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一度見た魔法とスキルを【鑑定】したら、すべて習得できました  作者: 阿鼻恭介
第7章

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第7章 第198話 笑顔の町

 町へ入った瞬間、ユウトは妙な違和感を覚えた。


 門番は笑っていた。


 通りを歩く商人も笑っている。


 買い物帰りらしい女性も、荷車を引く男も、広場で遊ぶ子どもたちも、皆が穏やかな笑顔を浮かべていた。


 平和な町。


 そう言ってしまえば、それまでだった。


 けれど――。


「ユウトお兄ちゃん」


 隣を歩いていたフィーナが、白い耳を伏せる。


「ここ……変だよ」


「フィーナもそう思う?」


「うん。みんな笑ってるのに、楽しい感じがしない」


 白狼族であるフィーナは、表情だけではなく、声や呼吸、匂いからも相手の感情を感じ取る。


 そのフィーナが不快そうに鼻をひくつかせていた。


「拙者も同感でござる」


 アイリスが周囲を見回した。


「穏やかというより、静かすぎる」


「市場なのに値切ってる声すらしねえな」


 レティシアが腕を組む。


 確かに。


 通りには人が多い。


 露店も並んでいる。


 それなのに、言い争う声も、笑い転げる声も、子どもの泣き声も聞こえなかった。


「少し観察してみましょう」


 エリシアの言葉に、ユウトは頷いた。


 六人は広場へ向かう。


 その途中だった。


「あっ」


 フィーナが足を止めた。


 一人の少年が石畳で転んだ。


 膝を強く打ったらしく、皮膚が裂けて血が流れている。


 近くにいた母親らしい女性が駆け寄った。


 セレスもすぐ動こうとしたが、その前に女性が少年の身体を抱き起こす。


「痛かったでしょう?」


「ううん」


 少年は笑っていた。


 頬には涙すら浮かんでいない。


「平気だよ。ぼく、幸せだから」


 ユウトの足が止まる。


 母親も笑う。


「そうね。幸せですものね」


 膝からはまだ血が流れている。


 セレスがたまらず駆け寄った。


「傷を見せてください」


「治してくださるのですか?」


「はい。少し深いです」


 母親は笑顔のまま頷いた。


 セレスが傷を洗い、回復魔法を使う。


 その間も少年は一度も顔をしかめなかった。


「……痛くないのですか?」


 セレスが尋ねる。


「痛いよ」


 少年は笑う。


「でも、幸せだから大丈夫」


 セレスの表情が変わった。


「ユウトさん」


「うん」


 ユウトは少年へ【鑑定】を使う。


────────


【状態】


神力干渉・軽度


感情固定


不安抑制


恐怖抑制


苦痛反応低下


自己判断力低下


【原因】


外部神力による継続干渉


【解析不能】


干渉元となる神格情報は秘匿されています。


────────


「……神力」


 ユウトが呟く。


「やっぱり何かされてる」


「傷の痛み自体は感じています」


 セレスが少年の手首へ指を当てた。


「脈も少し速いです。身体は痛みへ正常に反応しているのに、本人の感情だけが噛み合っていません」


「つまり、痛くないわけではないのでござるな」


「はい。痛みを不快だと判断する部分が抑えられているように見えます」


 母親が首を傾げる。


「何か問題があるのですか?」


 セレスは一瞬、言葉に詰まった。


「……お子さんが怪我をしています」


「でも、治していただきました」


「怪我をした時、怖くはありませんでしたか?」


「どうして怖がる必要があるのです?」


 女性は本当に不思議そうだった。


「私たちは幸福ですから」


 笑顔のまま、少年の手を引いて去っていく。


 六人はしばらく、その背中を見送った。


「嫌だ」


 フィーナが小さく言った。


「フィーナ?」


「笑ってるのに……全然、楽しそうじゃない」


 ユウトは答えず、通りへ視線を戻した。


 少し先では、果物屋の前で男がリンゴを一つ手に取っていた。


 男は代金を払わず、そのまま歩き去る。


 しかし店主は止めようともしない。


「おい」


 レティシアが眉をひそめた。


「今の、盗みじゃねえのか?」


「そう見えましたね」


 エリシアが答える。


 ユウトたちは果物屋へ近づいた。


「すみません」


「はい?」


「今の人、お金を払ってませんでしたけど」


「ああ」


 店主は笑った。


「食べたかったのでしょう」


「それでいいんですか?」


「ええ。彼が幸福になれるのなら」


「商品が減ったら困らないんですか?」


「困る必要がありますか?」


 店主は首を傾げる。


「幸福なのですから」


 ユウトは店主にも【鑑定】を使用する。


 少年とほぼ同じ状態だった。


 判断力低下。


 疑念の抑制。


 怒りの抑制。


 そして――。


────────


【思考誘導】


不安・疑問・不満が生じた場合、幸福感によって思考が上書きされます。


────────


「……疑問を持つこと自体が難しくなってる」


 ユウトの言葉に、エリシアの眠そうな目が細くなる。


「非常に厄介ですね」


「魔法なの?」


 フィーナが尋ねる。


「普通の精神魔法とは違います」


 エリシアが答えた。


「魔力の流れが薄すぎます。それに、町全体へ同じ効果を維持するなら通常の魔法では術者への負担が大きすぎるでしょう」


「神力だから、か」


「おそらく」


 ユウトは周囲へ魔力感知を広げた。


 町中の人々から、ほとんど見えないほど細い何かが伸びている。


「……線みたいなのがある」


「私にも少し見えます」


 エリシアが目を閉じる。


「魔力ではありません。でも、結界網に似ていますね。町全体から一か所へ集約されています」


「どこ?」


 フィーナが尋ねる。


 ユウトとエリシアは同時に顔を上げた。


 町の中央。


 白い神殿が建っている。


 大神殿で見たどの主神の紋章とも異なる印が、正面へ掲げられていた。


「まずは調べよう」


 ユウトが言う。


「いきなり解除はしない」


「理由を聞いてもよいでござるか?」


「町全体にかかってるなら、元を断たないと意味がない。それに……」


 ユウトは先ほどの少年を見る。


「急に感情が全部戻ったら、どうなるか分からない」


「正しい判断です」


 セレスが頷いた。


「感情を長期間抑えられていた場合、解除直後に強い混乱や恐怖が出る可能性があります」


「なら、先に解除方法と、その後の治療方法を考えましょう」


 エリシアが言った。


 レティシアが鼻を鳴らす。


「壊しゃ終わりって話じゃねえわけだ」


「うん」


 六人は神殿へ向かった。


 途中、一人の老婆が声をかけてくる。


「旅の方ですか?」


「はい」


「それは良かったですね」


 ユウトが首を傾げる。


「良かった?」


「この町へ来られたのですから」


 老婆は穏やかに微笑んだ。


「ここには苦しみがありません」


「どうしてですか?」


「祝福を受けられるからです」


「祝福?」


「神殿で授けていただけます」


 ユウトは質問を重ねる。


「何の神様ですか?」


 老婆の笑顔が、一瞬だけ止まった。


「……幸福をくださる御方です」


「名前は?」


「幸福をくださる御方ですよ」


「知らないんですか?」


「知る必要がありますか?」


 その瞬間。


 老婆の表情が再び柔らかな笑顔へ戻った。


 まるで今の疑問そのものを忘れたように。


「皆さんも祝福を受ければ分かります」


 老婆はそう言って去った。


「今……」


 フィーナが呟く。


「一瞬だけ困った顔した」


「ああ」


「そのあと、すぐ笑った」


 ユウトは老婆の背中を見送る。


「疑問を持ちかけて、消されたんだと思う」


 フィーナは自分の胸元を握った。


「……やっぱり嫌」


「フィーナ?」


「うまく言えないけど」


 少女は町の人々を見る。


「自分で考えられなくなるのは……嫌だよ」


 それ以上は言わなかった。


 ユウトも無理に言葉を求めなかった。


 やがて神殿の前へ到着する。


 階段の上から、白い法衣をまとった男が降りてきた。


 三十代ほど。


 柔らかな表情。


 だが、町人たちとは違う。


 その目には明確な意思があった。


 ユウトはすぐに【鑑定】を使う。


────────


【名前】ベルガス


【種族】人族


【年齢】36歳


【職業】神官


【状態】正常


【スキル】


精神誘導


神力媒介


信仰共有


【加護】


解析不能


【警告】


対象は上位存在との接続状態にあります。


【接続先】


――解析妨害――


────────


「正常……」


 ユウトが呟く。


 操られていない。


 この男は、自分の意思でここに立っている。


「旅の方々ですね」


 ベルガスは微笑んだ。


「ようこそ。苦しみのない町へ」


 アイリスが静かに尋ねる。


「町の者へ施されているものは、そなたの仕業でござるか?」


「施している?」


「心を変えていることでござる」


 ベルガスは少し考えた。


「救っているだけですよ」


「怪我をしても笑い、盗まれても気にしない状態が救いですか?」


 セレスの声には珍しく硬さがあった。


「苦しんでいないでしょう?」


「身体は痛みを感じています」


「ですが、心は穏やかです」


「それを本人が望んだのですか?」


 ベルガスは答えなかった。


 代わりに、穏やかな声で問い返す。


「苦しみたい人などいるでしょうか?」


 セレスが黙る。


「病で苦しみたい人は?」


「大切な者を失い、悲しみ続けたい人は?」


「失敗して後悔したい人は?」


 ベルガスは笑っている。


「いないでしょう」


「だから悲しめないようにする?」


 ユウトが尋ねる。


「必要のない苦しみを減らしているだけです」


「疑問まで消してる」


「疑うから、不安になるのです」


「怒れなくもしてる」


「怒るから、争うのです」


 ベルガスは本気でそう思っているようだった。


 だからこそ、ユウトはすぐに反論できなかった。


 苦しみがない方がいい。


 それ自体は、間違っていない。


 病気も。


 飢えも。


 喪失も。


 できることなら、ない方がいい。


 それでも。


 何かが決定的に違う。


「……俺は好きじゃないです」


「何がです?」


「本人が知らない間に気持ちを変えるやり方が」


 ベルガスの目が細くなる。


「本人が幸福なら、それでも?」


 ユウトは言葉に詰まった。


 その瞬間。


「フィーナは嫌」


 隣から声がした。


 ベルガスがフィーナを見る。


「何がです?」


「よく分かんないけど……」


 フィーナは少し迷ってから言った。


「あの人たちみたいには、なりたくない」


「苦しくても?」


「……うん」


 フィーナは自分でもまだ答えを整理できていないようだった。


「たぶん」


 ベルガスは優しく微笑む。


「それは、まだ苦しみの重さを知らないからです」


 フィーナの耳が伏せられる。


 だが、ユウトは少女が拳を握ったのを見た。


 アイリスが一歩前へ出る。


「拙者は、失敗も後悔も修行の一部だと考えている」


「苦しみを美化する必要はありませんよ」


「美化してはおらぬ」


 アイリスは静かに答えた。


「ただ、失敗したから次を考える。敗れたから鍛える。それすら奪われれば、拙者が剣を振る意味までなくなる」


「鍛えなくても満たされるなら?」


「それを拙者が望むかどうかは、拙者が決める」


 ベルガスの視線がレティシアへ移る。


「あなたも同じですか?」


「失敗しねえ鍛冶なんざ、気味が悪いだけだ」


 レティシアは肩をすくめた。


「打ち損じて、壊して、原因を考えて、次を良くする。あたしはそっちの方が性に合ってる」


 エリシアも淡々と続ける。


「最初から答えを与えられる研究には、あまり興味がありませんね」


 セレスは少し考えてから言った。


「私は苦しみを減らしたいです。病も傷も、できるだけ治したい」


 ベルガスが笑う。


「ならば、我々と同じでは?」


「いいえ」


 セレスは首を振った。


「私は患者さんが何を感じるかまで決めたくありません」


 ベルガスの笑みが、ほんの少し薄くなった。


「……なるほど」


 その時。


 ユウトの【鑑定】へ突然ノイズが走る。


────────


【警告】


上位神格との接続を検知。


【接続先推定】


――解析中――


――解析妨害――


――解析妨害――


【断片情報取得】


名称:ヴォ――


────────


「っ……!」


 頭の奥に鋭い痛みが走った。


「ユウトさん!」


 セレスが支える。


「大丈夫」


 ユウトは表示を睨む。


 初めてだった。


 ここまで露骨に【鑑定】そのものを妨害されたのは。


 ベルガスの表情が変わる。


「……やはり、あなたが」


「何がです?」


「いえ」


 ベルガスは一歩下がった。


「御方が関心を持たれる理由が、少し分かりました」


 ユウトの警戒が強まる。


「俺を知ってるんですか?」


「新しい遊びを持ち込んだ方でしょう?」


 六人の空気が変わった。


「盤を挟んで勝敗を競う遊び」


「文字を覚えるための札」


「絵と語りを組み合わせた芝居」


 ユウトの背筋へ冷たいものが走る。


 魔物の異常進化だけではない。


 娯楽事業まで見られている。


 それも、かなり以前から。


「どうして……」


「御方は喜んでおられます」


 ベルガスが言う。


「あなたは、多くの者へ楽しみを与えた」


「だからこそ」


 その口元へ、再び笑みが浮かぶ。


「より正しい形で人々を幸福へ導けるはずだ、と」


 ユウトは何も答えなかった。


 代わりに。


「その“御方”の名前を教えてください」


 ベルガスは少し黙った。


 そして――。


「今は、必要ありません」


 答えなかった。


 その瞬間、神殿の扉が開く。


 白い法衣の者たちが次々に現れた。


 一人。


 二人。


 十人。


 全員から、薄い黒色の神力が漂っている。


「話はここまでにしましょう」


 ベルガスが告げる。


「皆さんにも祝福を受けていただきます」


 アイリスが剣へ手を掛ける。


「断れば?」


「今は拒まれても構いません」


「いずれ、理解できますから」


 フィーナがユウトの袖を掴む。


「ユウトお兄ちゃん」


「うん」


 ユウトは周囲へ【鑑定】を広げた。


 町。


 神殿。


 人々。


 神力の流れ。


 見える範囲を、一つずつ拾っていく。


────────


【広域解析】


精神干渉対象:1,842名


神力供給点:複数


中枢推定地点:神殿地下


【警告】


中枢停止時、精神干渉対象へ急激な感情反動が発生する可能性があります。


【追加情報】


干渉対象の大多数は、現在の状態を「幸福」と認識しています。


────────


 ユウトの呼吸が止まる。


「……どうした?」


 レティシアが尋ねた。


「町の人たち……」


 ユウトは広場を見る。


 笑っている。


 穏やかに。


 誰一人として、助けを求めていない。


「自分たちが助けられる必要があるって、思ってない」


 フィーナがユウトを見る。


「じゃあ……どうするの?」


 すぐには答えられなかった。


 無理やり解除すればいい。


 そう思っていた。


 だが。


 本人たちは幸福だと言っている。


 その意思を無視して解除することは、本当に正しいのか。


 けれど。


 そもそも、その「幸福だ」という判断自体が、外から変えられている。


「……難しいな」


 ユウトは初めて、そう呟いた。


 ベルガスが微笑む。


「お分かりになりましたか?」


「何を?」


「幸福である者を、なぜ救う必要があるのか」


 ユウトは答えない。


 答えはまだ出ていなかった。


 ただ一つだけ。


 はっきりしていることがある。


「少なくとも」


 ユウトは剣へ手を掛けた。


「何が起きてるのか分からないまま、見過ごすつもりはありません」


 アイリスが前へ出る。


 エリシアが杖を構える。


 セレスが後方へ下がり、フィーナが周囲を見渡す。


 レティシアが大盾を構えた。


 神殿の奥から、さらに濃い黒い神力があふれ始める。


 そしてユウトの視界の端では。


────────


【接続先情報】


解析再試行中……


名称候補――


ヴォイド


────────


 その名が。


 初めて、明確な形となって現れた。

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