華御』と呼ばれる、最果ての地にしか実らない木の実が必要なのです」
「うむぅ……、大変そうだな……」
「仮に霞華御を手に入れて、猪口冷糖を作れたとしても、今度は同じ想い人を狙う女子との戦いが待っているのです」
「なんと!!」
「その争いの凄惨さは言葉にならない程で、正に血で血を洗う……」
「そんなわけあるかー!!」
突然、雷のような物が降って来たので私は芳香で防いだ。多分屠自古様だろうなー。
「うおー、しーびーれーるー」
「ぎゃあ!? 屠自古!! 何をする!?」
ちなみに布都様は直撃していた。さすがに屠自古様も手加減していたようで、被害はそれほどでもなかった。
「まったく……、青娥様、布都に変な事吹き込まないでください」
「これはこれは屠自古様、いやですわね、ちょっとした冗談ですわ」
「せ、青娥殿!? 嘘だったのか!?」
「話をちょこっと盛っただけですよ」
「チョコだけにね!」
あら芳香、なかなかわかってるじゃない。
「布都は馬鹿ですから、その程度の事でも騙されるんですよ」
「と、屠自古!? 今我に対して馬鹿と申したか!?」
「事実じゃん」
「何をー!!」
「五月蠅いなー、いつも思ってたけど布都は声がでかいっ!」
「おのれ……、今日という今日は決着をつけてやる!!」
あーあ、また始まった。布都様と屠自古様の喧嘩は日常茶飯事だ。なんでも過去の因縁がどーたらこーたら。そのせいで屠自古様は人の姿に復活させてもらえないんだとか。(本人は全く気にしてないようだけど)
「お二人とも、落ち着いてくださいな」
「青娥殿は黙っておれ!!」
「青娥様は口を挟まないでください!!」
おお、恐ろしや恐ろしや。やんごとなき御方々のお考えはわからんね。
ここで私に妙案が浮かんだ。なるほど、これは暇潰しに丁度いい。
「いえいえ、せっかく明日はバレンタインなのですし、勝負内容をチョコ作りにしたらいかがかと」
「チョコ……」
「作りだと?」
お二方は目を丸くしている。
「ええ、それぞれがチョコを作り、それを太子様に召し上がってもらい、どちらの方が美味であるのか決めていただくのですわ」
我ながらいいアイデアね。
「なるほど!! その勝負乗った!!」
さっそく布都様が食いつき、了承した。計画通り。
「……えぇーっ」
「どうした屠自古? ははぁ~ん、さては負けるのが怖いのだな。そうであろう?」
「そ、そんなわけないから!! やってやんよ!!」
屠自古様も布都様の挑発で、まさに売り言葉に買い言葉で勝負に乗った。しめしめ、うまくいった。いがみあっているお二方を尻目に、私は内心ほくそ笑んだ。
「それでは屠自古様には芳香を、布都様にはこの私、青娥娘々をお付けしますわ」
「む? 別に我は一人で構わんぞ?」
「こんな腐ってるのならいりませんよ」
「でも、お二方はチョコレートの作り方はご存知なのですか?」
「「…………」」
ほらやっぱり。
「ご安心を。私も芳香も、作り方ならば熟知しておりますわ」
「むぅ……、ならば頼もうか」
「はぁ……」
本当に上手く行き過ぎて怖いぐらいだ。顔がにやけそうになる。
「それでは明日、正午に集合ということで……」
「青娥、ちょっと」
布都様に着替えを渡し、時間のかかる作業をしながら待っている時、誰かからか呼ばれた。
「ああ、太子様ですか」
振り返るとそこには、太子様こと豊聡耳神子様がいらっしゃった。
「どうかなさいましたか? この青娥娘々に何かご用でも?」
「また何かよからぬ事を企んでいるようですね」
あちゃー、バレてたか。
「何の事ですか?」
それでも惚けてみる。まぁ、無駄だろうけど様式美ってことで。
「たまには私の気苦労も考慮して……」
「いや私の話聞いてます!?」
太子様はやれやれといった表情で、手に持った笏を弄くりながら呟いた。それにしてもこの方は本当に話を聞かない。布都様といい勝負だ。かつて屠自古様も大変苦労したとか。
「しかし彼女達の欲が満たされていってるのはいい事ですね。なので今回は協力してあげましょう」
「は、はぁ……。ありがとうございます……」
ダメだこりゃ……。太子様は自分の言いたい事を言い終わって満足したのか、スッキリとした表情で自室に戻られた。